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文学はなぜ衰退するのか本気で考えて見れ!【13】

1 :吾輩は名無しである:2005/09/10(土) 04:30:43
たった

2 :吾輩は名無しである:2005/09/10(土) 04:32:06
文学はなぜ衰退するのか本気で考えて見れ!
http://makimo.to/2ch/book_book/1063/1063354331.html
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文学はなぜ衰退するのか本気で考えて見れ!【2】
http://makimo.to/2ch/book_book/1067/1067932717.html
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文学はなぜ衰退するのか本気で考えて見れ!【3】
http://makimo.to/2ch/book_book/1069/1069492344.html
http://book.2ch.net/test/read.cgi/book/1069492344/
文学はなぜ衰退するのか本気で考えて見れ!【4】
http://makimo.to/2ch/book_book/1071/1071397845.html
http://book.2ch.net/test/read.cgi/book/1071397845/
文学はなぜ衰退するのか本気で考えて見れ!【5】
http://makimo.to/2ch/book_book/1074/1074253053.html
http://book.2ch.net/test/read.cgi/book/1074253053/
文学はなぜ衰退するのか本気で考えてみれ!【6】
http://makimo.to/2ch/book_book/1076/1076334696.html
http://book.2ch.net/test/read.cgi/book/1076334696/

3 :吾輩は名無しである:2005/09/10(土) 04:33:07
文学はなぜ衰退するのか本気で考えて見れ!【7】
http://ruku.qp.tc/dat2ch/0406/24/1078754991.html
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文学はなぜ衰退するのか本気で考えて見れ!【8】
http://ime.nu/ruku.qp.tc/dat2ch/0406/24/1084302248.html
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1084302248/
文学はなぜ衰退するのか本気で考えて見れ!【9】
http://makimo.to/2ch/book3_book/1086/1086542671.html
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1086542671/
文学はなぜ衰退するのか本気で考えて見れ!【10】
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1087929474/
文学はなぜ衰退するのか本気で考えて見れ!【11】
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1091689706/
文学はなぜ衰退するのか本気で考えて見れ!【12】
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1100430844/

4 :吾輩は名無しである:2005/09/10(土) 04:33:42
おやくそく。http://www.2ch.net/before.html

荒らし等は基本、放置でお願いします。削除依頼はこちらで。
book:文学[レス削除]
http://qb5.2ch.net/test/read.cgi/saku/1026989196/l50
★整理削除依頼 代行依頼スレ★29
http://hobby6.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1091262806/l50
IPを見せられない方は代行依頼の方へ。
代行依頼のときは「依頼先アドレス」から、
直接依頼するときは「削除対象アドレス」からコピペしましょう。

***************テンプレ***************
依頼先アドレス:http://qb5.2ch.net/test/read.cgi/saku/1026989196/
掲示板アドレス:http://book.2ch.net/book/
削除対象区分:[レス削除]

削除対象アドレス:http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1091689706/
(対象レス番号、半角数字),*,*,*
削除理由・詳細・その他:
3.固定ハンドルへの叩き
5.掲示板・スレッドの趣旨とは違う投稿
**********************************

『美香板』http://bbs.2ch2.net/mika/
『綿矢りさ板』http://bbs.2ch2.net/wataya/
『矢部日記』http://www.geocities.jp/ameyamanaide/

5 :◆7sqafLs07s :2005/09/10(土) 04:34:49
衰退などしていません。繰り返される結論。

6 :吾輩は名無しである:2005/09/10(土) 04:37:53
久しぶりだな

7 :吾輩は名無しである:2005/09/10(土) 04:59:31
前スレ見てない(見れない)から何ともだけど、本を読まなすぎるから。読むとしても偏ってて 妙にインテリぶったものやらおかしな言い方だが、やけに「通」ぶったものを好んで読む。
結果、変に純文学を意識した作品が出来上がる。
なんかそー感じる。偏見でスマソ

8 :吾輩は名無しである:2005/09/10(土) 07:15:55
7の意見、初見は同意しかねたが、
大介を思い出し納得

9 :吾輩は名無しである:2005/09/10(土) 13:27:45
漫画おもしろい。今どき文学なんて才能のないカスが書いてるのばっかり。

10 :吾輩は名無しである:2005/09/10(土) 13:51:01
>>9
カスの名前を5人挙げろ。

11 :吾輩は名無しである:2005/09/11(日) 07:08:54
「文学は衰退しているのか衰退していないのか」という議論は衰退しているのか衰退していないのか。

12 :吾輩は名無しである:2005/09/14(水) 09:47:47
その前に盛り上がったところすらない

13 :次回過去ログ一覧(後半):2005/09/18(日) 02:38:01
文学はなぜ衰退するのか本気で考えて見れ!【7】
http://makimo.to/2ch/book3_book/1078/1078754991.html
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1078754991/
文学はなぜ衰退するのか本気で考えて見れ!【8】
http://ime.nu/ruku.qp.tc/dat2ch/0406/24/1084302248.html
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1084302248/
文学はなぜ衰退するのか本気で考えて見れ!【9】
http://makimo.to/2ch/book3_book/1086/1086542671.html
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1086542671/
文学はなぜ衰退するのか本気で考えて見れ!【10】
http://makimo.to/2ch/book3_book/1087/1087929474.html
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1087929474/
文学はなぜ衰退するのか本気で考えて見れ!【11】
http://makimo.to/2ch/book3_book/1091/1091689706.html
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1091689706/
文学はなぜ衰退するのか本気で考えて見れ!【12】
http://makimo.to/2ch/book3_book/1100/1100430844.html
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1100430844/
文学はなぜ衰退するのか本気で考えて見れ!【13】
http://makimo.to/2ch/book3_book/1126/1126294243.html
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1126294243/

14 :吾輩は名無しである:2005/09/18(日) 02:48:15
グレチキ解散 渡辺は10月小説家デビュー

お笑いコンビ「グレートチキンパワーズ」が解散したことが16日、分かった。
同コンビは2年前から活動停止していたが、今年3月に渡辺慶(29)と北原雅樹(29)が話し合い、
別々の道を歩むことを決めた。本名の「渡辺啓」に戻し、脚本家として活躍している渡辺は、
10月に角川書店から小説家デビュー。今後、芸能活動をする意向はなく
「書くことが楽しい。(タレントに)未練はまったくない」と新天地での活躍を誓った。

コンビ活動を休止していたグレチキが正式に解散、12年の活動に終止符を打った。
渡辺は2003年秋、正体を伏せ応募した「日本テレビシナリオ登龍門」に入選。その後、本名で
同局の「優しい便り」でデビューし、脚本家としてのキャリアを積んでいた。
渡辺は「今年3月の終わりに別々の道を行こうと話し合いました。北原さんは事務所を移って
役者の道に。僕は作家に。うまいことに進む道が別々の方向に向かっていった」と告白した。
ひそかに脚本家に転身した渡辺はコンビ休止後、表舞台には登場しなかった。
「これは転職だから、下積みはちゃんとしないといけないと思った。お芝居をしたこととか、
やってきたことは間違いがなかったと思っています。せりふを言うのが好きでした。
それがあったから今がある。ただ、未練は一切ない」と作家で生きる決心を固めている。
10月には「あたしが、にゃあと泣いた日」で小説家としてもデビュー。同小説は昨年末に構想し、
春先までかかって執筆した。大阪を舞台に、家出した母に代わってうどん店を1人で切り盛りする
中学生とその家族、友人の姿を時にユーモラスに時にせつなく描いたもの。
同書は解散後、新たな一歩を踏み出す渡辺にとって大きな一冊になりそうだ。

※ソース全文(スポーツ報知)
http://www.yomiuri.co.jp/hochi/geinou/sep/o20050916_10.htm


15 :誣言凶凶 ◆JkPWxq0SV6 :2005/09/18(日) 03:08:42
>>14
これを貼った君。
そう、君だ。
作家志望の連中の生臭いところをくすぐろううと思って、
あるいは、そんなところをくすぐられ自分の生臭さを他の連中の臭いで
誤魔化そうとした君。

とりあえず、原稿用紙を一万円分かってきたまえ。それとHBの鉛筆を3ダース。
とりあえずなんか書いてみたらどうかな?

今の君の人生には生きる価値が無いよ。君自身もそれを知ってるはずだ。


16 :吾輩は名無しである:2005/09/18(日) 03:17:53
衰退するのが文学だ。といってみたりする。
マジ、小説書いたりするシロートは増えてると思う。
以前は、確かにガッコなんかの文学研究会とか人は多かったけど、
小説なんか書いてもちょっと長いのはもう完成するだけの粘りが
なかったし、短いのでもあまりサマになってなかった。
シロートレベルでは今のほうが、量も質も高いのでは?
プロも作品数では減ってはいないと思うし、ジャンルは分散して
文学の全体像がつかみにくくなってる。

17 :■誣言 &rlo;■&lro; ◆JkPWxq0SV6 :2005/09/18(日) 03:26:31
確かに。

ワープロの発達は偉大だ。

手書きだと手間がかかりすぎて書けないような思いつきのものが
あふれるという副作用はあるにしても。。。。。。。。
そういうものの目新しさを新しさと誤解したところに衰退の原因の
一つがあるように思う。

18 :吾輩は名無しである:2005/09/18(日) 03:30:53
衰退って、ひょっとして、読んで面白くないってことですか?

19 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/09/18(日) 03:33:18
>>18
私にはそう。

面白くない→出版不況=衰退


20 :吾輩は名無しである:2005/09/19(月) 18:56:05
世界を切り取るのが文学なのに、作家が一人歩きしてるのが原因

21 :吾輩は名無しである:2005/09/19(月) 19:04:31
>>20
切り取られるべき世界が分裂していて、切り取るべき主体も分裂しているのでは?

22 :吾輩は名無しである:2005/09/19(月) 19:06:55
俺もそう思う。いいこと言うね。

23 :吾輩は名無しである:2005/09/19(月) 19:12:14
>>14
小説家なんて誰でもなれるようだな。

24 :吾輩は名無しである:2005/09/19(月) 19:24:02
ワープロからPCとネットのもの凄い速度による普及で
誰でも手軽に書けるし読めるし
プリントアウトして本のカタチにもできる。
下手くそな手書きの文字だとバレバレの幼稚さも
ワープロ字ならいささか誤魔化せる。だから、個人的な日記だの
手記だのをブログにさらして恥とも思わない。
類は友を呼んで同程度にレベルの低いのがアクセスして伝言でも残そうものなら
「アタシには読者がいる!」ととんでもない勘違いをして
さらに妄想にのめりこむ。教育現場での作文教育などはお粗末なままだのに。

・・・モノを書くということが、分裂している。

25 :吾輩は名無しである:2005/09/19(月) 19:39:57
書道とかやって字がうまいなんて自分でおもってるような連中って
中身のあることって全然書けないんだよね。
字がクソヘタでも中身があれば評価される今のほうが正常だよね。
書道は早く滅亡してほしい。

26 :吾輩は名無しである:2005/09/19(月) 19:49:07
>書道は早く滅亡してほしい

とか漏れも思ってたけど、字めcyめちゃ苦手だから
でも中国映画『英雄ヒーロー』見てから変わった
書てのは武道の源かなんかで、すごかった

27 :吾輩は名無しである:2005/09/19(月) 19:56:34
一人の作家の器というか、創作範囲が狭くなった気がする

28 :吾輩は名無しである:2005/09/19(月) 20:35:07
>>27
ミステリーと純文学の2足のワラジみたいな輩が居ることは?
ドラゴンなんてらはサスペンスまがいを書いてるし。

29 :吾輩は名無しである:2005/09/19(月) 20:44:34
まぁ人によるかも

30 :吾輩は名無しである:2005/09/19(月) 22:10:30
結論。文学は衰退しません。

31 :吾輩は名無しである:2005/09/20(火) 00:45:11
賛成。

32 :133:2005/09/20(火) 00:48:17
現代に文学復興とか文学で革命を!とか若気の至り的な発想を
持って同人誌を発行したりしている文芸サークルとかはないんですか?
そういった心がけも恥ずかしくとも必要だとは思う。

大学の文芸サークルって何してるの?


33 :吾輩は名無しである:2005/09/20(火) 01:09:16
テレビゲーム

34 :吾輩は名無しである:2005/09/22(木) 16:29:43
逆に隆盛したらどんなコトが起きるんだ?
三島に連座してハラキリする香具師とか居るかね
今の日本に

35 :吾輩は名無しである:2005/09/22(木) 20:07:47
>>34
自爆テロだったら....

36 :吾輩は名無しである:2005/09/23(金) 08:23:08
文学が隆盛だったら、
クズイシハラみたいにすべての地方都市のオヤブンが文学者になる。
そして、地方自治がグズグズのクズクズになる。

37 :& ◆MPylg7/ue. :2005/10/04(火) 02:08:39
>>11
衰退してるな。

人体でいうと、白血球が弱っている。
自己定義が曖昧になっているとでもいおうか。
衰退論は白血球みたいなもので、衰退論の衰退は
免疫不全だなんて比喩が一時期流行ったな。
そのときは主体がどうとかって話だったが。
ともかく、体をなさなくなった。文学が。
比喩を続ければ、新日本と全日本プロレスの分裂から
プロレスの衰退が始まったのに似ている。





38 :& ◆49k5dTx8ZU :2005/10/04(火) 02:16:35
だからって体をなせば、つまり明確な自己定義のもとに文学
していけば、衰退がとどまるというわけでもないだろう。
自己定義の曖昧さというのは衰退の予兆であって、原因ではない。

原因は自己定義が曖昧になっていった理由に近い。
何故、自己定義が曖昧になっていったかといえば、要するに詰まらんからだろう。

もっと面白いものがあればそちらへ流れる。必然だ。

39 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/10/04(火) 02:20:07
しかし、滅びはしない。

近所の蕎麦屋も最近メニューにカレーを入れた。
新しいノボリを作った。
曰く、「軽食と蕎麦と珈琲の店」。どうみても自転車操業だ。

40 :吾輩は名無しである:2005/10/04(火) 02:42:40
>>8
あいつは村上春樹しか読んでない。
他は福沢諭吉(なぜかはしらない。慶応受ける気だったのかな)と数冊。
あとは「あらすじ本」を読んだだけ。奴に文学作品を読む知性はない。
信じられる?「あらすじ本」だよ。そんなん聞くまで存在を知らなかったよ。

41 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/10/04(火) 02:54:34
>>40を読んでふと思いついた。

知性と文学の関係は、強さとプロレスの関係に喩えられる。
要するに、

ノアだけはガチ

ということだ。あの強さの神学の世界は見ていて色々と考えさせられるところがある。


42 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/10/04(火) 03:00:43
さらにレスを辿って>>7を読んだ。
これは、自己定義が不明瞭になっていった結果
癌化した文学といえるだろう。

昔は岩波だけよんでりゃよかったのだ。

43 :吾輩は名無しである:2005/10/04(火) 03:01:43
プロレスラーは本当は強いんです!
て桜庭が言ってたじゃない。グレイシー倒して。
大介はちょっと読めばすぐ贋者だってわかる。
でも滑稽なことに、本人は気づかれてないと思ってる。

44 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/10/04(火) 03:02:46
>>43
大仁多みたいなもんかい?


45 :吾輩は名無しである:2005/10/04(火) 03:04:40
むしろ自分がなにか本当にわかった気になってる
みたいな感じかな。要するに気が狂ってるんだけど。
具体的な話させてみれば適当に言ってるだけなのが、すぐはっきりする。
始末に負えないのが、こいつは、「皆も実は適当に言ってるだけなはずだ」
と思い込んでいるところ。他人の文章の意味を追う奴なんていないと思ってる。

46 :吾輩は名無しである:2005/10/04(火) 03:06:09
>>44
いや、虚勢張ってるけど、実際に一発殴られたら泣きながら土下座して謝るようなガキかな。

47 :吾輩は名無しである:2005/10/04(火) 03:13:31
2chは何言っても殴られることはないからもう言いたい放題ですわ。
議論で論理が明らかに破綻してる部分を突っ込まれても奴は屁でもないんです。
「俺がいつも適当に言ってるんだから、相手も適当に言ってるだけだろう」
ていう前提があるから。世界観は幼稚園児並みなのに、ある意味無敵。
抽象的にしゃべると皆騙されるみたい。流し読みしてる人が危険かな。

48 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/10/04(火) 03:13:51
強さの神学はK1を無神論として位置づけると見やすい。
K1の次のものもどんどん出てきた。しかしルールが少なくなるにしたがって、
見ていて詰まらなくなった。最後はまるでガキの喧嘩みたいになった。
枠組みをぶっ壊せばぶっ壊すほどわけが分からなくなる。

そういう意味で、私は期待している、
雪崩式リバースフランケンシュタイナーを
フョードルに極めてくれるような、そんな漢が文学に現れることを。

>>46
小川かw


49 :吾輩は名無しである:2005/10/04(火) 03:18:50
くそー粘着してしまった
でもどーしても許せないんだよね。
あまりにも文学をバカにしてると思う。
頭の中身はミジンコ並み(つまりミジンコ)のくせに、
人間様の代表が作ったものをゴミのように扱いやがる。
誰か思い知らせてやっておくれよ
つかれた

50 :吾輩は名無しである:2005/10/04(火) 03:27:49
>>48
小川そうなんだw

まあ俺もプロ的に騙すなら文句ないんです。
でも奴の場合、子供でも気づくような嘘を平然とつくからね。
だからプロに例えたくないって気持ちが強い。
できれば人間に例えたくない。「アブラムシ」とか

51 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/10/04(火) 03:37:07
次回


衰退スレpart13 第2話「癌化する現代文学」

    キミの心の文学は衰退しているかッ?!!! 

           来週も、ミテくれよナッ

52 :吾輩は名無しである:2005/10/04(火) 05:21:18
今晩でもやりますか。予習したい人のためにテキストを用意
http://makimo.to/2ch/book3_book/1125/1125716482.html
http://makimo.to/2ch/book3_book/1125/1125719510.html
http://makimo.to/2ch/book3_book/1125/1125716482.html
http://makimo.to/2ch/book3_book/1125/1125416054.html

53 :吾輩は名無しである:2005/10/08(土) 01:49:08
文学が自然現象だとしたら…
商業主義ではなし、人間が言葉を喋っておりつまり意味や表現を必要とする限り
無くならないのでは?

衰退するとしたら、その表現のまえにこそあど言葉(代名詞・指示代名詞)で
十分に必要な意味ストックや表現が出てるか、それに頼り切るのが当たり前、
努力(というよりコスト高人生時間ロス)よりそれが楽になるから…かも。

読みたいこと、感じたいことがあればそれを表現したり創作すればよいので、
それが無くなったとあらば、本当に必要なものの衰退が起きてるのかもなぁ…
食べることと生活することがなんとかできれば。

もとい生活の一部だったんだろうけど文学は…
とあえて愚言を書いてみる。

54 :吾輩は名無しである:2005/10/08(土) 09:42:42
基本的に文学はひまつぶしだから 世間のひとのひまがおおくなれば
文学はさかえる

55 :吾輩は名無しである:2005/10/08(土) 17:12:46
メディアが変わっただけで活字読む機会数は同じだろう

56 :吾輩は名無しである:2005/10/08(土) 18:52:40
通俗的なものを含めていえば文学というものの全体は発展しているといえる。
純文学が不毛に見えるのはひょっとして錯覚では?

57 :吾輩は名無しである:2005/10/08(土) 19:53:58
平野啓一郎が盗作で芥川とったからだよ

58 :吾輩は名無しである:2005/10/08(土) 22:20:22
いや、大衆文学もダメじゃない?

ちなみに純文学って批評に耐えうる小説のことだよね?
違う?

59 :吾輩は名無しである:2005/10/08(土) 22:26:29
大衆文学はたくさんのひとが読むもので評論家が評価しないもの
純文学は評論家が読むもので誰も評価しないもの

60 :吾輩は名無しである:2005/10/08(土) 22:34:40
少数の人が評価するもの

じゃなくて?

61 :吾輩は名無しである:2005/10/08(土) 23:01:31
文学が衰退するのは、もう誰も日本語を知らないから。

62 :吾輩は名無しである:2005/10/08(土) 23:01:53
そして知りたいとも思ってないから。

63 :吾輩は名無しである:2005/10/08(土) 23:13:58
ズバリ言ってやろうか

文学がマイナーになったわけは、作家がTVに出なさすぎだから。
TVで活躍できるような人材に乏しいから。
数名がワイドショーのコメンテータになっているけど
ゴールデンのバラエティ番組に出られる面白系がいないから。
弁護士やスポーツ選手や医者や漫画家、学者、教師、政治評論家には出来る
ことが文学畑の人々にはできない。
たまに出てもトークが致命的につまらない作家が多い。TVカメラの前では、
どうやっても他業種の先生たちとトークで張り合えそうもない。
今やプロの小説家よりも、けらけら笑っている女子アナのほうが学歴もIQも
EQも上なのだから、この際、世間知らずのアナログ思考を売りにして綿矢とか
阿部とか平野なんかがバラエティの常連になることで、世間的に、
「へー、小説家にもおもしろい人いるんだー」って、認知してもらうしかない。


64 :吾輩は名無しである:2005/10/08(土) 23:27:33
平和になったからかな

65 :吾輩は名無しである:2005/10/08(土) 23:29:50
純文学作家がTVでトークするのは難しすぎるよ
村上龍もそれでボロが出てる

66 :吾輩は名無しである:2005/10/08(土) 23:58:31
本よりおもしろい物がいっぱい出来たから。当然衰退するよ。

67 :吾輩は名無しである:2005/10/09(日) 00:05:30
映画はそうかもね。
TV面白い?

68 :吾輩は名無しである:2005/10/09(日) 00:20:18
携帯電話の登場で、子どもが本にお金をかけられない時代になりました。
文学はこれから先もっと急速に衰退するでしょう。

69 :吾輩は名無しである:2005/10/09(日) 01:47:25
初めて見たスレにこれまでの経緯を知らずに書き込ませてもらうが。

まず、文学の定義なりカテゴリーを明確にしてくれ。
それで「衰退」の意味も明確にしてくれ。
本が読まれなくなったことなのか。
純文学が売れていないことなのか、評価に値する作品が出ていないことなのか。

俺は「文学」は「衰退」していない、「衰退」する性質のものじゃないと思うけどね。
多分、概念の使い方が違うんだろうね。

70 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/10/09(日) 03:45:58
>>63
ズバリ言ってやらう。
それは衰退した結果だ。



71 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/10/09(日) 03:51:14
『二足歩行するレッサーパンダ』と『土の中の子供』
とりあえず、並べてみた。
そういう時代なんだろうなと。『二足歩行するレッサーパンダ』を
一人称でかけない限り、衰退はとまらんよ。
そして、つまり、衰退はとまらんよ。



72 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/10/09(日) 04:16:49
あと、粘着が増えたのが衰退の原因だと思う。


73 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/10/09(日) 14:31:13
>>59
これがまぁ一つの兆候であったわけだ。
評論家のためのものに成り下がった。
そもそも純文学という言葉、これ自体がそういった経過を辿ることを予感させている。
自家撞着の挙句、新たな定義を取り込んで自己定義を塗り替えていくという
プロセスをもてなくなってしまった。

そこで村上春樹だ。文学の中心、精髄としての純文学からはぐれたところで
成立しうるという前例ができてしまった。

>>69
定義が違う。そして何故純文学が衰退するのかという問いに置き換えたとき、
答えは既に問いの中に含まれている。
問いは、何故純文学なるものを許容するほどに豊かであった文学がそれを
許容しえなくなったか。ということになるだろう。


74 :吾輩は名無しである:2005/10/09(日) 14:36:55
よくよく衰退のお好きなお方が多く居なさることで。
ついでに文学のお嫌いなお方ばかりのご様子。

75 :吾輩は名無しである:2005/10/09(日) 14:43:39
>>74
みんな自分自身のことなんだろう。
たいして文学のこともわからず、作家になろうとして、
全然賞にもひっかからないから、衰退・絶望的気分。

出てくる名前の象徴が村上春樹・・・
とにかく彼のように注目されたくて仕方ないんだろうな。

76 :吾輩は名無しである:2005/10/09(日) 14:45:24
このスレ読んでないで言うのも何だけど
春樹が日本文学の衰退に大きな影響を与えてることは間違いないだろうな。

77 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/10/09(日) 15:16:26
『二足歩行するレッサーパンダ』というのも古い話だがね。
これを書いたとき、私の念頭にあったのは『金閣寺』だ。
動物化に引っ掛けてみようか。ニュアンスはことなるがそれは見る側の現象でもある。
あらゆる感情が既に文学で描かれてしまった。光物をあつめるカラスのように、
金閣寺をみたら火をつけたくなるのは、いってみれば本能のように
観察可能なものになってしまった。

      ________∩_∩
     /   ノ ヽ (  ノ⊂ ̄))) ̄⊃
     /|ヽ  (_ノ  ._ ̄  0'ヽ 0'
    / |ノ  .)    (_)  ヽ  i (   むしゃむしゃしてやった。
 ∋ノ |  /――、__  ./(∩∩)  草なら何でもよかった。
      / /| ヽ__ノ   | / ./     今は反芻している。
    | ( | ( ’’’    | ( /
    |__ヽ.L_ヽ        Lヽ_ヽ
''" ""''"" "'''''" ""''"" ''" ""''"" ''" ""''

78 :吾輩は名無しである:2005/10/09(日) 16:08:33
>>63
>ゴールデンのバラエティ番組に出られる面白系がいないから。

なんか全然的外れだと思うけど…。
ふつう本読む人ってテレビなんか見る時間ないでしょ。
バラエティ番組なんて絶対見ないと思う。
そんなひまがあるなら本読むでしょ。

79 :吾輩は名無しである:2005/10/09(日) 17:49:07
>>76
いやしくも学問のカテゴリーにあるスレなんだから、なぜそう言えるのかという
理由を付してくれよ。

80 :吾輩は名無しである:2005/10/09(日) 19:14:17
>>79
ごめん、前に他スレで張り切って非難したから覗いてみて。
うん、確かに結論だけ言うべきじゃなかったです。失礼しました。

81 :吾輩は名無しである:2005/10/10(月) 22:59:55
ムラカミハルキがスイタイしたとこまでよんだ

82 :吾輩は名無しである:2005/10/11(火) 06:31:19
村上春樹はやっと『ノルウェイの森』だけ読んだけど面白かったけどな。
まぁ自分にとって古い時代だった1969-70年前後が新しくよみがえった程度に。

私は学問としての文学はあまりしらないが、
やっぱり文学が衰退していると感じるときは読みたいものが少なくなっている時であって、
文学が発展していると感じているのは読みたいものがたくさんある時だと思う。

文学や文芸の衰退を言うよりは、どんな分野に於いてもその発展を言いたいのは本当のことで、
とにかく発展を願いたい。

文学の古典もよいのだけれど、
できれば現代をたくさんよく眺められるものがあればいいわけで、
身の回りの事に於いても、社会や世界の風潮についても見直したい事はたくさんある。
現代に於いては現代を見直す文学や作品があればたくさん触れたい訳で、
なによりも古典を再視点したり、つまり現代的な観点で世相や世の中、世界の事象を見ることができる、
そういうまとまりをもった作品や人物としての作家、提案や研究としての学者がいれば、
越したことはないと思う。
つまりは解き明かしや解説、新視点の提案といったもので、
そういうものが語られるためには、作家というものや学者というものといった人物性が大切になり、
重要である事になるのだろう。

一番知りたいと思うことを文学という方法によって得られれば、文学というのは価値があり、
でなければ文学は相対的にはあまり価値がないことになる。
どのような形やメディア、手法を選択しても、それがあればありがたい事で、
自然その形態やメディア、手法が価値を得、人気を得ることになる。
過去に於いて漫画や映画、アニメといったものが人気を博したのには、
そういった要因もある。
文学は必ずしも文字によって成り立っているから文学という事でもないだろう。
ただ言葉を語感として、ロゴス(論理・理性・知性)として使いたい者には、
磨き上げたいものとして言語世界はとてつもない重要な可能性を帯びている。
できたら文学にはその仕事をして欲しいと、思っている。
人間というか私たちの存在を、発見してほしい。

83 :◆7sqafLs07s :2005/10/11(火) 09:25:59
ざっと読んだけど結論としては衰退してないってことでいいのかな。

84 :吾輩は名無しである:2005/10/11(火) 10:51:23
「文学の衰退」というのが、何を指すのか・・・
A)小説家の質が落ちる事? B)読者の数が減ること? C)販売部数が減ること?
D)その他


85 :吾輩は名無しである:2005/10/11(火) 12:28:40
世界の情報量が増えただけかもね。

86 :吾輩は名無しである:2005/10/11(火) 15:41:39
>>82
>一番知りたいと思うことを文学という方法によって得られれば、文学というのは価値があり、
>でなければ文学は相対的にはあまり価値がないことになる。

いつの時代でも人間が最も知りたいのは、
自分は何者か? 自分は何処から来たか? 何処へ行くのか?「ここ」は何処か?
という問いの解答、もしくは探索のヒント。(それ以外の「知りたいこと」は、
HOWTO物や学者や伝統的智慧や新技術やが、たいていは答えてくれる)

それは哲学的命題だから哲学に訊け、というのはあたらない。哲「学」ではなく
人間の生理に根ざす問いなので、自分が生きて動く場と時に不可分について回る。
娯楽読み物ではない「文学」が、あらゆる時代に書かれ読まれてきたのは、
その問いが普遍であり不変であり、文学がその問いと探究の場であったからだ。

そして文学の「本流」は、そうした問いと思考を含めた一つの時代の精髄を、
書き手自身の思惑すら超えた形で作品(群)の中に「孕んで」しまうという
質(=業ゴウ)がある。それが
「本流」だけが時空を超越して生き続け、古典となる所以でもある。

87 :吾輩は名無しである:2005/10/11(火) 15:43:08
>>82
『ノルウェイの森』で村上春樹を語るのは
『女学生』で太宰治を『潮騒』で三島由紀夫を語るようなものである。

88 :◆7sqafLs07s :2005/10/11(火) 17:55:39
>>86

なんか凄く胡散臭いカルト宗教の宣伝文句みたいな文章ですけど
何故哲学は哲「学」と忌避しておきながら文学はそのまま「文学」なんですか?


89 :吾輩は名無しである:2005/10/12(水) 15:11:26
>>88
86です。>82を読む内時間無くなって、舌足らずもいいとこでした、
すまそ。
「文学」と書いたのは、詩&小説&評論&文学研究、ぜんぶ含めたかった
からです。(紀要向けの論文は含めなくていいかも)

哲「学」と書いたのは、まず用語そのものの規定から始まる「学」問としての
難解な哲学、の意味で、そんなのは現実に生きる現場には向かない、
というニュアンスです。
そこで「文学」が、(哲学者たちの成果もどんどん取り入れながら)
時代及びそこに生きる人間と深く関わっていく役割を担うのだろうと、
そういう意味です。読み返すと、ほんとカルトみたいでヤバシですねー。

90 :N:2005/10/15(土) 00:55:43
まだやってんのかよ、これ。
俺の近所の図書館から「群像」「すばる」が無くなっちまったぞ。
文学なんて「限りなくマイナーな分野」になりさがってるわけだよ。
これが「衰退」ってもんじゃろが。

91 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/10/15(土) 18:21:52
>>82,>>86に関連して、「書かれるものの衰退」について。

書かれうるものが衰退したのではないかと。
文学は何故衰退するのか、ではなく、
文学に書かれてきたものが何故衰退するのか、と考えてみる。

上に犯罪の背後にある心理の例を挙げた。

92 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/10/15(土) 18:34:06
さらに関連して、村上春樹という契機について。
村上春樹の新しさは主人公である「僕」とその感情の乖離にあった。

>>86に書かれるような
> 自分は何者か? 自分は何処から来たか? 何処へ行くのか?
などという枠組みがなくなった。
それは文学からなくなったのではなく、世界からなくなってしまったのではないか。



93 :吾輩は名無しである:2005/10/15(土) 18:35:12
「文学」というコンセプトが無効化されているからだろうよ

94 :吾輩は名無しである:2005/10/15(土) 18:38:05
ゲーテも言っていたような気がします。

芸術は、民衆が衰退したと感じる度合いによって、衰退する。

というような事を。

95 :吾輩は名無しである:2005/10/15(土) 18:45:45
なんか皆すごいね〜
なるほどと思っちゃいました。

96 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/10/15(土) 19:40:08
その一例として、>>52を見てくることを進める。

対象化しえぬむしゃむしゃしたもの。
それが、「無効化された文学というコンセプト」上で
自動展開している。


97 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/10/25(火) 23:46:35
              _,,−-、
        _,, .. _,,-‐'": : : : : :゙ヽ
     r‐'´: : : : : : : : : : : : : : : : ` 、
    /: : : : : : : : : : :,、: : : : : : : : : :_:ヽ、
    |_: : : : : : : : : /  \: : : : : : : :ヽ、
    {: : : : : : : : l'      ヽ、: : : : : :{、
    l__: : : : : : :i、       `丶: : t‐`
   /, ヽ: : :/´          |: : : !'
   { ru l': :/  ,/二丶、     }: :,,|
  _`iヽr‐!:丶   'tェッiヽ-'' , '‐-、/:/   
  : :丶t': : : ヽ        'xェァノ:/
  : : : : : : : : : : i、        }
  : : : : : ',: : : : ´  i!     _ノ     さあ..逝こうか…
  : : : : : ヽ :   、_ `゙;;;;> .,r'/
  : : : : : : \  - ,,`''‐--//`丶、.
  : : : : : : : : :`-,; " ̄   /: : : : : :\
  : : : : : : : /       /: : : : : : : : : :',
  : : : : : : :{    ,. -‐ ": : : : : : : : : : : :


98 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/10/25(火) 23:52:21
私の論証も随分核心に迫ってきたと思う。

文学に表現しうる問題構成の衰退。

99 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/10/25(火) 23:54:56
自己という問題があり、
そこから再構成された主題が過去から再解釈された。
文学史はその時点で構成されたのであり、
いまやそれが衰退しているのである。

アンチ・ヒューマニズムという一昔前の言葉を出そうか。



100 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/10/26(水) 00:17:59
結局のところ、文学がこの先生きのこるには
非在(≠不在)の作者が自動生成する物語としてしかない。
無効化されたコンセプトの上で紡がれる物語、
紡ぐという行為がその始点を空しくもとめる、手探りだ。

我々はいつもむしゃくしゃしている。
そして今は反省している。
そして、  今  は反省している。

101 :吾輩は名無しである:2005/10/26(水) 00:59:10
文学が衰退するのはね、生活する上でなんにも関係ないからだよ
高級ワインとかおフレンチとかいい男とか北朝鮮とかクリトリスとか
まったく関係ないですね。文学についての文学などはもう関係ないにも
ほどがある。関係あるならいやでも読みます。いやでも働いているわけだし

102 :吾輩は名無しである:2005/10/26(水) 17:32:29
関係あるかないかは人の価値観によるわけで。
文学的(or哲学的)な認識を関係ないと捉える人が増えただけ。
文学的思考を自らの在り方に還元できてない文学者が多いのも原因。
形而上から形而下へのフィードバックが起きない概念は、
現実的には在っても無くても変わらないわけで。
よーするに、こんなところで意見の出し合いをしてるなら、
身近な人間と議論した方が得るものは大きいのではないかと。
ここも半分形而上的な所ですしw

103 :吾輩は名無しである:2005/10/30(日) 23:55:51
文学は、人間が堕落する度合いだけ堕落する。(ゲーテ)


104 ::2005/10/30(日) 23:59:47
やることやっちゃって、出尽くして、時代遅れな代物に
なっちまったから衰退したんだよ。

天才が一人現れれば「文学界全体」の活性化にはなる。

105 :吾輩は名無しである:2005/10/31(月) 00:10:52
>>104
正確に言うと
「やることやっちゃって、出尽くして」
と大多数の人が思い込んでいるだけだと思う。

後半には同意。
三島みたいな人にもう一回出てきて欲しい。
芸術は模倣の上に成り立つので
過去の作品から換骨奪胎して
独自の世界を切り開いた模倣なら大歓迎。
(低レベルな剽窃や盗作は論外だが)

106 ::2005/11/01(火) 00:44:17
>>105
三島みたいな人って、既に出てるんじゃないか?
「三島の再来」と謳われた某君がw

107 :吾輩は名無しである:2005/11/01(火) 02:38:37
平野盗一郎は終わってるよw
ただのバカの癖に2ちゃん公にばかにしてるからな
祭りの日は近い

108 :◆7sqafLs07s :2005/11/01(火) 10:11:48
平野に対する感情的な批判の裏には

学歴コンプレックス
ルサンチマン(俺は何度も公募して落ちてるのに持込みなんかで抜け抜けと作家デビューしやがって)

があるように思えて仕方ない。

そんな、感情的になるような類の作品じゃないでしょ、彼の書いているものは。

109 :吾輩は名無しである:2005/11/01(火) 13:35:43
>>108
まあ、それは確実にあるな
平野がハナにつく人間であるのは理解できるが

110 :吾輩は名無しである:2005/11/01(火) 14:05:21
ハナにつくような人間でなければ文学は書けないけどな。
文学のわかってないバカが偉そうに平野批判をしているわなw

111 :吾輩は名無しである:2005/11/01(火) 14:09:39
そういうCは高卒なんだがな
なんだかな

112 :吾輩は名無しである:2005/11/01(火) 15:48:13
このスレみてて思ったことは、文学好きの奴って他のスレの奴より
文章下手だな。
てか分かりにくい。こういうのが作家になるから下手なのしか生まれない。

113 :吾輩は名無しである:2005/11/01(火) 17:36:40
デュシャンとかが出ちゃった以上、すべての芸術は開き直りなわけで、
もう芸術全体が衰退してるんじゃない?文学に限らず。
これから出てくるのは、そのときその場に合わせた消費財しかないでしょ。
100年間ちょっとずつ売れ続けるより、一瞬で大量に売って消えたほうが効率いいし。
いまはまだ「そのときその場」の範囲が広いけど、これからどんどん狭まってくると思うな。

114 :吾輩は名無しである:2005/11/01(火) 19:49:47
おれたちそもそも文学を共同体の文化にしていないからなぁ…だからじゃない?

115 :◆7sqafLs07s :2005/11/01(火) 21:12:30
>>109

なんか勘違いした奴なんだろうなってのは色んな文章から垣間見えるけど、
それは彼の「文学性」とは関係ないしね。

>>110

「学歴」としては確かに高卒だが、
一応、早稲田の一文に入るだけの
「お勉強能力」はあったわけで。
まあ平野には及ばないけどさ。

そして少なくとも俺にしてみれば
学歴なんてことにコンプレックス持っても
未来が変わるとは思えないな。



116 :吾輩は名無しである:2005/11/01(火) 21:17:49
早稲田に受かろうが受かるまいが高卒は高卒

117 ::2005/11/02(水) 02:08:22
なんだCクン、後輩だったのか。
俺は政経卒じゃが。長年の商社勤務で心身共に
お疲れじゃよ俺は。
頑張ってくれよ。若いんだろうから。

118 :◆7sqafLs07s :2005/11/07(月) 03:51:55
先輩だろうが後輩だろうが
中卒だろうが東大卒だろうが
語尾に「じゃが」なんてのをつけるようなアホは
早く死んでください。

119 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/11/14(月) 00:33:56
    ,.-''、.,! ,.::'    ヽ、:.゙、 ;;.:' ''  ヽ | ,.、       
   ./  、/ `ヾー─tッ−ヽ''  kーtr─ツ'´〕. ヽ.       
  / {´i Y::::..   ` ̄ ̄´.: "i! ::. 、` ̄´ ゙:::.、} r、 l       
  | ヾ_,,入;:::.. `'' " ´.::; .::i! ::..  ```  :. }ツl l  死亡確認
  \  ノ ヾ ;:::.   .:r'' :: ll! :ヽ;:..:.   .: j,ノ ,!       
    ヽ',,;l  ゙i ;::.. _ `ヽ、;;,,,,'.ィ'' _,, .::,;r'1,,,/          
  ッジ::::::|  ゙ ,r'´:::;;;;;;;::>  弋´;;;;;::::ヽ'" |:::::゙'イィ      
 弍:::::::::::l  /:::;r'´ ,,..-ー…ー-、 ヾ;:::'、  |:::::::::::ヒ
  シ:::::::::::l   i':::,!  ´  __  ゙  l::::l:. |::::::::::

120 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/11/14(月) 00:36:38
問題は文学が生き物でないということだ。
それは現象でもないということだ。

なにが衰退するのか。
では、その盛りに文学は存在したのか?

問いを問いで補おう。

存在しなければ、今、ここに衰退しているのはなんなのだ?

121 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/11/14(月) 00:58:19
>>101
=可文学化生活がかつてあり、今はもうない。

>>102
=可文学化生活はあり、文学化できない。
 文学化できないのは作家の力がないからだ。

作家の力がなくなったのは……、文学的な生活がなくなったからだ、と。
この悪循環の中で言われる独り言、それが文学的生活であり、
文学者はそこにいる。おそらく。
時代の配置をかんがみるに文学者とは、
こういう奴であろうというのをここじゃよく見かける。あいにく連中は一作書くには忙しすぎるようだ。
そして、書く瞬間にもう連中は文学者ではなくなってしまう。そこに現状があるようだ。

122 :◆7sqafLs07s :2005/11/14(月) 17:39:43
大丈夫、文学は存在するが衰退は存在しないという一言で解決可能だ。

123 :吾輩は名無しである:2005/11/14(月) 21:42:25
現代の日本の文学にはあまり良質なものがないと思う。
それには多くの理由が存在するだろうが、一番影響を与えているのがライトノベルだ。
大体小説に挿絵がついているという時点で、文学としての勝負を放棄している。
また、その軽薄且つ非現実的な内容の小説を読んで
「こんなものでも小説になるのか」
という痛い人間が出てくる。
嫌な悪循環である。

124 :吾輩は名無しである:2005/11/16(水) 22:18:00
文学が終わっているのは世界的な現象。
ショスタコ以降偉大な交響曲作家が現れないのと同様。
世界文学が滅びているのにノーベル文学賞なんて何の意味もない。

125 :吾輩は名無しである:2005/11/16(水) 23:12:11
まあ、どんなにIT化が進んでも本を読む奴はいなくなんないよ
液晶画面で文字を読んでると目が疲れてしょうがない
本みたいにつまらなかったら途中で投げ捨てるという行為もできねーしな

126 :◆7sqafLs07s :2005/11/21(月) 08:19:37
いつの世も「文学は衰退している」「芸術は衰退している」「文化は衰退している」
と言いたがる人(そうやって自分を高みに置こうとする人)がいるだけで
実際は衰退も何もなく変化があるだけ。

こんなスレこそがまさに衰退しているのだ。

127 :吾輩は名無しである:2005/11/23(水) 18:04:07
このスレの奴らはアホ、あるいは文学を真面目に考えていない不誠実者。

文学は、最初から「文学」として価値を持っていたわけじゃない。
歴史性を持って構築されてきた概念であり、ジャンルなわけだ。
それを前提としないと、建設的な議論が出来るわけがない。
「文学」というものを所与のものとして語ると、
その意味内容の差異による議論の空転だけが強調されることとなる。
結局は、文学が衰退する/衰退してないという、
極論間のイデオロギー闘争に陥ってしまうわけだ。
この狭くて暗いケツの穴における戦況を決めるのは、レスの量という戦術的要素だけ。
それを制して、悦に入るのが、コテハンの奴ら。

「文学」の衰退を論じるには、どの時代状況と比較するのか、
また衰退する「文学」とは何かということの、枠組みが必要だ。
このスレを有効に活用するためには、それらに関した議論の土台を作らなくてはならない。

128 :127:2005/11/23(水) 18:11:31

他のスレにも書いたのだけど、
先ず、理解しておかなければならないのは、「文学」が近代の概念だということ。
近代国家の成立に伴い、民族統合の記念碑として成立したものが「文学」。
つまり、単一民族国家としての「近代国家」という幻想を支えるため、
拠点として用いられたものが「文学」だったということ。

もともと、価値化されていた文学とは、ギリシア・ローマ時代の作品群を指していた。
で、近代になって、本来の古典を持たないローマ帝国圏外の国々が、
必要に迫られて仕立て上げたのが、近代文学・各国語文学という「古典」なわけだ。
その流れの中で、シェイクスピアはめでたく「古典」文学として再認識されたわけだし、
ドイツ浪漫主義における、強烈な民族意識の肯定も、源は同じ。
各国語文学が、「貧者の古典」として蔑まれる理由も同じ。

日本には古代から培われた古典文学があるだろ、といわれるかもしれないけど、
それも近代において「古典」化されたもの。
例えば、近代に至るまで、万葉集はあまり重要視されていなかった。
それが、東歌に歌われた地域性など注目し、
日本人「一般」にとっての古典として再解釈されたのは明治時代。

現代になって、国家の成立基盤に「文学」が必要とされなくなった時点で、
少なくともイデオロギーとしての「文学」の価値は剥がれ落ちた。

結論としては、
特権的な「文学」が成り立たない状況を「衰退」というなら、文学は衰退した。
反対に、文化一般が持っている価値は否定するべくも無いから、
その一形態である文学は衰退しえないということもできる。
以上。乱暴なまとめ方だけど。

129 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 09:13:03
↑柄谷ファンだな!
ホントに乱暴たけど、同感する。オイラにゃ書けん。
にしても、いったい、文学が衰退していない最盛期ってのは具体的にはいつの時代を指すのだろかね?

130 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 11:23:15
衰退なんかしてないよ。昔だって一部の人しか読まなかった。今でも一部の
人しか読んでない。本を部屋の飾りにする人が減ったから、売り上げも減ってるだけ。

131 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 11:52:46
衰退しても誰も困りません。

132 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 17:50:46
*********このスレの議論とは***********

イデオロギーとしての固定化された文学的価値を信じる人
・昔から変わってないから偉いままだよ
・一般人はわからないから、わかってる俺が偉いよ
・才能のある人が書いてるから偉いよ
・お金と関係無い所に文学の価値はあるよ

イデオロギーとしての固定化された文学的価値を信じない人
・読まれなくなったから偉くないよ
・人にうったえかける力のない、良くわからないものだから偉くないよ
・他の文化のほうが才能のある人がいるから、文学は偉くないよ
・もうからないから文学の価値は無いよ

関係無いことを言う人
・衰退しているという人が衰退している
・衰退しても俺は関係無いよ
・議論に見せかけたポエム(多数)

このように、文学は衰退しないという人も、衰退すると言う人も、
言っていることの内容自体は、それほど変わらないものでした。
結局は、自分の立場を正しいものとして、敵対する相手を否定する、
暴力的な欲望にもとづいたお喋りだったわけです。

もしかすると、このような、暴力的な言説から自由な場所にこそ、
衰退しない「文学」というものがあるのかもしれませんね。
皆さんありがとうございました。

*********以下エンドロール***********

出演者

133 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 18:36:41
ようやく気づいた。
文学とはイデオロギーである。
だから文学の範囲を内向きに小さく取るなら衰退して見える。
それを流行作家の本まで含めるなら衰退して見えない。


134 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 22:14:51
しかし、こんだけスレッドたってるところって
あんましねーだろ。文学が超マイナーならこんなに
スレッドたたないし、わざわざ、文学なんて
超マイナーさ、なんて書く香具師もいないと思うぜ。

135 :吾輩は名無しである:2005/11/25(金) 05:59:38
オイラ思うんだけど、
「文学」はイデオロギーだけど、そのイデオロギーの真っ只中に現在のオイラ達がいるって事は否定しようもない事実なんだから、
「文学」ってものを、思索の便宜上、一応は定義しないと、衰退するとかしないとかの議論はできないんじゃないかと思う。

136 :吾輩は名無しである:2005/11/25(金) 15:16:23
127=132

オイラさんとか、一人でも脳みそを働かせてる人がいるから、聞くけど。
「文学」というものは、一つに定義するべきものなの?

田山花袋は、人間の内面の分析として「文学」を捉えた。
武者小路実篤は、自我の発露として「文学」を捉えた。
芥川龍之介は、物語の展開が無い、平板なものを「文学」といった。
谷崎潤一郎は、物語の山が激しい、構築的なものを「文学」といった。

それぞれの「文学」は、イデオロギーとしての色彩をおびてるけど、
重要なことは、それらが開かれた言説とて語られてることじゃないかな。
それぞれが、自分の「立ち位置」として語ってる。

このスレの人達は−−悲しいことにそれだけじゃないんだけど、
自分の立ち位置から「文学」を語るのではなく、
価値化された「文学」の場所から、
さらにいえば「文学」=「自分」として語ってるようにみえる。
自分のプライドの城として、「文学」を利用してはいないかな?

137 :吾輩は名無しである:2005/11/25(金) 16:38:26
礼儀上、過去スレをざっとよんでみたんだけど、

個別作家スレで語る知識も思考力もない
でも「文学」には参加したい
そういう人が集まる雑談の場 それがこのスレッド

というコメントがあった。いいとこついてる、っていったら怒られるかな?
でも、本来は逆であるべきだと思う。
個別の作家については語ることは出来るけど、
「文学」については、共有された土壌を持たないっていうのでは、
大文字の「文学論」というのは、個別の作家論に分散してしまうよ。

過去には、矢部さんという優良コテハンがいたようだ。
彼は、「大きな物語」てーのが失墜した現在的な状況を、
所与のものとして語ることに疑問を感じていたようだね。
ただそれは、上で書いたような、文学・イデオロギーの歴史的生成過程を、
実感として理解できなかったことの裏返しでもある。
という、偉そうな物言いをする俺。

138 :吾輩は名無しである:2005/11/25(金) 18:27:01
文学が衰退していると言われているなら、
文学イデオロギーをどう修正していくかが問題だと思う。
より大衆に近づくとか、普通の人の小説を読む基準を目指す。
自分達好みの文学の垣根に閉じ籠もってはいけない。
結局それが文学嫌いを増やす元になる。

139 :美香 ◆ESCVVanDCU :2005/11/25(金) 21:47:23
呼びましたか?

140 :吾輩は名無しである:2005/11/30(水) 08:46:40
ん〜、
オイラは「文学」を定義する事はできないと思うし、その必要は本来無いと思うっす。
作家がモノを書くってのは、ある意味、「文学」とは何かってのを追求するためにだろうし、それを定義し得たと思ったところには「文学」は無い。
ただ、文学の衰退って言う時、
普通は、文学がかつて持っていた様な特権的な地位を失い、才能の枯渇が言われ、文学に期待する人が少なくなった
という様な事を問題として、ある共通の見解みたいなものがそこにあるんだと思うんだけど、
このスレには今のところそれが無い。だから一義的にそれを定めないと議論にならない。
そう思ったまでっす。

んで、「文学」がイデオロギーってのと、「文学イデオロギー」ってのは全然違うっす。

141 :吾輩は名無しである:2005/11/30(水) 08:54:36
で、「文学」ってなに?

142 :吾輩は名無しである:2005/11/30(水) 09:02:56
>>141
goo辞書 ぶんがく 1 【文学】

(1)〔literature〕言語表現による芸術作品。詩歌・小説・戯曲・随筆・評論など。文芸。
「―作品」「―書」「―を愛する」
(2)詩・小説・戯曲など文学作品を研究する学問。文芸学。
(3)文芸学・語学・哲学・心理学・史学などの総称。
「―部」
(4)律令制で、親王家で経書を教授することをつかさどった職。

三省堂提供「大辞林 第二版」より


143 :吾輩は名無しである:2005/11/30(水) 09:05:22
>>142
このスレでは(2)に相当するわけですね。

144 :吾輩は名無しである:2005/11/30(水) 09:07:34
うんん 全部ひっくるめてw

145 :吾輩は名無しである:2005/11/30(水) 09:15:56
>>144 (4)も?

146 :吾輩は名無しである:2005/11/30(水) 09:19:48
強度のある(否定しえない、疑問の余地なくはっきり伝わるような)
言葉がなくなってしまったからかなあ?

147 :吾輩は名無しである:2005/11/30(水) 09:53:02
>>145
そうッ!

148 :吾輩は名無しである:2005/11/30(水) 10:01:50
じゃあ、
「才能の枯渇」とか「才能の貧困」って事に関してはたいして異論はないと思うんだけど、
それについてはどうだろうか?
例えば、「現代にはなぜシェークスピアやドフトエスキーや漱石の様な文豪がでないのか?」ってのは、
荒っぽいけど、ここまでの流れのテーマとしては悪くないと思うんだけど?

149 :吾輩は名無しである:2005/11/30(水) 11:40:56
文学化されべき物語が枯渇したってのはどう?

150 :吾輩は名無しである:2005/11/30(水) 14:11:17
時代やジャンル自体の成熟度もあるし
漱石だったら時代的にも言文一致や日本の近代化、諸々の戦争が短期間であったりとか
とにかくいろんな条件が重なりまくってるしな。
そういう条件があるだろ。
中上健次もあの時代だから出てきたんだろうし。

才能ある奴が他のジャンルに行ってるというが、昔から文学なんて一部の貴族とかさ、そういうごく少数の人間しか楽しんでないじゃん。
もちろん例外なんていくらでもあるけど、それは例外だと思う。

>>149
新旧の聖書や日本の古典も含めて、いったい何千年前から物語があるんだ、とか思う。
例えば現在の作品と100年前の作品で、どちらも1500年前に出てきた物語を受け継いでいるとして
それがどう違うのか、みたいな感じがする。すべてはマイナーチェンジでしかないのでは?

1人か2人の天才が出てきたら、すべての光景が一変するんではないか?


151 :吾輩は名無しである:2005/11/30(水) 14:28:30
砂沙美ちゃん、コレが魔法だよ!

152 :吾輩は名無しである :2005/11/30(水) 16:06:53
悪がはびこっているからだろよ

153 :吾輩は名無しである:2005/11/30(水) 16:07:35
なんかダマされてる

154 :吾輩は名無しである:2005/11/30(水) 16:45:45
文学って表現方法としては古くなりつつあるからなあ。
だって苦痛でしょ、少なくても自分でイマジネーションを
働かせて文章を読んでいかなくてはならないんだから。
視覚に直接的に訴えるメディアの方が大衆に理解し易いから
文学って衰退しつつあるんだろうな。
でもさ、文学でしか表現出来ない世界ってのがあるのも事実
だし、古典的名作で映像化された作品って大概がイマジネーション
が貧困な映像作家のせいでアホな作品になってしまい失望する
んだよな。谷崎や太宰の文章を映像化しようたって無理で
しょう。三島も無理だけどさ。映画『春の雪』なんて駄作中の
駄作だよな。

155 :吾輩は名無しである:2005/11/30(水) 16:48:41
単にオマエの頭が悪いだけ。俺には快感。何ら難しくなど無い。

156 :吾輩は名無しである:2005/11/30(水) 16:52:37
少なくても→×

少なくとも→○

やっぱバカだな

157 :吾輩は名無しである:2005/11/30(水) 18:21:09
衰退について議論している割に文学をやってる人間に危機感が無いんだ。

158 :吾輩は名無しである :2005/11/30(水) 20:16:59
つまりそこが問題なわけさ。
精神病棟行きが文学やってるのが問題なんだよ。
偉大な文学は良心を手放すことはなかったわけだし....

159 :吾輩は名無しである:2005/11/30(水) 20:25:09
犯歴のある作家って珍しくないがね。

160 :吾輩は名無しである:2005/11/30(水) 20:33:30
石田衣良見てると末期を感じる。

161 :吾輩は名無しである:2005/11/30(水) 20:42:10
>>150
そこのところ。
世界中の民族が持ってるその民族なりの基調をなしている伝説や宗教という物語
の効用っていうか有効力が弱くなってって一度アメリカならアメリカで平均化(ポピュラー化)
された物語として各国が逆輸入して自国の物語を観てるって言う、中上健次的に言うと
自国の物語の根を洗ってないと言うか根を観ていない感じなのかな。


162 :吾輩は名無しである:2005/11/30(水) 21:03:46
このスレはつまり続・純文学論争カナ?

じゃあ俺が大塚英志ね!誰か笹野頼子やってくれん?

163 :美香 ◆ESCVVanDCU :2005/11/30(水) 21:51:30
矢部くんはわたしが気になってならないようだった。

164 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/12/01(木) 23:47:20
( ゚Д゚)< 俺のクリスマスを予言  
◇レス番1桁目.      ◇時刻の秒2桁目      ◇時刻の秒1桁目
  [1] 長州小力に.       [1] 「辛抱たまらん」と     [1] アナルファックされる。
  [2] 運命の人に.       [2] 「愛しているの」と     [2] キスされる。
  [3] 近所の人に.        [3] 「ウホッ」と        [3] ビンタされる。
  [4] 巨根の兄貴に.     [4] 「愛しているの」と.     [4] Dキスされる。
  [5] 運命の人に.        [5] 「ニヤニヤ」と        [5] 押し倒される。
  [6] 87歳のばぁちゃんに.  [0] 「ウホッ」と         [6] キスされる。
  [7] 運命の人に.                      [7] 強姦。
  [8] 二丁目の兄貴に.                    [8] キスされる。
  [9] 運命の人に.                       [9] Dキスされる。
  [0] 親父に.                        [0] キスされる。

165 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/12/02(金) 00:02:12
[4] 巨根の兄貴に [4] 「愛しているの」と [0] キスされる。

さて。


衰退したら困る連中が多少はいるようだが、
自分でなんとかしようって人間は多分こんなところには、書き込みもしないんだろーな。

166 :■誣言■ ◆JkPWxq0SV6 :2005/12/02(金) 00:04:24
現代の文学者気質を予想するに、
そういう連中がここにいそうな気がするんだけれど。

なにやってるんだか。

167 :test:2005/12/02(金) 11:51:58
test

168 :test:2005/12/02(金) 11:55:10
[5] 運命の人に. [5] 「ニヤニヤ」と [8] キスされる。

169 :test:2005/12/02(金) 11:57:32
[8] 二丁目の兄貴に.[1] 「辛抱たまらん」と [0] キスされる。

キスばっかじゃん。つまらん。


170 :◆7sqafLs07s :2005/12/03(土) 09:25:10
>>127

物量作戦に押し切られるような議論っていうのは
そもそも質が悪いからそうなるんじゃないかな。

明瞭かつ非の無い議論にはどんな抵抗も無意味でしょう。
それが正しく配置された言葉というものの本当の力なんだから。

大体、イデオロギー闘争を否定的に語っておきながら
コテハン/名無しというイデオロギー対立に触れるあたり
ちょっと幼稚じゃないかね。

大切なのはコテハンか名無しかではなく
議論の中身、言葉の力そのものだろう?

名無しだってコテハンだって9割は間抜けで
残り1割のうち九分九厘は平凡なんだよ。

大切なのはレッテルじゃなく言葉そのものの評価だ。
それをわかっていないと衰退するぜ、思考が。

じゃ、続いて本題。

171 :◆7sqafLs07s :2005/12/03(土) 10:12:31
>>128

君が最初に書いている「文学」の定義はつまり「近代文学」のことだから
ある意味、なんというか、至極、当たり前なことを言っているだけだな。
君は「国家」という概念については同じ段落中で「近代国家」という
より詳細な定義づけをしているのに「近代文学」という表現を避ける。
これは議論を非論理的に誘導する企み、つまり議論の質を下げる行為だよ。

古典についての蘊蓄も、なんというか結論が先にあって(おそらく何かを下敷きにして)
その結論に向かって突き進む言葉の羅列であるかのように見える。
事実関係の把握が大雑把すぎるからだ。

ギリシア文化というものは、ローマでキリスト教が国教化された後弾圧され続けていた。
だからそもそも「ギリシア・ローマ」という区分自体がこういう議論の場合不適切だ。

ローマ(東ローマ)において非キリスト教的な文化が禁絶されたのは6世紀。
その後、ギリシア語を公用語としたことでギリシア文化の再評価が始まる。
これは言い方の問題なので、ギリシア文化の再評価からギリシア語の公用化があったとも言える。
ともかくギリシア語圏がほとんどなのに非ギリシア的な「キリスト教文化」(カトリック的な文化)
が支配的なことに対する反動があったわけだ、東ローマにおいてはそういう文化的な緊張が常にあった。
宗教と文化とが必ずしも一体化しないこと、宗教が文化を支配するとは限らないことの一例だね。
緊張が高まった結果、ついに非カトリックの東方正教会が主導して「古典」研究を始める。
これが9世紀のこと。つまり近代以前に「古典化」が一度あったわけだ。ギリシア的な文学について。
そしてこの流れがローマの終焉を通じてイタリア・ルネサンスにも通じていく。
君の言う「価値化されていた文学」というものには
東ローマの地域を除くとおよそ8世紀ほどの空白期間があるというわけだ。

172 :◆7sqafLs07s :2005/12/03(土) 10:23:09
>>128

続き。

ルネサンスが「近代の曙光」なのかどうかは複雑な議論があるからここでは書かないけど
少なくとも「中世から近代への移行期間」であることは間違いないだろう。
で、そのルネサンスは、東ローマで起こった「古典復興」の流れを受けて生じたものだ。

つまり見方によっては、ヨーロッパにおける近代というのは
「カトリック的な支配」から「古典文化の見直し」によって「解放」される流れなのだと言える。

近代化があったから古典が評価されたのではなく
古典の評価から文化的な源流への精神的回帰が生じ、
また同時並列的にカトリックによる一元的な価値観からの脱却が生じ、
そうして「国家」というものがより厳密に真剣に考えられるようになった、
と見ることも出来るわけです。

なんだかわからないけど近代化があって、
それでなんだかわからないけどみんなが焦って
焦ったから近代文学なるものを無理矢理生じさせたのだ、という解釈じゃなくても
合理的に語ることは可能なんだよ。

近代というものに重きを置くと、近代ありきの発想になるけど、
近代というものも所詮は歴史の中の小さな一部に過ぎないと考えれば、
もう少し多様な見方が可能になると思うし、そのほうが議論としても深みが出ると思う。

日本の古典については更に書きたいことが多々あるんだけど、今はひとまずここで筆を置く。

173 :吾輩は名無しである:2005/12/03(土) 12:57:04
↑いや、いや。
こうやってしっかり書かれたものに、きちんとレスできないオイラ自身がとても恥ずかしいんだけと、
結局、そういう歴史的なものの見方自体が、まさに「近代文学」の枠組みの中にあるって事じゃないんでしょうか?
所詮、その当時の人達が読んだ様には、オイラ達は聖書も仏典もシェークスピアでさえも読む事ができない。
オイラ達が歴史を振り返る時、何かを鳥瞰しうる立場からそうするけど、
その立場にどんな根拠があるのか。それを問う事が、ある意味、脱近代の試みであったのだと。
そんな理解の仕方なんですけど、これはダメですか?

174 :◆7sqafLs07s :2005/12/04(日) 06:04:28
>>173

駄目というよりただの言葉遊びじゃないの、そんなのは。

「古典」をリアルタイムに鑑賞した人々が僕達と同じようにそれを読んだかどうかは不明だ。
ただしあくまで不明なのであって「その人達が読んだ様には」「読む事ができない」とも言えない。
不明である以上もしかしたら「読んだ様に」「読んでいる」かもしれない。
結局これは考えても意味の無いことで、それでも考えるなら文献学などの蓄積から
当時の「読まれ方」に迫るしかないと思う。

大体、近代を生きていた人々が、その時代というものをどう考えていたのかだって、
確かなことは言えないということになる。君の論理で言えば。
そうなると近代というもの自体が曖昧になるし、
だから脱近代などということも概念的に不明確なものになる。

それに歴史的な物の見方なんて、別に近代の発明ではないよね。



175 :吾輩は名無しである:2005/12/04(日) 13:57:20
文学が再び勃興し、定着の度合いを高める戦略はないだろうか?
知識人なんだからそのくらいのことしていこうぜ。

176 :吾輩は名無しである:2005/12/04(日) 14:11:28
素朴な疑問だが、知識人って何?
以前同じ質問されて、うまく答えられなかった覚えがある。

ただひとつ、みんながいいというものはまず間違いなく悪いものだ。
俺にとって。

177 :吾輩は名無しである:2005/12/04(日) 14:45:24
閉ざされた言語空間で観念を捻繰りかえしても無駄

それに自分で知識人とか名乗るやつ初めて見た

せいぜい文学ヲタがええとこやろうに、おまえ自意識が肥大しすぎ

んで市場が衰退してるし、駄作が名作を駆逐するようでは、文学は終わりにむけて加速中だ

おまえらモヤシが、観念遊びの引き籠もりから脱却することだな

行動するモヤシになれ

178 :吾輩は名無しである:2005/12/04(日) 15:04:11
観念捻繰り返すのも無駄。
生きるのも無駄。
人間も無駄。
この世界に
無駄以外の何があるか教えてエロイ人〜

179 :吾輩は名無しである:2005/12/04(日) 15:07:56
くだらないこというな。
権威アレルギーも度が過ぎると単なるアホウになりさがる。
知識なくボルヘスやジョイスやナボコフ読んで楽しめるわけねーだろ。
大学に専攻があるという事実をいい加減受け止めろ反権威野郎。

180 :吾輩は名無しである:2005/12/04(日) 15:10:23
人間も無駄従って文学も科学も宗教も無駄。
ちんぽも無駄従ってまんこも無駄。
無駄無駄無駄。
無駄無駄無駄無駄無駄南無阿弥陀仏。
ひっつよーーなーーーい♪



181 :吾輩は名無しである:2005/12/04(日) 15:56:11
>>179←オラオラァ!!
青瓢箪が、権威に縋ってんじゃねーよ!!
モヤシ野郎に権威があるかよ!この下郎がぁ!

その汚いボロ部屋の隅まで下がって、額を床に擦りつけんかい!!
それにおまえ働いてんのか?税金払ってるか?あ?
脛齧りのモヤシ学生だろーが!!今月こずかい幾らだよ!
社会に出て働いてから、でけぇ面しろゲスが!






「健康な奴っあ本読まなねーんだよ!おら!」←山本夏彦だ!わかったか!コラ(笑!
↑実はこれが言いたかっただけなんだわ(笑

182 :◆7sqafLs07s :2005/12/04(日) 18:59:45
わざわざ文学板などという場所にアクセスしておいて
文学など無駄、なんてポーズ取ってみたって
格好よくもないしピエロにも見えない。

そんなものはただの間抜けだ。

183 :吾輩は名無しである:2005/12/05(月) 04:10:25
>>174さん
なるほど、明確たらんとする人は、他人の曖昧さには鋭敏な様で、
近代の定義には曖昧だってのを、たったあれだけのオイラのカキコから指摘されちゃうと、
ウーンと唸るだけしかできないっす。
でもね、「近代」の定義なんてのは「文学」の定義と同様に幅広いもので、その文脈によって全然違ってくるじゃないっすか?
確かにオイラは曖昧だから、じゃあ、この文脈においてその定義をしろと言われても上手く出来ないけど、ただ、
これだけは確かだと思うんだけど、今が「近代を超えた」とか「現代と近代では本質的なものが違う」なんて事を、
なんらの躊躇なく言う人は、オイラ、決定的に駄目だと思う。

184 :吾輩は名無しである :2005/12/05(月) 04:25:46
遅れた分野なんでしょね、文学は。

185 :吾輩は名無しである:2005/12/05(月) 05:01:39
↑遅れてる?
例えば何の分野と比べてだろか?

186 :吾輩は名無しである:2005/12/05(月) 06:51:12
自然科学の諸分野から比較すると遅れていると言いたい
のかもしれないがそもそも文学に遅れたも進んだもある
のだろうか?そういうジャンルではそもそもないと思う
けど。シェイクスピアの戯曲と三島由紀夫の戯曲との間
には何百年もの歳月が横たわってるけど進化なんてして
いるかね?

187 :吾輩は名無しである:2005/12/05(月) 15:04:55
手で開き目で読み込み頭で考えてちん子が立つか立たないかまん子が濡れるか濡れないかで文学の価値は決まる。


188 :◆7sqafLs07s :2005/12/05(月) 21:30:35
>>183

僕がちょっと厳しい印象の言葉を選んでいるのは
「そんなに馬鹿じゃないくせに馬鹿のふりをする」ポーズが好きになれないからです。

そういう態度は慇懃無礼と同じで、
ある種の人々を不愉快にさせるものではないでしょうか?

今が近代を「超えた」などということは文学においても、また
>>186に関連して言えば自然科学においても実情としては存在しないと思います。
変化しているだけです。故に、翻って、衰退もありません。

189 :◆7sqafLs07s :2005/12/05(月) 21:38:50
自然科学とかテクノロジーはすぐ進化という言葉で形容されがちだし
また形容されたがる傾向があるように感じられますが

槍で一人を殺すのが核兵器で数十万人を殺せるようになったから進化なのだとしたら
その程度の進化は文学においても起こっているでしょう。流通の普遍化という形で。

進化というのは、多分「殺すより生かすことのほうが良い」というような価値基準を示した後に
「殺さず生かすようになった」と実証できなければ意味を持たないのではないでしょうか。

しかし自然科学においてもその周辺の技術においても
「いかに殺せるか」もしくは「いかに生かせるか」の数的・量的な「変化」はあっても
「殺さず生かすようになった」とは言えないのが現状です。
多くを生かす技術と同時に多くを殺す技術が生じているので、
質的にはなんら変わっていません。

数的な範囲が大きくなった(もしくは扱える領域が増えた)という事象を見る場合
マイナス方向のベクトルについても同様の増加をしていることがほとんどで、
それを進化と呼ぶのは「100枚書くより1000枚書いたから進化」と言うのと同じです。
馬鹿げた話ですよ。

190 :美香 ◆ESCVVanDCU :2005/12/05(月) 21:46:04
Cくん元気そう。
死亡説が流れていたから心配していた。

191 :◆7sqafLs07s :2005/12/05(月) 21:59:12
文学板、つまんねえんだもの。
雑談と馴れ合いと偽善と社交儀礼ばっかで。
あとはどっかのガイドブック丸写しの自称「言説」とかさ。
誰かがそこにいて、確実に個人として書いている、と思わせるようなものが何もない。
大体、文学板なのに名無しが沢山ってなんだよ。
文芸誌の後ろのほうに匿名で時評とか書いてるインチキライターみたいなもんだ。

むしろ雑談板のほうがその点ではエキサイティング。
わざと馬鹿っぽく書いたけど、言いたいことはそれだけだ。

じゃ。

192 :美香 ◆ESCVVanDCU :2005/12/06(火) 00:27:12
フレー、フレー、Cくん♪

193 :吾輩は名無しである:2005/12/06(火) 03:06:39
>192
糞コテ便所豚が、
臭いクソを撒き散らしにうろつくんじゃねえ!
さっさと便所に戻ってひきこもってろ!


194 :吾輩は名無しである:2005/12/06(火) 03:29:29
>>191
>偽善と社交儀礼

文学板にそんなものがある?!どこに? 
見たことない、知りたい!詳しく!!

195 :吾輩は名無しである:2005/12/06(火) 10:01:03
柄谷の「近代文学の終わり」を読んだ。
それはイデオロギーを持った特権的な文化が終わったということだよね。

でさ。
娯楽的な意味を求めるなら、読書なんていう長ったらしくて読みづらい文化にわざわざ
入る必要ないわけじゃん。
あー、どうしたらいいの。ねぇ。

196 :吾輩は名無しである:2005/12/06(火) 10:08:49
読書が楽しみでないのなら無理に読むことは無いだろ。
俺には解らんが。

197 :吾輩は名無しである:2005/12/06(火) 10:16:14
>>191
わざと馬鹿っぽくじゃなく取り返しのつかない馬鹿じゃんw

198 :吾輩は名無しである:2005/12/06(火) 11:01:16
情報量として、文学は限界があるでしょう。
でも、もう文学は駄目なのかな。やっぱり。
擁護しなきゃならない点がない。
ハリーポッターや世界の中心で〜も、なんだかんだで読書の権威に
励まされてるところはあるんじゃないかな、と思う。
その権威がここまで俗化してる段階で、ミステリや感動モノみたいなのでしか
需要はもたないんでしょうね。

199 :吾輩は名無しである:2005/12/06(火) 11:20:22
フレーhッフレー美香ちゃん♪

200 :吾輩は名無しである:2005/12/06(火) 18:27:16
俺は文学が駄目になったと思わない。
文学のジャンルに駄目な作家が多いからそう見えるだけ。
それに、ハリーポッターも世界の中心も文学の一種だ。
それを否定するから文学が駄目に見える。

201 :吾輩は名無しである:2005/12/06(火) 23:19:01
C ◆7sqafLs07sの書いてることには基本的に同意するし
だから C ◆7sqafLs07sが馬鹿だとは私は思わないけど
もとより馬鹿に「取り返し」も何もないと思うんだ。
固定叩きが増えたせいで文学板のレベルって下がる一方だね。
何が馬鹿かって議論も意見交換もなくただただ主観を、
しかも何の根拠もなく書き連ねる低俗な書き込みが増えたこと。

202 :吾輩は名無しである:2005/12/06(火) 23:39:35
否定しあうのもそれが磨かれた言葉の応酬によってなされるなら見てみたいけど
記号的な機械的な「煽り文句」みたいなもので進んでくのは耐えられないね、見てて。

203 :吾輩は名無しである:2005/12/06(火) 23:51:30
文壇がホモ・バーだからだ!(断言

204 :吾輩は名無しである:2005/12/07(水) 00:03:16
>>193
>>197

このへんの感じがなくなればいいんだけどね

205 :吾輩は名無しである:2005/12/07(水) 00:15:35
文学が衰退しているのではなく、人間そのものが衰退している。

文学の衰退とは、幻想を見ているようなもの。

根拠は、全く無い。と言ってみる。

206 :吾輩は名無しである:2005/12/07(水) 00:33:21
ご大層な文学論を匿名掲示板で述べてみたところで、どうなるってわけではないが

207 :吾輩は名無しである:2005/12/07(水) 02:46:09
煽りが無くなればいいとか言ってる人は2chの文学板なんか来なければいいのに

208 :エスプレッソ:2005/12/07(水) 06:32:07
十把一絡げのスナックのような書物が氾濫して
本当に価値あるものが省みられなくなったから

209 :吾輩は名無しである:2005/12/07(水) 07:49:07
>>204

このへんの感じこそなくなればいいんだけどね。

210 :吾輩は名無しである:2005/12/07(水) 07:54:56
どうでもいいが、>>201って文体がめるすに似てるね。

211 :吾輩は名無しである:2005/12/07(水) 09:14:05
ただ単にラノベが世の中に
普及しすぎて純文学
が受け入れられなくなっただけだろ。と平凡な
意見

212 :吾輩は名無しである:2005/12/07(水) 09:15:39
C ◆7sqafLs07s の書きっぷりは福田和也の原「柄谷行人氏と日本の批評」にみょ〜に類似。何処とはいえないがw
ttp://www1.ocn.ne.jp/~ashi/hukuda-karataniron.htm





213 :吾輩は名無しである:2005/12/07(水) 09:34:15
1.ゆとり教育の結果説
2.受験戦争の結果説
3.アメリカ的資本主義の蔓延が原因説
4.綿谷りさ芥川賞受賞が原因説

4でFA
だって太宰治が悲願して二回とも落選した賞を、
太宰の劣化コピーの女の子がとっちゃうんだよ?
商業主義の結果なんだろうけれど、ありゃ駄目だ…

214 :吾輩は名無しである:2005/12/07(水) 09:40:58
綿谷りさは言うほどダメじゃないだろう。売れたから叩かれてるだけで。
もっと叩くべきはほかにいる。

215 :吾輩は名無しである:2005/12/07(水) 09:41:01
だから言ってるだろ、「綿谷」じゃなくて「綿矢」だと。

216 :吾輩は名無しである:2005/12/07(水) 09:42:44
変換で出ないから面倒なんだよ。
そこまで気を使わなくてもいいだろ?
大した作家じゃねーんだからよ。

217 :吾輩は名無しである:2005/12/07(水) 18:37:40
文学が駄目になったのは、文学をやってる人間にある。
まさか、文学が駄目になった原因を他に求めるのか。


218 :吾輩は名無しである:2005/12/07(水) 23:38:32
そもそも<文学>って何?

219 :吾輩は名無しである:2005/12/08(木) 00:05:56
記号の羅列

220 :吾輩は名無しである:2005/12/08(木) 01:15:53
オナニー

221 :関場:2005/12/08(木) 05:11:52
はじめまして
「日本文学の革命」という文学運動をやっている関場というものです
(「日本文学の革命」というホームページを出しています。「日本文学の革命」で検索すれば出てきますので、読んでみてください)

文学がなぜ衰退するか

これは自明の前提として現在の文学が衰退していることを感じているわけですね

まさに僕もそれと同意見です
現在の日本文学はひどい衰退状況にあります
このままだったら日本文学は文化として滅びてしまうでしょう

「日本文学の革命」はこの日本文学を復活させるためにやっているものです
日本文学にはまだまだ多くの可能性があります。その可能性を実現するためにやっているのです

詳しくはホームページにいろいろ書いていますので
どうかご覧になってください

222 :吾輩は名無しである:2005/12/08(木) 05:39:11
衰退はしていない。
「最近の〜は」「昔は良かった」って言いたいだけ。

223 :吾輩は名無しである:2005/12/08(木) 07:41:53
>>222
構うな。つけ上がる。放置。

224 :吾輩は名無しである:2005/12/08(木) 09:06:55
衰退論者は関場と同レベルだということかw

225 :吾輩は名無しである:2005/12/08(木) 18:22:55
要するに、レベルの低い人間が文学界に多すぎるんだろう。
それを改革しようと言ってる人間もレベルが低い。
しかもベストセラー作家を仲間に入れようとしない。
レベルの低い仲間だけでどうにかしようとしている。
結果的にレベルが低くなってしまう。

226 :吾輩は名無しである:2005/12/08(木) 18:38:48
いるよね。
こうやって何でも自虐的なこといえば理解したつもりでいるバカなやつ。

227 :◆7sqafLs07s :2005/12/09(金) 04:48:15
>>198

何の情報量にどんな限界があるの?
他のどんなジャンルだとどういう情報を限界なく吸収もしくは表現できるの?

なんか、上澄み液が濁ってる、みたいな話だよね。

>>201
>>202

否定したきゃすればいいけど、
せめて自分以外の誰かが読んで楽しかったり考えたりできるように
筋道つけて書いて欲しいよね。

ド素人の印象批判じゃなくてさ。
玄人の印象批評ならまだしも。



228 :◆7sqafLs07s :2005/12/09(金) 04:57:08
>>212

あんな小太りの半端右翼と一緒なこと書いちゃったのか、と思ってしばし精読したが、
何処が類似してるのかよくわからんかった。柄谷を模倣しただけの「思考停止的」言説に対する
アンチテーゼを匂わせている、ってことくらいか?

ルネッサンスのルの字も出てこないし。

大体「何処とはいえない」のに「みょ〜に類似」って、「みょ〜」からしてアホ臭いけど
頭がおかしいんじゃないかと思うから、この世はもう諦めて
変に頑張るとみんな迷惑だし、
ぜひとも来世で頑張ってください。

君達は誰か名前のある人間が説を唱えると「へへぇお説ごもっとも」
それを誰か別の名前のある人間が反駁すると「もはや〜は終わった、私は開眼した!」
で、また否定されると「と思ったが実際は〜だったのだ!」

って延々、波間に漂うクラゲの屍骸みたいに浮き浮きふわふわやってるだけなんだから
自分の頭で「価値判断」することもなく、ただへいこらしてるだけなんだから
他人様の意見をカテゴライズする権利などないんだよ。学べ。

229 :吾輩は名無しである:2005/12/09(金) 11:07:39
>>227
文学では文字情報で描かれますよね。
その組み合わせ自体は無限でも、人間が書くという実際の作業上では限界が
あまりにすばやく訪れてしまっているように思えます。
ところが音楽や映像は、もちろんそれ固有の限界を持ちますが、文学に出来ること以上の
守備範囲は持っているのではないかと思う。
事実的に、小説よりも映画や音楽の方が大量に出回っているのではないか。

230 :吾輩は名無しである:2005/12/09(金) 11:28:51
>>228
それじゃおまいが馬鹿にする俺らに説教垂れてもだめじゃん。
とん吉福田か兵六柄谷にでも論戦挑めば、つーかそんに自身家なら本でも出せば。w


231 :吾輩は名無しである:2005/12/09(金) 14:28:32
>>217
>>229

文学の衰退の原因が人間にあるってのは確かにその通りなんだけど、
そんなのは何かに答えている様で、その実、何にも答えてないと同じ。
例えば、犯罪が増えて社会が悪くなったのも、あちこちで戦争が起こるのも、全てが人間に原因があるってのは当たり前の話。
ここで問われているのは、人間がどうして、どのように変わったのか?という事であって、
それに対して、道徳の退廃だとか、資本主義の弊害などとは答えてはいけない。

情報量としての文学の限界って、量より質ってのが本来の文学ってものの在り方だと思う。
言いたい事は分かるけど、量の変化が質の変化をもたらすってのは確かにあるけど、
文学には他には無い文学にしか可能でない守備範囲ってのがあるだろうし、
そもそも、映像や音楽を感じる時、あなたは何によってそうして、何によってそれを判断する?
それを、感性や無意識などによってなどと答えてはいけない。

232 :吾輩は名無しである:2005/12/09(金) 14:47:10
>>188
文学の衰退って事で言えば、オイラ自身は衰退してると思う。
仮にそうではなく、あるのは変化だけだと言うならば、
その変化は例えばどういったもの?好ましい変化?好ましくない変化?

それと、「今」はあなたにとって、「近代」それとも「現代」?

233 :吾輩は名無しである:2005/12/09(金) 18:26:38
村上龍、村上春樹、それクラスの作家が十人もいたなら、
文学衰退論なんて初めから出てこなかった。

文学衰退論は、誰かが言ってる空論さ。だから実体が見えない。


234 :◆7sqafLs07s :2005/12/09(金) 21:12:57
>>229

絵だって点だし音だって符の集合ですよ、そういう言い方をするなら。
貴方の言い方には大切な部分が欠けているんです。
何処かで仕入れた結論が先にあって、そのために話を急ぐからそうなるんです。
自分自身の価値判断を厳密におこなわないから
つまり自分の頭で検証しないから、そうなるんですよ。

是非、答えてください。

何故「音楽や映像は、もちろんそれ固有の限界を持ちますが、
文学に出来ること以上の
守備範囲は持っているのではないかと」言えるんですか?

この場合、守備範囲とはそもそもなんですか。


235 :◆7sqafLs07s :2005/12/09(金) 21:16:26
>>230

そんな反応も結局、権威主義の表れに過ぎない。

>>232

変化に好ましいも好ましくないも無いですよ。
好ましいものも好ましくないものも同時に変化するのだから。
等価です。僕にとっては。

近代か現代か、という問いかけは正に「近代」というような
歴史的レッテルのいい加減さを如実に示していますよね。
たとえば200年後の人々にとって近代とはいつのことを指すのでしょうか。

だから「(近代)文学は終わった」なんて言い方は
たとえば江戸時代は終わった、というような言い方よりも更にずっと曖昧かつ
詐欺めいた表現だなあと思うわけなんですよ。

236 :吾輩は名無しである:2005/12/09(金) 22:36:22
>>234
多分に思い込みがあるというのはわかっています。
何故言えるかといえば正確に答えられるとは思えないというのもあります。

例えば音楽においてなら、無調というしばしば前衛的と呼ばれる音楽があって、その
無調が演奏される場合には、技術ある人間と技術ない人間では明確に差がでるわけですよね。
つまり音楽は無茶苦茶ならいいというわけではないにせよ、現実に無茶苦茶に近い音楽が
技術を背景に成立しうるフリークさがある。
しかし文意が成立しないような無茶苦茶な言葉の羅列は、単なる無茶苦茶でしかないのであって、成立しようがない。
前衛を気取るにしても(僕は小説に詳しくないのですが)例えばアランロブグリエの小説くらいが限界なのではないか、
と思うのです。もっと解体するのは可能だと思いますが、それでも、果たして批評家がいなくとも誰もが
わかるほどに解体するというのは可能なのか。絵画なら抽象画が、映画もそこまで露骨なのは不可能でも、映像が
前衛的な試みはいくらでも出来るのではないかという気がします。

237 :吾輩は名無しである:2005/12/09(金) 22:42:13
とりあえず>>236が現代音楽も、フリージャズも聴かないのは良く判った。
自分の知らない事を例として上げるのは、説得力に欠けるよ。


238 :吾輩は名無しである:2005/12/09(金) 22:48:21
更に言えば、難解という意味が、文学では直観的なものではないという敷居の高さも感じます。
洋楽や映画ではそれほどに言語の差の問題が出てくることはないと思いますし、言語なしでも
成り立ちえますし、難解という言葉にしても、構築主義的な意味であって、アカデミズム的なものではない。
でも文学がどこかでアカデミズムな意味を担っている限り、難解の意味がそもそも違うように思う。
アカデミズムな知識なく、ジョイスやらボルヘスやらを楽しめるのでしょうか。
そうでなくとも、文章のニュアンスや知識の差は、様々な場面で立ち現れることになるように思います。

239 :吾輩は名無しである:2005/12/09(金) 22:51:49
>>237
もちろんオーネットコールマンだとかアルバートアイラーだとかが、単なる無茶苦茶という
形容に対応することはありえないと思います。
ですけど(もしかしたらそんなもの下らないというかもしれませんが)ノイズや、一部のフリージャズなどでは
普通に聴く限り無茶苦茶としか形容しえない音楽はあると思います。
デレクベイリーのギターは解体されつくされて何がなにやら、少なくとも僕にはわかりません。
音楽理論とかでは何かしら説明できるのかもわかりませんが、少なくとも素朴な音楽論を超えた部分で
何かが出来るという可能性を示しているような気がします。

240 :◆7sqafLs07s :2005/12/09(金) 23:38:52
>>236
シェーンベルクは、無茶苦茶をやろうとしたのではなくて
調法に従った音楽というもののいわば「西洋文化的」な限界から
音楽そのものを解放しようとしただけだと思います。
実際、それまでの西洋音楽の常識を重くみれば
調法による音楽というのは絶対的だったわけだけど
民族音楽その他を聴けばわかるように音楽というのは必ずしも
調法に依らないで豊かに存在しうるわけですからね。

だからこれも文学における「西洋的なもの」(カトリック的なもの)
からの脱却と同じような運動の一つなのであって
(シェーンベルクはユダヤ人だし)
音楽の独自性もしくは文学以上の可能性を示しているとは思えません。

大体、音楽においては前衛的なものを例示していながら文学については
「誰もがわかるほどに」というのを前提にするのはおかしくないですか?
無調音楽というのは、多分はじまった当初、
西洋の調法による普通の音楽を聴きなれた多くの人たちにとって
それほど愉快なものではなかったはずですよ。

それに前衛的に成りうるから可能性があるというわけではないでしょう。
「前衛的」と称するものが既成の凝り固まった文化に対して目に見える成果を示さないなら、
それはただの「滅茶苦茶」に過ぎないわけです。シュールレアリスム文芸全盛の頃、
空白のページが続く「小説」が出版されたこともあるとか聞きます。
音楽の世界では同世代と言っていいでしょうがジョン・ケージによって
「4:33」という曲が生まれます。まあこの呼び名は正確じゃありませんが。
つまり文学も音楽もそれぞれの領域で似たようなことをやっているとしか
僕には思えないのですが。実際に見える範囲ではそうとしか言いようがありません。

241 :◆7sqafLs07s :2005/12/09(金) 23:51:27
>>238
文学は言語による表現だから、当然、言語の壁はあります。
同様に、音楽は音による表現だから、当然、「音の壁」はあります。
たとえば文学は、音の聴けない人にでも読まれますが
音楽だとそうはいきません。
それぞれの表現形態が持つ「壁」の性質が違うだけです。

映画に関しても、たとえばゴダールは
「書くことが苦痛だ」と宣言し、彼のシナリオは
わずかな言葉と主たる写真のコラボで出来上がっていたりしたようですが、
クロード・ミレールおよびリュック・ベローは
そのゴダールとの対談の中で
「僕達は綿密に書くことから始めないと仕事が出来ない」
と答えています。この両者(ゴダールVS二人)の対談は
映画という表現の多様性を表してはいますが
映画というジャンルが文学というジャンルより上だったり下だったりしないことの
証明にもなっていると思います。
ゴダールは文字だけではなく「写真」というものを使うが、
ミレールとベローは主に文字だけで映像の原像を構築する、
というわけです。そして双方とも映画なんです。

ジョイスはともかく、ボルヘスは多分、僕達にとって難解でも
彼と同じようなバックボーンを持つ人々にとっては
僕達が感じるように難解ではないんじゃないかと思います。

242 :吾輩は名無しである:2005/12/10(土) 01:35:30
>>240-241
とてもわかりやすいレスで嬉しいです。

白紙が続く小説というのは初めて聴きましたが、それほどポピュラーな表現でしょうか。
勿論前衛音楽がポピュラーというのはおかしな感じがしますが、それこそケージのような
有名な人で、これほど異常な表現がありえるというのは懐の広さを感じます。
もちろん前衛ならいいわけではないし、各ジャンルで固有の事情もあれば、ジャンルによって
の表現の差異は簡単に等価の問題ではないというのはわかります。
そういったレベルでなくとも、メロディー・リズム・楽器の種類という、非常に明確な違いがある。

思うのは、直観的な差なんだと思うんです。
文章は積み重ねないと他との差が明確に出ることは無い事実はどうしようもないと思うんです。
ジャズとメタルを聴き間違える人間は普通いませんが、詩と小説でさえ下手すると読み間違える可能性が
あるのではないでしょうか。
音楽だとフレーズだけでも誰の演奏かわかる人もいますが、文章だとそういうことはめったにない。
マンガなどなら、シロウトでさえ誰の絵柄かわかってしまう。
そういう意味で、文章が他の表現と比べ、曖昧でとらえどころがないというのは誰しもが感じるところ
なんじゃないでしょうか。

最終的に、総合的な意味で、芸術性が富む富まないというのにどう差があるかはわかりませんが、
文章は過度に情報量が少ないという気がします。
なぜなら、曖昧さを許さない、例えば音楽ならば実際の演奏ではなくて楽譜の状態にしてしまうからです。
そう考えるとき、はたして小説にしかできないことって何だろうかと考えますが、知識のない
自分にはよくわかりません。
そういう、直観的な意味で、経験的な意味で、文学に情報量の少なさを感じます。

243 :吾輩は名無しである:2005/12/10(土) 02:01:42
>たとえば文学は、音の聴けない人にでも読まれますが
>音楽だとそうはいきません。

これはちょっと無意味だと思うのですが。
そういうレベルではなくて、文章だと確実に何かを前提にしてる場合が多くあり、
翻訳では味わえないとか、そういうものがむしろ本質として語られることも多いわけですよね。
さらにいえば、ボルヘスならばボルヘスのバックボーンがなければ理解に苦しむこともある。

でも音楽や絵画だとそういう例が少ないように思います。
もちろん絵画なら描いた題材によって特殊な意味があったり、音楽なら音楽理論を理解して無いと
わからない部分もあったりするとは思いますが、少なくとも文学ほど多い事例のようにも思わないし、
本質を損なう議論でもないように思うんです。
というか、むしろ作者はそういうことを避けようとしてる人も多いんじゃないでしょうか。

244 :吾輩は名無しである:2005/12/10(土) 02:03:58
俺は音楽も絵画も分からん

245 :吾輩は名無しである:2005/12/10(土) 02:05:32
文学の情報量が少ない?
パソコンと同じ頭の使い方してどうする。
文学は意味の洪水だと思うよ。
手始めに、作者の意図を追いながら読んでみなよ。

246 :吾輩は名無しである:2005/12/10(土) 02:31:39
>>245
本気でそう確信していたらそもそも小説を読みませんよ。
ただ、音楽や絵画や映画が実践と結びついてるという状況は重いと思うんです。
小説家は劇はかくことあっても、劇を演じたりはしませんから。
そういうデータ化不可能な直観性が含んでるという上で、情報量に負の側面があるように思う。
昔は朗読会とかしてたらしいですけど、少なくとも小説と朗読会が密接に結びついてる時代でも
ないでしょう。
なんだか柳田邦夫みたいなこと言ってる感じがしますが、、、
それを補おうとした文学の試みは、だけど文学固有のものでしょうか?
それが気に掛かるのです。

作者の意図を追いながらといっても、それは音楽だろうが絵だろうが映画だろうが、そういう視点は
絶対に必要なはずです。
小説だけがもつ、固有の情報基盤ってあるのでしょうか?

247 :吾輩は名無しである:2005/12/10(土) 02:52:53
>作者の意図を追いながらといっても、それは音楽だろうが絵だろうが映画だろうが、そういう視点は
>絶対に必要なはずです。

その思考がパソコンなんだよ。
絵画・音楽を鑑賞する場合、どこまで作者の意図を追える?
一つの線、一つの音がどのような思想のもとに提出されたか、
そういうレベルで分析することは専門家じゃなきゃ無理だろう。

248 :吾輩は名無しである:2005/12/10(土) 03:08:21
文学的洗練という意味では小説というものは最も退化した表現であると思う。
それつまり小説が他の文学表現よりわかりやすいということ。



249 :吾輩は名無しである:2005/12/10(土) 06:32:08
「文学」それ自体が客観的な実在物として存在しているわけではない。
「文学」は「文学」に関する個々のディスクールの集合表象としてしか存在しえない。
客観的な実在物としては個々の文学的テクストしかない。
(ここで言う「文学的テクスト」には、詩、小説、戯曲、評論、随筆、書評、講義、講演、対談、インタビュー、文学掲示板などを含む)
そこに様々な意味が読み取られ、解釈が与えられることで、それらが文学的ディスクールとして産出されるにすぎない。
換言すれば、「文学」は単に「形式」であって、それに「意味」を与えるのは社会的・歴史的文脈でしかない。
だから、「文学が衰退している」というのも文学的ディスクールの一種でしかない。
そもそも、「文学が衰退している」という言表自体が厳密ではない。
それは、いわば、「カテゴリーの錯誤」による「偽の命題」にすぎない。
売上部数や読者人口の減少が問題なのではない。
作家の質や読者の質の低下が問題なのではない。
漫画や映画やインターネットなどの他のメディアの膨張が問題なのではない。
これらは単に表層的な現象であり相対的な変化でしかない。
どの時点を基準にして比較するかによって、何とでも解釈できる不確実な事例にすぎない。
それでも、もし、今日、あえて「衰退している」と言うのならば、
「文学」それ自体が衰退していると言うよりも、むしろ、
「文学」を「文学」たらしめるディスクールの空間が衰退していると言うべきだろう。
少なくとも形式的には今後も各種の「文学賞」の選考や「文芸誌」の刊行は継続されるだろうし、
新しい「小説家」が登場して、新しい「小説」が生産されるだろう。
しかし、その新しい「小説」を「文学」と見なすかどうかという観点は、
その「小説」自体にあると言うよりも、むしろ、
その「小説」が依存する社会的・歴史的文脈によってもたらされると言うべきだろう。

250 :関場:2005/12/10(土) 07:18:57
>>229

いやいや
文学や文字芸術の力は、映像や音楽の比ではありませんよ

文学には文明を作り出す力があるのです
『聖書』『コーラン』『四書五経』『源氏物語』などはまさに文明を作り出してきました

そして現在の国際情勢を見ても、アメリカとイスラムの争い、日本と中国の軋轢
それはある意味これらの“本”が背後にあると言ってもいいのです

251 :吾輩は名無しである:2005/12/10(土) 07:43:24
>>フーコー好き。
回りがきめる。

んで?

252 :吾輩は名無しである:2005/12/10(土) 07:44:32
>>
249が抜けた


253 :吾輩は名無しである:2005/12/10(土) 10:34:55
>>249
オォ〜!今までで一番ピタリとするカキコだ。

しかし、文学の衰退ってのは確かに曖昧なスレタイだけど、何か人をしてそれにまったくの無関心ではいられないものを含んではないだろうか?

文学の衰退って言葉を聞いた時に、何かしらの危機感を感じないだろうか?
言葉にそれなりの関わりを持つものとして、そこに何の危機感をも感じない人は、
例えばどんな事に危機感を今、持っているのだろうか?

アナログ思考とデジタル思考なんて一昔前の言葉だか、ITの発達は人間の思考様式に大きな変化をもたらしているけど、
それを良きものとしてであれ悪しきものとしてであれ、あなたはどう見るの?
何かディスクールの変容をもたらしているの?

問うてばかりで悪いけど、是非そういった事について聞かせて欲しい。

254 :吾輩は名無しである:2005/12/10(土) 18:20:46
文学の衰退の原因は売上部数や作家の質の低下にはっきりと現れている。
だが文学者、文学の革命家、文芸評論家達は、それ以外の無関係な理屈を見つけ、
やたらめったら意味不明の言論を繰り広げ、煙に巻くような発言を繰り広げる。
そして本当の理由を隠そうとする。文学の衰退とは、それにあるのでしょう。

しつこいようだが、あえて書かせて貰う。
しかも、これを読む限りでは誰も反省の色が無い。
文学の衰退はこれからも続くのだ。間違いない。

255 :◆7sqafLs07s :2005/12/10(土) 19:22:04
>>242
文学にも異端というのはありますし前衛もありますよね。
前衛に限れば、確かに「有名な人」がやっていることは少ないけれど
それは懐の狭さというより、言葉というものの持つ意味性の問題だと思います。
言葉は音と違ってそれ自体が意味を持つものだから、表現としても
意味性からの乖離が難しく、それ故に「扱える領域」が逆に拘束されてしまう。
反対側から考えれば、音というものはそれ自体では意味を持たないから
まとまって初めて表現可能になる。ピアノの鍵盤一つだけ叩いても
それは芸術表現としての「音楽」にはなりません。
17回叩いても、ほとんどならないでしょう。しかし文学には例外があります。
日本には俳句というものがあります。
たった17文字。「単語」というものを軸に考えればおおよそ10前後の言葉だけで
成立する文学です。これは今では世界にも広がっていて、
それぞれの国の言葉で日々新しい表現が生じていますね。

詩と小説の区別がつかない、区別の仕方がわからない人間がいるとすれば
ジャズとメタルを聞き間違える人間だっているとしか言い様がありません。
演歌と民謡しか聴いたことの無い老人にジャズを聴かせて
「これはジャズ?メタル?」と聞いたら「わかんねえ」と答えるでしょう。

文章には概ね文体というものがあって、それぞれが愛読している作家なら
表題や作者名を読まずともその作者に思い至れる、ということはあると思います。
だから貴方の書いている、漫画などとの比較における「曖昧さ」というものには
全く同意できません。それは貴方の主観でしょう。

情報量というより、文学が喚起しようとする想像力は相互作用を期待するものであって
確かにヴィジュアル的ではないし、だから「情報過多」な世界でレセプターとして生きている
多くの人間にとってそこから何かを読み取るのは苦痛なのかもしれません。
しかし自らの感受性を磨き、また想像することを楽しむ人々にとって
文学というジャンルは唯一無比なものなのです。
多くのミュージシャンや建築家や画家が、未だに文学を愛好しているのも
その「喚起力」が自己表現に寄与するものの大きさを知っているからだと思います。

256 :◆7sqafLs07s :2005/12/10(土) 19:33:47
>>243
日本語をわからない人にとっての日本文学、と
音を聴けない人にとっての音楽、との間に、差別的観点を持込まずに
差異を設けることは不可能だと思うんですが。

表現というものは本来すべての人に向かって開かれているもので
それを受け取れない状況があるのならそれは全部そのジャンルの弱点でしょう。

たとえば上に出ていたメタルなりジャズの話をしてみてもいいんですが
普段ロックとかポップしか聴かない人にとってはジャズというのは眠い音楽です。
どんな名盤も子守唄のようなものです。実際、そういう人は沢山いるでしょう。
逆に、ヒールミュージック、のようなものを好む人にとって
メタルなんてただの騒音公害です。場合によっては隣人トラブルに発展しますよね。
そもそも音楽なんか聴かないよ、という人もいます。

僕が貴方の言い方に問題を感じるのは、
音楽同様、文学にも幅広いカテゴリがあって、とても一口で語れないものなのに、
ちょっと大雑把すぎないか、という部分ですね。
何にせよ主観が多くまた具体例の提示が極端に少ない、という部分でもあります。
「少ないように思います」ではなく「少ない」ことを示して欲しいものです。
そのようにきちんと立論されない限り、反論もし難いので。

多分、貴方は「そう」なんでしょう。そう直観するのでしょう。
しかしその感じ方は議論において未だに現実的な具体性を持たないので
今のところ特殊なサンプルであって(これからその域を脱する可能性があるにせよ)
「文学の衰退」などという一般化可能な事実認定からは程遠いものだと書かざるを得ません。

257 :◆7sqafLs07s :2005/12/10(土) 19:39:23
>>246

今、朗読会のようなものって多分戦後なかったほど多く、
また幅広くおこなわれていると思うんですけどね。
クラブみたいなところでイベントしてることもあるし。

それに「実践」って言葉の使い方にちょっと疑問がありますね。
ライブじゃなきゃ実践とは言えないんでしょうか?

258 :◆7sqafLs07s :2005/12/10(土) 19:44:50
>>254

はっきり現れている、割には具体的な例示が出来ないんだよね、いつも。

259 :吾輩は名無しである:2005/12/10(土) 20:06:56
>>255-256
厳密に問われると非常に答えづらいです。主観的だというのは十分に自覚しています。

ですが主観的といわれても「じゃぁ文学固有の表現基盤って何?」といわれて明確に答えられるのでしょうか?

僕は文学の言葉の「意味」のレベルは、鍵盤の一音と等価だと考えます。
文学が言わんとする根源的なレベル(例えば近代日本文学の個人主義の達成とか、アランロブグリエの小説の
物語の否定とか)のようなイデオロギーではなく、例えば「彼は手を上げた」とか、そういった素朴な一文の意味、
これは鍵盤の一音と等価ではないでしょうか?
その一文や一音は別に総体の中では「絶対」必要ではないかもしれないし、変えることもその気になれば可能かもしれない
けれど、しかし描かれた総体の一部という意味では重要な位置を占める意味で、等価のように思う。
だからこそ、ビジュアル的な意味以前の「文字」レベルの前衛といえるような表現は文学としてはほとんど無意味だと思うんです。

しかし思うのですが、音楽の音は芸術のために捏造されるのに比べ、意味は日常性に縛られてます。
Cさんの仰る拘束はそういうことだと思います。
ピアノの音とチェロの音は奏でた瞬間から情報として差異があるのに比べ、意味はそういった変換可能性が
ありえません。意味を変化させるためにはその前に意味の伏線が必要になる。
でもそれなら映画や漫画だって同じことができる。むしろ、映画や漫画なら同時に音楽のような変化も伴う
ことが出来るように思えます。

>演歌と民謡しか聴いたことの無い老人にジャズを聴かせて
>「これはジャズ?メタル?」と聞いたら「わかんねえ」と答えるでしょう。
これは僕の想定とちょっと違います。
ジャズとメタルをある程度知っている人が対象にし、です。
勿論、詩と小説を知ってる人に対して、でもあります。
さきほどの「彼は手を上げた」と一文載せても、詩にもなりうるし小説にもなりうる。
そもそも詩と小説という呼称自体が不必要だといえばそうですが、情報としてそのイチチアシブが
ないというのが僕には非常に気になります。

「やれやれ」のような非常に有名な口癖や、町田のようなあからさまな文体はともかく、ほんとうに
文体という曖昧な概念でそれほどあてられることは可能でしょうか。

260 :吾輩は名無しである:2005/12/10(土) 20:17:33
>しかし自らの感受性を磨き、また想像することを楽しむ人々にとって
>文学というジャンルは唯一無比なものなのです。
>多くのミュージシャンや建築家や画家が、未だに文学を愛好しているのも
>その「喚起力」が自己表現に寄与するものの大きさを知っているからだと思います。

この部分に関しては、歴史的に、文学が芸術のイニチアシブを握り続けた惰性だと思うんです。
絶対そうだとは言いません。でもそうじゃないという確信が持てません。
結局程度問題として、文学は意味を細かくすばやく積み重ねられるということだけなんじゃないかと思います。

そもそも、小説なら小説でいいですが、映画や漫画や音楽なら視点に収まらないものを描くことが出来るのに対し、
小説は描いたものすべてを視点の中に収めるように強制します。
小説ではそういう視点の強制がある限り、読者に支障を与えるようなことはできないはずです。
でも瞬間の直観に多くを詰め込められる他の表現はそういった支障を避けることもできるはずです。
そういった意味でも情報の差を感じます。

261 :吾輩は名無しである:2005/12/10(土) 20:35:23
>>256
確かに差異を設けるのは主観的かもしれませんが、ここではとりあえず同じ環境を
有する場合の、というかその表現が相手にできる対象の大きさです。
音楽は国境を越えるという言葉は有名だと思いますが、事実そういう側面は大きい。
でもボルヘスならボルヘスで、難解といわれて読みにくい。
言語の問題もある。知識の問題もある。
障害ならば(正確な障害者の比率はしりませんが)数には大差ないでしょうし。

ここで僕は一般的に有名な小説を文学として語ってます。自覚もあります。
けど、現在文学といわれて皆が思い浮かぶのはなんだかんだで小説じゃないでしょうか。
もし、詩ならば違うとか、そういった提言があるのなら僕も見直さなければならないとは
思うんですが、現在は仰るようにそういった直観で悩んでいます。
僕自身、本は好きですが、文学の衰退という視点が出てくるのは必然なのではないかという
気がしています。

262 :関場:2005/12/11(日) 14:20:06
>>257

C ◆7sqafLs07s さんへ

ちょっと質問させてもらいますが
「朗読会」なるものは、今そんなに盛んなのですか?

それは詩や小説の朗読会なのですか
それともフジテレビのアナウンサーがよくやっているような劇形式のものなのですか

またどうすればそのような朗読会に参加できますか

どうか教えてください

263 :吾輩は名無しである:2005/12/12(月) 19:48:03
難解な文学が書かれていた当時は読者にもそれを受け入れるだけの教養なり
時代背景といったものが下地としてあったから、作家をそれらを当て込んだ
うえで書くことが出来たわけでしょう。でもいまはそういう事前になんらかの
ウケを当て込んで書くっていう方法は難しいでしょ。ニーチェすら理解できてない
ひとがほとんどのこの時代に言葉それ自体に意識的な書き方は正直ウケない。
もちろんオモシロ可笑しく阿部和重的に書けば書けるわけだが、そこにはもう
醒めた笑いしか生まれないでしょう。それでも本気で書くのであれば、おかしな
感情移入に頼らず、一人で書いて市場に流せばいい。ウケるかどうかなんて作家の
判断することじゃない。webで書いたっていいんだしね。

264 :吾輩は名無しである:2005/12/12(月) 19:51:26
はっきり言うけど、きみたちは資本主義に対する理解が
足りない。そんな不安定なおつむで何考えても結局は
現実に裏切られるだけの堂々巡りを繰り返すだけでしょ。
他人をアテにして何かをしようとすること自体間違ってませかね。
何を期待してるんだかw

265 :吾輩は名無しである:2005/12/12(月) 21:42:34
ベケット読んで面白いと思えるひとはそういないでしょう。
ベケットの世界観を肯定できる人間に成るということは、
キチガイになるみたいなことだし、それ自体読者に言葉の停止
の体験がなければ、了解不可能なことでしょ。
金にならないものは廃れていくのが宿命。

266 :吾輩は名無しである:2005/12/13(火) 03:02:56
サブカルチャーという言葉がある。ではメインカルチャーとはなにか?
小説はながらくメインカルチャーであった。しかし今、メインカルチャーは漫画である。
サブがメインになったことを文学の衰退というならばそれはエセ教養主義であり、単なる俗物根性ではないか?


267 :吾輩は名無しである:2005/12/14(水) 08:46:56
他の何かとの比較によって、ひとつのものが明確になるって事は確かだが、
これまでのところ、他のジャンルとの比較によっては、文学の限界や可能性、また衰退という事については何ら明確にはなっていないと思われる。
詰まらん例えで申し訳無いが、
プロ野球の衰退ってのをもしも論ずるに、サッカーや大相撲について論じても仕方あるまい。

文学の衰退ってのは、別の言葉で言えば、「人間の変化」であり「言葉の変質」であり
前に誰かが書いた様に、「文学を文学たらしめているディスクールの空間の変質」なんだと思う。
それを「エピステーメ」と言おうが「パラダイム」と言おうが「風景」と言おうが同じ事だが、
例えば、戦前と戦後、そしてここ三十年くらいの時代では、(継続的なものもあるが)、明らかに断絶的な変化がある。
明らかに「知の布置」みたいなものが変わっている。それを良しとするのか悪しとするのかは人それぞれだろうが、
最低限その変化については論及しなければいけないと思う。
その変化を正負で見たら変わらないなどと言うのは、
単なる現状肯定であり、問題意識の欠如の様に思われる。
「文学の衰退」、それは「言葉」が力を失っていく過程に思える。しかし、そ

268 :関場:2005/12/15(木) 06:54:24
大江のスレッドでこういう記事に出くわしました

「大江健三郎賞」創設
自ら選考 賞金なし 翻訳出版
 
講談社は4日、新たな文学賞「大江健三郎賞」の創設を発表した。
選考委員はノーベル賞作家・大江健三郎さん(70)1人
選考対象は小説を中心とした文学作品全般。毎年刊行される単行本の中から1作を選び、賞金はないが、英語などに翻訳、出版し、世界に発信していく。

 大江さんは「幸田露伴、鴎外、漱石……かつて日本人には思い出の土台になる文学の言葉があった。それを社会の中に取り戻したい」と記者会見で抱負を語った。

 講談社創業100周年と大江さんの作家生活50年を機に設立され、第1回受賞作は2007年5月に発表される
現役の作家の賞は珍しいが、「老人の愚行と承知の上で引き受けた。
ノーベル賞作家という記号を最大限に活用して、純文学の復興に力を尽くしたい」と意気軒高に語った。




269 :関場:2005/12/15(木) 07:00:45
まさに「何を言うか」(ガンダムのブライト的に。なつかしい〜)ですね

文学をダメにしてきたのはおまえだろう
それなのにいけしゃあしゃあと

それにまた「賞」か
この「賞」制度も戦後の日本文学をひどく堕落させてきたものだったが
それを復興させたがっている

まったくどうしようもない奴だ
早いとこ打ち倒してやらなければ!

270 :◆7sqafLs07s :2005/12/15(木) 07:59:11
>>259
レスが遅れました。すみません。

文学固有の表現基盤は「書かれる言葉」です。当然ながら。

言葉というか単語や文章レベルの「意味」が一音と等価ということは無いと思います。
何故なら書かれる言葉である文学の言葉にも通常「音」はあるからです。
書かれる言葉を、音として読むことも可能だからです。

だからといって音楽より文学のほうが上位概念だとは思いませんが、
書かれる言葉による表現としての文学がもう一つ深みを持っているとすれば、
現在の文学が多少置き去りにしようとしている「発声される表現」としての文学の側面だと思います。
そしてこのスタイルは今でも詩や演劇の中で生き延びています。
問題があるとすれば、現在の「文学」の状況において小説が孤立しがちで、
詩や演劇の成果を汲み取ろうとしないことにあるかもしれません。
ただ、良い小説はやはり良いリズムを持っていることが多く、
それは音読してみるとよくわかります。
前衛的と言われる(しかし文学的価値が認められている)作品ほど
「書かれた言葉」としてよりも「発声される表現」として機能することが多いように思います。
それこそジョイスなどを英文で音読してみてください。

音が芸術のために捏造されるなんてありえないでしょう。
人間の声だって楽器だって機械音だって日常性の産物ですよ。
意味とか概念が日常性に縛られていると言えるなら
音だって同じです。芝居で発声練習してるとそのへん実感できますよ。

271 :吾輩は名無しである:2005/12/15(木) 08:01:57
>>268-269はマルチポストです。

http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1131357807/476

放置をお願いします。

272 :◆7sqafLs07s :2005/12/15(木) 08:07:22
>>259
続き

言葉の意味には貴方の言う「変換可能性」だってあります。
それを知っていた古い日本人たちは
たとえば「かけ言葉」という遊び方を知っていたし、
現在ではラップミュージックが
それを継承しているように、西洋にも韻を踏む、というスタイルはありました。
これも「言葉の発声的側面」に機軸を置いた遊びですね。
表音の世界だけではなく、表意の世界でも、
たとえば中国では漢字を部首ごとに分解して意味を変える遊びがありました。
三国志の時代「蜀」という国がありましたが、
これを「呉」の文官がからかって「せむし男の腹中に虫がいる」などと揶揄した話があります。
表音だけではなく表意の世界でも、このような知的な遊戯はあったわけです。
それこそ卑弥呼の時代から。

意味の伏線などなくても言葉そのもので遊べるわけです。
野田秀樹という劇作家はこの言葉の変換に大きな関心があって、
彼の芝居にはよく駄洒落が出てきますね。

作品全体ではなく言葉の一部分だけを見たときに
それが詩にも成り得るし小説にも成り得る、というのは実は意味がありません。
音楽のほうに立ち返ってみれば
ピアノの一音を聴いたところでそれがピアノを使うロックなのか
クラシックなのかジャズなのかは不明です。
貴方風に言えば「クラシックにもロックにもジャズにも成り得る」わけです。

文体は、あります。そしてこの文体というやつも
表音としての言葉とともに現代「新しいとされている」文学的な思想系統から
多少のけものにされている概念ではありますね。

273 :◆7sqafLs07s :2005/12/15(木) 08:17:49
>>260

文学が芸術のイニシアチブを握り続けた、って本当ですか?
僕はたとえばキリスト教文化においては集団創作的な(広い意味での)絵画、
ローマにおいては彫刻のような具体的な美術が強かったと思うし
ギリシアなら詩や演劇、
そして時代を通じていつも音楽が優勢だったんじゃないかと思うんですが。
日本でも文学が個人の表現として成立するのは「歌・句・詩」を除けば
江戸時代だろうと思うし、ご存知のように「歌・句・詩」は
書き物としてより読み物、それも歌会などでリアルタイムに詠む文化が中心だったわけです。
書き物としてのそれは記録的な意味合い、もしくは公的な意味合いが強かった。
逆にラブレターなどの個人的な意味を持っていたり。
ともかく今のような不特定多数の他者に向けた表現とは違うものが多かったわけです。
狩野派などの絵画や信長が愛した舞、
そして今では「伝統芸能」と言われるような能や歌舞伎、
これらは現代的な表現の意味合いを強く持っていたけれど……

それとよくわからないんですが、
「映画や漫画や音楽なら視点に収まらないものを描くことが出来る」
というのはたとえば具体的にどのようなことですか?


274 :◆7sqafLs07s :2005/12/15(木) 08:19:51
>>261

音楽が国境を越えるのと同じくらいには文学も国境を越えていると思うんですけどね。
これはなんというか慣用句の慣用句的悪なんですよ、いわば。

なんとなくみんなそれが正しいと思っているけど
実際に検証してみると意外とそうでもないという。

文学の衰退なんていう慣用句も同じなんですけど。



275 :◆7sqafLs07s :2005/12/15(木) 08:22:07
>>262

詩のボクシング、というのは有名だし、
これを模倣したような大会はそれこそ日本中で毎週のようにやっていますよ。
公民館の類に行けばもう少しローカルかつおとなしめの
「詩吟の会」などといったサークルがあって
そういう企画のポスターは必ずと言っていいほど貼ってあるし
一部のクラブでは「詩人VSラッパー」などのイベントもやっています。
興味があるならネット検索してみたらどうですか。

276 :◆7sqafLs07s :2005/12/15(木) 08:27:10
>>265

いや、ベケットなんてそんな高尚なもんじゃないよ。
っつうか、自分の読んでるものを「高尚」に仕立てて
そういう形で「そんな高尚なものを読んでいる」自分自身を持ち上げようとする、
そういう生半可インテリのアホなポーズが
文学そのものより文学の周辺状況を衰退させているんだよ。

ベケットなんて、バスターキートンに憧れていて、
たとえば「ゴドー」なんかの理想的なキャスティングとして
キートンの名前を挙げているくらいなんだけど
なんかのパーティでキートンに話しかけたらあっさり無視されて
哀しそうだった、なんてエピソードが残っているよ。
実に間抜けじゃないか。

そんなんだから俺は好きなんだけどね。

当然、キートンはキートンで偉大な表現者だと思うし。

277 :平下流:2005/12/16(金) 01:54:11
>>265 >>276
芝居で見たら面白かったですよ。

278 :吾輩は名無しである:2005/12/16(金) 01:57:29

……ここは固定ハンドル達が自己顕示欲を満たす場なのですか。
そんなんだから文学板は衰頽するのです。

279 :吾輩は名無しである:2005/12/16(金) 02:49:33
羨ましいならキミもハンドル付ければいいだけ。

280 :吾輩は名無しである:2005/12/16(金) 05:13:36
Part13までにいっても、このスレのネタはつきない。このスレもまた文学であるならば
文学の衰退という現象は、このスレの存在を持って否定される。自己言及って奴か。

281 :吾輩は名無しである:2005/12/16(金) 10:22:12
>>278
自己顕示の何が悪い?
大体、不特定多数の人間の目に触れる様なとこにカキコをするって事自体がすでに一つの自己顕示であり、
君もそれは同じだよって事に気付きなさい。

それと、こういう板でのコテハンってのはそれなりにこだわりがあるんであって、
不特定多数の目に長々と自分の書いたものを晒すってのは、自分の馬鹿さ加減をも晒すって事だから、
それなりに気持ちが必要であって、書き逃げ書き棄てができなく
自身のカキコに責任を持つという意思の表れだって事もあるって事も知ってくれ。
一行レスだけの奴よりはるかにマシであって、文学の衰退なんてのは、
君みたいに何の主張もまともな文章にできないのに、人の揚げ足をとる様な一行レスしかしない奴が多い事をも指すんだよ。
頼むから、それなりに自分の意見をスレタイにそって書いてくれ。

>>279
誰も羨んでないよ。くだらん事書かずにスレタイにそったレスだけを書け
>>280
自己言及なんて何処で読んだか知らないけど、わかってのかな?
その問題にまつわる言説の量の多さだけで安心なのか?
問題は量より質だろうが。阿保か。

282 :吾輩は名無しである:2005/12/17(土) 00:04:54
>>281
文学について抱かれる幻影、文学への要求が今も実在しているという証明になる。ひとが文学に
価値があるという幻影を捨てない限り、文学は不滅。表現される前の欲望さえ感知できれば
表現の質如何は技術論の問題に還元し、文学への欲望の量を定量することができよう。
衰退=繁栄という評価軸もまた、量的な次元でなりたっていると考えて、別に問題はあるまい。

283 :吾輩は名無しである:2005/12/17(土) 09:01:13
オイ、オイ、マジかよ?>>282
それでいけば、優れた作家一人と下手くそな作家志望百人とでは、
下手くそ百人の存在の方が重みがあるって事にならないか?
この際、百歩譲って、仮に質の問題が技術の問題に還元できるとしてもいい。
じゃあ、言うところの技術は、文学にとってまったく問題にならない些事なのか?
昨今の作家の技術は、漱石や鴎外らと、芥川や太宰らと比して、何ら変わらないのか?
比す事自体が無意味なのか?
極端な話、今ここで問題となっているのはむしろ「技術」の問題なんだと言い切っても差し支えないよ。
何かを水で薄めた様な文学的なディスクールの蔓延、そこに何の技術がある?何の見るべき欲求や情熱がある?
量で考えるだけで可能なら、文学なんてもう要らない。
そして、文学が不必要となる時代がもし到来したとしたなら、そこにはもう人間はいない。

疑問に思うんだが、あなたは小説だとかを読んで楽しいのか?

人間は幻想を捨てられない。捨てたつもりがまた別の幻想を持つだけだろ。
文学への要求なんてものを証明しなくたっていいでしょ。そんなもの決して無くなりはしないんだから。

284 :吾輩は名無しである:2005/12/17(土) 11:59:38
>>283
技術があるってのは、結局のところ、文学においては読者を惹き付けるために必要なのだ。
芥川、漱石並みの技術をもった作家も現在いるかもしれないが、誰一人そいつ知らず、読まれる
ことが無ければ意味があるまい。逆に文学史に残る作家がみな教養あり技術的に優れた作家で
あるとばかりは限らんわけだ。ついでにいえば、文学における「技術」の存在というものも自明でない。
文学における「技術」とは何か。的確な描写、豊富な語彙、魅力的な人物造形etc…ひとまず
これらの要素をあげることはできるけれど。文学において技術的知識がすべてならば、評価についての
客観的基準が成立するはずだから、作家になる資格についてのペーパーテストを課すこともできるはずだ。
(文学賞自体がペーパーテストのようなものだという説もありうるが、他の分野における資格試験と
あれはだいぶことなる。) そういう客観的テストが存在しないということは、文学の評価は客観的
技術の問題に還元し得ないか、さもなくば技術的評価というものは文学において二次的なものであると
いうことだ。芥川賞をとった作家が、みな芥川なみの技術をもっているわけがないし、そうである
必要も無い。

>疑問に思うんだが、あなたは小説だとかを読んで楽しいのか?
楽しいときもあるし、つまらんときもあるぞ。つまらん時のほうが多いが…
そちらは小説は何を読んでも楽しいのか?

285 :関場:2005/12/18(日) 15:26:18
>>275

ありがとう
「詩のボクシング」ですか
面白そうですね

言葉と音楽のとの関係について興味があるようですが
人間の耳にする様々音の中で、一番重要な音は言葉の「音声」なんですよ

これほど人間にとって、痛切で切実で人生と生活に密着した音はないでしょう
赤ちゃんのときに母親から聞かされた「〜ちゃん」「〜ちゃん」という名前を呼ぶ言葉から始まって
友人との会話、職場でのやり取り、すべて「人間の世界」に関わるところにこの「音声」が鳴り響いているのです

外国に行ったときなど、どれだけ我々がこの「音声の海」の中に浸かっていたかが、よく分かるでしょう

この「音声」に比べると、音楽の音などは二の次かも知れません

286 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 18:03:31
>>284 いや、質が技術に還元できるってのはそちっちが言い始めだよ。
でもね、技術に関する客観的規準が無いのは当たり前でしょ。それは文学に限らず芸術一般全てがそうでしょ。
技術ってのは千差万別、数限りない恣意性があり、
「あの作家には技術がある」などと言う時、はっきりと目にする事ができる技術と、そうでない技術がある。
読み手を意識したものと、そうでないものがある。これらは技術と言うよりも、むしろ「文体」の問題なのだけど、
文体には読み手を意識して変える事が可能なものと、そうでないものがある。
「畢竟、すべては文体の問題だ」と言ったのが誰だったか忘れたけど、
「何を、どう表現するか」については、実際に表現されたものを見て判断するしかなく、
そこに、直接的には表現されなかったものを読み取る事さえも、まずはそれを見る事からでしかできない。
いわば、「内容」が「文体」を決めるのではなく、「文体」が「内容」を決めるのであり、
文体こそが内容だとさえ言える。
それは、技術と言っても形式と言っても同じでしょ。
実際に表現されたものが全てであって、それ以外に何がある?
表現する人とそれを望む人の多さは、別にその質の証明にならない

287 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 18:05:50
>>284
話を元に戻すと、
文学の衰退ってのがたんに気の迷いだと言うならそれでいい。
ならば、「文学の変化」と言う事についてはどうだろう?
衰退についてよりも、その変化についての方が興味深いのだけど。

例えば、ベストセラーってものにはたいがいロクなものがないけど、
それでも、十年前、三十年前と今では大分売れるものが違うだろう。
たんに、時代の違いって言う言葉では済ます事のできない違いが。

288 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 18:28:54
ベストセラーを批判する文学者は多いが、
文学作品の多くがそれ以下だと言うことは認めたがらない。
後は勝手に議論してよ。

289 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 19:43:57
ん!
>>288>>284か?
違うなら黙っとけ。
別にベストセラーについてじゃなくても、なんだっていいんだよ。
変化について聞いてんだよ。
単語だけにレスしやがって。文章を読め!

290 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 23:13:51
小難しいレスが多いが、
要するに昔は本しか楽しみが無かったが、
今は、漫画、TV、NET、映画、旅行等、娯楽が増えて、
クリエーターも読者も、そっちに流れた。
プラス少子化。老人は本を読まない。
で終了。

291 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 23:18:39
昔は行けないから紀行文や旅行記、などが読まれたが、
今は行けるものな。
それと、オオム事件て大きかった。
事実が小説を越えた。
本とにサリン巻いちゃッたんだぜ?
小説なんかぶっ飛んじゃったよ。

292 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 23:22:03
インターネットの普及も原因の一つになってきそうだ。
ネットはPCの電源入れればいつでも取り出せる知識の箱。
自然、一つのことに対する覚えよう、極めようという深さは足りなくなってくる気がする。

その代わり誰もが小器用で洗練されるようになった、今日この頃。
個人の時代、なんつって実は恐ろしいほど無個性だと思う。

293 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 23:22:42
いまはもう文学の落とし込み先が現実じゃないでしょ。
メタリアルな空間に落とし込んだほうが受ける時代ですよね。
でももうそれも飽きたから、ぼくとしては熱血バカ小説みたいな
ほうが読みたい。自分でかいてもいいけどね。


294 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 23:25:08
>>292
無個性的な、非人称的な、語り口がうけてるのもそういうことだよね。

295 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 23:31:09
吉田修一 長嶋有あたりが現代文学の象徴的存在なのかな。
押し付けがましい記述を廃して、シンプルな文体と巧妙に埋め込んだ隠喩を
用いて書く方法。

「空気を読む」
ってことに通ずると思うんだよね、これって。
生きるか死ぬかの、自分の存在の全てをかけて、という
悩みが現実的でなくなってる今、こういう方向に行かざるを得ない気がする。

それが感性的、文学的衰退なのかどうかは、俺にはわからない。

296 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 23:32:16
公務員の駄目振りを見てると、学歴、教養の無意味さも見えてきた。
国1トップでも結局、省益、天下りの事だけを考える。
なんか、頭の言い人=立派な人という考えも薄れてきた。
彰やナ〜ム〜の失敗を見ても左翼の「非現実ぶり」を見せただけだもんな〜。

297 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 23:33:28
事実がフィクションをこえたというなら

宅間はニーチェのニヒリズムをはるか凌駕しています。
嫉妬にかられた、
無教養で、人格面にも見るべき点が何もない
一人の男が超えたのです。

298 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 23:43:58
戦前の軍隊がスターっだたのが、敗戦でポシャッたように、
第2の敗戦バブル崩壊で、東大をトップとする官僚がポシャッた。
つまり文化系が駄目だと分かった。

今信じられるのは理科系。トヨタや青色LEDだね。
それもアネハ建築士が壊しつつあるか。w

299 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 23:47:04
>>297
これ書き込んだ奴の顔が透けて見えて、まじで吐き気がした。



300 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 23:55:27
今や文学はバナナである。
昔は凄かった、価値があったらしい。
所がメロンと言うライバルに破れ、
苺、キーウイ、パイナップル、ラフランスなどに敗れ、今や叩き売りである。
果物の種類が増えたのよ。

301 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 00:36:17
>>286
>でもね、技術に関する客観的規準が無いのは当たり前でしょ。
>それは文学に限らず芸術一般全てがそうでしょ。

技術というものは、普通客観的な基準というものがある。芸術はそうでないとこちらは
いいたいのだが、技術とは芸術であり、芸術は技術であるという命題をそちらは前提と
してるようだね。芸術が技術であるとしても、技術というものの総体のうちの部分集合で
あるから、芸術=技術は成り立たない。あたりまえのこっちゃね。文学というものは
芸術の部分であるとすると、文学が何故衰退しているかを明らかにするためには
芸術が何故衰退しているかを明らかにしないと無理のようだね、どうやら。まあ、芸術
一般の衰退を論ずる役割も、おそらく文学の任なんだろう。論ずる手段である言葉を
扱う芸術であるからな文学は。

302 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 00:36:35
で、芸術は技術であるという大命題をぶったてた後は、文学に特有の領域としての
「文体と内容」の問題にいくというわけね。しかし、「文体と内容」の問題が文学の
領域において恒真命題として通用するならば、その命題から「文学は衰退する」という
命題を導けるはずが無い。結局のところ、そちらさんのいうことは「文学の衰退」とは
無関係な冗語ということにしかならんな。

>>289
俺は284じゃないよ。

303 :◆7sqafLs07s :2005/12/19(月) 01:15:16
>>277

でしょ。大体、ベケットが難解だとか言ってる奴のほとんどは
芝居として演じられているのを見たこともなく
上演台本としての評価をしたことのない奴ばかりなんですよ。
だから本当の価値もわかってないんです。

>>285

音声、についてですが、違うと思います。

胎児は、生まれる前に既に聴覚を得ています。
そして母親の鼓動を聞いています。
人間にとって最も根源的な「音」は、
母親の刻むリズムです。
言葉ではありません。

>>290-292

こんな幼稚な話じゃ終了どころか始まってもいないよ。

304 :関場:2005/12/19(月) 07:33:51
>>303

なるほど
それがありましたね

母親の鼓動がリズムの根源ですか
たしかにそれはある



305 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 08:05:16
>>301
う〜ん。冗語か。
確かにそうかもしれない。こっちが曖昧なんだろう。
でも、すっきりしないなぁ。
命題なんて言葉を使わなくても語れる問題でしょ。
単純に、
「文学は衰退してるか?」って事に、「はい」か「いいえ」か「どちらでもない」って答えだけで、
こっちとしては、「はい」であり、そっちにとっては「いいえ」なんでしょ。
「いいえ」や「どちらでもない」ならそれは、それでいいんだ。そこから先は、人それぞれの価値観の違いだから、別の機会にやればいいと思ってる。
ただ、諸々のものが変化はしてるでしょ。初めから、それを問題にしたいんだよ、こちらは。
端的に言えば 、現在の情況はポストモダンかプレモダンか?って問題。

冗語で悪いけど、もうちょっと付きあってよ

306 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 11:27:45
ベケットとバフチンを出せば解決みたいだな。
290-291で終了だと思う。
野球がサッカーと言うライバルで危機だと言ってるのと同じ。
そして少子化。
老人が本を読めばいいのに、意外と読まないね。
老眼のせい?
老人文学と言うジャンルが有ってもいい気がする。

307 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 11:32:17
世界的に見れば衰退は未だ先でしょう。
NETの無い国も多い、本は唯一の娯楽だから。
アフリカやチベット文学に期待だね。

308 :◆7sqafLs07s :2005/12/19(月) 16:00:36
>野球がサッカーと言うライバルで危機だと言ってるのと同じ。

レベルが知れる表現ですね。随分とまあかわいらしい。


309 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 17:50:55
であんたの衰退する理由を3行ぐらいにまとめてよ。
もち高レベルでね。w

310 :◆7sqafLs07s :2005/12/19(月) 17:58:30
衰退する理由なんてあるはずがない。衰退なんかしてないんだから。
衰退衰退バカみたいにさも前提条件のように書いてるが
いったい何時と比較して衰退なんだ?
どうして衰退と言えるんだ?
何を基準に?

誰もそこらへんを説明できないまま
衰退衰退って宗教みたいなもんだ、おまえらのアホさ加減は。

311 :◆7sqafLs07s :2005/12/19(月) 18:02:35
大体なにが三行ぐらいに、だよ。
自分で正体ばらしてるだけじゃねえか。

文学なんてものをまともに読んだ事も無く、
よって三行以上の文章を精読する能力も無く、
そんな無教養かつ想像力の無い自分に対するコンプレックスを
文学を普通に読むような人間たちにぶつけているだけの

アホな猿、それがおまえだ。
衰退論者なんてのは大概こんな感じだな、感触的に。

少なくとも今の文学についてゆけない人種であることは間違いない。

檻の中からウンコ投げつけてないで勉強して人らしくなれ。
くだらん。

312 :◆7sqafLs07s :2005/12/19(月) 18:09:31
>ベケットとバフチンを出せば解決みたいだな。

〜を出せば解決だな、なんてポケモンじゃないんだよ。
お願いしますよ。

313 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 18:18:24
あのおれって言葉とか字でもすぐ変に変わって間違っておかしいって言われるんですけど、精神病かな?

314 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 18:21:57
>>313
ここでそれを訊くのは確かにビョーキかもね

315 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 22:23:47
古本屋で売れるのは漫画かエロ本ばかり、文学全集は投売り状態。
教養の喪失。話題作りのための若い女流の受賞。
フリーターの日常を描いただけのJ文学。左翼の迷走。
これらの状況を見て文学が衰退してるとは思わないのか?
逆にアニメ、漫画の盛隆を感じないのか?

316 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 22:25:20
マジョリティの動向になど興味なし

317 :◆7sqafLs07s :2005/12/19(月) 22:43:06
>>315

そんな認識が正しいとは全く思えないが、
正しかったとしても
それの何処が文学もしくはアニメや漫画という表現・作品の衰退もしくは隆盛なんだ?

ただバカが増えたというだけのことじゃないか。

文学の周辺状況が衰退しているだけだろ?

318 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 23:17:35
作品は状況から生まれるんだよ。


319 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 23:20:13
夷斎がそれ聞いたら怒るだろうな

320 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 23:25:25
街の古本屋が潰れて行ってる。大型店はマンガ屋。
二ーチェやショーペンハウエルが信じられてたベルエポックは遠い。
不確定性原理や不確実性定理で限界の証明。そしてゲーム理論。

文学が信じられてた時代は死んだ。

321 :◆7sqafLs07s :2005/12/19(月) 23:35:16
>>318

周囲のバカが幾らバカだろうと実作者の「状況」にはならないよ。

>>320

いや君が信じられなくなっただけだ。信じている人間は
今まさに文学をやっている。君の文学は衰退した。君の文学は死んだ。
ただそれだけのことだ。大勢に影響は無い。

322 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 23:36:32
何かを証明することが不可能である事が証明されてしまったのである。もう文字で何かを表現できるなどと言う牧歌的な時代は終わった。この衝撃は大きい。
我々に出来るのは、カオスの中で何時来るとも知らぬソリトン波を震えて待つのみである。

あるいは反西欧イスラム的ニヒリズムに逃避するか・・・。

323 :◆7sqafLs07s :2005/12/19(月) 23:38:17
>>322

バカボンのパパみたいな名文ですね。

324 :◆7sqafLs07s :2005/12/19(月) 23:47:06
結局あれだろ、衰退論者なんてのは

「僕には未評価の文学の価値がわかりません、
でもそれが自分の無能のせいだとは思えません、
だから文学は死んだということにしてください」

っていうのを虚飾したいだけなんでしょ?

過去にあって、既に評価されているものを
その評価のまま鵜呑みすることは可能だけど
価値の定まっていないものを自力で評価する
批評眼は持ち合わせていないから
全否定したくなるだけなんじゃないの。

だから文化史的に見た場合の
「ギリシアローマ」なんていう区分がいかに怪しいか、
なんてことは考えもせずに
ギリシアローマの文学、なんて馬鹿げた言い方を
してしまうわけだし、
床屋政談の文学版みたいなオヤジ臭さで
「あの頃はよかった」話を延々ループしてるわけだよね。
頷くだけの酔っ払い相手に
たいした分析も無い聞きかじっただけの知識を
さもオリジナルのように語ってるオヤジたちと同じでさ。

衰退してるのは「君達」の生え際だろう。おそらく。

325 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 23:51:26
君の文学は衰退した。君の文学は死んだ。

これはある意味正しい。
今、俺に有るのは、
写真の登場で写実主義の画家が廃れ、印象派や野獣派が生まれた様に、文学の限界が証明された後の文学に興味がアル。

326 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 23:57:42
完全に意味を持たない文学、理想を求めない文学、オブジェとしての文学。書くのはやはりアイルランド人か。

327 :吾輩は名無しである:2005/12/20(火) 00:04:39
俺の結論が出たので寝るわ。Cサン相手をしてくれて有難う。
お後がよろしい様で。

328 :吾輩は名無しである:2005/12/20(火) 07:37:05
>>324
の言う事は半分は正しいが、半分は誤っている。
君は正しく現在の文学を評価できているんだ?すこいね!たいしたもんだよ!
で、その評価の規準なり規範なりについて少しでも教えてもらえないだろうか?

それと、「〜は衰退している」の、〜に当てはまる適当なものを、なんでもいいから三つぐらい挙げてくれ。

329 :吾輩は名無しである:2005/12/20(火) 09:30:16
>>270
声が日常に縛られてるといっても、声は日常使用する音域を遥かに越えたものを使えます。
日常で使わない喉の使い方を、可能な限り平気でしています。
一体、ミュージカルのような高音域を高らかに歌い上げる会話などありうるでしょうか

330 :吾輩は名無しである:2005/12/20(火) 09:45:46
途中で送信してしまいました。

>>270
ところが、小説の会話は9割近くは、しようと思えばできるものが多い。
使用する単語も、読む人間が最低限読めることが前提なのですから、日常で使ったことも無いというような
言葉は使いようがないわけですよね。
「いや、普段使わない異化された言葉だって小説にはある」と仰るかもしれませんが、そのような例外を越えるほど
商業音楽の声は多くの場合エフェクトがけけてあります。コーラスやいわゆるハモリなんてのもある。
明らかに、文章よりは自由な振る舞いが可能なんです。
なぜなら、声のエフェクトや音域は日常と何の関係も持たないのに対し、意味は日常を根底としてるからです。

>書かれる言葉を、音として読むことも可能だからです。
だったら歌だって意味があるなどという不毛な議論になりますし、少なくとも欲望の対象じゃないとは
思いませんか。いえ、確かに、歌の場合と違って多くの文学はリズムがなければ見るに耐えないものに
なってしまうでしょうけれど。(だとすれば、音楽のリズムと同程度の重要性と見るべきでしょうか)
僕が言いたいのはそういった正確な一致ではありません。
それに、音楽はリズムだけで支配されているわけではないのですが、文章ではリズム以外の音はありえません。
ここからも、文章は音楽の音をかねているというのはあきらかに無理があります。

そもそも分野が違うのだから、リズムという最低限必要なものや、もしくは利用できるものがあるにしても、本道は別のところにあると思います。

それと、楽器が日常の産物とは?
ピアノやチェロを音楽の目的以外に使用しますか?
ところが、コミュニケーションは芸術ではありません。言葉は、(少なくとも日本人ならば)ほぼすべての人が
いつでも使えます。何の道具もなしにです。喉か、かくものがあればいい。
でも、僕らはカラオケなどで音楽の場を用意しないかぎり、歌うことを人前で急にしたりはしないのです。

331 :吾輩は名無しである:2005/12/20(火) 10:05:28
>>272
言葉の変換可能性として、「かけ言葉」や「表意」のところで文字の可能性を見ていますが、
それにしたってあまりに文学の一般性からかけ離れています。
夏目漱石でもドストエフスキーでも、所謂文学と呼ばれるこの小説郡を読んで、それらを意識することがあるでしょうか。
あるいはトルストイでも三島由紀夫でもいい。
どちらにしても、そういった「あからさまに」特殊な使い方が言葉の限界なのです。
表意というのなら実際、絵の方が遥かにバラエティーがある。
音の種類なんて幾らあるのでしょうか。ピアノ、チェロ、バイオリン、アコギ、エレアコ、エレキギター、ウッドベース、エレキベースetc...
さらにいえば、これらの音色は同時に存在できます。
ところが、言葉は同時に表意だのかけ言葉だのをひっきりなしに狙っていれば、それは単なる支離滅裂に過ぎません。
あまりに一般性がないのです。
こんな極例を持ち出されても屁理屈にしか聴こえません。

結局はリズムという形式を踏まえて、意味を紡ぐというのが文学の本道ではないでしょうか?

ピアノの一音というのはちょっと等価じゃないですね。
一文なら一フレーズが等価だと思う。一音なら一文字か、単語一つが等価ではないでしょうか。
一フレーズでもジャズかどうかは、わかる人が聞けばわかりそうなものです。
なぜならリズムやコードを、フレーズは孕んでいるからです。音列にはジャンルを規定するイニチアシブがある。
でも、多分トルストイの使った言葉を、ある詩人が使ってる可能性は莫大に存在します。
意味には、ジャンルを規定するイニチアシブがあまりない。
さらにはエレキギターのような楽器なら、下手すると本当に音色だけでわかってしまう可能性がある。
同じリズム、同じ音列を弾いてもですよ。
小説家あるいは詩人が同じ意味、同じリズムで何かを書いたら、誰が誰だかわかりますか?
どんな文学好きでもよほど明確なメッセージが無い限りわかりようもないと思いますが。

332 :吾輩は名無しである:2005/12/20(火) 10:13:59
小説郡=×

小説群=○

333 :吾輩は名無しである:2005/12/20(火) 10:38:18
>>273
少なくとも図書館なるものがあり、ゲームは毒だが読書は健全といった風潮を今の老人が吹聴し、
そして文芸評論家が他のジャンルの評論家より権威、知名度ともに高かったり、大学入試に
小説が出題され、古典が出題されるという現代日本の状況に対して「文学がイニチアシブを取り続けた?」という
物言いはどうにもこうにも胡散臭く思えます。
音楽はバッハから本格的に始まったとしても、文学はホメーロス以前からあったわけですよね。
ラスコーの壁画があるんだから絵の方が先といえばそうでしょうが、常に歴史とともにあり、
広く扱われ、一部の貴族のものだけでなく民衆たちにもその恩恵があり、積極的に時代を担おうと
したのは文学だったのではないのですか。

視点に収まらないというのは、例えば背景に気にならない程度の何かが居たりするようなことです。
漫画なら作者の遊びに使われたりしますね。
でも音楽ならベースは普段耳でちゃんと聞いてなくても、存在しなきゃいけないわけですよ。
多くのリスナーはリード楽器(声)しか聴いてなかったりする。それが視界にあるものだと思うんです。
映画なら主人公達の挙動しか見ないことが可能なのです。
でも小説の風景描写や他の描写は絶対に読まなくちゃならない。

334 :吾輩は名無しである:2005/12/20(火) 18:29:56
文学やってる人間は何かあると言い訳ばっか言ってるからさ。
その分少しでも文章が書けてたら、ここまで無惨にはならなかった。
その態度が落ちぶれた原因なんだろう。


335 :吾輩は名無しである:2005/12/20(火) 20:29:01
起承転結=漫画
起承承承=純文学

336 :◆7sqafLs07s :2005/12/20(火) 23:41:38
>>325

写実主義が廃れたように、ってその程度のことを言うなら
大丈夫、J文学は廃れたしライトノベルも滅ぶから。

>>328

「正しく」なんて言葉を忍ばせて論理の筋を変えようとする姑息な議論には
最初からつきあわないので、再度検討の後、新たな書き込みをよろしく。



337 :◆7sqafLs07s :2005/12/20(火) 23:57:43
>>329-330

>使用する単語も、読む人間が最低限読めることが前提なのですから、
日常で使ったことも無いというような
言葉は使いようがないわけですよね。

そうは思いません。漱石を読んだことがありますか?
彼の文章にはよく、独自の当て字や表現が出てきます。
「日常で使ったことも無いような言葉」が出てきますよ。
当然「今」僕達が見る場合は印象も違うわけですが
当時の読者たちにとってはそういった言葉の使いまわしは
ある種のポップな感覚として受け止められていたのではないでしょうか。

他にも沢山例はあると思うんですけどねえ。
というより、修辞学的な文学史観があれば、
文学の表現は常に
「時代時代の常識的な文法や修辞の破壊とそれに伴う創造」
から生まれてきたことを学べるはずなんですが。

それに異化というのは言葉が「される」のではなくて
言葉の使い方によって「する」ものだと思います。これは枝葉末節ですが。

338 :◆7sqafLs07s :2005/12/21(水) 00:06:37
続き

>>商業音楽の声は多くの場合エフェクトがけけてあります。コーラスやいわゆるハモリなんてのもある。

リバーブ、トレモロ、EQ、ディレイ、ディストーションまあ色々ありますね。だけど

>明らかに、文章よりは自由な振る舞いが可能なんです。

とは言えないんじゃないでしょうか。

>なぜなら、声のエフェクトや音域は日常と何の関係も持たないのに対し、意味は日常を根底としてるからです。

エフェクトだって実際に音を作っている人はミキサーで日常的な仕事としてやってるんですよ。
音域だって日常的な訓練を前提として拡充することが可能なんです。
話をずらしているように思えますか?

ならこう書きましょうか。貴方の言ってることを文学に適用するなら、
「タグを使って太字にしたり一部の文字色を変えたり出来るからネット上で文学はより自由になる」
とでも言えるんでしょうね。フォントが沢山あって嬉しいな、とか。

ただ、別にウェブじゃなくても現在の印刷技術で
それらの「仕様」は特に難しいことではありませんよね。
なのにそういう「仕様」を選ぶ表現者が少ないのは、
そんなことが本質的な問題ではないと認識されているからだと思います。

つまり音域を変えるとかエフェクトをかけるくらいのことは
文字の大きさや色やフォントの操作で「表現」可能ですが、
別にする必要を感じていない人がほとんどだということなんじゃないでしょうか。

そもそもこんなことが文学と音楽の芸術的限界の差異について
議論されるべき領域なんでしょうか?甚だ疑問なんですが。

339 :◆7sqafLs07s :2005/12/21(水) 00:19:22
続き

>歌だって意味があるなどという不毛な議論になりますし、

不毛でしょうか?曲、というのは本来、
音楽的な意味合いだけではなく、文学的な意味合いをも深く持つ言葉です。
つまり詩(文学的所作)と演奏(音楽的所作)との間にあるものです。
そして歌詞がある限り「意味性」にも頼るわけですから
貴方が展開している「意味というものの束縛」から逃れることも出来ないはずです。
つまり歌というものを取り上げて音楽の優位性を語ろうとすること自体に問題があるわけです。
音楽ならば純粋な演奏のみのものを取り上げるべきなのでしょうね。

>確かに、歌の場合と違って多くの文学はリズムがなければ見るに耐えないものに
なってしまうでしょうけれど。(だとすれば、音楽のリズムと同程度の重要性と見るべきでしょうか)

ここはよく意味がわかりません。通常、歌にだってリズムは必要なんじゃないでしょうか。

>僕が言いたいのはそういった正確な一致ではありません。
それに、音楽はリズムだけで支配されているわけではないのですが、文章ではリズム以外の音はありえません。
ここからも、文章は音楽の音をかねているというのはあきらかに無理があります。

音楽は音という基準を専門にして表現する芸術領域ですから、
当然、文学はその基準では太刀打ちできません。
ただ貴方が例示するものの中に歌詞のある曲が含まれがちなので事態が複雑になるのです。
歌詞という文学的な領域を持つ表現についてまで「音楽独自の可能性」として語るのなら
文学的に見た場合の対抗的アプローチが必要になってくるのです。
つまり、発声する表現としての「歌」の系譜を考慮せざるを得なくなるわけです。
ですからここで提案ですが、文学を「文字上」に限定して話をするのなら
音楽についても「音声上」に限定して話をしてください。
この場合の「声」はハミングなどの意味を持たないものに限ります。

340 :◆7sqafLs07s :2005/12/21(水) 00:29:59
更に続き

>そもそも分野が違うのだから、リズムという最低限必要なものや、
もしくは利用できるものがあるにしても、本道は別のところにあると思います。

そうです。分野が違うのだから、同じように比較するのは無理なんです。

>それと、楽器が日常の産物とは?
ピアノやチェロを音楽の目的以外に使用しますか?

それは程度の問題じゃないですか?
たとえば口笛や草笛のような「楽器」は、日常的に使う人も多いと思います。鼻歌などもね。

>ところが、コミュニケーションは芸術ではありません。言葉は、(少なくとも日本人ならば)ほぼすべての人が
いつでも使えます。何の道具もなしにです。喉か、かくものがあればいい。
でも、僕らはカラオケなどで音楽の場を用意しないかぎり、歌うことを人前で急にしたりはしないのです。

コミュニケーションは芸術ではない。
ならばコミュニケーションに使われているような次元での
言葉の表現はそもそも芸術表現としての文学とは言えないはずです。
また文学的表現がそのまま日常的な所作としての「言葉」の使われ方と
まったく同じ価値しか持っていないとは思えません。
そうであると言うのなら、具体的に何かの作品なり作家の言葉を
例示して、価値判断を示してください。

逆に、カラオケが日常だと言えないなら、ノートに書かれた殴り書きの詩だって
愛の告白をするための用意された言葉だって、
気を利かせたジョークだって、みんな日常ではないはずです。

341 :◆7sqafLs07s :2005/12/21(水) 01:03:55
>>331

>言葉の変換可能性として、「かけ言葉」や「表意」のところで文字の可能性を見ていますが、
それにしたってあまりに文学の一般性からかけ離れています。

それはおかしいでしょう。
音楽のことを語るときはクラシックからポップミュージックまで総動員するのに
文学についてはいちいち細分化するというのはフェアじゃないと思います。
そもそも「一般化」とか関係ないと思いませんか?
今は「その表現形態が持ち得る可能性の限界」について語っているのだから
どんなに特殊だろうと可能性として提示できるものは認めるべきです。

>夏目漱石でもドストエフスキーでも、所謂文学と呼ばれるこの小説郡を読んで、
それらを意識することがあるでしょうか。
あるいはトルストイでも三島由紀夫でもいい。

三島は擬音語の類が嫌いだと公言していたので「文学の音声的価値」については
否定派かもしれませんね。逆に「表意および視覚的価値」については主張していますよ。
それにたとえば宮沢賢治はその種の「音声的」なものオンパレードですね。
最近なら町田康なんかもそうじゃないですかね。
と、まあ小説にだって例はやっぱりあるのだし、
大体、何故文学の話をしながら小説に限定したがるんでしょうか?
小説だけが文学じゃないんですよ。むしろ小説は文学において末っ子です。
兄貴分、姉貴分として戯曲もあれば詩もある。
戯曲や詩からその種の音声的な表現を奪うことは難しいでしょうね。

342 :◆7sqafLs07s :2005/12/21(水) 01:07:57
続き

>どちらにしても、そういった「あからさまに」特殊な使い方が言葉の限界なのです。

いやそれは限界とは言えないでしょう。
まず貴方が語る音楽の可能性と比較した場合に整合性がありませんよ。
文学における表現の一部を「一般的ではないから」特殊だと言うのなら
基本的にエフェクトなんてものを使わない
クラシックやクラシカルなジャズについては
「エフェクトによる多様性」を語れなくなるはずじゃないですか。
それに「一般的」ってなんですか?現代の日本人にとって「一般的」な指針であっても
たとえば漢代の中国人や中世の西洋人にとっては「特殊」だったりするでしょう。
そしてこれらのブレは総括すれば「特定の表現の限界」という議題に何の関係もない。
そう思いますがどうでしょうか?

>表意というのなら実際、絵の方が遥かにバラエティーがある。

どうでしょうか?漢字の数とか、その可能性って凄いと思うんですけど僕は。

>音の種類なんて幾らあるのでしょうか。
ピアノ、チェロ、バイオリン、アコギ、エレアコ、エレキギター、ウッドベース、エレキベースetc...
さらにいえば、これらの音色は同時に存在できます。

フォントの種類も沢山ありますよ。
更に言えば、これらのフォントは同文章中に複数存在できます。

>ところが、言葉は同時に表意だのかけ言葉だのをひっきりなしに狙っていれば、
それは単なる支離滅裂に過ぎません。

楽器だってあまりにも沢山意味もなく同時に演奏されたらただの耳障りですよ。
「ひっきりなし」に「狙え」ば大概の表現は支離滅裂になります。
それは文学だろうと音楽だろうと絵画だろうと同じです。

343 :◆7sqafLs07s :2005/12/21(水) 01:29:33
更に続き

>あまりに一般性がないのです。
こんな極例を持ち出されても屁理屈にしか聴こえません。

詩の伝統とか表意文字そのものを極例と言われては苦笑するしかないんですが、
漢字表現を使っている日本人として表意の操作というのは今この瞬間にだって使っている
ごくごく日常的な表現なんですけどね。たとえば「あなたはさる」と書いても
「貴方は猿」なのか「貴方は去る」なのかわからないわけですが
漢字を効果的に使うことで意味を限定できるし
逆にカナで表現すれば意味上の霍乱を意図できるわけです。
それを表現に活かすことも可能だしそうやって異化することも出来るわけです。

>結局はリズムという形式を踏まえて、意味を紡ぐというのが文学の本道ではないでしょうか?

では音楽の本道は何なのでしょう。
音楽はエフェクトかけてもかけなくてもよくて
楽器も使いたい放題、使わなくてもオッケイで、
だけど文学の本道はこれだから
それだけで話をしろっていうのはおかしいと思うんですけど。
そもそも音楽の本道ってエフェクトとか楽器の多さなんですか?

344 :◆7sqafLs07s :2005/12/21(水) 01:33:23
もっと続き

>ピアノの一音というのはちょっと等価じゃないですね。
一文なら一フレーズが等価だと思う。

フレーズ、というのは文章表現でも用いられるので
用語的にはちょっと微妙ですね。
一文、というのは多くの場合句点で明示されますが、
音楽の場合、スラーになるんですかね。ここは更に微妙ですね。
音楽におけるフレーズって、楽譜上では結局「解釈」の問題であって
これはつまり「意味性」ですからね。束縛されちゃいますね。

でもまあ、細かいこと抜きに一応、曖昧に同意しておきます。

>一フレーズでもジャズかどうかは、わかる人が聞けばわかりそうなものです。

最近はそうでもないですよ。
たとえばクラシックの名曲をそのまま前奏にするようなロックとかラップミュージックもありますしね。
この場合、前奏部分だけ聞けばクラシックだとしか思わないでしょうね。

>なぜならリズムやコードを、フレーズは孕んでいるからです。
音列にはジャンルを規定するイニチアシブがある。

U2というロックバンドがBBキングというブルースマンと曲を演奏したときに
キングが言った台詞をなんとなく思い出しました。
「俺、コードとか苦手でよくわかんないんだ、大丈夫かな?」
U2のボノは苦笑しながら「ああ、そのへんはこっちでやりますよ」って応えていました。
ブルースにはロックに比べてイニシアチブが無いんでしょうか?

345 :◆7sqafLs07s :2005/12/21(水) 01:36:14
この項、最後。

>でも、多分トルストイの使った言葉を、ある詩人が使ってる可能性は莫大に存在します。

可能性ではなく指摘してください。今比較されているのは
一フレーズに対して一文なので、トルストイの一文をそのまま使用している詩人がいれば
貴方の議論は一応成立します。貴方はここで「トルストイの使った一文」ではなく
「トルストイの使った言葉」と言い換えていますがこれは僕には逃げに見えます。

>意味には、ジャンルを規定するイニチアシブがあまりない。

僕はそう思いません。詩が扱う「意味」と小説が扱う「意味」
更に戯曲が扱う「意味」はそれぞれ全く異なるものだと思います。

>さらにはエレキギターのような楽器なら、下手すると本当に音色だけでわかってしまう可能性がある。

それは貴方風に言えば「特殊な極例」ですよ。

>小説家あるいは詩人が同じ意味、同じリズムで何かを書いたら、誰が誰だかわかりますか?
どんな文学好きでもよほど明確なメッセージが無い限りわかりようもないと思いますが。

ちょっと待ってください。また比較がフェアじゃない。
貴方は文学における「意味とリズム」に
音楽における「音色とエフェクト」を対置させています。
そのまま貴方の表現を音楽に適用するならたとえば
「ロックミュージシャンとジャズピアニストが同じ音色、同じエフェクトで何かを演奏したら
誰か誰だかわかりますか?」となります。
多分、「誰が誰だか」は誰にもわからないんじゃないでしょうか。
フレーズで「ジャンル」をわかる、と言うのなら、
詩と小説にも構造の違いがあるので、区別できるはずです。

346 :◆7sqafLs07s :2005/12/21(水) 01:51:50
>>333

貴方が書いたのは
「歴史的に、文学が芸術のイニシアチブを握り続けた」という表現ですよ。
ですからここでいきなり「現代日本」の状況を説明されて
挙句胡散臭いなどと評されるのは非常に心外なんですが。
だったら「歴史的に」だの「握り続けた」だの書くべきではないでしょうね。最初から。

音楽は、人間が毛皮をまとって洞窟に住んでいた頃からあったんじゃないでしょうか?
壁画と同じように。そして「物語」もその頃からあったでしょう。

僕はだから、これらの表現はみな等価だと思うんですけどね。
何がイニシアチブだとか何が劣っているだとか考えることに
意味を探すことが難しいと思うんです。

時代を担おうとしたから「芸術のイニシアチブ」を握れるわけじゃないし。
時代を動かした人物たちが、ふと気を休めた時に
眺めた絵や聞いた音楽にだって、意味はあるはずだと思いますよ。
大きな意味が。それは「歴史的に」検証できなかったとしてもね。

芸術性の話をしていたはずなのに社会性の問題になっていますね。
芸術性というものは社会に従属させられるものでしょうか?

大体、識字率の問題を抜きに
「貴族のものだけでなく民衆たちにもその恩恵があり」
なんて言えないはずですよ。知識人階級と一般人との言語的な壁だって西洋にはあった。
ルソーが「民衆よ立ち上がれ」なんて煽っても
当時の民衆はそのラテン語を読めなかった、という知られた笑い話があるように。

347 :◆7sqafLs07s :2005/12/21(水) 02:01:19
続き

>視点に収まらないというのは、例えば背景に気にならない程度の何かが居たりするようなことです。
漫画なら作者の遊びに使われたりしますね。
でも音楽ならベースは普段耳でちゃんと聞いてなくても、存在しなきゃいけないわけですよ。
多くのリスナーはリード楽器(声)しか聴いてなかったりする。それが視界にあるものだと思うんです。
映画なら主人公達の挙動しか見ないことが可能なのです。
でも小説の風景描写や他の描写は絶対に読まなくちゃならない。

では問い直しますけど
「見られない」「聴かれない」ものが「表現」に与える可能性って何ですか?
これって意味のある議論ですか?

漫画における作者の遊びとか音楽のベース音とか映画の背景とかは
文庫本のの「ページ数」とか「しおり」なんかと同じってことですかね。

確かに文学そんなものに頼って表現しようとは思っていないでしょうね。
逆に言えば漫画や映画も「見られない」ものを表現の可能性だと主張したりしないだろうし
音楽家は「ベースだって表現の一部だ、聴くべきだ」と言うんじゃないでしょうか。

348 :吾輩は名無しである:2005/12/21(水) 16:50:16
うーん、なんでだろうね。やっぱ音とか映像とかとちがって
文字は物質ではないから体感することができなわけでしょ。
紙の上に書かれた線の束から意味を読み手が立ち上げる労働が
介在しないと、作品が存在できない。つまり読んでいる間しか作品は
存在できなくて、その存在を維持するためには絶えず読み手に負荷が
掛かり続ける。人間である以上、一日に出力できる労働量というのは限定
されており、本だけ読んで生きていける世の中ではない以上、かならず
どこかで中断しなければならないわけだが、その空隔にゲームやらビデオやら
2chねるやらといった他の娯楽がどっと流れ込み、作品の存在維持に不可欠な
断続的でありながらもゆるやかに持続する時間の流れの連なりを断ち切ってしまう。
つまり、真に文学作品の作動を完遂させるには、読み手が余計なノイズを排除する
鋼鉄の意志をもつか、そのような読書室のような特権的な環境を配備せねば、作品は
絶えずその外の闖入に揺るがされる。まあ、情報過多ってこったな。

349 :吾輩は名無しである:2005/12/21(水) 16:57:36
だから電車の中とかだと興味の対象が現下の本にしかいかないから
集中しやすいって感じなんじゃないの。電車の中は確かにウルサイけれど
でもそのうるささを構成する成分は一定なわけじゃない?電車の走行音や
同乗者たちの蠢きとか車内放送とかさ。いきなりニワトリの鳴き声とか、波の
音とかが聞こえてくるっていうことはないわけだから、ウルサイのだけれども
その安定したうるささは逆に信頼できる空間を創出するわけでしょ。部屋とかだと
いきなり携帯電話がなったり、配達の呼び鈴がなったりするわけで、なにげに
不確定な要素が大きい。だから多少うるさくとも喫茶店とかのほうが安心して
周囲のことなど括弧にいれて意識からはずせる。つまり本を読む環境をある程度は
意識的に構築しないと、なかなかいい読書はできないということで、でもそんなこと
するのはいまどきほんとうの本好きくらいしかいないわけで。他にいろいろあるから。

350 :吾輩は名無しである:2005/12/21(水) 17:01:09
たとえば面白い本を読んでいると、その本の流れから意識の流れが自律し外れていく
ことがあるわけだけど、そこでつい2chに大発見でもしたかのように書き込んでしまったり
することがあるわけで。。。回線ひっこぬいて読めばいいわけだけど。つい本の中で
疑問に思ったことを調べ物してたらそっちのほうが面白くなっちゃって、本のことなど
すっかり忘れてしまうみたいなことがあるし。でもまあ、それはそれでいいのか。

351 :吾輩は名無しである:2005/12/21(水) 17:31:22
日本語の問題なような気がする。

352 :吾輩は名無しである:2005/12/21(水) 17:52:03
文学の地平=天皇問題

みたいな方向ではもうやることないんじゃないのかな。
東浩紀は天皇抜きに批評しようとしたから確率の手触り
をもちだしたわけで。


353 :吾輩は名無しである:2005/12/21(水) 18:36:42
00000000000

354 :吾輩は名無しである:2005/12/21(水) 20:51:45
>つい本の中で疑問に思ったことを調べ物してたらそっちのほうが面白く
>なっちゃって、本のことなどすっかり忘れてしまうみたいなことがあるし。

なんか背中越しに俺が覗き込まれてる様な文章だなw


355 :吾輩は名無しである:2005/12/22(木) 08:43:35
きもいC

356 :吾輩は名無しである:2005/12/22(木) 18:33:32
Cが出てくる時は、その直前にCの発生を予感する言葉がある。
あれが嫌いなんだね。

357 :吾輩は名無しである:2005/12/23(金) 21:54:31
>>305
>端的に言えば 、現在の情況はポストモダンかプレモダンか?って問題。

ますます凄いとこになったな。まあ、俺はどっちでも問題は無いな。
状況は常に変化し続けるのならば、今日はポストモダン、明日はプレモダンみたいな
シチュエーションも想定して、どちらの情況下でも生き残れるように対策するのが吉だね。

358 :◆7sqafLs07s :2005/12/24(土) 14:29:34
>>356

バカがなんとか頭よく見せようとするときやるのが「仄めかし」という修辞なんだよな。


359 :◆7sqafLs07s :2005/12/29(木) 21:00:32
さて上げておくか。

360 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/06(金) 22:35:47
>Cさん
以前、ほとんど水掛論をぐだぐだ管を巻いていた名無しです。
かなりこじつけに近い失礼なレスも多く、申し訳なかったです。
実は最近になってなんですが、今更アンナカレーニナを貪るように読みまして、
文学が他のジャンルに比べて情報のレベルで不足があるとは到底ありえないというのが
本当に仰る通りだなと思い知りました。
良い音楽を聴くときと同じか、もしくはそれ以上の悦びが感じられてとても楽しかったです。
ただ、そういう誤解が氷解してもなお、やはり文学には限界があると思われました。

それはある種の「感情」とか「創造的な感覚」というものを受け取るにあたり、文学では
相当の長さの文章が必要なのではないかという感覚です。
少なくとも俳句一句などでは、そういった感覚を受けるには難しいように思います。
文学でしか味わえないものがあるという意見を反故にする気はないんですけれど、
わざわざあれほどの長さのものに従事してまで、と思うと、やはり辛いものはある気がします。

それが個人の好みの問題といえばそれまでですが、瞬間瞬間に近いレベルでもって、
即座に良さが表れないというのは文学の一つの枷になっているのは事実だと思います。
それこそ、アンナカレーニナを読む時間で、どれほどの漫画を読めるかを考えるとそら恐ろしいものがありますし。
よほどの速読者でなければ、映画ですら10本以上見れるかもしれない。

文学が純粋な娯楽として考えて他ジャンルより情報量がないとはいいませんが、敢えて文学を選ぶことに
メリットがどのようにありえるのか、やはり自分にはわかりません。(僕は好きですが)

361 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/06(金) 22:37:51
あほくさいC

362 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/06(金) 22:40:30
Cの自演ばっかりだな

363 :◆7sqafLs07s :2006/01/07(土) 01:23:54
>>360

貴方の思考はアメリカ人の仕掛けたインスタントカルマ戦略に洗脳されきっているんです。
ゆっくり時間をかけてこなすことの価値もあるんですよ。

364 :360:2006/01/07(土) 02:17:34
>>363
もちろん、僕自身は最後に括弧をつけたように、「読書の悦びが時間を浪費するから
時間コストの面で悪い」などとは思っていません。
ですが、あくまで僕自身は、です。

あくまで世界的に、マーケティング的に、芸術的に、媒体的に、わざわざ知覚に時間のかかる
手段を敢えてとり続ける必要がどうしてあるのか。
これに対して文学が積極的に反論できうるでしょうか?
それに、長時間代わり映えのしない黒のインクを眺め続けるという、視覚の酷使も
やっぱり辛いものがあるというのは否定しえないとは思います。

365 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/07(土) 07:56:17
>「読書の悦びが時間を浪費するから時間コストの面で悪い」などとは思っていません。

ほんとにこう思っているなら、世界的にマーケティング的に無駄が多いという発想そのものは
出てこないと思うんだが。

366 :関場 ◆dhJAsyE57E :2006/01/08(日) 00:47:22
こんにちは
「日本文学の革命」という文学運動をやっている関場というものです
(「日本文学の革命」というホームページを出してます。「日本文学の革命」で検索すれば一発で出てきますので、見てください)


「文学はなぜ衰退するのか本気で考えてみれ!」ですか

言いたいことは山ほどあるのですが、とてもここでは述べきれないので、僕のホームページを見てください
すべて書いてますから

日本文学はたしかに今衰退しつつある
しかし日本文学にはまだまだ大きな可能性が残されているのです
それを掘り出すことが出来れば、日本文学は復活するのです

「日本文学の革命」とは日本文学を復活させるためにおこなっている運動です

どうか応援お願いします

367 :◆7sqafLs07s :2006/01/08(日) 07:28:54
>>364
時間をかけないと消化されないものがあるとすれば、
そしてなおかつそういった形の認識なり知覚を必要としているのであれば、
それに時間をかけるのは
僕や貴方だけではなく
全ての人間にとって有益ですよ。

食材を吟味し、時間をかけて料理して、食器にもこだわり、友人達を招いて
食事する喜びよりも

自宅から歩いて10分のファーストフードやコンビニで調達したものを
電子レンジでチンしてプラスチック容器に入れたまま一人で
食事する安楽を求める人はいるし

だから何だって感じなんですけど。

全ての娯楽・快楽について同じように分類できると思いますよ。
セックスだって、酒だって、なんだって同じでしょう。

コンサート会場で聴く音楽もあれば、違法なMP3をダウンロードして聴く音楽もある。
そういう時代だからこそ、審美眼が試される。

安易に衰退とか言っている人たちは自分の審美眼に自信が無いから
過去の「既に芸術だと評価されているもの」を神聖化して
今は駄目だと嘆くわけです。芸術が死んだのではなく、
そういう人たちの瞳が、たゆたう美を前に潰れただけなんです。
僕はそう思いますよ。芸術は、そんなにヤワじゃないでしょう。

たかだか数十年で死に絶えるはずがないんですよ。

368 :関場 ◆dhJAsyE57E :2006/01/08(日) 12:59:48
>>367

自らの可能性を十分に発揮できないまま衰亡した文芸というものは
おそらく数知れないと思いますよ
(数知れないというのは、それらはもう存在していないから推測がつかないのです。しかし間違いなく数は膨大でしょう)

世に「失われた文明」というフレーズがありますが
文芸どころか文明でさえ、うかうかしてたらすぐに失われてしまう

ハッチントンが『文明の衝突』の中で、現在世界に生き残っている文明は7つしかないと言っています
(「日本文明」もその一つだそうですよ)
昔は遥かに数多くの「文明」が存在していたのに、それが今や7つだけとなった
あとは「失われた文明」になってしまったのです

他人まかせでうかうかしてたら
文芸なんてものはすぐに滅びてしまうのですよ

369 :360:2006/01/08(日) 13:55:26
>>367
後半の、評価が定まったものを単に「素晴らしい芸術」で、今のものが大したことない
と非難されがちなのは僕もそうだと思います。
多分、純粋芸術として保護されてる古典と、商売って事情が介入する今の芸術を
一緒にするのが嫌だって人もいるんでしょうけれど、それでも純粋な意味で面白い文学は
これからも綴られると思います。
どちらにしても、そういう風になってはだめだという意識があったとしても、なおそういう
見方をしがちなのは否めません。

ですが、僕が言う古典と文学の今の関係は、仰られるものとは違ったものになってると思います。
Cさんの仰るコンビニ食と、こだわりの食事の二極化では、明らかにこだわった方のが食事としては
遥かに万人の理想像であると考えられているはずです。
コンビニ食というのは単純に食事に手間をかけたくないから、半ば嫌々ながらこなすものでしょう。
芸術、娯楽、趣味は、半ば嫌々こなすものじゃないはずです。
そして時間のかかる文学と5分で楽しめる音楽で、文学のが素晴らしいと言ってしまえるものでしょうか。
それは仰るように人それぞれに過ぎません。

僕が文学のアドバンテージの喪失を考えるのは、そういったテクノロジーが発達してきた
現代には、昔の娯楽の存在理由があまりに希薄に思えるということです。
実際、今になってわざわざ勉強目的外で源氏物語や平家物語を読もうと言う人は
ほとんど居ない。
読んでいて面白いと思えるのは事実ですが、逆にいえば、それは映画でも音楽でも漫画でも良かった。
文学がそういったテクノロジーの発達を相手にしても存在理由を確保できるものがどこに
ありえるのかというのは、切実な問題のように思えます。

時間がかかるというのはデメリットにはなってもメリットになるとは思えません。
現代では、金の方が時間より余ってるという人が大概でしょうから、数時間の暇を楽しみたいならば
ビデオを借りるなりテレビを見るなりで幾らでも潰せます。

370 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/09(月) 00:52:01
ここで書かれているのは
文学は衰退していないということへの否定であって
つまり文学は何かを否定することでしかないのだと思う
だから反権力的なのだともいえる
否定するものが消え、教養も必要なくすべてがOKみたいな
時代状況が衰退させているみたいなことが前スレに書かれてたよね

371 :◆7sqafLs07s :2006/01/09(月) 00:55:57
>>368

可能性を発揮できなかった文芸という可能性について考えるなら
それは「膨大」にあったかもしれないし
逆に「皆無」だったかもしれないわけであって
間違いなく膨大だとは言えません。
少なくともその言い方は論理的ではありません。
それはただの思い込みです。

思い込みは個々の自由なので議論には相応しくありません。

失われた文明というのは何でしょうか?
どうして「失われた」ものが今も語り継がれているのでしょうか。

過去、日本には王たちの時代がありました。
それから天皇たちの時代、そして貴族たちの時代、
武士たちの時代、それらの「文化」は「失われ」ました。

しかし僕らは源氏物語も平家物語も万葉集も読めます。
感動だって出来るし批評や再発見だって可能です。

さて「失われる」とはどういうことでしょうか。
自分の頭で是非考えてみてください。
西洋キリスト教の贖罪につきあう必要は無いはずですよ僕達は。

372 :◆7sqafLs07s :2006/01/09(月) 01:04:28
>>369

昔の、商業的な領域と離れていた文芸だって
大概はいわゆるパトロンがいて、
パーティやなんかで彼らに媚を売るような
非芸術的なことをしながらやっていたわけです。
そういうことを都合よく忘れて
さも芸術のための芸術が昔はあったのだ、
などと思う人がいるとしたら愚かでしょうね。

5分で楽しめる文学もありますよ。
たとえば詩。小説にだってあります。
星新一のショートショートが「非芸術的」だと思う向きには
川端康成の「掌の小説」などどうでしょうか。

逆に、音楽だってクラシックをちゃんと聴こうと思ったら
時間がかかります。
貴方が書いていることは結局ジャンル間に横たわる優劣ではなく
それぞれのジャンルの内部にだって色々あるんだよという
いわば普遍の一例でしかありません。

そして貴方が文学を愛せなくなっている、もしくは
文学に可能性を抱けないとおっしゃるなら、
それはおそらく貴方の文学に対する審美眼や
感性が衰退した(必要性を失った)わけですから、
残存している他ジャンルへの審美眼や感性を
永く生存させることに努力したらどうでしょうか。

時間が、かかるのではなく、時間をかける、んです。
それは発想の違いです。時間をかけてでも得たいものがあるか否か。
僕にはある。貴方には無い。それだけのことでしょう。

373 :360:2006/01/09(月) 17:07:26
>>372
それを言い出したら、音楽には1秒で済むようなジャンルもあるでしょう。
俳句やショートショートは例外的な存在だと思います。
ショートショートの多くは、ネタで持たせてるのが大半で、それはトルストイや夏目漱石を
読む感覚とは大分違うし、現に、そういうのは今はもうそんなに流行ってない。
今現役のショートショート作家って居ますか?

本といわれると、大概思いつくのは100ページから300ページ以内くらいだと思います。
トルストイの戦争と平和やプルーストの失われた〜とかは、これまた例外にしても
やっぱり大概、中篇と呼ばれる以降はこの程度の長さが標準ではないでしょうか。
僕の読み方が早いのか遅いのかわかりませんが、ものによっても変わるにしても
僕は1ページ読むのに1分かかるかかかららないかなくらいで、200ページ前後なら3時間から4時間は
かかります。

時間をかけても得たいものがあるかといえば確かにあります。
文学以外の流通してるジャンルでは得られない感覚が、文学では多くの本から
得られることも事実です。
しかし少ないながらも、音楽でも映画でも得られることもあります。
つまり、文学より音楽や映画のが規模が巨大になっている分、あらゆるニーズにこたえられるような
層が非常に現在は活発化している。

374 :360:2006/01/09(月) 17:15:17
例えば今現在、どシロウトだった人がネット上で表現を自由に出来るようになってます。
そういう中でも才能を持った人、面白い考え方を持った人、鋭い批判精神を持った人など
がいるかもしれない。
だけど、やはり9割以上はくだらないものばかりというのが実情でしょう。

これが絵ならば、多分一発でその才能は見抜ける。というか、見抜くための場は用意できる。
漫画も若干の時間はかかっても、多分それなりに才能を評価されやすい。
音楽も同様でしょう。実際、シロウトの音楽発表の場であるmuzieはかなり有名になってる。
(映画は媒体としてまだまだネットに定着するには問題があるでしょうけど)

でもこれが小説だとどうでしょう?
なるほど、詩ならばそりゃぁ短いし読んでもいいかなと思うかもしれない。
でもシロウトの小説なんて、よっぽどじゃなきゃ進んで読みたいとは誰も思わない。
もしかしたら凄く面白い可能性があるとわかっていても、だったらプロのや評価の定まってるのを
読んでる方がマシだと思う人がほとんどではないでしょうか。

Cさんはネット上のシロウト小説などを進んで読んでいますか?
小説の「時間のかかる」を「時間をかける」にするためには、一つ、相手が面白いという信用が
なくてはならないはずです。時間をかけたいと思わせる何かを持っているというような。
もし、「小説だからこそそれはある」のだとお考えでしたら、それをお聞かせして欲しいのです。

375 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/09(月) 17:38:29
>>374おまえはネット小説の特性は近代的なエッセンスを趣旨にした面白みと考える事は
できないのですか ?

376 :360:2006/01/09(月) 17:57:38
>>375
どういうことでしょうか?
近代的なエッセンスを趣旨にした面白みって?

377 :吾輩は名無しである:2006/01/09(月) 18:31:41
関場とCは暇そうでいいな。

378 :まきな ◆I2rWVFDN2M :2006/01/09(月) 20:26:33
小説を読むっていうのは他者の言葉へ向けて自らの身体を
開いていくってことだから、そこから話を始めれば済むでしょう。

379 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/10(火) 00:30:43
そんな話は聞いたことが無い。

380 :まきな ◆I2rWVFDN2M :2006/01/10(火) 00:38:07
身体性が不在してるやつって頭固いんだよね
作家の言葉がどういう身体的感覚を伴って書かれたのかも
読みながら自分のカラダ使って再現できなきゃ読めたことにはなんないの

381 :鈴木大介 ◆m0yPyqc5MQ :2006/01/10(火) 00:40:29
>>380
こりゃまたw

人間失格を読めば人間失格しなけりゃならんとは、さぞ気苦労の多い人生でw
アホアホマン

382 :まきな ◆I2rWVFDN2M :2006/01/10(火) 00:44:53
読解のレベルでの話ですね。
鈴木さんは相変わらず身勝手に捨象して攻撃してきますね。
お気の毒に。

383 :鈴木大介 ◆m0yPyqc5MQ :2006/01/10(火) 00:44:54
僕はね、
文学は衰退「させてる」んだろうな
とも思うんですよ。

既に権威についた人達が新しい表現者を抑圧する構造ある限り、
本当に素晴らしい「進歩」はしたくでも達成できないんです。
 彼らのお眼鏡に適う、いわゆる古臭いものを先ず、書かないと成らぬ。

そういう構図は最悪のものだと思いますね。僕は。
 関場さんは改革したい、とかんがえていらっしゃる。素晴らしい。
けどそれをするのはただ理想するより困難ですね。
出版業界自体、その体質から変えないと。

384 :鈴木大介 ◆m0yPyqc5MQ :2006/01/10(火) 00:48:20
>>382
 身体性というのは体の性のことでしょ。
つまりセックスシーンには身悶えて、暴力シーンには震え上がれ。
そういうものだ。
ということでしょ。

 そんなの当たり前というか、虚構(fiction)の目的は大体それでしょ。

僕が皮肉ったのは、それをわざわざ
まるで「精神性の無盲」に引っ掛けてるところが
なんだかニーチェ的な意味で偽善だな、と嗅いだんですよ。
鼻が利くんで。くんくん☆いぬいぬ


385 :まきな ◆I2rWVFDN2M :2006/01/10(火) 00:50:29
全然ちがうよ。
言葉は身体を捨象することからしか生まれないってこと。
まあ、鈴木さんにはまだ当分わからないよ。

386 :鈴木大介 ◆m0yPyqc5MQ :2006/01/10(火) 00:53:32
>>385
 「捨象」という意味がよく分からないな。
抽象ということに近いのかな、
それを止揚に於ける「反」について言っているのかな。

何れの御時(おんとき)にせよ、
あなたにとってエクリチュールは身体性からの脱構築を促す装置なんですね。
当たり前じゃないですかwww中学生じゃあるまいし。
 僕はそういうものを「ひけらかす」態度を注意したかったんです。
だってあなたのカラダをまるで、つまらないものに見せるじゃないですか。

387 :鈴木大介 ◇m0yPyqc5MQ :2006/01/10(火) 00:56:36
はい鈴木ですが何か?

388 :まきな ◆I2rWVFDN2M :2006/01/10(火) 00:58:08
鈴木さんとぼくは対話不能なことはせでに学習済みだから
いまさらなんとかしようとは思いません。Adieu!

389 :鈴木大介 ◆m0yPyqc5MQ :2006/01/10(火) 01:00:17
 けど「文学」という芸術media自体は、コトバある限り不滅だと思います。
これは間違いないでしょう。なぜなら文学とはコトバの芸術の基本だからです。
基本がなければどんな応用も利きません。
 だからそれが衰退する、という議論はあまり意味が無いと思いますよ。

もっと大切なのは、
「どうやれば促進させていく社会へできるか」
ですよ。ね?まきなさーんw

390 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/10(火) 01:04:41
>>389何故汝はかく言葉を尽くすや

391 :鈴木大介 ◆m0yPyqc5MQ :2006/01/10(火) 01:05:38
>>390
 何ゆえ?
それは僕が文学者だからでしょ。

でなければどうして言葉を知っていようか。w

392 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/10(火) 01:11:13
>>391はは〜んきみは....





























イヌの玉だなっ

393 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/10(火) 01:13:51
僕は文学者です。処女作執筆中。
――てのは、これと一緒。↓
私は主婦です。結婚相手募集中。

394 :鈴木大介 ◆m0yPyqc5MQ :2006/01/10(火) 01:15:17
なぜ衰退するか?

この疑問にはたぶん二つの答えがあります。
1.出版業界の資本主義的利益追求によって芸術性より市場価値が優先されるから。
2.新人賞を選考するのが既成権威である限り、古いものしか検閲を通らない。

これを改革する為に関場さんは頑張ってらっしゃるわけだけど、
ハッキリ言って無謀ですよねww
1.は出版社全部ぶっ潰さないとダメ。
2.は権威全員ぶっ殺さないとダメ。
こんなの無理でしょwww

 できるのは精一杯の抵抗としての『日本文学の革命』誌を流行らせることです。
それこそ関場さんの仕事だと思うんですけどね。僕は。

395 :鈴木大介 ◆m0yPyqc5MQ :2006/01/10(火) 01:22:32
 昨日某スレに書きましたけど、
ライブドア・パブリッシングを利用すればちょいちょいですよ。そんなの。

作品を集めてライブドア・ブログに投稿、
そのblogを本にする手続きすりゃポンです。

 たぶん少部数なら数万で可能なんじゃないのかな。
ホリエモンのとこだからどうなってるか分かりませんがw
まぁ悪いようにはしないでしょう。いいんじゃないですかそんなので。
 大事なのはやっぱ作品でしょ。
どうやって芸術性と話題性に溢れた作品目白押しにして文芸5誌を出し抜くか?
これでしょ。
日本文学全体の衰退を食い止め、真の純文学を促進させる唯一の手段は。
がんばれ関場っち!w

396 :鈴木大介 ◆m0yPyqc5MQ :2006/01/10(火) 01:23:36
>>393
ダイジョブですよ。フィアンセはいますから
こころに。←きもーいきもいしねしね☆

397 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/10(火) 01:24:09
精一杯の抵抗ね、精一杯の抵抗

398 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/10(火) 01:26:40
ライブドア・パブリッシング

399 :鈴木大介 ◆m0yPyqc5MQ :2006/01/10(火) 01:33:20
ほれ
http://publishing.livedoor.com/seminar/course.html

これでもう勝利したよーなもんでしょ。関場さん。
 あとはあれです。作家収集w

とりあえず有名どころで、村上春樹先生とか綿矢りささんなんてどうです。
彼らに寄稿してもらえればいいんです。
というのはウソで、無理だからやっぱ「文壇BAR」を基本連載にするしかないでしょ。
そうすりゃもう大儲けでウッハウハで大改革成就の大先生エッヘンでしょ。マジ。

 美香さんも
そのうち真似するか、訴えるか、寄稿してくれますって…へへへ[ヴェニスの商人みたいに

400 :鈴木大介 ◆m0yPyqc5MQ :2006/01/10(火) 01:37:06
Q. 本をつくるためには、どのくらいの費用が必要ですか?
ライブドア パブリッシングのプライベート出版では、400,000円からの各種基本コースをご用意しています(基本コース料金表をご参照ください)。
また、オリジナルコース(基本コース以外)の制作費用は、印刷部数、ページ数、装丁、用紙、原稿などの内容によって費用は大きく変動します。無料でお見積を作成いたしますので、お気軽にご相談ください。


40万!
高えwww
こりゃムリかな……関場さん。
もう諦めましょう。こんなの無謀ですってww
 大人しく泣き寝入りの子猫ちゃんのほうがいいんです。
そうすりゃそのうち、老いて死んでいくんですから……。
なんてねw

余裕じゃないッスか。
身銭切って革命。これしかないでしょう。
さぁ、借金をwww

401 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/10(火) 01:40:46
>>399きみおもろ杉tanku wwwwww

402 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/10(火) 01:43:14
40万?ヤスヤス

403 :鈴木大介 ◆m0yPyqc5MQ :2006/01/10(火) 01:43:58
>>401
 まぁ、タンクの意味は不明ですけどね。

とにかくもうこれで衰退止まったも同然。
各国へこういう流れを伝えていけばいいだけです。
あとは関場さんの裁量次第っしょ。がんばって!胃弱ならもう辞めて!

404 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/10(火) 08:06:10
【各方面が】TOKYO REAL不買運動【大迷惑】

文学はもとより、音楽業界やクラブシーン、さらに医療や薬学の分野にまで悪影響を及ぼすような内容を、
よりにもよって、あの悪名高いYOSHIを上回る悪文で綴ったネット小説が、
まもなく出版されようとしています。

21歳、現役ギャル汚の作者は、
ダンスミュージック、クラブ、ドラッグ、文学等について
何の知識も持っていないにも関わらず、
ただ自らの金銭欲のためだけに、
自身の独断と偏見によって書き上げた小説を出版しようとしています。

ジャンルを問わず、本を愛するこの板の住人の皆さんには
間違ってもこんな本を買わないでいただきたい。
そしてみんなで出版反対&不買運動を広めましょう。

TOKYO REAL
http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=hyperoniryu
プロフ
http://pr1.cgiboy.com/S/1047471/
日記
http://ip.tosp.co.jp/NIki/Tospi400.asp?I=hyperoniryu1&P=0
BBS
http://ip.tosp.co.jp/Kj/Tospi200.asp?I=hyperoniryu&P=0&Kubun=V5
感想BBS
http://ip.tosp.co.jp/Kj/Tospi200.asp?I=hyperoniryu2&P=0&Kubun=V5

405 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/10(火) 08:09:39
糞には糞が、それでいいじゃん。

406 :◆7sqafLs07s :2006/01/10(火) 18:45:35
>>373

なんであれ、ある種の理論に合わないものを例外として排除してしまったら
たちまちその理論はトンデモ学説に変貌しますよ。
俳句というスタイルは前にも書きましたが形を変えて世界中に流布しているのだし
(というより、短い詩のスタイルは世界中に文化的な基盤として存在するはずです)
ショートショートの形式で発表される文芸も世界中にあります。
ショートショートという名称の発祥地はアメリカだったかな。
確かモームが始めたんじゃなかったでしょうか。
そしてそんな呼称が輸入される前に日本では川端がやっていたと。
日本でもアメリカでもSFとかミステリーの作家によって
為されることが多いけど、その中でもブラッドベリなどは
現在の純文学にもおそらく一部影響を与えている作家ですね。

で、何度も書いているように、
貴方の主張は文学全般に対して言えるようなものでは全く無いわけですよ。
対置される音楽などの話でも「1秒で済むようなジャンルもあるでしょう」
なんて書いているけどそれは僕が書いている
「貴方の話は結局ジャンル内に色々あることの一例に過ぎず
文学と音楽と言うような場合のジャンル間の対照とは成り得ていない」
という意見をそのまま支持してしまっているだけに過ぎませんし。
貴方はすぐ話の途中で「ある程度の長さを持った一般的な小説」
みたいなモデルを出してくるけど、だったら最初からこう話をするべきです。

「ある程度の長さを持った一般的な小説は今の私にはつまらない、と。」

そこから話をするなら、もう少し建設的になるんじゃないでしょうか?
じゃないとトンデモ議論の無限延長になりかねないから
こちらとしては辟易してしまうんです。

あなたには前科があって、話が行き詰まるとリセットする癖があるみたいですしね。

407 :◆7sqafLs07s :2006/01/10(火) 18:58:40
>>374
ブレヒトがラジオについて言った言葉があります。

「社会がまだラジオを受け入れるにいたっていない時代に、
技術はそれを出現させる状態にまで発展しえたのだ。
公衆がラジオを待望したのではなく、ラジオが公衆を待望した。
ラジオをめぐる状況をいっそう厳密に特徴づけるなら、
素材が公衆の必要にもとづいて製作の方法を待望したのではなく、
制作の方法が不安気に素材を捜しもとめているのだ。
万人にむかってあらゆることを語りかける可能性が、
とつじょとして生み出されたが、よくよく考えてみると、
語りかけるべきものはなにもなかった。」

これは寺山修司も引用したもので僕は再引用という形になりますが、
この文章はそのままテレビにもネットにも置き換えられると思います。

そしてこれこそ前にも書きましたがスピード重視の文化、
もしくは使用する上で安易なメディアというものの滑稽な一面だと思うのです。

ネットという道具は、物凄い可能性を有していると思います。
だけどその可能性の多くは試されることも無いまま、
ネットというものを資源として考えた場合、その資源の9割以上は
ただの雑談、つまり「chat」に使われているわけです。
「語りかけるべきもの」などないからです。
それは恐らくこれからも変わらないんじゃないでしょうか。

そしてそれは文学が口承もしくは紙の上だけで行われてきた今までずっと
同じだったはずです。結局、詩人のみが語り、歌手のみが歌い、
そして作家のみが書いてきた。そうじゃない人の言葉は
語りかける「べき」ものではなかった。それは何も変わらないはずです。

408 :◆7sqafLs07s :2006/01/10(火) 19:12:25
>>374
最後の質問に答えていませんでしたね。
貴方の問いかけはこうでした。

>Cさんはネット上のシロウト小説などを進んで読んでいますか?
小説の「時間のかかる」を「時間をかける」にするためには、一つ、相手が面白いという信用が
なくてはならないはずです。時間をかけたいと思わせる何かを持っているというような。
もし、「小説だからこそそれはある」のだとお考えでしたら、それをお聞かせして欲しいのです。

ネット上の小説を幾つか読んだことがありますが、
基本的には自分の面白がりかたで読めるものではありませんでした。
だけど同じことは「プロ」の作品についても僅少ながら当てはまる場合があります。
大体、初見の作家の本を手にする時、信用などあるはずがありません。
場合によっては書評などによる事前情報を得ているかもしれないけど、
それだって万能ではありませんからね。

僕はストリートの音楽は好きですけどストリートでは聴きません。
だから結局ストリートの音楽をCDや室内で聴くことになります。
ネットで自称「DJ」たちが有名アーティストの既存曲をアレンジしているものなどは
たまに拾って聴きますが、感動するようなことは無いですね。
2chなどから「ブレイク」する音楽も最近は幾つかありましたが
そういうものに対してもどちらかというと拒絶感があります。気色悪いです。
また僕は「ACID」というツールで自分の芝居の音楽を作ったりしているので
ACIDがやっている素人音楽のコンテストサイトみたいなところもよく覗きますけど、
これはもう娯楽ではなく、技術的な部分で参考にするためですね、完全に。

つまり僕はそれらの表現を「信用」していません。
ですが、それらの中から本物が登場することは
一厘の可能性で「有り得る」と思います。

続きます。

409 :◆7sqafLs07s :2006/01/10(火) 19:27:22
上に書いたショートショートがアメリカで発祥したのは
小説の場合、確か雑誌の優先掲載順序かなんかで
広告などとの兼ね合いから分割されて掲載されることが多く、
そのせいで読みづらいという批判があって、
で、どうしようかとなったときに
「分割されないように短くしてしまえばいい」というような発想から
生まれたものだと読んだ記憶があります。

ラジオに関連して音楽を語る場合、似たようなことが言えます。
これはもう、ジョン・レノンからマリリン・マンソンやエミネムに至るまで
ポップスターたちの宿命でありまた彼らがもっともシリアスに対決している
表現と「商売」の最前線なわけですけど、
ポップミュージックが短くなるのは「聴く奴の忍耐力がない」という理由だけではなく
たとえばラジオに流すとき、途中に入る「提供」などとの兼ね合いから
3分〜5分くらいを「一曲」とする、
という業界的な暗黙の了解が生じてしまっているわけです。

つまり貴方が言う「音楽は手軽に聴ける」というのは
見方を変えれば「音楽は商業主義に屈している」という意味になるわけです。

それもあるから、僕は貴方の言う安易なジャンル比較に異を唱えたいのです。
比較的ポップなアーティストの中でもTOOLとかREMのような主張するバンドは勿論のこと
マンソンにしろ、エミネムだってこういった
「インスタント・カルマ」に抵抗し戦っているわけです。
3〜5分の曲を作って自分を媒体に載せながらも、
その一方で業界を真正面から批判し、
アルバム全体で物語性を持つようにしたり、長い曲を書いてみたりする。
ライブの重要性を訴えたり、そうやって
「音楽は気軽に聴けるものでもあるけど、それだけじゃないぜ」と
主張し続けているわけです。
「カーラジオに流しとけばいい音楽だけが音楽じゃないんだぜ」って。

410 :◆7sqafLs07s :2006/01/10(火) 19:40:08
僕が書いてきたことを読み返すような暇があればわかると思うんですけど
僕は「小説のアドバンテージ」とか「文学のアドバンテージ」
というのは局所局所には存在しても他ジャンルとの比較において存在するとは思っていません。
つまり「小説だからこそそれはある」というものはありません。
だけど時間をかける、かけたいと思う、文学はあるし、音楽もあるし、
人とのつきあいもあるし、またそうじゃないものも全てにおいてある。

その中で僕は「まだ時間をかけたいと思うものがある」以上
少なくとも僕の評価する範囲における文学は衰退していないと「実感」しています。

日々、文芸誌に載る小説も文句言いながら結局は楽しんで読んでいるし
過去の名作だってその多くは色褪せずに楽しませてくれます。

そうではなくなった人たちにとって文学は衰退したのでしょう。
でもそれはやっぱり、貴方たちの感性が衰退したんですよ。

411 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/11(水) 00:12:48
>>405イヌの玉ッ

412 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/11(水) 00:16:28
>>411
ゴメン、わかんない……

413 :鈴木大介 ◆m0yPyqc5MQ :2006/01/11(水) 00:22:22
>>410
今晩は。
匿名文士、大介です。

 ところでいきなりだけれど、
あなたの感性は随分と古風でらっしゃいますねw
 とにかく「時間をかけても読みたい」と思うものがあなたの評価なさる「文学」なわけだ。
なるほどそれも一理ある。つまりすごいコトバの芸のことですね。

 僕は手軽に読めてしかも面白くていーじゃん商業様様、
というものが「文学」を害している
とはまったく思いませんし、そういうものに『ride(乗りこなす)』するところから
ほんとうに現代的な文学は生まれ得るのだ、と思っていますけどね。
あなたとはそういうところに世代gapがあるのかも知れません。
 実際文芸誌なんて好んで読まないしw だって『バガボンド』の方がすごいですよ。

414 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/11(水) 00:27:07
それは吉川。。

415 :鈴木大介 ◆m0yPyqc5MQ :2006/01/11(水) 00:32:17
 実際に、たとえば最近芥川賞を取って2chで童貞だと騒がれて話題の
『土の中の子供』
あれは真面目だ真面目だ純文王道、と喧伝されたけど、
僕はちょっとそれはどうかなと思う。
文体も、初期平野さんまでは行かないけどくらいに固陋だし、何より
ストーリーは現代の世界に媚を売っているような気が僕はする。
有る意味ではものすごく「やっちゃいけない」事ではないでしょうか。
 つまり、古風をまとって新風を吹かせる、というか。
そういうのって文壇を馬鹿にしている装飾だと思う。

大切なのは、ビートルズがポケットトランジスタラジオから流れて
「うわっ、なんだこのへんなの?」
と耳が釘付けになった当時みたいな
全く新しい表現の中にある自然な伝統なんです。
 そういうものを発掘できない流れ、つまり≪腐敗≫ですが
これが有る限り文壇そのものは衰退し続けると僕は思いますね。

商業主義はそういう流れを壊す、正しいことなんです。
村上龍さんもきっとそう思ってらっしゃると思います。
だから綿金ブームを一種の「文学促進の方法」として採用したんです、たぶん。

416 :鈴木大介 ◆m0yPyqc5MQ :2006/01/11(水) 00:49:23
 音楽や絵画に比べると、文学というのは
遥かにゆっくりと変わっていくアートジャンルだという気がする。
「物語」が各地で紡がれ始めて以来、一向に手法は変わらない。
『源氏物語』を今読んでいる僕にはそれが手に取るように分かる。
「虚構の中で何ものかを語る」切り口というのはもう、どこ1つも変わっていないんです。

それに比べると絵画はいつの間にか印象派を向かえ対象を描く、という姿勢が問われる。
やがてピカソを代表とするキュビズムによって抽象化が始まり、
対象を描くという意義を乗り越えたモンドリアンで1つの頂点を迎える。
中心舞台はアメリカに移り、ポロックのアクションペインティングから
ウォーホルら「大量消費時代」への皮肉を込めた新しいイラスト芸術が生まれる。
その足元には「泉=便器の置物」で有名なデュシャンがいる。
今でも新しさを求めて日本の村上隆、奈良美智、海外ではデ・マリアやタレル
様々な才能が全く別の表現を求めて日々格闘しているんです。

 音楽界の20世紀の激動は言うまでもない。

 このように凄い人だらけの他の芸術に対して、
なんですか?文学ってwwwぷぷぷ
未だに「えー、読む価値のある文章は長くてもいいよ」
とか、清少納言も失笑を超えて涙るいるいでしょ。マジで。あわれです。
 僕は村上龍さんを除いて、文壇の権威全員に「恥ずかしくないのか」と言いたい。
腰抜けをこんな名も無き若者に指摘されて情けなくは無いのか、と。

新しいもの新しいもの、新人の発掘とは申しながら
どんな挑戦にも踏み出せない編集者。あなたにも責任はある。
ゴッホが生涯に何枚の絵を売ったかあなたは知っているんですか?
最後の猟銃自殺した時のやり場なき絶望にあなたは同情する「こころ」を
あなたは果たして持ち合わせているのか。
 でなければ文学なんてぶち壊してしまえ。

417 :鈴木大介 ◆m0yPyqc5MQ :2006/01/11(水) 00:55:09
 村上春樹さんの名作『風の歌を聴け』を落とした芥川賞。
そんなものはただの戯れだ、と誰もが気づいているんです。
大江健三郎さんはほんとうは恐ろしかっただけなんだ。
「こんな俺の想像を超えたヘンな奴に、有名になってもらったら俺が困る」
それだけだ。下らない。

『風の歌を聴け』はまったく新しい手法で独特の世界観を創出した、
日本文学ならず世界文学史に残されるべき傑作ですよ。
それを「才能ナシ」と判断したバカ芥川賞面々の罪は深過ぎる。
いわば文化の抑圧者、国賊いや世界的犯罪者に他ならない。
自殺すべきだとすら思いますよ。本当に、心の底から。
それで償えるような罪ではないのです。
全世界の文学を愛する人民に土下座してもらわねばならぬ。

 誰もがわかる。
あんな賞はただの遊びです。死ねばいいんです。審査員の偉そうなバカどもは。

418 :鈴木大介 ◆m0yPyqc5MQ :2006/01/11(水) 01:03:35
 どうせ誰もそんな流れを変えられないんです。
日本人というのはいつもそういうものです。
「お上」にヘイヘイ頭下げてぶん殴られて自らの分の米を取られる。
そうやっても暮らしていければいい、としか感じない先細りの雌の腐ったような奴だけだ。
それで小さな孤島で同じ血を継いだ半島の人民でも軽蔑して、死んでいけばよろし。

百余の神々よ、私の故郷を見守り賜え。

419 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/11(水) 01:38:11

   ♪ ♪   \\ ♪  僕ら〜はみんな〜 生〜きている〜  ♪.// ♪  ♪
  ♪        \\ ♪  生き〜ているけどカギは死ね〜 ♪// ♪
       ♪    ∧ ∧     ∧ ∧   ∧ ∧     ∧ ∧    ∧ ∧     ∧∧  ♪
   ♪    ∧ ∧(゚0 ゚*)∧ ∧(゚0 ゚*)∧ ∧(゚0 ゚*)∧ ∧(゚0 ゚*)∧ ∧(゚0 ゚*)∧ ∧(゚0 ゚*) ♪
        (゚0 ゚*)∧ ∧(゚0 ゚*)∧ ∧(゚0 ゚*)∧ ∧(゚0 ゚*)∧ ∧(゚0 ゚*)∧ ∧(゚0 ゚*)∧ ∧
      ♪ ∧ ∧(゚0 ゚*)∧ ∧(゚0 ゚*)∧ ∧(゚0 ゚*)∧ ∧(゚0 ゚*)∧ ∧(゚0 ゚*)∧ ∧(゚0 ゚*)♪
  ─♪──(゚0 ゚*)| U(゚0 ゚*)| U(゚0 ゚*)| U(゚0 ゚*)| U(゚0 ゚*)| U(゚0 ゚*)| U
          |  U.|  | |  U |  ||  U. |  ||  U. |  ||  U. |   || U. |   |〜♪
    ♪    |  | U U. |  | U U |   | U U |   | U U |  | U U |  | U U ♪
         U U      U U       U U      U U       U U    



420 :360:2006/01/11(水) 02:40:09
>>406
短いものを例外として扱うなと言うのであればそれは認めます。
可能性が高いとは正直思えませんが、今後10分以内で読み終える
のがスタンダードの文芸のスタイルが一般化する可能性もあるでしょう。

しかし今まで「名作」と呼ばれてきた一連の諸作品が、他のジャンルに比べて長大なことは
どうしても明らかだと思います。
先ほど「クラシックならば」などとも仰ってましたが、クラシックだって何日も何十時間も
やるようなものはまずありえません。というか、10時間を越えるものってあるんですか?

全体を比較すれば、絶対に時間は文学関係の方が飛躍的に長いでしょう。
それも数倍以上です。
今後、短いものが流行り、中心化するという見方があるのならば、僕は従います。
(それと、個人的にはあまりに短い文芸作品にはそれほど面白さを感じません。
俳句とか全然わかりません。エキゾチックなのが受けてるとはいえないんですか?)

421 :鈴木大介 ◆m0yPyqc5MQ :2006/01/11(水) 02:43:20
  夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡


これをしみじみと感じられないのは日本人としてどうかとw



422 :360:2006/01/11(水) 03:00:09
それと、誤解なさってるようですが、僕自身は面白いですよ、小説。
しかしそれは他のジャンルより時代としてアドバンテージがあるからだ、というのが本音です。
批評家なるものがあり、大学や天才達が研究してきた歴史もあり、そういった緊張した場として
文学が存在するからこそ、少数精鋭が意識的に面白いものを創ろうとしていると信用できるわけです。
その信用は、長い時間をかけるにたるものだというのは、確かにあります。
でも、そのアドバンテージは歴史的なものであって、小説じゃなきゃいけない道理はどこにも無い。
いまのところ、トルストイは文学の世界にしかいない、というわけです。

>>409-410
この辺りは結構感動しました。
理解が追いついているか自信がありませんが。

仰るように、今現在ロックであれヒップホップであれ、まずは長くても6分以内で
終わる曲、さらにいえば、サビという宣伝カー的というかキャッチコピー的なものまで
つくられた「食べやすい」形に納められてるのが現状の音楽だと思います。
しかし、そこで商業主義に屈してるにしても、ビートルズのように芸術を表現できることは
証明されてしまったように思います。
ショートショートにビートルズのような可能性があって、そしてロックやヒップホップほど
広がりが生まれるというのであれば、僕は是非ともそれを見たいと思う。
けれどそんな可能性って本当にあるでしょうか?
もしできるんだったら、多分すでに生まれてるんじゃないでしょうか?

423 :360:2006/01/11(水) 03:19:11
少なくとも、僕自身が見たことのあるショートショートは、どれもネタが勝負というもので、
確かに僕の読書量が著しく狭いからなんでしょうけれど、音楽のような色々なやり口が
あるようにはどうしても思えない。
商業主義を受け入れるか否かって問題はシビアなんでしょうが、少なくとも、一般人が
文学と連想するもの達が、商業的には受け入れ難いという状況は、どうしても「衰退」を
連想します。
商業を憎みつつも、商業となんとか一体化するという状況の方がよほど健康的に思える。

僕は、今の人のが昔の人よりシビアな状況で文学に向かってると(勝手にですが)思うし、
今の文学が言われるほど酷いとは全然思いません。それこそ、10時間だろうが一ヶ月だろうが
長期間かけて読むべきものは今もこれからも綴られるとは思います。
けれど、実感として、それと同じだけのものがあると感じられる映画があれば、多分そっちを
先に見る。漫画があれば、多分そっちを先に読む。(実際は、漫画でそこまでのものなんて
めったにないと思いますが)

衰退衰退と嘯く連中に対して怒りをもつCさんは真摯的だと思います。情熱的だと思います。
信用できる人だと思います。
だからこそ自分も本音で言いますと、やっぱり全体的には文学のアドバンテージが大きいとはいい難い。
時間もかかる。あらゆるニーズにこたえられるような広さもあるとはいい難い。
(「こういう音楽ない?」って聞いたら、多分、幾らでも存在すると思うんですよ。でも、文学で
一定のクオリティーのそれを求めたら、それはとても少ない)
商業的な要素も少ないから、これからこのジャンルが発展する将来も見えない。

僕もこの後、小説を読んでいくでしょうし、面白いと思うに違いないです。
青木の新作が出ると聞いてわくわくしてるくらいですから。
でも小説が衰退するかといわれたら、心底、賛成すると思います。ちっとも嬉しくはないですが。

424 :360:2006/01/11(水) 03:35:45
簡単に言えば、電車の中で、学校に向かう途中、出勤途中に、ミスチルを聴くことは出来る。
そしてそれである程度、その音楽は楽しめるわけですよね。
ハリーポッターはテレビで週末に流れてたりする。
はじめの一歩は友人の家で暇つぶしに読んだりする。
多分、こういう身近な感覚は誰にでもあると思う。

そして文学にはそういう気兼ねない感覚で扱えるところがない。
確かにショートショートならば可能でしょう。でも、そんな風景は見たことが有りません。
あったとしてもかなり特殊な状況か、稀なことでしょう。

つまり文学を読む人は「特殊な趣味」というレッテルになっていくし、文学は一般的な趣味の
ありかたからどんどん遠くに向かっていくし、かといってその遠くに敢えて行かなければならない
ようなものを持ち続けるというものも特に見えない。
10年後は文学はありつづけるでしょうけど、30年後はもう絶滅の危機にあってもおかしくないとさえ思います。

時間をかけたいって意識は凄く大事なことだと思いますが、それは他の文化でも可能なうえ、
時間がかかるという非常に重い足枷にもなります。

文学にポジティブな材料は、>>422の前半で感じるアドバンテージしかないような気がするんです。


425 :◆7sqafLs07s :2006/01/11(水) 08:03:14
>>>413

取り立てて書くべきことが見出せないので
「ああそうですか、それはよかったですね」
で終わりとさせて頂きます。

426 :◆7sqafLs07s :2006/01/11(水) 08:15:55
>>420

クラシックではないですけど、
こういう例があります。

ドイツ語はお読みになれますか?

http://www.john-cage.halberstadt.de/new/index.php

一応、説明を書いておくと
ジョン・ケージの"Organ2/ASLSP"(As SLow aS Possible)
という曲があるんですけど、
これを639年かけて演奏しようというプロジェクトです。

多分これより長い「芸術表現」は今のところ存在しないんじゃないでしょうか。
5年かけてようやくコード二つめですからね。

俳句に関しては検索してみたら
http://www.worldhaiku.net/japanese.htm

なんてのがありました。
これがどういう組織かは知りませんが、
俳句はそれぞれの国の言葉で表現されているはずなので
エキゾチックとかは関係ないと思いますよ。
最近だとアイルランドの国民的歌手でもあり
日本でも人気のあるエンヤ(Enya)が
松尾芭蕉の句
“山路来て何やらゆかしすみれ草"
を題材に日本語で歌う曲を作って一部で話題になりましたね。

アイルランドの歌手が認めてるんですから
日本人が認めないのはおかしいんじゃないでしょうか(笑)

427 :◆7sqafLs07s :2006/01/11(水) 08:20:57
>>420

貴方は「スタンダード」とか「名作」とか「全体」とか「中心化」とか
そういう権威的なものがお好きなんですね。

そこが僕と貴方との根本的な違いなんでしょう。
僕が文学を好きなのは権威だからではなく色々あるからなんです。

何かを中心軸として設定してからじゃないと
そのジャンルに触れられないという強迫観念は僕には無いのです。

僕にとっては面白いか面白くないか
美しいか美しくないか
自分にとって価値があるか無いかだけが大切で、
他の誰がどう評価しているとか
「一般的」にどう言われている、とか
そういうことにはほとんど関心が無いのです。

ですから「スタンダードな名作を中心として全体的かつ一般的に見た場合」
文学というジャンルが他のジャンルより時間をかけて消化されるものだという
貴方の言い方に反論する気も起きません。

ただ「だから何なのだろう」という疑問符はいつまでも残るんですけど。

428 :◆7sqafLs07s :2006/01/11(水) 08:35:42
>>422
アドバンテージなんてあるんですかねえ。
僕は「近代文学の死」なんてテーマをやって有名になった人たちの
巧妙な詐欺だと思いますけど。

批評というのは多くの場合、概念上の敵を作るものです。
そしてそれを打ち倒す形で自分の論理を際立たせ英雄になろうとする。
当然「敵」は強大なほどいいわけです。
だから批評の多くはまず「敵」を強大に見せるところから始まる。
この「敵」は「的」でもいいんですけどね。
アメリカ人はこういうの得意ですよね。
自分たちで育てた貧相なテロリストを悪の極みみたいに思わせて
世界中を戦争に動員してしまうんですからね。

「文学なるもの」が未だに強大に思われているのは
911詐欺に似た近代文学詐欺のせいだと思うんです。僕は。

歴史を見ればいいんですよ。近代以前の歴史を。
そこに小説なんてものは基本的に存在しないんですから。
それにずっと「戯曲」が文学的文化(変な言い方ですが)の中心だったんですから。

僕はまず文学を正しく実物大に評価することから
やりなおさないといけないのだと思います。貴方のような人は特に。
「偉大な近代文学」なる幻想を捨て去って、
個々の作家論・作品論に立ち返らないと、
実態の無いバブルのような幻想に怯えたまま、
次の文学(的観点)が見出せない人も多いんじゃないでしょうか。

429 :◆7sqafLs07s :2006/01/11(水) 08:40:30
>>422

なんで逆の考え方はしないんでしょうか。

貴方は「一般的に」文学は時間をかけるもの、音楽は時間をかけないもの、
だと主張しています。

そして次に、「音楽はビートルズのように短くても芸術足りうるが文学にはその希望を持てない」
と言います。それはそうかもしれない。川端やブラッドベリの仕事を無視するなら
そう言えるかもしれない。

だけどそれは貴方の論理破綻に関する最大の問題ではないのです。
貴方の最も大きな問題はここで逆側からの検証を行わないことです。
つまり

「文学は断続的な長期の時間に耐え得るだけの構造性を持っているが音楽についてはどうか」
という部分を検証してみないと意味が無いと思うのです。

長くても短くても音楽のほうが上なら文学は音楽に(対時間効率的な面で)
負けていると言えるかもしれませんが、片方しか見ないのだとすればそれは論理破綻でしょう。

430 :◆7sqafLs07s :2006/01/11(水) 10:35:50
>>423
この文章に関しては僕にも同意したい部分があります。
それは「商業化というものに対する文学のスタンス」について
問題が残っているのではないかという部分です。
僕は文学も含め芸術はただの商売ではないと思う。
だけど商売として見た場合にも一定の成功を収めていないと
結局未来に残ることが出来ないというのも事実です。
だから文学が普遍性を求めるものだとすれば
どうにかして一定以上の売れ方をしないといけない。
そうやって残っていかないといけない。
過去に生まれたどんな芸術も、基本的には
その生まれた時代から連なる無数の時代を「商業的」に
生き抜いてきたからこそ僕達が今鑑賞できるわけですからね。

ただ僕は「憎みつつも一体化する」ことが正解なのかどうかわかりません。
ジョン・レノンが歌い、マリリン・マンソンがカバーした曲
「Working Class Hero」の歌詞にこういう部分があります。

Keep you doped with religion and sex and TV
And you think you're so clever and classless and free
But you're still ------- peasants as far as I can see

宗教やセックスやテレビなどにdopeされて
賢くなった気になってみたり自由な気分になったりしても
結局「おまえたちは」(俺は)peasantsなんだ、本当の特権階級じゃないんだ、
というこの歌詞の終わりはこうです。

If you want to be a hero well just follow me
英雄になりたいなら、そうだ、俺みたいにやってみればいい。

僕はジョンのこの言葉を読む時「一体化」という方向性を
信じることが(followすることが)出来ないんです。どうしてもね。

431 :◆7sqafLs07s :2006/01/11(水) 10:44:48
>>424

ここで貴方が書いていることは「文字」としての文学だけではなく
たとえば「芝居」というような表現についても当てはまります。
「絵画」も同じかもしれない。

これらは特殊です。確かに「一般的」には。
生涯に一度も映画を見に行かない人は少ないだろうけど
芝居や絵画を観に行かない人は結構いるでしょうから。

そしてその特殊さを「特権」と考えたがる人たちもいる。
この人たちがまた問題を複雑にする。

だけど、それはその人たちのアンテナの問題ではあるでしょう、やはり。
その感度が悪いのか、たまたま角度がそっちに向いていないのか、
それは追求しても仕方の無いことだと思うのでよしますが、
少なくとも「文学を読む」人間が過去のどんな時代と比較しても
「多い」ことは識字率とか平均的な教養および教育面の問題から間違いないと思うし、
そうである以上、「特殊」だったのは過去も常に同じで
むしろ以前のほうが特殊だったと言えるわけだから
(文字を読めなかった昔の田舎の人たちだって祭りや何かで
歌や踊りや芝居などの芸能には触れていたわけですから)
やはり衰退したというより「変化」しただけなんじゃないでしょうか。

文学を文学で語るのではなく他の色んなものを持込んだことによって
文学が豊かになる一方、多くの疑念が生じた。
それと戦い続けているのが近現代の文学の一面だと思います。
それは実は幻想なんでしょう。だけどこの幻想には意味があるのです。
たとえば貴方と僕にこれだけの文字を書かせるだけの意味が。

そういうことでよいのではないでしょうか。

432 :360:2006/01/11(水) 12:13:45
一般化という言葉が権威的なのは認めます。
おそらくCさんは色々な種類の文学に触れていらっしゃるからこそそれを認めるのだと
思います。僕の方が一方的な偏見で文学を規定しているのは認めます。

Cさんが「文学を面白いと思えるのだから衰退してはいない」というのは、究極の意味で
愛のようなものなんだろうなと思います。それって凄いことだと思います。
他に比べてアドバンテージがあるかどうかなんて知らないし、そうじゃなかったにしても
今現在、面白く読めるんだからそれでいいじゃないか。こういうことですよね。
凄い正論だと思います。
そして、それは文学関係なく、何かを好きであるということに共通であるべき姿勢だとも思います。

けれど、この姿勢は正直、修行僧のようです。
これ以外の態度は邪道なものでしょうが、しかし好き好んで修行僧になる人は少ない。
僕自身はCさんのように読めるようになりたいし、今読んでる限りの小説はそうやって読めてるとも
思いつつも、どこかで権威を消化して喜んでるだけなんじゃないかと思うこともあります。

この皺寄せは結局、ほとんどが商業なアドバンテージの喪失ということになってしまうのかもしれません。
本質的な問題というわけではないのかもしれない。

433 :360:2006/01/11(水) 12:30:03
「かもしれない」なんていいつつ、それ以外にはないんだろうとも認めます…。

>>431
若いのでよくわかりませんが、70年代とか60年代とかは識字率の向上や権威的な意味での小説の
興隆とかで、小説があまりに「売れすぎた」ところはあるんだと思います。
そういった時代の意識は未だに尾を引いてるんだろうし、読書にそういう特権性を見出せなければ
文学は喪失感に襲われたように思ってしまってるだけなのかもしれません。

それにしても>>431に書かれたことは的を射すぎて答えようがありません。
ただただ、「やっぱりそうだよな」としか呟けません。
それこそポップ音楽を聴くように名著を読めるようにならなければならないし、それこそが
本当の、趣味の形なんでしょう。

>>430に関しては正直、別の問題の側面が大きすぎる気がするので保留します。
>>429に関しては、同一性の文化が長時間に耐えられる性質はなくとも、音楽市場に存在する
多大な量や、また、同じ音楽もかなりの回数が楽しめるという現実から、現実問題に
ならないと思います。(文学もかなりの回数楽しめますが、あくまで一定時間をかけたいなら、で)
お金と時間のコストパフォーマンスならば文学が圧倒的に優位ですが、その優位性は現代では
さほど問題にならないような気がします。

434 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/11(水) 12:54:29
こういうやつが増えてきたから

【各方面が】TOKYO REAL不買運動【大迷惑】
文学はもとより、音楽業界やクラブシーン、さらに医療や薬学の分野にまで
悪影響を及ぼすような内容をよりにもよって、あの悪名高いDeep Loveを上回る
悪文誤字脱字で綴ったネット小説がまもなく集英社より出版されます。

21歳、現役ギャル汚の作者は、
ダンスミュージック、クラブ、ドラッグ、文学等について
いいかげんな知識と経験しか持っていないにも関わらず、
ただ自らの金銭欲のためだけに自身の独断と偏見によって
書き上げたTEINOU REALな小説を出版しようとしています。

ジャンルを問わず、本を愛するこの板の住人の皆さんには
間違ってもこんな本を買わないでいただきたい。
そしてみんなで出版反対&不買運動を広めましょう。

TOKYO REAL
http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=hyperoniryu
プロフ
http://pr1.cgiboy.com/S/1047471/
日記
http://ip.tosp.co.jp/NIki/Tospi400.asp?I=hyperoniryu1&P=0
BBS
http://ip.tosp.co.jp/Kj/Tospi200.asp?I=hyperoniryu&P=0&Kubun=V5
感想BBS
http://ip.tosp.co.jp/Kj/Tospi200.asp?I=hyperoniryu2&P=0&Kubun=V5

435 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/11(水) 13:24:41
新批評とロマン主義の関連性とは如何なんでしょう?
新批評といえば、作者と作品を引き剥がし作品のみに
執着するという事なんだが、それによってロマン主義は
意味を持たなくなるのだろうか?

うーむ、わからん

436 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/11(水) 14:33:30
ラノベは衰退してきてるからチャンスだよ

437 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/11(水) 15:11:16
漫画家と物書き。どっちが本当に骨身を削っているか?

438 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/12(木) 07:11:11
参考。
『日本語と日本人の心』(岩波現代文庫)大江健三郎×河合隼雄×谷川俊太郎

約10年前のシンポジウム(講演+鼎談)だが、
「日本語による表現について」基本的なところから考えるには、
三人三様違った立場の発言が、興味深い。
その後のIT革命→ネット言語への移行の流れを読み解くにも
示唆に富んでいる。

439 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/14(土) 20:03:16
文明が発達すると相対的に人間の思考力が衰えてくるからだと思う。
便利な生活って言い換えれば手間を省くということで、
人類は退化してるのではないか、とさえ思う。
実際、小説より漫画、漫画より映画、というように娯楽も退化してきている。
退化というと誤解を招くおそれがあるが、手間を省いているという意味ね。
つまり言語から映像や音声を自分で想像する小説よりは、
映像や音声がすんなりと感覚に入ってくる映画の方が楽である。
とにかく自分に負荷がかからないように進んでいくうちに、
純文学からエンタメへ、小説から映画へと変わっていったのではないだろうか?

440 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/23(月) 11:48:36
文学が衰退してないとか思う奴がいるなんてのが信じられないが、
衰退してるから革命をするなんて言う奴がいるのも信じられない。

441 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/23(月) 12:51:54
インターネットによって活字情報に、(比較的)能動的に触れられるようになった現状は? 案外、文学の衰退だか復権だかに影響してくる可能性もあるのでは?

442 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/23(月) 13:04:15
>>441
こんなサイトも出て来ているしね。一概に文学の衰退とかは言えないと思う。
ttp://nw.ume-labo.com/

443 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/02/06(月) 05:23:01
全く短絡的なのばっかりだな。
テクノロジーの進歩発達によって、また、それによる特定の分野の人口の増大によって、ある芸術が進歩発達した事なんかあったか?
印刷機、写真機、ワープロ、ラジオ、映写機、電話、テレビ。
これらの登場で、文学、絵画、演劇、音楽などが進歩発達したか?
これらの登場で、何か人間が良くなったか?
プラスもあったろうが、マイナスの方がでかくないか?
インターネットによって文学が変わる?
変わるのは、ロクな方向にだよ。阿保か。

444 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/02/06(月) 05:39:00
ロクな方向にだよ=×

ロクでもない方向にだよ=○


別にテクノロジーが進歩発達したせいじゃないよな(笑)

阿保か。

445 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/02/06(月) 05:44:40
いや、そこでマイナスの方向に変わったというのは、
近代文学の評価基準から見た後退なのであって、
紙の本と小説の発達によって、
前近代的な韻文学的感性が退化した、ってのと同じだよ。
もう、ネット普及以前の文学は、
古典芸能のようなものになっていかざるをえない。
古い文化の保護はすべきだと思うけどね。

21世紀における小説も、
近代における和歌のようなものになっていかざるをえない。

446 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/02/06(月) 05:45:48
では次代の文芸とはいかなるものか

447 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/02/06(月) 06:04:31
漫画…かな。

448 :@name:2006/02/06(月) 08:37:11
私は現代文学の衰退は作家だけに原因があるのではないと思う。
出版社がいい作品を出版しないのだ。


449 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/02/06(月) 09:18:12
大手文芸誌を所有する出版社に依存しすぎだと思うけど
純分系の小説は、ごく単純に読むのにあまりに時間かかるから
自費出版の現代詩の詩集とか、インディーの音楽みたいに
メジャーから出てない作品の良し悪しを判断するのが難しい

450 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/02/06(月) 10:43:35
死後の恋/夢野久作
夢野久作といえば『ドグラマグラ』が有名ですが、思わず泣いてしまったのはコイツ。
あたしが「ハルピン」とか「ロシア」に惹かれたのは、彼の作品の影響かもしれない。
ちなみに『ドグラマグラ』は、ブラジルはアマゾン州都マナウスで、
熱と出しながら読み直した(頭ぐるぐるしたねえ)。『氷のはて』とかいいですよ?。いやー、興味のアル方
は三一書房の全集を集めましょう(もっていますよ、はい)。
あ、筑摩文庫でも全集やっています。

■千年の愉楽/中上健次
中上さん。20代前半のときの職場の人から「読め、読め、読め」と言われつつ読まなかった。
こっちの図書館で借りて衝撃。こんな文章の書き方、ありなんだ。思わず日本から来る友だちに買ってもらったり。とくに出身地である「熊野系」ははまったな。
惜しい人と早く亡くしました(どうでもいいけれど、バイだったらしい)。

ちなみに中上さんから後継者と言われたと豪語している村上龍。
お前なんて彼の後継者なんかにゃなれへんでーーーっ。途中で失速してばかりじゃねーかっ! 
翻訳だっていっちゃん最初の『限りなく?』だけじゃん(
確かにコレは面白かった)。
今後は政治家ですか?


451 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/02/06(月) 23:34:55
人は自分のなりたい理想に近いものに憧れるものであって、
文学だの音楽だのは、それを実現するための一手段に過ぎないのです。
ただ、文学が少なくとも日本において衰退しているかのように見受けられるのは
文学作品をそれなりに読んだであろうと思われるこのスレのCなるコテハンを始めとして、
彼らが大多数の日本人が抱く『理想』とかけ離れており、
秋葉原のオタクを見たときに感じる生理的嫌悪感と同様な感覚を抱かずにはいられない現実があり、
文学による自己実現は難しいと大多数の人々が考える。
それが『文学離れ』を促進させているからです。

そもそも、文学と音楽や美術を比べて論ずることに何の意味があるのか?
『1mと1km、どちらが長い?』なら答えようもあろうが、
『1mと1g、どちらがすごい?』と聞かれても答えようがないのと同じ。

452 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/02/07(火) 01:17:17
文字によるコミュニケーションがなくならないかぎり、文芸もなくならないと
思う

453 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/02/07(火) 01:17:30
自己実現の道具なんて考え、ぞっとしない。

作品が全て。

454 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/02/07(火) 08:46:17
>>1

http://www7a.biglobe.ne.jp/~homehome-world/

文学の衰退、これで持ち直さないかな

455 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/02/07(火) 21:35:12
「文学の衰退」=「文学の権威(だかポピュラリティだか知らんが)の衰退」
ということなら、そりゃ衰退してるだろうね。現状は。

456 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/02/08(水) 13:44:56
文学はすでに書かれつくしている。
似たような作品ばっかし

457 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/02/08(水) 14:06:15
音楽もそうだ

458 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/02/08(水) 16:15:59
>>443
グーテンベルクの発明が、ルネサンスに何の影響も与えなかったとするなら、
それなりに妥当性のある意見だ。アルド・マヌッツィオが現代で言うところの、
文庫本を「発明」しなかったら、中世の知識人階級であるキリスト教の聖職者たちの独占だった、
「読書」という習慣が一般に普及することもなかっただろう。
それによって、非キリスト的であるという理由で、人目に触れることのなかった、
古代ギリシア・ローマの文芸が日の目を見、人々の意識の変革と開放に大きく寄与したという事実は、
無視されるべきことなんだろうかね。

漠然とテクノロジーに恐怖心を抱いている人間の、典型的な物言いだな。

459 :吾輩は名無しである:2006/02/08(水) 18:28:07
こういう時代にも成功している人がいるだろう。
その人は何故衰退せずにいられる。

460 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/02/08(水) 22:12:57
>>453
僕も>>451の考えには、ぞっとしない。
いや、考えというよりも、特定個人を貶めようとする意図と、
品格のない文章にぞっとしない。

461 :吾輩は名無しである:2006/02/15(水) 18:36:09
451の意見の方がまともだと思う。
ずれてる人は、自分がずれてると気づかない。
大数の平均を取って初めてずれが見られるのだ。
だから大衆から評価を受けてる作品の方がまともである。
それが気に食わない少数者は貶したり、品格のない文章を書いて陥れるか。

462 :吾輩は名無しである:2006/02/15(水) 20:08:06
確かに。
素人文学批評なんかにはゲンナリすることがある。
素人でなくてもそうだが……。
これを言うと、なんでこの板に居るのって話になるんだけど。
昔の学生紛争くらいの時代の文系学生のイメージって、
哲学やら文学やら読みふけって、学友とは議論を闘わせていたような感じだが、
そういうのが今はオタクにシフトしていて、根はいっしょなんじゃないかと思う。
オタクに対する嫌悪感と言うのはある。
同様に、文学語りにもあるし、電車で「お芝居」のパンフレット出して
「○○さんの演出はね……」などとべちゃくちゃ喋っているおばちゃんにもある。
ああいう風にはなりたくないな。
俺はもっと娯楽をピュアに楽しみたい。
……と、彼、彼女を見ると思ってしまう。

463 :吾輩は名無しである:2006/02/15(水) 20:34:38
文学は、これからも>>461-462に蔑まれるような者の
ユートピアであって欲しいな。
それがいかに歪んだ、人心に乖離したものであれ。

464 :@NAME:2006/02/16(木) 07:14:58
問題は政府の言論統制に迎合して、本当にいい作品を出さない出版社にある。
日本の文学は衰退しているというよりも、窒息している。

465 :吾輩は名無しである:2006/02/16(木) 08:41:40
文学に興味を持たないような人は自己実現とかどっちがまともだとか、
そういう複雑なことは考えてないんじゃないかな。
だって文学にはそれなりに歴史があるんだから、
誰だってまともなものだとはわかってるでしょ。敬遠はするかも知れないけど。
あえて理由を挙げるとしたら、
文学は今ある他のエンターテイメントと比べて楽しみを発見しづらいからだと思う。
読むのもなかなか楽じゃない作業だしね。
ここに来ているのは文学の面白さを見つけることができる人達だろうけど、
それはきっとせわしない現代社会には合わない。悲しいことだけど。

466 :吾輩は名無しである:2006/02/16(木) 18:42:29
463や465の意見を通したいなら、文学が出版界を代表する顔をしないことだ。
マニアックな少数者の聖域とするなら、出版界の弱者の顔をした方が良い。
みなさま方にはわかりませんが、こんな主張を持ってます。そっとしておいて下さい。
そんな感じなら、誰も文学好きに喧嘩を売らない。
それが、「教養のない人間にはわからん」「文学こそが人間を育てる」
などと偉そうにするから、怒られるのだ。
他の分野の人と喧嘩しているところを見ると、いつもこれだ。



467 :吾輩は名無しである:2006/02/16(木) 22:06:06
文学こそは〜ってのは俺も嫌いだけど、
アートなんて、経験と能力どちらが欠けても解らない。

468 :吾輩は名無しである:2006/02/17(金) 18:38:05
過去の経験がかえって足を引っ張ってないか?
最近の文学好きの議論を見ると、作家の扱いが主流と傍流の人がいる。
主流の人は人気が無く、本が売れずに困っている人が多い。
傍流の人は大衆作家で、本が売れてる人も多い。
そんなのを見ると、主流と傍流が逆のように感じる。
いつからこうなったのか知らないが。

469 :吾輩は名無しである:2006/04/12(水) 20:55:46
age

470 :吾輩は名無しである:2006/04/13(木) 06:35:04
経済主体にものごとが動いているから。
現代(特に先進国)では優れた文学作品があったとしても、それが売れなければ
コンテンツとしての価値がないと見なされる。
マーケットのレベルに合うような物しか出版されないから、作品全般のレベルが下がる。
例えすごい才能を持った駆け出し作家がいたとしても、一般大衆のレベルを超える
ようなものであったら、まず日の目をみることはない。
消費者の目がこえなけば、文学や他の芸術は衰退するばかりだろう。
悲しいかな、芸術の本質的な部分より売り上げが重視される社会だ。

471 :吾輩は名無しである:2006/04/13(木) 06:41:29
まるで鈴木みたいな言い草だな低レベルすぎる

472 :吾輩は名無しである:2006/04/13(木) 21:35:57
老害だと思うよ。
小説はある面では消費性向の高い世界なのに
知性やら権威やらを持ち込んで格をつけたがる。
アニメのように若者が評価付けを行えるようにすれば今よりよくなる。

473 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/13(木) 21:41:57
俺は同時代って殆ど読まない方だな。時代の共通言語を
探すには、時間の淘汰を生き延びた作品を選んだ方が確か
だからさ。

474 :吾輩は名無しである:2006/04/14(金) 07:48:17
文学って純粋につまらないじゃん。
人間失格読むよりスラムダンク読んだ方がおもしろいし、よっぽど為になるよ。
ドストエフスキー読むより「ナースにおまかせ」プレイした方がよっぽど人生が豊かになるよ。


475 :吾輩は名無しである:2006/04/14(金) 17:16:02
ロック、映画、アニメも漫画なんかも内容的には衰退してる
20世紀生まれの大衆文化全般がもう創造性を失っている

476 :吾輩は名無しである:2006/04/28(金) 20:12:50
資本主義= 銭にならんと話にならん
大衆文化= 馬鹿
474のようなやつが銭持ってるってことだよ


477 :吾輩は名無しである:2006/04/29(土) 20:21:30
商業主義が原因っていうのも、いいかげんありきたりな物言いではあるよな。
だったらその商業主義のコードの中で、
映画やコミック、アニメは表現としてそれなりに生き残っているのに、
なんで文学は駄目なんだって話になる。
商業主義的な大衆文化は所詮、馬鹿がつくるものだから?
じゃあ、その「馬鹿」を相手にしないとする文学は、誰に、どの層に向けての表現なのか?

478 :吾輩は名無しである:2006/05/27(土) 01:17:30
すげえ、Cサマってまだこのスレにいたんだーw
また煽ってあげたいなー
ボクのこと覚えてるかなーw

479 :吾輩は名無しである:2006/05/27(土) 01:22:20
またバカの一つ覚えの幻想論振りかざしてるのかなー?
出てこないかなー
美香と並んでダメコテだったなー
煽り倒したいなー
うずうず

480 :吾輩は名無しである:2006/05/27(土) 01:30:36
出版全体の中に占める四大文芸誌の売り上げは激減だし、
社会における文学者の発言の重要性も地に落ちてるのに。

痛いところ突かれると、「それは思い込みだ」
「基準を示せ」ってメタメタメタ思考を要求w
自分の見てる幻想には言及しないバカコテだったなあ。

481 :吾輩は名無しである:2006/05/27(土) 01:47:05
Cサマの基本
○ 彼がこのスレに常駐しているのは、他人を煽って自意識を満足させるためである。
○ 基本的に、幻想論を使って否定することしかしない。
○ 自分が見まくっている幻については、ほとんど言及しない。

482 :吾輩は名無しである:2006/05/27(土) 02:05:53
独自性ばかり重視された結果だね
もうやることもないし

483 :吾輩は名無しである:2006/05/27(土) 04:24:55
本読むよりテレビ見たりするほうがいいんじゃない
みんなと話し合うし。ってのが一般の若者

484 :吾輩は名無しである:2006/05/27(土) 06:55:37
http://www7a.biglobe.ne.jp/~homehome-world
新文学

485 :吾輩は名無しである:2006/05/27(土) 18:26:04
本当に良い作品を、評論家が誉めてるだろうか?
何となくひどい作品ばかり誉める作家がいるような気がする。

486 :吾輩は名無しである:2006/05/28(日) 21:10:45
サヨク評論家しかいないからね

487 :吾輩は名無しである:2006/05/30(火) 20:59:49
>>485
自分と似た系統で、ちょっと劣った作家を誉める奴が一番やらしい。

488 :吾輩は名無しである:2006/05/30(火) 23:28:16
ヨシヨシ可愛い奴だみたいな心境ですね

489 :吾輩は名無しである:2006/07/08(土) 02:09:32
大学一年の若僧です。村上龍が芥川賞とってから衰退し始めた気がします。また小説そのもののジャンルが増え過ぎたのも原因ではないでしょうか。さらに若合春侑が明治の文体で作品を書くなど、音楽界でいう氣志團のような、過去のネタバラシをする人が増えたからでは。

490 :吾輩は名無しである:2006/07/08(土) 02:24:42
 
>>489の「大学一年の若僧です。」というアプローチの仕方が格好良い
 

491 :吾輩は名無しである:2006/07/08(土) 23:42:59
ティーン作家って多く各出版社から輩出されてるけど、太宰みたいな純文学系統の作家って少ないよね。
綿矢とかもライトノベル系統じゃん?
純文学のティーン作家って戦後以降&平成では有名なのは誰がいる?

492 :吾輩は名無しである:2006/07/08(土) 23:49:39
そもそも「ティーン作家」っていうくくりじたいライトノベルティなかんj

493 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 00:24:18
デカルトは、より純粋に思考を深めるため、オランダに隠棲したが、
そこでの生活の条件として「議論しない」が含まれていた。
このスレを見てるとデカルトにつくづく共感する。

494 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 00:31:42
しらん。デカルトなんてはやらない
何年前の人?

495 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 00:43:28
綿矢は違うのかなぁ???三並は??

496 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 00:46:54
ドラえもんと火の鳥を超えないとね。
今のところ、おれ以外にはその偉業は無理だと思うな。

話し変わって、
今、日本の現代文学の、最先端かつ超絶技巧の作家って誰?
教えてくれれば、必ず読むぜ。

497 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 00:58:21
>>496
Cさんだろ。

498 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 02:57:06
Cじゃないよ。Cとかなんたら大介みたいな雑魚コテといっしょにすな。

さあ、誰なんだい?最先端かつ超絶技巧の作家って。

はやく読みたいぜ。

499 :◆7sqafLs07s :2006/07/09(日) 03:11:52
創作文芸板にでも行けば?
君のレベルにぴったりな糞板だから。

500 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 05:18:54
>>496
マジレスすると「最先端かつ超絶技巧」を
どういう概念で使ってるのか分かりません

501 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 05:22:28
だから佐藤亜紀だって。

502 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 05:45:58
というのは悪質な冗談だけど、おそらく彼は小説を書いて
「古臭い」とか「稚拙」とか言われたんじゃないの?

503 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 05:51:07
古臭い」⇔「最先端
幼稚」⇔「超絶技巧

あいたたたたたたたたたたた

504 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 05:55:57
ど、どういう意味?

505 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 06:03:07
あ、本人かなー。
「幼稚」じゃなくて「稚拙」だよ。

506 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 06:19:53
>>505
誤読スマソw
本人がその理由で発言したなら
いたたたたたたた
ってことでした。

507 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 06:54:47
大衆が価値を認めていないから
資本主義社会では利益にならないものには価値はない

508 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 09:02:58
亜麻布二十エレは一人の文豪の誕生に値する

509 :◆7sqafLs07s :2006/07/09(日) 11:53:42
ああもうどうでもいいネタの無限ループだな!

510 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 13:31:04
>>506
誤読スマソw
おそらく書いた小説批評されたか、
好きな小説が貶めされたか、
それに近いような話だと思いますよ。
他に考えられないから。

511 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 13:38:50
貶めされた→貶された

512 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 13:53:08
んで、10代の作家って誰がいる???

513 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 13:57:10
十代なの?

514 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 14:11:21
皆さん、大事なことを忘れています。(´・ω・`)

スレタイが

文学はなぜ衰退するのか本気で考えて見れ!【13】

ですから、「いま文学は衰退しているか」ではなく
「文学はなぜ衰退するのか」を「本気で考え」なくてはならないのです。(`・ω・´)

515 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 14:20:19
文学は衰退しない

衰退しているのは人間

516 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 14:21:20
ごめんなさい。

517 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 14:25:48
かつて完成された文学の質が変容することも衰亡することもない。
いま創造されつつある文学の質が、変性することも衰退することもない。
ホンモノは、時代を超えて生き続ける。

草臥れてくたばるのはその他大勢のどうでもいいはやりモノ。
衰退するのはそれらと、それらに群がる季節の下に死ぬ種類の人間共。

518 :◆7sqafLs07s :2006/07/09(日) 14:31:39
じゃあ衰退してないから考えなくていいですね。

519 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 18:34:00
すると、売れてない本は、廃れているからどうでもいい本になるか。
長いことベストセラーになってる本こそが本当の文学になる。
ベストセラーを出し続ける作家こそが大文学者だ。


520 :◆7sqafLs07s :2006/07/09(日) 18:43:11
確かに100年生き残る本っていうのは
一時期ブームになって消えてゆく本より
事実上、遥かに売れているわけだよな。
総数として。

だけど「売れるか売れないか」も
限定された時間の中で評価されちゃうから
厳密に言うと「ある一定の期間内で売れるか売れないか」
だけが取り上げられるようになっている。
年間売り上げランキングとかね。

すると本当の意味で「売れる」つまり
大衆に普遍的に評価されるかどうかではなく
ビジネス上の「売れる」つまり
出版コストなどとの兼ね合いだけが問題になってしまう。

ってことはだ、売れる本が偉い、ってのも
真の意味でそうなのかっていうと判定基準からして歪んでるってことになる。
結論として、やっぱ100年残る小説を書きましょう、
ってことなんじゃないかな。
視線をぶらさずにそこで精進するのが文学なんじゃないかな。

521 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 18:45:53
つまり100年生き残ってる本を読めってことか

522 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 20:27:36
Cは売れる小説も100年残る小説も書けないよね。

523 :吾輩は名無しである:2006/07/10(月) 21:50:03
というか面白い小説も書けないでしょ。書き込みが既に(略

524 :吾輩は名無しである:2006/08/09(水) 02:25:36
ていうかcはなんでながらくいなかったんだ?

525 :吾輩は名無しである :2006/08/09(水) 18:25:55
初版で絶版になるような本は、百年残る小説に入るのだろうか。
そんな本を書き続ける作家が増えたらどうなるだろう。
そんな作家を持ち上げる評論家が出たらどうなる。
それで、本が売れずに出版不況だと言われているとか。
誰が悪いんだろう。

526 :吾輩は名無しである:2006/08/10(木) 13:41:59
漫画とアニメ、映画のせい。

527 :吾輩は名無しである:2006/08/10(木) 13:54:34
>>525
出版不況は根が深い問題。再販制度という本独特の流通機構が
急速に発達したIT時代に対応できかねている状況。
一種の過渡期だから、
そのうちに落ち着き、新たな方向性が模索されるだろう。

作家は、作品に集中して、良い作品を書き続ければいい。
素晴らしい作品が、今日もどこかで生み出され続けている…
それが最も重要なことだ。


528 :はるか高み:2006/08/12(土) 13:26:28
早稲田の意味も知らんのに、文学かね?大学の意味も知らんのに、大学?
もっとも早稲田の全卒業生ばかりか、歴代の教授にしても「早稲田」の意味
どころか、その名に疑問すら持たんかったろうけどもw早稲田の場合は特にそ
の名を自慢してもいいと思うよ。

それは東大にしてもどこの大学にしても、無知の事情は同じだけどねw

529 :吾輩は名無しである:2006/08/12(土) 13:31:12
>528
現実生活の悲惨さから逃げるために
せめて尊大なコテ名で自己肥大妄想をはたすしかないバカ。
知能が遅れているとしか思えない文章だw

大学に入ったこともない人間だな、まさに。学歴コンプの病人かw







530 :吾輩は名無しである:2006/08/12(土) 13:36:28
>>527
取次ぎが消えない限り
出版不況ななくならないのでは?

531 :はるか高み:2006/08/12(土) 16:26:17
>>417の鈴木大介さん。
君は目があるなぁ。文学者ねぇ、しかしそこに不思議はないよ。
「風の歌を聴け」を天界の文法のみで読むと、村上さんで迷いはない。

しかし僕にとっては、その類のは先の一歌で顔もみたくないし。それに
真の日本語にしても部分的に独特のものがあるみたいだし。

しかしね、そんなもんが芥川賞になったら、今頃君は自殺に追いやられ
ていると思うよ。いくら死にたくなくたってあがなえないんだから、
それは不思議なものなんだぜ、君。



532 :はるか高み:2006/08/12(土) 16:38:15
もしあがなえなくなったら、ここで教えてあげるよ。

533 :吾輩は名無しである:2006/08/12(土) 17:44:06
>>531-532
いったいどんな悲惨な生活の憂さを
晴らしにきてるのか、哀れな女だなぁ・・・

>529 名前:吾輩は名無しである :2006/08/12(土) 13:31:12
>現実生活の悲惨さから逃げるために
>せめて尊大なコテ名で自己肥大妄想をはたすしかないバカ。


534 :吾輩は名無しである:2006/08/12(土) 17:46:30
>355 名前:吾輩は名無しである :2006/08/12(土) 17:34:09

>放置して狂い死にさせるのが一番の自演馬鹿対策w


535 :はるか高み:2006/08/12(土) 18:50:04
さぁ、お酒でも飲みに行こうっと。

536 :吾輩は名無しである:2006/08/12(土) 18:52:45
今夜のみに行く?
また電話するよ

537 :吾輩は名無しである:2006/08/12(土) 20:05:19
馴れ合いうざいよ

538 :はるか高み:2006/08/13(日) 00:35:13
ただいまぁ。いい酒だったなぁ。李白の酒置・・・だったっけ、明日にでも読
んでみようかなぁ。

539 :吾輩は名無しである:2006/08/13(日) 00:42:55
今日は楽しかったです。また飲みにいきましょう。
それと、あの女の電話番号ききました?

540 :吾輩は名無しである:2006/08/13(日) 01:16:03
普通はさ、己が文学が趣味でも周りに共通の文学趣味の人が一人も居ない場合が多そう

文学は独りぼっちで楽しむだけって感じ
誰ともコミュニケーションが取れない趣味は徐々に衰退していくのでは…?

541 :吾輩は名無しである:2006/08/13(日) 01:19:36
>普通はさ、己が文学が趣味でも周りに共通の文学趣味の人が一人も居ない場合が多そう
僕のまわりにはいるよ。数は多くないですが。

>文学は独りぼっちで楽しむだけって感じ
そこがいいんじゃないんでしょうか?

>誰ともコミュニケーションが取れない趣味は徐々に衰退していくのでは…?
同じ本を読んだ人とコミュニケーションできるのでは?

542 :吾輩は名無しである:2006/08/13(日) 01:27:46
このスレにみほみほはいませんか?
みほみほの文章が読みたくて読みたくて仕方がない

543 :吾輩は名無しである:2006/08/13(日) 02:05:24
>>541ん?だから一般レベル的には文学でコミュニケーションとれる程、文学に詳しいファンは周りに少ないって人のが実情だろ?(文学部とか文学に携わる仕事に就いてる等のやつは勿論除く)

漏れの周りには一人も居ないよ。文学の話すると解らない、興味無いと煙たがられるだけ。
酒呑みながら文学や好きな作家について飽きるまで語り明かしたいよ。

544 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/13(日) 02:12:23
柄谷は諦めてた


もう限界だってさ
pureな言語メディア


p
腰抜け

545 :吾輩は名無しである:2006/08/13(日) 02:17:11
カラタニがあきらめていたからってなに? 

もう限界だって? 
どういうふうにpureでどういうふうに限界なの?

そもそも「限界」って発想自体が楽天的じゃないの? カミサマ志向?

546 :吾輩は名無しである:2006/08/13(日) 02:55:26
まったく。

自分の頭と言葉で語る訓練をもう少ししろや!<544

547 :吾輩は名無しである:2006/08/13(日) 05:33:31
何故急にレスがついたのか?

548 :吾輩は名無しである:2006/08/13(日) 05:38:04
盆休みだから人が増えた。
アホの絶対数も増えた。

549 :吾輩は名無しである:2006/08/13(日) 05:45:02
これだけたくさんの人が書き込んでいるのに、
一番ましなスレの一番ましなレスで俺と同レベルなんだから、
こんな糞スレなんかどのレスも阿呆丸出しなのは当然だろ。


550 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/13(日) 06:25:40
人をばかばかいえばじぶんはばかじゃない気してる猿山

あわれ(>.<)y-~

551 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/13(日) 06:27:41
からたにいわく


売れない以上
社会的影響もない

つまり、もう近代文学なんてただの伝統芸能なんだって



くぷぷ
わたやで騒ぐ文壇愚老を象徴する発言
慎太郎あわれ

552 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/13(日) 06:30:04
自分でよめよ


『近代文学の終わり』
社会のかげで絶賛発売中


くぴぽ(+o+)

553 :吾輩は名無しである:2006/08/13(日) 06:52:42
蛛峨◎縺縺ォ繧医¥險縺縺ュ縲
蛛峨◎縺縺ォ縺吶k縺ェ繧峨○繧√※繧ウ繝縺、縺代m縲
菫コ縺悟娼縺縺ヲ繧繧九°繧峨よウ」縺上↑繧
隧ア鬘梧ァ縺ョ荵上@縺繧ケ繝ャ縺ァ證縺励※繧倶ココ縺悟他縺ウ霎シ縺ソ菴懈姶繧貞ア暮幕荳ュ縲
縺翫l邯ソ繧莨シ縺ョシェ繧ォ繝繝励ョ蠖シ螂ウ縺繧九h
縺吶s縺偵∴荵ウ縺ァ縺九>


554 :吾輩は名無しである:2006/08/13(日) 07:00:45
「すんげえ乳でかい」しか読めなかったorz

555 :吾輩は名無しである:2006/08/13(日) 07:18:35
555

556 :吾輩は名無しである:2006/08/13(日) 13:58:33
小田切秀雄曰く、「明治三十年代に、通俗作家村上六の小説は、出るとたちまち二十万部を越えたものが多いというが、同じころ、たとえば森鴎外の初期作品集『美奈和集』は五百部だった」

つか社会的影響ってなんのこと?

557 :吾輩は名無しである:2006/08/13(日) 14:00:26
村上六→村上浪六

です。

558 :吾輩は名無しである:2006/08/13(日) 14:09:53
>>556
>つか社会的影響ってなんのこと?

鈴木大介のこと。

559 :吾輩は名無しである:2006/08/13(日) 14:27:50
ああ、公示期間中の代議士の街宣車みたいなもんね。

560 :吾輩は名無しである:2006/08/13(日) 14:45:30
>>558
>鈴木大介のこと。

違った。鈴木大介は「惡影響」だった。

561 :隗慈郎:2006/08/13(日) 15:26:27
od0qY8Ss/.

562 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/14(月) 00:48:23
がらやにきけばw

563 :吾輩は名無しである:2006/08/14(月) 01:02:12
ほらね、だから街宣車だって言うの。
君、もう名前だけ連呼してなさい。
一緒のことだから。

564 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/14(月) 01:11:46
ちがうよ


きみら、べんきょうしないでしょ
だから
ポリンキーぽりんきー教えてあげないよん
じゃん

なんだよ


教えてもいいよ
からたには政治や経済の分野に生きる一般人にまで波及効果を持つような
たんなる趣味の領域にあるのではない特定のideologyを担えなくなった
modern literatureの純文学的な機能不全を指摘してるんだよ

なんの「社会的」messageも発信できない作品――村上春樹作風の無気力性のような――に対して
いわば伝統芸能のような「過去のもの」とみなす為に充分な要件がある、と主張してるんだよ

ようするにハリウッド映画みたいにエンタメ化した文学なんて、イラネ(゜ヘ゜)ノ

だってさ

565 :吾輩は名無しである:2006/08/14(月) 01:24:16
柄谷くらい読んでるよw
分かった上で、敢えて何って聞いてんだよ、ハリウッド映画がイデオロギーフリーだと思ってるボクちゃん。

566 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/14(月) 01:28:14
 はっきり言ってあれだけどね

純文学なる概念が大衆化されざるを得なかった時代背景――初期資本経済体制――に迄
そういう文化的変質の理由は還元できるけどね。
別に病ではないよね。ただの存在感の移行だもん。

 つかたにさんはあれなんだね
文学に救世的意図を裏読みしちゃう癖があるんだよ。
夏目漱石読みすぎwww
 べつに維新の志が文学(literature)に本来する使命だなんて言えないでしょう。
それは一種の文字配列美学の方法論における限定化であって、寧ろ
穏健順当な文芸の理論的範囲を狭める可能性すらある偏見じゃないのp


 ぼくは『軽くなった近代文学』のほうがよっぽどいいと思うけどね。
Andy warholが芸術をサロンからマーケットへ引きずり卸した様な事態が、
ぶんがくでも再生されているに過ぎない。それは必要だし、また自然なんだ。
だって高等遊民層の為だけの文化という考え方は危険だからね。
 何より民主政治の定義から云って。


はるきちがいいたいらしい
ふるくさし

567 :吾輩は名無しである:2006/08/14(月) 01:40:20
古臭い? まあそれでもいいか。そういうことだよ。

あ、イデオロギーフリーはまったく逆だったね。
思考が先走っちゃったよ。

568 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/14(月) 01:40:33
 わたしはどっちかというと、
えんためいでおろぎー=人気の目的化=安直なあめりかないぜえしょん
に対して冷めた[覚めきった]視点をcoolingに注ぐよw

だってさ
べつに自由主義国土なら究極には世界連邦でもいいもんw
United States of the Earth=USE
でいいもんw

よっぽどそれが為に地球にはいろんな言葉遣いの文化があるんだよ。
あべちゃんnationalismみたいなのが必死なのは国際民度の均衡のためだけだかんね。
国境(くにざかい)の現代的意義なんかそこにしかないよ。
 つまりはbrandね。
国風ブランドをまとうためだよ。文化ですら。文学はその潮流(diagram)だよ。


 はるきちはりうっどふう「にんきぶんがく」の理屈は
つまるところ、自由主義解釈に関する国風宣伝にしかないんだよ。
それがなんなのwただの文化作業員じゃん。 p あわれ

わたしは歴史に興味があるよ。
文を生み出す人類たちの積み重なる歴史に。
それは時代に依らぬ、普遍の命題だよ。ことばの問題だよ。
めずらし

569 :吾輩は名無しである:2006/08/14(月) 01:48:16
はっは。やっぱだめだね。>>568は完全にアメリカ的世界観に毒されてるよ。

んじゃね、さらばじゃ。

570 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/14(月) 01:53:42
 文が産まれる背景には一定の文化体質があるんだよ。

たとえば物語が栄えるのは貴族文化で、だよ。
なぜならひまじんがひまつぶしに妄想してあそぶからね。

 同じように、realismの近代小説は自由競争社会で流行るよ。
その文学様式は不変ではない。なつめそーせきが考えたように、ただの欧米式近代性にすぎない。
 さるとる的実存が生き方を探すとき――まるで遅れてやってきた青春を暮らす中田みたいにppp――
必要な「例示」をたくさんうみだすためにしたためられ、売り捌かれるのがもだんのべるだ。

べつに、ってかんじw
芥川賞?のーべるぷらいず?べつにってかんじ〜wwpppq
 だってただのはやりだもん。文学の目的じゃないよ。


 我々は文化史を知る程に、文字の扱いによる美意識の洗練が進行されてきた経過を知るよ。
紫しきぶちゃんがあわれにかんじた世界は、ますます彩りをふかめて種々のおもむきをあらわす。
文芸の理念は、世界に対する『美文』の提示によって、ひとびとの意識を洗浄することだよ。
あわれ。

べつに衰退しないよ。
ただ書かれ方や読まれ方が変わるだけだよ。文学と読書の関係は不変だよ。
人類がことばを記録・伝播用に文字造形化して以来の流れだもんwかっぱもかわながれ

571 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/14(月) 02:06:43
 おーえさんが若い作家の為に書いたえせいで
「世界言語がないことが文学の問題です」みたいに言ってた。

そうかなw

 わたしは差異体系の意図が文化的豊富による文明の質的高度にあるというfeelingなんだけどさ。
だってつまんないもん。
あわれと書きたいのにpityと書かないとならない「文明」なんてさww
そんなの文暗だよ。うすぐらし


 翻訳の可能性は『差分』にあるんじゃないの。
つまり観念をすりあわせるなかで新しいぼきゃぶるを育む音頭ね。すごいじゃん
世界言語じゃなしに「世界文学」の為にこそ、
我々は語体系のdivesityを保持促進してく可(べき)なのだ。
 でなけりゃぶんがくなんかあわれじゃないよ。しょせん風流だもん。

572 :◆7sqafLs07s :2006/08/14(月) 02:07:59
>>571

それは単に「問題」という言葉の読み方が単純すぎるだけじゃないか?

573 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/14(月) 02:08:15
でぃばーしてぃ→diversity


おもあかし

574 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/14(月) 02:12:03
>>572
しらないよ


でぃこんだもんw

575 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/14(月) 02:27:41
質問君→(o`∀´o)
「先生!
いままで仰られたことをまとめると、
ウリは語意の豊富化のためだけに、文章構成の自由を享受する
謂わば《文化machine》みたいニダw
 果たしてウリは先生の考えの通り、ただ辞典の厚みを増すべくliteralするモノなのか?」


解答者→(o^v^o)
「あるいはそうかも知れませんね。
私たちはいろんな文化に由来することばの面白さを知るために、ぶんがくするのかもね。
 けどそれとはべつに、もしかすると
りてらーちゅあのinvestmentはもっと、国風ことば使いの洗練にあるのです。
やさしいことばのひとびとの読み書きするものは、きっとやさしいでしょう。
反対に、とげとげしくて冷たいヒトタチのものはきっと、さむざむしいほど悲劇でしょうね」

観察者→(^◇^)
「ぴーちくぱーちく」

576 :吾輩は名無しである:2006/08/14(月) 02:59:06
http://news20.2ch.net/test/read.cgi/news/1155468734/l50
オマエラと来たらホントにもう

577 :吾輩は名無しである:2006/08/14(月) 04:21:38
衰退してたか…精力が

578 :はるか高み:2006/08/14(月) 14:17:30
>>575
しかしそれでは、五歳の公ちゃんにも遥かに劣るし、大助君は赤子だな。
つまり君はいいとこには行けないなぁ。君のは文学の精神にはほど遠い、
と僕は思うなぁ、村上君。                           


579 :吾輩は名無しである:2006/08/14(月) 17:52:20
>>578
『文学板のコテハンの正体』スレにおまえの精神分析してあったw

>138 名前:吾輩は名無しである :2006/08/14(月) 17:20:17
>その他、 ハンドルの付け方にも個人の性向が如実に露われる。
>尊大で偉そうなハンドルを付けたがる人間は、
>現実生活では深い劣等感を抱え鬱屈した抑圧感に苛まれている場合が多い。

>わずかな自己発現の場をネット上に求め、
>倣岸不遜なハンドルに自己を仮託することで妄想に浸り、
>見知らぬ他者へ向かって
>傍目には無意味で滑稽なだけの居丈高な物言いをする。
>当人だけは、妄想の中で
>一種の自己主張をしたような勘違い昂揚に酔うのだが、
>明らかにそれは
>ネット依存症に因る惨めな<病的行動>にすぎないのである。


580 :吾輩は名無しである:2006/08/14(月) 20:25:35
>>579
>ハンドルの付け方にも個人の性向が

なんだよそれ。
そのまんまじゃねーか。

581 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/15(火) 01:44:14
おかしw

582 :吾輩は名無しである:2006/08/15(火) 06:13:08
文学は衰退してんじゃなくて一時期栄えただけ
物語イラネ
弱い人間の逃げ場

583 :吾輩は名無しである:2006/08/15(火) 06:14:56
その弱い人間に(ry

584 :吾輩は名無しである:2006/08/15(火) 07:28:28
物語は弱い人間の逃げ場所である。
という物語に擦り寄ってるじゃないか。

585 :吾輩は名無しである:2006/08/15(火) 09:55:47
まったくだ。
なんて弱い人間なんだ582はw

586 :吾輩は名無しである:2006/08/15(火) 10:57:09
>>571
ボクちゃんね、ドストエフスキーとか読みなよ。何語訳でも、自分が解る好きな言語で。
そしたら今度は、それぞれ違う言語訳で読んだ人たちと君が読んだ事について論じ合ってみるといいよ。
白熱すること請け合いだから。

大江が言ってるのは多分そゆこと。

587 :吾輩は名無しである:2006/08/16(水) 10:35:48
衰退なぞさせるものか!

588 :吾輩は名無しである:2006/08/16(水) 13:44:12
活字だけ見てるとつかれる。

589 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/16(水) 14:08:44
活字だけ観てると


面白い(^o^)

いろんな字だよ

590 :吾輩は名無しである:2006/08/16(水) 14:16:07
お風呂に入って、シャンプーとか洗顔フォームとかに
書いてある文字を読むのが好き

591 :吾輩は名無しである:2006/08/17(木) 11:29:13
最初から文庫サイズで販売したら、もっと読んでくれる気がする。

592 :吾輩は名無しである:2006/08/17(木) 11:36:34
文学が衰退しているとすると、それは文学が持つ社会的な影響力が低下しているということかな。
つまり衰退の文学には社会性が欠落している。


593 :吾輩は名無しである:2006/08/17(木) 12:43:51
平野っていいよなぁ

594 :吾輩は名無しである:2006/08/17(木) 15:53:50
>>592
さらっとだが、巧いいい回しだ。的を射ている。声高な社会性ではなく
物語の中にキッチリ内含しているという意味での、な。

595 :吾輩は名無しである:2006/08/21(月) 20:18:34
>>1
みんな過去ログ読まないからだ。
それはこのスレ、引いてはこの板の衰退に止まらない。
端的にいえば、読まないからだ。
読まないのに語るからだ。読まなくても語れるからだ。

596 :吾輩は名無しである:2006/08/22(火) 10:15:22
>>595
>読まないのに語るからだ。読まなくても語れるからだ。

そうだ。イマドキ文学なんかカラオケみたいなもんだ。
この板で最もアカデミックな存在としての鈴木君だが、
彼は握ったマイクを決して放そうとしない。
そうした態度は間違っているか?
否。
彼は自分用のマイクを持ってカラオケしていたのだ。
文学を専攻したわけでない読者(マーケット)に向けて
己の作品を掛けること、そんな程度の意味さえ理解できる
作者には自明のことだろう。

597 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/22(火) 12:26:15
カラオケ文学の勃興おかしw

特権撤廃\(^O^)/ばんざいばんざい

文学の日常化こそ理想の言語美学だよ!

598 :はるか高み:2006/08/22(火) 12:47:22
>>596の鈴木君
自演、そうした態度は間違っている。

否?自分用のマイク?そうか、君は1でもあったのかw?
自明?そう、スレの原因は君にあったのだよw

599 :吾輩は名無しである :2006/08/22(火) 18:27:04
文学をやってる人間は、なにやら@@@と主張してるが、
それが大衆には伝わっていない。
それどころか、まともな人から相手にされていない。
道ばたを歩いている宇宙語を喋るおかしな人がいるが、
あれと同じ扱いを受けている。

600 :はるか高み:2006/08/22(火) 22:10:18
鈴木君のような自演や嘘つき常習者に言われてもなぁw

601 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/22(火) 22:18:29
 文学は末端文化なのか。

それは強烈なイデオロギーを孕めない、硬直な近代小説の陥った性(さが)なのか。
あるいは本来なのか。

 源氏物語が平安宮内のbest sellerとなったとき、
それはどれほど同時代への社会的影響力をもたらしたというのか。

 むしろ文学の役割は、隔世遺伝のための『遺産』だと思う。
だからイデオロギーの煽動装置としては[柄谷氏が云うように]他のメディアに敵わないのでないか。
 文学は今日まず遠隔装置であり、応急措置ではあり得ないと開き直るべきかもしれない。

602 :吾輩は名無しである:2006/08/22(火) 22:50:29
イデオロギーの運び屋としての能力を問題にしたいなら、
文学じゃなくて出版流通の方に水を向けるべきだね。

603 :吾輩は名無しである:2006/08/22(火) 23:46:36
おや、黙ったね?
常識に足元掬われて自我に崩壊を来たすとは、
なんて世間知らずなんだ。

604 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/23(水) 00:08:44


 古来の文字の発明、次に紙の開発、
そして活版印刷術の普及以来、
インターネット・ブロードバンドの市場化とは最大の「文学環境事変」だった。

 我々は情報という用語のなかに、あらゆるideoを溶かしてしまう。
それはすべての大義が無題となり、
無個性な大衆が茫漠と広がる「均質のfronteer」を築きあげた。

 彼らにとってなぜ、自らの命を賭してまで守るべき理念があるだろう。
我執の地平は限りなく、覇権者がおしなべて弱きものどもを潰し去る。

 情報文学にできることは何だろうか。
それは、絶望の序説を気痴(humour)のうちに垂らし込むような
社会隠部への慰めでしかないのだろうか。



presented by ダイチャン教育テレビ

605 :吾輩は名無しである:2006/08/23(水) 07:16:12
意味わかんね。
だれか解説きぼんぬ。

606 :はるか高み:2006/08/23(水) 10:56:05
覇権者なんだってよw

607 :孤高の極み:2006/08/23(水) 11:46:46
ダイチャン教育テレビ

これ地上波じゃ見れないのかな?

608 :吾輩は名無しである :2006/08/23(水) 18:30:21
だから@@@と言ってるだろう。

609 :吾輩は名無しである:2006/08/23(水) 18:49:35
なぜ文学は衰退すのかダァ?
そりゃオマエがいつまでも傑作を書かねぇからさ。

610 :吾輩は名無しである:2006/08/24(木) 01:43:42
思想とかイデオロギーとか宗教とかの意味がなくなったから・必要としなくなったから。

611 :吾輩は名無しである:2006/08/25(金) 19:59:53
そもそも衰退なんてしていない。
「最近の若いもんは〜」みたいなもん

612 :吾輩は名無しである:2006/08/25(金) 20:03:19
俺はテレビの影響だと思うよ。

613 :吾輩は名無しである:2006/08/26(土) 00:41:51
映画が衰退したというのに懲りずに「UDON」なんて映画が公開されるのです
テレビが衰退したというのに懲りずに「サプリ」なんてドラマが流れるのです
マンガが衰退したというのに懲りずに「エアギア」が連載されているのです
ネットが衰退したというのに懲りずに「文学板」などが立てられるのです
文学が衰退したというのに懲りずに慎太郎は選考委員をやっているのです

614 :吾輩は名無しである:2006/08/27(日) 15:02:18
スレの流れを切って悪いが、結局、文学への期待が大きい奴は「衰退」を感じるけど、文学に、たいして期待しない奴は「どうでもいい」って感じる。要は文学観、価値観の問題。
文学とは、少なくとも単なるエンターテイメントではなく、人間がより良く生きる為のものだと感じる俺は、例えば、作家の体温だとか、息づかいだとかや、作品から漂う香りだとかみたいなものが感じられない近頃は、「衰退」に思える。
多少なりとも文学を語る君が、今までに読んだ作品の中には、出来不出来は別として、その作家が人生を賭けたものがあったはず。だからこそ、君は文学を語りうるのだろう。
それでもくだらんと思うなら、こんなスレにレスしなきゃいいだけの話。

615 :吾輩は名無しである:2006/08/27(日) 15:16:23
より良く生きたい

616 :吾輩は名無しである:2006/08/27(日) 16:58:08
>>614
>人間がより良く生きる為のものだと感じる
そういう風に大上段に構えて、それを絶対の根拠、免罪符として
ごちゃごちゃ注文をつけるような奴が増えたから文学が衰退したんじゃないの。

文学以外ではSFとかさ。

617 :吾輩は名無しである:2006/08/27(日) 18:07:33
別に大上段に構えちゃいないし、絶対的な根拠ともしてないさ。ただそうあって欲しいという個人的な願いだよ。誰に押し付けようとも思わん。
ただ、同じように願う奴とだけ話がしたいだけ。君は何を文学に期待してる?

618 :ジャガー ◆cAO3/NbsuY :2006/08/27(日) 21:18:28
>>614
>例えば、作家の体温だとか、息づかいだとかや、作品から漂う香りだとかみたいなものが感じられない近頃は、「衰退」に思える。
>多少なりとも文学を語る君が、今までに読んだ作品の中には、出来不出来は別として、その作家が人生を賭けたものがあったはず。だからこそ、君は文学を語りうるのだろう。

よし、じゃあ俺の出番だな。
オラーッ!!

619 :酒乱 ◆Cd9h7IG2dc :2006/08/27(日) 21:26:40
>>613
>映画が衰退したというのに懲りずに「UDON」なんて映画が公開されるのです

うどんはまだいいから酎を持ってこい!
オラァ!

620 :吾輩は名無しである:2006/08/27(日) 21:32:54
ジャガーと酒乱の違いが分からない。

621 :吾輩は名無しである:2006/08/27(日) 22:24:20
もはや生に対する執着がないかのような堕落

622 :吾輩は名無しである:2006/08/28(月) 02:02:45
ん〜、
生への執着がないのを堕落と言うのはどうなんだろう?
堕落と言うか、脆弱もしくは変質じゃあないのかな。
いや、その前に、本当に執着がないのか?

623 :吾輩は名無しである:2006/08/29(火) 02:27:21
ようちでていのうな文章でデビューした
菊地秀行あたりから、文学も負の遺伝子を植えつけられた。

夢枕獏や京極の
ころころ視点人物が変化する神視点の影響下にある
テクニック皆無の文学作家も増えた。



624 :吾輩は名無しである:2006/08/29(火) 03:35:16
はぁ(;-_-)=3
言わんとするところは分かんだけども、テクニック云々の話じゃないだべさ。テクニックさ鑑賞すっ為にものを読むんだか?高校生け?

625 :吾輩は名無しである:2006/08/29(火) 04:17:34
624はマルチやんけ
鎌って厨に構う方が孝行しとるんやんけ

626 :吾輩は名無しである:2006/08/29(火) 04:18:38
ちがう623がマルチと
624に教えようと思ただけやんけ けけ

627 :吾輩は名無しである:2006/08/29(火) 12:23:19
神視点ってなんですか?

628 :吾輩は名無しである:2006/08/29(火) 12:42:28
上支店禁止って
いつの文学の話だよwwwwww

629 :吾輩は名無しである:2006/08/29(火) 13:54:39
神視点禁止と言ってる奴も、どうせ何故神視点が禁止なのか答えられないんだろう。

630 :吾輩は名無しである:2006/08/29(火) 18:50:44
子供でもヘンだと判るからだろ。

631 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/29(火) 19:28:40
>>630
小説マニア必死ww(>ε<)

632 :酒乱ジャガー ◆Cd9h7IG2dc :2006/08/29(火) 23:04:39
文学の衰退は「文藝」がメチャクチャやってるからだ。
10代の「文藝」新人者を誕生させることより、
河出書房に爆弾闘争仕掛けた方が話題になるんじゃねぇーか?

633 :吾輩は名無しである:2006/08/30(水) 10:12:36
みんな文学板に夢中だからだ。

634 :吾輩は名無しである:2006/08/30(水) 10:44:13
>>633
それはあるかも。
日々の欝憤やらなんやらをネットで適度に発散出来るから、
わざわざ労力を使って作品に昇華しようとは思わなくなったのでは。

635 :吾輩は名無しである:2006/08/30(水) 10:45:49
>633634
そんな程度だからバカにされるw

636 :吾輩は名無しである:2006/08/30(水) 11:04:13
テレビばかりでなく、ケータイの影響も見逃せない。
文学を必要としない世代は、パーソナル・コミュニケーション能力では旧時代人より遥かに上といった側面を持つ。

637 :吾輩は名無しである:2006/08/30(水) 11:14:32
>>636
「パーソナル・コミュニケーション能力」とか「旧時代」なんて
言葉が頭が悪すぎて新世代の臭いプンプンですね。



638 :吾輩は名無しである:2006/08/30(水) 11:18:58
>>636
>文学を必要としない世代
「世代」じゃない、「人々」だろ?

いつの世代にも文学を必要としないやつらはいるんだ。

そう、君もその一人だ。こんなところでうろうろしてないで、ケータイで
ゲームでもやってたらどうだ? そのほうがよほど君にとって有意義だと思うが。

639 :吾輩は名無しである:2006/08/30(水) 11:32:23
TVゲームより面白く無いから。 
他にも、〜〜より面白く無いから。 がいくつか有るけど、それだけ。
衰退とは需要が減った事を言うのだろ?

640 :吾輩は名無しである:2006/08/30(水) 12:19:51
>>638
>「世代」じゃない、「人々」だろ?

今どんな文芸書が売れているかを読めば、なぜ少女作家ばかりが誕生するのか解る。

641 :吾輩は名無しである:2006/08/30(水) 12:28:15
>>640
>今どんな文芸書が売れているかを読めば、なぜ少女作家ばかりが誕生するのか解る。
たしかに。
なんか最近、世のオカマ化、激しいよね。けっこう雄どもも川上弘美とか
読んでるんだろうな。読んでもいいんだけどさ。

堀江や松浦もなんか「疲れた中年癒して欲しいのボク」みたいな
マゾっこおっさんだし。で、母性本能くすぐられた実は真の母性など
ひとかけらももっていない婚期を逃した女どもが読んでいるんだろうなw

誰かチンチン固いやついないのか!w

642 :吾輩は名無しである:2006/08/30(水) 12:32:27
小説なんてそもそもが女子供のもんだよ。

643 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/30(水) 12:56:12
>>642
ぼくもそう思うねw

男なら哲学やってろって感じですよね。

644 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/30(水) 13:00:59
 ものがたりという意味での文学は、やはり女・子供だましだと思いますね。

大人の男の為の、哲学と等値化された文学が必要だし、それは高尚なものです。
美文です。

645 :吾輩は名無しである :2006/08/30(水) 18:29:43
10代の作家についてごちゃごちゃ言うより、
そんなのまともに相手にしている雑誌を買わないことが、
読者の意志の声明になる。



646 :吾輩は名無しである:2006/08/30(水) 19:50:48
鳴かず飛ばずの作家気取りが愚痴をこぼすスレですのでご遠慮なく

647 :吾輩は名無しである:2006/08/30(水) 20:27:31
哲学をちょっとかじるのは楽しい。
でも、俺にとってはTVと同じ様なもの。 自己満足。
文学の方が役に立ってるよね?

648 :647:2006/08/30(水) 20:28:24
TV→TVゲーム の間違い

649 :吾輩は名無しである:2006/08/30(水) 23:14:49
読む時間が惜しいから読んだ人に大筋を聞いて満足しています。

650 :吾輩は名無しである:2006/08/30(水) 23:20:43
>>641
>なんか最近、世のオカマ化、激しいよね。

でもその反面さ、例えば映画。
ここしばらくヒットした作品といえば、
『亡国のイージス』『ローレライ』『男たちの大和/YAMATO』とか、
なんか角川兄弟の戦争みたいだけど、とにかく立て続けにガンガン来てるじゃないか。
福井晴敏原作に樋口真嗣監督のこれらを誰が観てるのかといえば、、、
まぁ彼女誘って行くなら他に相応しい作品があるだろうしね、『日本の夏、沈没の夏』
とかってバカっぽいヤツ。SMAP出しちゃったりして。
雌餓鬼しか本読まんから雌餓鬼作家を登場させるってワケだが、新規に市場を掘り起こさねば、、
それは誰の仕事だろう?
福井晴敏も直木賞の有資格者?

651 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/30(水) 23:28:46
 ぶんがくが衰退したのは小説がもういらないからだよ。

漱石の小説みたいにぶんがくが「知的な意義」をもたなくなったのは、
龍と春樹が出てきてぶんがくが大衆娯楽化したからだとおもうよ。

 知的な階級に訴えるようなものは、出版も担えなくなっちゃった。
それは龍や春樹が最前線の既得権益として君臨してる結果、
文壇の雰囲気として謂わば後進の「知的な若手たち」をみんな虱潰しに殺しちゃうからだよ。

そーいうところからは、島田雅彦や平野啓一郎とかのkitchとか、
綿矢りさや金原ひとみみたいな文芸idolしか出ないよ。


不毛の土地
日本ぶんがく

652 :吾輩は名無しである:2006/08/30(水) 23:31:57
知的な階級ってなんだ(爆笑)

小林秀雄とかなのか(笑)

653 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/30(水) 23:36:24
>>652
そういう発言自体が、むかしの――明治、大正、昭和の――文学界では不可能だったんだよ。

ぶんがくは知的なeliteの高尚な楽しみであり、また勉学だったんだよ。


 そういうレベルは春樹が完全にぶち壊したよね。
だから彼は責任とるべきなんじゃないの。
 おーえさんが最初に春樹を怒ったのは
やみくもな大衆迎合みたいな姿勢だったんだと思う。

654 :吾輩は名無しである:2006/08/30(水) 23:37:07
>>651
おまえ、このあいだ衰退なんかしてないって言ったばかりじゃん

655 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/30(水) 23:42:37
>>654
 ぶんがくは衰退してない、とぼくは一文学者として云うよ。

但し、小説そのものは間もなく絶滅するか、
または綿矢りさのそれみたいに伝統芸能として細々と生き延びると思うよ。


 「文学」ということばの持っている両義性
1.学術的な文の学
2.商業的な文芸商品=小説

を見逃してはならないよ。

ぼくは1.は連綿とつづくが、2.は衰退しきってもう絶滅してると言いたい。
春樹は小説家最後のひとだと思う。

656 :吾輩は名無しである:2006/08/30(水) 23:44:36
>>650
>『亡国のイージス』『ローレライ』『男たちの大和/YAMATO』とか、
そのへん見てないんだけど、まあ見てないのに何言うんだ!だけどさ(笑)、
なんかオカマ線というかオカマラインに範疇されちゃうもののよーな
気もするんだよね。ハードボイルドじゃないんだよね。「男一人、
やったろか!」じゃなくて、「男があつまってレッツラゴー!」みたいな。
最近の右翼化って出会い系みたいなところあるような気がするしね。
やっぱ集まって語り合いたい!みたいな、集まって戦いたい!、
つーかそういうのってありそうな気もするね。オカマンな感性だなー。
靖国神社で集まろう!というね。一人で行けよ、っていうかw
最近友達に薦められて菊池成孔の「東京大学のアルバート・アイラー」って
のを読んだんだけどね、第12章の後書き対談なんか、面白かったな。
サプリメントとしての文学、みたいな。

657 :吾輩は名無しである:2006/08/30(水) 23:55:18
>>655
1の対象が2のときに限って、その両方を文学と呼ぶんでしょ。また一般論で蹴散らされたいの?

658 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/30(水) 23:57:34
>>657
だから?

現実をみなさい。りさぶーめ(`▽´)

659 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/31(木) 00:02:50
 たとえば、三味線のなんとか兄弟とか氷川きよしみたいに

綿矢りさみたいな作風の伝統芸能を担う若手=小説家
は、たぶん少数ながら生き延びるだろうね。

しかし、彼らが1.としての文の学を推進するような
文学史的かつ社会的・文化的影響力を持つことはあり得ない。

なぜなら2.小説=文芸としての内容は語るに落ちるほど陳腐化しているし、
結局はたんなる娯楽の一種として江戸の戯作絵巻みたいなものの平成版へ還元されていくしかない。

 村上龍が最近絵本を書いたりしてるのも、同じ道筋からだよ。

それはもはや1.文学ではない。
たんなる大衆迎合用にほどよく整えられた、文章の売買だよ。

660 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 00:11:10
↑こいつさ、なんかわかったようなこと書き散らしているけどさ、
けっきょくこいつは「何が書かれているか」しか問題にできてないんだよね。
「どう書かれているか」については語れないんだよ。センスないから。
何枚かで短編を書いてくださいどうのこうのってスレッドでこいつの書いた文章を
読んだことあるんだ。これがめちゃくちゃ下手なの。もう、だめすぎなのよ。
だから小説についても、「内容」についてしかぐたぐたいえないのよね。
わかんないから、文体のこととかさ。それぞれの文学が使っているツールの
ユーティリティとかね、いえないのよ。だから説得力ないんだよね。
「内容内容」ってさ。馬鹿じゃねえのか? 内容なんて、ないよう!くらい
いってみろってんだなあ。

661 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/31(木) 00:16:32
かわいそう

りさたんあわれ(´・ω・`)

662 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 00:18:26
>>656
>「男があつまってレッツラゴー!」みたいな。
>最近の右翼化って出会い系みたいなところあるような気がするしね。
>やっぱ集まって語り合いたい!みたいな、集まって戦いたい!、
>つーかそういうのってありそうな気もするね。オカマンな感性だなー。

その辺についていろいろレスボインスしたいんだけど、いま構想を練っている
352枚(予定)の中編のネタバレになってしまうかなぁ。
既存の作家を脅かす傑作の予感がするんだけどね。
まぁ世界よ、見てろよコノ野郎って感じで?
群像、文學界、新潮、もういいわ。新潮には出した事ないけど。
俺はエンタメテイントに生きる事にするよ。疾走する予定。
予定は未定っていうけど、やるよ。

>サプリメントとしての文学

簡単に言うと、なにそれ? 

663 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/31(木) 00:34:17
>>662
なにこの自意識過剰な知らないひと

664 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 00:38:55
>>662
>352枚(予定)の中編のネタバレになってしまうかなぁ。
お前、もしかしてあいつか?!w まあいいけど。しかし35「2」枚ってなんだよ。

>まぁ世界よ、見てろよコノ野郎って感じで?
チンチンをカチカチにしてがんばってくれw もしかして、涼宮ハルヒみたいな感じじゃない? 
読んだことないけど、直感で。当たりだろ。

>俺はエンタメテイントに生きる事にするよ。疾走する予定。
いいと思うよ。そのためにもバリバリに文体を鍛える必要があるな。

>簡単に言うと、なにそれ? 
えーとね。まず「東京大学…」の結論は現在の音楽の使われ方がAV化してるってのが
あるみたいなのよ。「○○したいときには、こんな音楽」、みたいなね。
「今日は若妻+メガネ+ぶっかけだな、とか」(本文より)、という。
即物的に「効くか効かないか」っていう状態になっている。歴史性がまったく
問題にされてないのね。ipodとさ、そうじゃん。最初からシャッフルされている。
でも、それが悪いのか!っていうと、そうでもないんじゃないかと。
まあ、ついでだから引用しようか。
「やがて文学だってそうなってってさ、疲れたときには夏目漱石とか」
「何ページ目の何行目が効くとか」
「そうそう。何ページ目のこの言葉が、満員電車に疲れたあなたには
ぐっとくる、とかさ(笑)。もう文学もそうなりつつあるのを若干
感じるんだよね。だから実はさ、音楽以外のジャンルの人は、音楽が
薬理的になったことを先鋭的で素晴らしいとして見てる可能性もある」
ああ、疲れた。
で、この「薬理的」っていうのをしらっとまとめて、「サプリメントとしての
文学」みたいなのってどうなんかなって、考えたんだ。まだ考え中だけど。
サプリメントってさ、病理とは断絶してるじゃんね。えーっと、これはまた
長くなるから、次回にしよう(笑)。


665 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 00:39:56
衰退すると思うから衰退する。
まずはその先入観を消すべき。
読む奴はいつの時代でも読むし、読まない奴はいつの時代でも読まない。
文学を愛する奴が独りでも居れば文学は生き残り続ける

666 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 00:50:05
>>665
糞みたいな屁理屈を言うなよ。 
釣りなら、もっと練って出直して来い。

667 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 00:50:33
>>663 あのね、君はいいの。遅いっていうかさ、なんというかさ。
たぶんさ、本ばっか読んでるんでしょ。あと2ch?w たくさん映画とか
音楽とかね、美術も大事。そーゆーのでね、培ってよ。本屋うろうろしなさいよ。
週に一度くらい本屋にいって、中は読まなくてもいいから新刊本のタイトル
を全部眺めなさいよ。雑誌の表紙をずらーっとかたっぱしから見なさいよ。
それくらいやったらすこうしは世の中のことわかると思うよ。誰もがうっすらと
感づいてはいるんだけれども、誰もがまだ明確に提示しえていないことを
見つけようとしなさいよ。優しいな、おれってw。love?

>>665
まあ、そういうことだろうな。

668 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 00:53:18
>>666 屁理屈じゃぜんぜんないのよw ちがうちがうw むしろめちゃ
くちゃ感覚的な話なのよ。まだ理論化されていないって意味だけどね。
俺が書いていることが屁理屈に思えるようじゃあ、まだまだだな。
君も(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQみたいにもっとおんもに出ようね。
じゃ、おっさんは帰るわ。
バイナラ。

669 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/31(木) 00:54:07
>>665
ぼくみたいな憂世の作家も、また優秀な批評家も、あるいは知的な読者も
みんなそれを信じてる筈だよ。

だからぼくは『文学は死なない』と言いたい。
それは文学の日常化という使命を果たすまでは、社会的先鋭の意義を保ち続ける。

 そしてこれは漱石がそれからの序文で、
『私は社会尋常の士人に向けて書く』と言った時の決意と等しい。
つまり、
賢衆を導くものとしての文学=想像力の言語芸術の力は不滅だよ。

670 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 01:00:09
>>664
>えーとね。まず〜

つまり、メジャーを目指す後進に残された方途としては
「既存のリミックス」しかないと、そういうことだろうか?
なんか分かるような気もするけど。


671 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/31(木) 01:03:07
 「supplementとしての文学」が、文学の音楽化=商品的細分化 を指導する理念なのは疑いないと思う。

しかし、それは一時代を画するとしても、結局は亜流だと思う。古典とは先ずならない。

 なぜなら文学には音楽とはちがう「概念」の事があるから。
それは何らかの思想の媒介とならねばならない使命を負っている。

則ち、たんなる字面の戯れでは成り立たないのが文学である。

文学作品は何らかの思想を伝播せねばならず、
そのようなことはたんなる児戯とは異質な
知的・文化的仕事である筈だ。

672 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/31(木) 01:10:05
それから

じゃなくて

彼岸過迄

だった

ごめんね

大患後の決意だったんだわ

673 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 01:12:24
>>670
>「既存のリミックス」しかないと、そういうことだろうか?
うん。内容ではなく、文体のね。そういうことのような気もするな。
まだよくわからんけど…。
内容っていうと、違う話になる。この板、すぐに「内容内容」っていうけどさw
俺は「まず文体ありき主義者」だからw
まだ俺も考え中というか、実際に書かなければわからんかもな、これは。
物語ではなく、文体。中原昌也がちょっと近いかもという気がしなくも
なくもないなくもないって例によってよく読んでいないのだがw
菊池成孔は適当に言ってるんだろうけど、だからこそ、当たっているというか
なにかのアウラみたいなのをつかんでいるような予感もする。
「東京大学のアルバート・アイラー 東大ジャズ講義録・歴史編」
(メディア総合研究所)を読んでみて。この本、この板ではすっかり
話題になって…いないかw いるわけないなw

でも、どうかなー。突き詰めていくと、待っているのは曠野のみって
予感もするんだなあ。難しいところですね。自壊しちゃうしね。
でも「まあ、物語はムラカミさんにまかせて」っていうのも悔しいしね。

674 :673:2006/08/31(木) 01:14:15
つけたし。
「文学のサプリメント化」を決して肯定的な意味で使っているわけじゃないから、
念のため。音楽の惨状を見ると、ほうっておいたほうがいいかも、という
気もしますw 
まさに、毒にもなれば薬にもなる、か。


675 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/31(木) 01:15:24
 だが、概念を情報化してしまえば
たんなる想像力のコンニャク的な消化としての文学が成り立つかもしれない。

つまり、ideology freeなものとしての、思想から解放された文学。

 それは文学の音楽化=言葉の構成学 に恐らくは繋がっている。
未来文学はそこにありそうだ。

そして知的な脱構築的schemeを通ってのみ、文学史上でそこに到達できるだろう!
 文学の市民への解放はそこにある。

676 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/31(木) 01:17:59
>>673-674のはるきちおっさん

ぼくは先行くね。
もうわかった。

677 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 01:21:13
>>673
>中原昌也がちょっと近いかもという気がしなくも
>なくもないなくもない

中原昌也といえば、かなり前、文芸板の文學界新人賞スレにて
「中原が<新人賞>のフィルターを経ないで登場した事の意味はなんだ?」と書いたことがあったな。
そうしたら「あんなの底が浅いただのバカじゃないか!」とボロクソに返ってきてね。
「ああ、コイツらバカなんだなぁ。可哀相に……」と思って。それから覗くの止めちゃったけどね。

もうこんな時間か。


678 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/31(木) 01:22:49
ようするに
サプリメント的な美文の歴史的止揚=文学の情報構成術化
が、現代文学の王道だよ!

そうすれば大衆文学と純文学の両立しながら社会的・文学史的に「意義のある作品」を書けるもん。
やったぜ一抜け!

679 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 01:23:02
ヨコレスですが。
>>673-674ははるきちおっさんというより

つ「暮れよん新ちゃん」と呼んであげたい気ガス…

680 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 01:25:27
解説するとそのココロは

「もう日暮れでっせ先を急がなアンタ何もたもたしてんでっか新ちゃん」

という意味でつ。

681 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 01:29:50
>>676
>もうわかった。
お、こいつからこんなレスをいただけるなんて! 歳をとるのも悪くない
ってことだなあ。甘露甘露。

>「中原が<新人賞>のフィルターを経ないで登場した事の意味はなんだ?」と書いたことがあったな。
うん。まだよく言えないんだけど(すみません、中原のもちゃんと読みますw)、
彼は別のフィルターを通過しているというか。音楽とか、あと、映画の
阿部とかね。そういう人たちしかもう壊せないんじゃないかなあという
気もしますね。なんかアーカイブ化しちゃっててさ。かといって
アカデミズムもないしね。ただただひたすらにアーカイブが広がっている
というね。そういう状況じゃないかって気がするな、いまの日本文学は。
中上健次が生きてたとしても、なんか古井みたいな感じになっていたような
気もするし。
遅いな。俺も映画見て寝ようっと。『涙を、獅子のたて髪に』の後半を
見なければ♪


682 :681:2006/08/31(木) 01:33:14
>>678
>サプリメント的な美文の歴史的止揚=文学の情報構成術化
「サプリメント」って俺が菊池を読んでからいきなり使った言葉で、
なああんの権威も裏づけもないから安易に使うとやけどするぞ。
気をつけろよなw

じゃ、おやしみん!

683 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 01:37:47
>>680
>「もう日暮れでっせ先を急がなアンタ何もたもたしてんでっか新ちゃん」
うーん。やっぱそうかなあ…。

チンチン立ててやるかああ!w

684 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 02:08:32
難解すぎるすら。
しかし、「ぼくらの時代」のころの栗本薫や高橋源一郎はわりと平易なことばにこだわってきたはずなんだが、
最近はだめだね
難解すぎて

685 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 02:22:16
>>683
案外素直でうれしーなぁ。そこがまぁ、コシが無いというか粘りに欠けるというか
いま一つのとこでパットが決まらんというか…
長年にわたる「暮れよん新ちゃん」の弱点でもあるわけだが。

しかし遅くはない。これから魂入れ替えてガンガレば
なんとかなるかもしれん。ただし、くれぐれも「ぶる」のはやめることだわな。
正直にまっとうに生きなあかん。
西田幾多郎と鈴木大拙の、近くて遠い「人間的」距離をな、少しは思え。学べよ

686 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 02:26:27
「人間的」というのはつまり「人間としての」ということやな、
語弊があるといかんので蛇足だが。
二人は生涯親友であり続けたが
修禅において決定的な差が生じて、それは埋まらなかった。
西田はあくまで「言辞」の領域にとり残されたわけや。      オシマイ

687 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 02:48:58
>>685 >>686
>コシが無いというか粘りに欠けるというかいま一つのとこでパットが決まらんというか…
>長年にわたる「暮れよん新ちゃん」の弱点でもあるわけだが。
数年いなかったんだけどな。最近また出てきたからな。しかし、耳が痛いわなあ。

>ただし、くれぐれも「ぶる」のはやめることだわな。
まあ、ここで偉そうなこと書いているけどリアルとは別だからな。
そこのところをちびっと差し引いていただくとありがたい。
文に引かれるところがあるから。
リアルでは焼身者、間違えた、小心者ですよw ふつーの人間。

>西田はあくまで「言辞」の領域にとり残されたわけや。
ふむふむ。

赤裸々なことを書いてしまったw

ご忠言、ありがたく頂戴したので、ということで。  ニンニン

688 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 03:03:59
あ、「文に引かれる」…、いいなぁ、いい表現だぁ。カンドー マジ。

赤裸々でいいのよん、匿名掲示板の匿名会話は
いわば脳内遊戯、自分の頭の中に無数のたまごっちを飼っているようなもん。
アナタはわたし、おたくはおいら、隣家も実家、敵も味方も全部俺、
2xhで出会うのはつまるところ「自分」だから。
言霊の海は多次元、底はありまへんえ。

689 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 03:11:29
>>688
ありがとう。

ではまたどこかで。

海は広いーな、おおきいなーっと♪


690 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 03:22:46
自演つまらんよ

691 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/31(木) 03:36:35
対話の意味がわからん

自意識のお遊戯かい

692 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 05:44:59
625以下みんなそうなんだけど、682にみたいに、なんかそれらしい言葉を使ってんだけど、自分で書いた意味が本当に分かってんの?って感じ。なんか咀嚼できてない表現やら言葉やらを、背伸びして無理クリ使ってるって感じ。
ってかぁ、論点がズレてないか?
まずさ、危機意識なんて、何の分野にしろ、その分野に対する思い入れや責任感の強さの強弱の問題だろ?
民主主義の危機、プロ野球の危機、映画の危機。そんな事を言うのは、みんなそれへの思いが、良くも悪くも強い奴だろ。衰退してると言えばしてるだろうし、してないと言えばしたないよ。
文学の衰退なんて、明治時代から言われ続けてるさ。文学の状況の変化に何を感じとるか、何を一番重要と思うかの、文学観の問題だろ。
価値観の相違の問題なんだから、もっと違った議論があるんじゃない?

693 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 07:33:00
おれは「なぜ文学を終わらせたいのか?」を自問しているよ。

694 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 07:34:05
>>692 時間があるので、釣りにマジレスしよう。

衰退するのは付帯要素であって、文学ではない。
文学は衰退などしない。したがって危機は感じない。
であるから我々は、この件について論点を持たない。

我々は各自、それぞれの方法で文学への接近を模索する。
言葉の可能性については鋭意検討中である。
現状、我々は安易に言葉を使用することができない。
従って、われわれは議論の有効性を保留に付す。

時に、我々は獲得した情報のいくらかを交換する。
情報の交換は、重要な模索の実践でもある。
文学の探求はここに、君の想定とは異なる方法で実践される。
ユルーく和やかに集中と消耗をもって細心に実践中である。

我々はいつか、議論することが可能かもしれない。

695 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/31(木) 09:22:44
 ようするに「文学って、level下がりまくってるよね」という議論なんだよ。

成長衰退論は作品の上に現れた世論の質を統計的に考慮せねばならぬ。
然るに、最高峰が春樹、最低限が綿矢という今の現状は果たして、
『明治の精神』(こころ)より気高いものだろうか。

まともに売ることすらできない「衰退産業」の中央付近で
大した根拠もなく価値観の問題ゆえ結局小説は死なぬなどほざく者は
自らが井戸に住まうカエルだと気づくがよいぞ。

 小説は死んだし、現に死んでおる。
それが文学の衰退じゃ。

大衆迎合しかできぬ低劣な児戯に同情などいらぬ。
すべて捨ててしまえ。

696 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 09:31:05
>>695
>小説は死んだし、

一足先に“編集者”が死んだんじゃないの?

697 :はるか高み:2006/08/31(木) 10:37:27
小説なんてのはだ、君らや村上春樹が思っているようなものじゃないんだよw
彼なんかのは小説の端くれにも入らないんだよw。

教えようか、小説ってのはだ、音楽そのものなんだよ。音楽でないのは小説じ
ゃあないんだよ。しかしね、村上なんぞでは、一生かかっても音楽の言葉の意
味すら知ることはできないんだよw。知ればあがなえない死が待ってるだけに
幸せな奴とも言えるんだがw。

気軽に小説だぁ、音楽だぁと、めでたい奴ばかりだなぁ、まったく。

698 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 10:56:22
>>697
>小説なんてのはだ、

いち番めでたいのは2ちゃんで小蘊蓄タれてる697じゃないの?

699 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 10:59:35
編集者が求めるのは『世界の中心で、愛をさけぶ』的コンテンツであり、
その書き手なんかどうだっていい。

700 :はるか高み:2006/08/31(木) 11:06:35
>>698
「子薀蓄タ」、畜とはなぁw。でもなぁ、タより燕のがよくねえw

701 :はるか高み:2006/08/31(木) 11:12:32
編集者が求めているのは「阿鼻叫喚」なんだぜw。

702 :はるか高み:2006/08/31(木) 11:20:42
>>698
そうなんだよ、一番めでたいんだよ。僕はね、だからもっともふさわしくない
者なんだと思うよw。しかしね、めでたくて良かったと思うよ、さぞうらやま
しかろうと・・・。

703 :(o^v^o)大子 ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/31(木) 11:39:11
 せかちゅー的な売れ売れ小説を要求する編集者イデオロギーがあるかぎり、

いわゆる『学問』と等しい高尚遊戯の産物たる文学芸術は死に絶えてしまふのだ。

あわれかな末世
われさきにと芥川の残影にたかるショウジョウ蝿のごとし
いやし


 わたしは学者連中を信じてゐる
わたしは賢明なる読者諸兄を信じてゐる
わたしは歴史の狡智を信じてゐる
 文壇癒着の出版業界の、目先の人参に喰らい付くごとき馬鹿じみた真似は信じておらぬ
わたしは未来の衆生を信じてゐる

704 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 11:42:32
初版で3000も刷れない“高尚な”作品よりも
50万、100万刷れる駄文のほうがいい
さらにドラマ化、映画化、キャラ物だよ

705 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/31(木) 11:44:50
>>704
あわれ愚衆社会

文化の荒廃に浴して気管支炎を患うがいい

ごほごほ……おたくかるちゃくさい

706 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 16:05:55
きたるべき第二次大東亜戦争に備え、高尚な民族文学、国家純文学の出現を望む! 

707 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/08/31(木) 17:00:21
>>706
やれやれ……

あべちゃんくさい(>_<)

708 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 17:14:41
むしろ文学なんてサブカル化したほうがいいんじゃないの?
それが啓蒙的知識人(笑)にとって住みやすい環境を提供するわけだし

709 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 17:42:51
>>694
君は固い文体で内容がないな。
こういうのを「カタナシ」と言うんだな。

例えば
>ユルーく和やかに集中と消耗をもって細心に実践中である。
これなんか無為な形容詞を使いまくって
しかもここまで内容がないなんて芸術的ですらある。

釣りにマジレスしてしまった。

710 :吾輩は名無しである:2006/08/31(木) 22:25:50
>>694
おめでたいやつだな。
>>694みたいな連中だけが、文学文学って騒いでるんだから
文学の神様は「もういっか」ってなったから、文学は死んじゃったんだよ。

711 :ヽ(゜Q。)ノ海猫 ◆bx6hWDVQmQ :2006/08/31(木) 23:18:07
>>705
>あわれ愚衆社会

い、い、いちばん間抜けなのは文學界なんだナ。
自分たちが見切りをつけた作家が他所で
火が点いたからって、慌てて取り上げてんだかんナ。
ゴ、ゴ、ゴミクズみたいに捨てた昔の女がイイ女に生まれ変わって、
関係の再構築を画策するもまるで相手にされずジ、ジ、地団駄を踏む
チャラ助みたいだナ、文學界。


712 :吾輩は名無しである:2006/09/02(土) 00:38:02
>>709
魚食えない奴に、脇にそえた大根食べただけで、この刺身は不味いって
わめかれてもねえ。 だいたいそれ、さんまの塩焼きだし。

そのさかなを君が知らないのは、べつに恥ずかしいことじゃあない。
でも、君が知らないからといって、これは魚じゃない、と宣言すれば、
漁師さんはきっと君を笑う。

そもそもきみ、うみのなかではスーパーのお刺身パックが泳ぎまわっている
と思っていないか?
自分で食材を手に入れて、自分で調理して、よく噛んで味わって、
しっかり栄養を摂る努力をしないと大きくなれないぞ。

713 :吾輩は名無しである:2006/09/06(水) 01:06:11
文学って言い回しは
書き手とも読み手ともちがう立ち位置の人間が好むのかな
作家は、読者は、文学者を自覚しない
学問として研究する人のことなの?

714 :吾輩は名無しである:2006/09/06(水) 12:37:34
文学という概念が生まれたのは近代になってからのことだから
もともと作家とも読者とも関係ないね。
それと読者と研究者との間に境界はないね。

715 :吾輩は名無しである:2006/09/06(水) 15:31:44
文学歴史の10
ノンフィクションの30

716 :吾輩は名無しである:2006/09/07(木) 03:40:06
>>714
文学が近代の概念なら、作者も読者も同じく近代の概念じゃないのかな?それを関係ないってのは、よく分からないなぁ。
書き手にとってと、読み手にとっての文学とに違いは無いんじゃあない?まぁ、何を問いたいのか論点がはっきりしないテーマだから、どうでもいいんだろうけど。

717 :吾輩は名無しである:2006/09/10(日) 14:21:51
ネットという発信の道具が与えられたことがこれまでの近代史観と違うと思いマッシュ

718 :吾輩は名無しである:2006/09/10(日) 14:42:36
あと、何かの参考になるかもしれないから、日本思想を客観的(?)に見たっぽい文章を引用

日本には、新しい文化の台頭によって古い文化が排除されることなく、異質な文化が併存している(重層性)。
文化の根幹をなす異質な思想が併存するのは、その間に雌雄を決する対決がないことを意味する。
文化の包容性は、思想の是非を追求する論理や、責任感覚の弱さを示してもいる。
思想が漫然と併存する状況を雑居文化(雑種文化)というが、外来思想を寛容に吸収し、その特性を無化して自然に従わしめる(自ら然らしむる)傾向が、日本思想の特性とみられる。

719 :吾輩は名無しである:2006/09/10(日) 14:47:53
>責任感覚の弱さを示してもいる。
一体何に対しての責任感覚かよく分からないな。

720 :吾輩は名無しである:2006/09/10(日) 14:54:00
>>712
要領の得ないオナニー比喩で勝ち誇られてもなあ。
先生に作文能力がないって言われなかった?
もうちょっと文才を磨いた方がいいよ。

>そもそもきみ、うみのなかではスーパーのお刺身パックが泳ぎまわっている
>と思っていないか?
>自分で食材を手に入れて、自分で調理して、よく噛んで味わって、
>しっかり栄養を摂る努力をしないと大きくなれないぞ。

いやいきなり自己紹介されても困るんだが。
ちなみにこの文章を添削してやると
>よく噛んで味わって
君はこの形容詞を使う事で説得力を持たせていると感じているようだが
はっきり言って無駄な形容だね。脳みそをまったく使わないで文章を組み立てたいい例だ。

さすがに本を「眺めてる」奴に本についてどうこう言われたくないなあ。
僕の言った事をよく考えて、よく噛んで味わって、 しっかり栄養を摂ってね。

721 :吾輩は名無しである:2006/09/10(日) 15:19:49
>>719
前後につながった文章がないので判断できない。
まー、そういうのが“責任感覚が弱い”って自虐なんだろう。

722 :吾輩は名無しである:2006/09/10(日) 22:03:09
たとえ話は大抵の場合本人だけがうまいと思ってるものだ

723 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 02:07:39
>>718は、柄谷か安吾の文章だったと思うが、流れ的に、何故ここでの引用なのかが全く分からない。
主体だとか責任だとかの欠落性は日本文化の特性としてよく言われるけど、それが今なんの関係があるのだろ?

それと、スーパーの刺身の例え。あんなのこそ、「衰退」の表れの一つだろ。よく、恥ずかし気も無くあんな文章を堂々と人前に晒す事ができるよ。あれが、文学がどうこう言う奴の書く文章か?神経を疑うよ。

724 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 02:23:21
インターネットが文学の質を決定的に変えたってな事を、よく目にしたり耳に聞いたりするんだけど、何が本質的に変わったのか、誰か教えて。
心優しき人、誰かお願いします。

725 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 02:30:15
>>724
別になんにも変わってないと思うけどね。誰がそんなこといってるの?
「SPA」とか?w


726 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 02:40:41
文学的ヒーローの不在

727 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 02:55:23
>>726みたいのを同語反復と言うの。
その必要性はともかく、じゃあ、なぜヒーローが不在なのかを問うているのに。
君もいい加減止めなよ、ワンフレーズのレスは。何も言い当てちゃいないよ。ワンフレーズが許されるのは小泉だけ。

728 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 03:01:49
昔はテレビ、映画、ゲームがなかった。
今はあるってのはどう?ありきたりだけど、絶対外してないだろ?


729 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 03:07:14
そしたら、TVの出現で文学はどう変わったの?映画の出現でどう変わったの?映画の出現でどう変わったの?
心優しき人、誰か教えてください。お願いします!

730 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/11(月) 03:18:53
学びて思わざれば則ち暗し。


 不正解でもよい。偏差値のテストではない。
自分のアタマで考えぬく習慣をつけてください。

知的財産はそうしてのみ、身に着きます。

731 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 03:19:13
>>729
>TVの出現で文学はどう変わったの?映画の出現でどう変わったの?

文学、小説は昔はニュースとしての役割を果たしていたらしい。
例えば、世界一周何とかとか。

ニュースとしての機能が剥奪され、小説は衰退したとは言えるんじゃない?


732 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/11(月) 03:30:08
仮説


 映画→TV→視覚情報伝達革命→小説の「想像力」を不要とする
 →inter net→発信可能性→直接文字chat→小説による対話の不要
 =近代小説の終わり

文学の残された力
1.啓蒙力=商業主義による文壇の弱体化でほぼ絶望的→×
2.物語力=紫式部以来の民衆を癒す虚構による真実の伝達=映画に如何に勝てるか→?
3.言葉あそび=たんなる児戯との差異は→?

733 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 03:36:13
現代でもいい作品は生まれてると思うし、
大文字の文豪に劣らないような作品は、これからも書かれると思う。
ただ、現代作家ってやっぱりマイナーだから文学オタクにしか評価されない。

作品のレベルと言うよりも、一般読者に届かなくなった現代の状況が問題だな。
それを考えるべし。

ひとつは文学内部の現状
例えば形式的な実験なんかして、タコ壷化、真面目に追うのが馬鹿らしくなってくる

もうひとつは外部の現状
例えばエロゲ、文化について真面目に考えても、タコつぼだらけ。
それが通じる奴なんていない。それならオナニーしよう。
この快楽は人類共通文学なんてやってられん。


734 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 03:38:05
730。そんな事をわざわざ書く必要はない。どう変わったのかを聞いてるのだから、まず、それに答えるのが筋だよ。
と言うか、人の意図がまるっきり読めないんだな。字面しか読めない。

731小説からニュース性が無くなったから、衰退?小説はニュースじゃないよ。ニュース性もあったろうけど、それは構成要素の一部分だと思う。本質的なものじゃないでしょ。

735 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/11(月) 03:43:25
>>734
まあぼくの仮説はあるけれど、キミの仮説はないからねえw

きっと、おんなの頭は論理的考えに向かない傾向があるのかね。
いとあわれなり。

736 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 03:45:29
>>734
構成要素の一部分でも指摘できれば十分ダロ
本質なんて言ったって、どうせすぐにケチがつく。

本質が百個ぐらいあるなら別だけど。



737 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 03:58:07
730と735は一緒か。それはスマン。あの仮説は、とりあえずありがとう。
ただ、あれは短絡的過ぎないか?コミュニケーションが直接的になったからって、即イコール想像力の欠如、貧困にはならないだろ。
それはアナログが豊かでデジタルが貧しいっていう例えに聞こえるが、そうじゃないよね?
あぁ、因みにわたしは、文学はネットで本質的に変わったなんて思ってないから、仮説は立てないので悪しからず。

738 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 04:02:41
736は、小説からニュース性が無くなったら、小説としての魅力が半減するとでも言うの?
君の心に残る一冊は、そんなにニュース性があった小説かい?

739 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 04:33:34
>>738=737?

失礼なやつだな。
小説としての魅力ではなくて、文学の衰退だろ問題にしてるのは。
例えば「八十日間世界一周」(1872)てのは小説として書かれたけど、
当時の読者はルポとして読んでいたらしい。

何が言いたいか、つまり、かつての小説ってのは現代よりも多くの欲望を
叶えていたってこと。そのひとつがニュース性(この言葉が良くなかったのかも)。

心に残る云々とはちがう次元での消費のされ方があったってことだよ。

@今、文学に触れるものは何をそこに求めるのか?
Aかつては何を求めていたのか?
っていうことね。そしておそらくAの方が@より豊かだったのでは。
例えばニュース性ってこと。
現代の読者は小説に知らない事件やエピソードをあまり求めないだろ。





740 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 04:45:55
>>737
ネットがこれだけ普及して小説が影響を受けないはずがない。
それが本質的かどうかは、思う、思わないは別にして
現段階では分からないってのが正確だろ。

ていうか、あなたの言う本質的ってのは何なんだ?
小説の本質があるなら定義してくれ。

741 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 04:47:04
失礼するつもりで書いたから謝らないけど、同じ事じゃないの、文学の衰退も小説の衰退も?
ならば、文学はさて置き、小説は衰退してると言う事と理解していいんでしょ?
私はハナからそう感じてていろいろ書いてるんだけど、そこは一致してるんでしょ?

742 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 05:05:31
>>741
ちょっと何がおっしゃりたいのか分からないので、とりあえず質問

737,738,741は同一人物なの?741だけ別人?
単に眠いだけ?文体変えたら失敗したの?

741の書き込み見ると、こいつは?って感じなんだけど。
もう少し分かりやすく書いてくださいな。

743 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 05:13:18
>739
そんなややこしい言い方をしなくても。

要するに以前の小説は、読者が知らない情報や体験を
代わって記述し伝えるという情報伝達の手段でもあった、
ということだろう。
だがそういう機能は今やインターネットやらTVなどが
代替機能を果たしている。現代の読者のうち誰が
小説に最新情報などを求めるか? ということだろう。
逆にいえば、そこでかつて「小説」が持っていた機能(魅力)の一つが
失われた、ということだろう。

しかし実際には、多少古いが「情報小説」というジャンルは
現代でも残ってはいるわけだが(経済小説など)。

744 :739:2006/09/11(月) 05:24:25
>>743
ありがとさん
分かりやすくてびっくりです。
小説の機能がどんどん失われているのではないか?ってことです。

745 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 05:29:07
740、現段階じゃ分からない?
君自身はどう思うのさ?他人の一般的評価がないと、判断出来んてか?

本質なんて定義できたらだれも小説、詩、批評なんぞ書かない。

文学が知識人だけのものじゃなく、一般大衆のものになったのは明治の後期から。それが本質的な変化で、それ以外は大した文学状況の変化無い。あったのは社会状況の変化だけ。
明治の文学、大正の文学、昭和の文学。そして平成の文学。平成の文学は確かにインターネット無しには語れないが、それはインターネットが平成の文学を特徴づけてる訳じゃなく、別のものが特徴づけてる。
文学の人口が増えたからって、その質が上がるなんてのは幻想。質を問題にしたいなら、もっと別な事を書きなよ。

746 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 05:43:15
テレビやネットで扱わない題材もとむ

747 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 05:54:36
だとしたら○○○だろうね

(●^o^●)

748 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 14:54:21
ショーペンハウエル『読書について』

749 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 19:05:48
シャーリー・バッシーとか今聞いたらしびれるぜ!

750 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 19:59:36
かつてプロ野球の野村監督が、野球がこんなに人気があるのは何かの間違いか
ではないかと密かに考えている、といった。(野球が人気があるのは非常に幸運な
偶然の結果だから、プロ野球界はそれを頑張って維持しつづければならないとも。)
過去の小説隆盛時代にあって、こんなにいつまでも小説が売れ続けるわけがないと
思った文学者もいなかったわけではない。というより、最近の文学の衰退なるものは
プロ野球の衰退と重ねてみることもできるかもしれない。何かの間違いでたまたま
人気がでたものが、元の状態にもどっていく過程として。柄谷も蓮實もプロ野球の
人気と文学のそれとの盛衰が重なり合った時代の人として、文学の衰退という
問題にかかわりあっているわけだ。

751 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 20:09:46
過去の小説隆盛時代っていつだ? 戦後間もなくか? 人々が活字に飢えて
いたころか? 


752 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 20:22:37
>>751
隆盛時代がいつかについては、いろいろな議論が可能だろうが、まあもっとも売れた小説の
でた時代とかんがえればいいんだろうよ。戦後もっとも売れた小説というと、司馬遼太郎の
「竜馬がゆく」が二千万部で、これが出版されたのが1963年であるから、そのあたりが
小説の人気のピークといえるのではないか。

753 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 20:36:48
その少し後の1970年にでた五木寛之の「青春の門」は二千万部売れたそうな。
今じゃ、どんなベストセラー小説でも一千万を超えるのは難しいだろう。
プロ野球人気もピークに近づいていて、巨人がV9を達成したのは、その直後である
1965〜73年だ。やはり小説の隆盛とプロ野球の隆盛は重なり合っていたのだなあ。

754 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 20:38:16
「竜馬がゆく」を文学として論じるには抵抗があるが
小説の人気ということではなるほどだw

60年代…に比べたら文学以外のほかのジャンルもすべて衰退
していると思われ。
あの時代が特殊な時代だったと考える方が無難と。

755 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 20:44:11
野球は偶然だろ? てか音楽だって重なってるし。

日本では60年代後半にようやく広告・流通などの商業における
インフラが完成されたわけ。いわゆる「ベストセラー」なる概念が
出てきたのもこのへんじゃ? 野球人気もむろん、ここに入る。
テレビの浸透とか。
つまり、芸術の問題ってよりもむしろ、商業の問題として考えたほうが
いい面もあるということ。
60年代後半から本格的なマスメディア時代に入り、70年代後半、80年代
からはそのアンチがおこってきて…だと思う。


756 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 20:46:19
>>754
衰退してるジャンルは他にもあろうが、発展しているジャンルもあるさ。
漫画やアニメ、ゲームとかな。もっとも漫画業界もゲーム業界も最近は
ドラゴンボールやドラゴンクエストみたなおばけのようなヒット作には
めぐまれず、全体的に売り上げは下がっているようだが。

野球人気がさがっている、特に巨人戦の人気低下は目を覆わんばかりの
体たらくという記事がこのあいだAERAにのっていた。朝日に取っちゃ読売は
商売敵だろうから、記事のニュアンスもどことなく嬉しげだったな。もっとも
野球人気がさがっても、かわりにサッカーワールドカップが盛り上がったり
したわけだ。

757 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 20:48:08
よーするに、ノスタル爺どもの与太話に簡単に乗せられるなってことさ

758 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 20:51:38
>>755
流通のインフラ整備の問題にしかすぎないともいえるが、流通基盤さえ整えば
自動的に小説のベストセラーは生まれ続けるとはいえないわけでね。
流通基盤は発展しつづけているのに、小説の売り上げは下がるという現象が
おきるのは、流通基盤の発達からだけでは、説明がつかない。

759 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 20:55:25
>>754
まあね。新しいジャンルも生まれている。おっしゃるとおり、日本ではゲームも
漫画もダメだから出版社は海外戦略に重点を置いている。とくにヨーロッパだね。
少年ジャンプのアメリカ進出はどうなったんだ?
野球人気は巨人以外の球団でも落ち目傾向。話題には乗るが(ハンカチとか)、
特定のチームを応援するコアなファンが減っている。
「マスメディア」ってものが死につつあるということかな。マスメディア的
商売が死につつあるか。商品の流通システムとしてのマスメディアが
かつてほど機能してなくなっているのはたしか。ネット・携帯の隆盛によって。

しかし、それと文学の「本質」云々とあまりにリンクさせると危険なような。

出版社の犬じゃねえ!みたいなのあるだろうしw


760 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 21:03:21
>>758
>流通基盤は発展しつづけているのに、小説の売り上げは下がるという現象が
>おきる
小説って長い品。ブラウザで一覧できる情報量をはるかに超えているというのも
あるかもしれない。いつまでたってもおいしいところにたどり着かないというw

音楽でもそうじゃん。最近の曲って曲の一番最初の部分にもっとも力を
入れるんだ。そうじゃないと残りの部分を聞いてもらえない。スクロールして
もらえない。ダウンロードしてもらえない。
そういう小説も増えてるけど。
面白いのは最初の3ページくらいで、あとはダメというw
主人公が100ぺージくらいになるまで出てこない「アンナ・カレーニナ」
みたいなのは絶対にありえね、みたいな。




761 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 21:03:27
>>759
文学の本質なるものを気にしなければならないのは純文学者だろうけど
純文学なるものの方向自体が「本質」概念を解体することを志向していた
ともいえる。柄谷や蓮實のかつての傾向もそうだった。それに純文学とは
周辺の大衆文学が廃れれば、ますます痩せ細ってしまうという考え方も
ある。文学の本質を求める人とは、らっきょうの皮をむいて芯を求める
猿と同じというのが、最近の文芸理論におけるトレンドだったのじゃないか。

762 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 21:11:08
あと、マスメディア的な商法(どかんとベストセラーで丸儲け!)が
通用しなくなってくると、かわりに出てくるのがファンの囲い込み
商法だ。
ブログとかを活用して、作品以外の付加価値をつけるわけやね、たとえば。
特典つき!みたいな。ファンクラブに入らないとコンサートの
チケット買えないSMAPみたいな。そういう立体的な売り方が
どんどん出てくると思う。ホームランは狙えないけど、ヒットで細かく
稼ごうという。
ラノベとかではすでにそうなってるんじゃないか?
「作品だけ」ではなく、作品をコミュニケーションのツール(読者と作者、
もしくは読者と読者)として「使う」っていうフレーム全体を、作品を含めた
商品として売るわけね。


763 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 21:18:27
>>761 らっきょうの喩え、懐かしい。
むいてもむいても出てこない、その「むく行為」そのものが文学だ!みたいな
話だったっけ? なんか渡辺貞夫が「おれが風呂に入っている。これがジャズだ!」
みたいに言った話と実は近いというか、逆に文学の本質なるものを強化していた
のかもしれないなと妄想したりもします。柄谷とか蓮実とかたくさん
読んでなくてすみません、ですけど。
光を当てるほど影が強くなったり、ディテールがつぶれちゃったりすることも
あるわけで。ハレーションおこしちゃってるのかなあ、とか。
書いててよくわからんちんどのとっちめちんになってきました。


764 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 21:19:39
>>760
ジャンル間も作品間も競争が激しいね。つかみが重要、何はともあれ手に
とってもらえることが一番大事ってわけだ。もっともつかみしか考えない
作品ばかり増えれば、大衆はやはり離れていくだろうな。大衆の感性は
でたらめのようにも見えるけれど、そういうつかみしか考えない作品の
つまらなさにはは敏感に反応もする。

765 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 21:21:11
つまり、出会い系の文学だ!

766 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 21:27:34
>>762
小売りにおける囲い込みといえば、最近大流行のポイントシステムだな。
柄谷のNAMにおいて構想された地域通貨なるものも、他のポイントシステムとの
競争に敗れて排除されたという風に見えるな。

>>763
俺も渡辺貞夫のことあんまりよく知らないし、お互い様だよw ジャズに
関心の深い小説家っていうと誰だろうな。俺は筒井康隆くらいしかしらない。

767 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 21:27:35
>>746
つかみは重要だね。ジャケ写、やっぱり大事だもん。ジャケ買いって、
レコード時代よりCD時代のほうが増えてるんですよね。ここらあたりを
の音楽産業と出版産業のあり方をじっくりと考えるといろいろと面白い
ことが実はあるんですけど。「量」の問題とかね。メディアのサイズが
作品の内容を規定するところとか。

>そういうつかみしか考えない作品のつまらなさにはは敏感に反応もする。
それはたしかにそう思います。実際、そうなってますよね。どんどん
新しい作家は出てくるけど、それに比べて「書き続け、出版され続ける」
作家が本当に少ない。出版社、それでいいのか!w

今みたいな商法は長い目で見ると結果的にダメにしていくような気もします。


768 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 21:34:52
>>766
>柄谷のNAMにおいて構想された地域通貨なるものも、他のポイントシステムとの
>競争に敗れて排除されたという風に見えるな。
ウン、実はそれが一番まっとうなNAMの評価だと思うんですよ。
なんか痛快だなw

そういう見方って、みんなあんまりしないじゃないですか。なんかすぐに
内面の話とか思想の話、つまりはまあ、個人攻撃とかね、そういうべったり
した話になっちゃうのね。ウヨクの人たちも攻撃の仕方はサヨクの
人たちとぜんぜんかわってないというね。

ジャズっすか? いや、俺も量は聞くけどきちんと体系的に聞いてないから。
村上春樹とか?w しかし、かつてのジャズの人たちへの音楽へのアプローチは
参考になりますよ。自分の使っているツールをばりばり切り刻んで改変して
相対化してっていうね。70年代までですが。筒井康隆はいっときいろんなこと
試してましたが、アレは明らかにジャズ理論(もしくはジャズ的態度)の
応用でしょう。べたべたとなでまわすだけが愛じゃないよというね。
おい、聞いてるか、お前のことだぞ!みたいなw

769 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 21:37:41
>>767
レコードサイズとCD/DVDサイズでは作品の内容がかわるのかいな。そいつは
初めて知った。メディアはメッセージとは言うけれど。

書き続けられるかどうかは、やはり作家当人にどのくらいの文学的蓄積があるかで
左右されると思うな。もっとも文学的蓄積とはなんなのかと問われると即答しがたいの
であるが…

ちょっと風呂にはいってくる。

770 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 22:02:44
>>769
>メディアはメッセージとは言うけれど。
うん、これはまだ誰もきちんと研究してないと思うんだけど、いいのかな、
言って…まあ、いいや、音楽評論家じゃないから、てかたいしたこと
じゃないんだけど、「収録時間」の問題があるのよ。たとえばLPっていうのは
せいぜい45分くらいの収録時間でしょ? それが前提として、作品が
作られてた。でも、その収録時間がCDとかになると60分とか70分とか
になるのね。それは間違いなく、作品の内容にも影響してるのよ。具体的な
事例をあげて書くとわかりやすいんだけど、長くなるのでやめておこう。
まあ、そういうことがあったりする。
音楽であるんだから、小説でもあってもおかしくないよなとも思う。

文学的蓄積かあ…本をたくさん読んでれば、それがあるとはいえないところが、
面白いところなのでしょうね。

僕はちょっと出かけます。

っていうか、第三者、からんでこないのかよ!w 

771 :770:2006/09/13(水) 22:11:59
>音楽であるんだから、小説でもあってもおかしくないよなとも
これは「長さ」のことだけじゃないですので、念のため。メディアの物質的
変化と作品内容との相関関係の例としてわかりやすいからあげただけです。
「文学そのもの」と、「商品(メディア)としての文学」については
ほかにもいろいろあるんだろうと思います。

772 :吾輩は名無しである:2006/09/14(木) 06:14:51
あ、すいません、第三者遅れました。
メディアがらみの話だと、CDが市場に登場した当時、
旧譜の移植、復刻だけでは、タイトル数も購買意欲への訴求力も
ともに足りないってんでとにかく新人を量産してソフト数を稼いだようです。
文学の衰退を押し返すために、そろそろ紙やめますか。
メディアの条件と作品内容の関係てのは、おもしろい話題だね。

773 :770:2006/09/16(土) 08:24:52
>>772
亀レでス。
>そろそろ紙やめますか。
業界で何度も試みられているけど、失敗してきたみたいですね。携帯はわりと
うまくいっているのかな?
たとえば携帯小説だと、一度で読める量というか、うざくない長さってのが
あると思うんです。メールでもありますよね、そういうの。
長さを規定されているんですよね。無意識に。それは自然に作品の内容に
影響を与えると思います。
「新聞小説があっただろう!」といえばそのとおりなんですが。

774 :吾輩は名無しである:2006/09/16(土) 09:03:52
情緒がなくなって来てるからじゃね?

775 :ミラーマン:2006/09/16(土) 13:10:13
もっと鏡を……

776 :吾輩は名無しである:2006/09/16(土) 14:30:55
情緒?・・・・・・。

777 :吾輩は名無しである:2006/09/16(土) 23:49:36



ただ人は情あれ朝顔の花の上なる露の世に   閑吟集








ただ人は情あれ朝顔の花の上なる露の世に    閑吟集












778 :吾輩は名無しである:2006/09/18(月) 02:24:12
こんな夜に文学は死滅するのだろうな

779 :吾輩は名無しである:2006/09/18(月) 02:43:08
そうかもしれない。 
いいや、そんなことはないだぜ。

780 :吾輩は名無しである:2006/09/18(月) 02:49:12
おれの場合、すべてが終息するかのような日曜の深夜
がぜん書物が恋しくなる
しかし、いやまて明日(正確には今日)は休日ではないか!と
気づいてしまうと、、、、、2chを肴に一献やってしまうのだっ!

781 :吾輩は名無しである:2006/09/18(月) 03:09:43
読むつもりで引っ張りだした本を脇に置いたまま
俺もモニターから離れようとしないな。
衰退かな。

782 :吾輩は名無しである:2006/09/18(月) 03:12:37
だな

783 :吾輩は名無しである:2006/09/18(月) 03:16:14
アア。w

784 :吾輩は名無しである:2006/09/18(月) 20:35:49
なんかあったので投下します。

ところで、「恋」の意味でも使う「ロマンス」という言葉はもともと
「小説」を意味し、これは小説が通俗ラテン語であるロマンス語で書かれて
いたことに由来する。ノーベル文学賞作家のロブ・グリエやクロード・シモン
の「ヌーヴォー・ロマン」は「新しい小説」という意味だが、それはともかく
として、19世紀に西洋で始まった小説は不倫・姦淫など極めて三面記事的な内
容だった。自分探しとしての私小説をあがめてきた日本文学から見ると通俗小
説だが、スタンダール「赤と黒」やフローベール「ボヴァリー夫人」を持ち出
すまでもなく、小説はその起源からして大衆小説なのだ。昨今は日本でもエン
ターテインメントが活況だが、それはまさに小説の先祖返りと言えよう。
(Web公募ガイドより)

785 :吾輩は名無しである:2006/09/18(月) 20:42:46
その三面記事というのが、既にメディアに浸透してしまってるわけだよね。

786 :吾輩は名無しである:2006/09/18(月) 20:48:59
たしかにそうですね。三面記事なんて、何をいまさらといった
感じなんでしょうが、こういう考え方が広がっているんでしょうかね。

要するに、新しいものを求めていない、ということでしょうか。
本を読むということが、何かの追体験(再体験?)とか、確認作業とか、
そういうことみたいな。

787 :吾輩は名無しである:2006/09/19(火) 18:07:25
音楽はアンダーグラウンドのシーンがメジャーから独立していろいろあるけど、
小説は最初に出版社の賞とらないと活動できなから。
出版社の社員の裁量で決められると思ったらやる気でねえし。
音楽活動は地道にやってるほうがかっこいいけど、
小説はなぜか自主出版だと馬鹿にされるし。
モバイル小説とかはどんなふうになってるのか。
ネットはブログや2ちゃんみたいに1に対するコメントが
あって面白いわけだからな。何が言いたいのかよくわからん。

788 :吾輩は名無しである:2006/09/19(火) 21:01:57
少なくとも日本において、これまでにアングラ系から出版されて広く世間を
動かした、みたいな作品がなかったんじゃないかな?

音楽はあえてメジャーから出さないとか、大きな宣伝をしないとかってあるけれど、
それは音楽というジャンルが消費財として良くも悪くも完成されてるから
だという気がします。

たぶん、東販とか日販とかの本の取次ぎなんかも関係してるのでしょうが…。



789 :吾輩は名無しである:2006/09/20(水) 01:57:31
小説家はまずデビューのために賞に向けて書かないと道が開けない。
だから読み手にダイレクトに向けているブログや2ちゃんの方が
パワーがあるように思う。
音楽はアングラシーンに心底惚れこんでる受け手が多くいるけど、
小説にはそういう読者は少ない。

790 :吾輩は名無しである:2006/09/20(水) 02:26:26
小説=本という形態が、大量生産=大量頒布というイメージとセットになってる


また、アングラ的なものがあっても、それを評価する(その評価を読者が信用する)
場所もない


791 :吾輩は名無しである:2006/09/20(水) 02:45:15
同人誌ってのはどうなってるの?

792 :吾輩は名無しである:2006/09/20(水) 07:41:55
どうなってるんだろうねえ…。同人誌こそネット(プチ自己表現場所)の
蔓延で衰退しているのではなかろうか?

793 :吾輩は名無しである:2006/09/20(水) 07:55:29
同人誌=漫画やアニメのパロディ本

今はこう思ってる人の方が多い

794 :吾輩は名無しである :2006/09/20(水) 18:32:06
789を見て、何となく謎が解けた。
パワーのない人間ばかり作家デビューさせた。
それで文学が元気がないと。

795 :吾輩は名無しである:2006/09/20(水) 19:04:25
同人誌でもやるかパワー!

796 :吾輩は名無しである:2006/09/20(水) 19:36:00
アングラな音楽には良い音を見つけるために
何時間もレコード屋で視聴をすることを辞さないファンがいる。
対して、好きな小説を掘り起こすために
何時間も自主制作本を立ち読みするやつは少ない(古本漁り除く)。

音楽リスナーは、マスメディアから受け売りはかっこ悪いものという
認識が強いから自分の頭と耳で考えて選んで悦に入る。
こういう奴らは自分も創作活動してるやつが多いから、
マスコミが提供しない新しい刺激を求めているってのもあると思う。
しかし小説の読者でそういう意識を持ってる奴は少ないと思う。

余談だが、先日、神保町に行ったら今回の芥川賞取った人がサイン会やってた。
これから売り込みをかけるグラビアアイドルのようで萎えた。
ああいうの見たら創作意欲がめっさ下がる。


797 :吾輩は名無しである:2006/09/20(水) 22:35:56
いいわけを探すなよ

798 :吾輩は名無しである:2006/09/21(木) 00:05:45
現在のような音楽状況(アングラとメジャーがほぼ等価)になったのは、
わりと最近です。
音楽はいまや完全に空洞化しているし、何時間も試聴しないと、自分が
求めているものにたどり着かない、ということもあります。

サイン会はいいんじゃないでしょうか?w 僕だって近所で○○○○や
××××のサイン会があったら豚で逝きます。

799 :吾輩は名無しである:2006/09/22(金) 12:35:47
よっぽどなにもすることがないと本読む。
だいたい2ページくらいかな。あとは眠くなっちゃう。
目覚めると犬に本かじられてて穴だらけ。字はなんとか読めるよ。
かどのほうが点々の破線になっていて、ページをめくるたびに
パリッってはがれるんだよね。おもすれー。





800 :吾輩は名無しである:2006/09/22(金) 18:47:03
ミステリーとかラノベって読むと面白いが書いているほうは面白いのだろうか?

あんなに制約が多いのに、、、


801 :吾輩は名無しである:2006/09/23(土) 13:01:35
河原乞食なんだから衰退して当然


802 :吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 02:46:46
安吾は自分を戯作者だと書いていたと思う。河原乞食だから廃れるか・・・。芸能なんて元をたどれば、みんな河原乞食から始まったんじゃないだろうか?

読み物は健康人の玩具で、文学は魂の病人の玩具で、病人以外には有害無益な気休めのおもちゃ程度なもんだとも、安吾は確か書いていたはず。太宰や芥川や安吾を読んで、これは読み物だと思う奴は健康で、これを文学だと思う奴は病んでいる。
そんなもんだと、この頃よく思う。

803 :吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 02:49:16
正解だろうね。

804 :吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 02:54:11
>>796
文学にはDJみたいなシステムがない。
日本では朗読会に行く人もいない。
そりゃ無理っすよ。

805 :吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 02:57:45
>>796
文学にはDJみたいなシステムがない。
日本では朗読会に行く人もいない。
そりゃ無理っすよ。

806 :吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 03:00:40
>>804
朗読会ばしばしやればいいじゃん。地方でもやればいいじゃん。

あれ? 面白いかな? 企画しようかな?

っていうか、そういうのに興味をもってる作家って日本にいるのかな…。

807 :吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 03:05:21
田舎者は名前の売れてる奴しか興味ないから無理w

808 :吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 03:06:49
客が集まらない。

809 :吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 03:07:40
ああ…、そうですか。

810 :吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 03:09:30
>>808 
企画によると思うな。

問題はギャラだ…いや、やりたい作家いるのかねえ。それ次第だ。


811 :吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 03:15:04
企画してよ!

自分の作品を大勢の人前で胸を張って読めるような作家じゃないと「本物」じゃないよな。

812 :吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 03:28:54
>>811 マジにやってもいいけど、朗読会をやりたいって作家がいれば、の話だよ。
真剣にやりたい作家が本当にいるのなら、やるよ。ほぼボランティアで
いいよ。打ち上げの俺の酒代だけ出れば文句ないw

朗読ソロでもいいし、映像組み合わせでもいいし、音楽あってもいいし、
どんな形でも企画できる。企画系は多少経験あるしな、俺。
ソロじゃなくて、デュオでもいいな。朗読×2。DJかましてもいい。
その作家の思い出の曲とかまわしてw ねえちゃん呼ぼうぜ。ネットで
中継しようぜw

813 :812:2006/10/02(月) 03:32:46
ただし、作家によるよ。「今」なやつじゃなきゃごめん。癒し系とか
無理。

814 :吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 03:38:03
川上弘子タンに会いたいハァハァ

815 :吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 03:49:18
阿部ちゃんでいいじゃん。やってくれればだけど。

816 :吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 03:51:30
朗読会。
かつて、それに積極的な意義を見出して活動した作家もいたけど、
なんか、子供達に紙芝居の良さを!みたいでイヤだな。
そこに何か新しいものがあるとは思えない。

小説や詩が、音や映像に頼らなければ何かを表現できないみたいだ。

817 :吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 03:53:26
阿部ちゃんの会話が出て来ない小説をきれいな声の女性に読ませたい。

818 :吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 03:55:10
>>816
実際そうだよ。この10年で状況は完全に変わってしまった。

819 :吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 03:56:49
で、中原昌也に音源渡してリミックスして貰いたい。

820 :吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 07:38:40
>>816 切り口によるかもー。それにエンタメだと思えばいいんじゃ?
ライブだよ、ライブ。ロケンロー。
ライブハウス地方巡業+温泉+酒+土地のうまいもん+ねえちゃんとか。
阿部、中原あたりがやるっていうならマジに考えるよ。

>>819 阿部の朗読を音源にして中原にその場でリミックスとか
してもらったり。たとえばw リアルタイムじゃ無理だけど、
やや遅れてー、みたいな。その「遅れ」がカッコイーみたいな
微細なリミックスで。編集。

映像入るとやすっぽくなったりしがちだから、身体(作家)+声(朗読)
+音(音響)くらいでいいかもしれん。

821 :吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 07:43:44
ただし、ギャラの最低保証できんぞーw 儲けようと思うなw
ハコもでかいとろこは無理だぞー。
最低限のPAと照明はありーの、くらいで。
暇だしー、くらいのノリで。だったら。てかそっちのほうがcooool。


822 :吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 10:26:14
>796同じ音楽でもクラシックファンはそんな不審な挙動はしない。

823 :820:2006/10/02(月) 20:31:12
二日酔い頭で上にはああ書いたがもちろん内容についてはすべて妄想。たとえば、の話。
切り口はいろいろあるんだろうけど、要はアーティスト(作家・音楽家・
写真家などなど)がそのような行為にどのようなこだわりがあるか、
いずれにせよ作家次第ですね。あんまりハードにつめ過ぎてもいかんような
気もするし…。
ラジオドラマみたいなのも面白いんだけどね。Heiner Goebbelsがやってたような。
ただの朗読会だとつまんねかも。

824 :吾輩は名無しである:2006/10/03(火) 07:40:11
見たいような見たくないような・・・。

825 :吾輩は名無しである :2006/10/11(水) 18:32:38
小さな水たまりの中で境界を作っていても、相手にされない。
他の分野と戦っても勝てるぐらいの作品を書かないと、
厳しい出版界の現状では生き残れない。
文学だからと言い訳していてはいけない。
小説全般と争って、勝ち残るのだ。

826 :吾輩は名無しである:2006/10/13(金) 15:40:45
若者に共感されるような国粋文学の出現を望む

827 :吾輩は名無しである:2006/10/15(日) 20:00:50
↑なぜ国粋文学?
あなたの意味での国粋とは?

828 :吾輩は名無しである:2006/10/15(日) 20:08:38
国粋文学w 馬鹿の馬鹿による馬鹿のための妄想小説かよ

829 :(o^-^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/10/15(日) 20:09:49
ヒトラー石原の自演きもし(´Д`)

ばかはしねしね
小泉劇場w

830 :吾輩は名無しである:2006/10/15(日) 20:13:58
国粋=馬鹿。ってのは分かるけど、何か言い分があるんでしよ。聞いてもムダかも知れないけど。

831 :(o^-^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/10/15(日) 20:20:49
>>830
ばかに思想なしw

ネット右翼の常套荒しネタ
どぶねずみ腐れ(-.-)y-~

832 :吾輩は名無しである:2006/10/15(日) 20:43:19
いや、そうは言うけど、要は、もっと大多数の若者を惹きつける作品の条件とは?っていう話でしょ。国粋とかに関わらずに、現在の状況下において。

833 :(o^-^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/10/15(日) 20:47:44
愚若を煽る為の右翼劇場はミシマでとうに終わっとるよw

日本的偽善なぞ若者全員が消化しきっとる

その上で大学動物園で性に溺れるしか行き場がない青年の絶望を描くべきなんだ
それは閉じられた世界の普遍的郷愁を伴う



新潮には才ある若者が何出しても無駄だけれどw
腐れ権威は凡夫平野の自慰にカブレて死んだよ

834 :吾輩は名無しである:2006/10/15(日) 21:01:50
それはないね。

マッチョな国粋政権の断言劇場って
アノミーに陥った国民サイコーのお楽しみだもん。

消化しきっとるどころか深く静かに進行中だゆ。

835 :吾輩は名無しである:2006/10/15(日) 21:08:06
人間愛を高らかにうたった白樺派の武者小路実篤。
高橋源一郎がほとんど低能すれすれのその巨大な無邪気さを「実篤ウイルス」と読んで吹聴するらしい。

836 :遊介 ◆m0yPyqc5MQ :2006/10/15(日) 21:16:04
いや、サッカーでしか盛り上がらんからw

政治なんてテレビゲームと変わらんよ。
実際、同じだしね。劇場操作だから。

837 :吾輩は名無しである:2006/10/15(日) 21:37:30
新聞、テレビが日本を一体化させたわけだが、テレビが多チャンネル化し、双方向化し、世界的ネットワークになったらどうするんだろうね。
その前に頭がヤバくなりそうだけど。

838 :(o^-^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/10/15(日) 21:38:14
「いわゆる大人」と民度の次元が違うんだよ、いまの若いのは。
世界への冷め方がハンパないw
 下手すりゃゲームみたいにリアルで同級生殺すからね

2chのラウンジとか覗いてみな

どう考えてもうちゅーじんだとおもうからw
ぼくもうちゅーじん(o・v・o)文学という共通言語は保ったけどね

839 :吾輩は名無しである:2006/10/16(月) 03:48:08
そういう冷めた若者には「文学」は要らない、いや不可能だとでも?

840 :吾輩は名無しである:2006/10/16(月) 04:08:30
エンタメしか読めない馬鹿がふえたからです

841 :藤壺:2006/10/16(月) 04:44:52
>>838
こないだはひどいこといってごめんねw
馬鹿だ馬鹿だとは思いつつも時折まともなことをいうから、
ついつい虐めたくなるんだよね、おまえのことw
でももうやめるよ。
てゆうか、このHNで書きこみするのは最後だろう。

たしかにおっしゃるとおり、いまの若者たちは冷めてるね。
これはアレクサンドル・コジェーブの論、ひいてはベンヤミンの『複製技術時代の芸術作品』を引用するまでもなく、
高度に発展した資本主義における帰結だと思う。
要するに物質があふれてすべてが相対化された結果、あらゆる価値が価値をうしない、
文学もまたオリジナルの輝きを奪われつつあるんだよな。
だからおまえが経験したように、共通言語(あるいは言語ゲーム)を持つことが、
これからさらに重要だと思う。

他者と対峙しつつ外部へと向かうツールとしての文学は、
景気の波とおなじようにそのときどきで上下こそするものの、
ニーチェ的な強度やスピノザの倫理に目を凝らせば、
決して滅びることはない。

文学のない世界なんて糞食らえだよなw

842 :吾輩は名無しである:2006/10/16(月) 06:50:22
俺も838は嫌いだな。
コマッチャクレた言葉使いで、気の利いた事を書いてるつもりだろうけど、何事をも言い当てていない。何か清潔感のない文章。

843 :吾輩は名無しである:2006/10/16(月) 10:10:39
ベンヤミンナツカシス。
針生先生元気かなぁ。

844 :吾輩は名無しである :2006/10/16(月) 18:41:24
読んで欲しかったら、人に読ませる文章を書けよ。
文学の分野は、他の分野と比べてひどいのが多すぎる。
文芸評論も同罪。下手すぎる文章の評論家が、偉そうに言ってるだけ。


845 :冷静な人 ◆fHUDY9dFJs :2006/10/16(月) 18:55:01
>>841
資本主義のせいかなあ。一瞬同意しそうだけど、疑問だ。

むしろ、表現媒体が多様になったため、優秀な才能が文学以外に流れるように
なったからもあるんじゃね?
音楽とか、映像とか、美術とかにね。

文学というスタイルが滅びることはないだろうが。

846 :吾輩は名無しである:2006/10/16(月) 19:16:26
>>842
キャラ被りにいいように弄ばれちゃ駄目じゃんw 
ここは2チャンネルだぜ、背後を嫁よ

847 :吾輩は名無しである:2006/10/16(月) 21:06:27
               ∩_
              〈〈〈 ヽ
      ____   〈⊃  }
     /⌒  ⌒\   |   |
   /( ●)  (●)\  !   !
  / :::::⌒(__人__)⌒:::::\|   l
  |     |r┬-|       |  / <こいつ最高にかしこ
  \     ` ー'´     //
  / __        /
  (___)      /


848 :吾輩は名無しである:2006/10/16(月) 22:10:32
島田雅彦が本気を出さんからに決まってんじゃねーか。

849 :吾輩は名無しである:2006/10/17(火) 04:15:50
背後を嫁か。
被りキャラだとしても、その精神の貧困さに変わりはない。
2chだからなんなんだろう。その匿名性の故に言いっぱなしが許されて、表層をタムロして遊ぶだけ。何が楽しいのか。
文学が衰退してるとすれば、ここで言いっぱなしする奴らの様がそれを物語っているのだろう。
こんなトコでムキになるなよと言う君は、どこでムキになるのだろう。

850 :吾輩は名無しである:2006/10/17(火) 04:21:40
あてつけがましいんだよ
島田島田うるせーよ
顔だけで売れたカス相手にするかよ
あてつけがましい名無しは氏ね

851 :吾輩は名無しである:2006/10/17(火) 08:30:51
島田は顔だけじゃない

852 :つるぎ:2006/10/17(火) 16:24:17
文学の衰退は大衆を無視しているからだろう。文壇という狭い世界で政治的な馴れ合いが横行している。大衆にも広く受け入れられないと、ただの文化のいちジャンルになるだけだ。まずは行動。 http://www.easyhp.net/tomo/net/tocoton

853 :吾輩は名無しである:2006/10/17(火) 16:48:52
>>850
島田の小説は売れていない。

854 :吾輩は名無しである:2006/10/17(火) 23:32:57
売れてないのに審査員でエラソーにしてんだろ。
アレがたまんなくイヤだね。
編集者にとって「先生」とは赤川次郎であり、西村京太郎だろ。
島田は芥川賞をやれなかった罪滅ぼしで、贖罪のために文學界の
永久審査員を保証されてるだけだろ、クダラネ。

855 :吾輩は名無しである:2006/10/18(水) 00:01:42
おい、いまだに代表作もないような作家の話は
3レスくらいでサッと流そうぜ

856 :吾輩は名無しである:2006/10/18(水) 04:23:43
島田某のものを何も読んだ事はない。
ただ、顔だけだとか、何とかの審査員だとか、代表作がないとか、そんなのこそクダラナイ。
とりあえずは作家なんだから、その書いたものの内容について批判しろよ。

857 :吾輩は名無しである:2006/10/18(水) 06:48:10
こうやって罵り、足をひっぱりあいながら、ずぶずぶと日本文学が
衰退していくんですね。

なんともはや。

858 :吾輩は名無しである:2006/10/18(水) 07:57:00
>>856
>とりあえずは作家

さり気ないぶんアンタがいちばんキツイ。

859 :吾輩は名無しである:2006/10/18(水) 11:06:06
そもそも文学に衰退もくそもないと思うけどな。
誰か詐欺師にでもそんなぐずな想念を
吹き込まれたのかいな。


860 :吾輩は名無しである:2006/10/18(水) 17:15:48
ゆとり教育うけた今の高校生くらいにちょうどいい。
この先、少子化世代もくるし、売れる作家というのは=読みやすい作家でなくてはならない。
芸術を捨ててバイブンに勤しみたいなら、ヨシレベルの作家を目指せばよい。出版社関係の人間も、そういうところを理解してないと、売れないよ? 群像なんてそろそろ廃刊じゃないか?
あんまりにも難解だと、売れないからね。ちなみに個人的には、ヨシは陳腐すぎて好きじゃないです、はい。

861 :吾輩は名無しである:2006/10/18(水) 17:51:41
669:無名草子さん :2006/10/18(水) 17:40:57
ひとり出版社になって、全国書店に営業と取材をかねて旅行

一万部売って1000万。そこから交通費や、印刷費、広告費、などを引いても、数百万は確実に手元へ。
毎年、一万部売れるクオリティのモノをだせば生涯安泰。
表紙なんかデジカメで勝手に撮った写真使えばいいし

862 :吾輩は名無しである:2006/10/18(水) 18:25:10
最近の売れてる作家の文章に、まず味が無く軽い。ストーリーを重視するあまりに重厚な文章を書く作家がいなくなった。

ところで、島田って誰?

863 :吾輩は名無しである :2006/10/18(水) 18:26:31
本を売る以外の副業収入があることが問題では。
だから、真剣に本を書かず、副業ばかり一生懸命になるとか。
結果的に文学のレベルが落ちていく。

864 :吾輩は名無しである:2006/10/18(水) 18:45:42
糞かね

865 :吾輩は名無しである:2006/10/18(水) 18:49:29
>>862
>ところで、島田って誰?

これです。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4198920001/sr=8-1/qid=1161164918/ref=sr_1_1/503-8006203-8983121?ie=UTF8&s=books

866 :吾輩は名無しである:2006/10/20(金) 05:25:41
文学に衰退も糞もないという。そうかもしれない。
だが、変化はあるだろう。その変化をどう捉えるのかに、その文学観があるのであり、
それを文学なんていつも変わらないさなどと言って済ましているのは、ただ呑気な奴だとしか思えない。
文学に衰退はないというのは、人間に衰退はないというのと同じだ。ただ変化があるだけ。その変化をどう見るかだ。
ブッダやキリストの頃の人間と現在の人間に大した変化はないと言って済ます事ができる奴は、文学などに関わらずに、出家したらいい。

867 :吾輩は名無しである:2006/10/20(金) 15:28:39
自治体主催の講演会って必要?
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/mayor/1161324929/l50

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/20(金) 15:15:29 ID:blvptJyN
この高度情報化社会において、講演会ってなんの意味があるのだろう?
いっそのこと廃止にしてしまったほうが、財政も楽だろうし、
教育委員会の仕事も減らせると思うのだが・・・・


868 :吾輩は名無しである:2006/10/20(金) 18:00:10
実際に目の前にするとずいぶん違うものですよ。
それに質問とかもできるし。
逆にもっとやってほしいくらい。講演会や朗読会。

869 :吾輩は名無しである :2006/10/20(金) 18:30:30
講演会じゃ作家は育たない。
それで大物になったと、勘違いする馬鹿が増えないか。

870 :吾輩は名無しである:2006/10/20(金) 23:27:07
討論会の方が絶対良い

871 :吾輩は名無しである:2006/10/20(金) 23:30:41
>>869 それは作家次第じゃね?
>>870 それもいい。やりくちはいろいろあるっしょ。

872 :吾輩は名無しである:2006/10/20(金) 23:35:58
講演(60分)→朗読(20分)→対談(30分)→休憩(10分)→質疑応答(30分)


873 :吾輩は名無しである:2006/10/21(土) 02:20:32
バカに教えたってダメ。

874 :吾輩は名無しである:2006/10/21(土) 03:54:45
俺は、文学は衰退しているというよりは、むしろ行き詰まったような感じがするな。
今文学は得意なこと、不向きなこと、今現在思いつくあらゆることをやってみて、
それで行き詰まって、それゆえに現在の回帰的楽天的な恋愛至上主義が生み出されたと思う。
シュルレアリスムのような価値観のパラダイム転換だ、必要に迫られているんだけど、
それに対する危機感がいまいち薄いんだよね。
やはりシュルレアリスムがしたことは大きいよね。
あそこまで既成価値の破壊と新たな価値の創造を徹底してやられて、
芸術や文学といわれる分野はその影響をもろに食らって、その流れに乗るか過去に遡る。
今は残念ながら時期的に難しいんだよね。まだシュルレアリスムの影響が色んな意味で支配的。
ちょうどその最後の余波の部分に、俺たちの時代があると思う。
あと2、30年立てば必ず新たな局面を迎えると思うがね。
まあ歴史って言うのはそんなもんだ、転んで屈んでジャンプしての繰り返し。

875 :874:2006/10/21(土) 04:03:42
あと、最近の出版ブームにのって出てきたシロウトさんや、軽いタッチの作品を取り上げて、
文学は衰退したなんていうのは、ちょっと違っているような。
そんな作品は間違いなく後世には残らないんだから。
俺らより以前の時代にも、そんなシロウトさんの本は沢山出てたと思うぞ。
ただ生き残ることが出来なかったから、俺らが目にする機会もない。
つまり俺たちが読むことが出来る過去の文学は選りすぐりの名作のみだ。
とりあえずどの作品が後世にまで残るかなんて俺らには分からないから、
出来ることは現在を代表すべき秀逸な作品に絞るべきじゃないか?
それらと過去の作品を比較して、「衰退」というのを論じるべきだと思う。
いじょねる。

876 :吾輩は名無しである:2006/10/21(土) 05:08:41
874に概ね同意。
ただ、シュルレアリズムのしたことが大きいってのと、
最近の出版ブーム云々ってのには頷けない。

シュルレアリズムが価値転換をもたらしたのじゃなく、価値転換があったからこそのシュルレアリズムであり、
素人作家の出現をもって衰退だとかなのではなく、歴史に淘汰されるかどうかという事だけを判断基準としてしまう事を貧困なのではと問うている。

877 :吾輩は名無しである:2006/10/21(土) 05:13:22
趣味の多様化


それにつきる。

漫画のが〜っていってた頃はまだまし。漫画→小説な奴もつくるし。

今の小学生まじで漫画さえも読まない。
男はゲーム・女は洋服。
中学校ではパソコンや携帯が時間潰し。

878 :吾輩は名無しである:2006/10/21(土) 05:27:24
ハリポタみたいなのを量産してヒットだすのも手かと。魔法とか冒険とか漫画的恋愛。
(漫画があるから無理かなw)
そこから皆成長して純文学にいくやつもいるかと。

村上春樹みたいな存在を一般人も評論家も叩きまくって二世三世を生まないのもな。
みんな純文学意識しすぎて変な方向にいってる。だから大多数の人から
「俺にはわかんないや」という扱いになる。
だからといってセカチューやdedpLove、芸人作品がその担い手になるのも駄目だけど。
わかりやすくても最低限の文章とプロットはかかせろと。

このままじゃ音楽でいうクラシックみたいな小規模市場な存在になるぞ小説が。
敷居を高くしてはだめだ。解放だよ。

879 :吾輩は名無しである:2006/10/21(土) 05:58:28
文学に触れる人はどんなきっかけだった?

1親が読む。与える。生まれもった環境。幼い頃から図書館通い。
2学校で暗いタイプ。暇。暗い。オタ気質。小説に手を出してみた。
3わりと勉強出来るタイプ。おもに文型。自分のスキルのため自然と触れはじめる
4かっこうつけ。春樹読んだらはまったよ〜的な。バーテンやDJにも多い。
5恋人や尊敬する人の影響。
6授業や借り物をたまたま読み、運命的な一冊の出会いからずるずる

私は親の転勤で外国の田舎に住んでて、あまりにやる事なくて
じっくりと閉ざされた環境で本に向き合えた。
あれがなければ絶対こんなに読み始めなかった。
小説なんて毛嫌してた。
平凡に生きてたら誘惑が多いよ。
読めない。理解できない。楽しめない。

880 :吾輩は名無しである:2006/10/21(土) 06:07:51
俺は3かな
全然もてなかったけど

881 :吾輩は名無しである:2006/10/21(土) 06:15:19
>>879
1+君と同じ。
学校帰りに歩きながらとか、図書館からの帰り道、自転車に跨りつま先で
地面を蹴りつつなんて感じの子供だった。またそんなのが、親の海外転勤で
同世代、同環境の人間からぷっつりと切り離された日にゃそりゃあもうw

882 :高木ブー:2006/10/21(土) 07:24:21
俺は6番かな。
難しい理屈は分らないから、まず物真似から入る。

883 :吾輩は名無しである:2006/10/21(土) 07:38:19
皆のきっかけも知りたいな。

ちなみに自分は1〜6全部あてはまる気もする。
親に本読めといわれてて児童文学全部一通り読んでたし中学から進学校で本読まないとと焦ってある程度読みはじめ、かっこつけで太宰とか好きとかいってて沢山読んで、恋人が読んでた本を読んでみたらそれが運命的な出会い、オタ気質だからそれからははまりやすくて本の海…

で今。しょうもないきっかけだけどw

884 :吾輩は名無しである:2006/10/21(土) 09:06:34
1+5。本好きの美少女転校生との出会い。 
平均的リーマンの家で小遣いも普通だったが、本代だけはなぜか無限であった。
欲しいといったら必ず買ってもらえた。ただしチュ学校まで。+小学校から図書館通い。

シュルレアリズムの発生は芸術の問題というよりも時代精神の問題でもありますね。
無意識の発見。戦争もあったし。
あと、上にも書いたが優秀な才能が文学以外の方面に流れていることはあるかも。
もうひとつ、ブログやらで手軽に「自己表現」できてしまうところも熟成した
書き手の出現を妨げているかも。もちろん、2chもw
文学の衰退ではなく、文学を生み育てる環境の変質か。

885 :874:2006/10/21(土) 12:50:55
>>876
すまん。俺の書き方が稚拙で、上手く伝わらなかったかもしれないから補足させてくれ。
シュルレアリスムは確かに貴方や>>884の言っているとおり、世界大戦、無意識の発見など、
既成の価値転換に迫られたが故に、なかば時代の流れによって必要的に出現してきたものだと思う。
だから物事の順序を言えば、価値転換の必要性→シュルレアリスムの出現なのだろう。
しかし、俺が考慮してほしいと思っているのは、シュルレアリスムがなした「影響」についてなんだ。
ことばは、名詞やら動詞やら何やらを、一定の法則に並べると言うことで意味をなしていく。
ことばの土台となっているのが、その人が持ち合わせている世界の捉え方。
この法則と捉え方の二つを破壊して、さらに重要なのは新たに創造して、
それを体系化したのがシュルレアリスムなんだと思うんだ。
そりゃもちろんそれ以前にも、ことば破壊・創造行為はなされていた。
しかし、シュルレアリスムはそれが世界的な運動となって広がっていったことに意味がある。
しかも当時は世界大戦、無意識などあらゆる生活の「常識」が崩れ去ろうとしていた時代でもある。
そこに現れたシュルレアリスムは、専制的なものを憎み、二項的なものの融和する一点を主張し、
無意味(無意識)と思われていたもものの意味づけを行って、それを実践、
または既に実践されていたシュルレアリスム的なもの取り上げ、主義主張を体系化した。
これ以上続けると、文が長くなりすぎて歯止めがきかなくなってしまいそうで自重するが、
やはり、意味転換を世界的運動として行ってきたシュルレアリスムの影響は大きいと思うんだ。
以上です。ながながと失礼。

886 :吾輩は名無しである :2006/10/21(土) 18:41:30
要するにこれからは、何が成功するかわからないわけだ。
それなら成功して生き残った人間を誉めろ。
生き残る以上は、そいつに才能があるからだ。
そうしておけば間違いない。そんなところなんだろう。
評論家や編集者、文壇の連中が頼りない以上、それが一番うまくいく。


887 :吾輩は名無しである:2006/10/23(月) 02:13:18
浅田彰がモダンは伝統を終らせることで進んできたが、ポストモダンはその終らせることすら不可能になった「終わりの終わり」なんだって言ってた。

888 :吾輩は名無しである:2006/10/23(月) 02:21:38
そんなことは、そこらの高校生でも言えます

889 :吾輩は名無しである:2006/10/23(月) 02:31:04
まだ、浅田が若かった頃の話。

890 :吾輩は名無しである:2006/10/23(月) 02:32:19
↑それを君はどう思うのさ?
誰かも書いてけど、歴史はやっぱり繰り返しだ。
「終わり」の終わりは、確かに説得力があるが、それも世界の捉え方の一つに過ぎなくはないか?大文字の主題が成り立たない今、何を俺達はすべきか。

891 :吾輩は名無しである:2006/10/23(月) 02:35:27
じっと手をみる

892 :吾輩は名無しである:2006/10/23(月) 02:36:02
198 名前:吾輩は名無しである :2006/10/23(月) 02:34:01
ガチで純文学が扱うべきテーマ

電通 捏造朝鮮ブーム
成田豊会長(朝鮮人)

反日売国 電通 推奨企業CM

サラ金(朝鮮高利貸し)
パチンコ(朝鮮ギャンブル、非公営、金正日信用金庫)
ヤクザ周防バーニング事務所タレント

その他
朝日新聞、TBS、など、きりね〜


893 :吾輩は名無しである:2006/10/23(月) 02:43:54
そんなのかいちゃう奴は軽蔑するけどな

894 :吾輩は名無しである:2006/10/23(月) 12:03:16
にちゃんなんか壊すべきモノが無いのを壊そうとして空転してるだけのような気がする。

895 :吾輩は名無しである:2006/10/23(月) 12:39:00
日本が裕福になりすぎたから衰退した

だがしかし、平成不況下には一瞬文学が花開いた。 これからは景気が回復する一方なので、また衰退するだろう。

要は質の悪い おにゃんこくらぶ みたいのがはやるよ

もしくは60年代にたとえるならグループサウンズ

896 :吾輩は名無しである:2006/10/23(月) 13:48:29
しょうがねぇなぁ。
じゃあ特別に俺の顔写真を公開しよう。

http://www.afisatexni.com/images/taxi-driver-posters/taxi-driver-posters-4.jpg

897 :吾輩は名無しである:2006/10/23(月) 13:51:34
>>896
>しょうがねぇなぁ。

うちのモニタではなんどクリックしてもデ・ニーロにしかみえない。


898 :吾輩は名無しである:2006/10/23(月) 13:59:23
>>897
はっはっは。バカだなあ。
デ・ニーロが書き込んでるからだろ。

899 :吾輩は名無しである:2006/10/23(月) 14:05:55
「平成の松本清張」といえば、だれ?
参考にしたい。
東京五輪以降の生まれで。

900 :吾輩は名無しである:2006/10/23(月) 16:08:27
文学は救いがある
唯一無二のものだから
新聞や雑誌というメディアは本気でやばい
やばいやばい

901 :899:2006/10/23(月) 16:20:22
>>899
>「平成の松本清張」といえば、だれ?

答えは俺。

902 :松本清奥:2006/10/23(月) 20:08:57
あたいだ!

903 :吾輩は名無しである:2006/10/23(月) 20:12:23
イイからはやく俺に賞を寄越せって、
高橋っ、コノヤロウ!

904 :吾輩は名無しである:2006/10/23(月) 20:34:21
>>900
だよな。
劇団ひとりでも一作は書けるわけだしな。

905 :吾輩は名無しである:2006/10/23(月) 20:44:28
>>1
見れ→みれ

糞死ね

906 :吾輩は名無しである:2006/10/23(月) 21:03:26
>>895
>景気が回復する一方

なに言ってんのオマエ? 寝惚けてんの?

907 :吾輩は名無しである:2006/10/23(月) 23:11:20
1/100と100/10000はどちらが小さいか?
と訊かれた場合、人間は直感的には1/100の方をつい小さく見積もってしまう傾向がある。
これを素朴心理学という。
最近傑作が少ないと感じるのもまさにこの人間の思考がもつ傾向に由来する。
つまり衰退などない。

908 :吾輩は名無しである:2006/10/23(月) 23:42:09
渡辺淳一のおかげです
出版界に栄光あれ!

909 :吾輩は名無しである:2006/10/23(月) 23:49:34
「つまり」の使い方がキチガイ丸出し

910 :吾輩は名無しである:2006/10/24(火) 00:05:40
あ、厨2病が読むことまで想定して書いてないから。

911 :吾輩は名無しである:2006/10/24(火) 03:32:06
907が阿呆だと思うのは俺だけだろうか?
文学の衰退は別としても、あんな例えは非文学的だ。
まぁ、ならば君は、今現在、「衰退」してるものとして何を問題視してるの、具体的に?

912 :吾輩は名無しである:2006/10/24(火) 03:39:52
回避してみろ

913 :吾輩は名無しである:2006/10/24(火) 03:40:06
>>911
おまえだけだと思うな。
907はなかなかの慧眼で、モードとしての流行すたり、上がり下がりを問題にしてるわけよw
つまり衰退など実態ではない。というのは正鵠を射てる。
むしろ逆にどこが間違ってるのか説明してほしい。

914 :吾輩は名無しである:2006/10/24(火) 04:18:39
ほう、じゃあモードって実態なんだ?

915 :吾輩は名無しである:2006/10/24(火) 04:38:02
>>907
具体的にその最近の傑作とやらを
ズラズレッと並べて見せれば説得力があるような気がするが…。
てっとり早い。

916 :吾輩は名無しである:2006/10/24(火) 05:00:15
だからさ、傑作もモードな訳よ、実態がないのよこういう人達にとってはさ。

917 :吾輩は名無しである:2006/10/24(火) 05:07:22
何言ってんのか全くわかんない。
公共の場でオナニーしてんじゃねーよビョーキ野郎。

918 :吾輩は名無しである:2006/10/24(火) 05:11:19
だれが誰になにを何故どう言ってるのか賛成しているのか
反対か煽っているのか取り乱しているのか嫉妬に狂っているのか
アンカーつけてしゃべらねば全然わかんね

919 : ◆k2XT3HjFWw :2006/10/24(火) 05:11:32
ただ悪意を振り撒きたいだけなら他所でやれ屑が。

920 : ◆k2XT3HjFWw :2006/10/24(火) 05:13:06
俺は>>917その他に。


>>917、オマエは「臭う」んだよ。
死ね。

921 :吾輩は名無しである:2006/10/24(火) 05:26:24
>>913
俺も907はアホウだと思う。なに?「慧眼 」だって?
そんなトチ狂ったこと書くのはお前だけだよ907。

922 :吾輩は名無しである:2006/10/24(火) 05:38:00
「衰退」ってのは微妙な言葉。
例えば、「日本音楽の衰退」「日本人の衰退」って言ったら、
人それぞれの価値観によってイエスでありノーであり、客観的な答えなどない。
ただ、個人的には、心にグッとくる書き手に最近出会えていない。
むしろ古い時代の書き手の方に惹かれる事が多い。
それは、単に自分が年をとって新しいものが理解できないといった事とは性質が違うものだ。

923 :吾輩は名無しである:2006/10/24(火) 05:46:27
昔のと今のでは何が違う

924 :913:2006/10/24(火) 05:57:11
>>914
モードが実態だというふうに読めちゃったんだ?
そんなこといってないんだけど。
ま、ロラン・バルトなんかはモードこそ実態といってるけどね。

>>k2XT3HjFWw
屑しかいえねえ異常者の分際で一人前のこというなよw
誰にも相手されてねえくせしてw

>>921
反論にもなってないし、そもそも完全に的はずれ。

925 : ◆k2XT3HjFWw :2006/10/24(火) 06:05:43
云ってろw

926 :吾輩は名無しである:2006/10/24(火) 06:14:10
>>925
云ってろじゃねえんだよ、おっさん。
武蔵丸みてえなツラしやがって。
テメエ、ひと言でもまともなこと言ったことあんのか?
ぜんぜん文学知らねえくせにウロチョロすんじゃねえよ、頼むからよぉ。
煽るしか能がねえくせしてウゼエんだよ。


927 : ◆k2XT3HjFWw :2006/10/24(火) 06:17:19
うーん、正直俺割とツラは良い方なんだけどww
それに大介スレのも俺じゃ無いよw 能無し。

928 :吾輩は名無しである:2006/10/24(火) 06:19:29
そら、衰退するわな・・・

と思わずにはいられない見苦しいやりとり

929 :吾輩は名無しである:2006/10/24(火) 06:20:30
>>927
いや、だれも信用しねえよw
言い訳すんな。

930 : ◆k2XT3HjFWw :2006/10/24(火) 06:40:06
>>929
そんなの能無しだけだってw

俺のここでのレスは、そのかなりのところまでが韓国文学スレから辿れる筈。
またそれらいくつかを読めば俺のパーソナリティをハッキリと捉えることが
出来るだろうし、さすれば俺の名無しでの書き込みもたちどころに識別出来る
様になるよ、お前に俺と同じだけの能力があればなw

931 :吾輩は名無しである:2006/10/24(火) 06:49:10
>>930
おまえが不細工だといってるのに、その返事がどうして「そんなの能無しだけだってw」なの?
日本語だいじょうぶ?
なんだか朝鮮人みたいけど。

てゆうか、パーソナリティとかなんとかいってるけど、
要するに妄想狂ってことだろ?
べつに心配してくれなくてもわかってる。みんな知ってるよ。
テメエはとことん無能なんだよ。
それはちゃんと世間が決めてくれることだから自分でいうな。

932 :907:2006/10/24(火) 07:23:25
>922
結果を直接推論できる原理に駆動されていない可能性を探るべきでしょう。
その一つとして素朴心理学を提示してみた。
卑近なものは期せずして、つまりw必然的に卑近なのだよ。

933 :吾輩は名無しである:2006/10/24(火) 11:03:14
ttt

934 :金原LISA:2006/10/24(火) 11:56:04
珍公満公の節句るのお陰

935 :吾輩は名無しである:2006/10/24(火) 18:09:40
業界がほんのり儲かってないだけで、文学はちっとも衰退してないよ。

936 :吾輩は名無しである:2006/10/24(火) 18:36:30
感情論ぶちまけて、さらには相手を肉体的人格的に貶めるような悪口を言っているやつが、
俺は「衰退」ということを真剣に論じているんだ、と勘違いしてしまうところに、
もっと根本的な「衰退」を感じるね。
2chだから匿名だからという、安易な言い訳はよさないか?
話し合うということを、相手を言い負かして自分の意見を100%通すことだと思っているやつらが最近増えすぎ。

937 :吾輩は名無しである:2006/10/24(火) 21:15:11
全部虚構なんよ。壮大な文学なんよ。

938 :吾輩は名無しである:2006/10/24(火) 21:42:17
そうそう。読み様によっては案外、キチガイ女とダメ男の愛憎劇ともw

939 :吾輩は名無しである:2006/10/26(木) 22:32:45
作家同士の馴れ合いも困るが、派閥争いも見苦しい。こういうことが作品や、
賞レースのゆくえに影響するから。

940 :吾輩は名無しである :2006/10/27(金) 18:47:34
結局最後に勝つのは売れた作家なんだろう。


941 :吾輩は名無しである:2006/10/27(金) 20:38:44
作家より売れてるライターのほうが人生幸せ。

942 :吾輩は名無しである:2006/10/27(金) 22:51:26
売れてるライターって・・素人丸出し
フィクション書いて印税が何千マン入る作家にかなうライターなんているか、ボケ

943 :吾輩は名無しである:2006/10/29(日) 02:03:30
何千万って作家何人いる?W
おまいバカだな。

944 :吾輩は名無しである:2007/01/08(月) 19:56:58
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/bgame/1167121095/l50

他の板でこんなスレ見つけて懐かしかった。
本家もまだあったんだな。

945 :吾輩は名無しである:2007/01/17(水) 13:34:10
衰退などしていません

946 :セチガライ ◆SPj8OryZTM :2007/01/17(水) 19:10:10
アホスレ認定印 byセ チガライ

947 :吾輩は名無しである:2007/01/18(木) 09:59:57
繰り返される結論

948 :吾輩は名無しである:2007/01/18(木) 16:09:40
おかまいなしに議論議論また議論

949 :吾輩は名無しである:2007/01/19(金) 03:46:06
文学はなぜ衰退するか。
それは当然文明の発達ゆえでしょう。
人間は弱い生き物だから、電灯に群がる虫のように、
合理的・利便的なものに吸い寄せられていきます。
そして文明が発達すると、さらに社会自体の速度が
大幅に増していきます。例えるなら激流の川のように。
十九世紀あたりは、上流の穏やかな川の流れでした。
それが二十世紀、そして二十一世紀と時を経るにしたがい、
その上流から川の流れは徐々に下降し、その速度は常に増していくのです。
今このカオスのような状況で、文学をするということは
正直かなり時代の流れに反していることと思います。
それはまるで必死で川を逆流して昇ろうとしているかのように、或る意味滑稽ですらあります。
でもこうしてもがいている少数の変わり者たちが、この2チャンネルという場で
文学について語り合えるということは幸せではありませんか。
どこまでももがきましょう。例えいつかは力尽きて流れに飲まれて消え去る定めだとしても。

950 :吾輩は名無しである:2007/03/07(水) 18:21:10
このスレひでえな

951 :吾輩は名無しである:2007/03/08(木) 11:05:13
文系の特徴
・なにかとつけて日本と外国を比べ、日本を一番にする
・「欧米人には美的感覚がない」が口癖
・「日本語は世界一優秀な言語」「日本人は世界一美的感覚に優れている民族」と本気で主張する
・妄想と想像力の区別が付かない
・資料が無くても論理的思考力さえあれば社会問題を論じられると思っている
・勝手に「正しい日本語」を定義し、そこから外れたものをひたすら叩く
・昔=善、今=悪という短絡的思考
・本に書かれている内容を100%正しいと思っており、疑問を抱く者を異常者扱いする
・血液型別性格診断を信憑性があると思っており、その根拠は「みんな正しいと言っているし、そう主張する学者もいるから」
・本や新聞などで重要なのは文章構成で、審議は二の次
・命題が真なら、逆と裏も真だと思っている
・こういうネタに対してキレてマジレスする。なぜならばユーモアがないから。
その証拠に、理系ジョークはあるが文系ジョークは存在しない。

952 :吾輩は名無しである:2007/03/08(木) 12:31:58
文学はなぜ衰退するか。
読者が同じものを求めるからだ。
読者から転向した作家が文学的ユートピア(既製品)ばかり目指すからだ。
すでにあるものを目指すとき、新作は既製品に届かぬだろう。

953 :吾輩は名無しである:2007/03/08(木) 14:42:27
読者の叛乱→セール落ちこみ→作家の荒廃

954 :吾輩は名無しである:2007/03/08(木) 14:54:29
読者が飢えてないんだよ。馬鹿になったって言ってもいいけどさ。
どう考えても叛乱なんて起こしてないよ。もっと消極的なもの。

955 :吾輩は名無しである:2007/03/09(金) 19:53:48
趣味で本読む時間がないんでしょ。

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