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小説を読むのは時間の無駄

1 :吾輩は名無しである:2007/02/17(土) 18:45:09
立花隆:全部通読が基本的必要条件となっているたぐいの本を読むことが少ない。
それはどういう本かというと、たとえば、長編小説、ミステリーなど、時系列の筋書に沿って書かれ、
その筋書を追わないと途中でわけがわからなくなるものなどである。
時間ばかりくってしょうがない本につきあっているヒマがないからである。
たとえこれからヒマがあったとしても、これまでの経験によると、そういったたぐいの本で
それだけ時間を費やすかいがあったものはほとんどなかったから、これからも読むことはほとんどないだろうと思う。
そういう本は、「ヒマは沢山あるので、タイムコンシューミング大いにけっこう」というヒマ人にまかせておきたい。
人生は短いのである。

2 :吾輩は名無しである:2007/02/17(土) 18:49:06
読書量だけが自慢のモウロク爺さんか

3 :吾輩は名無しである:2007/02/17(土) 19:09:03
そのとおり。
昔の小説は哲学的な内容も含んでいたので読むに耐えられるが、
今の小説なんて、本当にただの物語だもん。ぜんぜん読む必要性が無い。


4 :吾輩は名無しである:2007/02/17(土) 19:44:36
老いたな。

答えてくれ。
おまえ自身も、これ以上生きている「必要性は無い」のではないか?

5 :吾輩は名無しである:2007/02/17(土) 19:56:16
時間の浪費こそ最高の贅沢

6 :吾輩は名無しである:2007/02/17(土) 20:01:11
パーマかける暇はあるけん

7 :吾輩は名無しである:2007/02/17(土) 20:12:57
こういう発言が愚かだと気付かないから小説が面白くないんだろうね

8 :吾輩は名無しである:2007/02/17(土) 20:19:25
わしも老人だからよう分かるのう。目もしょぼしょぼオツムとろとろじゃけんのう。

9 :吾輩は名無しである:2007/02/17(土) 20:20:12
立花隆は時間がもったいないといって映画も観ない奴なんだろうな。

10 :吾輩は名無しである:2007/02/17(土) 20:56:53
つまらんじじいだな。

11 :吾輩は名無しである:2007/02/17(土) 21:17:42
本を読む事より、読んだ本の量の方が遙かに大事だと、
若い頃から思い込んでるオッサンだからね

12 :吾輩は名無しである:2007/02/17(土) 23:05:04
小説なんてフィクションじゃん。
「フィクションが楽しかった〜」って、虚しいよ。
それにお互い同じものを読んだことがあるって一致もそうそうあるものじゃないし、
かりに一致しても、元々はなにもない虚構の上に花を咲かせるような空虚な話になる。
そんなことより、実用書を沢山読むほうがマシだと思う。

13 :吾輩は名無しである:2007/02/17(土) 23:12:55
ん〜知に対して貪欲かもしれんが
なんか、それ対しての愛情は感じない、この人。


14 :吾輩は名無しである:2007/02/17(土) 23:53:31
>>12
文学にリアリティがある時代は終わったのかもな。
人は文学的に生活しなくなった。

15 :吾輩は名無しである:2007/02/17(土) 23:57:38
村上龍の「限りなく透明に近いブルー」は三島由紀夫の短編「葡萄パン」
のパクリ

16 :吾輩は名無しである:2007/02/18(日) 00:09:58
そういえば、この人の本を読んだことがない。
何故なら、時間ばかりくってしょうがない本につきあっているヒマがないからである。
たとえこれからヒマがあったとしても、これまでの経験から推測して、こういったたぐいの本でそれだけ時間を費やすかいがあったものはほとんどなかったから、これからも読むことはまずないと思う。
あまつさえ、一生のうちに読んでおきたいと思える本が現時点で既に数千あり、今も増え続けている現状なのである。
よって立花隆の本は、「ヒマは沢山あるので、タイムコンシューミング大いにけっこう」というヒマ人にまかせておきたい。
人生は短いのである。

17 :吾輩は名無しである:2007/02/18(日) 00:56:20
立花隆:目的としての読書とは、本を読むこと自体が目的、それが楽しみという読書で、
代表的なものでいえば、文学書を読むといったことが、これに入ると思います。
若いときには、もっぱらそちらの方の読書が中心で、当時日本で100人以内の読み手に入るのではないかと思うぐらいに読みました。
しかし、それは学生時代だけでして、その当時読んだものを100とすると、今はおそらく5にも満たないのではないかと思います。
それ以前に、文学、哲学、社会思想といった関係の本は沢山読んでましたけれども、
いわゆるノンフィクションは、ほとんど読んでいなかった。そういう知的欠陥を指摘されまして、買って読んで見ると、大変面白いわけです。
ノンフィクションを読んでいるうちに、文学者の想像力というのは、生きた現実に比して、いかに貧困かということがわかり、どうして、
ああいうつまらないものに、あれだけ熱中できたんだろうと逆に思い始めたわけです。
さらに週刊誌記者をしていたときに、ナマの事件を演じている人たちに直接話を聞く面白さに比べたら、
活字にされたノンフィクションの面白さもものの数ではないくらい面白いわけです。
ましてや貧困な想像力の産物たるフィクションなぞ、全くものの数ではない。

18 :吾輩は名無しである:2007/02/18(日) 01:21:03
限られた時間と自分の能力にかんがみて
文学に時間を割くのは、無駄とはいはなくても
贅沢なことだと、年々気づいてくる―それは確か。
書物の世界は広い。

19 :吾輩は名無しである:2007/02/18(日) 03:23:07
文学の力を信じ切れなかった似非知識人よ。
「文学に価値などないという人が大学院時代から大勢いたが、
私は時に怒りを込めて反発した。文学は素晴らしい。」
という風に語る齋藤孝のほうがまだマシである。
例え齋藤孝が、「2割の読書で8割読む」とか意味不明な本を出して、
ドストエフスキーですらも大雑把に飛ばし読みしているとしてもである。


20 :吾輩は名無しである:2007/02/18(日) 03:50:21
文学の一部のエッセンスを可逆性を有するムービーに略奪されてしまった
今日でさえ一抹の興奮をもたらしてくれる文学に言いたい
お前は永遠だ、と さぁ、死すべきものとしての私を慰めてくれ

21 :吾輩は名無しである:2007/02/18(日) 03:54:45
文学の一部のエッセンスを可逆性を有するムービーに略奪されてしまった
今日でさえ一抹の興奮をもたらしてくれる文学に言いたい
汝は永遠なり、と さぁ、死すべきものとしての私を慰めてくれ

22 :吾輩は名無しである:2007/02/18(日) 04:05:09
そもそも立花隆って誰だよ?作家?

23 :吾輩は名無しである:2007/02/18(日) 04:57:10
>>22
あなたのおっしゃることが最も正しい。

24 :吾輩は名無しである:2007/02/18(日) 05:52:29
>>22
なんかゲゲゲの鬼太郎に出てくるサラリーマンみたいな笑い方する人。

25 :吾輩は名無しである:2007/02/18(日) 16:04:30
立花隆の本読んでいる人いるの?
相当刺激的な内容なんだが。

26 :吾輩は名無しである:2007/02/19(月) 23:35:48
立花隆はある程度どころか相当に小説を読んでからそういう発言をしているから反則。
小説を読むことで、自分で認識していないメリットを得ているのに。
「東大にきても大したことない。社会で役に立たない。中卒で十分。」
と東大卒(立花は2回も卒業しているけどね)が行っているのと同じ。

27 :吾輩は名無しである:2007/02/20(火) 08:15:49
てか話の流れからすると私はノンフィクションの面白さにはまりました、ってだけじゃん。

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