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文学部の奴ちょっと来てくれ

1 :吾輩は名無しである:05/02/26 19:52:22
文学作品の価値って何なんだ?学問なら普遍的価値を追及するはずだよな?
うちのおかんが井上靖の北の湖を読んで耕作(だっけ?)が
おぬい婆さんと土蔵で話するシーンがあるだろ?そこで涙が止まらんかったらしい。
俺が厨房のころ読んだ時には記憶にも残らなかったし今読んでみても理解できない。
人を感動させるんだから何かしら価値があると思うんだ。でも勉強して作者の意図とか
レトリックを読みこなせるようになって感受性が変わるんなら理解できるんだが鑑賞者の
年齢とか性別でその人に与える価値が変わるってのは何か理解できないんだが。
文学論みたいなの読んでみても俺は理系だからよくわからん。

2 :高校中退:05/02/26 19:58:49
蟹工船を読んで勇気をもらいましたが


3 :文学板最強地味コテ・ズン(商学部) ◆ieCndECQ1E :05/02/26 19:59:09
こんなところに独り言を書く意図が、わしにはわからん。

4 :吾輩は名無しである:05/02/26 20:33:53
>>3お前を釣るためだ

5 :吾輩は名無しである:05/02/26 21:44:53
人によって感じ方が違う。


この事実こそ普遍たりえていると思うが。

6 :文学板最強地味コテ・ズン(商学部) ◆ieCndECQ1E :05/02/26 21:55:27
>>1は学問としての文学を問うているのであって、
文学の価値を問題にしているのではないと思う。
なんせ、理科系の「答えはひとつ」という思考の持ち主のようだから。

文系のおいらなんぞ、たとえば数学の問題の答えが「たったひとつ」ならば、
試験なんかする必要などないのでは、と思ってしまう。
同じ教科書で同じ授業を受けても、試験をすると間違えてしまうヤツがいる、
との事実の方が尊いような気がするんだよな。
人間の多様性の具現化とでもいおうか。

7 ::05/02/27 00:40:20
多様性が価値に内包されるのはわかるけど
じゃあ文学を学問たらしめる客観性はどこにあるんだろう?
人により受け取り方が違うなら客観性はどこにあるんだ?

それとも文学の価値と学問的な意味は全く次元の違うものなのか?
自然科学ならそういう言い方も許されるらしいがそれは自然科学が
真理を追究する物だからだし。文学はそういうものじゃないじゃないか

何かさらにわけわかんなくなってきた('A`)

8 :吾輩は名無しである:05/02/27 00:50:10
世の中の大抵の問題は、答えがいくつもあるような非常に難しいものばかりなので
答えが一つしかない問題すら答えられないようでは何も判断できない。

9 :吾輩は名無しである:05/02/27 00:51:18
客観性なんてものはない
言語が統一されてこそ
いや時の流れがある限り

10 :吾輩は名無しである:05/02/27 00:52:44
>>9
50年前なら、そういう発言をあえてする事に意義があったのかもしれないけど
今そういう事を言うのってどうなんでしょうねえ。

11 :高校中退:05/02/27 00:55:00
>>10
だって書くとこないんだもん
すげーいいこと書くよな
俺なんだけど
文学部行きたかったな
生涯文学部宣言

12 :吾輩は名無しである:05/02/27 01:07:34
文学作品なんてあいまいな事いってるのは誰だ
井上靖の北の湖の価値ってなんだとスレタイ替えろ

13 :高校中退:05/02/27 01:17:19
理系ならタイムマシンか不老不死の薬を発明しろってこった

14 :吾輩は名無しである:05/02/27 01:24:52
阿呆

15 ::05/02/27 01:27:30
不老不死ならあるいは…
ってそんな話じゃないだろ。
じゃあ文学部系の学会ってどんなのがあって
どんな論文が出てるとか知ってる人いない?
そもそもそんなのあるのかも知らないけど

16 :吾輩は名無しである:05/02/27 01:50:20
文系の学問のほとんどは手段でしかない。
研究している人も手段を見つけてそれを社会に配布するのが仕事。
経済学を利用して金を儲ける人間はいるが経済学者が必ずしも金持ちと言うわけではない。
結局は個人の問題に帰る。それを補佐する事はできるが。
文学研究は客観性が欠けるのでは、と言う事はよく言われるが文学においても
客観性が無いのは相手にされない。が、客観性と言うのは主観がどれだけ客観的かと言う話でしかない。
これは文学に限らず人間の間では全てそうであって、主観の中に客観性を求めるのも文学の仕事の一つ。
理系の学問では自然の真理をなぞる事が出来るが、
人と人との間にある文の世界では明確な道が存在しないので、どうしても個人個人と言う問題からは逃れられない。

17 :1:05/02/27 02:28:17
科学のいう客観性は単純だしな。
データが出て再現可能なら何でもいいんだから。
文学研究の客観性てのが具体的にわからん。
頭悪い発言ばっかで申し訳ないんだが。

18 :吾輩は名無しである:05/02/27 03:02:01
1はまず小林秀雄の「政治と文学」でも読んで
自分の文学観を固めてからスレを立てるべきだったな

知能レベルも低いのかもしれん
こんなあいまいな疑問をそのまま提出するとは
1+1=5ではなぜいけないんですかと言っているのとかわらん


19 :吾輩は名無しである:05/02/27 03:08:02
記号論とか科学的な批評方法もないではないが…

井上靖読んで感動しましたってのは感情だからねえ

20 :吾輩は名無しである:05/02/27 03:13:46
どの賞を狙うかで変わってきます。
芥川賞をとったのが小娘二人なら
ノーベル賞をとったのは大江健三郎
共に選考委員が知りたかった答えが作品にあった
と、思う。読んでないのでわかりませんがw

21 :吾輩は名無しである:05/02/27 03:31:54
でもきっと1の母ちゃんはこのスレ読んだら泣くな

22 :吾輩は名無しである:05/02/27 14:37:56
理系の割に議論好きとは感心であるが

23 :吾輩は名無しである:05/02/27 20:14:17
それは理系に対する単なる偏見かと。

24 :文学板最強地味コテ・ズン(商学部) ◆ieCndECQ1E :05/02/27 20:19:14
理系、理系、理系、理系、サンタモーニカ〜♪

25 :吾輩は名無しである:05/02/28 00:41:25
>23
すまん
理系はどんな議論するのか知りたい

26 :吾輩は名無しである:05/02/28 05:53:49
>>all

唐突&便乗ですまん。
お前らにとって文学をする意義とは何だ?話してくれ。
あくまで個人にとってだ。


27 :吾輩は名無しである:05/02/28 07:37:41
>>25
問題設定の段階で証明できることしか
相手にしない。ていうかできない。だから文系学問と違って
議論が堂々巡りしない。違いってこれくらいじゃないか?

28 :吾輩は名無しである:05/02/28 16:05:54
俺も実は理学部の文学好きなんだが、
読んでて面白いって感じる文学は確かに
あるが感じ方が人それぞれなのにどうやって
これは優れている、これはクズだ、って
一意的に決められるのかが分からない。
つまり面白いって感じる人が多そうな、
一般に受け入れられそうなのがいいっていうこと?

29 :吾輩は名無しである:05/02/28 16:24:06
そういうこと

30 :吾輩は名無しである:05/02/28 16:28:04
だからかねてから言っておるのだ
2ちゃんねるは文学だと

31 :吾輩は名無しである:05/02/28 17:00:16
>>1
文学部の奴ちょっと来てくれ
というようなことは、

大学学部・研究板
http://school4.2ch.net/student/

で言っとくれ。
終わり。

32 :吾輩は名無しである:05/03/01 02:12:02
文学、それはオナニー

33 :吾輩は名無しである:05/03/03 01:12:18
俺は、文学って言うのもひとつの創作行為だと
思ってるよ。学問ではないな。

34 :恍惚と不安の存在者 ◆qDjySL4jb2 :05/03/03 01:52:01
難しい問題で答えられません。
これが正直なレスです。

35 :吾輩は名無しである:05/03/04 01:12:11
>>33
他の諸学問も創作行為としての側面を持ってると思うんだが。

36 :吾輩は名無しである:05/03/04 01:31:25
>>33
>>35
そういう立てかたは間違っておるよ

37 :吾輩は名無しである:05/03/05 19:19:32
>>1

「文学に普遍性はあるのか?」

というのが疑問なんだろ。
問題は「普遍性」ってのは何かってことだ。

38 :5さい事務所:05/03/07 22:48:32
>>1
>学問なら普遍的価値を追及するはずだよな?
ここ(からして)まちがってるよw
あ、「?」か
がくもんとはねえ
ああおしえたくない


39 :吾輩は名無しである:05/03/08 12:05:04
そういう定義論(学問とは何か?)じゃ意味無いんだよ。
誰でも勝手に決められるんだから。

40 :吾輩は名無しである:05/03/08 12:55:43
>>31
ちょっと見たんだけど、大学初年級の、受験合格うれしさいっぱい
みたいなスレばかりだね。特に医歯薬がメイン。高校生用質問箱になってる。


41 :吾輩は名無しである:2005/03/22(火) 19:25:07
>>33
その創作行為もが文学というが
その創作行為或いはその産物について研究する学問も文学というのだよ

42 :41:2005/03/22(火) 19:36:07
>>1は文学作品=芸術としての価値について問いたいのか
学問としての文学について問題にしているのか
或いは如何にして感受性を身につけるかを問題にしているのか。
論点をはっきりさせてくれ。
三つ目なら色々読んでそれについてよく考えろとしか言いようがない。

43 :吾輩は名無しである:2005/03/22(火) 23:48:34
音楽と同様に文楽と表記されれば納得がいくんだろ?

44 :吾輩は名無しである:2005/03/23(水) 00:51:08
文楽だと、浄瑠璃人形劇とかぶってしまう罠
と、ありきたりだが一往書いてみる。

45 :吾輩は名無しである:2005/03/23(水) 16:02:07
俺はガンダムシード見てて涙流したことがあるんだが、10年前だったら考えられないよ。

46 :吾輩は名無しである:2005/03/23(水) 16:22:00
表現方法は多種多様だが、言葉の根底には人生そのもの、
あるいは不明瞭な希望的観測が常にあるからなのではないか?
文学には確定的な答えはない。しかし、それは全体図を意識過ぎる
がためだ。初期の文学においてはすくなくとも目的は達成されたのでは
ないだろうか?ダイナミックに構えれば、確かにそこには静謐な文学が
横たわっている。と、思う。

47 :◆7sqafLs07s :2005/03/23(水) 19:25:54
文学の価値なんてことを語り尽くせる人間がいるのなら
その人はたった一作品で文学を抹殺できる人だよ。

こんなところに存在するはずがないよ。

48 :吾輩は名無しである:2005/03/24(木) 08:26:36
すいません!いきなりで恐縮なんですが「万葉集」の写本って
どんな系統に分かれるんですか?是非教えてください!


49 :吾輩は名無しである:2005/03/24(木) 08:31:41
>>48
http://academy3.2ch.net/kobun/

50 :吾輩は名無しである:2005/03/24(木) 08:36:01
数学以外は、普遍的客観価値なんてものはないだろう。
あくまで客観的妥当性レベルのもの。


51 :吾輩は名無しである:2005/03/24(木) 15:31:17
客観的事実ならあるだろうよ。文体の特徴、表現の特徴、それも相対的なもんではあるが。

研究って言うのは感じ方とかそういうレベルのものではないよ。作品を楽しむなんて観点じゃない。

52 :吾輩は名無しである:2005/05/07(土) 03:37:01
なるほどね

53 :吾輩は名無しである:2005/05/07(土) 04:27:39
>>51
うーん、でも作品を楽しまずに研究をする人ってなかなか居ないね。
社会学的な(客観的な)判断と記号的な把握はできるけど、本質に共感だの掘り下げだのまで辿り着けないでしょう。

54 :吾輩は名無しである:2005/05/10(火) 00:58:46
>>1
考古学専攻なので
文学作品の価値と言われてもわかりませんw

55 :吾輩は名無しである:2005/05/10(火) 02:19:03
作品読んで感動するところのうんちく語り合うのは
文学を学問することとは違うんで。


56 :吾輩は名無しである:2005/05/10(火) 08:24:04
文学の価値がわからないならわからないでいいじゃん。黙っとけ。
なんで絡んでくるの?嫉妬?自分にはわからんのに楽しんでる俺らが羨ましい?
じゃああなたは音楽の楽しさはわかるのかな。映画は?歌舞伎は?ミュージカルは?
サッカーは?競歩は?ギャンブルは?セックスは?
それらすべてのことの価値がわかってるのかな?
なんで文学にだけ絡んでくるの。わからなかったらわからんでいいじゃん。

57 :吾輩は名無しである:2005/05/10(火) 14:36:22
ミもフタもないこと言うなよ

58 :吾輩は名無しである:2005/05/10(火) 23:59:32
ただの雑学っぽいのに学問っぽいのが気にいらねー

ってぐらいじゃないの。

59 :吾輩は名無しである:2005/06/12(日) 04:40:30
>>1
学問に不変的な価値なんてあるのかよ。なんだそりゃ?
しかし、文学部の存在意義はわからん。金にならんことを税金で保護する必要がどこにあるのか?
>>56の意見は文学そのものについては言えるかもしれないが、大学の文学部となると話は違う。
すべての大学は大小の差はあるが税金が投入されてる。だから社会の役に立つべきであるのは当然だ。
しかし文学は個人の趣味の領域で何の役にも立たない。だから大学に文学部があるのは不当なのだよ。

60 :吾輩は名無しである:2005/07/13(水) 00:42:59
文学は個人の趣味じゃありません。まずその根拠を語ってくださいよ。
大学で税金を投入されてるものには、いろんな学科がありますが
あなたが役に立たないと思えば、それらも大学にあることは不当なのですね。
また役に立ってない教授、生徒、研究チームは今すぐ無くすべきです。税金が無駄です。

61 :吾輩は名無しである:2005/07/15(金) 06:09:03
>>59
役に立つことしかできない貴様は頭の貧しい奴だなwww

>個人の趣味の領域で何の役にも立たない
その個人の趣味で書かれたものをどうして買う奴がいる
かを考えろ

オマエみたいな奴はどこで働いてもクリエイティブな仕事はできない
結局 役に立つこと→金になること という考えにしか至らんのだろうな

役に立つことしか出来ない奴は結局自分勝手な奴になるんだよ
それが今の社会に蔓延してる馬鹿どものことで、オマエも例外ではない

62 :吾輩は名無しである:2005/07/15(金) 11:32:55
59の「文学は個人の趣味の領域で何の役にも立たない」という発言は、
かなり乱暴だとも思うけど、61がいうような文学は社会的に役に立つ必要がない
というある種の開き直りが、たぶん「文学」の外にいるやつからすれば
鼻持ちならないんじゃないか? 少なくとも59がいうように大学には税金が投入
されているわけだから、文学(部)は「社会」(つーのも曖昧な言葉だが)に対して、
存在理由を示さなければならないだろう。そういうコンセンサスを得る努力をこれまで
文学の連中が怠ってきたというのは紛れもない事実。そもそも学問ってそういうものだろ。
個人的な趣味としての「文学」なら、わざわざ大学に学部なり講義なりを設ける
必要はないわけで。
なんとなくその価値を自明視されていた文学が、「産学共同路線」だか「資本の論理」
だか知らないけど、これからますます大学の外からの社会性から批判され、
「聖域」から引き摺り落とされるのは目に見えている。
だから60には(あるいは1を知識不足といって批判している人たち)、1や59あたりに
文学(部)の外にまで通じるような「価値」が文学にはあると説得し得る言葉を
組み立ててほしいと思う。「文学は個人の趣味じゃありません」だけで済まさないで。
今ここを見てるかどうか分からないけど、俺は1は馬鹿じゃないと思うぞ。
ああ、念のため言っておくけど、俺は1でも59でもないから。

63 :吾輩は名無しである:2005/07/15(金) 13:29:07
まず、文化というのは科学だけで成り立ってるものではありません。
役に立つこと、だけで上手く回ってるわけでもありません。
いろんな領域が交わりあってそこに人は生きています。
それを言ってるのが文学です。
それを度外視して、役に立つことだけ、盲目的に信奉する者たちに対抗するために文学はあり
だからなくならないのです。

64 :吾輩は名無しである:2005/07/21(木) 17:09:53
学問というのは役に立つことを前提としていない。
元々知的好奇心から起こってきたものでしょう。

65 :吾輩は名無しである:2005/07/21(木) 17:40:26
>>64
その通りです。
役に立つ立たないこそ人それぞれ。
科学技術でさえ万人に役立っているとは言えない。逆にひどい迷惑を受けている人もいる。

それに文学部というのは、言葉を研究する所です。自然科学で言えば数学を研究する所。
文学部を廃止するなら数学科も廃止すべきです。そうなったら大学も終わりですね。

役に立たない奴は切っていく流れは石原慎太郎とかネット右翼の影響でしょう。

66 :吾輩は名無しである:2005/07/21(木) 17:55:13
>>65
同意。役立つと思われる学問だけ残すなら、
工学部と経済学部ぐらいかな。
しかし工学の発展も経済学の発展も、数学や言葉、哲学の
発展なしでは不可能だろうね。

67 :吾輩は名無しである:2005/07/21(木) 18:05:46
経済学も文系ですね

68 :吾輩は名無しである:2005/11/06(日) 09:05:26
学問は時代が進むと過去の蓄積があるからどんどんボリュームが増える。
一方で人的資源は減少傾向にある。こうした状況では、あるものは淘汰
されざるを得ない。何が役に立つかは人それぞれだが、何が集団の役にたつか、
というのは集団それぞれが、やはり決定せねばなるまい。

すべての学問が無条件に善である、というのは限られた資源を考えると、
単なるないものねだりに過ぎない。

選択に政治的な判断があるのはやむをえないだろう。
ろくすっぽ成果もだせない学者がいるのは周知の事実だしな。
そういうカスを排除して常にベストを目指せばいいけれど、そうしないから税金泥棒と
言われるわけだ。

自浄能力がないのは銀行だけじゃない。
学界自体がだらしないわけだ。

教官自体も定期的に試験して無能なものは資格剥奪とするか、
学生の評価システムを導入するか、まあそのくらいできればいいけど、
すぐには無理だろう。

学部切捨てぐらいですむと思ったら大間違いよん。

69 :吾輩は名無しである:2005/11/10(木) 00:07:52
>>68
で?

70 :吾輩は名無しである:2005/11/10(木) 01:10:39
http://h.pic.to/2ol1d

71 :吾輩は名無しである:2005/11/10(木) 08:29:41
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=48180019&owner_id=1729457

72 :吾輩は名無しである:2005/11/10(木) 10:27:31
>>71
中途半端な意見だな。
日本の文化に対する理解が根本から間違っているし。

この類の意見を吐きたいなら、日本の歴史、民俗、宗教などをよく学んでからにすべきだね。

長い駄文を読むのは不愉快だ。よく公表できるな。恥を知れ!


73 :吾輩は名無しである:2005/11/11(金) 03:44:12
お前も勉強しろ

74 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/09(月) 00:17:20
「風林火山」を見て憤慨した酔っ払いが、性懲りもなく参上いたしました!!

と、戦国時代をモチーフにした小説でオススメの作家は南條範夫先生です。
この先生の『戦国残酷物語』や『古城物語』、そして『駿河城御前試合』は
(これは徳川忠長が駿河藩主時代の物語ですが…と、この作品は漫画化されていたはずです)
一読の価値は十分にありますw

ちなみにオイラが好きなのは『廃城奇譚』という本の中に収められている
「亀洞城の廃絶」と「高山城前史」、そして「帰雲城三代」の飛騨を舞台にした
作品が特に大好きです。
(この結果、信長の野望ではいつも姉小路(三木)氏でプレイしていますw)

あと戦国時代を学ぶのであれば、まず自分の住んでいる地域の歴史を徹底的に
調べ上げるのが最適です。オイラの場合は隣の市が伊丹市なので、有岡(伊丹)城主で
利休七哲であった荒木村重についてトコトン調べましたw(その他に近畿地方に覇を
唱えた細川家や三好家についてなども)また、田舎があればその地方の歴史を学ぶのもイイですw
(またまたですが…オイラの場合は美作なので、幕末まで残った三浦家や尼子家・毛利家・
赤松家・浦上家・宇喜多家の猛攻に奮闘した後藤家、津山藩主になった森蘭丸の弟・森忠政
などを調べました)あとは徐々に地域範囲を広げて調べていけば、自ずと全国の歴史を
制覇できるはずですw

75 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/29(日) 23:51:46
この板は文学部在中もしくは出身が多いのか?
おいらみたいな経済学部ってマイノリティ?

76 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/02/02(木) 12:46:20
>>74
「風林火山」のドラマなら俺は見なかったけど、
井上靖先生の原作(新潮文庫)はかなり面白いぞ。

77 :吾輩は名無しである:2006/06/10(土) 17:52:56
>1を貶めたり罵ってるやつの気が知れないんだが。
文学とは何かっていう根本的な問いを理系の人間が素朴な疑問として出してきてるんだろ?
文学を「学問」たらしめるものは何なのか、
文学の価値は何なのか、
答えが出ないくらい難しいことだろ。
そういう根本的な問いに向き合うためにみんな大学とか行ってんじゃネーノ?

78 :吾輩は名無しである:2006/06/10(土) 21:00:01
1が叩かれてるのは最後の一行のせいだよ。

79 :似非文学部(高卒):2006/06/14(水) 16:25:18
理系人は完璧を求める 正しい結果を導くこと
文系人は結果以上に感性を優位におく 間違っていてもそれは無視

例えば、怪我をした時、理系人なら消毒薬をかけるが、文系人なら焼酎を吹きかける。
例えば、夜空に星を見て、理系人は宇宙を連想するが、文系人は歴史をおもう。

文学というが、実は学問ではない。小説にアカデミズムを求めて何になる?
文学は藝術である。藝術の一種ではなく藝術そのものである。
故に文学から何かを学ぼうとする必要はない。読んで感じればそれでいいのだ。

もし有名な人物の作品を読んで、それで君が何も感じなかったとしても異常はない。
人には嗜好というものがあるのだし、第一、世の中には藝術を必要としない人間もいる。

同一事象を入力した際に、結果として出力される感情の、個体間の差異なんて
ものが公式として個別に、確実に導き出せるなんてのは薄気味わるいでしょ。
むしろつまらん。詩も小説もパーソナルなものだ。
個人への共感、共感の拡大、個人の透明化。普遍的価値なんてないよ。

価値があると思っている人間にだけ価値があるものなのだから。
その意味では芥川龍之介も漫☆画太郎も同じなのだ。
読んで、つまらないと感じたならば、読むことをやめてしまえばいい。

80 :吾輩は名無しである:2006/06/15(木) 14:28:09
ちゅうがくせい?

81 :似非文学部(労働者):2006/06/21(水) 03:14:20
中学は卒業したけれど、僕は永遠の14歳なんだ。
皮肉を言うつもりならもう少し気のきいた言葉が欲しいな。
それじゃあ あまりにも さびしいよ

82 :吾輩は名無しである:2006/08/03(木) 16:28:46
>文学というが、実は学問ではない。小説にアカデミズムを求めて何になる?
>文学は藝術である。藝術の一種ではなく藝術そのものである。
>故に文学から何かを学ぼうとする必要はない。読んで感じればそれでいいのだ。

学ぶ必要がないというよりは、
学んではいけないと思います。
文学はストックじゃなくてフロー。
芸術は溜め込まずに、流さないといけないと思う。



83 :吾輩は名無しである:2006/08/03(木) 16:34:31
村上龍
ストーカー暦5年
王子様と呼ばせる
バリバリのねらー
作ったAA数しれず
やふー株板常連
I○C多重登録

84 :吾輩は名無しである:2006/08/03(木) 16:47:51
へぇえ、龍って株やんの?
話 合いそう・・・w

85 :吾輩は名無しである:2006/08/03(木) 16:50:32
>>82
ちょっと違う。溜め込むとか流さないといけないとかのレベルじゃなく

どうしようもなく
溢れ出てくるものだよ 芸術の本質は。溢れ出る生命の歓喜

86 :吾輩は名無しである:2006/08/03(木) 18:43:41
>>85
どう見ても末期です本当にありがとうございました

87 :吾輩は名無しである:2006/08/03(木) 22:16:41
満足のいくもん書いた後は興奮するよな。あれが生命の歓喜かね。

88 :吾輩は名無しである:2006/08/03(木) 22:28:37
オナニーの時も興奮するぜ!あれこそまさしく生命の歓喜だ!

89 :吾輩は名無しである:2006/08/11(金) 05:24:25
おまえらエンドルフィンでも出てるのかwww

90 :吾輩は名無しである:2006/10/11(水) 17:50:34
単に物質的なものは、理系の人たちが追究すればいい。
しかし人間は決して即物的側面だけでは満足できない。
そこで哲学・思想が要請される。

では、哲学・思想はどのように追究すればいいだろうか。
それは、資料に残された文字資料によって追究されうる。
その文字資料を通した追究手段、その最大のものの一つが文学なのだ。

人間の精神性の追究、それが文学研究によってなされる。


91 :吾輩は名無しである:2006/10/11(水) 17:53:48
社会制度(法学部)や経済の仕組み(経済学部)ではわからぬ、
生身の人間の生きた声、社会に対し、世間に対し、己に対し、人生に対し、
或いは捉えられない何者かに向かって、発せられる叫びは、
文学によってしか人は表現できないし、探求できないのだ。

92 :吾輩は名無しである:2006/10/11(水) 18:18:01
>>1
おまいのおかんはきっと浅田次郎や山本周五郎や平岩弓枝読んでも泣くだろう。
大衆とはそんなもん。渡辺淳一の本がベストセラーになる日本。

93 :吾輩は名無しである:2006/10/11(水) 21:50:52
少なくともドラマ化とか映画化しちゃうような小説には文学としての意味無いよなぁって思う

94 :吾輩は名無しである:2006/10/12(木) 22:24:49
 主に18世紀ごろから紙というメディアに印刷された(大量生産された)
物語やそれに類するものが文学というものであって、そのカテゴリーはその
メディアを受容する大衆の発生=存在を除いては決定できないのではないで
しょうか。文学に普遍性を含めて何かを求めている方はすなわち大衆にそれ
を求めることになるはずだが、実際はそうなっていない。ではいわゆる文学
といわれる価値はどこで生み出されて、誰に求められているのか?

95 :吾輩は名無しである:2006/10/21(土) 12:01:21
悩める彼の人生相談に乗ってやってくださいませ

早慶でも文学部卒の人間は明治・駒澤程度の扱いか?
http://tmp6.2ch.net/test/read.cgi/joke/1161398152/l50


96 :吾輩は名無しである:2006/12/01(金) 05:15:22
だれかきてやってくれ!

97 :吾輩は名無しである:2006/12/09(土) 01:22:46
>>94
文学に普遍性を含めて何かを求めている方はすなわち大衆にそれ
を求めることになるはずだが、実際はそうなっていない

じゃあ、どうなってると思う?


98 :吾輩は名無しである:2006/12/17(日) 15:57:13
>鑑賞者の年齢とか性別でその人に与える価値が
 変わるってのは何か理解できないんだが

文学は、感じたもん勝ちであるといえましょう。
あの人はこう感じた、でも私はこう感じた、いずれも正解。
文学は、
読者によって価値が変わることを、答えが変わることを否定しない。
文学は、感じることを否定しない。
その感じ方面白いじゃない、もっときかせてよ、という肯定から
文学論はなされ、作品は読まれることで作者を離れて成長していく。
でも、他人の感じ方の根拠をしっかりと語ってもらえないと、
なかなか納得できない。
だから、感じ論ずる人は、説得するために論を練る。
自己の主張をしっかり通す力を身につける、これが
文学部で学ぶべきことの、一つだと、思うよ。

99 :吾輩は名無しである:2006/12/17(日) 17:07:37
>>98
例えば、歴史学なんかだと過去どういうことがあったのか、という事実を探求するわけだし、そのために研究者達は史料を漁るわけけど、
文学の場合、作品の解釈について自分なりの考えがあってそれを裏付けるために
論理を考えたり資料を探したりするわけなんだよな。
そういう意味で文学っていうのは、やっぱり他の学問とは少し異なる立ち位置にあるんじゃないだろうか。


100 :吾輩は名無しである:2006/12/17(日) 17:10:49
ついでにあげときます

101 :吾輩は名無しである:2006/12/17(日) 17:36:49
>>91
じゃあ、音楽や絵画なんかはどうなの?

102 :吾輩は名無しである:2006/12/17(日) 19:54:49
文学部じゃない奴らが文学部ヅラしてレスしてるな
「文学部」に関しての典型的な誤解が多い

103 :吾輩は名無しである:2006/12/17(日) 21:08:27
>>99
歴史学だって、資料の全てに目を通してから解釈を始めるわけでは
ないでしょ?ある程度目を通した時点で、自分なりの仮説が出てくるのでは。
その仮説を立てるために、今度は自分のものさしで、細かく資料を漁るという
方法が、歴史学においてもなされているなら、文学と同じだと思うけど。
それに、文学も、資料を漁るときは必ずアラのないように調べることが
必須とされるよ。限りない資料のなかで、たまたま例外的な事例だけを
資料として提出するのは、説得力をもたないので。

104 :吾輩は名無しである:2006/12/17(日) 22:05:21
つか重複してる

文学という価値―第三幕―
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1158004161/l50

105 :吾輩は名無しである:2006/12/18(月) 00:12:02
>>103
いや、別に資料を検証することの精密さにおいて歴史学>文学と言いたかったわけではないよ。優劣とは全然別な問題。

ただ、歴史上の仮説は必ずしも本当とは限らない、新しい発掘とかがあったら
定説でも一夜にしてひっくり返ってしまうようなことだってあり得るわけだけど、
少なくとも求めているのは「実際にこういうことがあった」という事実なわけじゃん。
だから、否定するに足る根拠が見つからない限り、歴史学者達は自分の仮説を事実と考えて主張する。

だが、文学論の場合、その説が優れた、綿密な資料批判に基づいた説得力あるものであっても、
この説は事実なんだ、1+1は2だってことと同じくらい明快なことなんだって主張するのは駄目だろう。

……と思ったけど、別に文学だけが特殊なわけじゃないか。
社会学とかだってそういう意味じゃ多分似た部分あるんだろうし。



106 :吾輩は名無しである:2006/12/18(月) 00:18:53
>>102
いや、もちろん文学部の人間がみんな文学作品の研究やってるわけじゃないことは俺も知ってるが。
他の人も普通にいちいち訂正するのがメンドくさかったんだと思われ。

107 :吾輩は名無しである:2006/12/18(月) 00:26:44
>>59
っつーか役に立つ立たない関係なく、学問保護するのは古来から国家かそれに準ずるものの義務なわけなんだが。
先人達がその場その場で役に立つものだけを残して、あとは切り捨てるようなことばかりしてたら、
今、文明はここまで進歩してなかったよ。

108 :吾輩は名無しである:2006/12/18(月) 09:18:18
>>105
なるほど。うん、学問において100%正しいって主張することは、
文学以外でもなかなか、なされないね。
ただ、やっぱり文学は他と違うように思うよね。
それは、主張する側でなくて、受け取る側のスタンスに違いがあるの
ではないかと思います。
受け取る側には、逃げ道がある。
定説がどうであろうが、「俺はそう思わない、なぜなら」
でスタートする余地がある。で、実際それは文学の質に合っていると思う。
読者によって、人生観や経験知はさまざまなので、その人に応じた
読まれ方、感じ方は当然あるはず。同じ人でも、経験を通して始めて
理解できる感情もあるはず。だから、1の人は、母上が感動して自分が
理解できない作品を、理解しようと思っているようであるけれど、
僕なら、理解できない作品はすっ飛ばして、今の自分を惹きつけてやまない
作品を探しにゆく、それで良いのでないかと思う。

109 :吾輩は名無しである:2007/01/05(金) 11:17:18
>>91
むかし法学部いたけど、法律は学問じゃないから。実務だから。
他の学問から無視されてるから、よろしく。
2ちゃんの板見ればわかるでしょ。司法試験ジャーゴンの不気味さ。
なんの普遍性も価値も追究してないからねー
役に立つものは学問じゃないよ

110 :吾輩は名無しである:2007/01/05(金) 11:25:19
109に追記
文学の批判じゃなくて法律学の批判だからよろしくね

111 :吾輩は名無しである:2007/01/08(月) 06:21:12
〉1
前田愛 テクスト入門
でも読んでみれば。
基礎的な知識について簡単な文で書いてあるよ。

112 :吾輩は名無しである:2007/03/03(土) 05:29:27
>>110
いや、つけ加えんでもんなこた読めば分かるが。

法学の実情は知らんけど、最後の一行はどうだろ。
それを当てはめれば、大半の理系とかなり多くの文系学問は学問でなくなっちゃうよ。
まあ、でも、法学はもともと人為的に作られたルールをさらに人間がその時その時の社会の実情
を省みつつ解釈していくものだと思うから、たしかに普遍的なものではないんだろうね。


113 :吾輩は名無しである:2007/03/07(水) 15:35:52
文学とは
主が与えたもうた聖書を読むための学問なり!

以上で
罪深き者どもの議論は終了とする
もう書き込むな

ーーーーーーーーーーーーーー完ーーーーーーーーーーーーーーー


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