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日本に《GRAVITY'S RAINBOW》級の作品ありますか?

1 :二十一世紀旗手:2006/09/23(土) 23:47:14
なかったらボクが10年で書きます。



2 :吾輩は名無しである:2006/09/23(土) 23:52:01
いまここに書け

3 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/23(土) 23:54:32
 日本の長編小説に限っていえば、漱石の『明暗』と春樹の『ねじクロ』あたりが最高峰だよ。


 『重力の虹』のべらぼう語り口=narative automatism に近いことやってるのは
金原ひとみ
中原昌也
このあたりだよ。
 ま、単純な比べものにはならないけどね。

4 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 00:02:35
春と修羅

5 :二十一世紀旗手:2006/09/24(日) 00:05:48
>>2
十年お待ち頂ければ。

>>3
《GRAVITY'S RAINBOW》に相当するような作品は無いという事ですね。

中原昌也さんも、金原ひとみさんも存じあげませんが、今、本棚を覗いたら二冊づつ入っていました。
ざっと読みましたけど、PYNCHON氏とは違っていましたので。
『明暗』『ねじクロ』御推薦ありがとうございます。


6 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 00:11:28

書き始めるのが十年後か!

7 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 00:13:40
>>4
『春と修羅』
存じあげませんでしたが、本棚を覗いたら『宮沢賢治全集ちくま文庫』の1と2巻に収録されていました。
早速読んでみましたところ、《GRAVITY'S RAINBOW》に相当するような作品で駭魄しました。
いきなり答えが出たような戸惑いにボクは出会いました。


8 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 00:21:35
細雪

9 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 00:22:33
神聖喜劇

10 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 00:23:59
ジョンレノン対火星人

11 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 00:25:48
万延元年のフットボール

12 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/24(日) 00:26:46
級の意味がわかりませんね。

芸術作品は等級づけできるようなもんではないです。
市場価値とは別に。

13 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 00:27:11
死霊

14 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 00:34:46
>12
だっら最高峰てどういう意味だよ

15 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/24(日) 00:36:56
>>14
いちばんすごいと「思う」というわけだよ。

つまり、ぼくの趣味だよw

16 :二十一世紀旗手:2006/09/24(日) 00:38:21
>>12
ええ。
その曖昧さこそボクの意図したところです。

素直な気持ちで《GRAVITY'S RAINBOW》級だなと思える作品はあるのか?
が知りたかったのです。

今は個別質問スレでよかっただろうと後悔しましたが、たくさんの長編が挙がるならばこのスレも有効な役割を果たし得ると思います。


17 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 00:40:19
古事記ヤバい超ヤバい
神様とかイッパイ出てきて超ヤバい

18 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/24(日) 00:43:25
 ぎゃくにぼくは『明暗』相当の作品が欧米の風土にありえますかと問いたいねw


空まーぞふですら、たんなる三人称客観描写に終始しとるからね。
私小説という日本どくとくのへんな形式を多声的に組み合わせたなんて聞いたことないよ。

I〜なになにで始まる文体の慣習の国(ねーしょん)ではムリだねw

19 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 00:47:39
とりあえず
ギロチンオナニー
でぐぐれ

20 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 00:49:10
竹取物語ヤバい超ヤバい
もうスターウォーズ超えてるヤバい

21 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 00:49:23
春と修羅
乞食
あたりかな〜

22 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/24(日) 00:50:24
 ぼくは重力のレインボーは読んだことないけど、
書き散らしスタイルのはじまりなんでしょ?
ということは知っておりますw


 そういうダラダラ感に明暗やねじくれはかなり近いですよ。
まあ、意図するところは違うと思いますけどね。

 じゅー力は「無茶苦茶さ」そのものをあらわそうとしている。
 ねじくろは「世界観の延長」をあらわそうとしている。
 明暗は「我執関係の収拾のつかなさ」をあらわそうとしている。

いろいろですww

たぶん、>>1さんはぴらのかだれかで、
web2.0的な時代状況に対応する作風を探してこのすれ建てたんでしょうなw

その日本文化的ひんとは明暗とねじくろにあると思いますよ。

23 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 00:53:16
丸山健二『千日の瑠璃』

24 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 00:55:09
単にスケールの大きさだけを問うなら埴谷雄高の『死霊』が一番かと。
または『古事記』。

25 :二十一世紀旗手:2006/09/24(日) 01:01:41
日本の小説はブットベル作品はないのかなと思ったのです?
ブットベル作品があったら益々書き込んで下さい。
ブットベなくて困ってます。

『明暗』はたしかに偉大な作品だとおもいます。
形でいうと日本女性の体躯に見られる曲線を描いたような美しさだと思いました。
あの『明暗』の新しさはなんでしょうね。
ドキッとするような。
多声的私小説。
これは定説ですかね?
なるほどと思いました。

26 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 01:06:27
笙野は?

27 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/24(日) 01:09:40
 最近では、にほん的なぶっ飛びははるきちの『かえるくん東京を救う』や『品川猿』でしょうね。

単純な物語への退行ではありません。
小説におけるばーちゃるりあると客観描写によるりありていを混ぜちゃってます。

かえるや猿がきゅうにしゃべるのに、だれもふしぎにおもいません。
 小説はりあるじゃなくちゃいけない、という近代文学の定格を意図的に外しています。
『海辺のカフカ』もいきなり第2次世界大戦の残党と桃源郷に迷いこんだり、
ケンタッキーのかーねるさんだーすがそーぷ嬢の客引きしたり
きちがいですww

はるきちはなかなかいいきちがい小説かきますよw
しかも人気あるのが謎ですがwww

28 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 01:11:18
叙情とか求めないで、ブッとびたいだけなら筒井や笙野が良い。

29 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 01:11:38
>>26
笙野ね。
『おんたこ』ヤバくね??
軽くぶっとぶよあれ。

30 :二十一世紀旗手:2006/09/24(日) 01:21:01
>>28
そこが難しい所ですよね

『響きと怒り』の始めの章1928 4 7でもブッ飛べるんですね
あれを叙情と言えるとも思うんですね。
つまり、叙情とブッ飛びは両立し得るかなという気もします。


31 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 01:23:38
しかも三部作だしな。
出揃ってから通しでも一回読も。

32 :二十一世紀旗手:2006/09/24(日) 01:31:16
内容がブッ飛んでいるのだと、色々あると思いますが―《家畜人》などなど
文章に乗って自分が飛んでいくような
もちろんそれが読書の快楽と言ったものの一つでしょうが。
あくまで細かい理屈抜きに飛ばされる。
果てへ。
そんな読書なかなか無いですよね。
『春と修羅』はとてもそうだと思います。
『笙野頼子』と『古井由吉』にもその傾向が見られますかね。
『日蝕』もその部類に入るかもしれませんが。
『村上春樹』の作品は《風詩聴》しか読んでないので『ねじまき』からはじめさせていただきます。


33 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 01:34:09
『おんたこ』って何気に傑作のような気がするなww
三部作って知らなかった…


34 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/24(日) 01:39:07
21せいき騎手という自称が

ぼくの登場で夢に帰さないことを祈りますよ
……w


ぴらのさん(o・v・o)

35 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/24(日) 01:45:00
 ぴらの1さんはなんでぶっとびたいんですか


 桃鉄でぶっとびカード手に入ったからかな

 れともみすちるの『world's end』に影響されたかな

ぼくみたいにwww



ちなみに僕はむしろもう飛んでるから、いかに着地するかが課題ですね。
『なぜその時その場所にどんなふうに着地するのか?』
これがぼくの現代最先端の課題です。

36 :21世紀旗手:2006/09/24(日) 02:00:34
彼方へ飛びたいのもありますが、言い方を変えれば、人生のある期間ごと投げ入れる事が出来るような巨大な言語宇宙が日本語で造られているだろうか?と思いました
例えば『失われた時を求めて』を娼婦をなさっている方が週末に高級ホテルの一室を借りてあらゆる外界を取り払い読書に耽るという話を聞いた事があります。
日本の方だそうです。
日本にこういう作品は無いかな?
出来れば20世紀の作品で。
《嗽石全集》もその答えの一つかもしれませんね。

37 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/24(日) 02:13:51
なるほど

つまり『大物語(grand narative)』を日本語で書くことに、
小説の社会的地位を保全するような21世紀的特権の可能性を見つけていこうとしてるわけだね。


 はるきちはやはり、カラマあぞくみたいな『総合小説』という名前で、同じような
いわばあらゆる人生を呑み込んだ文学的小宇宙をむかしっから企ててるよ。
そこへ至るまでに必要なまてりあるずを拾う冒険が、いまの彼の作品群みたいだよ。

『志半遠道(しはんえんどう)』――志半ばにして道遠し
ってまえ心境いってた


 ぼくはあんまきょーみないけどねw
だってバラバラになっていったらいふすたいるずをまとめる意義がわかんないもんww

みすちるも『てのひら』で歌っとる
♪ひとつにならなくていいよ〜認めあえばそれでいいよ〜

ばらばらなみんなをそのまま受け入れていけば、
一個いっこは小さいのにでかい世界がかけると思うよ

ばるざっくや漱石が作品群を「連続透過的に」扱ってるのはおもしろいやり方だよ
そーすればはるきちみたく、人生後半になってやたら焦る必要もないしw
 それにいちばんいいのは、個別の作品の完成度が高められるから、必ず堂々売れる
つまり、失敗作がなくなる、という職能(profession)としてすごく大事なはなしだよ

38 :21世紀旗手:2006/09/24(日) 02:41:16
おっしゃる通りです。

嗽石やバルザック、それからゾラ、サンドにしろ現代の作家が同音異曲と呼ばれるようなマンネリズムに落ち入りがちな所を一つの世界として提出した。《人間喜劇》であり《マッカール叢書》であるわけですね。
ボクは嗽石やバルザックがやったことが現代の場で出来るとは思えません。
何故ならば日本には既に嗽石がいるから。
《村上春樹》の方法がやはり一番有効なのかもしれませんね。
貴方の話を聞く限り《村上春樹》は【言語宇宙】積み上げる方法として嗽石を踏襲してさえいる。

ボクの理想は一つの総合小説です。
偉大なる玩具箱
《重力》のように大きくて散らかった
【日本語】はこういった作品を書くのに向いていると思うのですが
《フィネガン》の翻訳のように


39 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/24(日) 03:08:08
へー


ぼくはだめだねw
まったくあれは受け付けないもん
じょいすww
 たんなる言葉あそびじゃないですか
『ぶるーむすのやつ』のlastあたり捲ったらまじでキレそうになりますよww

ああいえすそうねイエスいいことよ

とか書きなぐってあるww
一作品文芸として、完成度が低すぎます。なめてんのか、と。
まあ堅固なconstructivismがあるイギリス文学の土台があってこそ可能なきちがいだと思う。
 もともと文芸手法にかなり寛大な日本であんなのやっても、ただの狂人としかおもわれないww

 総合小説は幾多の戦士が挑み続けまた破れて来た巨大な壁です。
西洋圏では『旧約聖書』という規範が、東洋圏では『正史』という規範がそれぞれ
大きなお話を不可能にして来たばかりでなく、無意識にはなしの有り様を決めてしまうのです。
 日本には『古事記』という独特の 聖典=根本 があり、
その脱構築として『源氏物語』のような壮大なつくりばなしが育まれてきました。
 近代では漱石がやはり『明暗』で明治社会を虚構の中で想像的に再現しようとしました。

それらはどれも、大きな物語、
つまり総合された小説を目指す大志に根ざしたものだったと思います。

しかし、一方ではナチスや日本軍閥、またオウム真理教も共産主義、社会主義も、
今日ではブッシュやイスラム原理主義もみな「大きな物語」を指向して破れ去った。

 総合化とは常に強い独裁的支配への志向と裏腹です。
この為に、何らかの『自己批判的な分析システム』を内在させないままで総合化を目指すと、
ちょうど三島が大破したように自ら幻覚の世界観に埋没してdeadです。

40 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/24(日) 03:23:34
 村上春樹が大物語をめざすのはたぶん、
からまーぞふに影響された経世済民のこころざしだと思います。

たくさんの声が入り乱れて一個の小説的宇宙を形成する。
そのうちにひとつの回路が生まれ、自然に解放へ向かう。
 そのような ありょーしゃ的な善=民主的救世主性 を描きたいからではないでしょうか。


 しかし、ぼくはあまりその考えに共鳴できない。
小説というのは、根本的に不健康なものだと思うからです。
ウソの世界に騙されて一喜一憂する。
時に傷ついたり、狂喜したり、感涙したり、酷いときには自殺したりする。
こんなバカな真似はないwwたんなる紙上の文字列ですから。

 ぼくは根本的に健康な文学。
つまり文章そのもののうつくしさ以外は何をも示さないような『抽象美文』が理想ですね。
漱石の草枕をもっと突き詰めて、規範化したようなものが書きたい。

そうすれば、たぶん文を明らかにする功績によって、人類を啓蒙できると思います。

41 :21世紀旗手:2006/09/24(日) 03:31:09
なるほど。
【大きな物語】が人類の歴史さえをも動かして来たと。

ボクの場合キーワードは【偉大な玩具箱】ですよ。

物語の中に大和の心を沈めるのはね、ボクはできないwww
雅を特別に好む人間ではないし、昭和の文士たちにやりつくされた感があります。
しかし、やりつくされた感というのが好機なんですよね。WATAYAの出現もまさにその空間での出来事でしょう。
しかしね、男性の真打ちは現れていませんね。
理想は何が書いてあるのかがわからない、
単に読んでいて飽きない言葉の使い方が美しい、不思議と興奮してくる。
ちょうど《神曲》をイタリア語の原文で素読しているような感覚です。

それと『自己批判的な内在システム』ですか。

そのシステムたぶん貴方もあるでしょう。
邪魔じゃないですか、それ?
今ボクはムキになって破壊してますよ。



42 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/24(日) 03:35:15
>>39の延長を書きますと、

漱石は明暗のひとつ前に書いた『道草』で、私小説的な心理遡行という手法を獲得しました。

これがあったから、明暗は三人称客観描写による総合化でありながらも、
一方で個人の声を隈無く深く拾いあげるような「循環体系」が可能になった。

いわばこのような【小説システム】が漱石によって到達された文学洗練の極みだったのです。


 漱石はインタビューの中で述べています。
近代小説の動向はある一つの型があらわれだして、
其れがあらゆる部分に浸透するようになって果たされるだろう。
そうしてはじめて、共通のルールに基づく自由競戯が可能となるだろう、と。

 おそらく、明暗が達成したのはこのような
未来文学の模範となるべき【小説システム】なのです。
 それは私小説的多声法という明快な規則を伴うひとつの文学型なのです。

43 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/24(日) 03:53:41
>>41
 ぼくは漱石の【小説システム】が未来文学において支配的になるのは、
たんに時間の問題だと思います。
それは避けられないし、たぶん文学史未聞の別種の傾向なのです。
 つまり、文学から小説は分離し、
音楽でたとえれば「クラシックオーケストラ」とか
「ロックバンド」みたいな一個の型になって固定化します。
 小説は文学において伝統芸能化する道なのです。それは決して「本流」ではない。
いや傍流にすぎない、とぼくは見抜く。

 現代文学史の王道はジャンルの解放へ向かう筈です。
海外のことはあまりよく知りませんが、
ピンチョンやジョイスは各地文化でのそのようなvisionの提唱者として現れた。

 日本でも早晩必ず起きる――否、
むしろその端緒は、はやくもまたや漱石の活躍の中にあったのではないか。
 漱石は明暗のような規範的な小説をも遺したが、
他方では僅か10年の作家生涯に、世界でも極めて稀な
「多様なジャンルの書き分け」をしたことが知れています。
 つまり、漱石は文学における小説の死文化を早く明治に見通した上で、
更に考えうるかぎり文(えくりちゅーる)の可能性をあらゆる方途で模索した人物なのです。

 ぼくはまたさらにジャンル多様化の終わりが『抽象美文』に行き着くことを信じる。
それは千年単位の遠い未来にのみ誰の目にも明らかになるでしょう。
しかし、にも関わらずあらゆる現代文学の傾向は日々紛糾雑駁の様相を呈し、抽象化の傾向をますます強める。

既に音楽や絵画の領域で到達されているように。

44 :21世紀旗手:2006/09/24(日) 03:57:27
なるほどね〜勉強になりますね

嗽石との時空を超えた対話を感じます。

《ひとり、燈のもとに文をひろげて、見ぬ世の人を友とするぞ》徒然草 第十三段


文学は【人間】を書くものだ。
という主張はよく聞きますし、全く正論で間違い無いのです。

ボクが思うのはまずその前に文字だという事。

一文字一文字の積み重ね。
もっとこだわるべきだと思いますね。
読み手を文の優美さ(カワバタのように?)、心象風景描写の巧みさ(嗽石のように?)で引き付けるのもgreatだがね

【偉大なる玩具箱】

ボクの理想でありますよ


45 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/24(日) 04:19:26
 「文学は人間を書くものだ」という見解は、まさに、
より明るい未来文学世界へ向けて脱構築さるべき日本文学の古典的な構造だと思います。

すなわち、紫式部が源氏物語で確立したような「物語の規則」なわけです。

作中で光源氏で次のように述べさせている。
「つくりばなしであるからこそ、物語は、事実に縛られない自由な観点から、
人生の真実を暴き出すことができるのだ」と。

これは物語という、むしろ軽蔑の対象となってきたようなたんなる虚構の遊びを、
社会的な価値・使命感のあるものへとでっち上げる為に、
作者がふと考えついたコンセプトだったのです。


 漱石はもちろん、この文脈の不完全さ・自己言及のウソに気づいていた。
『吾輩は猫である』でやったのは、
そういう 物語らしさ=人間中心主義 の意図的なからかいだったわけです。
 つまり、西洋史ではセルバンテスがドンキホーテでやったことを漱石は東洋の『猫』でやった。
それは伝統的文脈への批判でした。

そしてさらに『虞美人草』や『坑夫』『草枕』といった非物語を書くことで
漱石は近代文学が物語より上位に来るような、つまり
物語らしさをも含めて構築できるようなより豊富な体系として再創造したのです。


 ぼくは後生の文士なので、もっと先に行かねばならない。
すなわち、『明暗』ではっきり築かれた 小説らしさ=リアリティ による規範化を
もういちど改めて批判し直す必要がある。日本文学史の文脈にきちんと則って。
 そうすることで文の豊かな体系を再び、現代文学のなかに呼び戻すことができるでしょう。

46 :21世紀旗手:2006/09/24(日) 04:51:47
その通りでしょうね。
わかります。

でもボクは学問的な見地からの文学の未来に対する考察をみると、なんだかなあと思います。

文学=《否》
文学=《美》
文学=《教》
三つに分かれる思います。(独断)
、何かを否定するためか、自分の素晴らしさを周りに知らしめるためか、民衆を啓蒙するか。
これは密接に繋がっていますが。
最早、原型を留めておらず表現自体を否定したり。
【メタ】と呼ばれるものですかね。たしか
ヌーボだポストだと大暴れを起こしている。先ほどから(o^v^o)が言っているようにジャンル分けが行われる。言わばマニアックな世界に。
そして優秀な作家は学術的な小説に移行してしまう。
もうそんな誰でも解ることはやらない。ダサいから。頭をよく見られたい。
恐らく以上の理由で本流から離れて行くが、文学が本来持つ《否》の魅力、《美》の魅力が痩せ細るって行くように見受けられる。

なぜか、あまり優秀ではない作家が主流的な文学を扱っているから(たぶん)。


47 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 05:00:19
馬鹿二人が対話してる。

48 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 05:19:11
>>47 お前と俺のことか?w

49 :(o^v^o) ◇m0yPyqc5MQ :2006/09/24(日) 05:39:52
文学馬鹿

50 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 10:10:12
まぁ、あんまり凄い作品ばっか読んでてもこっちの世界に帰ってこられなくなるからね。

51 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 12:21:21
>>1
大西巨人『神聖喜劇』

52 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 13:42:27
カラマーゾフの兄弟

まあ、こちらのほうが圧倒的ですが

そして、北回帰線。

そして、白髪小僧



53 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 16:42:15
>>52
それ日本文学じゃないお
(*_*)

54 :吾輩は名無しである:2006/09/24(日) 22:17:00
じゃあ夢野きゅうさくの 白髪小僧で

55 :小林偉雄:2006/09/25(月) 04:23:28
『本居宣長』
小林秀雄という怪物が書いた本だ

56 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 09:33:16
白髪小僧ってドクマグよりいいの?

57 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 09:41:28
夢野はどちらかというと大衆小説の部類に入るかと。

58 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 10:09:03
確かにね
グラビティな日本小説はないんじゃない?
>>1は十年待つから書けよ

59 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 16:27:52
『V.』読んだら

 翔びました

これが25歳かよ

現代ニッポンの滓小説は書かないで。惨め(;_;)

>>1は二十年あろうが絶対ムリムリ

60 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 20:47:33
ドラゴンボールの方が上だろ

61 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 23:32:39
ドラゴンボールって誰に書かせたら『重力の虹』越えますかね?


62 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/25(月) 23:39:57
日本人作家が不良なのではない。

日本文学の出版事情があまりに歪劣なのです。

63 :21世紀旗手:2006/09/25(月) 23:46:48
あんたもともと今回はだめと言ってなかった?

立ち上がれよ

64 :吾輩は名無しである:2006/09/26(火) 03:16:47
>>61 ボルヘスとフーコーの共著.......パワーズ..............やっぱピンチョンしかいない。
    .................がっくり。

>>1 がんばってくれ。書いてくれ。読ませてくれ!

65 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/26(火) 13:48:40
ちがうよww


30まいだから副賞だと思ったんだよw
みじかいもん

66 :21世紀旗手:2006/09/26(火) 14:53:35
>>64
ありがとうございます!
書けなければ、鰐に食われる思いで精進します。
>>65
応募したのってたった30枚なんですか!?

67 :吾輩は名無しである:2006/10/12(木) 02:35:18
(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ
日本の長編小説に限っていえば、漱石の『明暗』と春樹の『ねじクロ』あたりが最高峰だよ。

さっさと病院行けやwww

68 :21世紀旗手:2006/10/13(金) 21:50:31
序文ができました。
序文だけで百枚あります。



69 :吾輩は名無しである:2006/10/14(土) 01:07:11
ドラゴンボールだな

恋愛以外は全部ココにある

70 :3:2007/01/10(水) 00:50:11
ネットで見かけたイケメン、美少女ランキングです。
ただ今イケメングランプリ開催中!
http://ia.kakiko.com/sami/2/bag.htm

71 :吾輩は名無しである:2007/02/04(日) 04:16:56
ないよ

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