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ごめん。小説ってなにがおもろいの?

1 :吾輩は名無しである:2005/05/31(火) 22:04:10
新書とかのほうが面白くね?
いまいち小説読む人の気持ちがわからん。

2 :吾輩は名無しである:2005/05/31(火) 22:04:55
>>1
新書ってどんな新書? ちくまか?

3 :吾輩は名無しである:2005/05/31(火) 22:09:08
せっかく文学板に来たんだから、文学作品を読みなさい。
その後で、ぶぶ漬けを用意します。

4 :吾輩は名無しである:2005/05/31(火) 22:16:33
>ごめん。小説ってなにがおもろいの?

単発質問スレを立てるのはやめてください

5 :吾輩は名無しである:2005/05/31(火) 22:18:03
ボクは中公と文春が好きです。
岩波はあんまり面白くないと感じています。
つくまは買ったことないけど
似たような平凡社は結構好きなほうです。

6 :吾輩は名無しである:2005/05/31(火) 22:21:26
エッセイは?

7 :吾輩は名無しである:2005/05/31(火) 22:23:09
読まないというかエッセイって何?・・・って素人。
週刊新潮とか文春に乗ってるコラムがエッセイなら好きなほうですです。

8 :吾輩は名無しである:2005/05/31(火) 22:25:48
まあ聞いてくださいよ!
一応読んだんですよ。小説。
ああ読まないかんなーと。

ぜっ・・・・んぜん面白くない。
何が面白いのかさえわかんない。
これはマジで世間は楽しんでいるのか
はたまたボクがずれてるのかわかんねー


9 :吾輩は名無しである:2005/05/31(火) 22:30:05
小説、何読んだの?
エッセイって言うのは日本で言うと随筆のことで、
自由なテーマに関する考えや感想を書いたもの。
古くは枕草子、徒然草等。
コラムもエッセイみたいなもん。

10 :吾輩は名無しである:2005/05/31(火) 22:33:52
読んだのは・・・とりあえず有名なとこ。100選とかのやつ。
三島の「潮騒」「仮面の告白」
カミュ「シーシュポスの神話」「異邦人」
川端「雪国」
井上「あすなろ物語」



11 :吾輩は名無しである:2005/05/31(火) 22:57:11
小説に興味無い割りに
何が有名かは知っておられるのですね。

>ああ読まないかんなーと。
この動機をどうやって調達したかの方が興味ある。

12 :吾輩は名無しである:2005/05/31(火) 23:01:56
好きなもの読めよ

13 :吾輩は名無しである:2005/05/31(火) 23:02:10
新書は結構良い。新聞とか読んでて短い記事だけじゃ物足りなくて、こんな感じの記事で
もっと何百倍かぐらいの情報量が欲しい、という時に便利。
なんというかお得感がある。古本に行けば更にお得なんだけどね。

14 :吾輩は名無しである:2005/05/31(火) 23:02:44
なんで小説となるとこうも嫉妬屋がたくさんわくのか。
楽しめなかったらそれでいいじゃん。
それとも小説以外のすべてのものをあなたは楽しめてるのか?

15 :吾輩は名無しである:2005/06/01(水) 00:02:19
>>10
この中で、文句なくおもしろく、感動するのは「異邦人」だな。
といっても最後の数ページにいたるまで、辛抱強く読まなければならないが。
最後の数ページにはそれだけの価値がある。

「シーシュポスの神話」は小説じゃないし、読んでも何を言っているのか理解し難いだろう。

16 :吾輩は名無しである:2005/06/01(水) 00:04:57
新潮の100選に入っていて、有名で、読みやすく、感動できるのは、
「老人と海」なんかどうだろう。

17 :◆iL/GZYr15c :2005/06/01(水) 00:08:53
名作といわれる作品でも、今の時代には固すぎる文体が敬遠される原因か。

18 :吾輩は名無しである:2005/06/01(水) 00:12:52
辛抱しきれないんだろう。

19 :吾輩は名無しである:2005/06/01(水) 00:15:09
読まねばいかんということはない

20 :吾輩は名無しである:2005/06/01(水) 00:15:43
スティーブンソンの「バラントレーの若殿」もお奨め。
夜を徹して読み耽るという感じになった。

21 :ベルクカッチェ ◆dto6OTb1IQ :2005/06/01(水) 00:24:33
たとえば人と出会うように、小説に出会うのでR。
小説相手のドン・ファンとはわたしのこと。










                           ……カッカッカッカッカッ(靴音

22 :吾輩は名無しである:2005/06/01(水) 06:39:44
何もおもしろくはねーよ
死ぬまでのひまつぶしになるだけだ

23 :吾輩は名無しである:2005/06/01(水) 09:43:16
それでいいんじゃないの?

24 :吾輩は名無しである:2005/06/01(水) 10:05:38
小説がおもろいわけじゃない。
おもろい小説があるんだよ。

25 :吾輩は名無しである:2005/06/01(水) 10:25:18
24が素晴らしいことを言った!

26 :吾輩は名無しである:2005/06/04(土) 21:02:46
「♪サッチャンハネ、コウツウジコデ、ハネラレタ、ダカラ、カオガトレテ、
ドッカトオクヘ、トンデチャッタ♪悲しいね、さっちゃん♪
さっちゃんは即死で死んじゃったの。このレスを見た人は…
さっちゃんが0時に行ってあなたの首をかまで切り取っちゃうよ♪
いやなら、さっちゃんが行くまでに、9回違うスレにレスを送ってね♪
あ、さちゃんの顔は、こんな顔だから、
探してくれるのもイイよ♪オネガイネ…。 http://www.operaou.com/image/cmail/rei0204.gif

27 :吾輩は名無しである:2005/06/29(水) 01:31:23
さっぱりわかりません。
新書のほうが面白いです。


28 :うんこおっぱい:2005/06/29(水) 01:58:56
はっきり言って面白い小説に出会ったことはない。正直疲れるっしょ?
その疲れを忘れるほどの面白さは小説には期待できない。
面白い漫画ならたくさんみたけど。。


29 :吾輩は名無しである:2005/06/29(水) 02:05:48
>>27
小説は極端な話「たとえ話」。
新書は言いたいことを直接話す。
だから、小説がつまらんのではなく、1の好きな新書の「作家」と
1の読んだ小説の作家とのフィーリングが合わんだけ。
新書も小説もつまらん奴が書いたらつまらんし、
また逆も真なり。

ただそんだけに、スレたんてんな。

30 :吾輩は名無しである:2005/06/29(水) 02:07:38
あげてしまった。。。
1がただ単に「たとえ話」嫌いという選択肢もあるw

31 :吾輩は名無しである:2005/06/29(水) 04:11:42
でも寝食を忘れるほど夢中になって読んだ本って3冊かそこらぐらいしかないよね。。
それを考えると小説なんて大して面白くないと言われてもやむを得ないかも。

@寝食を忘れて小説を読んだ時間/その他の状態で小説を読んだ時間
A瞬きもせずに(もちろん例え話)夢中に映画を観た時間/その他の状態で映画を見た時間
B世界最強の気持ちでロックを聞いた時間/その他の状態でロックを聞いた時間

を考慮した場合、A>B>>>@だな。俺の場合。だから、非常に効率の悪い感動供給財であることは確か。
それでも好きだから読んでるんだけどね。どこにでも持っていけて手軽だし。

32 :吾輩は名無しである:2005/06/29(水) 07:25:03
>>31
それすごく分かるなぁ。自分もそうだと思う。
でも、たとえ一冊だけでも自分の好きな小説に出会えたら、その感動は大きいよな。

33 :吾輩は名無しである:2005/07/04(月) 23:52:29
小説ってのは文章の種類で、新書ってのは製本の様式でしょ。
カッパノベルスみたいなのは小説の新書じゃないか?

34 :吾輩は名無しである:2005/07/14(木) 11:06:18
>31
俺も同じ意見なのでビビッたな。あげてしまおう。
確かに小説って効率が悪い。選びに選んでも、ハズレるし。
でも、夢中になった書物が3冊ってことはない。
少なくとも300冊くらいはある。
ただそれに費やした時間や労力を考えると、
別のことやっていたほうがいいんじゃないか、とふと思うときがあるね。

35 :吾輩は名無しである:2005/07/14(木) 13:04:11
>>1 >>8 >>10
まあ、そんなちょっと読んだくらいで、小説のおもしろさは分からんよ。
だいたい三年くらい読んでようやく、自分好みの小説の傾向が分かってくる。
小説といっても広いからね。
純文学、歴史もの、SF、ミステリ、エンタメ、などなど。
まずこれらの代表作を一通り読んでみたら?
とりあえず純文学は合わなかったみたいだから、他のを。
好きな映画とかの傾向から、スターウォーズ好きとかならSF読んでみたりとか、
そういうアプローチの仕方したほうが、百選かたっぱしから読むよりイイと思うよ。
そしたら我々もオススメなど挙げやすくなるしな。

36 :吾輩は名無しである:2005/07/14(木) 13:32:27
>>1はドストエフスキーが合ってる気がする

37 :吾輩は名無しである:2005/08/29(月) 15:03:25
本屋の小説コーナーに火を点けたい

38 :吾輩は名無しである:2005/08/29(月) 15:24:14
しかし、一口にSFと言ってもこれがまた色々ある訳だ。
スター・ウォーズ好きな奴にイーガン読ませても11Pで挫折してしまう。

むしろ、SW好きな奴にこそあえてプロレタリア文学を薦めてみるとか
そういう意外性が本好き君を増やすきっかけになりそうな気がする。

39 :吾輩は名無しである:2005/08/30(火) 12:35:48
難しいところは
おすすめできるものがないところ。

40 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/09(金) 14:17:08
萬田久子

41 :吾輩は名無しである:2005/09/09(金) 14:25:47
ネタ本読んでから読むと良い

ただ読破しても時代背景とか知らないと
作者の意図するところが読み取れない

42 :吾輩は名無しである:2005/09/19(月) 09:09:15
英語まるでダメ、
古本好きとか言うくせに早稲田の古本街のこともしらない、
演劇好き、戯曲好きとかいうくせに演劇科のことも全然しらない、
演劇博物館を利用したこともない。
あのキャンパスで演劇好きだってふらふらしてれば、関係者とのつてもできるはずなのに、
まるでない。
そもそも、根本的に頭が悪いし、全然文学の知識がない。

仮に間違って早稲田にいたとしても、
他の学生とのレベルの違いにおののいて、コンプレックスの塊で、
暗ーい4年間を送ったんだと思う。

だいたい卒論何やったの? 文学的に何の専門知識があんの? あんたは



43 :吾輩は名無しである:2005/11/26(土) 06:40:02
なあに、かえって免疫力がつく

44 :吾輩は名無しである:2005/12/04(日) 00:37:25


45 :吾輩は名無しである:2005/12/04(日) 00:39:17
言いたいこともないのならageるなよw

46 :吾輩は名無しである:2005/12/04(日) 03:12:51
小説より戯曲の方が面白いよ

47 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/12(木) 05:14:53
子供の頃は、本ばかり読むなってよく父親に怒られた。
いわゆる元気で、たくましいってな感じの男の子に育てたかったみたいね、
自身もかなりの読書好きなクセに。
海外ミステリが多かったが、ボリス・ヴィアンや安部公房、コールドウェル、
フィツジェラルドなんかも家にあった。文学全集のたぐいも。

小学生の頃は、勉強するフリして引き出しに隠した本を読んでいた。
学校では学級文庫の、もしくは図書室の。
休み時間も読んで、授業が全部終わったらそのまま教室で読み続け、
それでも読み終わらないときは歩きながら。
家に帰っても読み、晩ご飯食べてはまた読んで、風呂から上がっては
その続き。
夜更かしを覚えて、あぁ、こんなにたくさん本読む時間があるんだと、
感激したのは12の時。当然毎日、学校じゃあくびばかりしていた。
まぁその位の年に男の子が覚える事って、他にもいろいろある訳だけど。

48 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/21(土) 23:47:39
どうしよう

49 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/29(日) 22:47:24
ごめん。小説ってなんで人を苦しめるの?

50 :吾輩は名無しである:2006/02/17(金) 01:06:25 ?
ちょっとだけごめん

51 :吾輩は名無しである:2006/02/17(金) 15:33:31 ?
もう60になりました

52 :吾輩は名無しである:2006/02/17(金) 21:09:03
俺は人生が面白くねぇ。

53 :吾輩は名無しである:2006/02/17(金) 21:14:28
はいはい失格失格

54 :吾輩は名無しである:2006/02/18(土) 17:25:29
人生いろいろ、小説もいろいろ。

55 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 03:08:05
それ以来何を俺は。

56 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 04:15:07
新書って何がおもしろいの?

57 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 04:24:33
唐突だねw

羊の歌/加藤周一 自叙伝
戒厳令下チリ潜入記/ガルシア=マルケス ノンフィクション
短篇小説講義/筒井康隆 読書ガイド?
なんてのもあるし、
新書ってのは単に書籍の版型のひとつ。

58 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 07:41:18
>1
小説は面白いから読むと言う面もあるが、日常的な自我の束縛を抜け出して
他者を経験する事で、自己超出の契機になると言う一面がある。
文字を追うことで日常と異なる経験をする。ここで体験と経験を区別したいが
体験は自我が構成する世界ではなく、自我は印象のみを受け取るが、体験は能動的に自我が構成する世界だと思う。
小説の中では己と全く別の自我と同一化する訳で、日常的自我にとってタブーな世界をどんどん構成していく。
例えば、村上春樹の『ノルウェイの森』の主人公「ワタナベ君」は俺にとって明確な他者である。
私はワタナベ君的世界を生きることは無い。
そこには直子は存在しないし、レイコさんもいない。
「俺」は直子を「直子」としてレイコを「レイコ」として経験しない訳だが
文学の魔術的効果により、私は一時的に、「直子」や「レイコ」を経験する。
そのことによって、私は「ワタナベ君」になっているのである。
小説を読み終わり、私は私であるが、前世「ワタナベ君」であった記憶を引きずっている。
すると自我は、対象に「レイコ」や「直子」を読み取る能力が備わっており、世界はより繊細複雑な形で我々の前に姿を現すわけで
俗に「文学を読むと心が豊かになる」と言う経験をする。


59 :無名文士 ◆m0yPyqc5MQ :2006/04/22(土) 09:13:59
 小説なんてつまらないですよ。
ひまつぶしにしても悪質だwあまりに時間がかかりすぎる。

こんなものは、人生の晩年に暖炉のまえに座ってパイプをくゆらせながら
或いはスパゲティを茹でながら片手間で
または月のきれいな夕べに扇風機に吹かれながら
なんとなく読めばそれでいい話であって、わざわざ普段から真剣になるようなもんじゃないっしょ。

少なくとも僕はそう思いますね。
 小説を読んだおかげで金持ちになったとか、
偉い人になったとか、
すごい仕事を成し遂げたとか、
家庭がまるく治まったとか、
子どもがすくすく育ったとか、
地球が平和になったとか、
まるで聞いたことない話ですからなwww

 要するに言葉遊びのひまつぶしなんです。
かつてお母さんが我が子に語り聞かせてもの慰みにしたむかしむかしの物語。
それがだんだん嘘っぱちなのにほんとうの体験みたいに感じさせる種類の「小説」に展開していった。
けど本質は同じです。ひまつぶしなんです。
紙の上に乗った線のカタチによっていろんなお話を語る、という。
それだけの営為だし、別段意味もありません。
ときどきおもしろい話がひとびとの胸を打つ、というだけで。

60 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 09:33:20
>59
人生のほうがよっぽど時間がかかりすぎるぞ?
文学であれば80年の人生を二時間程度で経験できる。



61 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 09:39:46
小説で人生を疑似体験することって無意味だと思うな。
小説を読むことは小説を読むことであって、それ以上でもそれ以下でもないだろ。
無駄に人生について語るような小説ほどつまらないものだが。

62 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 09:42:15
>60
いや、君の人生など、文学的には一行、二行程度で表現可能なものだろう。
「彼は成功と言う幻を追いかけて、力尽きた。悲しく、そして孤独な一生であった。」
これだけの事を、実際に、全人生をかけて体験するって馬鹿馬鹿しくないかね。




63 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 09:47:31
あ、間違い。>60でなく>59

>61
いや、小説を読むことと言うのは経験することだよ。
人生について語るのは小説ではなくエッセイか何かだろう



64 :無名文士 ◆m0yPyqc5MQ :2006/04/22(土) 09:51:37
あんたらfictionとりあるの違いもわかんないのかよwww

一生引きこもってやがれ
けばけば

65 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 09:55:25
人生より小説の方が完璧な経験を齎す。
我々の人生と言うのはどこか不完全、間が抜けているものだ。
文学だけが完璧な体験だ。
明らかに文学>>>現実。そうだろ?
人生で体験される現実と言うのは、美女にキスしようと近づいた瞬間に鼻毛が伸びていることに気がついたりと
かなりお間抜けなものである。
純粋な精神作用の結晶である文学による体験は錬りに錬られた完璧(に近い)経験を齎す。


66 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 09:55:51
>>63
別に他人の読み方に文句付ける気はないけれど、小説と人生のスタンスを
混同する読み方は貧しいと俺は嫌いだ。

67 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 09:56:26
読み方は俺は嫌いだ、ね。

68 :65:2006/04/22(土) 09:59:40
むしろ我々は人生を文学的に深めていくべきなんだ。
人生のお手本が文学。僕はそう認識している。


69 :無名文士 ◆m0yPyqc5MQ :2006/04/22(土) 10:02:01
 いいですか?

人生の仮想体験が小説の意義だとしたら、映画のほうがよっぽど優れてます。
映画館に入って数時間経てば自動的に一連の尋常ならぬ疑似体験を済ませれる。すごいmachineだw

ところで小説にはimagenationによる主体的参加の意義がある、と言いますが
そんなの映画だって同じだと思いますけどね。
どんなに素晴らしい映画でも寝てたら参加できませんし、共感する心を動かさなければただの動画ですw

けど盲人のために物語る必要があるのだ、と言えば
じゃあ耳つんぼには字幕つき映画がサイコーだろうと言いたいw


けっきょく現代、小説が小説たらんとして唯一のidentityの基礎となるのは
ただ、小説が『コトバのみ』による芸術だということです。
たとえば「もののあわれ」、
と云えばそれだけで複雑な意味が通じるというお話は小説だけに許された特権です。
映画だったらこれだけ表現するのにどれだけ制作費がかかるかw

70 :65:2006/04/22(土) 10:07:19
映画のほうが優れていても別に問題は無いが、映画と言うのは大抵文学を筋書きにしているものではないか?
「シナリオ」と言うのは文学の一種だろう。



71 :65:2006/04/22(土) 10:08:57
筋書き<下書き


72 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 10:09:31
>>70 nice!

73 :無名文士 ◆m0yPyqc5MQ :2006/04/22(土) 10:17:02
 Scenarioつまり脚本は、シェークスピアの一連の劇作品に観られるようにひとつの文芸たり得ましょう。

けれども、ならば現代文芸の究極のカタチが映画scenarioなのだ、という結論に行き着くでしょうかね。
僕には疑問ですが。
実際、脚本の書き方と小説の「語り」の部分とは微妙に違うものです。
要するにfiction性を最初から前提にしなければ小説は書けないということですね。

いきなり誰だか知らない人に、むかしむかしあるところにおじいさんとおばあさんがいました
とか言われてもふつう信じられないでしょw
小説というコトバあそびだからやっとこさできる話です。

74 :65:2006/04/22(土) 10:36:44
文学と言うのは言葉遊びを脱していると思うのだよな。
言葉遊びってのは数学の証明とか或いは2ちゃんで取り交わされるやり取りだろう。
文学と言うのは我々が経験する「現実」と全く同等の「現実」を体験させるための装置であり
文学を読むことによって、我々は多様な現実を知り、世界に対する解釈はより豊かになっていく。



75 :65:2006/04/22(土) 10:38:20
我々が経験している「現実」と言うのは全くの虚構でしかない。
と言うことを文学を読むことで思い知らされるのだ。


76 :無名文士 ◆m0yPyqc5MQ :2006/04/22(土) 10:38:29
 ようするにさ、
別に面白くもないよ小説なんて!
という結論じゃないんですかw

まあ馬鹿真面目にやってる人たち──綿金(わたきん)とかW村上とか───にとっては
相当頭にくる意見かもしれませんがw
彼らの仕事自体を別に面白くもない、と言われてますからねw

けど少なくとも僕はそう思いますね。
別に面白くない。
それでいいじゃないですか。
なんで魔法にかけるみたいに「小説はエラい」「小説はすごい」と喧伝するかなあ。
理解に苦しむ傲慢だよw

小説なんてただの紙っきれに書かれた虫の線の戯れにすぎないでしょ。
そこに感動を見つけるとしたら、それを見つける『個人』のほうが偉大なんですよ。小説自体じゃない。


小説は文明的lifeを深める手法に過ぎません。
それはコトバあそびによるものがたりの営みです。
面白くもない。けど、別につまらなくもない場合もありますけどね。たまには。

77 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 10:38:31
映画すらも本当は疑似体験的なものであらないでほしんだがな。
といっても映画はほとんど大衆表現の企画がほとんどだからそうも言ってられないだろうけど、
同じことを小説に求める人が増えてきてるような気がするな。
ラノベ台頭の背景もそういう意識が増えてきてるとこあんじゃないかね。

78 :無名文士 ◆m0yPyqc5MQ :2006/04/22(土) 10:44:23
 僕は小説における疑似体験には断固反対ですね。

いくら官能小説を読んだって家庭は築けません。
ようするに役立たないんですよ、疑似体験は。人生の無駄づかいです。
引きこもりのみんなが人生を無駄に浪費していくのと同じで、
いくら小説の世界に没入してもなんの生産性もありませんよ。

映画だって同じです。

 Fictionalな体験はみんな、たんなる「息抜き」にすぎないと思いますよ。
ディズニーランドに永住する人はいませんからねw
居たらきちがいだよ。

79 :65:2006/04/22(土) 10:44:25
>77
では文学や映画は本来どういうものであるべきだと思われますか?


80 :無名文士 ◆m0yPyqc5MQ :2006/04/22(土) 10:47:57
>>79
 なんでもありなんじゃないですか?

もちろん僕は一介の文士、さすらいの作家の一葉ですから、自分の文学思想はありますけどね。
それを押しつける気もないし。発表するつもりもない。

「小説はなになにだ!こうでなければならぬ。それ以外は排除」
みたいな姿勢だけが文芸らしくない唯一のものだと思いますけどね。
Fascismじゃないですか。健全ではありませんよね。

81 :65:2006/04/22(土) 10:48:22
芸術の理想はさておき、小説に疑似体験的要素があることは事実なのです。
こりゃどんな偉大な文学であろうと文学が文学である限り逃れられない宿命だろう。


82 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 10:49:06
>>79
極端に言えば技巧の見せ合い。アイディア博覧会。
あくまで極端に言えば。

83 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 10:51:40
読書習慣のある人間が、とにかくムツカシイ奴になっていくのは確か。
――富岡多恵子の「詩よ歌よ、さようなら」に「ムツカシイひと」
というエッセイがあって、ヘンリー・ミラーについての印象を書いていた、
そんな事を寝ぼけたアタマで突然に。

84 :65:2006/04/22(土) 10:53:17
官能小説と家庭を引き比べるのはナンセンスじゃないですか?
例えば、小津映画の読後感が家庭生活によい意味で反映されると言う様な経験があれば
それは文学の効用ではありませんか?



85 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 10:54:33
ナボコフの文学講義に如何に小説を読むべきかというくだりがある。
そこにこんなことが書いてある。

…あるいは、これが読者がなしうる最悪のことだが、作品中のある人物と一体になったような
気持ちになること。このような低い想像力は、わたしが読者に使ってもらいたくないものである。

ナボコフは小説で疑似体験するような考え方を拒んでいて、あくまで小説という一個の世界の
創造にこそ価値があると考えている。

86 :65:2006/04/22(土) 10:55:22
また官能小説が無ければ、我々の性生活と言うのも北京原人レベルだったんじゃないですか?


87 :無名文士 ◆m0yPyqc5MQ :2006/04/22(土) 10:55:54
 僕は小説のfiction性をぶち壊したいとは常々考えてますがw
だってバトルロワイヤル読んで同級生殺した小学生の女の子みたいなきちがいは
小説の虚構を誤用した責任だと思いますよ。
おーこわこわw


 技巧の見せ合いというのはそうだろうと思いますよ。
色んな技術を見せ合って楽しむ。これは作る側の意義です。
 読む側はべつに技術なんかどんなでもいいですがねw
面白くもない屁理屈を延々語られるくらいなら哲学書でも読むわいw

つまり、文芸はすごい技術を面白くまとめるゲームなんですね。
だから『美術』たりうる。エンタメというだけじゃなしに。

88 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 10:59:37
適当なこと言ってんなよ猿w

89 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 11:01:25
眠い。
お約束には驚けない。
ただしだから駄目という事はない。

90 :無名文士 ◆m0yPyqc5MQ :2006/04/22(土) 11:02:54
 まあ疑似体験がその人を変えてしまうというのは
かの『ドン・キホーテ』の主題でもあるんじゃないですか。

たとえば
スターウォーズを観て映画館から出てきたら十中八九、ルーク・スカイウォーカーになってますw
ラストサムライ観たらみんな二刀を差して主君に忠義の武士道やろうですからね。

そのへんを揶揄した三百年くらいまえの場所から
「嘘っぱちものがたり→リアルな小説」の流れができたんですよ。

 だから今さら文芸は疑似体験の価値がある!とおっしゃられましても
僕にはがんばって騎士道ものがたりを読みなさいとしか言えないわけですがw

91 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 11:03:35
少なくとも小説の面白さとか、「クリエイティブ性」(バカっぽいなw)とかは日常生活と何の
かかわりももたないところで広がるべきものだと俺も思うな。

92 :65:2006/04/22(土) 11:09:46
>85
いや、そうではなくて、ナボコフだって自分の作品を読むときは疑似体験しているわけだよ。
そうじゃなきゃ文学と言う芸術は成立しないからね。その上でその文学的世界を批判するにしても、疑似体験自体は文学だろうが映画だろうが
前提として存在するだろう




93 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 11:12:48
>>92
疑似体験的な読み取り方が小説の前提にあるのはそうなんだろうけれど、だからといって
そこから人生が云々つう読み取り方は繋がらないんじゃないの。
それこそ手段と目的は同一である必要はない。

94 :無名文士 ◆m0yPyqc5MQ :2006/04/22(土) 11:16:03
 テレビで戦争の映像が流れたとします。
これをただのつくりものの悲劇だと勘違いして
「なーにやってんだばーか」とゲラゲラ笑ったとしたらどうでしょう。

[実際、文学板の某女性固定handleはあまりに文芸にのめり込んで、実際にこれをやる危険人物ですw]

 たんなるニュースだけじゃなく、小説にだって同じことは言えます。
お涙ちょうだいの場面で笑ったって怒ったって自由。
それがナボコフが言いたかった「作りばなしとの適度な距離感」なんじゃないですか。
このタガが外れたら、虚構と現実の境目を見失って殺人でも気狂いでもなんでもアリになると思います。
おーこわこわ

95 :65:2006/04/22(土) 11:19:42
>93
いや、人生が云々という読み取り方が必要だと言うのではなく
例えば、全くの事実として、文学の世界の中で我々は殺人や殺人犯の意識を経験するわけですよ。
これは仕方が無い。どんなに否定しようが文学を読むと言うことはそういうことなんだから。


96 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 11:22:49
>>95
別に殺人犯の意識なんてどうでもいいんですよ。
それが小説の中でどう使われているかが重要なのであって。
だから実際、罪人の意識を描いたドストエフスキーより緻密な描写に長けてるトルストイの方が
ずっと偉大とナボコフは言うんですよ。

97 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 11:24:32
この世はすべて芝居である。
人はみな役者である。


98 :無名文士 ◆m0yPyqc5MQ :2006/04/22(土) 11:26:06
>>95
 「殺人した気になる」だけで、「殺人した人の《実際の》気持ちになる」わけじゃないですけどね。

もしやあなたはこれを見失っているのではありませんか。

 小説のなかでの体験は末梢神経の戯れにすぎません。
現実に殺人したときの血しぶきとか臭いとか救いようのない異様な罪悪感を体験できるわけではない。
飽くまでも「それに似せた別物」なんです。

それは絵画の世界に入り込むことはできないのと同じで、
fictionはどこまでもfictionにすぎないのですよ。

そうでなければ「小説は事実より奇なり」とかいう変な思想に到達してしまうでしょうよw
文芸オタクw

99 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 11:28:28
>>98
お前そろそろシカトされてんのに気付けよw

100 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 11:28:37
>>86
別にカーマ・スートラなんぞ読まんでも腰は勝手に。

101 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 11:29:06
大体、本当にひところしたことある作家も居ないしね。
みんなマガイモノってわかって読んでると思うけれどね。

102 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 11:30:11
たしかにそうだな。
ただ美香なんかは百も承知のことだろう。
案外そこまではまってない人が陥ること。

103 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 11:30:22
あ、バロウズとかみたいな例外を除いてね。

104 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 11:30:57
>>102は無名文士へのレスです。

105 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 11:31:32
>>102
俺もそう思う。重度の小説オタは逆に距離のとり方を知ってるはずで、
作品世界にのめりこんで感情移入しやすいのはむしろ普通の人だと思う。

106 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 11:34:23
小説より面白い世界が私の知らない現実世界で起こっている。
これを承知であえて小説の世界に浸るのは、現実世界が私を受け入れないからに過ぎない。
現実への嫉妬ですよ単なる。もちろん、自分を変えようとしたことはあった。
しかし人間どうやっても変えられないこともあるまさに三つ子の魂百まで。
無理する必要もない一回限りの人生。

107 :65:2006/04/22(土) 11:37:03
>98
そうかな。
現実に人を殺したときの血しぶきや異様な臭さなどは「人を殺した」と言う経験の本質とは全く無関係ではないか。



108 :65:2006/04/22(土) 11:39:37
>98
いや、我々の構成する現実も、末梢神経の戯れに過ぎないと思うよ。
結局、小説を読むと言うことは、「心のひだ」、即ち末梢神経の側を複雑繊細重層化することではないかと思う。


109 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 11:41:16
唯脳論は時代遅れだよ。
細胞一つにも記憶は宿る。

110 :65:2006/04/22(土) 11:42:01
戦争ニュースを見て、ギャーハッハッハとやるのは、文学を読んだことの無い人ではないかな。


111 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 11:42:24
>>108
そこにひょいっと飛躍があるのが文学っつーか、アート。
なにかの延長線上にあるものではない。

112 :無名文士 ◆m0yPyqc5MQ :2006/04/22(土) 11:43:56
 小説がおもしろい人は大体、作り話にのめりこむのが楽しい人なんじゃないですかね。
そんなのばかじゃないですか?だって人生の無駄遣いでしょ。
という>>1や僕みたいな人は小説なんか屁の一種じゃ、と思うわけです。

実際に、中小規模の図書館なんか行くと市民のコーナーみたいなところに、
タダで取っていってくださいみたいな本棚があったりします。
そんなところにある人生を豊かにしてくれる[はず]小説とやらは、
屁の河童にも値しないようなボロぞうきんまがいのゴミなんじゃないですか。


 けどゴミに共感して人生変わる人もいるわけだから、僕は小説を否定はしませんけどね。
いいじゃないですか。ボロぞうきん万歳。
僕ならもう思いっきり雑巾らしい雑巾を読み書きしますけどね。
だってぞうきんだって床を拭いたりけっこう楽しいじゃないですか。

所詮ぞうきんだけどさw

 時代を問わず世界中で愛されるボロぞうきんもあるかもあるかもあるかもしれませんよ。
あるいは美術館に並んじゃったりw
そしたら幾らぞうきんとは云えども、やはり大衆の崇拝する文化的美術品になるでしょうよ。
知りませんがw

113 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 11:43:57
とりあえず最新の神経学、生理学を学べ。

114 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 11:50:46
たしかに俺も人前に出られない状態なら、無理して外へでて
わざわざ嫌な思いをするよりは、少々貧乏生活でも小説世界を選ぶと思う。
さいわいにして俺はどこにいっても恥ずかしくない。

115 :65:2006/04/22(土) 11:52:58
我々はセックスするにしてもかなり文学的にやってるだろう。
ご飯の食べ方ひとつにしても文学的だ。
文学が無ければ人はサルに退化してしまう。


116 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 11:54:19
114は対人恐怖症なんだろうな

117 :無名文士 ◆m0yPyqc5MQ :2006/04/22(土) 11:54:56
なるほど。
脳神経を複雑化するために小説の虚構性が意義づけられる。
そう考えても筋は通ります。
なにしろ宇宙の果てにある第二マッキンシー管轄のミルホーズ星に旅するためには
想像力を使うのがいちばん手っ取り早いw
トマス=モアもそう言ってます。たぶんw


けど多少違う気もしますね。
『脳を鍛える!IQゲーム(PSP版)』みたいなのを延々やってたほうがよっぽど頭の皺が増えそうだw

文芸が切り拓くアタマの次元は、たぶんfiction性とは無関係な場所にあるんじゃないでしょうか。
だって疑似体験するよりもグレードジャーニーな大冒険に出た
『猿岩石日記』のほうがずっと刺激的ですよ。


 枕草子の冒頭。
春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際すこし光りて……
こういう美しいことばによる流麗な感性を育みうる点についてのみ、文芸独自の理由はある、
と僕は思います。

思想は自由だけど。

118 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 11:55:31
スタイルの提示は即ちファッションだよ。

119 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 12:00:46
戦争ニュース見て笑う奴なんていないだろ。
気が狂ってる無名文士みたいな奴だけだろ。

120 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 12:01:58
終了。

121 :65:2006/04/22(土) 12:02:47
文学の偉大なところは、末梢神経の側のみで純粋に作り出されたイメージだと言うこと。
「何か」に配慮する必要が全く無い。
例えば、ミルトンの『失楽園』などは、聖書と言う虚構を土台にして作られた虚構であって
全く現実的根拠ゼロの壮大な物語だ。
こんなものを我々は実際に人生の中で経験できるわけが無い。
だからこそ文学は凄いのだ。


122 :65:2006/04/22(土) 12:04:11
文学を知らない奴は虫けら以下の人生を送ったと断言する。


123 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 12:05:46
ナベジュンの失楽園は?

124 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 12:06:42
もうおやすみ。

125 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 12:09:16
たしかに文学ってやつはすごいですよ。
あの読後感って奴があるためにやめられなくなるんですよね。
濃厚な体験をさせてくれます。

126 :無名文士 ◆m0yPyqc5MQ :2006/04/22(土) 12:10:50
 Style(文体)の提示はfashion showでしかない。
流行を競って次々華咲いては萎れる運命にあるむなしいおあそび。

素晴らしい指摘だと思いますね。
そのとおりではないでしょうか。

つまり、たんなるコロンブスのたまご的な特許ゲームじゃないんです。
そうでなければ小説なんて、どんどん新styleを開発しては消費していく不毛な植民地でしょうから。


 小説の本質には変わらない法則がありますね。
人間のふかい感動を呼び起こすような、人生の真理の輝きが。
我々は『こころ』にも『ハムレット』にも、『カラマーゾフの兄弟』にも『老人と海』にも
あるいは人によっては『海辺のカフカ』や『蹴りたい背中』にも同じような何かを見いだします。

これはなんでしょうか?

僕は普通のことばにすれば「もののあわれ」だと思いますね。
ようするに人生にまつわる事物の趣をふかく感じるこころです。
あわれを色んな観点から表現する営為が小説なんではありませんかね。
知らんがよw
もちろんstyleもそんな一手段じゃないの。

127 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 12:13:44
文学は麻薬だな

128 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 12:14:25
なんつーか、久々に無名文士の文章読んだけども、
分かりにくい上に読みにくく、しかも長いな。別にいいんだけど。


129 :無名文士 ◆m0yPyqc5MQ :2006/04/22(土) 12:26:50
 非現実的な虚構を疑似体感可能な点。
これは小説ならではの手法だと思いますね。

川端康成の伊豆の踊り子なんて、あんなかわいい芸妓なんか世界中のどこにもいないでしょ。
想像力のなかに棲んだすごい女神のerosさんでしかありませんよ。


 だから非現実的な虚構でなければ小説本来の意義は全うできない、
という観点はpost modernな文芸にとっては必要だと思います。
それはむずかしい言い方をすれば、近代小説の脱構築です。

ガルシア・マルケスとか、日本でも大江健三郎さんなんかはこういった命題にはやくから敏感でしたね。
だから敢えて大昔の神話のおはなしを意図的にふつうの小説に織り交ぜて、
「あれっ?これむかし懐かし作り話じゃん。うーん……でもリアルかな」
という微妙な感じを表現させることに成功していますw



村上春樹さんの最新作の短編『品川猿』とかは明らかにこういう次元を逆利用してます。
 まるで教育TVの子ども番組みたいにいきなり話す猿が現実世界に登場してくるw
つまり神話のない交ぜとかの真面目くさった手法につっこみ入れて茶化してるんですね。
おいおい、つーか小説なんてディズニーファンタジーだろ!みたいにw


僕は小説ぞうきんなんかばかじゃんと思いますから、それ自体があっそ、という感じですがw
だって誰だって本のなかの世界は嘘っぱちだってわかってますからね。
そんなの当たり前で、
問題はその嘘っぱちの演劇空間をどんなはちゃめちゃにしまくるか、という話ですから。
そして最終的には演劇自体が瓦解して役者が客席に降りてくるというw

人生は演劇ですし、人はみな色とりどりの役者にすぎないわけですから。

130 :65:2006/04/22(土) 12:31:22
三文文士氏が文学の中に惨めな可能性しか読み取れないのは、産業社会の中で、大衆の欲求心に訴えた
「売れる小説」を書いて生活せねばならない事情があるからだろう。
それは文学ではなく、所詮ニセモノなのだ。



131 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 12:33:25
お前言ってる事無茶苦茶だから、
そのきもい文体も変えて名無しに帰れ。
そしたら少しはレスもらえると思うから。

132 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 12:34:05
>>131は無名文士へのレスです。

133 :65:2006/04/22(土) 12:38:04
現存する文学が糞だから文学は糞だとするのは早とちり。
文学は「何か」に配慮することが無い純粋な精神の所産と書いたが、実際は、昔であれば教会や封建領主だったり
今であれば「売れ行き」や制作費(映画の場合)なんかに配慮せざるをえない「まがい物」が多いのである。



134 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 12:42:01
何にも配慮しない文学があるだろうか。
てかそんなこと人間にできるのだろうか。

135 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 12:42:14
>難しい言い方をすれば、近代小説の脱構築です

オイオイ。俺らこんな馬鹿に「啓蒙」されちゃってるよw いいのか?

136 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 12:43:55
もう休めってば。
眠くなくても、横になれ。

137 :無名文士 ◆m0yPyqc5MQ :2006/04/22(土) 12:44:05
 僕は小説よりも、『文芸そのもの』の可能性に未来を感じてますね。

これだけ嘘っぱちfabricationだらけの世界ならfictionalなもんはもう要らぬよw
だって慰めの嘘を知りたいなら恋人に気持ちを尋ねればそれで済む話じゃないですか。
なんでわざわざめんどい小説なんかで嘘つかなきゃならないんです?僕には解りかねるw

先ず以て小説は嘘つきをやめるべきです。
僕は嘘つき諸君にいい加減にしろ!と説教したい。
いくら嘘をついても誰も救われませんよ?だから作り話を書くのはやめたら、と忠告します。

 僕は文学者としては、嘘じゃないことだけしか書きません。
仮に嘘つくときはハッキリ嘘だよーんと言うつもりです。
映画だって最後に字幕があって、THE ENDと出るからはじめて目が覚める。
それが虚構にとっての『救い』なんですね。

救いようのない小説はぜんぶ焼却処分に値するんじゃないですかね。

表現の自由に背くからやらないけどもw
源氏物語みたいな異常なエロ小説を思春期の生徒に読ませてる文科省はアタマがいかれてませんか。
嘘っぱちならばなんでもありなんて話はありませんよ。

138 :65:2006/04/22(土) 12:52:33
まさに唯脳論だが、考えてみると、我々の社会も末梢神経の産物だな、
家や道路もそれを組み立てた工具機械なんかも末梢神経の産物である。
民主主義なんてのも末梢神経の産物だし、宗教思想も末梢神経の産物である。
どうして小説だけが末梢神経の産物であっては成らないなどと言うことがあろうか。
また、「事実」を叙述するだけならばそりゃ記録書・新聞の類ではないか。


139 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 12:53:37
この世には嘘も真もない。



140 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 12:55:50
そんなガキみたいなことは誰でも言えるよ

141 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 12:58:59
誰かにとっての事実は誰かにとっての嘘であり
誰かにとっての嘘は誰かにとっての事実である。
全てのものに記憶は宿る。椅子にも机にも本棚にもそれはある。
人間はその記憶の切れ端であり、脳はさらにその切れ端に過ぎない。

142 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 13:00:38
今時唯脳論なんかガキでも疑問に思うよ。

143 :65:2006/04/22(土) 13:01:34
つか、我々自身もかなりの程度末梢神経の産物である。
原始人じゃ在るまいし、末梢神経の支配によって二足歩行し、末梢神経に従って歯を磨き、末梢神経の支配で電車に乗り
末梢神経に従って遅刻しないで会社に行くわけであり
徹頭徹尾末梢神経に支配されておきながら、いまさら文学は末梢神経の生み出した虚構に過ぎないもないのではないか。


144 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 13:11:59
嘘も真もないのに変わりはない。
小説は嘘だから不用などという考えこそ不用だ。
いまさら人間のやることに不用もくそもない。

145 :無名文士 ◆m0yPyqc5MQ :2006/04/22(土) 13:13:48
 Immanual kantという有名な哲学者を知っている方も少なくないと思います。

彼は、ほんとうに知識を構成するのは考える自分自身だ、と言います。
ようするに世界は考えることで存在する、と思ったのです。
これを地動説主張のさいの衝撃にひっかけて『コペルニクス的転回』と言いました。

 仮にすべての意識的知覚が末梢神経の戯れにすぎないとして、それがどうしたことでしょう。
我々は精緻な肉体という器によって脳神経をはじめて緻密に発達させられますし、
あるいはあらゆる文芸はそこに生まれてくるでしょう。

そして我々は宇宙時空間に放り出された実存なのです。

146 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 13:17:18
不用なものは不用だ。
うんこしたら流すだろう。
流さずに放っておくのかい。


147 :吾輩は名無しである:2006/04/22(土) 13:18:06
それはカントが言ったことじゃない。お前さっきから適当なことばかり言ってるな。

148 :吾輩は名無しである:2006/04/25(火) 23:27:40
大説じゃなく小説なんだから
ちいさくなきゃだめやろ

149 :吾輩は名無しである:2006/05/17(水) 18:21:25
夢の荒唐無稽さが文学の芽生えだとしたら
妄想によって世界を変え得るだろうね

150 :吾輩は名無しである:2006/05/18(木) 08:15:14
いいなあ。

151 :吾輩は名無しである:2006/06/08(木) 11:24:04
>>1
おもしろい小説に出会ってないだけでは?

152 :吾輩は名無しである:2006/06/08(木) 20:08:47
うーん、小説の面白さっていうのは、まあポストモダンをから動物化といわれる
ここ数年でさらに変容してきたね。要は構造だと思うんだけど、どれを抽出する
かっていう要素がつまりデータベース化した、著作権フリーなサンプルから
ユーザーが自主的に選択して、作品を「創作」していくっていう相互的な観点
でのメタ的な捕らえ方っていうのが作品じたいの性質として機能してしまう
っていうところがとりあえず今もっとも前線に見られる傾向として取りざたされる
よ。でもこれだと、単なる情況論であって作品に対する批評にはならないんだよね。
このへんが難しいところで、なにも作品は常に批評っていう対立軸を必要とは
しないうえで「面白さ」が競われているわけだから、そこのところは関係ないけど
でもそれだと単に「面白くない」で終わってしまうからこういう意見が出てくる
んだと思うんだよね。結局、批評的文脈っていうのが単純にもう終わったっていう
時から小説は別のところ形骸化しつつもそれなりにメディアミックス的に商法
戦略を考えていったんだけど、そういうことって関係ないんだよねそもそも。
だから「面白くない」ならばそれでいいんだと思う。むしろ「面白い」小説
なんてないんだと、それくらいでいたほうが、ありがたみがあっていいように
思うな。

153 :吾輩は名無しである:2006/06/08(木) 20:16:53
たしかに僕も新書のほうが面白いと思うな。
現代社会を生き抜くにあたって、リアルなフィクションがいっぱい
つまってるしね、新書は。

つまり、小説がユーザーの創作の余地を残すことで生き残りをかけている
ように、それが現代の「面白さ」の主流を行くものであるとすれば、
もちろん新書のそれにかなうわけないんだよね。所詮、小説はリアルでない
から。でもそこを考えるのがまた面白いんだよな。

って思わない?

154 :吾輩は名無しである:2006/06/08(木) 23:40:46
そう。つまりありきたりな物語っていうのが増えてきているわけで、それから
フィクションていうのがなんだか概念化してきて、フィクションの権利みたいな
ものが創作する上で発生しているような気がするんだよね。
ここ数年で、おそらく作家にかかわらずとも、たとえばJ-POPでも創作っていう
ことに関して、とても職業意識をむき出しにして語る傾向が強まっていると
思うんだ。それは一種の理念の表れであってね。そういう全体的な傾向として
なんにでもそのクリエーターの「意識」を植えつける傾向にあると思う。
小説に関するリアリティっていう話も小説内の空気感みたいな話だけでなく
小説を書く作法としての失敗がまずあってそこから物語が転倒してものすごい
ヴァーチャルなリアリズムに結晶するっていう感じがあるよね。
平面的な世界だけで描かれるんだけど、それがバタバタと横に後ろに倒れる
っていう…。

155 :吾輩は名無しである:2006/06/09(金) 05:42:51
ゴメ、俺アタマわりぃんで何書いてあんのかワカンネーやw

156 :吾輩は名無しである:2006/06/09(金) 18:41:16
小説が面白くないと思ってる人は、読まず嫌いだったりする。
あるいは面白い小説と出会うチャンスがなかった人とか。
だから、ある日突然小説の面白さに目覚めることもある。
そういう物だと思えばいい。
世の中には面白い小説もある。
たくさんの駄作の中に埋もれている。

157 :吾輩は名無しである:2006/06/17(土) 03:09:50
そんなこと言ってる奴が薦める小説って教科書に乗ってる話よりつまらないゴミばっかなんだよな。

158 :吾輩は名無しである:2006/06/17(土) 03:29:09
別に読む必要はまったくないよ。新書読めばいいじゃない。

159 :吾輩は名無しである:2006/06/17(土) 05:24:23
漫画の方がいいお

160 :吾輩は名無しである:2006/06/18(日) 00:42:41
小説おもしろいよ小説

161 :吾輩は名無しである:2006/06/19(月) 23:44:39
漫画は楽しむものだけど小説は作者の妄想と自尊心をぶちまけただけだから糞。
両方逆のものもあるけど、大体のものはこんな感じだろう。

162 :吾輩は名無しである:2006/06/19(月) 23:51:42
>>154
あのね、気持ちよさそうに書いているのに水を差すようだけど、
「物語」って、つねに「ありきたり」なんだよ。


163 :吾輩は名無しである:2006/06/20(火) 00:32:22
漫画で育った僕ら団塊ジュニア(30前後)からしてみると、
漫画で得た楽しさや興奮に比べて
小説から得たものは少ない。長編小説にいたっては、途中で挫折したものも多々ある。
漫画やアニメでは挫折することは少ない。



164 :吾輩は名無しである:2006/06/20(火) 00:34:26
なぜYOSHIやリアル鬼ごっこがうけているかというと、
やはり稚拙だからだろう。読みやすいってことだな。
綿矢や金原ぐらいでいっぱいいっぱい。
ドストエフスキーなんて流行らないんだよ。長いし、若干難しいしね。


165 :吾輩は名無しである:2006/06/20(火) 00:34:58
小説を楽しめない自分に劣等感をおぼえ
楽しめる人たちに嫉妬する1が可愛い

166 :吾輩は名無しである:2006/06/20(火) 00:36:47
文学板というのはおそらく、あらゆる読み物の中でも最も高尚な「詩」と比肩する
小説を扱っているので、住人の資質も性向も、おそらく難解を好んで集っていると思われる。


167 :吾輩は名無しである:2006/06/20(火) 00:38:29
純文学と大衆文学があるが
この板では主に純文学を扱っている。この板は高尚かもしれないが
もう時代遅れ。

168 :吾輩は名無しである:2006/06/20(火) 00:45:16
クドカンの脚本が、小説然として書店の棚に堂々と並ぶ時代。
野島伸司やクドカンのような、ドラマ畑の人間のほうが
圧倒的に会話劇が上手い。無論、三谷幸喜も。
会話や、対話のうまい純文学作家なんて
悪いけど、ほとんどいません。

169 :吾輩は名無しである:2006/06/20(火) 00:56:44
そりゃあ、会話で食ってる人たちだからうまくて当然でしょう、戯曲なんだ
から。

170 :吾輩は名無しである:2006/06/20(火) 01:01:16
>>169
同意。純文学で会話が面白かったのは「死の棘」くらいだ。
もちろん、ラノベの糞作家が書く会話もつまらないがな。

171 :吾輩は名無しである:2006/06/20(火) 01:04:17
>難解を好んで集っていると
そうかな? 
面白かったものに難解なものが含まれていたと考えたほうがいいんじゃないかな?
たしかにややこやしいのは一部にあるけど、全体的に純文学ってそう
難しいものじゃない。おんなじ人間のこと扱っているわけだし。

たしかに純文学を扱った評論には難解なものが多いし、他人にその面白さを
正確に伝えようとすると、どうしても難解になってしまうということは
あるけど、それは映画でも美術でも音楽でも同じことのような気がします。



172 :吾輩は名無しである:2006/06/20(火) 01:10:54
>>171
文学の中でも純文学ってのは往々にして、評論家たちのために書かれているとしかおもえない代物も存在しますよ。
読者無視の内輪モノ。高橋源一郎の「日本文学盛衰史」など

173 :吾輩は名無しである:2006/06/20(火) 01:17:10
「死の棘」よかったですねえ。

井上光晴の会話なんかもいいなあ。

初期の丸山健二の会話もよい。

174 :吾輩は名無しである:2006/06/20(火) 01:19:15
>>172 高橋源ちゃんはわざとそういうことやってるから…。
難解さを気取っているわけじゃないと思うよ。


175 :吾輩は名無しである:2006/06/20(火) 01:29:48
>>174
そうですか。わざとやってるんですね。まあ、それ以上はなんともいえませんが、はっきりいって
彼こそがオナニー文学の一巨頭だと思いますね。読者などどうでもいいって感じの。

176 :吾輩は名無しである:2006/06/20(火) 01:39:31
なるほど

177 :吾輩は名無しである:2006/06/20(火) 02:01:13
どほるな

178 :吾輩は名無しである:2006/06/20(火) 02:05:39
オナニー文学ねえw なんとなあくわかるが、そうともいえないような。
源ちゃんはねえ、何事かを憂えているんだろうなあ、きっと。でも、その
「憂い」をあんまり他の人は共有できないんじゃないかなあ。よくわからんけど。
全盛期の渡辺貞夫が風呂に入りながら、「俺が風呂に入っている。これがジャズだ!」
みたいなところと通じるものがあるかもしれないなあ、どこか。

しかしまあ、そういうややこやしい姿勢はどちらかというと例外だと思うな。
難解といわれる大江健三郎だって、難解さをめざしているのではなく、むしろ
「誰にでもわかってほしいと思って書くと自然とああいう書き方になるのです」と
言っていました。平易な言葉で書いていても、なかなか真意が読み取れない
作家もいるし…。そのあたりの「いろいろありーの」な広さが「純文学」の面白い
ところのひとつじゃないかな。
物語や書かれている内容だけじゃなくて、文体を楽しむというか。

179 :吾輩は名無しである:2006/06/20(火) 02:44:59
>>178
ああどういどうい、はげしくどうい、全部に。

180 :吾輩は名無しである:2006/06/20(火) 03:20:59
源一郎、ちょっとマジメに読み返してみようかと(つか持ってるだけで読んで無い
のがいっぱいw)。なんか結構俺、合いそうな気が。
以前彼が朝日に書いてた書評を貶したことがあるけれど、それでもエッセイとして
読めばあれはあれで面白かったな。…でも全国紙での書評としてはマジなってねーと
今でも思う、ちゃんと、仕事、しろ!って。

そういえば先日の大掃除でこれも出て来た、『ぼく自身のためのジャズ』。…こういう
場合に便利に使える、いーモノ残してくれたよなぁ、彼(笑、ってまだ生きてるかwww

181 :吾輩は名無しである:2006/06/20(火) 12:25:37
、『ぼく自身のためのジャズ』。

182 :吾輩は名無しである:2006/06/20(火) 12:33:33
食卓にビールを
のほうが面白い。

183 :吾輩は名無しである:2006/06/23(金) 21:08:04
赤頭巾ちゃん気をつけて
って
何の事件も起らない小説ですよね

なんで売れたんですかね

184 :吾輩は名無しである:2006/08/03(木) 05:33:00
この世には嘘も真もない

185 :吾輩は名無しである:2006/08/03(木) 05:37:55
(; ・`д・´) おもしろいお

186 :吾輩は名無しである:2006/08/03(木) 23:45:10
>>10
それらはつまらないとおもうのが普通だ。
100選とかはだいたいつまらない。
(個人が選んだものなら別)

187 :吾輩は名無しである:2006/08/04(金) 00:48:56
(藁)

188 :吾輩は名無しである:2006/08/04(金) 18:03:59
いや、まじで。

189 :吾輩は名無しである:2006/08/08(火) 23:06:12
有名な小説家より2ちゃんねらの妄想の方がおもしろいのは何故ですか?

190 :吾輩は名無しである:2006/08/08(火) 23:38:01
品性とか教養の問題>>189

191 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 22:26:53
そういう言い方はないだろ

192 :吾輩は名無しである:2006/09/01(金) 18:19:47
「ちょっとすいません」を一々「ごめん」っていうのが鼻につく。

193 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 01:31:34
おもしろい小説ほどおもしろいものはない。これホント


194 :吾輩は名無しである:2006/11/12(日) 00:47:27
はまるとほんとに高揚する。
そういうときは家だろうが電車の中だろうが恐ろしく集中力があがり、
心臓がどきどきしてきて、人の話もあんまり聞こえなくなる。
そのままはまりつづけると最後までがっつりいってしまう。
やむを得ず中断した時は、読む前にちょっと思い出しながらテンションあげる。
そういう作品は読み終わったあと思わずため息が出て、すごく幸せな気持ちになる・・・

でも、なにが琴線に触れるかっていうのは、実に人それぞれ様々だからね…

195 :吾輩は名無しである:2006/12/06(水) 20:28:07
俺は単に「文章」って表現形式が好きなだけだな
だからエッセイだろうが小説だろうが、俺からすれば同じもの

196 :吾輩は名無しである:2006/12/14(木) 02:51:37
盗撮うpれ まいちん オレこそ氏根ゴミ堕だs駄 心芯臣深w




197 :吾輩は名無しである:2006/12/14(木) 09:23:06
馬鹿には理解出来ん
ただそれだけ

198 :垂水市民:2006/12/14(木) 12:25:42
24には感動した。んで25と同じ意見。


199 :吾輩は名無しである:2006/12/14(木) 13:00:45
おもしろいと思う人は
例えばどんな小説のどんなところがどういうふうに面白かったのかを
具体的な例をあげてちょっと説明していただけませんか?
説明内容は抽象的になってしまってもかまいませんので


200 :垂水市民:2006/12/14(木) 14:17:01
うーん俺は活字を読み始めたのが政治関係の方からだったから初めて小説を読んだ時は少し読みづらかったなぁ。
でも石原慎太郎の弟って作品100円だったから買って読んでみたらホントはまってしまって、6時間くらいぶっ通しで読んで
『うわっこんなに時間が』
って驚いた。なんか勝手に主人公の顔を自分や友達に置き換えて
『あいつがこれしたら絵になるなぁー』
とか思ってる。小説の中の美人に好きな子の顔を照らしあわしたり。んー分かりにくくてゴメン。

201 :吾輩は名無しである:2006/12/14(木) 15:55:28
僕はストーリーというよりも場面場面を絵としてとらえて楽しんでるよ
頭の中で映画をつくるみたいに一場面づつ絵にして読んでる
映画の楽しさはわかるでしょ?
それと同じ
絵になる場面って見てて気持ちいいじゃない?
僕が一番好きなのはカフカなんだけどさ
あの雰囲気がたまらない


202 :吾輩は名無しである:2006/12/14(木) 16:30:00
>>127がいいことを言った!

203 :中川泰秀 ◆tyvkWCNtzY :2006/12/14(木) 16:30:54
純文学は面白くはない。
推理小説とかならば面白いが。      ・・
結局、純文学と言うのは、その作家のファンのみが読むものなんだよね。

204 :吾輩は名無しである:2006/12/14(木) 16:39:56
何百年も何千年も前の人と時空を越え、時に国境を越えて、本を通し対話できるってのはスゴイ
(文学に限らないけど)

205 :吾輩は名無しである:2006/12/14(木) 16:47:32
そのとおり。本ってのはタイムマシンだよ。
しかも65がはじめの方で言っているように(だんだん論が滅茶苦茶になっているけど)
それらはぜんぶ自分の経験であり、体験なんだよね。

206 :吾輩は名無しである:2006/12/14(木) 17:01:16
バカが好んで小説読むんだよ

207 :吾輩は名無しである:2006/12/14(木) 17:39:06
小説ってなに?よくわからん。体験の共有…?(;_;)

208 :吾輩は名無しである:2006/12/14(木) 17:39:35
読んだ後で世界観や人生観が変わるような小説(小説に限らないけど)は少ないからね

209 :吾輩は名無しである:2006/12/14(木) 17:47:29
>>203
どの作家だって最初はファンじゃないやつが読むだろこの下痢糞野郎が

210 :吾輩は名無しである:2006/12/14(木) 22:00:02
勝手に理屈こねくり回してろよ
理解出来ない人間には一生わからない
それでいいだろが

211 :吾輩は名無しである:2006/12/14(木) 22:03:57
「題」だい

212 :吾輩は名無しである:2006/12/17(日) 23:12:20
>>203
んなわきゃーない。
俺は宮部みゆきも京極夏彦も好きだが西村京太郎はダメだったよ。
そんなの、この世のあらゆるジャンルのものについて言えることかと。

213 :セチガライ ◆SPj8OryZTM :2007/01/18(木) 00:04:05
良スレ認定印 byセ チガライ

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