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日本の文学教育

1 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 02:27:49
高校の国語で漱石の「こころ」をやった後、友達が、
「あの先生っての夏目漱石のことなんだよね?」なんて言ってきやがった。
考えてみれば、無条件に、主人公を作者と同一視したり、
主人公の言動を作者の伝えたかったことみたいな
偏狭な読解方法ばかりさせられてきたような。
文学教育は、大丈夫かいな?

2 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 03:02:21
石原千秋みたいなテキスト論はうんざりだよ

3 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 03:05:09
テキスト論よりテクスト論が一般的か

4 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 03:16:48
高橋源一郎が白樺派にみられるような、ほとんど低脳すれすれのその巨大な無邪気さを「実篤ウイルス」と呼んで吹聴してたらしい。

5 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 03:18:20
>無条件に、主人公を作者と同一視したり、
>主人公の言動を作者の伝えたかったこと
私小説ばかりの国文学にはこれで充分。
国語だからな。
海外文学など、読む必要なし。
外国のこと学ぶより、先に日本のこと学べ。

6 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 03:26:31
アメリカでは、文法と文学の授業があると聞いたが、
日本も中学生くらいから、分けたほうがいいかもな。

7 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 03:29:58
>>5
でも、日本近代文学はどっちかというと、ヨーロッパ文学の系譜じゃん。
欧米文学学ばないと、片手落ちというか、根無し草じゃないか?
世界史では、申し訳程度に、名前を覚えるだけだし。

8 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 03:38:12
>>7
>でも、日本近代文学はどっちかというと、ヨーロッパ文学の系譜じゃん。
ブサヨ乙。死ね。

9 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 03:40:51
>>8
事実だろ

10 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 03:44:05
>>7=9
ちゃんと勉強しろよ、厨房w

11 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 03:56:10
ウィルスが・・裏返るッ?!

12 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 03:56:44
>>8
あらゆるものに対して思想臭を感じ、右左と宣うあなたが消えなさい。

欧米文学が存在しなければ、日本近代文学は花開かなかった。
近世以前の文学が現代の主流となっているならば違いますがね。

13 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 04:12:37
いわゆる政治小説や鷗外の即興詩人等、日本の近代文学はまずは、
欧米の文学の翻案や翻訳から始まったってのはジョーシキw

嫌だね、こんなところにまで偏狭なナショナリズムを持ち込む馬鹿が居る。

14 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 04:17:15
近世以前もシルクロードを伝って中国文学からアラビアの物語まで影響受けまくってると思う。

15 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 04:20:53
文学教育は選択、言語教育は必修、というのがよろしいのでは?

16 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 04:21:15
加藤周一の「日本文化雑種論」が戦後日本思想の大きな軸となってたんだよね。
読んだことないけど。
あと、一人純粋性を求めて散った人がいた。

17 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 08:17:25
>>13
深層部分には古典が生きているのも事実。
和漢混交文は平家物語や謡曲無しには成立しなかった。

18 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 09:06:18
>>10
お前が勉強しろwww

19 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 13:07:48
国語という枠組みの中で、日本語文学しか教えず、
海外文学は世界史の文化欄任せてのは、
やっぱり問題だろうな。
教科書に、翻訳作品も載っているけど、読解するだけで、
文学史的に教えるわけでもないし。

20 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 14:34:01
批評の仕方も教えるべきだな。
ネットの方々にある、映画やら小説やらのレヴューなんかを
見てると、本人は批評のつもりで書いている、単なる感想が多い。
日本人は、批評ができんよな。

21 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 14:40:15
論理では、やっぱ一神教のある国の方が強いだろう。

22 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 14:43:33
それと、日本では伝統的に“風情”を重視してきたから。
そこは、今のカルチャーのドコに風情があるのかと聞かれるトコだと思うが。

23 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 14:43:42
>>17
そりゃ勿論そうだが(俺石川淳大好きだし)、
あくまでその区切りをどこに置くかという話。

24 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 14:46:59
区切りをつけないのが日本的なのかもしれない。

25 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 15:32:55
>>1
いやさ、確かにそうなんだけどさ。
でも突き詰めて行けばいくほど、結局「作者=主人公」に限りなく近くなっていくのよ。
もちろん完全にイコールにはならないにしても。
理論だけで割り切れる人はむしろ楽よ。

26 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 16:31:26
>>25
太宰の人間失格を読んで、主人公と太宰を重ねることも似ているな。

というか日本の小・中・高に文学教育なんてあるの?
改良した方が良いのではなく、始めた方が良いのではと思うんだが。

27 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 20:56:02
国語の教科書に載っている文章読ませて、
作者の言いたかったことだの、
主人公がどう思っていたかを書きなさいだのが、
文学教育だな。

28 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 21:09:53
>>25
理論で割り切れないなら、単なる感想じゃないか。
自分はこう思いました、て言ってるだけじゃないか?
理論で詰めていくことで、他人に対する説得性が出るんじゃないか。

29 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 22:32:06
あんまり形而上学的過ぎると文学じゃなくなるってのもある

30 :吾輩は名無しである:2006/09/25(月) 23:25:55
>>6>>15
国語を
言語学としての日本語と
読解・解釈・批評や、文学史について教える文学とに分けるてのは
実際、良い案だと思うな。
選択制てのは、また別の問題だが。

31 :吾輩は名無しである:2006/09/26(火) 01:45:12
スレ違いだけど頼む助けてくれ
さっき学校で授業中、いきなり射精しちまって、制服ズボンのフロント部分が精子だらけになっちまった
すぐさま隣の野郎に発見され、俺はジャージに着替えたんだが、昼休みまでには学年中にその話が広まった
俺が教室を歩いてると、女子には机ごと避けられて道が出来るようになった
学校ですれ違う奴等には露骨に顔をしかめられるようになった
友情もこんな時には役に立たなかった 百人いた友達が一人もいなくなった
何故いきなり射精してしまったのかも全く判らないのに
俺は明日からどうすればいいんだ もう学校行きたくない 消えてしまいたい

誰か教えてくれ なんで俺は精子に人生狂わせられるんだ

32 :吾輩は名無しである:2006/09/26(火) 03:00:40
>>28
実証っていうものがあります。

33 :吾輩は名無しである:2006/09/26(火) 03:21:55
詩・小説・劇作と、文学研究書・批評とが
文学という言葉ひとつでごっちゃになっているところが大きな問題だと
このスレを読んでいると分かるな。

34 :吾輩は名無しである:2006/09/26(火) 03:23:53
>>32
具体的にはどういうこと?

35 :吾輩は名無しである:2006/09/26(火) 06:24:37
”日本の”なんて付いているから、
またウヨか、と思ったが、そうでもなく、まったりしてんな。

36 :吾輩は名無しである:2006/09/26(火) 12:35:40
>>34
資料に語らせるってこと。

37 :吾輩は名無しである:2006/09/29(金) 20:16:52
具体的に、例えば、
中学生から文学という授業を始めるとして、
教科書にはどういうものを載せるべきだと思う?

とりあえず、私小説とそうじゃないやつとか、
多岐に渡ったジャンルのものを揃えるべきだとは思うが。

38 :吾輩は名無しである:2006/09/29(金) 20:35:51
>>37
・万葉集、記紀から、言文一致体の前までの古典を、つまみ食いでもいいから一通り。
・簡単な漢文。
・詩文はやってもいいが、間違ってもテストに出さない。
・漢字の書き取り。
・実用文の書写(手紙等)。

39 :吾輩は名無しである:2006/09/29(金) 22:38:41
>>38
釣り?

40 :吾輩は名無しである:2006/09/29(金) 22:54:01
>>39
大マジ。

でもこれは「文学教育」じゃなくて「国語」の内容か。

実用文(依頼状、入金の督促やクレームの付け方、謝り方)なんていうのは
『文学』を志す人間にはあんまり見る機会がないだろうし、それ以外の人間に
とっても社会に出たとき役に立ち、日本語力の底上げになると思うけど。
ビジネス英語なんていうとそういうのをやるけど、そもそも日本語で場面に応じて
どう言うかを常識として教えた方がいいと思う。

いわゆる現代文学は教科書で読むと全く魅力がなくなるので、興味のある人間が
自分で読むべきだと思う。学校の授業で全員に読ませるものではない。と思う。

# 義務教育とせいぜい高校までの話よ。

41 :吾輩は名無しである:2006/09/30(土) 01:14:50
>>40
書いてあることがよくわからん。
長文になってもいいから、
もっと丁寧に説明して。




42 :吾輩は名無しである:2006/09/30(土) 02:38:23
日本の国語教育が文学教育に偏りすぎてるから、コミュニケーション能力を
高めるような実践的な国語能力をつけるような方向にむかうべき、って、某宮台氏が
言ってたんだけど、文学教育に偏ってるかなぁ?
国語自体がバカにされすぎてる気がするけど。

43 :吾輩は名無しである:2006/09/30(土) 11:53:28
山崎正和も、「散文教育を重視すべし」と主張している。
山崎曰く、例えば人力車を見たことも聞いたこともない人に
説明できる能力を鍛えるのが今の国語教育にかけているとか。

44 :吾輩は名無しである:2006/10/13(金) 01:16:39
かきがね

45 :吾輩は名無しである:2006/10/13(金) 01:25:46
コミュニケーションなんて、教師の質が高くなきゃ教えられない。
そんなとこに重点置いたら、「生活科」だの「ゆとり教育」だのの二の舞になる。
半ヒキでも教えられる文学重視でいいよ。

46 :吾輩は名無しである:2006/10/13(金) 01:45:21
文学ってもっと発想豊かで自由度の高い表現物だと教えたほうがいい
なんだか、ラノベみたいなくだらない起承転結というコードにのっとった駄作の粗製濫造に終始している
現今の風潮に警鐘を鳴らすべきだと思うがどうか?

47 :吾輩は名無しである:2006/10/13(金) 01:51:07
自由度で戸惑うだろーね
その深層心理こそ問題すべきだよ

48 :吾輩は名無しである:2006/10/13(金) 02:08:03
みんなどこかで見た意見だな。

49 :吾輩は名無しである:2006/10/13(金) 02:13:34
うーん?
いや、宮台センセが唱えるコミュニケーション能力向上にはモデルがあって、
終戦後しばらく続いた「言語」「文学」の二本立て国語教育を念頭に置いた主張ですね。

「言語」とは「リテラシー能力」、「文学」とは「鑑賞教育」のこと。
ところが講和条約発効後「リテラシー能力」教育が削られ、文学鑑賞オンリーの
「国語」に纏められたというのですね。

宮台センセはこの「リテラシー能力」教育をコミュニケーションの受発信教育であるとして、
復活&重視しなはれ、と言うわけです。私は異論ありませんね。

山崎センセの「散文教育を重視すべし」との主張には実際どんな理路で
おっしゃっておられるのか無知無学な私にはなんとも申し上げることは
出来ないです。

でもね、人力車を見たことも聞いたこともない人に説明できる能力を鍛える
って、まさしくコミュニケーション発信能力の欠如を嘆いておられるのかいな?
と思いましたがどうなんだろう。
国語教育に措ける宮台と山崎の主張はさほど遠くないね、と思うのは私の勘違いでしょうか。


50 :吾輩は名無しである:2006/10/15(日) 10:20:14
>人力車を見たことも聞いたこともない人に説明できる能力を鍛える

その文脈から、海老沢泰久著のNECバリュースターマニュアルを毎日新聞書評欄で
絶賛したのが向井敏。
まあ向井は以前から海老沢を高く評価してたのだが...

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