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中村真一郎

1 :平下流:2005/11/21(月) 21:39:49
この人のスレが無いのに驚いて立てました。
自由に話しましょう。

2 :吾輩は名無しである:2005/11/21(月) 22:20:22
学生時代は不潔な文学青年で、
卒業後垢抜けだして、
壮年期に女とやりまくった日本最後の文士。

3 :平下流:2005/11/22(火) 00:33:31
そうなんだ?
でも「日本最後の文士」はいいね。
頂きます。

4 :吾輩は名無しである:2005/11/22(火) 00:36:47
さびしがりやで、晩年も妻に手を握ってもらいながらじゃないと
眠れなかったとか。
この人は批評が面白いよ

5 :平下流:2005/11/22(火) 02:09:56
小説はあまり面白くありませんね。
途中から趣きが変ったけど。
面白い批評、紹介して下さい。

6 :吾輩は名無しである:2005/11/22(火) 11:12:17
>>4
『色好みの構造』『王朝文学論』読んだよ。面白かった。
もし日本古典を比較文学的観点から見るなら、中村は必読だろうな。


この人の小説は、>>2が言うように「壮年になって目覚めた」って
感じが強すぎて、それで辟易することが多いかも。
まああの世代は戦時体制のせいで恋愛も何もなかったからだと言えば
仕方がないのだが。

7 :吾輩は名無しである:2005/11/22(火) 11:13:28
この人の「プルースト的文体」は嫌いじゃないけどね。

8 :吾輩は名無しである:2005/11/22(火) 11:17:48
この人の小説で、青年が主人公っていうのはないの?
いや別にオッサンが主人公でも普通ならかまわないんだが、
中村の場合は「老い」がやけに強調されていて嫌になるし...
(それで『四季』読み通せなかった)

9 :吾輩は名無しである:2005/11/22(火) 13:18:47
堀田・福永と共同で「モスラ」の原作小説を執筆

10 :吾輩は名無しである:2005/11/23(水) 10:20:53
『江戸漢詩』は読んだ?
この本を読むと、江戸時代の知識人文化がどれだけ
洗練されていたのかよく分かるよ。
そういう文化を消し去った明治維新は本当に「進歩」だったのか、
むしろ「退歩」じゃないかって気さえしてくる。


11 :吾輩は名無しである:2005/11/23(水) 10:26:27
『頼山陽とその時代』は未読。
講談社文芸文庫で出してくれないかなー。

12 :平下流:2005/11/24(木) 01:18:41
>>6 >>10
同感。
如何に幕末の文人の教養が高く豊かであったことか。
当時、文人はまず詩人であった。

>>11
この頃の文人については、富士川英郎もいい。
漢詩のみでなく、西欧の詩にも造詣が深いので、パースペクティブが広い。
例えば、『江戸後期の詩人たち』『菅茶山と頼山陽』『菅茶山』
もっと書きたいが話がそれるのでここまで。
例えば、『





13 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 01:25:02
でも中村真一郎の近世評伝ものの漢文読解は間違ってたんだけどね。
無理して古典的教養を誇っても、サマにならない。
無知な読者は騙されるかもしれんが。

14 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 01:51:48
んなことはどーでもいい

15 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 01:58:06
中村真一郎の批評って権威主義ではないかい。
外在的な権威である、西洋とか古典とかの範例に突き合せて価値づける評が多い。
作者や作品の内在的価値を見出す読み込みってしてるかね?

16 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 06:25:18
>>15
「王朝文学論」はかなり自由に書いていたよ。
そのせいか批評てほど論理的な体裁が整っていないという
批判を受けるかもしれないが。
四大亜流物語や擬古物語の部分は出色ものだと思う。

タイトルは忘れたけど
この人の小説はどうもあまり面白くなかった。
大学教授とその美しい妻子、女子学生と男子学生の恋愛のお話。
何かツルゲーネフとかあの辺りの稚拙な模倣て感じだな。
(作中でもツルゲーネフの名前が出ていた。)
女性の描写が不自然で違和感があった。

17 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 08:42:03
>>13『頼山陽とその時代』のこと?
今から読もうと思ってたのに...


18 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 08:45:43
>>15
「権威」じゃない。「比較対象」だろう。
そんなこと言ったら丸谷才一のジョイスや大岡信のエリュアールだって
「単なる権威好き」になってしまう。

19 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 13:50:16
持ち出してくる比較対象が、なんかいかにもって感じだから、権威主義集がするんだよね。
或る程度「教養」があれば、感心するほどの批評ではない。

20 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 16:45:32
まあ東大仏文だからスタンダールの『恋愛論』とか持ち出してくるのは仕方ないけど。

21 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 16:48:52
>>19 権威主義集 → 権威主義臭

22 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 16:50:58
戦前の軍国主義の反動で日本的なものが胡散臭い眼で見られてた時代だから、
ある程度のハッタリは仕方無かったんじゃないの?
中村と山本健吉がいたからこそ、日本古典の比較文学的評論・研究が少しは浸透したわけで。
(まだ世間の常識ではないが)

23 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 16:52:09
あんなもんが常識になっては困る。ハッタリに騙されてるなよな。

24 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 16:59:06
恣意的な想像による取り合せを、比較文学とは呼べぬ。 >>22

25 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 17:00:37
そういう意味では功績は大きい。

26 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 17:04:50
>>25 え、権威主義的で恣意的なハッタリで世間の常識にもなってない、って意味で?

27 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 17:08:02
どこが「恣意的」なの、説明して。
源氏物語とプルーストを一緒にされるのがそんなに嫌か?

28 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 17:10:50
プルーストって既成権威があって、それに引き寄せて源氏を読んでみただけ。
両者を生んだ時代や社会や作者や他作品との関係やを無視したアナロジーだから恣意的。

29 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 17:18:34
つまり、源氏物語は大したことないしその程度の作品しか生み出せなかった
日本文化も大したことない、てのが>>28の意見なわけか。



そういう意見はそういう意見で仕方ないけど、なんか悲しくない?
源氏はオレも注釈なしじゃ読めないけど、その源氏にインスパイアされた
新古今和歌集は(本歌取りとかよく分からなくても)言語芸術の極みだと思うし、
そういうのが理解できないのって結構悲惨だと思うけど?

30 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 17:24:39
日本語は難しい。

31 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 17:28:07
丸谷才一の意見だけど、八代集が「詩的ディスクール」の源泉になって
源氏・平家の両物語(平家は新古今の影響が強い)や世阿弥の能、
西鶴の浮世草子、さらに大田南畝(蜀山人)の狂歌にまで影響してるわけで、
こんなに凄い文学史なんてどこの国にも存在しないと思うぞ。

32 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 17:29:37
>>31
信者さん?

33 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 17:31:37
>>31
丸谷は丸谷で色々問題があるかもしれんが、西洋詩にしか興味の無かった
オレを日本古典に振り向かせてくれたし、その体験を信じるのは自由だろ。


桜咲く遠山鳥ののしだり尾のながながし日もあかぬ色かな 後鳥羽院


この歌が普遍的な魅力を持ってるってことの分からない人間に文学は無縁だな。

34 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 17:33:13
>>29 
源氏が大したことないなんて誰も言っとらん。
中村眞一郎の評価の仕方が駄目だと言ってる。それもわからんのか。

35 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 17:34:22
>>31
恣意的に同意する。しかしここまですごいと、やはりマニアックな世界だな。
言語芸術の極みであるものを理解できる人は少ない。それが理解できなければ
権威主義で一蹴するがよろし。

36 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 17:37:05
>>34
「プルーストに匹敵するほど凄い」って何故言えない。
両者が「完全に別物」って言ってしまったら何も生み出せないだろ。

37 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 17:39:40
>>34
もう少し具体的に言って欲しい。評価の仕方に恣意性があることに怒りを覚えているのは分かるが、
怒りだけで何も伝わってこない。>>33の言いたいのは評価の仕方に権威主義が混じっていたのは戦略上
仕方のないことであって、そこから恣意性と権威主義を乗り越えたものになりえたはずだということではないか。
つまりそれらの仕方から中村真一郎という個性が生まれ、表面的にも結滞な日本文学の真骨頂が保たれたのではあるまいか。


38 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 17:40:57
プルーストと比較しなくても、源氏物語の価値は説けるが? 
まあ中村真一郎は、西洋の権威を持って来なきゃ何も生み出せない阿呆かもしれんが。

39 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 17:45:09
>>37それが言いたかった。サンクス。
>>35
その「マニアックな世界」が江戸時代までは常識だったことを忘れないでくれ。


オレ的には世の中が近代民主主義社会でも文化は宮廷貴族趣味で全然かまわないと思う。
クラシック音楽でも「衒学趣味」って非難され続けた「貴族」ニコラウス・アーノンクールが今や
ニューイヤーコンサートを振る時代になってるんだし(それで物足りなければ今のクラシック界で
「好きなこと」が出来る唯一の人物と言っとくか)、文学だって同じこと。

40 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 17:45:17
>>37
>恣意性と権威主義を乗り越えたものになりえたはずだ
つまり、なってないって判断なのね? その通り、結果を残せてない。

>表面的にも結滞な
意味不明。呂律の回らぬ悪文は、中村の翻訳文でもうたくさん。

41 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 17:47:33
>>38
確かにインテリ的な阿呆には違いなかろうね。
西洋の権威を持ってこないと何も生み出せなかったのはいっぱいいるし。
つまり何もないところから生み出す天才は突然変異的キチガイでしょうな。

42 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 17:52:13
>>31
>こんなに凄い文学史なんてどこの国にも存在しないと思うぞ。
古典のアリュージョンは、漢文でもラテン文学でも多用する。
日本だけだと思ってるのは無知で視野狭窄。だから中村や丸谷程度に騙される。

>>33
>その体験を信じるのは自由だろ。
信仰告白は批評に非ず。

43 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 17:55:43
>>40
呂律が回らぬ悪文ですまんこってすたい。

つまり突然変異的キチガイでしか理解できぬものになってしまわぬように
中村は権威主義で包装したのではあるまいか。つまりあまりにマニアックな文化
になればいずれは溺死せざるを得なかろう。そういう意味で中村の権威主義的な
比較文学は意味があったのではないか。

44 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 17:57:52
「マニアックな文化」もあまり過ぎれば自家中毒になるし、
偉大な文学者ってのは紫式部でも藤原定家でもその「マニアックな文化」を
「完全に」踏まえた上で新しい「詩的ディスクール」を作ったわけだし、
そういう抜け道はちゃんと存在してるよ。

45 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 17:58:14
包装ではなく、中村眞一郎の浅薄な西洋崇拝は、地だよ。>>43

46 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 17:59:18
「西洋を鏡にして自国文化を見直す精神」と言え。

47 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 18:02:22
吉田健一ですら、文学の「前向きな変化」(進歩とは言わないよ)は
外国文学の吸収から生まれるって言ってるわけだし、
中村の傾倒するフランス文学ですらロンサール、デュ・ベレーに代表される
プレイヤード派がフランス語の文学作品を「古典古代の題材で」書くことを
主張したわけだし(で、中世的な騎士やら田園詩やら宗教文学やらから脱却した)
中村はたまたまその度合いが行きすぎだっただけだ。

48 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 18:02:54
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1132722088/42
42 :吾輩は名無しである :2005/11/24(木) 15:02:33
>>41 所詮、中村真一郎は「それなり」なんだね。
どこかよその新しげな権威を持ってくるばかりで、
自前で「伝統」を創り出してないから、ひ弱。
古典論や近世文人伝も、板に着かない赤毛芝居みたい。
ディスカバー・ジャパン風オリエンタリズム。
「つまらない」ものは批判すべきで、無理に擁護するこたぁないよ。

49 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 18:05:43
なあ、お前らそんなに中村批判したいのか?
「批判的継承」って言葉があるけど、お前らのしてることは
「日本文学は日本文学、フランス文学はフランス文学」って
言ってるのとあまり変わらんと思うぞ。


せめて中村のプルーストと源氏の類推の「どこが」ダメなのか説明位してくれ。
それが「批判的継承」だろう。

50 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 18:07:34
>>47
論点が見当外れに逸れたね。
いま問題になってたのは現代文学の創作ではなく、古典を批評研究する場合。
そこに、中村みたいな「行きすぎ」た「外国文学の吸収」が必要なのか?

51 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 18:09:06
なるほどね。
それにしても中村真一郎はどうして壮年期にセックスに目覚めたんだろうか。
やはり自身の文学の行き詰まりからか。
西洋崇拝で出来た見地的鏡台から日本文化を眺める手法に限界を感じたのではないか。
最も学術的と信じられた時代であったろうから、中村自身もそれに呵責を感じ、
個別的であるがゆえのより普遍的なインスパイアを求めてセックスに励んだのではないか。


52 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 18:09:54
>>49
既に>>28
>両者を生んだ時代や社会や作者や他作品との関係やを無視したアナロジーだから恣意的。
と指摘済み。
無視してない、十分考慮してるってことなら、反証を挙げよ。
無視してもいいのだと主張するなら、その理由を述べよ。

53 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 18:10:32
つまり、このスレのアンチ中村は中村の「なんで若い頃に好きなだけ恋愛
出来なかったんだ」って愚痴が嫌なわけか。

54 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 18:11:42
はあ? 恋愛なんか興味無えよ。

55 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 18:17:17
アンチがいなければスレは伸びないという計算から出てきた立候補的アンチではあるまいか。
つまりそんなにアンチだとは思わないが。

56 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 18:18:09
まあ中村の作品内の愚痴は中村の古典論を支持してるオレでも辟易するしな。
ほかの同世代の連中は三島でも丸谷才一でももっと前向きだぞ。


しかしなんで(確信犯的でも)アンチばかり寄ってくるんだ。せめて平下流がいてくれたら...

57 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 18:19:14
>>54
おまいおわってるな

58 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 18:21:03
>>55
みんなもっと仲良くしようぜ。

59 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 18:21:38
>>56
他人任せじゃだめだ。それに平下君は生真面目だから激論できるようなタイプファイターではない。
平下君からすれば情報収集の場として立てたスレではあるまいか。

60 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 18:21:53
中村支持派が無知で非論理的なんだから、批判が集中するのは当然。>>56

61 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 18:23:04
オレはもう言いたいことは言い尽くしたよ。
早く中村を「批判的継承」できるレベルに達したいものだ(笑うなよ)...

62 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 18:25:46
おいらも言いたいことは全部出した。
まだ2冊しか中村読んでないけど、指が動くがままにタイピングファイター的に議論してたら
何となく分かった気になったよこの人。時間があれば批評も読むよ。

63 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 18:26:18
中村真一郎みたいな小賢しい作家って、
中途半端に教養つけた読者がイカれやすいのかもな。

64 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 20:33:14
大岡信や丸谷才一が「批判的継承」しているのも事実。
大岡なんか、中村の失敗(と敢えて言おう)を踏まえているのか
大好きなエリュアールやブルトンも表面には出してないし。
(よく読みこむと、象徴詩や前衛詩の好きな人間ってことがよく分かるのだが)

65 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 20:40:47
>>62
オレも実は三冊くらいしか読んでない。(『色好みの構造』『王朝文学論』『江戸漢詩』)
まあ他の比較文学的日本古典論とかでかなり知識は補ってるけど。



中村の古典評論はともかく、「詩的ディスクール」の集合体による
「マニアックな文化」自体は誰も否定してないわけだし。
(「マニアックな文化」の革新については、大岡信の『うたげと孤心』を参照)

66 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 20:58:20
あいつらやっぱり確信犯アンチだったのかな。
また閑散スレに戻ってるよ。

67 :平下流:2005/11/24(木) 21:37:30
>>56 >>59
お役には立てませんが、少し。

真一郎について色々な評価が出ています。
小説が面白くないのは概ね一致しているようです。
評価が分かれているのは彼の評論につてですね。

史伝はどうでしょうか。例えば『蠣崎波響の生涯』
鴎外の史伝三部作と同じような心地よさで読めました。
(余談ですが、清張の『或る小倉伝日記』にも同じ面白さを感じました。)

ここでも真一郎について議論が白熱しています。
        ↓
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1132722088/l50

68 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 21:42:12
このスレの住民と上述のスレはかなり住人がダブってるよ。



まあ、あんたの意見も色々聞いてみたいな。
上の連中の言う「権威主義」は果たして真実なのか。
(中村を三冊しか読んでない)オレよりは色々知ってそうだし。

69 :吾輩は名無しである:2005/11/24(木) 21:49:03
ついでに、あんたの意見にアンチがどう出るかも見てみたい。
オレはもう中村について言うことはないし。

70 :平下流:2005/11/24(木) 22:02:06
>>69
そんなことおっしゃらずにお願いします。

71 :吾輩は名無しである:2005/11/25(金) 05:28:14
平下流って人、くだらんお世辞みたいなひと言感想だけぢゃん。自分の意見を出しなよ。

72 :吾輩は名無しである:2005/11/27(日) 10:29:11
壮年期にセックルに目覚めたのは、最初の妻の自死のあとの神経症の
快復の影響もあるのでは。
「四季」4部作を見るとそんな感じが。

73 :平下流:2005/11/28(月) 01:16:42
>>56 期待してもらえるのはありがたいのですが・・・。

>>59 前半はその通りです。
   後半は忘れて欲しくないと思ったからです。

>>71 自分の意見・・・。
他の板でも自分の意見を、と批判されていますので、少し。

テーマとなっている真一郎の権威主義についてですが、
『失われた時を求めて』は4分の1も読んでいません。
一つの描写が長々と続く、また一つ一つの文章が長いので途中で挫折しました。
同じような経験は高校の時でしたが、『谷間の百合』の風景描写の場面での感じ、その部分を飛ばして読みました。
トラウマになっていたのかな。でも、手法、構成にはオリジナリティは感じました。
も一度、トライしてみたいとは思っています。でも、今度読むときは、設計図が欲しい。

その時の感想は、記憶喪失になった中年男が、
紅茶に浸したマドレーヌの味からアイデンティティーを取り戻し、
本当の自分を発見する、本当の自分に戻れる物語という感じでした。

ですから、私には、『源氏物語』と『失われた時を求めて』に関する真一郎の評論を論じる資格はありません。



74 :吾輩は名無しである:2005/11/28(月) 01:19:11
逃げたな。
プルースト読んでなくても、中村の持ち出す論のウチノリに沿って、評価や批判はできるのに。

75 :吾輩は名無しである:2005/11/28(月) 01:27:12
「論じる資格はありません」てのは、確かかもなー。>>73
もう「記憶喪失になった中年男」なんて誤解をしてる時点でアウト。

76 :平下流:2005/11/28(月) 01:29:37
>>75
記憶喪失というのは例えで、私の印象です。

77 :吾輩は名無しである:2005/11/28(月) 01:30:57
>>76 苦しい言訳。なんでそんな見当外れな「例え」を持ち出す必要があるのやら。

78 :平下流:2005/11/28(月) 01:34:54
言い訳のつもりはまったくありません。
記憶喪失者が徐々に過去の記憶を取り戻していく。
そして、良くも悪くも本当の自分を取り戻すという意味です。

79 :吾輩は名無しである:2005/11/28(月) 01:35:28
>>67
伝記ものだからって、ミソもクソも一緒くたやね。鑑賞眼の無い。

80 :平下流:2005/11/28(月) 01:38:22
やっぱり、自分の意見は言わない方がいいですね。

81 :吾輩は名無しである:2005/11/28(月) 01:39:20
>>78
は? 「という意味です」って、それ、「例え」でも何でもないぢゃん。
あの主人公は「記憶喪失者」ではないっての。どうして精神疾患にしたがるの?

82 :吾輩は名無しである:2005/11/28(月) 01:41:08
>>80 
まともな意見を言ってくれればいいだけ。誤れば改めればよし。
それに、自分は叩かれるのを恐れる癖に、他人には意見を書かせようっての?

83 :平下流:2005/11/28(月) 01:48:18
これだけは言っておきますが、『失われた時をも止めて』に書かれている事実をを誤まったわけではありません。
誤解です。私が、どう感じたか、印象を言ったまでです。
さようなら。

84 :吾輩は名無しである:2005/11/28(月) 01:52:19
>>83 
だから、なんでそんな見当外れな作品と離れた印象を述べるんだト。
そこが釈然としない以上、言訳に見えるわな。

85 :吾輩は名無しである:2005/11/28(月) 07:58:46
手元に死者たちのサッカーがあるんだけど、どうでしょう。

86 :吾輩は名無しである:2005/11/28(月) 15:58:50
>>85 君は、どうなの? 自分の意見から言ってみそ。

87 :吾輩は名無しである:2005/11/28(月) 21:00:31
いや、あるだけ。読もうか、読むまいかの相談っすよ。

88 :吾輩は名無しである:2005/11/29(火) 00:24:11
迷ってるなら、無理に読まずともよし。

89 :吾輩は名無しである:2005/11/29(火) 03:10:14
平下くんの記憶喪失→アイデンティティの回復論って面白いと思うよ。
本人がどれだけ解かっているかは別として、深いところ突いてると思う。

90 :吾輩は名無しである:2005/11/29(火) 03:13:26
はあ? だって、マルセルは記憶喪失ではないでしょ?
(アムネジアを多用するのは昔のミステリー小説とかで、通俗的な意匠だよ。)
「例え」だとしても、何のためにそんな実際と異なる「例え」を出すのか、サッパリ。

91 :吾輩は名無しである:2005/11/29(火) 03:24:22
>>89 『失われた時を求めて』は私探しゲームかよっ。読みが浅えなっ。

92 :吾輩は名無しである:2005/11/29(火) 03:25:48
通俗小説です。

93 :吾輩は名無しである:2005/11/29(火) 03:28:57
スノビズムを主題にしたことと、その作品が通俗小説であることとは別だべ。
それに中村真一郎の場合、その長篇は通俗小説になることにすら成功しちょらん。

94 :吾輩は名無しである:2005/11/29(火) 04:38:58
どの小説?

95 :吾輩は名無しである:2005/12/03(土) 20:07:13
>>1は、あちこちのスレに同じURLをコピペして回った、マルチ荒しでした。

96 :平下流:2005/12/13(火) 02:57:54
>>84 >>91

この板も落ち着いてきたので一言。
私の言う「アイデンティティーを取り戻す」の意味は所謂アイデンティティーの発見の意味ではありません。
発見という言葉を使うならば、それは時間の輪廻のなかにあることの発見という意味です。


97 :吾輩は名無しである:2005/12/13(火) 03:52:40
また荒しか……。意味不明な独り言は、チラシの裏にでも書くよろし。
作品と関係無いこと言っても返答にはならないんだよん。


98 :吾輩は名無しである:2005/12/13(火) 08:25:40
>>97
内容に意味が無いという点では君のレスも同じ。叩く代わりに論破しては。

99 :吾輩は名無しである:2005/12/13(火) 17:09:22
「作品と関係無い」と言ってるし、それ以上は繰り返しになる。
反論あるなら、>>77に返答する方が先。

100 :吾輩は名無しである:2005/12/13(火) 18:54:35
>>98 「意味が無い」のではなく、意味不明。支離滅裂、論理的整合性無しってこと。

101 :平下流:2005/12/13(火) 23:02:42
>>68 >>69
さて、問題の真一郎の批評に於ける権威主義についてですが、>>15のレスからでした。
ほかに、>>19 28 34 38 41 45 48 50 52 が権威主義支持者のようです。

私は真一郎の批評が権威主義とは全く考えていませんので、具体的にどこがどのように権威主義なのかその文と出典をいくつか教えて下さい。
それらを読んでからでないと・・・。

102 :吾輩は名無しである:2005/12/13(火) 23:25:08
自分の応答責任を他人に転嫁して逃げるト。>>101

103 :平下流:2005/12/15(木) 02:39:59
>>100
「現代の小説家が『失われし時』を『再発見』したのは、さうした方法―記憶自体の自動的な展開の把握―によってだった。」
「プルーストが彼の近代的な孤独、個人の限界、を突破するために求めたものは、夢の体験、記憶の無意志的展開であった。」
この文章は「意味不明、支離滅裂、論理的整合性無し」でしょうか。
もしそうなら、あなとは、この話は平行線ですので止めましょう。

104 :平下流:2005/12/15(木) 02:44:13
>>103の訂正 最後の行
×あなとは → ○あなたとは

105 :吾輩は名無しである:2005/12/15(木) 02:50:50
>>103
まぁたトンチンカンなことを。いいか、その文章は理解できるが、
その引用文と君の書き込み(>>73 >>78 >>96)との間には整合性が無い。
君の中でだけはつながってるのだとしても、それを意味の通る形で示せてない。

106 :吾輩は名無しである:2005/12/15(木) 02:56:51
ただ聞かれたことに答を出せばいいだけなのに。
つまり、なんで「記憶喪失になった中年男」なんて見当外れな「例え」を持ち出したのか、だ。

107 :平下流:2005/12/15(木) 03:18:24
>>105
了解しました。
あなたとは、三日三晩話したとしてもお互いの理解は難しいかもしれません。
わたしの表現力の問題なのか、あなたの理解力の問題なのか、他に問題があるのか、何れにしても、この場では無理です。

ここでは、あなたが>>103の文章を理解できることで十分でしょう。
わたしにも理解できますから。

勝手ですが、他にも催促されているスレがあるので、(文学版、一般書籍版ではありませんが。)今日はこのへんで。
次からは真一郎の権威主義について書きます。

108 :平下流:2005/12/15(木) 03:56:59
また、戻ってきました。
>>106
単なる遊びの文です。
十代の頃の、その時の印象を語ったまでで、『失われた時』に書かれている事実を書いたわけではありません。
バルザックについての印象もその頃の印象です。


109 :吾輩は名無しである:2005/12/15(木) 04:01:38
だからさ、何でそんな見当外れで無意味な誤った印象を述べるのよ?

110 :平下流:2005/12/15(木) 04:07:27
>>109
貴方の目的は何ですか?

111 :吾輩は名無しである:2005/12/15(木) 04:14:46
ひとりの人が叩いてるのかしらんけど、俺もちょっとしつこいと思うよ。
ただその上で、平下流氏は妙に議論かみ合わないところあるね。まぁ
仲良くやれよな。

112 :平下流:2005/12/15(木) 04:17:19
>>109
わたしの>>73での発言
「ですから、私には、『源氏物語』と『失われた時を求めて』に関する真一郎の評論を論じる資格はありません。」
資格がないことを言いたかったのです。資格がない証拠として 「見当外れで無意味な誤った印象を述べ」ているわけです。
本人が自ら証拠まで出して資格が無いと言っているのに、それ以上、何を求めるのですか。

113 :吾輩は名無しである:2005/12/15(木) 05:41:52
お、開き直ったね。どうせ馬鹿だよ悪かったな、ってな。
前は見当外れではないことを主張してたみたいだけどね?

114 :平下流:2005/12/15(木) 19:40:10
>>113
はっきり言いましょう。
開き直ったわけではありません。
あなたに満足してもらうための表現です。

最後に、うちの学生でないことを願うばかりです。

115 :吾輩は名無しである:2005/12/15(木) 19:42:37
平下流って明治学院大学の講師?

116 :平下流:2005/12/15(木) 19:43:07
さて、>>103の引用文のソースを書き忘れていました。
中村真一郎『批評』昭和二十二年四月でした。 

117 :吾輩は名無しである:2005/12/15(木) 19:43:21
なんかの病気?

118 :吾輩は名無しである:2005/12/15(木) 19:54:35
>>114 
それが開き直りだってば。

119 :吾輩は名無しである:2005/12/15(木) 21:11:46
自分の言ったことを、責任持って説明できないのですか。駄目学生なみ。>>114

120 :平下流:2005/12/15(木) 21:53:19
再度>>101
宜しくお願いします。

121 :吾輩は名無しである:2005/12/15(木) 21:58:21
権威主義の後退化現象の策略とも思えるがどうだろう。

122 :吾輩は名無しである:2005/12/16(金) 00:13:22
>>120 ご自分が>>77>>84の疑問にまともに返答する方が先ではありませんか。

123 :平下流:2005/12/16(金) 00:34:06
>>122
私の考へは>>107を見てください。

もしかして、貴方は、私のことを知っていて難癖をつけているのではないでしょうね。
もし、そうでしたら正面から堂々と話してください。いくらでも応じます。
この場は公共の場、そうゆう話にはふさわしくありません。
個人的な感情は別にして、ここではテーマにそった話をしましょう。

124 :吾輩は名無しである:2005/12/16(金) 00:38:49
>>107って……説明責任をうっちゃらかして、逃げただけやん。
ここで堂々と質問してるんだから応じておくれ。説明し直せばいいだけでしょ。

125 :吾輩は名無しである:2005/12/16(金) 00:48:19
>>101
王朝文学論を引いたのは中村信者の方からでは。批判は>>28>>52に尽きてる。
源氏物語をプルーストの類推で価値づける論が、恣意的で権威主義だと。
これに反証を挙げるのは中村を擁護する側の仕事だな。ごまかすなよ。

126 :吾輩は名無しである:2005/12/16(金) 01:16:37
ほんと、話が噛み合ってないな。文章読解力無いコテハンだねえ。

127 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 02:37:14
>>125
>>源氏物語をプルーストの類推で価値づける論が、恣意的で権威主義だと。

ということはプルーストには価値があるが源氏にプルーストに比べて価値が無いという前提にたっているわけですね。
議論の前提としての確認です。

128 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 03:01:57
河合塾の文化講演会で語ったものの書籍化である
『小説とは本当は何か』と
NHK教育での講座の二つが中村真一郎の傑作、、、、、、、俺にとってはね。
あとは、批評やエッセイがたまに面白いかな、と。

129 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 03:07:15
>>73 >>76
>その時の感想は、記憶喪失になった中年男が、
>紅茶に浸したマドレーヌの味からアイデンティティーを取り戻し、
>本当の自分を発見する、本当の自分に戻れる物語という感じでした。

横レスだが、いいじゃん、その「印象」。それでいいんだよ、とりあえず。
見当外れじゃないよ、いい感覚だと思う、作品もだがそれ以上に
プルースト自身の感性に通底する。
>>75>>77は、いちゃもんつける目的で書いてんでね? ほんまのプルースト読みけ?


130 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 03:22:20
>>128
[…プルーストとジョイスが二十世紀の小説をひらいたというんですが、
その二十世紀、十九世紀の一元的な客観主義リアリズム、つまり作者の目の前に
観察されるものとして客観的現実、一枚の絵のように世界があるという考え方
ですね。客観的現実というものは一つだけある、という考えを否定した。
これはプルーストもジョイスもアンドレ・ジイドもみんな否定した。その
否定した人たちの仕事を、二十世紀小説というふうに批評家が規定したんですが、
その二十世紀小説家達の仕事の延長のなかに、ぼくは、小説の未来の
いろいろな形があるような気がします。
 、            ーー中村真一郎『小説とは本当は何か』ーー

で、フォークナーとフローベールを評価しているね。

131 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 03:35:13
フォークナーが来日した時の逸話が面白い。
高見順がフォークナーに質問をした
「今アメイrカ最大の作家をあなたは誰だと思うか」
するとフォークナーは言下に、
「二番目はヘミングウェイだ」と、それだけ言った。(一番目は自分だと言うわけで
たいした自身ですね。とは中村真一郎の感想)それで高見順は
「それじゃスタインベックは、どう思うか」と聞いたら
「たくさん売れる小説家は通俗作家である」と、それだけフォークナーは言った。



132 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 03:55:18
>>131 の続き

「・・・自分はかつて読者のことを考えて小説を書いたことはないって、それから
内容で考えて小説を構想したことはない。いつでも形式ができあがるとそれで
小説を書くんだ。ということを言って、フォークナーは日本の読者を煙にまいて
帰っていったんですね。だから、ものすごい自信です。まあヘミングウェイの
ことだけはみとめて、あとはぜんぜん認めないという。」
、                    ー『小説とは本当は何か』−

フォークナーの一作一作を中村は「これから書く小説家にとっての武器庫」と評する。
まさしく


133 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 15:07:44
>>75>>77

俺は平下さんに読解力がないとは思わない。
>>129さんに反論はないの?

特に「>>75>>77は、いちゃもんつける目的で書いてんでね? ほんまのプルースト読みけ?」
に答えてみて。

134 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 18:51:05
>>127は曲解。>>34で回答済みのことを蒸し返すな。

>>129は何が「いいじゃん」だか、やはり説明抜き。
マルセルは記憶喪失ではない。そんな作品から逸脱した印象を記す意味は何?
それが何遍も訊かれてることだろ。

なんか、論理に弱い奴しか中村擁護を買って出ないのかね……。

135 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 19:58:08
>>134
自分で論理に強いと思ってるだけ。
相手の意図を理解する能力のなさを、論理という言葉を持ち出して、悦に入っているだけ。
感性のないヤツによくあるタイプ。
お前のは屁理屈。

136 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 20:23:26
その曖昧な「意図」とやらを説明すればよいだけなのに、なぜしない? >>135

137 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 21:20:48
>>136
135だけど、本人に聞いてみたら。
私の考えだが、前の平下氏の発言に一晩中話しても理解しあえないだろうとあったが、
説明して解る相手とみなされていないんじゃないか。
俺も同感だが。

138 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 21:33:58
>>137
本人は、何度も聞かれてるのに、あらぬ方向の返答ばかりして逃げてますよね。
あなたに彼の意図が理解できるのなら、彼に代って
それを他者にも理解可能な形で表現すればよい話。
それをしない(できない)のなら、あなたのレスは無根拠な漫罵、煽りに過ぎない。

139 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 21:41:39
>>138
私も平下流氏と同じく、君を説明して解る相手とはみなしていません。
文学は屁理屈とは無縁です。本人に感性が無い限り"The end"です。


140 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 21:47:23
自分の言葉足らずを棚に上げて、あるかなきかの感性を誇るのは遁辞で、
それも屁理窟の一種だわな。それでは中村真一郎の批評も解読できまい。

141 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 21:54:15
なんだ、結局、反対意見の持ち主を罵倒したいだけの荒しなのか。>>139
そんな風に感情的になることが、感性重視する奴の通弊なんだよ。

142 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 22:37:36
>>141
いつまでも、知った風なことを言ってないように。
もっと「テキスト」を読んだらいいでしょう。
プルーストはどの位読んでるの。

143 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 22:51:33
>>141
自分こそ、人に「荒らし」というレッテルを貼って、一言で片付けようとする「荒らし」。
勝手の「非国民」「赤」「右翼」と同じ手法。周りは、思わずそうかなと思ってしまう。
一番、短絡的で、論理的でないのは自分でしょ。


144 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 22:53:58
>>143の訂正
勝手→嘗て



145 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 23:38:22
論敵にレッテル貼ってるだけで、説明をしないのはどちらかね。
プルーストの作品内事実と懸け離れた「印象」がどんな「意図」を持ち得るのか、
それこそプルーストや中村のテクストを読んで作品に即して言ってみればいいのさ。

146 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 23:47:51
>>145
だから、「印象」はかけ離れてないって言ってるでしょ。
かけ離れていると感じている人にいくら話してもムダでしょ。
これは、理屈じゃないんだから。

私は>>129氏ではありませんが。

147 :吾輩は名無しである:2005/12/18(日) 23:54:40
>>146
問題の、作品の主人公マルセルは「記憶喪失になった中年男」ではない。
である以上、かけ離れたとするには理由があるわけよ。
これに抗し得るだけの別な理由を挙げられなければ、誤った印象など却下だ。
感性にも感じ方の筋道ってものはあって、それが「論理」だし、
その感じ方の論理を見出して言葉に記すのが批評ってもんだ。

148 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 00:03:56
>>147
印象に理由なんて無いでしょ。
感性に論理も無いですよ。
文学の要諦は論理では無い。
屁理屈を言う前に、もっと作品を味わったら。

149 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 00:07:06
なるほど、理由も論理も無いから、こんな馬鹿な文章を書くのか。

150 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 00:11:26
感性だけの文学(者)では、感性も論理もある文学(者)に、勝てない。
だいたい、論理も見つけられない癖に中村真一郎の評論は読むのかよ。 >>148

151 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 00:13:25
>>149
いい加減に、身の程を知りなさい。
物の解った人は、ここでは少ないかもしれませんが、誰も貴方を相手にさえしていませんよ。
自分に理解できないからといって、相手を馬鹿よばわりとは、2ちゃんねるではあっても、いただけませんね。

152 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 00:17:38
>>151
そいつぁ自戒か? 自分が「印象」をまともに理解できる形で言葉にしてから、言っとくれ。

153 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 01:01:13
>>152
どうみても、お前の負けだな。
俺の言いたかったことを言ってくれている。
一つききたいが、プルーストはどれだけ読んでるんだ。
正直に言ってくれ。

154 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 01:06:20
まだやってたのか。自演乙。

155 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 01:14:23
誰の自演ってこと?
もしかして全部>>152の自演って事。
でも、意味が解らない。


156 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 01:18:49
はいはいはい、わたしが整理しましょう。

>>154の脳裏では、>>153=平下流なのでは?
ちなみにわたしのそれでは>>154>>152ね。

いい加減流せというに、馬鹿共が。

157 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 01:21:15
>>156
俺もそう思う。

158 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 01:23:16
ふつう151=153、でしょ。
マアそんなことより中村真一郎のプルースト読みについて語れ。

159 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 01:26:40
もうプルーストは飛ばせよwwwwwww


160 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 01:26:42
>>156のとおりだとすると色まで変えてご丁寧なこと。相当ビビッテルな。
いままで、のさばってたから、いい気味だ。

161 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 01:28:01
73 :平下流 :2005/11/28(月) 01:16:42
ですから、私には、『源氏物語』と『失われた時を求めて』に関する真一郎の評論を論じる資格はありません。

74 :吾輩は名無しである :2005/11/28(月) 01:19:11
逃げたな。
プルースト読んでなくても、中村の持ち出す論のウチノリに沿って、評価や批判はできるのに。

162 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 01:29:25
>>160 「色まで変えて」? 

163 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 01:32:08
>>162
>>154=>>152だとすると、名前の色が替わってるって言うこと。

164 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 01:35:16
>>163 アゲサゲの問題だろ。深読みしすぎ。>>147とだって色は違ってる。

165 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 01:39:07
>>164
そうか。
でも、スレなんのスレだかわかんないなー。
とにかく、あまり個人攻撃は止めた方がいいな。

166 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 01:40:41
マ、そんな風に、印象なんてアテにならんのよ。やはり理由を確かめないと。

167 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 01:51:41
このスレまだ一月も経っていなくて、166なのに、いやに時間を感じない?
変な充実感があるのかな。

168 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 08:58:47
四季四部作しか読んだことない俺が来ましたよ。


169 :吾輩は名無しである:2005/12/19(月) 23:16:15
後は、宜しく。

170 :吾輩は名無しである:2005/12/20(火) 22:47:32
ネルヴァル解釈はどないでっか?

171 :吾輩は名無しである:2005/12/21(水) 00:23:35
どないも こないも もうかりまっせ

172 :吾輩は名無しである:2005/12/21(水) 01:40:54
>>170 解釈はさておき、訳文はひどい。まともに読めない。

173 :吾輩は名無しである:2005/12/21(水) 11:39:04
福永武彦のボードレールとどっちが上?

174 :吾輩は名無しである:2005/12/21(水) 11:39:56
あるいは堀口大學の『月下の一群』に比べたら?

175 :吾輩は名無しである:2005/12/21(水) 17:30:26
福永武彦や堀口大學がそんなにひどいってのかよ。

176 :吾輩は名無しである:2005/12/22(木) 18:13:07
どっちも「比較文学者」としての性格が強いし、
このスレの中村アンチ連中が中村そのものを批判してるのか
比較文学それ自体を批判してるのか知りたかっただけ。

177 :吾輩は名無しである:2005/12/22(木) 21:55:28
>>176
で、アンチはどっちだと思う?

178 :吾輩は名無しである:2005/12/23(金) 01:05:10
>>176 >>177
はじめは中村批判だったが、途中から平下流批判に替わった。
比較文学批判は単なる口実。

179 :吾輩は名無しである:2005/12/23(金) 05:07:40
比較文学とかそんな問題ではなく、単に中村眞一郎のネルヴァル翻訳が
日本語としてまともでないひどい訳文である、ってだけのことでしょ。
固定ハンドルが批判されるのも、言ってることがヘンだからで、
批判された側がそれにちゃんと応答してれば、中村についての論議になったはず。

180 :吾輩は名無しである:2005/12/23(金) 17:43:24
>>179
コテハンは何をヘンな事言ったの?
「失われた時」の感想で記憶喪失といった事?
そのことなら、感性お違いで、いい感性だといってるスレもあったじゃん。
見解の相違、感性の相違ってことでヘンなこととはちがうじゃん。

181 :吾輩は名無しである:2005/12/23(金) 22:08:56
感性の相違なんてのは大抵、議論できない奴のごまかし。
記憶喪失ってのは明らかに作品から懸け離れた印象でヘンだし、誤り。
ま、それだけでなく、ほかにも色々トンチンカンなこと言ってたけどな。

182 :吾輩は名無しである:2005/12/24(土) 00:02:59
>>181
印象に誤りも何もないでしょ。
大体、このスレで断定的に物を言う奴って、自分の事を何様だと思ってるの。

183 :吾輩は名無しである:2005/12/24(土) 02:00:19
水を酒だと、猫を犬だと、傑作を駄作だと感じたら、
それは誤った印象でしょ。
ちゃんと理由を挙げて批判してるのに、何様だとか反感を覚えるのも、
感情的で誤った態度かな。

184 :吾輩は名無しである:2005/12/24(土) 02:01:19
女々しいレスだな


185 :184:2005/12/24(土) 02:02:29
あ、>182な。


186 :無名草子さん:2005/12/24(土) 10:42:54
小説は小難しいが、「王朝物語」や国書刊行会の「中村対話集」は好きだ。


187 :吾輩は名無しである:2005/12/26(月) 02:16:57
>>183
水を酒と感じた、猫を犬と感じた。
それのどこが間違ってるの。
事実を言ってるのじゃなくて、その人の印象だから、別に間違いじゃないでしょ。

188 :人間東京生まれ田中宏明:2005/12/26(月) 02:18:36
あなたに、すべてのよきことがなだれのごとく起きます!!
天国言葉

ついてる
うれしい
楽しい
感謝してます
しあわせ
ありがとう
ゆるします

こういう言葉をたくさん言っていると、
また言いたくなるようなしあわせなことがたくさん起きます!

189 :吾輩は名無しである:2005/12/26(月) 08:16:59
>>187 
事実に合ってない印象、それが間違った印象だ。
第一印象は悪かったが話してみたらいい人だったとかその逆とか、よくあること。

190 :吾輩は名無しである:2005/12/26(月) 11:26:35
>189
なんか、はじめの方から印象が事実と違うっていってずっと粘着してるのは、君一人なんだな。
平下流の対応もちょっととんちんかんだし、彼を一方的に擁護する気にはならんけど、
君の平下を超えるとんちんかんな論を絶対的に正しいかのように語る態度にいい加減頭にきた。

平下はまず感想だと断った上で「記憶喪失者がアイデンティティを取り戻す」というような
「感じ」だと書いた。「記憶喪失」というのは「例え(比喩)」、「印象」であるとも書いた。
「記憶喪失者がアイデンティティを取り戻す話」だと「要約」したのではない。
彼は「失われた〜」を読んで感じた印象を、「記憶喪失者〜」と喩えて表現したわけ。

で、「印象」っていうのは「事実」じゃない。
事実に対する印象、例えを述べているのだから、事実と違うのはごく当たり前のこと。
事実と印象が同じであるわけがない。印象が事実と同じだったらそれは印象とは呼ばない。
だから「猫」を「犬」だと感じる、ということはあり得る。
雪の日に外を駆けまわる猫が居たとして、その猫を見た飼い主が「犬だ」とか感じたり言ったり
する場面というのは考えられるわけ。その場合、その人はその猫を猫だと知った上で
「犬だ」と言っているわけで、これが「印象」。印象は事実と違い得るの。
もし、その猫を見た全くの他人が「犬だ」といって、で実際に近づいてみたら「猫」だった、
というとき、その他人の感じたものを「間違った印象」という風に表現することはありうる。
しかし、「間違った印象」というのはは「事実」と違ったものを「事実」だと
認識した場合に用いるのであって、「事実」に対する「感想」を表現した飼い主の
「犬だ」発言に対しては使えない。

で、平下はこの場合、猫の飼い主の例に該当する。彼の「印象」は「間違った印象」とは呼び得ない。
君の主張は「猫」を「犬だ」と表現した「猫の飼い主」にむかって、「それは猫ですよ」
と言っているようなものなの。わかった?


いま私は小学校の低学年にものを教えているような気分です。

191 :吾輩は名無しである:2005/12/26(月) 18:08:41
>>190
名無しなのにワカランだろ、そんなこと。

俺も>189に一票。
これで>190の言説のあいまいさは立証されてしまったけど、一言いうと

記憶喪失の経験もなく、ましてやアイデンティティ(?大そうだな)を取り戻した経験がある
わけでもないだろうに、そういうことをたとえに使うから、表現が独りよがりになってしまう
わけだ。達意ということを考えると>189の批判はもっともと言わざるをえない。




192 :吾輩は名無しである:2005/12/26(月) 19:12:13
>>190
「例え」にしろ、間違った比喩はある。
淡麗でもないくどい味の酒を上善水の如しと譬喩したら、それは間違ってる。
さもなきゃ、ためにする嘘かな。
記憶喪失でもないし格別に記憶喪失に似たところもないものを
記憶喪失と譬喩するなら、誤りと判定せざるを得ない。
譬喩ならば、その譬喩表現によって事実を直叙する以上の効果が何かなければならない。
それが、あるのか? あるなら、それを説明してくればよいのだ。

193 :吾輩は名無しである:2005/12/27(火) 16:14:51
>>191 >>192 が
度し難いのは、自分が頭がいい、少なくとも普通だと思っているふしが或ること。
気違いに刃物、馬鹿に屁理屈。

194 :吾輩は名無しである:2005/12/27(火) 16:57:53
と、>>193も、自分が普通だと信じ込んでるみたいね。
どこが誤りかを指摘もせずに、ヘンなのは相手だと罵っても無効。
少なくとも>>191-192はちゃんと理由を挙げてるのだから、
それを屁理屈だってことならどこが空論なのだか示して論破できなければいけない。
いまのところ>>193は、議論で勝てない人が悔し紛れにバーカバカと囃してるだけに見えるぞ。

195 :吾輩は名無しである:2005/12/27(火) 17:57:04
おいおい、もう中村スレじゃないぞ。

196 :吾輩は名無しである:2005/12/27(火) 18:04:26
わざわざアゲてまで、くやしまぎれを喚き散らす>>193みたいなのが脱線させるのよ。

197 :吾輩は名無しである:2005/12/27(火) 18:11:51
190です。
名無しだからわからないなどと言っていますが、言葉づかいからほんとよくわかりますよ。
番号でレスしてそれがさも自分でないかのように書いていますが、恥ずかしいので辞めた方がいいでしょう。
達意、とか誉めあげてみたりする辺り読んでる方が恥ずかしいです。

191で私の言った事が成立しなくなったなどと書いていますが、191の書いたことは
私の書いたことに何の反論もしえていないことがわからないんでしょうか。
というか191は何を以て私の言説を批判し得たと思えたのかがさっぱりわかりません。
私の文章は直接189の論点のぶれについて書かれたものであり、当の189の側にたつ
人間がひとり「同意」を示したところで、何の痛痒もないのですが。
具体的に反論してください。
なお、192の反論はそもそも反論になっていません。事実の水準と印象の水準を
私はきっちりと分けたのを無かった事にして話を混ぜ返さないでください。
それに、私は一貫して平下ナニガシの発言を題材にして書いているのに、
的外れな一般論で返すのをやめてください。無意味です。
水のごとし云々の一般論に対して私は190で批判したのですから、
その批判に対する批判を展開してください。
あなたの書いたことはすべて、私の批判を無視した上で同じことを繰り返している
だけです。無意味です。
発言数が多ければ有利に見えると思っているのかも知れませんが、あなたの
書いていることは千篇一律に同じなので無意味です。

というか、触れませんでしたが「傑作を駄作と感じる」ことが「誤った印象」だと述べる
183は凄まじいですね。この人にとって「傑作」というのは「評価」や「印象」ではなく
どうやら「事実」らしいです。たぶん、誰一人その存在を知らない「傑作」というのが
この世のどこかにあるのでしょう。読まれる前から傑作であることが「事実」である「傑作」が。

198 :吾輩は名無しである:2005/12/27(火) 18:12:36
同じく190です。

>記憶喪失でもないし格別に記憶喪失に似たところもないものを
>記憶喪失と譬喩するなら、誤りと判定せざるを得ない。

はじめの方では語り手は「記憶喪失者」ではないから「記憶喪失者」という
印象は間違っている、と繰り返し強弁していたのに、ここに来て「記憶喪失に似ていない」
という条件をつけ加えましたね。大きく後退しましたね。

さて、私は「失われた」を通読したわけではないのでいまいち判断に自身が持てませんが、
私自身は「記憶喪失者が記憶を取り戻すように」という「印象」についてはそれなりに同意します。
一巻が手元にないので当該箇所に当たれないので正確さを欠くけれど、(私も序盤までしか読んでいないし)
マドレーヌのことから過去の出来事をあの仔細さで思い出すさまを
まるで記憶喪失者が自分の記憶を一気に取り戻すかのようだ、という風に表現する、
あるいは、そう感じるというのは理解できます。
事実、彼はそれまで忘れていた事を、ふとしたきっかけで一気に思い出すのだから
わりと適切な喩えですらあるといえるでしょう。(ただ、「スワンの恋」のように
「思い出した」のではないだろう話が紛れてはいますが)

「失われた」のあの記憶を思い出すシーンの劇的なさまを、作品を知らない人に
伝えるのに、平下の印象、比喩は「使える」代物だと思いますね。
もちろん、それが作品内の事実を指しているモノではないのは当然の事なので、
「失われた」を記憶喪失者の話だと嘘をついているわけではないのは当然です。


199 :吾輩は名無しである:2005/12/27(火) 18:17:12
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   .!     ゙ ;>'",..--、  ゙i;, l;;゙;::i:;)   ヽ`'ヽ`゙"゙ヽ;::゙i,    l   土日だけは絶対2ちゃんをやらない!!
   |     / /.:.{ * } ,./,.;:,,,;;;;;;;:;:;:;:;;;/;;゙ ,.-、;;;; : ヾ;;;゙i,.        これで忙しい奴だと思われる!!
   |    i |::.:::.:`--'シノ-‐''"´ _,..,へ (⌒-〉;!:,;;;;;,.. ゙i;;;:!  l      完璧だな!!俺!!
    .!:,:,: ;;;;:;,l ;;:゙`-==' ,ィ"..   i:(⌒`-‐'" _,.-'",,._ ヽ,ヽ;:゙:..  |
    l;';';';:;;;;;;:;:..   |;;:l,. ,. ,. ,:;/ `_,,,..--‐''"´ _,..,へ ヾ-〉;!:,:.:.!\
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200 :吾輩は名無しである:2005/12/27(火) 18:17:56
申し訳ありません、再々度190です。
私は「失われた」を下敷きにしたという四季四部作に興味があるのでその話を聞きたかったのですが、
出しゃばりすぎたようですのでこれで引っ込みます。
粘着してる人はまた何か言うでしょうが、たぶん前と同じことなので、もういいです。
何か反論するに値する中身のあることを書いてきたらまた出てくるかも知れませんが、
では。

201 :吾輩は名無しである:2005/12/27(火) 18:18:31
...このスレ、もう削除した方がよくない?

202 :吾輩は名無しである:2005/12/27(火) 18:20:18

         /⌒ヽ
        / ´_ゝ`) すいませんが ちょっと
        |    /   ここで うんこさせてもらいますよ
   ブリブリ (_(_,. )
       人 しし' 
      (__)
     (____)


203 :吾輩は名無しである:2005/12/27(火) 18:23:34
お、さすがにサゲてきたね。でもなんかトンチンカンだあ。
>>191が登場した以上、>>190が論敵を「君一人」としたのは誤り(自演でない限り)。
また「印象の水準」については、>>192は「例え」でも間違った比喩があり得ると再批判してるでないの。>>197
それを認めるからこそ、君も>>197で比喩の妥当性を説明して、間違った比喩でないと主張してるんでないかい?
怒りに目を眩ませずに、冷静にな。それと、できればもう少し簡潔に。
そもそも>>73は「まるで〜かのようだ」みたいに比喩として表現してなかったし。

204 :吾輩は名無しである:2005/12/27(火) 18:24:56
誤:君も>>197
正:君も>>198

205 :吾輩は名無しである:2005/12/27(火) 18:26:55
俺は昔から好奇心が強かった。
カンも鋭い方だった。
友達と話しているとき、笑うタイミングが自分だけ早いと感じたこともあった。
高1の頃、俺は「国」に興味を持った。
主に日本の外交・教育に関することや諸外国との関係を脳内で結びつけ、組み立てることが楽しかった。
高3になると人間のことを考えるようになった。
嫌な人と好きな人ができたことが切っ掛けだった。
鬱になったり興奮しなくなってしまったりしたが、最終的に考えるべきではない という結論が出た。
しかし、人間に対する興味はなくならず、むしろ強くなった。この興味は知的好奇心とかでなく、ただ感じたいと思う欲求だと思う。
そして、如何なる事でもどう感じるかは自分次第であり、自分はこれから目的のための手段を磨かなければならないと思った。
かなり深いところまで考えているはずなのだが、最後に残るのは極表面的な答えのようだ。

俺はこの思考を分解ゲームと名付けている。
全体を見るのは感じることでしか出来ないが、これは考えることで全体像を把握しようという試みなのだと思う。
様々に切り込みをいれて一つずつ分解し、頭の中で再構築していく。すると勝手に設計図のようなものができあがる。
思考ゲーム中は脳に考えを任せ、自由に考える。
考えによって鬱になったり楽しくなったりし、怖いが納得いくまでは止まらない。

人間の心理を題材にすると本当に気分が悪くなり、すべてのことに萎えてしまうので、もう行わないことにしている。
自分が人間である以上、「人間」は感じるべきで、分解してはいけない。
それはゲームの土台を分解することであり、ルール違反どころでなく、ゲーム自体を破壊する行為だからかもしれない。
無理にゲームを続ければ、人間をやめるか、脳を壊すかのどちらかを選択することになるだろう。


言葉にすると微妙なニュアンスが違ってしまいますが、自分の感じるままに書きました。
>>1さんは同じような経験がお有りでしょうか?分解ゲームについてどう思いますか?


206 :吾輩は名無しである:2005/12/27(火) 18:27:31
彡彡⌒ミ
.|   ・ ・|
.|C  ゝ |
.\  ー /<ちんぴょろすぽーん
_|  ゝ |_
       \
 ̄| ・ ・| ̄\○
  |   |
 /  ≡≡≡つ・゚・゚・。
 |  | | |
 ○  ○ 

207 :吾輩は名無しである:2005/12/27(火) 18:40:00
>>197
>達意、とか誉めあげてみたりする辺り読んでる方が恥ずかしいです。
誤読ですね。よく読め、>>191はだれも誉めあげとりゃしません。
平下の「記憶喪失」って「例え」に対して、「達意ということを考え」て読むと
「表現が独りよがり」だ、よって>>189の批判に同意する――と言ってるんでしょ。

208 :吾輩は名無しである:2005/12/27(火) 18:55:28
これで197の読解力はちょっと怪しくなったわけだが。
でも、もしかして今度は、読解に誤読など無い、と言ってくるかも?
印象に誤りも何もないとか断言した主観一本槍な人だけに。

209 :吾輩は名無しである:2005/12/27(火) 19:21:12
>78 :平下流 :2005/11/28(月) 01:34:54
>記憶喪失者が徐々に過去の記憶を取り戻していく。

>198 :吾輩は名無しである :2005/12/27(火) 18:12:36
>まるで記憶喪失者が自分の記憶を一気に取り戻すかのようだ、という

「徐々に」と「一気に」ではだいぶ話が違ってくるネ。
どっちが「誤った印象」(笑)で、どっちが「正しい読解」かなあ?
強引にスレの本題に戻せば、中村真一郎はどっちに解釈して四季四部作を書いたと見るか。

210 :吾輩は名無しである:2005/12/27(火) 19:33:30
くだらんことばかり書くな

211 :吾輩は名無しである:2005/12/27(火) 19:39:40
>>210
だらんことでもないだろ。部外者ならでてきけ。

212 :吾輩は名無しである:2005/12/27(火) 23:31:58
>>209
どっちも正しい。

213 :吾輩は名無しである:2005/12/27(火) 23:36:38
嘘つくな。

214 :吾輩は名無しである:2005/12/28(水) 03:31:54
雑誌名は忘れたけど、中村さんの読書日記
毎月楽しみだった。代われる人が出てこない
のが残念!  こういう文学者らしい文学者は
もういないのでしょうか?

215 :吾輩は名無しである:2005/12/28(水) 03:34:18
ここにいますよ。

216 :平下流:2005/12/28(水) 22:29:55
>>190氏へ
私の文の件でご迷惑をおかけしております。
同じように感じる方がみえて、ホットしています。


217 :平下流:2005/12/28(水) 22:59:24
>>214
雑誌は「すばる」でした。『読書日記』ふらんす堂1998年1月(限定1000部)として単行本が出ています。

帯より。
表「読書は精神の働きである。肉体の跳梁に任せる訳には行かない。以って自戒の辯とする。---(著者)」
裏「雑誌『すばる』(集英社発行)に連載の読書日記より1996年1月から12月までを収録。ギリシャ古典から漢籍・現代小説まで、東西の書に幅ひろく親しむ読書人の軌跡。『古典』への思い、そして『前衛』とは何か。」


218 :吾輩は名無しである:2005/12/28(水) 23:21:43
>>216 だからぁ、「徐々に」と「一気に」では全然「同じよう」ではないって。

219 :吾輩は名無しである:2005/12/28(水) 23:27:37
>>218
しつこい!

220 :吾輩は名無しである:2005/12/29(木) 11:36:41
>>217
>表「読書は精神の働きである。肉体の跳梁に任せる訳には行かない。

そうだったんだが、どうもね、心身二元論は21世紀的ではないような気がス。
最新脳科学を踏まえると、認知哲学は限りなく肉体に接近していき、
心身の境界は文字通り「文目もわかぬ」ような・・・

精神とは何か?を、問い直すべき時機かも


221 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2005/12/29(木) 12:14:01
心身二元論の破綻など既に二〇世紀に、メルロ=ポンティの身体論で明らか。
中村真一郎が老いて旧弊になってただけです。

222 :吾輩は名無しである:2005/12/29(木) 12:19:00
ネルロ=ポンティが旧いって言ってるだが・・・

223 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2005/12/29(木) 12:23:41
ネルロって、『フランダースの犬』の訳文ではあるまいし。
それにメルロ=ポンティが旧いなら、中村真一郎はもっと旧いわけよ。
二十世紀文学とか言ってる癖にね。

224 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2005/12/29(木) 13:22:03
>223
バカがからんで鎌ってもらおうってか。
可哀相に。
ヒキコモッて何年くらいになる?

225 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2005/12/29(木) 13:42:57
もっとボクを「鎌」って、てか。笑 224も淋しいんだね

226 :平下流:2006/01/01(日) 05:08:09
>>220
帯の表の文は「あとがき」から採っています。
誤解があってはいけないので、参考にその前の文章を書いておきます。

「それと、毎月ごとに『懐かしい』という懐古的な言葉の頻出するのにも驚いた。私はいつの間にか、未来に向かって読む態度を、過去に向かってするように変えていたのか。これは肉体という奴が、忌々しくも精神に反逆して、老化を主張しはじめたからに相違ない。
読書は精神の働きである。肉体の跳梁に任せる訳には行かない。以って自戒の辯とする。

  太平洋上の九八年の初日の出を待ちながら伊豆海星巣にて
                         中村真一郎 」

初日の出を見ることなく真一郎は12月に永眠しました。

227 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/01(日) 05:23:33
合掌。。。

228 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/02(月) 14:23:13
>>226
老化に抗したつもりで、その精神主義こそ老化のあかしと気づけなかったわけね。

229 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/03(火) 03:50:55
>>227>>228
どっちが文学の心を、いや文学の前提としての人間の心を持っているかが肝心なところですね。

230 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/03(火) 05:07:53
なるほど、感傷的になって大甘に見るのが、文学の心か。

231 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/03(火) 08:47:07
>>230
その通りですね。
いつもながら、貴方の指摘の的確さに感心しています。
今年も、頑張ってください。非常に参考になります。


232 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/03(火) 08:51:21
すると、若き日の中村の理知的な作品・批評は、文学の心が足りないな。

233 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/03(火) 09:07:38
>>232
まったく仰るとおりだと思います。
まさしく、そこが中村の最大の、そして致命的な欠点でしょう。

234 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/03(火) 09:29:39
イヤむしろ理知を誇りながら感傷性に墮してるのが、
初期から変らぬ中村真一郎の短所では?

235 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/02/03(金) 23:35:34
鼻を穿りつつアゲ。
みんな仲良く恥じ入りましょう。

236 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/02/13(月) 23:59:05
軽井沢の別荘はどうなったんでしょう?

237 :吾輩は名無しである:2006/04/26(水) 22:10:56
強羅に別荘を建てたのがよい。

238 :吾輩は名無しである:2006/04/26(水) 22:12:12
いかにもスノッブな贋物っぽくてよいってか?

239 :吾輩は名無しである:2006/04/26(水) 22:32:37
俺は昔から好奇心が強かった。
カンも鋭い方だった。
友達と話しているとき、笑うタイミングが自分だけ早いと感じたこともあった。
高1の頃、俺は「国」に興味を持った。
主に日本の外交・教育に関することや諸外国との関係を脳内で結びつけ、組み立てることが楽しかった。
高3になると人間のことを考えるようになった。
嫌な人と好きな人ができたことが切っ掛けだった。
鬱になったり興奮しなくなってしまったりしたが、最終的に考えるべきではない という結論が出た。
しかし、人間に対する興味はなくならず、むしろ強くなった。この興味は知的好奇心とかでなく、ただ感じたいと思う欲求だと思う。
そして、如何なる事でもどう感じるかは自分次第であり、自分はこれから目的のための手段を磨かなければならないと思った。
かなり深いところまで考えているはずなのだが、最後に残るのは極表面的な答えのようだ。

俺はこの思考を分解ゲームと名付けている。
全体を見るのは感じることでしか出来ないが、これは考えることで全体像を把握しようという試みなのだと思う。
様々に切り込みをいれて一つずつ分解し、頭の中で再構築していく。すると勝手に設計図のようなものができあがる。
思考ゲーム中は脳に考えを任せ、自由に考える。
考えによって鬱になったり楽しくなったりし、怖いが納得いくまでは止まらない。

人間の心理を題材にすると本当に気分が悪くなり、すべてのことに萎えてしまうので、もう行わないことにしている。
自分が人間である以上、「人間」は感じるべきで、分解してはいけない。
それはゲームの土台を分解することであり、ルール違反どころでなく、ゲーム自体を破壊する行為だからかもしれない。
無理にゲームを続ければ、人間をやめるか、脳を壊すかのどちらかを選択することになるだろう。


言葉にすると微妙なニュアンスが違ってしまいますが、自分の感じるままに書きました。
>>1さんは同じような経験がお有りでしょうか?分解ゲームについてどう思いますか?


240 :吾輩は名無しである:2006/04/27(木) 19:05:49
>1957年の妻の急死をきっかけにして、精神を病み、ロボトミーの手術を受けて、過去の記憶を部分的に失い、
>その予後として、江戸時代の漢詩を読むようになってから、いままでの西洋の文学に加えて、
>漢文学の要素が作品に加わっていくようになった 
(wikipedia)

何か凄い経歴の人だね。


241 :吾輩は名無しである:2006/04/29(土) 09:44:10
1953年に出た中村の評論&エッセイ集「文学の創造」を読んでいる。県立図書館で借りた。
とにかくこの人は自然主義と私小説が親の敵よりも嫌いだったんだね。
田山花袋やゾラの悪口なら一日中でもしゃべれるんじゃないの、この人は?


242 :吾輩は名無しである:2006/04/29(土) 12:13:18
『雲のゆき来』は結構面白かった。
小説の形式を借りた評論って意味では丸谷才一『輝く日の宮』に似てるかも。

243 :吾輩は名無しである:2006/04/29(土) 13:44:48
四季四部作は「四季」「夏」「秋」を読了した。「冬」も今年中には
読了したい。

244 :吾輩は名無しである:2006/04/30(日) 08:40:47
>>241
>ゾラの悪口

「自然主義」はヨーロッパと日本では全く別物。
篠田一士が指摘しているように、日本では「耽美」だと
思われがちな永井荷風の方がゾラには近いと思う。

245 :吾輩は名無しである:2006/04/30(日) 15:39:04
「文学の創造」読了。
中村は、日本の「自然主義」の私小説は、独仏浪漫派と仏自然主義小説の
あまりできの良くない折衷品だという意味のことを書いていた。

246 :吾輩は名無しである:2006/05/03(水) 16:19:54
>>243
俺はちょうど一昨日『冬』を読了した。
今は『小説構想への試み』の二冊で復習中。

247 :吾輩は名無しである:2006/05/03(水) 20:46:12
>>246
それって「四季」4部作の創作ノートみたいな本なの?

248 :吾輩は名無しである:2006/05/03(水) 23:00:13
>>247
その通り。もっとも、はじめからそういう「ノオト」があったわけではなく、
作者が折々に記していった断片的なメモを、順に配列している。
本は上下二段に分かれていて、上段がそのメモ類、下段にそれに対照して中村さんの解説がついている。

249 :吾輩は名無しである:2006/05/05(金) 10:20:23
「四季」も愛読しているが、『感情旅行』も良いよ。
確か昭和30年ごろの短編(中篇)だけど、中村さんも心の赴くままに気楽に書いたと言う感じでとても読みやすいし。
旅情も出てるし、過去の人びとに思いを馳せるところなんてもう……

ついでに言えばFちゃん萌え〜

250 :吾輩は名無しである:2006/05/11(木) 20:14:57
中村先生の著作リストが載ってる本てあります?

251 :平下流:2006/05/13(土) 04:01:00
>>250
『加藤周一・中村真一郎・福永武彦集』 [現代日本文学大系82] 昭和46・6 筑摩書房

翻訳も含めて約100冊が載っています。

252 :吾輩は名無しである:2006/05/14(日) 06:41:01
最近の講談社文芸文庫の巻末に著作リスト、
ありますよ。

253 :吾輩は名無しである:2006/05/14(日) 22:58:16
251は古すぎ。碌に中村真一郎の本を見てないらしいね。

254 :吾輩は名無しである:2006/05/14(日) 23:15:02
平下流は古本屋の女主人

255 :吾輩は名無しである:2006/05/14(日) 23:21:05
あっそ。それで?

256 :吾輩は名無しである:2006/05/14(日) 23:28:31
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1094173808/l50

366 :吾輩は名無しである :2006/05/14(日) 18:43:41
平下流の古本屋に行ってきました。
図書館学的に整理されいて気持ちのいい古本屋でした。
また立ち寄らせていただきます。


367 :吾輩は名無しである :2006/05/14(日) 19:14:41
>>366
それは、なんと言う名で,またどこの場所ですか。


257 :吾輩は名無しである:2006/05/14(日) 23:28:57
104 名前:吾輩は名無しである :2006/05/14(日) 23:11:56
先日、平下流の古本屋に立ち寄った。
東京は明治通りである。図書館学的に丁寧に整理されており
大変気持ちのいい書店である。主人である平下流は、
目鼻立ちの整った50前後の女性で、小粋な眼鏡を鼻にひっかけている。
服装のセンスも抜群によく、やや地味で薄暗い店内に自ら華を演出する。
もう一度、いや、故意の乗り越し電車でもし、用もないのに立ち寄って見たい
都内屈指古書店である。


258 :吾輩は名無しである:2006/05/14(日) 23:43:10
105 名前:吾輩は名無しである :2006/05/14(日) 23:39:09
104か平下流かが図書館学を理解してないことは、わかった。


259 :吾輩は名無しである:2006/05/15(月) 21:31:22
図書館学よりも、図書館情報学といって欲しい。
古本屋でNDC分類というのも、なんだかなあ。
これ大して優れた分類法じゃないし。
何か専門を持ってる人は実感してると思うけど。
例えば、日本史。本の捜しにくいことといったら…
しかも、1995年改訂の9版でさえ、「建武の中興」とか出てるし。
もう、バカかと、アホかとry

260 :吾輩は名無しである:2006/05/19(金) 19:28:24
「読書好日」をこれから読みます。

261 :吾輩は名無しである:2006/05/25(木) 06:18:34
水声社から『城北綺譚―あるいは、「忘れな草」』
という本が新しく出たので、
それを記念して、あげ。

262 :吾輩は名無しである:2006/05/25(木) 22:07:49
水声社からは、旧作2点も同時に刊行されてます。

263 :吾輩は名無しである:2006/05/25(木) 22:25:52
水声社の、「中村真一郎コレクション創刊」とかなってるから、今後もいろいろ出るのかな?
期待あげ

264 :吾輩は名無しである:2006/05/26(金) 08:57:46
>>263
聞いたことのない出版社だな。ホームページとかはあるのかな?
「読書好日」読了。ワイ本の話が面白いのなんの。

265 :AmiLaLa :) ◆V0C09R5Pg. :2006/05/26(金) 11:46:15
水声社っていえばさ、結局サド全集は『ガンジュ』『アリーヌ』だけで
ポシャったのかな。植田氏なんかもリストアップされてたような、違ったような。

ところでこの中村眞一郎ってひとは、ずいぶん風変わりなんだな。
中年になって江戸の漢詩文にこころ惹かれたからって、
数千巻もの木版本を買い集めたっていうんだろう。
一日一巻読んでいって、十年間で木版本だけでも約三千六百ってことか。
そんなら石川淳ふうにいえば、美容術の秘訣をきわめた面貌をしていたはずだよね。
わたしは爺さんの頃のすがたしか見たことないけど、ふむむって思う。

266 :吾輩は名無しである:2006/05/27(土) 21:35:10
『頼山陽とその時代』は復活しないのかな。
中公文庫は何やってる。

267 :吾輩は名無しである:2006/06/08(木) 20:00:15
来月、講談社文芸文庫より『1946文学的考察』が
出るというので、また、あげ。

268 :吾輩は名無しである:2006/06/10(土) 21:40:14
>>267
そんな現在でも本屋で新書で買える本を出すなら、他の小説出してくれればいいのに。
『死の影の下に』の続編とか、『四季』とか…

269 :平下流:2006/06/10(土) 21:56:07
>>268
新書版の変形で冨山房百科文庫で出ていましたが、そのことですかね。

270 :吾輩は名無しである:2006/06/11(日) 00:27:53
冨山房百科文庫版は、もう品切だと思うよ。


271 :吾輩は名無しである:2006/06/11(日) 07:57:25
連中の押韻の試みは三好達治にメタメタに批判されてたよね、馬鹿馬鹿しい。

272 :吾輩は名無しである:2006/06/11(日) 08:38:28
中村真一郎と吉田健一って、どういう関係だつたのだろうか?
アングロファイルでプルースティァンで、反自然主義で、読書家で
と共通項が大変多いように思うが、お互いの本の中になまえがでてこない。
どうしてかな?と長年疑問に思っています。

273 :吾輩は名無しである:2006/06/11(日) 13:25:55
>>270この間S宿のK屋書店で見たが…

274 :吾輩は名無しである:2006/06/11(日) 16:31:01
下宿の木更津屋書店を
なんでわざわざ
S宿のK屋書店と
するのかな

275 :吾輩は名無しである:2006/06/13(火) 15:29:15
『群像』7月号に丸谷才一の中村真一郎論。

276 :吾輩は名無しである:2006/06/16(金) 06:21:06
>>275
『新潮』の間違い。

277 :吾輩は名無しである:2006/06/17(土) 20:47:31
すまん『群像』で正しかった。

278 :吾輩は名無しである:2006/06/20(火) 12:23:27
「死の影の下に」五部作および「四季」四部作読了あげ

279 :吾輩は名無しである:2006/06/26(月) 22:42:50
それはおめでとう。わたしゃ、最初の「死の影の下で」の50頁ぐらいで
とまったきり。

280 :吾輩は名無しである:2006/07/09(日) 14:23:26
保守

281 :吾輩は名無しである:2006/07/12(水) 23:29:59
>>275
要約希望

282 :吾輩は名無しである:2006/07/15(土) 21:12:41
>>281
『雲のゆき来』は素晴らしい小説だ。以上。

283 :吾輩は名無しである:2006/08/01(火) 12:33:29
…そのような思考に囚われているうちに、ふと私の裡にはこのスレの将来が柔らかな桜色の靄のなかに掻き消えていくような
なにか幻想に似たような光景が浮かび上がってきた。そのどことなく物憂い気分の只中で、突然に意識されてきたものは、
つまり、私自身が今すぐにこのスレを上げなくてはならないといったような、焦燥にも近い衝動的な思いだった。
そうしているうちに、次第に私の中にかつて―それはもう大分昔のことになるのに違いないのだが―このスレを草創し発展させてきた、
我々の祖先たちの面影が手に取らんばかりに浮かび上がってくるのだった。…

284 :吾輩は名無しである:2006/08/18(金) 10:15:17
>>283
君は昔からそういった理屈っぽいことが好きだったな。小説家になるとか言って、どこにでもノートを持って歩いていた。
でも、停年間際になった今、俺は気付いたんだ。
過疎化したスレは何も考えずに素直にあげるべきだとな。

285 :吾輩は名無しである:2006/09/10(日) 00:18:51
中村真一郎 「女たち」中公文庫 160円で買いました。

286 :吾輩は名無しである:2006/10/23(月) 13:53:46
向井敏曰く、「どんなくだらない本でも長所を見つけることの出来る名人」。

287 :吾輩は名無しである:2006/10/25(水) 20:20:35
>>286
へー。その本、紹介して

288 :吾輩は名無しである:2006/10/25(水) 21:29:35
中村の読書は、ダボハゼみたいなのね。選別排除が足りない、と。

289 :吾輩は名無しである:2006/10/26(木) 00:45:25
中村真一郎は大学時代だかにめちゃくちゃな乱読速読をしていた時期があって
それを知った堀辰雄(芥川の弟子)に「そうゆうことやってると芥川さんみたい(自殺)に
なっちゃうよ」と忠告されたらしい。

290 :吾輩は名無しである:2006/10/26(木) 01:49:56
>>289
へー。その本、紹介して

291 :吾輩は名無しである:2006/10/26(木) 02:11:47
岩波新書「愛と美と文学」です。またその本のん中で、
芥川はものすごく本を読むのが早く、英訳のバルザック選集
十何巻かを一月で読んだと書いてた。


292 :吾輩は名無しである:2006/10/26(木) 20:11:30
中村先生って友人・知人の間では「中村は、読む本がなくなると電話帳を読む」
って言われてたんだって。とっくにガイシュツかもしれんが。

293 :吾輩は名無しである:2006/10/26(木) 23:09:03
ありがとう。中村真一郎はよく読みますが、その本はまだでした。

294 :吾輩は名無しである:2006/10/27(金) 02:15:00
その本の中で堀辰雄が言ってるのがすごいんだけど、
堀辰雄「芥川さんは本を早くしか読めない人だった」


295 :吾輩は名無しである:2006/10/27(金) 02:22:04
でもたぶん絶版だとおもいます。
古本なら入手しやすいとおもいます。
「頼山陽とその時代」みたいな貴重本でもないから。

296 :吾輩は名無しである:2006/10/27(金) 02:28:10
>>290では無いが、その本持ってたわw これから読む。
ありがとう。

297 :286:2006/10/30(月) 10:08:01
>>287
向井敏『文章読本』。
野間宏の悪文が向井にボロクソに叩かれているが、
中村は戦後派同士ということで野間のその本を
「誠実な著作」と評したとか。

298 :吾輩は名無しである:2006/11/17(金) 01:19:08
>>289
それってどこかで読んだんだが、何に書いてあったっけ?




299 :吾輩は名無しである:2006/11/17(金) 22:16:03
出会い系サイトでなかなか出会えなかった人へ
出会えるコツを伝授します!
http://ia.kakiko.com/sami/1/baiku.htm


300 :吾輩は名無しである:2006/11/18(土) 02:28:55
>>298

>>291に書いてある。


301 :吾輩は名無しである:2006/11/19(日) 14:35:37
小説読むゾウ

302 :298:2006/11/21(火) 00:59:55
>>300
ありがと。直後に書いてあったのね。
っていうかその本持ってないのにその一文はどこかで読んだ。
何に引用されてたっけか。
ちなみに『愛と美と文学』はまだ売ってる?

303 :吾輩は名無しである:2006/11/21(火) 01:38:37
>>302
岩波のホームページ見ると「愛と美と文学」は新刊では手に入らないみたい。
中村はそのエピソードを何度も書いてるよ。
森銑三・柴田宵曲「書物」(岩波文庫)の解説でも書いてるし、
あと確か「私の履歴書」でも書いていたと思う。


304 :吾輩は名無しである:2006/12/06(水) 18:57:08
図書館で角田文衛・中村真一郎の「おもしろく源氏を読む 源氏物語講義」を
見つけてきた。中村氏の源氏に関する本を読むのは久しぶりだな。

305 :吾輩は名無しである:2006/12/11(月) 08:38:07
小説読まなきゃ


306 :吾輩は名無しである:2006/12/11(月) 12:15:28
エッセイは、あれほど読みやすくて面白いのに小説は難解そのものだよな。
四季四部作は「冬」だけが未読なんだよな。

307 :吾輩は名無しである:2006/12/31(日) 18:44:34
『夏』のA嬢ハァハァ

308 :吾輩は名無しである:2007/01/03(水) 10:10:22
>>304
角田と組んでるのが「らしい」気がする。
角田は奥さん曰く大の女好きだとか。

309 :吾輩は名無しである:2007/01/12(金) 21:22:42
A嬢ノ(ァノ(ァ

310 :吾輩は名無しである:2007/01/17(水) 03:41:24
文壇最後のディレッタントかな。

311 :吾輩は名無しである:2007/01/17(水) 22:06:09
>>310
丸谷才一 第二版
http://book4.2ch.net/test/read.cgi/book/1162694791/l50

312 :吾輩は名無しである:2007/01/25(木) 01:38:53
?

313 :無名草子さん:2007/01/26(金) 17:02:54
>>309
フェラチオが上手い人ね。

314 :吾輩は名無しである:2007/01/29(月) 21:09:34
A嬢がたまらない…

315 :吾輩は名無しである:2007/01/31(水) 05:13:18
『中村真一郎の会』というのがあるんだが…。

316 :吾輩は名無しである:2007/02/06(火) 12:37:28
安東次男とは交流は無かったのかな?

317 :吾輩は名無しである:2007/02/06(火) 16:56:33
A嬢のためなら死んでもいい!

318 :吾輩は名無しである:2007/02/08(木) 19:37:41
A嬢……

319 :吾輩は名無しである:2007/02/15(木) 20:04:06
A嬢かわいいよA嬢

320 :吾輩は名無しである:2007/02/17(土) 17:05:31
14日にA嬢からチョコもらった!

321 :吾輩は名無しである:2007/02/19(月) 21:38:50
こんどの日曜はA嬢とどこに行こう…

322 :吾輩は名無しである:2007/02/19(月) 21:47:56
…と思った私は、机上に置かれた手帳を取上げると、過去にA嬢と共に行った場所を確認し始めた…そして…

323 :吾輩は名無しである:2007/02/22(木) 18:46:06
…そのような思考に囚われているうちに、ふと私の裡にはこのスレの将来が柔らかな桜色の靄のなかに掻き消えていくような
なにかの幻想に似たような光景が浮かび上がってきた。そのどことなく物憂い気分の只中で、突然に意識されてきたものは、
つまり、私自身が今すぐにこのスレを上げなくてはならないといったような、焦燥にも近い衝動的な思いだった。
そうしているうちに、次第に私の中にかつて―それはもう大分昔のことになるのに違いないのだが―このスレを草創し発展させてきた、
我々の祖先たちの面影が手に取らんばかりに浮かび上がってくるのだった。
とそのとき、それらの中にしだいにぼんやりと形をなしてきた女の顔のようなものがあった。私がそれをあの懐かしいA嬢の横顔だという風に
見分けられるようになったのは、それからかなりの時間が経過してから後だった。


324 :吾輩は名無しである:2007/02/27(火) 12:43:41
ああ!A嬢!

325 :吾輩は名無しである:2007/02/27(火) 13:40:40
…という思いが自分の内側で再度喚起してくることを私は確実に感じた。
その時の私は、何か巨大で無限に深く潜行した物体が急速に水面へと浮上していく、そうした物体に擬せられるかのような浮遊感の中にいた。
その物体は私にとってはどこか甘美で暖かく切実な快感を付与する性質の存在であったのだが、…

326 :吾輩は名無しである:2007/03/21(水) 16:22:45
A嬢!!!

327 :吾輩は名無しである:2007/03/21(水) 16:39:22
O嬢のまちがいでねぇの? 渋龍訳のアレ

328 :吾輩は名無しである:2007/03/30(金) 00:56:23
A嬢じゃなくて、AV嬢の間違いでした。

329 :吾輩は名無しである:2007/04/02(月) 17:55:40
>>327-328
ちげーよ!!

A嬢(*´Д`*)ハァハァ/lァ/lァ/ヽァ/ヽァ ノ \ア ノ \ア / \ ア


330 :吾輩は名無しである:2007/04/03(火) 22:41:43
いかにも、真一郎のスレに相応しい展開。

331 :【無料】日本文化チャンネル桜スカパー241ch見ようぜ:2007/04/05(木) 00:37:34

日本文化チャンネル桜は、平成十九年三月三十一日をもってスカイパーフェクTV!Ch.767における
24時間放送を休止し、同Ch.241「ハッピー241」の夜の時間帯で放送を続けることになりました。

※「ハッピー241」での放送時間(4月1日?)は、以下のとおりです。スカイパーフェクTV!
の受信環境があれば、どなたでも無料でご覧になれます。
       【月?金】18:30?21:30/23:00?24:00
       【土・日】21:00?24:00

http://www.ch-sakura.jp/index.html



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