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A コギト・エルゴ・スム 『我思う故に我有り』F2

1 :吾輩は名無しである:2005/05/21(土) 23:00:45

掲示板の中の掲示板。
日ごろ文学で感じていることをカキコしましょう。

過去スレ
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1081810239/l50



2 :吾輩は名無しである:2005/05/21(土) 23:01:59
>>2 

3 :吾輩は名無しである:2005/05/21(土) 23:03:49

考えるアタシがいる。
アタシは空を仰ぎ 太陽に焼けた砂を踏みしめ 
そして自分の手の平を見つめる
手の平は しっとりと汗ばんでいた

空は遠く 海は広く そしてアタシという人間は
こんなにも小さいものか
押し潰されて そして簡単に消えてしまいそうな 儚い 脆い イノチ
イノチの固まり それがアタシ

足の爪先を濡らす 泡立った白波を 手の平ですくった
濃い群青色をした水は アタシの手の平をするりとすべり 指の間からこぼれる
ひやりと冷たい感触 むせかえる潮の臭い
五感は確かに アタシのココロに響いていた

空はどこまでも広く丸く 海はどこまでも深く澄んでいるので アタシの眦から 熱い滴がこぼれた。
アタシというココロは確かに この器に存在しているのだ
それだけは間違いのない アタシにとってたった一つの真実

http://www.yukai.jp/~nitoro/rosie/uta_ese3.htm



4 :吾輩は名無しである:2005/05/21(土) 23:08:10
最高だね。考える人間の幸だよ。?

5 :吾輩は名無しである:2005/05/21(土) 23:14:39
人間は考える葦である

考えることは、幸福ですか?
それとも悲劇ですか?

6 :吾輩は名無しである:2005/05/21(土) 23:29:09
ところで、デカルトの『方法序説』から引用します。
復習の意味を込めて。

第二部 L28-29
  
第一は、私が明証的に真であると認めるのでなければ、どんなことも
真として受け入れないことだった。言い換えれば、注意深く即断と偏見を
避けること、そして疑いを差し挟む余地の全くないほど明晰かつ判明に
精神に現れるもの以外は、何も私の判断の中に含めないこと。「明証性の規則」

第二は、私が検討する難問の一つ一つを、出来るだけ多くの、しかも問題を
よりよく解くために必要なだけの小部分に分割すること。  「分析の規則」

第三は、私の思考を順序に従って導くこと。そこでは、もっとも単純で
もっとも認識しやすいものから始めて、少しずつ、階段を昇るようにして、
もっとも複雑なものの認識にまで昇っていき、自然のままでは互いに
前後の順序がつかないものの間にさえも順序を想定して進むこと。「総合の規則」
  
そして最後は、すべての場合に、完全な枚挙と全体にわたる見直しをして、
何も見落とさなかったと確信すること。             「枚挙の規則」

7 :吾輩は名無しである:2005/05/21(土) 23:34:15
なな

8 :しろうと ◆AUSirOutoE :2005/05/22(日) 06:38:32
前スレでは「我思う」と「我有り」のずれについて考えましたが
今度はコギトのパロディ、オルタナティブを考えてみたい気がします

例えば倒錯者(分析家)にとっては「君思う、ゆえに、君有り」となります
主体が対象を見る視線が、対象が対象自身を見る視点と一致する、
これが倒錯者の定義なので、「君思う」が出てきます(ギコトとでも呼びますか)

これは今までのパターンからすると、「いや、君の疑いは疑えるが、我の疑いは疑えない」
などと返されることでしょう。視界には視点があるという強力な論法があるわけです
しかしですね…

実は「彼が思う、ゆえに、彼有り」という拡張可能性はコギトの裏面なんです
というのは、コギトはいいとしても、「それは君だけの話だよね」と言われてしまう
コギトの存在証明は一人だけなので、超越者を想定しないと普遍的たりえない

だが別にそんなものを想定しなくても
ラカンの倒錯者やデヴィッドソンの慈善原理や大森のアニミズムのように
単にこちら側の読み込みとするのも自然な道です


9 :吾輩は名無しである:2005/05/22(日) 07:58:21
>>9
しろうと様。もう少し具体的事象などを時折織り交ぜながら
自説を展開されると、理解されやすいかと思われます。
(せめて、ジジェクがするぐらいには・・)
文板であえて異所性のある効果を狙ってそうしているのならいいのですが、
貴方の高度に抽象的なその思弁性とレトリックについていける人は、
この板には殆どいないような気がします。いつも勉強にはなりますが。

個人的には、日常生活レベルの話とそうしたメタフィジカルな認識が
交錯するような話などを聞いてみたいですね。文学として・・。

10 :吾輩は名無しである:2005/05/22(日) 12:53:01
貴方の高度に抽象的なその思弁性とレトリック



11 :吾輩は名無しである:2005/05/22(日) 13:00:54
かわいいじゃん

12 :1b™ ◆1bBtQE5sBo :2005/05/22(日) 17:28:32
>>8
それはデカルト「主義」的読みだと思うがね。
普遍性というのは「公平に分配されたボン・サンス」が保障している。
オルタナティブでもなんでもないね。
「考えることについて考える」という文脈でない限りは、
デカルト「主義」的解釈の注釈でしかないな。

13 :1b™ ◆1bBtQE5sBo :2005/05/22(日) 17:32:57
ニーチェが自由意志説ほどに反駁された説はないといっている。
いろいろな人間が自分の強さを自覚するためにそれに挑んだのだと。

「われ思う〜」もそうして色々な人間に挑まれてるんだろうが、
考えることについて考えるときの「数学的に厳密な基礎付け」としての
コギトに挑んでいる人間を見ないな。グルが前スレで「対案を出せ」という
感じで空回りしてたが。

語りえぬことに沈黙してるのか?

14 :1b™ ◆1bBtQE5sBo :2005/05/22(日) 17:49:36
ともかく、その後の人権思想が「公平に分配されたボン・サンス」上に
「合理的」に構成されたコギトにその平等の根拠を見出したことくらいは
認識してるんだろうか? イギリスの頭のいい家畜の話に前スレですこし
言及したけれど。

「可能性の中心」という語が飛び交ってるが、マルクスの時代既に世界が貨幣に
覆われていたように、今の時代が人権思想に覆われていることには思い至らんかな?

15 :吾輩は名無しである:2005/05/22(日) 20:19:03
>今の時代が人権思想に覆われていること

朝のテレビで竹村なんとかっていう盗作野郎が
1bと同じこと言ってた(苦笑)

16 :前スレ929:2005/05/23(月) 01:04:35
>前スレ966 THE グルさん
>デカルトの神は、
>人格や何々の神といった性質を持つものではないんです。

デカルトは「神の存在証明」に際して、次のように考えたと習いました。

「考える我」は最完全者の観念を持っている。
そしてこの観念の作者は、すべてを疑おうとしている我自身ではありえない。
よって「観念の作者」として神が実在する。

この「観念の作者」ということばから、
人格神をイメージしちゃうんですが違うのですか?

またデカルトは、数学的認識に対する懐疑理由として「欺く神」を想定し、
それと対になる概念として「善なる神」という表現も使ってますよね?

この「善なる神」ということばからも、
人格神をイメージしちゃいます。

17 :前スレ929:2005/05/23(月) 01:12:09
それと、前スレ996の発言はネタですか?

本当にAA程度でプロバイダーからクレームだの、
同意書が送られてきたりするんですか?

気になるので教えてください。

18 :グルの孫娘:2005/05/23(月) 05:07:03
>>17

いいですか、芸術的センスが微塵も感じられない
同一巨大AAを
そこらじゅうに何十回もペーストする行為、
これは立派な荒らし行為としてみなされても仕方ないのです。
こうした行為は
すべてエゴから出来する身勝手さを表象するもので
それを糊塗する言説は全て詭弁だと一蹴すべきなのです。
「現実は偉大な教師」にもあるように、
こうしたエゴから始まる拙い投企は後日、罪・咎として廃棄される
運命にあるのです。

これが定説です、環境的なリサイクル問題です
どうかしましたか?



19 :亀裂セル自我:2005/05/23(月) 19:21:49
>グル
プロバイダー云々の件は知らなかったなあ。
AAを使ってた前スレの初期の時代に「低脳」呼ばわりしたけど
まあ非はそっちにあったんだから許せよな。

20 :吾輩は名無しである:2005/05/24(火) 14:33:36
そりゃあ確かにあのAAはセンスがないと思うけど
それが荒らし行為とみなされるのであれば
文章なら何でも許されるのかね?
暴言、煽り、これって立派な荒らしだよね?

21 : In case of Sophie…:2005/05/24(火) 19:54:23
Fuck you

You look greatly and are mistaking. The realities of this world is not seen.
It is my center like infants of three years old or four years old as for this world ‥
The turn goes this way and that if requests, care isburnt, and still think in such a way ….
・・・・ blatantly.

Throw away overreliance. Your overreliance ‥ The barrel the shouts every day, and is the "help me "
It is foolish ? unexpected misunderstanding of ・・・・ by which thinks whether it is natural to put out
the tool in such a way <・・・・> why ifentreating.
As for the people, no one eventually responds to stranger's help the so on.
Children in Africa in which suffered from hunger ‥ the people who lost the house where lived
by the war ‥ Was not food able to be managed, and did the Japanese who poured foolish money
answer their requests?
Though there might not be answer ‥ It is not so. the reason for this is not to be familiar
It is so even in case of being in the near future.
The stranger is not saved as long as it is not the one that something is obtained either.
It is basic. Because the basis was swept and mistaken, became a panel of which I came in p
urposely the 22nd century ・・・・.

Of course, there is the helping one in the inside, too.
However, the reason for it is that convenience is good for me and ‥ In a word, ‥ is cheated.
Why ‥ It is not understood ‥ Why ‥ Is not it noticed ・・・・?


22 :吾輩は名無しである:2005/05/24(火) 22:33:25
哀れな狂女のために祈るんだONE!

23 :15歳はつ恋:2005/05/24(火) 22:57:12
どうかしましたか?

24 :吾輩は名無しである:2005/05/27(金) 06:19:43
すべて疑って、コギト・エルゴ・スムだ!!って、話に無理があるんだよ。

すべてが幻覚や夢かもしれないと疑ったとか言ってるけど、わざわざ疑ってみ、
る事が可能だという事は、それは幻覚や夢じゃないと自分で分かってるって事
だろ。
明晰夢の状態だってこれは夢だと気がついていて自覚出来る状態なわけで、
わざと疑ってみてるような状態じゃない。

これは夢だ!と感じるということは、実はリアルは疑っていないという証拠なわけであって、
疑ってる振りをしてるだけなんだ。

精神病の幻覚は、明晰に思考できない状態か、それとも興奮して妄想的になってる状態か、
どちらにしても理性的じゃないよ。理性的である自分があるから理性的である自分がある
って事を最初から言ってればいいんだ。

25 :1b™ ◆1bBtQE5sBo :2005/05/28(土) 13:08:41
>>15
多分最近のアメリカについての話だろうな。
アメリカ人のそういう傾向の下にはヘーゲルがいる。
その下にはデカルトがいる。
デカルト以前の古層にしか他者はいないという話なんだがな。

>>16
いいですか?
人格というのは複数の人間の間で定義されているものであって、
デカルトのコギトが人格でないのと同様、その神も人格を持たないのです。

>>24
そのリアルは北京の蝶々が見てる夢かもな。

26 :THE グル :2005/05/29(日) 22:35:53
>>16
いいですか、
>デカルトは「神の存在証明」に際して、次のように考えたと習いました。云々。
とおっしゃっておられますが、
あなたに、
それを教えてくださった方は解っていらっしゃるから良いのでしょうが、
少々誤解を生みやすいご説明であると思われるんです。
デカルトの神の証明については前にもご説明したことですが、
今一度此処で新たに補遺を添えてご説明いたしますと、
まず、“我思う故に我あり”の命題からわかることは「心がある」ということであり、
次に、
この心のほかにあると考えることの出来る実在の存在、即ち、神と物を考えることが出来るんです。
そして、この神というものは、
無限的完全的存在であるが故に有限不完全な「私」からは生じることは無いんです。
したがって神の観念は神から我々に付与されたものでありこのことからも神は存在せねばならず、
また、
我々の意識の中に神の観念が明晰かつ判明に含まれていることからも、
神の存在が必然的に証明されるという人性論的証明によるものなんです。
ここで出てくる神はその存在において他を必要とせず、
それ自身において存在している存在であり(無限的実体)、
完全性を基とするものであって神格をもつものではないんです。
ですから、「観念の作者」の「者」は「存在」だと考えた方がわかりやすいですね。
それから、
>またデカルトは、数学的認識に対する懐疑理由として「欺く神」を想定し、
>それと対になる概念として「善なる神」という表現も使ってますよね?
ともおっしゃられておりますが、
それは、神という存在があるとした上で、
その神を私の観念において懐疑したときに生じる過程の考察例として挙げたものであり、
神の人格をわざと想定して自身の観念の確かさや神の証明をするものにすぎませんし、
結論は欺瞞やそうした奸計は神の完全性の元に退けられているんです。
どうかしましたか?

27 :THE グル :2005/05/29(日) 22:40:14
>>17
いいですか、
全く、
本当のことなんです。
実に、
残念なことですね。
まあ、
真意がわからなければ、
彼らにとっては、
デカルトもヘチマも同じことなんです。
どうかしましたか?

28 :THE グル :2005/05/29(日) 22:45:59
>>19
いいですか、
あのAAを貼り付けることの、
どこに非があるというんでしょうかね。
それならば、
愚昧な書き込みをされている方々についても、
どうにかしていただきたいものですね。
どうかしましたか?

29 :THE グル :2005/05/29(日) 22:53:55
>>24
いいですか、
>すべてが幻覚や夢かもしれないと疑ったとか言ってるけど、わざわざ疑ってみ、
>る事が可能だという事は、それは幻覚や夢じゃないと自分で分かってるって事だろ。云々。
とおっしゃっておりますが、
此処から見出される大事なことは、
疑いの質に留まることではなく、
あらゆるモノが疑いうると想定される限りにおいて、
それを疑っている「私」があるということなんです。
それから、
最後の三行については、
精神病と診断されている時点で、
正常なる状態であるとは考えらず、
それを明晰かつ判明なる根拠とすることは出来ないんです。
どうかしましたか?

30 :吾輩は名無しである:2005/05/30(月) 02:58:37
あらゆるモノを疑っている「私」があって、その疑っている「私」は偉いんだと
言いたかったんだろうな。 『我思う故に我有り』の言葉に、もうひとつ
自分が思っているとおりに素直に「疑ってる我は偉いだろスゲーだろ」と付け
加えておけよ、正直に。

31 :THE グル :2005/05/30(月) 03:11:58
>>30
いいですか、
大丈夫ですか?
あなた、
文学的才能皆無ですよ。
どうかしましたか?

32 :吾輩は名無しである:2005/05/30(月) 03:53:25
俺は文学的才能は皆無だ。
それがどうかしたのか。

33 :吾輩は名無しである:2005/05/30(月) 12:41:54
どうもしませんよ
人それぞれでいいのではないでしょうか?

34 :しろうと ◆AUSirOutoE :2005/05/30(月) 22:47:27
>>9
前スレでそのように記述しました
もちろんこのスレでも反復していきます

ウィトゲンシュタインのパラドックスは、
ある記号(+)の規則について
今までプラスだと思っていたのが
クワスという他者の可能性が潜在していたという話ですが
これは多重人格もそうではないですか
つまり、ある身体の人格について
今までAだと思っていたのがBだった



35 :しろうと ◆AUSirOutoE :2005/05/30(月) 22:57:15
だから結局、原子の下に素粒子が…
という分割の話になります
「私」は実はキュビスム的に分裂しています

ジジェクのように大衆文化に例を求めたのが
RPG「FF5」のラスボス、エクスデス/ネオエクスデスです
仮面の下に潜んでいたのは、ばらばらの欲動の流れです

あるいは「ナイトメア・ビフォア・クリスマス」のブギーもそうです
「灰は灰に、塵は塵に」という台詞が暗示する粒子状の主体なのです
これはキメラ的モンスターでない「こちら側」の人間も実はそうです

あるいは集団コンピューティングによるエミュレーションと
「マルチチュード」から「スマートモブズ」に到る集合無意識的な主体が
挙げられるでしょう。それは多重人格を上位レベルで再構成されたものです


36 :しろうと ◆AUSirOutoE :2005/05/30(月) 23:01:25
自分のナラティブは無機的な単語をハイパーリンクしていくという
フォルムをしています。あるいは家族的類似性を持っています
なので一つのレスではなく、レスを集合的に見てください

しかしその発想はデカルト以後だけではなく
それ以前からも継承しています。どういうことか
ギリシャの歴史を紐解くことになります


37 :しろうと ◆AUSirOutoE :2005/05/30(月) 23:24:21
遥か紀元前のミレトスに現れしタレス、アナクシマンドロス、アナクシメネスに始まった
「万物は一である」という思想は、パルメニデスによって存在の形而上学として確立しました
(本当は「形而上学」はアリストテレスなのですが、ソクラテス関連はここでは触れません)

「…『あらぬもの』を、汝は知ることもできないであろうし、語ることもできないであろう〜」と。
少し強引ですが、このパルメニデスの言に、ウィトゲンシュタインの「語りえぬもの」の起源を見ます
ちなみに「探求の二つの道」も『論考』と『探求』の二つの世界に対応しているでしょう

そしてゼノンは「存在は一」であることを示すために「多」、即ち運動や生成のパラドクスとして
『イリアス』と『イソップ寓話』をラブレー的に対比させながら、有名な「アキレスと亀」の寓話を示します。
しかし、この運動の不可能性は、不可能性の運動として、つまり対象aとしてラカンに現れるのです…


38 :しろうと ◆AUSirOutoE :2005/05/30(月) 23:28:08
極限まで言葉を削ると、
モダニズムが「一」の思想なら
ポストモダニズムは「多」の思想なのです
この二つのいずれかが優れているという事が言いたいのではありません
それらはユークリッド幾何と非ユークリッド幾何のように両立するのです


39 :THE グル :2005/06/10(金) 00:49:58
いいですか、
しろうとさんの言っておられることは、
少々無茶苦茶ですね。
その原因は、
ご自身が良く問題を、
消化できていないことから来ているように思うんです。
どうかしましたか?

40 :吾輩は名無しである:2005/06/10(金) 10:47:26
しろうともそうだが東〜ラカン好き文哲板住人はなんかどうしようもないな
自分でも良く理解できずに本に書いてあったことをバカみたいに羅列してるだけにしか見えないのがわからんのかな

aransk、ぴか〜、くろしろとか全員この手だろ

41 :1b™ ◆1bBtQE5sBo :2005/06/11(土) 19:58:20
>>39-40
本人が分かってるとは思えんけど、優しい目で見てやると一応の意味は成している。
「月とペンス硬貨は、色と形において相似である」程度の意味だが……、翻訳してやるとだ。

>>34-35
因果性、法則性は事後的である限りどこにでも成立しえ、
(それを可能にする条件は対象の分割である)デカルトの「私」も
分割上に再構成された。

>>36
自分でも理解してないものを他人に理解できるわけはない。
(私は>>34でいうとおり「理解」できるんだが、……。素人が掲示板
に垂れ流したのをこうしてわざわざ「理解」する奴はそんなにいないと思う。)

>>37
哲学史がその起源において原子を求めたのも、分割にその理由がある。
しかしながら公理系に組み込みえない、分割しえぬものが常に生じた。

42 :吾輩は名無しである:2005/06/19(日) 08:12:23
片言隻語

43 :1b™ ◆1bBtQE5sBo :2005/06/27(月) 07:40:50
がっつりもりさがったな。

44 :吾輩は名無しである:2005/07/06(水) 18:06:51
熱い寒いを感じるのは痛覚ですか?

45 :吾輩は名無しである:2005/07/07(木) 02:58:42
暑い寒いを感じるのは痛覚ですか?

46 :吾輩は名無しである:2005/07/14(木) 02:18:29

デカルトは、真理探究のための手段として、それまで知識と称せられてたもの全てを一旦疑いにかける。
そうした方法的懐疑によって唯一残る真理は、「私は疑っている」という事実のみである。
そして、疑っているということは、より広く言えば、何かを意識していること、思考していることであり、
この思考には明らかに思考の主体としての「私の存在」が前提にされているのだから、
「私は思考していること」と「私はある」ことは確実である。
こうして、「私は思う、故に、私はある(コギト・エルゴ・スム)」という第一の原理が確立されるのである。
この真理は、近代の認識論的・存在論的な出発点となっている。
そして、「考える私」を規定することで、理性を神格化し、純粋自我というパラダイムを構築したのであり、
以後近代哲学は、この鎖に縛られることになるのである。

47 :吾輩は名無しである:2005/07/18(月) 02:24:13
いいですか、
ageておくんです
どうかしましたか?

48 :吾輩は名無しである:2005/09/09(金) 22:04:04
どうもしませんYO

49 :吾輩は名無しである:2005/11/26(土) 06:40:29
なあに、かえって免疫力がつく

50 :,  ↑:2005/11/26(土) 07:14:22
死スレ・シャッフル厨

51 :吾輩は名無しである:2005/12/04(日) 15:44:07
だが心配のしすぎではないか。

52 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/16(月) 04:37:26
同意同意。知らないから生きていられる。

53 :吾輩は名無しである:2006/02/17(金) 21:15:47
コギト・エルゴ・スム 『我思う故に割れ目有り』

54 :吾輩は名無しである:2006/06/06(火) 16:21:46
同意

55 :◆UTOPIA.Cuo :2006/08/01(火) 15:26:31
我思わない故に我あり。

56 :吾輩は名無しである:2006/11/27(月) 17:48:06
たぶららさ あげ

57 :吾輩は名無しである:2006/12/11(月) 16:33:29
>>46 その通りですね。書くとよくわかるー。

58 :吾輩は名無しである:2006/12/12(火) 01:08:46
それで、どうなるの? 続きは。

59 :スピノザ:2006/12/12(火) 01:11:47
我は思いつつある

60 :吾輩は名無しである:2006/12/12(火) 01:43:01
A=A

トートロジーだっけか?

61 :吾輩は名無しである:2006/12/12(火) 01:45:26
酢皮脳座は既に氏んでるよ

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