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太宰治で人生棒に振りました

1 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 09:55:13
田舎から大学進学で上京。
孤独にさいなまれてる頃、大学の生協の書店でふと手にした太宰治。
その時から、私は一気に転落し始めたのでした。


2 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 11:07:32
2

3 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 11:49:26
だからって糞スレ立てるのはよくないな

4 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 12:13:43
大学の生協に太宰治を置くってのがまず凄いと思う。

5 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 14:52:11


6 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 15:19:28
それで?続くのかな

7 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 15:27:41
いや、終了だろ

8 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 15:29:17
>>4
普通置くよ
どんな低レベルの大学だよw

9 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 15:31:28
>どんな低レベルの大学だよw


10 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 15:33:25
東大卒エリートサラリーマンが嘲笑してるよ

11 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 15:35:54
なにがどうなって太宰で人生転落したのかジックリ聞いてやろう

12 :我が友M16カスタム:2005/09/15(木) 16:05:58
 太宰って、町の子が読むと、田舎者のたわごととしか読めないんだけどね、
ま、良いじゃない、田舎者同士で共鳴してりゃあ。

13 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 16:17:50
>>12
死ね。死ね!

14 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 16:18:32
>>13
>>12の後ろに立つな!

15 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 16:28:23
引っ込み思案の怠け者。
それでも小、中学時代は優秀だったのです。
高校時代のヘルマン・ヘッセで目覚めた文学熱、実際はこれが人生躓きの一歩
だったかもしれません。
引っ込み思案の怠け者に、進学校の高校の授業は辛かった。
一年の秋、当時の高校生雑誌の文学賞を入賞して、私は早くも中退を決意して
家出し、一週間をほっつき歩いたものです。
あの「車輪の下」のハンスの友人の影響をもろに受けてしまったのでした。


16 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 16:39:48
なるほど

17 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 16:39:58
太宰なんかに価値を見出してる時点で低脳

18 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 17:05:25
(その3)
文学少年と呼ばれたものですが、ほとんど一日中誰とも口をきかない少年でした。
いえ、人と話のできない性格だったのです。
中退したい本当の理由は、対人関係のストレスから逃れ、都会に出てどこか工場に
でも勤めながら、ひっそりと小説でも書いて暮らしたいという思いでした。
しかし、その踏ん切りがつかないまま、再び私は高校へ戻りました。
その日、担任教師は泣かんばかりに喜んでくれたものでした。

19 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 17:29:37
それは作品のせいじゃなく自分でものを考えれない自分の性質のせいじゃないかな。

20 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 17:30:34
もし>>1がバキ読んでたら今頃…

21 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 17:33:27
おまいらほんとに叩くの好きだなw
それでどうなったの?

22 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 17:41:43
>>20
「俺も一時期ハンスの友人みたいに思っている時がありました。」

23 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 18:10:50
(その4)
学校に戻った日、担任と学年主任は私を校長室に案内し、私は校長から
励まされると同時に亀井勝一郎評論集を頂きました。
その中には、ゲーテが自分の弟子たちに施した修行話などが載っていて、
校長が私の立ち直りのヒントを示してくれているのが分かりました。
一年の終わり、私は旺文社主催、文部省後援の文藝コンクールで小説の入賞を
果たし、終業式の日に全校生徒の前で校長から表彰状を授与されたのです。
思えば最高にはれがましい日でした。

24 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 19:29:25
1はいまいくつなんだろう?

25 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 22:09:51
続きは?

26 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 22:35:57
(その5)
二年に進級した直後の新鮮な気分も、また次第に翳り、少し辛いとすぐ無断欠席という
有様で、夏休みに入ると、もうダメだろうという一種の覚悟も自覚していました。
一つには性的な遅れも理由であったかもしれません。
私は女生徒に全く興味がなく、反対に凄く拒否感を抱いていました。
一言で言えば「軽蔑」です。
女子の行動の軽さ、意識の低さ、田舎娘の視野の狭さが嫌で嫌でならないのでした。
私には、女子の肉体すら軽蔑の対象でした。
「ブクブク太りやがって」「でかい尻向けるな」「大根足が」「ちやほやされて気取るな」
「田舎女が」「胸ゆらすな、気持ちわりー」等々、今では信じられないほどの女性蔑視が
あったのです。
もっと、女子に憧れられるような心があれば、このような危機は最初から避け得たのでは
ないかと、今でもふと思うのです。


27 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 22:40:59
自分の生い立ちと比べてみろよ。

28 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 22:56:48
なかなかおもろい完結させてね

29 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/16(金) 01:08:49
文才あるよ

30 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/17(土) 20:34:30
(その6)
二学期早々の実力テストの日、私は登校せず映画館にいました。
もちろん例によって無断欠席です。
「我慢しいしい登校するから疲れ、倒れるのだ。嫌なら拒否すればいい」
それが当時の私の持論でした。
そうはいいながらも、もう教師からも見放されたような状況になっていて、
私は再び退学が現実になろうとしているのを、どうする力もなく弱々しく
認識するばかりでした。
ところが、状況は一変したのです。
守護霊というものが本当に存在するのなら、まさにこのようなことを言うのでは
ないでしょうか。
突然、一人の女生徒が目の前に現れたのです。
ヘッセの「デミアン」では、退廃する主人公を蘇らせる不思議な少女が登場しますが、
丁度そのような感覚でした。

31 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/17(土) 20:52:08
英語の授業は成績別のクラス編成になり、隣のクラスとの合同でA,B二つに
別れて行われていました。
私は、まだ中学時代の実力の余力で成績上位のAクラスにいたのですが、Bの
生徒は隣に移動し、逆にAクラスの生徒は私のクラスにやって来るのです。
休憩で教室を出ようとしたとき、たまたま私は隣からこちらに入ろうとした少女と
激しくぶつかってしまいました。
「おや、この子はYという名の女子では?」
半年も同じAクラスで授業を学びながら、私は隣のクラスの子の名前すら覚える
ことがなかったのでした。
この「おや、この子はYという名の女子では?」の心の呟きこそが、私を救った
のです。
彼女は「ごめんなさい」と謝って一歩下がり、じっと俯いていました。


32 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/17(土) 21:09:59
まるで後ろから何者かに押されるように私はこの面長の子に引かれていきました。
しかし、すぐに酷な現実が来ました。
二年後期のクラス編成で、ついに私はBクラスに落ちてしまったのです。
彼女、Yとは別のクラスとなり、悲しさもさることながら、Bクラス移動の屈辱
はもっとつらいことでした。
自業自得とはいえ、私はやっと自分の至らなさに気付き、また彼女には自分の
存在を知ってほしいという強い気持ちも芽生えて立ち直っていきました。
Yによって初めて女生徒に興味を持つようになると、どれもこれも同じ田舎の芋
ばかりと思っていた女子たちにもそれぞれに個性や美があるのが分かるように
なり、急激に学校の生活は楽しいものへと変化していきました。



33 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/17(土) 21:52:53
太宰のその作風は、孤独感のある生い立ちに起因しているとの話を聞いた。
そんな太宰と共感する>>1は、いったいどんな父母を持ち、どんな幼児期をお
くってきたんだい?
思春期の話もいいんだけどそっちの方も気になるよ。

34 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/17(土) 22:24:42
>>33

>>1です。
父親は獣医で、元々は開業医でしたが農協(今はJAと呼称)の畜産課に誘われて
そこに入り、酪農に力を注ぎ、NHKの県農業対策番組に二度出たことがあります。
しかし、出身地がその県の人間ではないため、日本の田舎独特の排他的な仕打ちには
さんざん痛めつけられ、私は兄弟ともども常に疎外感を持って育ったものです。
父は一人息子でした。父の実母は体を壊して家を出されたため、二番目の母に育てられて
います。
私の母親は感情の起伏の大変に激しい女で、夫婦喧嘩を繰りしては私たちをいつも
暗い気持ちに追い込んでいました。
教育に厳しく、その期待のあまり、私は中学は越境入学を強いられました。
田舎の越境入学です、知り合いの友人はただの一人もおらず、また小学校の友人たち
とはそれがきっかけで完全に疎遠となってしまいました。
母親はまたひたすら過保護でしたので、私は着替えすらうまく出来ないような子供でした。
いわゆるマザコンというやつで、何事も母親の意見なしには実行することが覚束ない、
全く不甲斐ない性格でした。
幼児期、小学校のことを語ればきりがありませんが、私たち兄弟は環境もまるで陸の孤島
のような按配でしたから、外の子供たちのように大きくはばたく機会は最初からなかった
ように思います。

35 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/18(日) 10:03:13
うはぁ、きっついなぁ。
でもこれでわかったよ。>>1さんが太宰にハマルのも無理はないし、現状はそ
の親子関係に起因しているとしか思えない。
俺も親子関係でずいぶん苦しんだ口だけど、もうこれは心理学の本を読んだり、
カウンセリングを受けてみたりすることをお勧めするよ。
少なくとも、俺はそうやって自分の人生を取り戻したと思っている。
(語尾が「思っている」になるのがこの問題の難しい所なんだけどね)

あなたの人生はあなたのものなんだから、ちょっとずつでも変えていこうとす
ればおのずと道は開けるさ。がんばれとは言わないけど、あなたに良き理解
者が現れることを祈ってるよ。


あ〜、もしなんなら、このスレに色々と書き込んでみたらいいんじゃない?
なにか新しい変化が起きるかもよ(゚∀゚)

36 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/18(日) 22:05:31
いま>>1
「変化が起きる」などと安易に語る>>36を笑ってるだろな
ぷぷ、く、はは!

いや釣りだよ釣り
どーでもいいがこのスレ面白いな、この後の展開に期待

37 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/18(日) 22:07:16
釣りとか適当に公言しといてよかった

38 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/18(日) 23:26:45
(その7)
丁度Yのクラスには、中学時代の愚友‥とはいってもこの先も交友は続いたのですが‥
がいて、詳しい番地までは知らなくても彼女の住む地区を知っていました。
実は、私は私の入賞した小説が高校生雑誌に掲載された時、高校宛にファンレターが
数通届いたこともあり(いずれも女子からのものでした)、私自身は少し自分を誇る
気持ちはあったのです。また女子からは何度か声もかけられてもいたし、真実はただ
他人と口がきけないだけなのに、孤高の少年のように見られてもいたのです。
それで私の方ではこれまでYを知らなかったが、Yは私を知っているだろうという自惚れ
からラブレターを出すことを決意したのでした。
Yは知れば知るほど美少女で、また非常に明るい性格をしており、その時まだ気づいては
いませんでしたが、所謂女王的な存在なのでした。


39 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/19(月) 10:40:24
ふむふむ

40 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/20(火) 23:34:41
(その8)
「今の自分にとっては、あなたとの交際が最高の支えとなる」

ラブレターの内容を一言で表せばそういうことでしたが、今の自分がどういう状況なのか、
どんな交際を望むのかについては全く触れない、実に一方的なものでした。
ラブレターが届いたと思える翌日であったか、翌々日であったか、私は彼女が彼女の友人と
一緒に手をつないで歩いているところに偶然出くわしました。
彼女の友人が、彼女を軽く突っつき、二人は微笑して足早に去っていきました。
この時、私は心が爆発するような嬉しさを感じ、「やった!」と思ったのです。

話が逸れますが、この直後に起きた超常現象としか考えられない摩訶不思議な
話を紹介します。
午後の体育の授業のことです。
鉄棒の「片手懸垂」をご存知でしょうか?
まずは両手で鉄棒に飛びついて、首から上を棒の上に上げておき、次に片手を
外し、片手だけで垂直に自分の体を支える技です。
無論、片手でぶら下がるのではなく、腕を脇にギュッと密着させたまま垂直に
体を浮かせるわけです。
なんとそれを私は完璧にこなしたのです。
私以外の男子は全て10数秒と持たず鉄棒から脱落したのに、非力な私だけは
平気で空に浮いており、何の苦もなかったのでした。
教師が皆を集めて私を指し「これが見本だ」と言っていました。
私は、続けようと思えば何十分でもその状態でいられたと思いますが、元々が
シャイな性格なので自ら降りたのですが、いかにも不思議な現象でした。
他の生徒たちも皆首を傾げていましたが、この日は体が異常に軽く、通常は
大の苦手の飛び箱ですらスイスイ成功させたのです。
人間の精神と身体の潜在能力は、果てしがないように思えます。
この奇跡をもたらしたのは、紛れもなく彼女のあの微笑だったのです。

41 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/21(水) 00:38:57
もりあがってまいりました!

42 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/21(水) 15:54:54
(その9)
さて、すぐにもYからは返事が来るだろうと確信したものの、二日経っても、三日経っても
返信はありませんでした。
母親に似て、短気、せっかち、その上悲観的といういかにも不幸な性格の私には既に焦りと
敗北感が生じていました。
そのくせ校内では彼女と面と向かい合う勇気はなく、こそこそと隠れ回っていたのですから、
幼いといえば幼い、何のためにラブレター書いたのか意味のない行為でした。
私は、女生徒の盛り上がった乳房や、大きな臀部を見るとすっかり大人びた女性を前にして
いるようで圧倒され、彼女たちとの会話もままならないところがありました。
ファンレターが届き、そこに今後も文通したいという少女もいたのですが、私のやったことは
その手紙を母親に見せて相談するという、ともかくお話にならない遅れようだったのです。
だから、結局交際を始めたにしてもすぐそのような正体は見抜かれ、私は屈辱の中でただもがき
苦しむだけの結果だったろうと思うのです。
もう来ないのかと諦めた彼女の返事は一週間後に届けられました。


43 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/22(木) 08:00:35
ごくり・・・

44 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/22(木) 16:51:28
急げ、急げよ!

45 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/23(金) 02:19:55
…ちょっと、おれ夜食買ってくる。まだ、話さないで!

46 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/23(金) 04:42:15
ワロタ

47 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/23(金) 17:24:30
(その10)
郵便受けに入っていた、一通の白い封筒……。
私は読むまでもなく、それが断りの返事であることを理解していましたので、
嬉しさより、それでも読まなければならない苦痛を先に感じてしまったものです。
良い返事なら、すぐに届いていたはずなのです。
内容は、思った通り、「残念ながら期待に応えられない」、ただ、「小説を書かれた
あなたのことは知っている」という、ごく短い文章でした。

ただ、今、私は思っているのです。
この後、私をとことん悩ませ、翻弄し続けた信じがたいYの行動などを振り返ると、
実はあの私にとって長かった一週間、彼女は彼女なりに真剣に私との交際を考えて
いたのではなかったのかと。
あの時、こそこそ逃げ回らず、むしろ積極的に話しかけていたら、彼女も応じたの
ではないかと。
例え、交際の結果は私の極端な無口、そして見かけと違った幼稚さ、優柔不断などで
失敗に終わったにせよ。

48 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/24(土) 16:11:30
あれま、失敗だったのね
何にせよこれから物語が現代へと回帰してくるものだと思う
まあ頑張ってねー

49 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/24(土) 18:52:32
(その11)
Yとの交際は実りませんでしたが、それでも私はそれまで経験したことのない活気や
日々の楽しさを得ることが出来たのでした。
やっと、青春という言葉の実感を知らされたような気分でした。
私はほとんど毎日、日記に彼女のことを書き、夜中の1時、2時に就寝という生活に
なっていました。
見向きもしなかった教科書にも向かうようになり、退学して放浪に出るしかなさそう
だった二学期始めの荒廃した気持ちからはすっかり抜け出せていたのです。
Yは、なぜか毎日私の側に姿を見せては私の心を益々高鳴らせるのでした。
ほとんど用もないのに私のクラスに入ってきて、ある時は私の前に立ち、ある時は
廊下の私の視線の先にいて美しい顔を見せる。
ある日、それは芸術の授業でしたが、私の選択していた美術室前で入室を待っていた
ところ、私の右腕がなにか柔らかい感触を覚えたのです。
ふと横を見ると、なんとそれは彼女の胸だったのです。
彼女は気づかない間に私の横に来て、私の肘に胸を寄せたのでした。
唖然とする私を置いて、彼女はサッと姿を消しました。
これは特別な例ではありましたが、こんな感じで私と彼女は「会話のない対話」を長く
続けていくことになったのです。

50 :名無し物書き@推敲中?:2005/09/24(土) 22:22:48
チャイコルフスキー(間奏)

51 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/06(木) 21:49:38
1さんは女性ですよね?

52 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/07(金) 14:24:33
 私は生まれも育ちも都会人なので、中村うさぎしか読みません、人畜無害です。

53 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/08(土) 01:58:42
間奏長いなあ。またせやがってなあ〜〜

54 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/10(月) 19:12:18
1まだぁ〜

55 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/10(月) 23:05:16
今特別ドラマの「太宰治物語」観たんですけど、なんだかそそられるものがありました。最初暇つぶしに何気なく観てたけど段々と太宰治ワールドに惹かれていきました。このスレもおもしろいですね。

56 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/10(月) 23:19:59
>>1すらも小説の一部。フィクションでお送りしています。

57 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/11(火) 03:27:34
つい面白くてはまってしまった。
続きまだー?

58 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/11(火) 17:08:23
ていうかもうそれで小説書いて賞とってくれ!

59 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/12(水) 09:48:03
(その12)
ラブレターで、私との交際を断ったはずのYの理解しがたい行動……。
しかし、それも今思えば、あの頃まだ彼女自身も成長の真っ只中にあって、例え自分が振った
男子であれ、自分に恋を告白した特別な異性がいるという現実に揺れ、またときめく複雑な
感情をうまく制御できなかったのではないかと考えるのです。
彼女は何かを語りかけてほしかったのか?
第二章のようなものがあってもいいと感じていたのか?
とはいえ、交際に限らず、断られた以上は潔く身を引くというのが私の、それは今でも変わら
ない信条であって、私には彼女に再び想いを告げる選択はなかったのです。
彼女の行為はエスカレートし、私の真ん前で他の男子とのあからさまな談笑を見せつけたり、
肩をくっつけてヒソヒソ話をしたりして苦しめたのです。
その度に逆にますます私の恋愛感情は募り、熱く、そして悲しい日々は続いたのでした。
つらくて、悲しい日々、けれども正直にいうと甘い心の張りもあった、それが私の体験した
初めての恋だったのです。


60 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/12(水) 09:51:45
続きキター!

61 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/12(水) 10:07:28
作り話臭がプンプンする。


62 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/12(水) 10:34:21
(その13)
県でも有数の歴史と伝統のある高校でしたので、今でもやってるのではないかと思うのですが、
私の高校では三学期の一番寒い時期に、学校林作業というのがありました。
いうなればボランティア精神とレクレーション活動を一体化させたような行事で、学校から
遠く離れた学校所有の林の手入れに歩いて行くのです。
この日の、ある記憶は終生忘れることのないものとなりました。
作業が終わり、作業担当の教師の講評が続いている時、愚友が私の側に来て「おい、Yが君を
見ているよ」と囁きました。
Yが私を誘うように私に視線を送ったり、意味もなく私の前に立ったりするのは既に普通のことに
なっていましたので、嬉しくはあっても、特段それが交際できる保証でもなかったのですから、
それは本当に黙ってやりすごすしかなかったのです。
私は彼女に年賀状を出し、彼女からは毛筆の奇麗なそのお返し年賀状も届いていました。
けれども、私にはもう一度踏み込むことは出来なかったのです。
作業の帰りは愚友と一緒に歩いたのですが、この途中にYの出身中学がありました。
私は愚友と二人で校門をくぐりました。




63 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/12(水) 18:03:24
文才あるなぁ
うらやますぃ

64 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/12(水) 21:01:02
スレタイにワラタ

65 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/12(水) 21:38:06
どきどき・・・

66 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/12(水) 21:47:44
ネタだな

67 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/12(水) 23:46:36
ネタで結構

68 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/12(水) 23:55:57
早くつづきを!

69 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/13(木) 00:23:44
下手くそ。

気の利いた文芸サークルだったら、文学おぼえたての中学生がかいたようなこんなはずかしい文章存在できない。
ことばの上すべり。

70 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/13(木) 00:29:30
じゃ、おまえ書いて。

71 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/13(木) 04:51:29
自分は「長い梗概」だと捉えて読んでるよ。
文体意識をより明確に持って地の文を磨き込めば
言葉は上滑りしないんじゃないかなあ。
レシピは出来上がってそうな感じだから
あとは素材にどれだけ拘れるかが大切なんだと思う。

72 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/14(金) 15:01:29
 わいの人生、勝ち負けで言うたら、勝ちの人生じゃけぇ、太宰にゃあ共感できんのお
家は地主やし、ガッコは甲南で、身長182センチ、体重92キロ、チンポはアラブの王族
なみじゃけんよー。

73 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/14(金) 15:31:57
>>72
今日はグループで?

74 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/15(土) 01:55:14
マジレスで賞に出したらいけそうな気ガス・・・
読者に女の子のイメージを自然に抱かせる才はかなりのものだと思った
主観性とも客観性ともとれぬバランスの良さもこのストーリーにぴったりだし

75 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/15(土) 18:19:55
(その14)
校門をくぐり両脇の植栽に挟まれた道を少し歩くとすぐグランドになっており、
正面には小山を背景にした二階建ての校舎がありました。
田舎の小学校かと思うぐらい狭い、小さな中学校でした。
ここから峠を一つ越えれば市街地なのですが、この辺りはまだ集落の分散した
場所で、人口も少なかったのでしょう。
私は一人で校舎の裏に回り、ゆっくりと教室を窓越しに見て歩きました。
学校林作業のこの日は、土曜だったのか、日曜であったのか、ともかく
教室には誰一人おらず、物音一つ聞こえてこないのでした。
教室は小山の影を受けて暗く見えていました。
枯れた花壇を後ろにしながら、この時、私は突然激しい感動を覚えたのです。
それは、一言で言い表せば荘厳なとでも呼びたいほど重く、強い衝撃でした。
ここでYは3年間学び、ここから巣立っていった。
この校舎の隅々に、まだYの命が息づいている。
俺は、あいつの心の中にある思い出の場所をこうやって同じく共有するのだと、
私はまるで彼女を愛撫するかのように校舎の一隅に両手を這わせ、頭をくっつけ
ながら、どうしようもない愛情の深さを思い知るしかなかったのでした。

帰り道、私は予期せぬ、あまりの感動のせいで黙りこくっていました。
愚友も私の性分をよく知っていて、あれこれと話しかけることもありませんでした。

76 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/15(土) 19:21:13
ふむ

77 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/15(土) 23:09:33
これはすごい

78 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/16(日) 01:57:36
>>1
話がちょっと停滞してきたね。
一つの解決方法として、一度時間をうんと進めるといい。

現実の生活の中に主人公を晒す必要がある。
就職して結婚して人生の終わりが見えてきたところで、
またYを出したどうだろうか。どう出すのかは、
きみならきっと素晴らしい方法を見つけるだろうから書かないけど……

79 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/16(日) 05:44:50
おれはこの独白っぽさが好きなんだな〜。
まあ、1のやりたいようにしてほしいw

80 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/16(日) 19:12:21
>>79
まあその通りだ。1の続きに期待しよう。

81 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/17(月) 18:53:07
(その15)
半年前には、高校中退という脱落の道しか考えられなかった幼い、怠惰な文学少年が、
今はたった一人の少女の出現で激しい愛に取り憑かれている……。
意地悪しながらも、華やかで、蠱惑的なY……しかし、このような少女なればこそ、
ともすれば最初の大きな人生の躓きとなりかねなかった私の青春を救済してくれたのです。
その意味でも、私には今でもYは女神以外の存在ではないのです。

三年になると進学別に文系、理系のクラス分けとなりました。
そして私はついにYと同じクラスになったのでした。
では飛び上がるほどに嬉しかったかといえば、実はそうでもなく、この時の感情もまた
自分ではよく分からないのです。
ああ、とうとう一緒になっちまったのか……みたいな、どちらかといえばそれはニヒルな
感じでした。
裏を返せば歓喜の照れ隠しだったのか、あるいは同じクラスになることによって、これまでは
覚られなかった実際の自分の偏屈さや、気弱さ、間抜けさが見抜かれるのではないかという
恐れを抱いたのかもしれません。
まだ春休みの途中で、午後、私は蓄膿の手術で入院していた愚友Nを病院に訪ね、私がYと同じ
クラスになったことを報告しました。
私はむしろこのNと一緒になれた方が嬉しく感じただろうと思うのですが、それはNも同じで、
3年続いて隣のクラスになってしまった不運に、Nはこれは学校の陰謀だなどと叫んでいたものです。



82 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/19(水) 14:58:01
(その16)
私とYが文系の同じクラスとなって、忘れられない出来事がすぐ起こりました。
一つはクラス委員選挙です。
男子は男子のみに、女子は女子のみをこの人をと決めて2名記名投票するのですが、驚いたのは
私に5人の投票があったことでした。
後にその一人が誰であったかは判明したのですが、残りの4人については今も不明です。
ただ、このことでいかに私がYの前で救われたか。
Yにもかなり支持票がありましたが、正副委員にはなれませんでした。
もう一つはホームルームの討議による「恋」というテーマでした。
初恋やら、失恋やらの子供じみた討論の最中、突然Yが立ち上がり「片想いについても語りたいです」と
発言したのです。
それは、明らかに私を標的にしたものでした。
私は、間髪を入れず「片想いこそ本当の恋なんだ」と返しました。
この時、なぜかクラスはどっと沸き、笑いとため息、歓声がしばらく絶えませんでした。
私は、Yの意地悪を小憎らしく感じながらも、このような間接的な会話を必ずしも不愉快と思ったわけでは
ありませんでした。





83 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/24(月) 11:34:23
なんか懐かしい匂い。青い春ですな。がんがれ1

84 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/26(水) 15:08:45
>>1
おいくつですか?

85 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/26(水) 15:10:12
>>84
5才でちゅ。

86 :名無し物書き@推敲中?:2005/10/29(土) 23:36:49
ワクテカ

87 :名無し物書き@推敲中?:2005/11/01(火) 21:26:12
久しぶりに覗きに来たけど、10日以上音沙汰なしか…続き期待してます。

88 :湯豆腐:2005/11/02(水) 00:25:43
>1
スレタイがいいね

89 :名無し物書き@推敲中?:2005/11/03(木) 07:05:49
>>88糞スレageるなよ

90 :名無し物書き@推敲中?:2005/11/03(木) 07:12:54
なんでそんなん言うん?

91 :名無し物書き@推敲中?:2005/11/03(木) 10:49:55
全部糞スレなんだしageてもいいじゃん

92 :名無し物書き@推敲中?:2005/11/05(土) 19:46:16
(その17)
Yと同じクラスになったことが良かったのか悪かったのか、今でも判断は出来ません。
Yが罪作りだったのは、常に私を意識した素振りを匂わせ、実は彼女自身もいつか私のことを
好きになってしまったのではないかという思いに導いてしまうことでした。
私は膠着した恋心に何か変化をもたらしたいのと、本気で愛していることを告白したい衝動に
勝てず、丁度私の心のように湿って、鬱屈した梅雨の到来に合わせ、150枚からなる「梅雨の心」という
タイトルの創作を送ったのです。
およそ100枚の「男奮戦記」というユーモア小説と、徹底した美文調の随筆数篇でした。
毎日、ともかくもペンを持って原稿用紙に何かを書き込まないでは生きていられなかったあの頃、
150枚の原稿などは3日もあれば出来上がったのです。
「男奮戦記」は、ぶざまな主人公のとんでもないお笑い話なのですが、自分を自虐的に叩きのめし、
それを愉快に表すことには痛快な解放感がありました。
随筆は、あくまで甘く、キザに徹しました。
といって、これで彼女の心を掴もうという気はほとんどなく、むしろこれで自分は突き放される
だろうという思いを持っていました。
私にはもういいかげんYから自由になりたがっていた面もあったのです。
そして随筆には、そういう気持ちも綴ってはいたのです。
ですが、文章が届いたであろうその翌日、私がクラスに入るなり、Yはなんとも大胆に私の目の前に
来てお出迎えするのでした。
私の真ん前で、友人でもない女子に猛烈な明るさを持って話しかけ、私はいつものようにその美しさに
圧倒されながらYに釘付けとなってしまったのです。
「梅雨の心」は、一時の解放感に終わり、私たちには何の進展もありませんでした。
周囲は、いよいよ受験対策に本腰を入れ始めていましたが、私はいつまでもまだこのようにグズグズと
埒のあかない日々を送っていたのです。

93 :名無し物書き@推敲中?:2005/11/10(木) 06:20:27
おまえ、天才

94 :名無し物書き@推敲中?:2005/11/14(月) 15:22:46
それでそれで

95 :名無し物書き@推敲中?:2005/11/16(水) 11:20:18
その頃、芥川龍之介が「人は恋に陥ると、恋する人に似た顔の人をすぐに探し出せる、
それが恋の証拠である」みたいなことを言っていると知りました。
なるほど、非常に合点のいく言葉だと思います。
いつからか、私はYにとてもよく似た一人の女性徒を校内や町中で頻繁に見かけるように
なっていました。
姿、恰好から髪型まで、まるで姉妹かと思わせるほどの女子でしたが、一体誰なのか、
ともかう出会う機会が急に増えたので不思議な気がしていました。
実はこれまでも会ってはいたのが、まさに芥川の言葉のように、Yへの想いが本物になった
ことで、初めてYに似ている彼女の存在に気付いたということだったのでしょうか。
あまりに度々出会うので、私の好奇心はYのみならず彼女に対しても向けられるようになって
いきました。
そして、いとも簡単に彼女が誰で、どんな生徒であるのかが分かったのです。


96 :名無し物書き@推敲中?:2005/11/16(水) 13:04:32
今日はじめて見たけど、続きを頼む。

97 :名無し物書き@推敲中?:2005/11/16(水) 14:01:52
>>1面白い。続きキボン

98 :名無し物書き@推敲中?:2005/11/16(水) 16:26:58
まじ1すごいよ

99 :名無し物書き@推敲中?:2005/11/19(土) 08:59:44
続き、まだですか?

100 :名無し物書き@推敲中?:2005/11/20(日) 18:56:11
たまに引っかかるところが一つ二つないでもないけど…

なかなか。

101 :名無し物書き@推敲中?:2005/11/20(日) 22:28:25
いい!

102 :名無し物書き@推敲中?:2005/11/25(金) 20:35:13
続きまだ〜?

103 :名無し物書き@推敲中?:2005/11/29(火) 00:23:35
>>1です。
何名の皆さんかでも、続きを待たれていることに常々感謝しております。
ほとんど即興で書き込みます。
早く続けたいのは山々なのですが、会社命令で仕事に追われる真っ最中のため、
ここしばらく落ち着けない状態でした。
来週からは時間が取れますので、一気に書き込みしたいと思っています。
会社命令などと書くと、いかにも会社の中枢にでもいるように受け取られるかも
しれませんが、そのようなものになれる性格があったら、太宰などで人生を失敗する
ことはなかったでしょう。
会社の最末端で喘ぎながらも、私は生きていかねばなりません。
太宰によって人生観に大きなダメージを受けたことは事実ですが、私は決して自殺を
考えたことはありません。
弱くても、人は生きてこその存在だと確信しています。

104 :名無し物書き@推敲中?:2005/11/29(火) 02:34:38
>>103
おおっ、期待して待ってるぞ。
オレも窓際という意味では同類だが、君にはオレに無い素晴らしい文才がある。
天才と言っていいレベルだと思う。
持ち込みでもやればすぐにでもデビューできそうな感じだが、
もしかしてあえてやらないのかな?

> 弱くても、人は生きてこその存在だと確信しています。
まったくだ。つらくても苦しくても、命あるものとして生きることは続けようと思う。

105 :名無し物書き@推敲中?:2005/11/29(火) 18:36:31
1のような文章を書きたいのに書けない・・・
これが才能ってやつなのか・・・

106 :名無し物書き@推敲中?:2005/12/04(日) 14:54:02
すごいなぁ。Yも魅力的だし主人公(つか1?)にも感情移入してしまう。
これが文才っていうやつか…
続き待ってます。

107 :名無し物書き@推敲中?:2005/12/08(木) 16:43:45
(その19)
実りのない、喘ぐようなYへの想いとは別に、私の交友関係は急な広がりを見せ始めていました。
N以外に話せる友のなかった私に、K、Sという新たな友人ができ、さらにSを通して数人の知り合いを
得たのです。
Kとは、単に名簿順に当たる日直を一緒にやったことが縁で付き合うようになりました。
Kはがっちりとした体格をしていましたが、非常に大人しい性格で、全く存在感のない男でした。
このKが初めて私の家を訪ね、泊まっていった日、両親は心底安心し、喜んでいました。
両親には、この新しい友人の出現は、やっと私の心の安定の証拠に思えたのです。
さて、KをNに紹介するにあたっては、思いもかけず滑稽な場面が展開されました。
私は自転車通学していたKを自転車置場に待たせ、Nを連れていって紹介したのです。
この時、二人は物凄く白けた表情をし「なんだ、君か」とお互いにソッポを向き合い、数分後には
なにやら皮肉合戦を始めていました。
Nには姉が二人いたのですが、Kは「どんな姉さん? ま、君を見てれば大概見当はつくけどね」と
笑い飛ばすと、NはNで執拗に私の知らない体育授業での出来事でKを笑い返していました。
実は二人は、1、2年とも体育の授業を一緒に受けていた顔見知りで、共に運動神経の鈍さと、長距離の
遅さを争っていたようなのです。


108 :名無し物書き@推敲中?:2005/12/08(木) 18:00:56
その(20)
Sは小柄でしたが、学校の行事の一つである校内長距離大会(1、2年の男女全員参加、男子12キロ、女子7.5キロ)
で1年の時に優勝したことがあり、陸上では中学時代から少し知られた存在だったようです。
が、繊細で、どこか学校を含めて、世間に反抗的な性格をしており、彼が言うのには、私の書いた反抗的な小説が
雑誌に掲載された時から私に憧れていたらしいのです。
クラス委員の選挙で私に入った5票のうちの1票は彼の投票によるものだったことも分かりました。
私たち4人はよく遅くまでクラスに残って政治的な話題、芸術的な話題で花を咲かせたものです。
話についていけないKが途中で孤立して消えたりなど、最初は多少のゴタゴタもありましたが、そのうち皆どこか反抗
的な性質をしており、また似たような母親を持っていることに驚いたものでした。
さらにもう一つ共通することがあったのです。
2年の時、私のクラスにいたFという男子が自殺し、私のクラスの生徒たちは学校が手配したバスで葬儀に向かったので
すが、この時に私のクラス以外から数人、バイクなり、自転車でF家を訪ねてきた者がありました。
その時は気付きませんでしたが、その数人の中にK、Sがいたのです。
KとSは直接の面識はなかったのですが、共にFの友人だったわけです。
こういう偶然性が、なんとなく私には私たちの運命かとも思えてなりませんでした。
そして、私が頻繁に出会うようになったYによく似た少女のことを、なんとKは知っていたのです。




109 :名無し物書き@推敲中?:2005/12/08(木) 23:35:38
「太宰男」で映画化決定!!

110 :名無し物書き@推敲中?:2005/12/16(金) 23:54:58
期待age

111 :名無し物書き@推敲中?:2005/12/16(金) 23:56:14
栗本薫で人生棒に振りました。



112 :名無し物書き@推敲中?:2005/12/17(土) 01:36:28
おいおい言い過ぎたぞ

113 :名無し物書き@推敲中?:2005/12/17(土) 16:02:13
(その21)
人は誰でも恋をし、誰もが同じような苦しみを味わうことでしょう。
たとえ成就する恋でも、その過程には複雑な悩みがつきまとうものです。
だからこそ人は、人の恋の苦しみを理解できる。
ただし、理解はできても、決して人の心の痛みや傷までを共に味わうわけではありません。

私はNにもKにもYへの恋心を正直に告白してはいましたが、どれだけそれが深い愛情に満ち、
その分深い苦しみが伴っているかまでを話したことはありませんでした。
話しても通じるものでないことがよく分かっていましたし、本心を本気でさらすまでの勇気が
なかったのです。
同時に、全てを打ち明けることが恋の次元を貶め、Yに対しても裏切りを働くかのような気持ちが
あったのです。
ただ、一度だけこういうことがありました。
下校中のことです、私と自転車に乗ったKが並んで歩いている前をちょうどYが一人で歩いていました。
そのうち私たちに気付いたYは、急に立ち止まり、歩道脇の低いコンクリート塀の上にカバンを置き、
なにやらソワソワと中を調べ始めたのです。
いかにも何か忘れ物を調べているという様子でしたが、このようなことは常に私が体験してきている
ことなので、ただ嬉しく私はその彼女の姿を見ていました。
この時、ふとKが呟いたのです。
「彼女、すっかり君を信頼しているね」
この言葉が、どれだけ私を喜ばせ、また明日を含む未来に向かって希望を抱かせたことだったか。
Yは私たちがほとんど彼女の位置に近づいた時にバタバタとカバンを閉じ、早足で去っていきました。
Kは、私とYの関係ともいえない妙な関係を知ってはいたのです。

114 :名無し物書き@推敲中?:2005/12/17(土) 16:59:44
(その22)
関係ともいえない妙な関係……どうにも切り開きのできない不自由で、もどかしい恋心。
その苛立ちが極まった感情の末に書き上げたのが「梅雨の心」で、私はYへの想いを自ら破壊
にかかり、Yからの破壊にもまたある種期待したのです。
Yよ、もう俺に構わないでくれ、愛嬌を見せないでくれ、嫌って、軽蔑して踏みつけてくれ!
それは苦しさに耐えられない私の別の本音でもあったのです。
その頃に現れたYによく似た女生徒、彼女は一体誰なのか?
ある日、私はKに全く何気なくその女生徒の話をし、機会があれば交際を申し込もうと思ってる
のだと話しました。
Kはそれほどの少女ならぜひ一度自分も会ってみたいものだと応じていたのですが、意外に早く
その機会は訪れたのです。
Kはその少女を一目見るなり、凍ったように動かず、懸命に何かを思い出そうとしていました。
「おい、俺はあの子、知ってるよ」
私は驚き、焦ったような顔でなお記憶を辿ろうとしているKを見つめました。
「あれは、Mだ、MTっていうんだ、小学校で同級生だった」
「ホントか?」
私は、さあ俺はやるぞ、あの子に交際を申し込む、振られても構わない、俺はやる、
私はMTにYとの辛い想いからの脱出を賭けるつもりでした。

115 :名無し物書き@推敲中?:2005/12/17(土) 17:27:11
+   +
  ∧_∧  +
 (0゜・∀・)   ワクワクテカテカ
 (0゜∪ ∪ +        
 と__)__) +

116 :名無し物書き@推敲中?:2005/12/17(土) 20:16:44
上の方で誰かも指摘していたけれど、素人目に見ても確かに時々気になるところがある。
でもそれを補って余りある魅力を感じるよ。是非最後まで書ききって欲しい。


ところで疑問なんだが、>>1とこの一連の物語の筆者は本当に同一なのか?
俺はどうも違和感を感じるよ。明確な根拠はないしここで不確かな理由を並べ立てることはしないが、
そこのところを是非聞いておきたい。



117 :名無し物書き@推敲中?:2005/12/18(日) 02:51:23
ゴミだめに天才現る

118 :名無し物書き@推敲中?:2005/12/20(火) 14:10:33
>>116

>>1です。
ご指摘ありがとうございます。
時々気になるところがあるそうですが、なにぶん高校時代の記憶で、しかも即興の
書き込みに終始してますので、あるいは部分的にほころびがあればお詫びします。
ただ、記憶には忠実な姿勢を通しています。
また、>>1と私は同一かとのご質問ですが、>>1は私自身です。
違和感の原因は、前にどなたかの「長い梗概」という発言がありましたが、まさに
高校時代については梗概程度の気持ちで書き始めたからだと思います。
ただ高校時代を綴るうちに、非常にこの時代が自分に重要であったことに気付いた
ような気がしています。



119 :名無し物書き@推敲中?:2005/12/20(火) 15:42:05
(その23)
MTは理系クラスの女生徒であることが分かりました。
また彼女はクラス委員を務めていました。
私の高校では「週番制度」というものがあって、これはいわば風紀、秩序の取り締まりを
行うもので、各クラス委員がローテーションを組んで校内を巡回するのです。
週番は腕に赤い腕章を巻いていましたので、すぐに識別できました。
私は以前、MTがその腕章を巻いているのを見たことがあったのです。
理系クラスのクラス委員といえば、普通には臆するところではないのかと思うのですが、
私にはほとんど気になりませんでした。
Yに対してはどこまでも意気地がなく、ただの打ちしおれた弱気男が、他の女子には勇気を
持って声をかける……このような二面性の発露も、やはり恋の状況下ならではのことだった
のだと思います。
しかし、私に本当にMTとの交際が現実になったとして、その先をどう考えていたのかは全く
記憶がないのです。
きっかけそのもがYによく似ていたこと、恋の苦痛からの逃避でしたから、冷静に振り返れば
ただの自己中心的発想でしかないのですが、MTへの好奇心はかなり働いていました。
どんな声をしていて、どんな表情で応対してくれるのだろうか、あるいは応対をしないのか?
ただYと違って、MTの場合はKと同じ小学校の出身で、しかもハッキリとはしないが何回か
Kの家に遊びに来たこともあったという点で、どこか安心できるところがありました。



120 :名無し物書き@推敲中?:2005/12/23(金) 19:18:07
(その24)
無謀といえば、今にして思えばかなり無謀だったというべきかもしれません。
私がMTに声をかけ、交際の申し込みをしたのは彼女の週番の時でした。
私は週番の巡回ルートを知っていたわけではないのですが、以前昼食後の休憩時間にMTが腕章を
巻いて物理室の前を歩いていたのを見ていましたから、その近辺で待っていればおおよそ会える
だろうという見当をつけ、前日には遠くからKと一緒にMTがそこを通るのを確認してもいました。
楽しみよりは不安の方が募っていったのですが、Kの手前もあって逃げるわけにはいかない立場に
なったのです。
ただひとつ嫌な感じがしたのは、私がどうか別の場所に行っててくれとお願いしたにも拘わらず、
Kがしきりと私の周辺をうろついていることでした。
神経質で小心な私は、やたらと周りの目が気にかかるほうで、昔から肝心なところで力を発揮
できずに失敗することが多かったのです。
私は物理室裏の花壇の前で話ができたらといいと思いながら胸を高鳴らせてMTを待ちました。
この日、思いもよらず、MTは別の女子と二人で私の前に姿を現しました。
一瞬ひるんだ私の目に、なぜかこの二人の背後を身体を折り曲げてどこかへ走りだすKの姿が
印象深く入り込んできました。
私はMTら二人の前に歩み寄り、MTに向かって声をかけました。
「すみません、ちょっといいでしょうか?」
「はい」
私にはすごく意外だったのですが、MTには微塵の驚きも動揺も感じられず、自然体そのものでした。
MTがもう一人の大柄な女子の顔を見ると、大柄な子は「うんうん」と頷きながら今来た方向へ消えて
いきました。

121 :名無し物書き@推敲中?:2005/12/25(日) 00:38:06
すごい惹きつけられる。こういうのを文才があるって言うのだな。

122 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/04(水) 13:40:20
私は花壇に向かって歩き始めました。
なにげなく振り返ると、MTはやや俯きかげんに視線を落としながらも、落ち着いた様子で
私の後ろを着いてきていました。
その時には考えもしなかったことですが、あの落ち着き方を思うと、MTはそれまでも何度か
これと同じような経験をしていたのかもしれません。
渡り廊下からまさに花壇の庭に出ようとした時でした、運の悪いことに、ちょうど花壇の
手入れを終えた各クラスの花壇委員の女生徒たちがゾロゾロと引き上げる場面に遭遇して
しまったのです。
私たちは彼女たちを避けるために、仕方なく物理室前廊下に上る踏み段に上って並びました。
手袋した手に如雨露や小スコップを持った彼女たちはすぐに私たちに気付き、それまでの
笑顔や大きな話し声を止め、ある者は好奇あふれる眼で私たちを交互に見つめ、ある者は
気を利かしたように先を行く生徒の背を突付いて急ぐよう促していました。
その中には、私のよく知った顔もあって、なぜか意味もなく強い視線を交わしたりもしたのです。
この、こうるさい一団が去って急激な静けさが私たちを覆った時、私はいきなりその場で
MTに話しかけました。
「僕と付き合ってくれませんか?」
私自身、これは全く予定外の行動でした。
花壇の前で自己紹介とともに交際を申し込むという、元々ぼんやりした計画ではあったものの、
それすら端折ってしまったのです。
MTは、異国人のような薄い茶色の瞳でただじっと私の顔を見ていました。
何かを訴えかける寸前のような、あるいは一瞬で私の言葉の意味の全てを理解してしまおうと
するかのようなような強い視線でした。
彼女はどこかで私を疑っていたのかもしれません。
自分はバカにされかけているのではないか、笑い話の種にされかかっているのではないのか、と。

123 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/04(水) 17:51:32
(その26)
私は、なぜあんな中途半端な場所で、しかも突然無粋な申し込みをしてしまったのか……。
結局のところ、相変わらず私は性急で小心な内気者以外のなにものでもなかったとしかいいようが
ありません。
思いもよらず、花壇委員たちがザワザワと目の前に現れて、見た目の冷静さとは裏腹に慌てて
しまったのだろうと思うのです。
MTは返答に窮していました。
断じて拒否という表情ではなく、私の心を量りかねつつ、また断るにせよなんにせよ、やはり初めて
会った男に突然「付き合ってくれませんか?」と言われてもそれにはそれなりの時間は必要だったでしょう。
しかし、私はさらに馬鹿げた追い討ちをかけたのです。
「付き合う気持ち……、ない?」
私たちはこの時一所懸命見つめ合っていたのです。
MTは初めて言葉を発しました。
「ないっていえば……、ないね」
サラッとして嫌味のない、むしろ爽やかな空気を想起させるような口調でした。
私は長い間、この「ないっていえば……、ないね」というMTの言葉を何度も何度も繰り返し思い出しては
「あるっていえば……、ある?」と、実際は発しなかった自分の言葉を密かに被せてみたのでした。
私は生まれつき人一倍消極的な人間であり、弱気な性質をしていました。
このような大事な時ですら、いや大事であれば大事な時ほど私はいつも自棄気味に自ら敗北を選択して
しまうのです。
わざわざ相手を容易に拒否させる方向に誘導し、諦めも早い。
一体、どこまで自分が本気なのか、我ながら呆れるほどの煮え切らなさなのでした。
このような未熟さは、この先もずっとずっと青春について回ることとなります。
「じゃあ。どうも、すみません」
私は実にあっさりMTと別れ、教室に引き返しました。
異様な興奮は、この後にドッと押し寄せてきたのでした。

124 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/05(木) 20:07:47
age



125 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/06(金) 19:43:06
フシハラはもう終わりだな。
人間として。
同情の余地無し。


126 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/07(土) 00:13:15
 
http://aa5.2ch.net/test/read.cgi/kao/1068316752/125

127 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/07(土) 16:30:03
           , -'"´  ̄`丶、_
           ,.∩         `ヽ
         〃∪'´ ̄`二二人\  ヽ
         | ツ´ ̄ ̄ ̄ ̄´ ヾ ヽ. ',
         |ハ ,ニ、   ,. - 、 | | | l |
         | ハ ィハ     ,二ヽ. | | | | | 同じ板にコピペするとそのままだけど、
         | | | じ'   |トJ〉  /)} l | 違う板にコピペすると鬼のような怖い顔
         | ハ  、'_,   ̄,, 厶イ川| に変わる摩訶不思議な佳子様コピペ。
         l l /\    .. イV\川 |
         ,' l l ,イ `l ̄´ /   /ヽl l
         l | l ハ  `メ、    〃  ヽヽ、__ノ


128 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/08(日) 01:15:17
>>1は何歳なの??すごく気になる…
あと、これだけの才能を世に出さず埋没させることは罪!!

129 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/08(日) 03:34:20
面白い。一気に読んでしまった

130 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/12(木) 23:37:41
>>1
暇のあるときにでも続きキボンヌ

131 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/13(金) 14:26:57
(その27)
あっさりMTから引き下がった割りには、教室に戻ったあたりから私の感情は急激に
昂揚していきました。
それは一種、達成感に似た高ぶりでした。
不思議な魅力で、私の胸を好奇心いっぱいに覆っていた少女と、情けないほど短い
時間ではあったが、ともかくも話ができた、正面から見つめ合い、ややハスキーな
声も聞いた。
私という存在に、あの少女は僅かながらでも触れ、知ってはくれた。
そして、本当に行動できるのかという自分自身の迷いを見事に自分は振り切った。
それらの感情が、断られたという現実など吹き飛ばすほどに強烈に沸き踊ったのです。

さて、偶然だったのですが、その日の午後一番の授業が物理でした。
私はたった今MTに話しかけるために出向き、そして戻った通路をまた辿ったのです。
既に結果の出た通路を、また辿ったのです。
物理の授業では男女が同じ机に並びました。
男女とも名簿順に前の席から縦に着席するので、私のすぐ前にはいつもKの大きな
背中がありました。
どこでどうしていたのか、既にKは着席していました。
授業が始まるや私はすぐにノートを開き、今の私とMTのやりとりや私自身の感情を
一心不乱に書き始めました。
当時、私には書くことは呼吸することと同じで、連日どこからともなく沸いてくる
青春や人生のへ様々な想い、苦しみや疑問の数々を書き並べていたものです。
並外れて内面的な私には、自分のとった行動でもペンで書き込んで初めて現実味を
持って受け入れられるみたいなところがあり、MTのことも勿論そうだったのです。
一気に書き終えた私はそっとKの背を突付いてそのノートを渡しました。



132 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/13(金) 16:14:49
でも確かに、漫画、アニメ、小説、ドラマ等の影響で人生棒にふるってあることだ
よね。

133 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/13(金) 18:03:21
(その28)
私はよく人の運命について考えることがあります。
人は必ずしも自分の意思で行動するのでなく、逆に意思に反した行動もとるのです。
そしてこの予定外の行為が、ある物ごとを、延いては人生を決したりもするのです。
本来は起こり得ないはずのことが、まるで泥酔した挙句の信じがたい事故や失敗の
ごとく、ごく自然に起こってしまう。
ある一瞬の無自覚の中に、人の人生を左右する運命が、まるで神の裁きか、あるいは
神のご加護であるかのように働くことがあるのです。

私が手渡したノートを読み終えたKは、授業中のせいであったのでしょうが、何も言わず
すぐに返してきました。
何か書いてないか見たのですが、Kの記述は何もありませんでした。
この時私は何とも信じられないことに、私の隣の女生徒にこのノートを差し出し、読む
ように促したのです。
これが結果的には私のある種の充足感を完全に打ち砕くこととなってしまいました。
その女生徒はWといって、顔色の悪いオカッパ頭の、まるで「おばさん」のように老けた
顔をしていました。
私は迂闊なことに、このWがYと大変親しい友人の一人であることを完全に失念していました。
よりによってWとは……しかし、それでもこの失態には授業中いっぱい気付くことはあり
ませんでした。




134 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/13(金) 18:31:26
Yに失望されたのか?


135 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/15(日) 17:48:45
続きがきになる。いかんいかん、センターの勉強しなきゃ…

136 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/15(日) 18:05:45
生殺しが巧いな

137 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/15(日) 23:56:08
私も太宰に心身を蝕まれた者です。
>>1さんの文章素晴らしすぎます。


138 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/22(日) 19:06:40
不定期age

139 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/22(日) 20:03:08
これ、全部で原稿用紙何枚分に相当する量だろ?
こんなとこに書かないで持ち込めば良いのに

140 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/23(月) 00:28:16
あげ

141 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/23(月) 00:41:01
目が疲れるから縦に書いて

142 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/23(月) 05:23:03
たしかに横書きの文章は読みにくいね

143 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/23(月) 13:01:20
>>1
どうやってその文才を身につけたのですか?
ぜひ教えてください。
この間芥川賞を受賞した糸山秋子さんは中学の頃本を500冊読んだといってました。
>>1さんも小、中学のころに大量に本を読まれたのですか。

144 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/23(月) 19:19:12
(その29)
「どうだった?」
授業が終わるなり、私はすぐに立ち上がってWに声をかけました。
まだ周囲は生徒が座ったまま椅子を後ろに引いたり、立ち上がって椅子をしまう
ガタガタとした音が落ち着かず耳に入っていました。
Wも立ち上がり私を正面から見て言いました。
「もう、みんなね、今、そんな場合じゃないのよ。みんな受験のことで頭いっぱいだし、
付き合うとか付き合わないとか、そんな余裕のある子、いないと思うよ」
それは、いきなり平手で頬を叩かれたかのような激しいショックの瞬間でした。
予想もしない厳しい返事に、私はその後の言葉を完全に失ってしまい、ただ二、三度
頷いて教科書とノートを小脇にはさみました。
出口直前でなにげなく自分の席を振り返ると、どうやら私とWの会話を目ざとく見つけた
らしいYと、他に数人の女子が興味津々の顔でWに近寄っているところでした。
滅多なことでは女子と会話を交わすことのない私でしたから、Yのみならず気にした生徒も
他にいたのかもしれません。
ここでやっと私はWとYの親密に近い交友ぶりに思い至ったのです。
なんということだ、俺はなにやらかしてしまったんだ……!
Wの突き放したような説教調の言葉と、Wから耳にするだろうYの心の動きを考えると、私は
どこかへ消え入りたくてなりませんでした。
きっとYはわざと俺がWにそれを読ませたと感じ、また当然Wもそう感じるだろう。
俺はそんな姑息な人間だと思われ、厭らしいヤツだと誤解されてしまうだろう。
もうやがて一学期も終わろうかというこんな時期に、まだ恋やら愛にこだわる好色男、俺は
そんなふうに思われるのだ。
たった今しがたのMTとの抑えきれない感動は、あっというまにはかない空想ででもあったかの
ように雲散霧消していました。
もしこの時Kが話しかけてこなかったら、私は本当にこの神のいたずらのような不運に頭を抱えて
地団駄踏みながら悔し泣きしていたかもしれません。




145 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/23(月) 19:39:39
>>1です。
読んでいただいてる方には本当にお礼を申し上げます。
あまり間隔をあけずに書きたいといつも思いながら、仕事の疲労でなかなか
集中できません。
皆さまの声のある限り続けていくつもりです、ありがとうございます。

>>143
私の母の創った短歌、俳句が新聞で何度か取り上げられたことがあります。
地元のコンクールでは例年大賞を受賞していましたし、伯父も短歌、俳句を
やりますので、私の創作好きは遺伝のようです。
小学校、中学校時代はしょっちゅう本を読んでいました。
いつでしたか、夢中になって風呂場にまで本を持ち込み、湯船につかりながら
読んでいたことがあります。
風呂場から音が消えたのに気付いて、両親が心配のあまりドタドタと風呂場を
覗きに来たこともあったぐらいです。
文才があるなどと言われると嬉しいのですが、このせいで逆に私は人生をしくじった
ような気がしているんですよ。

146 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/24(火) 09:07:47
>>1は何歳なの?
まだ若かったら新人賞の受賞ってことも・・・

147 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/24(火) 21:30:50
やべぇ面白い。
でもこれを読むと自分の文才のなさに気付いてやる気をなくしてしまうという諸刃の剣

148 :   :2006/01/24(火) 21:40:31
私小説は文学じゃない。


149 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/24(火) 22:06:55
文学とか無視で面白い。それだけで >>1はスゴイ。

150 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/25(水) 19:14:14
太宰がいなければ天才だったのに

151 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/25(水) 22:28:43
友人が太宰を読もうとしていたから、
先にこのスレを読むことを薦めた。

152 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/26(木) 00:25:26
どうして太宰の読者って鬱なやつが多いんだろう?

153 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/26(木) 18:49:47
鬱だから太宰に惹かれるんでしょ

154 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/26(木) 21:58:11
>>151
太宰読んでもたいていの人は人生棒に振らんだろ。
やっぱここ読むより太宰。

155 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/27(金) 23:33:33
鬱な人は太宰を読んでは駄目だね
俺みたいに太宰の呪縛から逃れられなくなる…

156 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/28(土) 00:49:34
太宰読んだから鬱になったのか
もともと鬱な気質だから太宰読んだのか
どっちだろう

157 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/28(土) 11:24:00
(その30)
後ろから小走りする音が聞こえたかと思うと、すぐに肩を叩かれる感触がありました。
Kでした。
「いやあ、ホントにやったんだねえ」
勿論私がMTに声をかけたことを指して言ったわけですが、私はもう何も話したくない心境でした。
「君は、どこにいたんだ?」
おざなりに私は訊きました。
Kは笑いながら「君らのすぐ後ろにいたんだけどね」と答えました。
呆れたことに、彼は私とMTが立って並んでいた踏み段と廊下を仕切る引き戸の裏に屈んでいたとい
うのでした。
「でも、なに喋ってるかまでは分からなかったよ」
私は既にMTから断られたことはノートに書いていたわけですから、当然Kはそれを知っていたのですが、
そのことには一言も触れませんでした。
あまりに当然のことだと思っていたのでしょう。

その日を限りに、私はYのことをキッパリ諦め、日記を書くのもやめてしまいました。
もっとも、Yのことを諦めてしまえば、自然日記に書くことはなにもなかったのですが。
Yを諦めるという面で、その時点ではある意味MTへの接触は功を奏したわけです。
遅ればせながら私は受験勉強にも真面目に取り組み始め、やがて一学期は終了しました。

夏休みに入っても課外授業は7月いっぱい続いたのですが、Yと顔を会わせるのが嫌で私はそれには参加
せず自宅にいました。
常に寂しさ、侘しさがつきまとう毎日で、そうすると今度は私をしっかり見つめるあのMTの顔が何度も
思い出されては自分の馬鹿さかげんを後悔するという繰り返しでした。



158 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/28(土) 12:06:12
(その31)
8月のある日、私はNと一緒にKの家を訪ねて一泊したことがありました。
Kが集めていた映画音楽を聴きながらスイカを食べたり、近くの山の墓地で肝だめしをしたりと、
とてもリラックスした一日で、今でもこの日のことをよく思い出します。
とりわけ忘れられないのがKが見せてくれた小学校の卒業アルバムでした。
「小学校の写真、ないか?」となにげに呟いた私の言葉に応えて、Kが探し出してきてくれたのです。
KはMTのクラスの顔写真のページと、MTが写っているジャングルジムでの集合写真を教えてくれました。
KとNが映画の話で盛り上がるなか、私はMTの写真に見入りながら心を熱くしていました。
まだいくぶん幼い顔ながら、すぐに彼女と分かる利発そうな表情をしていました。
アルバムの最後には卒業名簿とともに各人の住所が掲載されており、私はMTの住所を書き取りました。
特になにか目的があったわけではないのですが、Yに対した時と同じように、ここに彼女は住んでいると
いう想いだけでどこか心が癒されるのでした。



159 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/28(土) 17:22:52
アルファベットだらけで、ついていけなくなってきた!

160 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/28(土) 19:11:54
すごい楽しみ!マジ続きが見たいです!

161 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/29(日) 21:55:59
MTがYに似てるからって、YからMTに乗り換えたキミの気持ちがよくわからないよ
誤読してたらスマソ

162 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/30(月) 02:23:28
>>161
それが簡単にわかってしまったら物語が続かないじゃないか。

163 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/30(月) 07:59:37
>>162
いや、続くだろ。別にそこが物語の核じゃないし。
>>161
皆が理解できる人間の気持ちなんて存在しない。俺は理解できるし。

164 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/31(火) 13:34:45
(その32)
創作欲は突然湧き、いったん机に向かうと時間を忘れて原稿書きに没頭する。
空腹すら邪魔で、面倒がりながらパンを牛乳で胃に流し込む。
指がしびれて痛くなり、疲労からさすがに頭が働かなくなってやっとペンを置く。
布団にもぐりこんでも興奮で眠れない。
そのせいで学校は遅刻。
ひどい時は午後からの登校ということもありました。
最初に小説を書いたのは高一の夏休みの最後の二日間でした。
心の隅に無意識のうちに「小説募集」のお知らせが引っかかっていたようです。
8月30日の朝突然「書こう」と思い立ち、翌朝を待たずに書き終えたと思います。
ほとんど原稿の修正もせず郵送しました。
それが入賞を果たし、小説は別冊で他の入賞作とともに写真入りで掲載されたのです。
自信を抱いて次に書いた小説も別のコンクールで入賞し、全校生徒の前で校長から
表彰を受けたことは既に書いた通りです。
プロットもなにもなく、ただ手にペンを持てばスラスラと文字が書けた、それが当時の
私でした。

Kの家に泊まった日から何日を経過していたのか思い出せませんが、同じ夏休みのある朝、
私は急にMTあてに原稿を書きたくなりました。
思い立つとすぐ行動に移さないではいられない性急な性格で、原稿用紙を探したのですが、
あいにく残っていたのはだいぶ前に購入した古いものばかりでした。
しわがあったり、埃を被っていたりで、しわは伸ばし、埃も除いたのですが、やはり見た目は
奇麗ではありませんでした。
といって文具店に行く時間も惜しくてならず、私は机に向かいました。






165 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/31(火) 17:26:09
(その33)
その日のうちに「肉欲について」という随想を書き上げ、詩数編と一緒に翌日MT宛てに送りました。
「肉欲」という言葉はいかにも抵抗のありそうな感じすが、内容はいたって真面目な恋愛論で、
苦しい青春をどう生きたらよいか、恋愛観を通してその考察を試みたものでした。
詩はそれまで書き留めていた何十編のなかから、MTを想って書いたものだけを選びました。
町中で頻繁にMTを見かけるようになった頃の自分の不思議な心情を綴った詩で、もちろんMTの名には
一言も触れておらず、またMTへの何かの呼びかけというものでもありませんでした。

詩も当時の私にはなくてはならない存在のもので、家出をしたり、高校中退を志向して悶々としていた
日々の重要な心の拠り所だったのです。
ともかく暗い詩が多かったのですが、一年の時には校内の文化祭に出品した何編かの詩が現国の教師の
目にとまり、その教師の手によって県の教育誌に掲載されました。

MTに送稿した後、私には少し後悔することがありました。
最後までわだかまりのあった古びた原稿が、やはり彼女を侮辱してしまったように思えてきたのです。
すぐに判断できたのは、相手がYであったなら決してこのようなことはしなかっただろうということでした。
伸ばしてもきちんと復元しなかった原稿のしわや、原稿裏の一部日焼けした箇所などを思うたび、それこそ
MTにおける自分自身の穢れの象徴のようにも感じられてくるのでした。

夏休みの後半からは再び入賞を目指して小説に取り組み始めました。
Yをモデルにしたもので、この時私は初めて構成の真似事を経験し、夏休みの終わりに出版社に郵送しました。
この10日間、私はいつもYと二人でいるような甘い時間に浸れることが出来たのです。


166 :名無し物書き@推敲中?:2006/01/31(火) 19:36:01
一気に読んでしまった…。面白い!続き楽しみにしてます。

167 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/01(水) 00:25:31
だから、Yが好きならYにだけアタックすればいい。
中途半端な気持ちでこられたMTもかわいそうだ。
イライラしてきた・・・

168 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/01(水) 00:28:53
確かにだんだん・・・

169 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/01(水) 02:40:17
作品世界に没入してしまう悪魔の小説ですね(・∀・)

170 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/03(金) 09:53:35
週末間近。
まったり期待age


171 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/06(月) 14:31:34
(その34)
虚構とはいえ、Yをモデルに書いた小説のおかげで、私はまたYに強い愛着を覚え、二学期の始まりを
楽しみにしているところがありました。
小説は以下のような内容でした。

『美術部員の僕は、秋恒例の某芸術祭参加作品が指導教師により“風景画”と指定されたにも拘わらず
独りだけ肖像画を描き始める。モデルは校内の女王的存在であるYで、僕はYを独占した喜びとYとの交流
のなかで絵が素晴らしく進展していくのを確信する。最初否定的に見ていた教師もその出来に関心を抱く
ようになり、いよいよ作品は最後のつめにかかる。そんなある朝、いつものように美術室に入ると、
誰かの仕業で肖像画のカンバスはズタズタに引き裂かれて放り出されていた。この時、放心状態の僕の耳に
Yが今朝も美術室に向かってくる足音が聞こえた。Yは無残な光景を目にすると声にならない声を上げ、顔を
覆って走り去っていった』

二学期はいきなりMTとの遭遇で始まりました。
購買部に買い物に行ったところ、なんと丁度そこにMTがおり、私たちは思いがけずも顔を会わすはめになって
なってしまったのです。
MTは慌てたように一瞬目をそらし、私は私で逃げ隠れも出来ず、まさにMTの真横で買い物をしたのです。
このような場合に、いつも私は他人からは冷静に見えるらしいのですが、実は単に表情が表にでない性格
なだけで、余裕などはないのです。
気の利いた一言の言えるわけもなく、この時もただ内心狼狽しながら買い物をすませると私は黙ってその場を
離れました。
ところが「おつり! おつり!」という店員の声がすぐ聞こえてき、私は“ウワッ”と思いました。
きまりわるく振り返ると、MTが店員からおつりを受け取り、とても元気のある声で「はい」と言ってそれを
私に渡してくれました。
お礼だけ言って、私は恥ずかしい気持ちと暖かい気持ち、それに何かほかに言えないものかという少し
はがゆい気持ちの入り混じった混乱状態で引き上げました。



172 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/06(月) 17:22:18
(その35)
Yに対しては相変わらず強く惹かれながらも、Wにノートを見せたあの一件以来、私はほとんど
諦めていて、顔もまともに見られない状態でした。
そして以前と違い、そのことで私がYを避けようとする様子はY自身も気付いていたのでは
ないかと思っています。
私は小説でYをモデルに書いたことで、せいぜい「Yよ、俺はお前を小説にしたぞ、お前は
何も知らないが」と、密かに心の隅で呟いて憂さを晴らす程度のことでした。
ところが状況はまた一変したのです。
やはり二学期早々、校内で防災訓練が行われた日のことです。
授業の終わり近くに警報が鳴り、避難放送を聞いたら全校生徒は決められたコースを通って
グラウンドに集合することになっていました。
警報が鳴ると生徒たちは一斉に立ち上がり、ワアワア騒ぎながら教室の出口を目指しました。
私はこのような時、いつも悠然と最後から行くのが常で、喧騒のなか椅子に座り、教室が数人
になったところで後方出口に向かったのでした。
そして数歩歩いた時、私の視線はYを真正面に捕らえたのです。
Yは少し顔を傾け気味に、真っ直ぐに私を見ていました。
それは紛れもなく私だけを対象にした視線であり、彼女は明らかに何かを訴えているのでした。
私は急にヨロヨロとした自分の足取りを感じながらYのいる出口に向かいました。
皆が出ていって、とうとうYと私だけになった時、Yはゆっくりと私から視線を外して階段を下りて
いきました。
それまで冷え冷えと私の心の奥底で凍り付いていたワインが、突然沸騰し始め、熱く熱く泡ぶくを
たぎらせているような、そんな歓喜が一気に私を包みました。
Yよ! やはりお前は俺の女神だ、天使なのだ!
俺はお前から離れることは出来ない!
どこをどうやってグラウンドまで辿ったのか、全く記憶がないほど私は有頂天になり、改めて
Yへの感謝の気持ちと、幸福感が込み上げてくるのでした。




173 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/06(月) 17:28:21
んも〜〜〜
どっちがいいんだよ〜〜
ちくしょー続きが気になるぜ!!!

174 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/06(月) 18:20:07
(その36)
受験勉強の合間に、私はまた日記を付け始めました。
Yはもう明白に私を意識した視線を隠さず、私たちも時には「さようなら」ぐらいの挨拶なら
交わすこともありました。
この頃から、私は卒業後のことを考え始めました。
私は東京の私大文系を目指しており、Yがどこを受験するのかは知りませんでしたが、このまま
卒業して終わりというのではなく、少なくとも文通でもいいから絆を保っていたいという希望を
抱いていました。
さすがに自分の不器用さは身に沁みていましたし、Wの言葉の傷も癒えてない状態で、この時期に
交際とかなんとかを口にすべきではないと思っていたのです。
今のいい感じを卒業まで保っていればいいという考えでした。
事実、私とYの関係は二学期に最高潮を迎えたかと思えるような出来事が用意されていたのです。

校内体育祭は例年10月に行われました。
その練習時間は日に日に増えていき、体育の授業のみならず合同練習も始まっていました。
私たち男子は組み体操に多くの時間を割き、女子は華やかなダンスに時間をかけることになります。
また男女が一緒に練習するのがフォークダンスで、これもまたかなりの時間がかけられました。
体育教師はクラスマッチのほか、毎年この大行事を成功させるべく熱心に務めるのです。
その熱心さは私たちにもよく伝わり、少し不良がかった生徒でも本当に真面目に取り組んでいたものです。



175 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/06(月) 18:29:37
それにしても、無名草子さんたちとは、さぞやすごい作家先生の匿名書き込みなんでしょうね。
作家なんて才能が全てだから、津井ついみたいに、いくら努力したって駄目なものは駄目ですよ。
私なんか、早々に見切りをつけて趣味の世界で細々ですから。
          小説現代ショートショート・コンテスト優秀賞受賞 阿部敦良

176 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/06(月) 18:35:09
>>175
ここの1は確かに大先生だ。

177 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/06(月) 22:40:54
巧い文章と魅力的な文章は違う。
1の文章は確かに巧いが、人を引き付ける力に欠けている。
少なくとも、1の文章に中毒性はない。

178 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/06(月) 22:54:01
>>177
自分の感じ方が全てじゃないと思うけど
おれははまってるけどね。
どう生きてきたかで感性も変わるだろうし。
ま、人それぞれじゃないの。

179 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/06(月) 22:59:01
精神年齢が18ぐらいしかない俺は1の文章の虜になってる。
逆に、そこまで巧い文だとは思ってない。


180 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/06(月) 23:39:09
自分の記憶もよみがえるような鮮やかさを感じます。
なんていうか色彩の感じられる文章です。
>>1さん、続きも楽しみにしております。

181 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/09(木) 19:43:43
(その37)
体育祭練習の続くさなかの、ある日のことでした。
私とKは放課後も話し込んだりして、だいたい下校時間の遅れることが多かったのですが、
その日もまた何の用だったか、遅くまで校内にいて教室へ戻ったのでした。
既に教室には誰もおらず、私たちはカバンを手に取ると前の出口に向かいました。
と、私の目はYの机を向き、そこに無造作に突っ込まれている体操着を発見したのです。
「お?」と私は唸り、そっと近づきました。
半袖の白の上着と紺のブルマーがクシャクシャになって押し込まれていました。
しかもそのどちらにも砂粒がザクザクした感じで付着しているのです。
「なに、これ?」と私は思わず声を出しました。
はっきり確かめようとさらに近づいた時、Kが「ウワー」と声を漏らしました。
Kは私がそれを取り出すものと思ったのです。
そしてその後のことも想像したのです。
私は確かにその時、出来るなら鷲づかみしてそれを手に取り、思う存分顔をうずめたい
欲求を覚えました。
Kがいなかったら、実行していたかもしれません。
今、私は後悔しています。
例えKがいたにせよ、自分は思い切り顔をうずめておくべきだった。
彼女の湿った汗や体臭を思い切り味わっておくべきだった。
Kの軽蔑や悪寒など無視してでも、彼女の肉体の微かな匂いを記憶にとどめておくべき
だった。
私が何もせず外に出たとたん、Kは安堵した様子で「ああ、てっきり君はあれを取り出す
のかと思ったよ」と言いました。
私は半分悔しい思いを残しながら「なんだろうね、あれは、だらしないね、Yって」と話を
そらしました。
Yは気品に満ちた美少女でしたが、極めて明るい性格も含めて、気取りがなく、また確かに反面で
子供っぽい行儀の悪さもあって、それも彼女の愛嬌の一つというところがあったのです。
にしても、あのだらしなさは常に美化してYを見ていた私に強烈な現実感を抱かせたものでした。

182 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/09(木) 21:32:28
私はHi。
千人に一人の逸材。
私はHi。
日本最後の無頼派作家。
私はHi。
私はHi。
私はHi……



183 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/12(日) 18:29:36
(その38)
フォークダンスの練習は最初は二クラス合同の体育の授業から始まりました。
ダンスはおなじみの「オクラホマミキサー」と、もうひとつ、「マイムマイム」。
そしてあの出来事は二度目の練習でのことだったと思います。
練習は体育館で行われました。
ざっとオクラホマミキサーのおさらいだか、指導が終わるとすぐに曲が流れ出しました。
男子は内側に、女子は外側に円を作り、一回ごとにパートナーを変えるダンスですが、
私の位置から5、6人先にYの姿があり、私たちは確実に一緒にダンスを踊れるわけでした。
Yはそれを相当意識しているらしく、何度も何度も私の方を振向くのです。
私は内心「おいおい、それじゃ相手の男が可哀そうだろ」と、嬉しさを押し殺しながら
見ていたものです。
パートナーが代わる度にYはあと何人かと確認するよう必ずこちらを見るので、私も少し
緊張を覚えていきました。
この時、私はふとある予感を覚えたのです。
もしその予感が的中したら、自分はどうする?
Yの手に触れるまでの、もういくらもない時間の中で、私は急な結論を出す必要に迫られた
のでした。
予感が的中してほしいという気持ちと、外れてほしいという気持ちが交錯したまま、
とうとうYの姿は目の前に迫っていました。
隣に来たときには、Yももう私を見ることはなく淡々と踊っていました。
そしてついにYとのダンスの順番となりました。
Yは右手を肩に上げ、私の右手がそれを掴むのを待っていました。

184 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/12(日) 18:59:05
いいところで切りやがるw

185 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/12(日) 19:14:28
(その39)
私はYの右肩を抱くように腕を回し、彼女の手を握りました。
ほとんどその瞬間でした、Yは私の掌をギュッと力強く握り締めたのです。
本当に想いのこもった力強さでした。
彼女の手のぬくもりが、彼女の心を示すように激しく私に伝わってきました。
予感は的中したのです。
では、当然私も力強く握り返すべきだったでしょう。
力を込めて、いや心を込めて握り返せば、本当にお互いの愛情は確認し合えた。
しかし、私は何の反応も示してあげることが出来なかったのです。
無表情に、Yも誰も、自分にはみな同じ……と、そんな顔で、そんな風にしか
踊れなかったのです。
それが私という男であり、私という人間の限界だったのです。
所詮、私は恋愛など出来得る人間ではなかったのです。
一度、チラッとYは私の顔を見上げ、やがてパートナーはまた代わりました。
Yとの距離がまた離れるにつれ、私たちの心の距離も同じように離れていく
ように思えました。

思えば、私は最初から相手がどんな少女であれ、恋愛などというしろものを
成功させる能力などなかったのです。
女を愛するということは、女と語り合い、女と共に考え合わなければなりません。
最終的には女を抱きしめなければなりません。
何万語の愛を語る文字があろうと、女と向き合い、抱く勇気なしに恋愛が成就
することなどありません。
「片想いこそ恋愛なんだ」と、いつかホームルームで間接的にYに答えたように、
結局私には片想いという芸当しかできなかったのです。



186 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/12(日) 22:49:07
きたこれクライマックス

187 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/13(月) 10:02:15
続きが気になって勉強できない・・・
(´・ω・`)

188 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/15(水) 12:38:54
(その40)
フォークダンスの練習は、やがてグラウンドでの三年全体練習となりました。
オクラホマミキサーではもうYと踊る機会はありませんでしたが、運がいいのか悪いのか今度は
「マイムマイム」のダンスで隣り合わせになり、なんとお互いの手を握り合う羽目となったのです。
三年全体のダンスで大勢が踊りますので、あちこちで二重の円が出来ました。
最初、女子が内の円、男子が外の円を作り、それが男女一人ずつ入れ替わって円は男女の両手が
繋ぎ合った形になるのです。
この時、Yは私のすぐ斜め前にいたため、私たちが手を繋ぐことは容易に分かったのでしたが、
Yはもうオクラホマミキサーの時のような強烈な感情を見せることはありませんでした。
それどころか、少し怖がっているかのように私には感じられたのです。
男女が交互に入れ替わる時、Yの方が動いて私の隣になるような順になったのですが、Yは妙に
グズグズして落ち着かず立ち止まっていました。
それが私にはいかにも私の隣になるのを避けているかのように思えたのでした。
誰かが「Yちゃーん、あなた後ろ、後ろよ」と笑いながら指摘したため、Yも照れ笑いを浮かべ
ながら動いたのでしたが、私には先日の一件が彼女を失望させてしまったのだとしか感じられ
ませんでした。
マイムマイムでは最後まで同じ円で踊りますから、オクラホマミキサーのような密着した動作は
ないものの、常に隣り合わせです。
しかし、私の右手とYの左手は、最初に握り合った時から、既によそよそしい感触しかなかった
なかったのでした。
ダンスは、途中拍手しては両手を開く場面があるのですが、私の右手とYの左手は強くぶつかり、
その度にYはチラチラこっちに視線をよこしました。
それまでと違って、私にはそれは決して嬉しいものではなく、彼女から疎まれているような気がして
ならないのでした。




189 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/15(水) 17:53:41
wktk

190 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/15(水) 18:47:04
>1に比べれば三島由紀夫のほうがまだ面白い。


191 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/16(木) 05:11:22
>>190
三島と比べることないだろ。

「長州小力に比べれば力道山の方がまだ強い」と言っているのと同じだぞ。

192 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/17(金) 06:08:29
文盲だ、文盲としか言い様がない

193 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/18(土) 01:54:10
太宰治は出てこないの?

194 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/18(土) 10:51:18
(その41)
運動能力に秀でた生徒たちにとっては、体育祭は最高の晴れ舞台となります。
体育委員は、100メートル走、200メートル走、さらには花形といわれた1500メートル走、その他
砲丸投げなどの地味な競技まで、クラスの代表選手を一人ずつ選ぶことになっていました。
1500メートル走は文句なしにSが選出されたのですが、なかに冗談で私の名前を挙げた者がおり、
それでも体育委員は候補者名簿に私の名前を記したものです。
私は中学一年の時は進んで柔道部に入部するなど、割合そういう能力は良かったのですが(もっとも、
体質的なものでサッパリ筋肉がつかないので一年で退部しましたが)、陸上や水泳は下手な方でした。
NやKほどではないにせよ、特に長距離は全くダメで、一年でSが優勝した12キロを走る校内長距離大会
では、かなり後方の順位でした。
それで2年の時は、Yの前で恥をかきたくない一心から、日が暮れて小学校から人の姿が消えると自転車で
小学校のグラウンドに行って毎日練習したものです。
どんなに北風が吹こうが粉雪が舞おうが、私は一日も欠かさず出かけました。
小学校のグラウンドが一周何メートルあったかは分かりませんが、毎日最低20周は走りました。
そして走り終えると必ず砂場に寄り、その砂の上にYの名前を刻むのが楽しみでした。
すっかり温まった身体には北風も心地よく、よく冴えた月や星を眺めてはYを想ったものです。
何度も何度もYの名前を、大きく、深く、刻んでは消し、ただ最後に刻んだ名前だけはいつも残して
帰りました。
その甲斐あって2年の大会では大きく順位を上げて体育教師から誉められたのでした。



195 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/18(土) 11:21:30
応援あげ

196 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/18(土) 12:54:58
(その42)
あまり関係のない話になりますが、この大会でNは体育教師から棄権を言い渡されていました。
大会では市民にも協力を依頼するため、あまり遅い生徒がいると道路状況に悪影響を及ぼすからです。
つまり、それほどNは遅かった模様なのですが、頑固者のNは頭に来てそれを聞き入れませんでした。
大会当日は、私はNの要望でしばらくの間は彼と併走することにしていました。
ところが神社前からスタートして直線を400メートルも行かないうちに、早々とNは脱落し始めたのです。
私もまさかこれほど遅いとは思わず、Nが必死に「おい、おい」と私の腕を掴むのを振り切って先を行きました。
Nの話によると、彼が棄権もせず走り抜いて校内に戻った時には校門付近には既に誰一人おらず、走り終えた
生徒たちはとうに着替えを済ませてクラスでくつろいでいたそうです。
実は校門をくぐったところがゴールで、付近には記録ノートや名簿表、その他大会関係の色々なものが積まれたり
置かれたりした長テーブルや椅子が設営されるのですが、それらも全て片付けられていたとのことです。
ゴールすると、大勢の見物人であふれるなかを順位札を持った陸上部の女生徒が一人一人に駆け寄って首からそれを
掛けてくれるのですが、Nには順位すらなかったのです。
それにしても、途中のあらゆる事故に備えてランナーの最後尾辺りには必ず車が付いているはずですが、車さえ
気づかない遥か後方をNは走っていたわけです。
コースの途中2箇所には近回りなどの不正のないようチェック地点が設けられ、生徒たちはそこでチェック紐を受け取る
のですが、たぶん最初のチェック地点でそこの担当者たちがNの存在に気づかないまま引き上げてしまったことが、
Nの不幸の全ての原因になったものだと思われます。
誰も知らない伝説です。


197 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/19(日) 04:08:59
最終的には絶望先生みたいになるんだろ?

198 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/25(土) 02:16:19
続きマダー?

199 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/26(日) 02:04:00
お待ちage

200 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/27(月) 14:19:08
(その43)
体育祭のクラス選抜選手が決定すると、競技名と1年生から3年生全員のその出場者の名簿が
配られ、一枚は教室の裏に張られました。
見るとNが砲丸投げの選手に選ばれていて、それにはなんとなく新鮮な嬉しさがありました。
私は1500M走の名簿に1年のYの弟の名を見つけました。
Y自身も例の長距離大会では20数番の上位に入るぐらいでしたから、やはり同じような血を
ひいていたのでしょう。
Yの弟は入学したての頃にちょくちょく姉を訪ねて来ていました。
女王の弟というので、その度興味ありげによく男子たちが近辺に集まってジロジロ観察して
いたものです。
弟はスポーツマンタイプに日焼けした美男でしたが、姉とは違って凄くおっとりとした雰囲気
を持っていました。
さて、選抜の選手でない並み、並み以下の生徒たちには変化に富んだ障害物競技などが用意されます。
私の出場競技は、確か”レインボー作戦”とか、そういう名の競技で、男子ペアで七つの技を
順番にクリアーして争うというものでした。
私はクラス委員のTと組んで、体育での練習、さらには予行練習でも常にトップか、負けても2位
なので、体育祭では断然の自信を抱いていました。
思えば義務教育の9年、高校2年までのスポーツ関係で賞状を手にしたことなど一度もなかっただけに、
最後の最後の舞台で優勝か、悪くても2位の賞状を受け取れることは大きな喜びでした。
ところが、この大きな期待こそが当日のあの大変な事態を引き起こすこととなってしまったのです。



201 :名無し物書き@推敲中?:2006/02/28(火) 16:00:32
キター

202 :名無し物書き@推敲中?:2006/03/02(木) 18:27:09
(その44)
体育祭と聞くと、私は今でもあの時期のダンスの練習を思い出し、オクラホマミキサーの
メロディーを口ずさむことがあります。
同時に私の耳には必ずザザーッ、ザザーッと男女で地面を引いて前進する足音が聞こえて
くるのです。

青々と晴れ渡った日でした。
この時ほど体育祭というものを心待ちにしたことはありません。
“レインボー作戦”で1位になり、余裕綽綽に体育祭を締めるハイライト、1500M走を見学
するというのが私の当日の思惑でした。
SとYの弟の対決がなにより一番の期待ではありましたが、のみならず勢揃いした長距離
自慢の選手たちの優勝争いは考えただけでもワクワクしたものです。
私は大のマラソン好きで、42・195キロを駆ける中で起こる二転三転のドラマにはいつも
釘付けとなるのです。
1500Mといえば長距離走の範囲ではないでしょうが、一般に中学、高校ではそのように
認識されていたように思います。
そして長距離ランナーへの憧れが私にはありました。

何事にも緊張する性格の私も、こと“レインボー作戦”に限っては全く硬くなることが
なく、一時も早く出場したがっていたのですから、自信というものは凄いものだとつくづく
思います。
身体もそんな自信を反映して非常に軽く、スタートラインに着いたときでもゴールはすぐ
目の前にあるかのように感じられものです。
しかし、私の思惑はまんまと外れたのです。




203 :名無し物書き@推敲中?:2006/03/02(木) 18:58:08
(その45)
緊張していたのは私ではなく、パートナーのTだったのです。
スタートするといつもの練習のように私たちは中間までトップにおり、私は充分な手応えを
感じていました。
ところが丁度中間地点でTが技の順番を間違えてしまったのです。
一瞬私は眩暈に似た、意識の消えかけたような感覚を覚えましたが、すぐにTの間違いに
気付き、大声で「違う!違う!」とTに呼びかけました。
それでも夢中になっているTは全く気付かずひたすら私の動作を待っているのです。
「違う! 順番が違う!」
忘我状態のTが覚醒したような顔つきに変化した時は既に遅く、猛烈に追い上げたものの
結果は後方着順、3位入賞すらならなかったのです。
ゴールするとTは「畜生!」と言いながら競技に使用したバスケットボールを思い切り足で
蹴っ飛ばしました。
常々上品さが売りのようなクラス委員のこのTの行為が、私には非常に穢れたもののように
見えたのでした。
私に対しても「すまない」の一言もなく人ごみに消えてしまい、私はこの腹立たしさと期待
の外れたショックとでムラムラとしたある感情が沸いて来るのを覚えたのです。
例えていえば、それは復讐欲のようなものでした。

204 :名無し物書き@推敲中?:2006/03/04(土) 05:37:39
続き待ってます

205 :名無し物書き@推敲中?:2006/03/08(水) 17:37:46
(その46)
私は自分の応援席には戻らず、グラウンドの片隅で一人ジッと競技を見つめていました。
白熱した競技に喚声をあげる生徒たちの後ろで、まだ組み体操やダンスの出番があったにも拘わらず、もう
一切が終了したような無気力感と、また逆にTのミスで逃してしまった優勝の悔しさが招き寄せる複雑な
エネルギーを内包しながら視線は熱くグラウンド上を徘徊していたのです。
これが自分の最後の体育祭なのだという幼い感慨もありました。
これで終わるのだ……、と、この気持ちが突然突拍子もないアイデアを生みました。
いや、終わらさない。
これで終わらさない。
私は急いでKを探しました。
そしてKにそのアイデアを持ちかけたのです。
「一緒に1500M走に出ないか?」
最後の俺たちの思い出として出場しないか、ビリはビリでも併走すれば恥ずかしいことはない。
熱く思いを語るうちに、私にはこの飛び入り参加がとても美しいもののようにすら感じられてきました。
最初は尻込みしていたKも次第に私の熱意に感染し、ついに参加を決意しました。
Kは私よりは自分の方がまだ速いと思っているらしく、最後の一周は競争にしないかとまで言ってきました。
望むところだと、私は私で答えました。
一気に高揚した私は今度はSを探してこの話を伝えたのです。
Sは大変に喜び、「僕は君のような人がこんな1500Mなどに興味を持ってくれていることがホントに嬉しい」と
言ってくれました。
ただひとつ懸念はあり、私はそれをSに話しました。
「でも、飛び入りだから集合した時点で排除されるかもしれないよね」
「いやあ、そんなの分かりゃしないよ」
Sは余裕いっぱいに答えたのでした。



206 :名無し物書き@推敲中?:2006/03/09(木) 03:25:02
ひそかに応援

207 :名無し物書き@推敲中?:2006/03/10(金) 00:20:32
公に応援

208 :名無し物書き@推敲中?:2006/03/16(木) 01:27:42
ageて応援

209 :名無し物書き@推敲中?:2006/03/17(金) 14:02:02
(その47)
昼食後、Kたちと屋上で休憩しているとよそのクラスのDがふいに現れ「1500に出るんだってな?」と
妙に真剣な眼差しで私に声をかけてきました。
私は頷き「飛び入りだけどね」と答え、「Kも出るんだよ」と付け加えました。
しかしDは私だけを見つめ、一言「頑張れよ」と言って去っていきました。
Dは私と同じクラスになったこともなければ、ほとんど会話したこともない人間で、不思議な気がしま
したが、おそらくSから話を聞き彼なりに何か思うところがあったのでしょう。
こうして注目している人間もいると知らされると、これは遊びごとじゃないぞという緊張感が一遍に
私たちを包みました。
「おいおい」と、Kが微妙に弱気な表情を顔に浮かべて私の腕を突付きました。
午後の部に入ると、Kのその弱気は次第に恐怖へと膨らんでいったようで、「少し考えなおさないか?」と
相談してきたのです。
私は「一度決めたことだ」と即座に拒否し、二人一緒だから問題ないと改めて説得したのですが、Kは
「もう一度考えさせてくれ」と言ってどこへともなく行ってしまいました。
この時、私はKはきっと参加をやめるだろうとほぼ感じ取っていました。
一度怖気付いた気持ちを再び奮い立たせるには、よほど何かのモチベーションなり、元々多少の自信が
ない限り無理なのです。
私の場合は元より一人で飛び入りする覚悟だったので、Kの脱落は正直多少の痛手ではありましたが、
決意を翻させるまでの影響はなかったのです。
ダンスも組み体操も終わり、体育祭はいよいよ締めくくりに向かっていました。




210 :名無し物書き@推敲中?:2006/03/17(金) 14:50:36
(その48)
それは本当に何かの魔術にでもかかっているかのようでした。
客観的に自分を見つめる目というものが完全に欠落しており、ひたすら「走らねばならないのだ」
という条理のない観念に取り付かれていたのです。
むしろ怖気づいたKこそ正常だったというべきでしょう。
いよいよマイクの放送が「1500M走に参加の選手は集合地点にお集まりください」と告げました。
全くの孤独で隅っこに座っていた私もゆっくり立ち上がって集合地点を目指して歩き始めました。
途中、どうやら私の姿を待っていたらしいKが急に寄ってき、「取りやめるなら今しかないよ!」と
声を強めて忠告しました。
私は「決めたことはやるんだ」とキッパリ言ってKを置き去りにしたのでした。
集合地点に行くと、名うての長距離ランナーが揃っていました。
Sが笑顔で私を迎えて「緊張するねえ」と言い、また他に一人だけ「君、速いんだろ?」と私に
話しかけた生徒がいましたが、もう皆他人のことより自分の世界に集中しているという様子でした。
点呼が始まり、一人私だけ名前がなかったため、点呼係が不審げに「君は?」と尋ねる場面が
ありましたが、そこはSが「彼は飛び入りで走ります」と妙に決め事のような口調で助け舟を出した
ため、点呼係は不思議そうな顔を崩さないままなんとなく納得したのでした。
もはやYの弟がどこにいるのか、自分がどうなってしまうのかなど考えもせず、私もまるで代表選手に
なったかのような感覚で出番を待ったのです。



211 :名無し物書き@推敲中?:2006/03/18(土) 03:02:36
面白い

212 :名無し物書き@推敲中?:2006/03/19(日) 00:09:32
すごい。一気に読めた。ちょっと感動してる。
ネタスレだと思って開いたら完全に意表をつかれた。

語弊があるかもしれないけど、個人的には現代版『魚服記』という印象。

この物語を、どう「太宰で人生を棒に振る」という結末に
もっていくのか非常に楽しみ。

>>1氏 陰ながら応援してるので、ぜひ完結させてください。

213 :名無し物書き@推敲中?:2006/03/19(日) 11:58:37
あきらかに才能がある
うらやましい

214 :名無し物書き@推敲中?:2006/03/21(火) 18:58:32
(その49)
ざわめきが大きくなっていくのが分かりました。
ほとんどの生徒たちは既に自分の種目を終えて緊張感から解放され、今度は自分とは離れた別の緊張感を
グラウンド上に作り上げていったのです。
本来であれば、私も心地よい緊張感を持って体育祭を締めくくる最後の3種目に注目していたはずなのです。
今思い起こしても信じられない気がします。
1500M走、女子対抗リレー、男子対抗リレーと続く競技開始までの間、盛り上げるためなのか、わざわざ
小休止が入りました。
私たち1500M走組の後ろにも、既にリレーの代表選手たちが帽子に各組の色の鉢巻をして待機していました。
そしてざわめきの中、オッフェンバックの「天国と地獄」の音楽が流れ出すと、それに合わせて女子放送係が
「1500走選手入場」を告げました。
私たちが小走りにスタート地点に向かい出すと一斉に拍手と喚声が沸き起こりました。

この後の私の記憶は非常に断片的なものでしかありません。
まるで病の高熱の中で見た夢か何かのようにしか思い出せないのです。
私の意志があえて記憶を掘り起こさないのか、それとも走りに没頭していたために本当に記憶がないのか。
たぶん、それは両方を含んでいるように思えます。
私は完全に周回遅れとなってしまったのですが、私をスッと追い抜いていった5、6人の中にSがおり、彼が
私を振り向きながら笑顔で「頑張って」と言ったことだけは鮮明に覚えています。
1500M走は6周と半分ぐらい走ったと思うのですが、それが何周目だったのかは不明です。
どんなレースになっていて、自分がどのへんにいるかなど全く判断がつきませんでした。
ただ時々、なぜか私の名を呼んだ下級生の女生徒たちの声援がひどく印象に残っています。
風景は揺れながら見え、身体の疲労感は感じないままでした。
私のちょうど半周前でゴールインしようとしている一人の選手が目に入った時、私はようやくレースの結末を
理解したのです。





215 :名無し物書き@推敲中?:2006/03/26(日) 19:59:16
(その50)
最後の半周は私一人だけが走っていたことになります。
「健闘のご声援をお願いします」という放送係の声を微かに覚えています。
度々運動会、体育祭で見た記憶のある、あの無様な最下位の走者。
大きく離されながら最後まで走りぬく走者への哀れみと、優越から送られる大拍手。
しかし、心の込められた拍手。
今、私があの哀れみの走者でした。
四方で大拍手が沸き起こり始めたことは分かったのですが、この後ゴールするまでの記憶はありません。
音も、風景も消えてしまいました。
たぶんこのあまりもの醜態を覚った私の全神経が一切の感覚を麻痺させたのでしょう。
ゴールした時、それでもどこか神経は解放されたのか、再び大拍手が遠くから耳元に寄せてきました。
私は走りながら適当に応援席の裏に姿を隠し、そのまま速足でしばらく歩いて気の向くまま下級生の席に
紛れ込んで座りました。
今起きたことの実感はありませんでした。
走った満足感もなければ、後悔もない。
初めから何もなかったことと同じような感覚でした。
といってそれは虚無感でもなかったのです。
生徒たちの興味は既にリレーへと移っていました。
この時、これも運命というべきか、皮肉と呼ぶべきか、私は本当に驚くべき場所に座っていたことに
気づきました。
「僕、速かっただろ?」
そういう会話が急に耳に入って隣を見ると、一人おいたその横になんとYの弟が座っていたのです。
落ち着いて、上品な微笑を浮かべた横顔。
彼が私という人間のことを知っていて話し始めたとは到底考えられませんが、私は、よし、最後まで
ここにいようと決めました。






216 :名無し物書き@推敲中?:2006/03/27(月) 01:15:45
まだ高校時代かよ。
>>1を読み返してみると大学から話が始まるような感じだぞ。

まだまだ続くみたいだけど、もう初めのほう全然覚えてねえよ。

217 :名無し物書き@推敲中?:2006/03/28(火) 08:12:40
>>216
読み返せばいいだけのことだろう。
それに中途半端で主がいなくなるより、スレを使い切ってもらったほうがいい。

218 :名無し物書き@推敲中?:2006/03/29(水) 12:37:39
(その51)
リレーが始まった途端ウォーッ!という凄まじい喚声がグラウンドを包み込み、それは終わるまで
続きました。
私は、この熱狂で一時でも早く皆の脳裏から私の哀れな姿が消えてくれるよう祈る思いでした。
ただ、このとき私はYの弟のすぐ傍にいてどこか癒されてるところもあったのです。
ただ彼の傍にいるだけで冷静でいられ、何も考えないでいられたのです。
リレーが終了すると、整理体操のために生徒たちは学年別、クラスごとに集合しなければなりません。
それは必死に隠れていた場所から引っ張り出されるような、大変恐ろしい時間でした。
私を見つけるなりすぐに近寄ってきた小柄の生徒がいました。
「君はやっぱり出たんだね?」
彼は1500M走のクラスの代表選手を選ぶとき、冗談で私の名を挙げた生徒でした。
なにやら深刻な顔をして私を見つめるのでしたが、私は返事をしませんでした。
答えようがなかったのです。
誰とも顔を合わせたくなく、話したくもなく、私は教室に入るのをためらってグズグズと校舎周辺を
歩き、またあてもなくあちこちと廊下をさまよいました。
既にひっそりとし始めた一階の廊下を歩いているとき、突然マットを運ぶ二人の女生徒に出くわしました。
前にいたのはMTでした。
MTはややためらいながら軽く頭を下げて通り過ぎました。


219 :名無し物書き@推敲中?:2006/03/29(水) 13:58:24
(その52)
下校の途中のことでした。
私はバス通学したり、自転車で通学したりしていたのですが、このときは自転車でした。
R川の橋にさしかかったとき、誰かが明らかに私を待っているのが分かりました。
Kでした。
「よ」と言って私は自転車を止め、Kの言葉を待ちました。
「君は偉い」
Kは力のない声でそう言い、ジッと私を見つめました。
その表情で、私には彼が直前になって飛び入りから逃げ出したことを相当気にしていることが理解
できました。
私にはKを恨んだり、蔑んだりする気持ちはほとんどなかったように思います。
元々誘い込んだのは私でしたし、むしろ「偉い」と言ってくれるだけありがたいものでした。
ところがKが次に語った言葉が私を急に嫌な気分にさせたのです。
「Eが随分ひどいこと言ってたよ。あんなヤツ出したのは誰だ、三年の恥さらしじゃねえか、って」
「別にいいよ、恥さらしに間違いはない」
その程度のことなら、私には覚悟の上のことでしたから。
それだけ言うとKは私から去っていきました。
なんだ、あいつ、何のために待ってやがったんだと、私は別れてから後に急に腹立たしさを覚え、
不愉快でなりませんでした。

後に、それはもう相当の年を経てからの話になりますが、Kが私に打ち明けたことがあります。
「俺が君を尊敬し始めたのは、あの飛び入り行為を目の当たりにしたときだ。こういう人間が本当に
いるんだという衝撃を受けた。俺はグラウンドの四方に立って君の名を呼んで応援したんだ」
そして、R川の橋で待っていたときにもそういうことを話したかったのだが、勇気がなくてあの時も
逃げてしまったのだということでした。



220 :名無し物書き@推敲中?:2006/03/29(水) 18:50:51
wktk

221 :名無し物書き@推敲中?:2006/03/31(金) 00:39:07
わくて

222 :名無し物書き@推敲中?:2006/03/32(土) 20:06:45
その文章力テラウラヤマシス

続きはまだかな…?
まだかな…?

いつまでも待ってるけど、ラストまできっちり書いてくだちい
m(__)m



223 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/02(日) 21:55:58
亜阿留川

224 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/04(火) 17:31:46
(その53)
人の防衛本能は潜在意識的にも大いに働いているようで、無残な記憶は完全にとまではいかないまでも、
最低限心が平衡を保っていられる程度までは消してくれるもののようです。
もし、私の記憶が鮮明にあの体育祭の醜態を残していたら、決してこんなふうに懐かしさまじりに
振り返ることなど出来ないだろうと思います。
実はぼんやりとながら、私には最下位のゴールが迫った付近で、私の足元に誰かが投げたか蹴ったかした
バスケットボールが飛んできたのを見た意識があるのです。
例の“レインボー作戦”でパートナーだったTが蹴ったバスケットボールの印象と非常に重なっている
ので、これはきっと夢の断片なのだろうと思い込んではいますが、もしあの時それを事実と認識していたら
その侮辱行為に、私は立ち上がれないほどのショックを受けていたことでしょう。
しかし例え出来心で起きたこととはいえ、自らが招いた醜態だけに後悔も出来ない、また、したくもない
厳しい現実ではあったのです。
またもう一つ、弟が出場している以上Yもまた弟を応援すべくこの競技を注目していたことは間違い
ないことでした。
そんななか私という場違いな人間を発見して、さぞかし幻滅を覚えただろうことは容易に想像のつくことでした。
そもそもオクラホマミクサーの練習で彼女の意志に応えられなかった一件以来、私はYからは遠ざかるを得ない
状況になってはいたのですが、これでますます私はYの顔を見られない心境に陥ってしまったわけです。

この頃になると受験のこともあって、あまり原稿には向かっていなかったと思いますが、ノートの端や日記の
欄外に短歌や俳句を書き込んでおり、そのなかからまた文藝コンクールに応募したりもしていました。
浮かない日が続いた頃、そんな陰鬱な気持ちを吹き飛ばすニュースが飛び込みました。
夏休みにYをモデルに書いた小説が入賞を果たしたのです。

225 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/04(火) 18:17:42
(その54)
鬱屈した日々を送っていただけに小説の入賞の報せは大変な喜びでした。
傾きかけていた自信が再び目覚め、勇気が一気に湧いたものです。
その一月後になるでしょうか、発売日に合わせて出版社から雑誌が送られてきました。
一年の入賞よりも、レベルの高い賞の受賞で、日本文学の著名な文藝評論家が私の小説を単独で
取り上げて解説していました。
一言でいえば「よく書けている、結末はやや安易だが」という評価でした。
著名な評論家が自分の小説を読んでくれた、評価までしてくれた!
何度見つめ返しても信じられないような喜びでした。
めったに教師とは会話しない私でしたが、翌日私は雑誌を持って職員室に行き、担任の国語教師に
この報告をしたのです。
ただ私の場合は一年の時に一度掲載された経緯があって、再度の掲載はされなかったのでこの入賞を
知った生徒はそう多くはなかったかもしれません。
Yがモデルなだけに掲載されていればどんなにかYも私を見直してくれたことだろうとは思うのですが、
それだけが今も残念でなりません。
もっともこの時、私はYに対しては大きな優越を感じ、自分の世界、人生はお前みたいな田舎の小娘など
相手にはしないんだと傲然と思ったものですが。




226 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/04(火) 19:46:44
今日初めてこのスレ知ったんだけど・・・
本はあまり読まんし文章巧いとかそういう事はわからないけど
夢中で読み耽った。続きを楽しみにしてます

227 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/10(月) 22:44:42
待ってます。m(_ _)m

228 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/10(月) 22:47:13
http://blog.livedoor.jp/yinlingofjoytoy/

229 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/10(月) 23:54:55
作者は今何系の仕事に就いてるの?

230 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/13(木) 12:17:04
期待age

231 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/13(木) 17:56:34
(その55)
「詩人となるか、さもなくば何にもなりたくない」

このヘルマン・ヘッセの青春時代の心情は、大学受験がいよいよ現実味を帯びてきた時点でも相変わらず
私の胸に潜んでおり、どこの大学、どこの学部に入ろうと私の思いもただ小説を書くということの一点しか
ありませんでした。
「小説家となるか、さもなくば何にもなりたくない」
そういう心境だったわけです。
卒業したら公務員になるとか、大企業を目指すとか、どんな資格を取って、どう地固めするとか、そういう
実際的な発想は微塵もありませんでした。
大学もMARCHならどこでもいいぐらいの考えでしたし、せいぜい法学部を漠然と目指した程度です。
性格的に実社会で成功出来るような器でないことは自分が一番よく判っており、両親もまた子供の頃の
ような過度の期待はとうに捨てていました。
私よりも弟の方に期待が大きかったようです。

さて、二学期の終わり、またも嬉しいニュースが届きました。
文藝コンクールに応募した短歌三篇が佳作入選したのです。
このコンクールは文部省が後援していたため、三学期の終業式の日に全生徒の前で校長から表彰状を受け取る
という名誉に与るのですが、高一の時に小説の入選で一度体験したことは既に書いた通りです。
この入選については誰にも知らせることはありませんでしたが、いつだったかクラスに置いてある受験雑誌を
それとなく見ていましたら、文藝コンクールの入選発表のページに私の名前が記載されており、その箇所に
誰かが赤色で線を引き「文学少年」と書いていました。
ただ、終業式というより私たちの場合はもう卒業式になるわけで、果たして表彰があるのか、また時期的にも
受験で上京している頃になるので、多分その名誉を受ける機会はないだろうと思っていました。




232 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/13(木) 18:42:53
(その56)
上京への希望の膨らみと相反して、一方ではYへの愛情が深すぎて別れの不安、心細さもまた募って
いったのです。
YとMTに年賀状を出したところ、二人からは奇麗なお返し年賀状が届いており、依然Yの私を意識
した態度は消えてはいませんでした。
もう激しい感情を表していた頃のYではありませんでしたが、離れようとすれば寄ってき、寄ろうとすれば
離れるというおなじみの場面を繰り返していたわけです。
彼女がどこを受験するのかは皆目分かりませんでしたが、どこを受験しようと、例え同じく上京するにせよ、
私が黙っていたのではもう本当に終わりだと思っていました。
ぼんやりと考えていたのは、合格したなら上京前に直接彼女に会ってこの先の交際を申し込むことでした。
具体的には文通し、帰郷の際に出会って友好を深め合うこと。
まあ、友好というよりは私にとっては愛情なのですが、愛情を告白するまでの自信、勇気はなかったのです。
お義理でもいいからYにはせめて文通だけでも許してほしい、そうでなければ私は本当に現実感を喪失する
ような恐怖を覚えたのです。
最後の学期は、受験や就職試験などの関係で、二月の初めには自由登校となってしまいます。
そうするとよほどの用でもない限り、登校する三年生はいなくなり、実質二月初旬が別れの季節ということに
なります。
卒業式でも全体が揃うことはありません。
いよいよ私にはYへの決断の時が近づいていたのですが……。




233 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/13(木) 18:45:02
それにしても、無名草子さんたちとは、さぞやすごい作家先生の匿名書き込みなんでしょうね。
作家なんて才能が全てだから、津井ついみたいに、いくら努力したって駄目なものは駄目ですよ。
私なんか、早々に見切りをつけて趣味の世界で細々ですから。
          小説現代ショートショート・コンテスト優秀賞受賞 阿部敦良

234 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/13(木) 18:47:14
ん?何か文体がどんどん太宰から離れてくぞ・・・?

235 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/19(水) 15:25:11
(その57)
時期的なこともあって、なかなかYへの接触も叶わないまま日々は素早く去っていきました。
そして何も起きないまま、ついに最後の登校日を迎えたのです。
Yと会話の出来る機会もないままとうとう放課後になり、私はK、N、Sと四人だけでクラスに居残って
雑談を交わしていました。
その間も終始Yのことが頭から離れず、私の気分は最低で、話も適当に合わせているばかりでした。
校内中を探し回ってでも彼女を見つけるべきだと分かっていながら、身体がいうことをきかないのでした。
この時、室内の前のドアがそっと開き、一人の女生徒が顔だけ出してこっちを見、すぐにまたドアを閉めて
行ってしまったのです。
今の子はもしや……と思いながら、私は「今の、誰?」と訊きました。
するとSがポンと私の肩を叩きながら「Yだよー」と言って笑ったのです。
やはり!
この時こそ私は追いかけるべきでした。
しかし、私の身体は椅子に張り付いたように微塵も動こうとはしないのでした。
何か目に見えない魔物に押さえつけられてでもいるかのようでした。
私には、ドアを開けて顔を覗かせた女生徒がなぜすぐにYと分からなかったのか、今も不思議でなりません。
もし一瞬で彼女と判断し、仮に視線でも合っていたなら私は立ち上がっていたような気がするのです。
なぜなら私たちはいつでも視線で会話できたからです。
私が名残惜しく教室に居残っていたのと同じ理由でYもまた教室を覗いたのであったのなら、それはお互いの
顔を合わせることだけで容易に理解できたはずだと思っているのです。
こうして私は三年最後の登校を終えたのでした。
不本意なYとの別れの日でもあったのですが、それでも私にはまだ本当にYと別れたという意識はありませんでした。









236 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/19(水) 18:06:43
(その58)
慌しく、息苦しい受験が続きました。
ビジネスホテルに宿泊したのですが、最初の二日間は父親も一緒でした。
北海道から来ていた男子受験生と知り合って、少し会話したりもしたのですが、私はこんな場合ですら
Yの話を持ち出したものでした。
私は彼に比べてあまりに幼過ぎる自分を感じざるを得ませんでした。
ただ話し合っているだけで私は打ちのめされるのでした。
話し方、考え方、態度、社交性などのどれをとっても彼は優れており、大学生になるということはせめて
このぐらいの落ち着きを取得していなければならないのではないかという不安すら覚えたものです。
一日だけ同じく上京していたSと行動を共にしたことがあります。
その日はちょうど卒業式の日でした。
新宿で落ち合った私たちは“卒業式に出席しないでいられる”幸運を喜び、また奇妙な快感を分かち
合ったのでした。

威張れた結果ではありませんでしたが、私はMARCHの一校の法学部に合格しました。
KとNは別の大学ながら共に地方都市である隣県の私大に進学を決め、Sは残念なことに失敗して
しまいました。
ある日、バスの中で私はたまたま一年の時に同じクラスだった男子と乗り合わせました。
彼は私を見つけると嬉しそうに寄ってき、卒業式前日の予行演習の話をしてくれたのです。
「その日は、ほら、君が入選した短歌の表彰があってね、君がいないもんだから、A君が代理で
賞状を受け取ったんだ。それが、彼の足がガタガタ揺れて止まらないもんだからあちこちで笑いが
起きてね、ホント、おかしかったよ」
短歌の入賞や表彰のことなどすっかり忘れていたことでもあり、その話は私をとても幸福な気持ちに
させてくれたのでした。
そして、その時YやMTもそれを見ていたのだろうか、もし見ていたのなら少しは自分も栄誉を
もしいたのなら少し感じるのだがなあと思ったのでした。





237 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/19(水) 18:28:31
一つアドバイスするならば1に必要なのは健康だと思う。

238 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/22(土) 11:16:50
(その59)
受験もほぼ終了した頃、私は高校に合格の報告をするため担任を訪ねました。
もっとも、目的は一番気にかかっていたYの進学を確認することだったのですが。
臆することなく私はYの合否について質問することができました。
Yは地元の国立とK、Nが進む隣県にある市立を受験したのですがいずれも失敗し、来年も同じ大学を挑戦すべく
予備校に通うという話でした。
これで私の思い描いていた計画はほとんど消えてなくなってしまったのです。
私はYの弟に会って電話番号を訊くなり、または思い切って住所を訊いて直接家を訪問しようかとまで考えて
いたのでした。
そしてあのYの中学校の庭に赴き、二人きりで未来を語り合えたら最高だと思っていました。
しかしまさか失敗した彼女にそのような申し込みを出来るわけがなく、上京までのしばらくの休息の日々もあまり
私には楽しいものではなかったのです。
浮かない顔していることも多かったようで、母親が心配しながら声を掛けてきたものです。

私はもの心のついた頃から、生まれ、育った自分の土地にどうしても愛着が持てず、いくら友達がいようと、
いくら土地の習慣に忠実であろうと、一生をここで暮らすことなどないだろうと確信していました。
それは両親とも同じだったようで、子供たちをこの土地に置いていたいという気持ちはなかったようです。
父親は酪農の発展に相当寄与した人間でしたが、出身が他県の人間であるためそれを快く思わない地元連中の意地悪、
嫌がらせに相当苦しめられていました。
時とともに段々そういうものもなくなっていったとはいえ、子供の頃にそういう場面を見て育った私にはこの土地に
対し、一種の憎悪すらありました。
親しい人たちは後継ぎとしてよく私の名をあげていましたが、両親には後継ぎさせる気などは全くなく、また私の性格
からもこんな土地に住んでいられる人間でないことは充分理解していたのです。
既に小学校時分から上京することは決定されていたのでした。



239 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/26(水) 06:53:18
なんでさっさと小説書いて賞に送らないんですか?もったいない
三島に対する平野のように太宰に対するソレくらいにはすぐになれると思うが
まああんなんなりたくないってんなら話は別だが貧乏性の俺からすると
もったいなく感じちゃうなあ

240 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/26(水) 16:20:36
239のレベルが知れるレスだな。
それにこういう文体と文調子で書くやつは実は結構応募して落選してるのが多い。
当然気付いているとは思うがこいつはフィクションを交ぜている。

241 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/27(木) 01:32:50
>>240
他人を批判する前に日本語の勉強をしろ

242 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/27(木) 06:45:40
太宰チックな文体・私語りで今更勝負できるほど文学はウブじゃない。
だいたい平野と三島なんて結びつかないし、それと同じくらい1は太宰と
結びつかない。それは、たしかに貧乏性のお里が知れる感じ方だわな。
てなことを240は言いたいに違いない。だろ?

ラノベか中間小説ってとこだが、まあ本人が気分よく書いてるんならそれで
いいんじゃない。


243 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/27(木) 10:19:29
>>240>>242が文章下手な件

244 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/27(木) 19:02:49
そして239は全く反論できずに筋違いにボソボソ言うのであった。ちゃんちゃん

245 :239:2006/04/28(金) 05:00:37
反論もなにも>>240さんの2行目なんかには特になんの説得力も感じませんし
フィクションうんぬんの部分もだから何?ってカンジですね。巧みに
フィクションを織り交ぜる(作り出す)技量というのは作家にとって必要不可欠
なわけでむしろ褒め言葉なんじゃないですかねwそれはw
そもそもなんで叩かれたかわからんですね。相当>>1さんの文章に
コンプレックスがあるんですかね。この人は。あ、>>239の半分は冗談ですよw
当たり前です。そのくらい見抜いてくださいwスレ汚しになるのでこの辺でww

246 :239:2006/04/28(金) 05:03:36
あーまずいageてしまった。>>1さんの文章はそんなのとは関係なく
素晴らしいと思います。それでは

247 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/28(金) 13:42:23
>>240,242
くだらない煽りをして場を荒らすなよ。
そういうのはチラシの裏に書いとけ。

>>1の文章を楽しみにしてるやつもいるのを忘れるな。


248 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/28(金) 18:46:40
言っておくが、俺は1を批判してはいないからな。全くしていない。ただ賞に出すべきだと抜かす239に対してその旨にそくして応答しただけ。
240にある自分自身への嘲笑を、1へのものであると勝手にすり替えて読むことで、感情的にwなんてレスを返してくる239を再び嘲笑わないわけにはいかない。
ただここに定期的に書き込みをしているだけの1は、239の絶望的な読解力の無さに不快な巻き添えを被るのであった。
またその件に関しては、1には只々申し訳ないと思っている。

249 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/28(金) 19:11:07
そろそろ話についていけなくなりつつある…だれがだれなのか……これで太宰っぽいな俺♪みたいなノリで終わらないことを願う…

250 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/28(金) 20:23:53
>>240=>>242=>>248
うざい

251 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/30(日) 10:17:12
そもそも239が、1の小説(ラノベ)を三島や太宰の文学と比肩し得るかのような
勘違いをしているからだな、そーじゃねえだろって240のレスに同調して反駁した
んだよ。
気にいらない意見はすぐ「煽り」「荒らし」ってか。
1の小説を楽しみにするのは勝手だし、そういう心情をバカにしてるわけじゃないだろ。
文章に対する好き嫌いなんて問題にしてないっつーの。
多分キミたちより頭が良いだろう1は、「私は太宰治の再来です」なんて勘違いはして
いない、はず。
つか、1もなんとか言いなさい。240がしっかり相手するから。

252 :名無し物書き@推敲中?:2006/04/30(日) 20:50:12
(´・ω・`)<皆さん、変なのが紛れ込みましたがスルーの方向でお願いします。

253 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/01(月) 15:26:02
>>1です。
いつも同じことしか言えませんが、読んでいただいてる方には本当に感謝しております。
元々小説のつもりで書き出したものではなく、最も努力すべき時代、活動すべき時代を無為、無惨に
やり過ごして、これまでの人生を台無しにしてしまったという悔いても悔いても悔やみ切れない心情を
誰かに宛てて吐露する同時に、これからでも遅くはない、やり直そうという決意を心に埋め込むために
始めたものです。
私はいつも自分に言い聞かせるのです、「自分は自分の青春に責任を負っている」と。
周囲の期待をまんまと裏切り、人生の裏通りをコソコソとしか歩けなかった虚しい自分の姿と、少なくとも
まだ人生の表に立っていた青春の初めの頃の自分の姿との差異を思い、嘆くたび、そう言い聞かせるのです。
二十歳を過ぎれば、一年一年、見事に人生は熟年、老年に向かって突っ走り始めます。
青春の輝きの中で快活に振舞える時期はごく一瞬でしかありません。
これまで書いてきたYやMTの思い出は決して幸せな記憶ではありません。
けれどもそれですら、いや、それらこそが燦然とまだ自分に降り注いでいるかのような青春の光、青春の輝きの
証明なのです。
当初の思惑と違って、だいぶ長い文章になってしまったのは、一字一字のその記憶の中に現状の自分が嗅ぎ取ら
ねばならない人生の「輝き」の意味を考えるいいきっかけになり、また、ますます「青春の責任」の重みを自覚
することが出来たからです。
書き記したことの全ては私が体験した事実です。
(フィクションを交えた「私小説論」についてなら、別にまた機会があれば皆さんと共に論じ合えるといいですね)。

思いがけず、読んで頂いている方々から声も掛けられて勇気も感じられる最近です。
当初の思惑を変更して、これまでの文章を「第一章」とさせてください。
そして上京後の話となるこれから以降を「第二章」として開始したいと思います。
今後ともよろしくお願い致します。





254 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/01(月) 16:02:43






第二章








255 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/03(水) 08:17:14
どうでもいいけどここまで書いたんだからちゃんと終わらせてくださいね
続き楽しみに待ってます

256 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/06(土) 17:03:49
>>253
あらら、事実に基づいたほろ苦い青春の記録とは、呆れるじゃないか。
1もなんだか勘違いしているようだし、この際ハッキリ指摘しておこう。

君の文章は、小手先なんだ。
フィクションのつもりで書いたのではないと言うが、君の文章には、ミエミエの気取り
があって、太宰のもつ文章の風味を、極めて安易に自分の「文才」にまぶそうとする。
それは、書くことの努力や苦しみを一番手軽に回避する方法であり、逃げなんだ。
太宰文学のうわっつらの情緒しか読めてないから、そんな書き方をするのさ。

君は自分の青春に責任をもつ前に、まず自分の言葉に対する責任、矜持をもちなさい。
自伝に、つまらない他人のモノマネは必要ない。私小説としても最低だ。
そんなみてくれに捉われた人生に、誰が深く感動するか。
だから、君に与えられるのは、「文才がある」とか「うまい」とか「一気に読めた」
とか、そんな凡眼の褒め言葉ばかりなんだ。
ラノベとしては、それで十分さ。それ以上のものを求めるジャンルでもないし。
よって君の文章をとやかく言うつもりはなかった。
しかし、自伝や私小説というなら話は別で、幼稚な観念をこねくり回したり、他人の
ふんどしで相撲をとろうなんて、文章の巧拙以前の問題であるから、ほかの者もよく
肝に銘じておくように。

257 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/06(土) 22:05:54
ご丁寧にお疲れさま。以下第二章

258 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/07(日) 00:44:04
この高校生活で無為、無惨といわれたら、俺には何も残らない('A`)

259 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/07(日) 02:14:43
>>256
これ以上何か書くならトリップつけてくれ。
透明あぼーんするから。

260 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/07(日) 19:58:27
>>256

>>1です。
ご指摘ありがとうございます。
小手先の文章、書くことの努力や苦しみからの回避というのはその通りだと思います。
前にも書きましたが、なにぶん仕事の合間に即興で書き込むだけなので、細かい配慮に
欠けていることは重々認識しています。
自伝のつもりも私小説のつもりもなく、無為に過ぎた時間を回顧、反省し、遅まきながらも
現状を少しでも変えたいつもりで書き込んでいます。
太宰の文章を意識したつもりも全くなく、似せて書こうと考えたこともありません。
似てるのかなあ?と思いながら「人間失格」をパラパラめくりましたら、「なるほど」と
思ったりもしましたが、それでもあの太宰治まで持ち出されるとこっちが気恥ずかしくなり
ますのでご勘弁ください。
新人賞に応募していいところに残ったこともありましたが(後に書きます)、その小説の
文体は確かに今のような調子ではありませんでした。
ただ、あなたのご叱責にもあるように、私は書く苦労や努力、さらにプレッシャーから逃避
し続けた人間です。
小説以外の場所ではいくらでも書いたのですが、修行にはなりませんでした。

次回からは上京後の話を書いていきたいと思います。
今後ともよろしくお願いします。

261 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/07(日) 22:18:49
>>1
あんた気に入った。

262 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/08(月) 22:23:55
「太宰治で人生棒に振りました 」

その気恥ずかしい太宰治を持ち出してるのは、どこの誰かね。
少しでも自分の人生に向き合う心があるなら、自分の言葉にも正直に向き合うことだ。
自分のために書いているものに、「第二章」なんて体裁は必要かね?
誰かに読んでもらうために書く。そうでなけりゃ、こんなとこに文章晒したりしない。
いいじゃないか、それで。なにが恥ずかしい。
君の「つもり」なんて誰も読みやしない。事実そこにある言葉から逃げていたら
何も変わらんよ。

回顧録でも自分探しでも、まあ君の自由だ、あとは好きにしたまえ。

263 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/10(水) 10:22:31
>>262
お前いい加減消えろよ。うざい。
俺は>>1の小説を見たいのであってお前のくだらない説教なんざ見たくない。
チラシの裏に書いてろ。

264 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/11(木) 01:13:07
>>262
とか言いながら2章楽しみなんだろ?



265 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/12(金) 23:31:10
>>262の何かを意識しすぎた口調がたまらなくいい。
社会から疎外された者と同じ匂いを感じる。

266 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/13(土) 10:50:37
(その60)
  
  第二章

人は、何気ないある選択……ほんの気紛れや、ちょっとした好奇心から選んだ別れ道の一本が、
実は人生の大きな分岐点となることがあるという現実に、あまりに無頓着でいるような気がします。
若さに潜む油断といっていいかもしれません。
いつでも方向転換は可能だという驕りや、いざとなれば引き返せばいい、やり直せばいいという
時間への甘えがあるのでしょう。
しかし、行き過ぎたと感じたときには戻る時間の余裕はなく、戻ることはまた途方もない無駄にしか
思えないのです。
焦りと苛立ちをひた隠しながら、先細りするだけの自分が選択したこの道を自分はあくまでも切り開く
のだと半ば諦め、この道の始まりに遠い目を向ける。
ふと悲しい思いが寄せてくる。
自分は選択したのではなく、迷い道に入り込んだのではなかったのか……?

大学では何かを学ぶというより、もっと本格的に文学の道を進むのだと私は考えていました。
もっとも本格的な文学の道というのが何を意味するのか、またそういうものがあるのかどうか理解して
いたわけではありません。
ただ漠然と意識していたのは文芸サークルに入って、小説や詩を書く仲間と交じり合い、小説を書くこと
に集中して早く世の中に出たいということでした。
今思えば、なんとも滑稽な妄想にしか思えないのですが、相当な自信を持っていたようです。
高名な文芸評論家に論評されたこと、詩や短歌を含め、何か書けば必ず入賞したこと、また高校生向けの
出版社2社からの原稿依頼の数々がその自信を裏付けていたのです。
もっとも原稿依頼といっても、ほとんど高校時代のことで、依頼と同時に出版社名の印刷のある原稿が
送られてきたのですが、応じたのはほんの数回で、この時はペンネームを使用しました。
視野の狭い田舎の一青年が、たかだか高校時代の淡い栄光を誇る図は、いかにも井戸の中の蛙そのもの
でした。


267 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/13(土) 11:41:38
(その61)
授業のオリエンテーションに向かう途中、ひっきりなしにサークルの勧誘員が声を掛けてきました。
今も強く印象に残り、思い出す記憶があります。
それは髪が長く、ジーンズのよく似合う女子学生で、私に強引にチラシを押し付け、握らせ、
「申込み回答は〇番ボックスに入れておいてね」と呟くように言ったのです。
俯いた面長の顔の半分が垂れた髪に隠れていましたが、瞬間だけ視線を合わせてすぐに俯き、閉じた
ような大きな目が一遍に私を惹きつけました。
チラシには「人生問題研究会」と書かれていました。
彼女は慌しくすぐにどこかへ行ってしまい、話す間もなかったのですが、私は凄く気になり、早速
サークルポストの〇番ボックスを探し回ったのでしたが発見できませんでした。
次に二人の女子学生が私を勧誘したのですが、他のうるさい連中と違って非常に清潔で自然な印象が
好ましく思えました。
彼女たちは「混声合唱団」の団員で、一人はしっかりした姉さんといった感じ、もう一人はひとめで
男たちを惹きつけるだろう愛らしい顔立ちをしていました。
色白の顔に微笑を浮かべた、ひどく内気そうな印象でした。
姉さん肌の子が「オリエンテーションが終わったら迎えにくるから」と言ったのですが、私は特に
拒否もせず、こんな可愛い子と一緒にいられるなら合唱団でもいいなあ……と、文芸研究会に入る
意志がぐらついていました。
オリエンテーションが終了すると、外で待機していた各サークルの勧誘員たちが、これと目星を
つけた新人たちを再度説得するべく室内に入ってきました。
私の背後に「お迎えにあがりました」という囁くような声が聞こえました。
振り向くと、先ほどの可愛らしい子が例の微笑を湛えて一人私を見つめていました。


268 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/16(火) 13:04:23
(その62)
彼女は淡い青、桃、黄の三色混じったセーターを着ていたのですが、それはあまりにおっとりとした雰囲気に
ぴったりした感じでした。
どこか安穏とした眠たさ、堅さを包み込む柔らかさ、冷たさを和らげる暖かさのようなものを伝えてくるのです。
くっきりした二重まぶたの大きな目の、その目じりがやや垂れかげんなため、あくまでも優しく、可愛らしく
心を惹くのです。
彼女と並んでオリエンテーションに使用された教室を出、小ホールにさしかかった時でした、「すみません」と
いう声と同時に横から一人の色黒の男が現れ接触してきました。
「アカデミーといいます。男性合唱団です」と自己紹介し、「あちら、混声でしょ? 混声は大学公認のサークル
だけど、お金の支援のあるぶん、とても不自由ですよ」といろいろ説明し始めたのです。
男は彼女を知っていて、私の乗っ取りにかかったようでした。
彼女は困惑した表情でじっと待っていたのですが、男の話がなかなか終わらないため、しびれを切らしたのか
自分はこれから受付に戻らねばならない、終わったら来てくださいと受付の場所を私に教えて行ってしまいました。
なんだ、俺を守ってくれよと、私はなさけなく心の中で呟き、少し落胆したものです。
男はコンサートの写真を見せながらなおも話を続け、「考えておきます」という私の一言だけ得てやっと消えて
くれたのでした。
さて、解放されて一人きりになると、今度は彼女のいる受付に向かう自分の姿が、私にはがなんだかあさましく思えて
なりませんでした。
文芸をやる気でいたのが、たかが可愛い女の一人ぐらいでぐらつき、といってアカデミーの誘いを毅然と拒否もできない
弱々しい自分。
鬱々しながらも、どこか甘いものを感じながら、私は受付に行ったのです。
ある棟の混声合唱団受付テーブルには彼女が一人だけついていました。
「おかえりなさい」と彼女は言い、私は傍に立ちました。
まもなく他のメンバーが交代に現れると、私は彼女に連れられて部室に向かったのです。
部室に入ったとたん、室内にいた5、6人のメンバーから「おお、確保か?」と歓声のようなものが沸きました。






269 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/16(火) 16:05:29
純文学専門サイトです。
http://www.geocities.jp/kzkw2000/

270 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/17(水) 05:18:52
久しぶりにこのスレを発見した・・・ちょうど一年ぶりか?
読みたいけど時間がねー。でも楽しみだ。>>1
期待

271 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/17(水) 10:54:39
今追い付いた
超おもしれー、が正直二部はどうなんだ?
まあ今後の展開に期待

272 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/21(日) 20:06:53
そろそろタイトルにつながるものがほしいですね
どこでつながっていくのだろうというワクワク感でここまできました




273 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/25(木) 12:11:16
(その63)
椅子を勧められて座ると、すぐに一人の男子部員が横にやってきて色々話しかけてくれました。
彼は隣県の出身でした。
「バスか、バリトンか。バリトンだな」
私たちの会話を聞きながら別の男子部員が私の声を判断して言いました。
女子部員の誰かが何気なく何かの歌を歌い出すと、例の彼女が短い小節でしたがそれに合わせました。
自然と心のなごむ瞬間でした。
奇麗なハーモニーが、おお、合唱団とはさすがにこういうものかと思わせてくれたものです。
心地よい時間がしばらく続いた後、彼女はまた受付に出ることになったのですが、私も一緒に行くことに
なりました。
私を受付に置くことで入部を既成事実化しようとする作戦だったのか、あるいは可愛い彼女にこのまま
くっつけておこうという、いわば私の本音を見抜いた作戦だったのか、それはよく分かりません。
ともかく私には有難かったのですが、結果はそれが裏目に出てしまったのです。
私も彼女も大変な内気もので、同じ受付に並んで座ったまでは良かったのですが、会話がないのです。
先輩たる彼女からの話しかけを待って、チラチラと彼女の横顔を見るのですが、硬く身体を萎縮させた
まま、彼女はただ私たちの前を行き交う学生たちに目をやっているだけなのです。
私は先程感じた自分のあさましさの感覚をまた膨らませるはめとなったのでした。
黙っていればいるほど、私はこうまでして彼女との接触を欲しているのかという気持ちに絶えられなく
なっていき、そしてまた彼女自身からはそういうあさましさを見破られているのではないのかという
焦慮に取りつかれたのです。
たぶん、一緒にいたのが彼女でなく、さっき話を弾ませた隣県の男子部員であったのなら、私は流れで
混声合唱団に入部していただろうと思うのです。
そうすれば私の運命は全然今とは違ったものになっていたのではないかと考えたりもするのです。





もう入部したかのような空気があり、私自身、

274 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/25(木) 13:46:09
(その64)
私は文芸研究会の人間と会ったことはありませんでしたが、既に部室の場所は掴んでいました。
受付の沈黙との格闘で汗流すより、一度そこを訪ねてみよう、この方が気が楽だと考えました。
私は突然彼女に申し込んだのです。
「あのう、僕、ちょっと文芸研究会に行ってきます」
彼女は、ただ「はい」と答えるのみでした。
心なしその顔が寂しげに記憶されているのは、これ以後二度と彼女と遭うことがなかったからなのかも
しれません。

文芸研究会部室のドアを開けたとたん、私は驚きのあまり「あっ!」と声をあげてしまいました。
なんと目の前に高校で新聞委員をやっていた吉永の顔があったからです。
吉永もまたポカンとして私を見ていました。
吉永と私はまるきり縁のない人間でもありませんでした。
彼はNと同じクラスにいて、一度私たち三人は高校のクラスマッチに反抗して体育教師に絞られた体験が
あったのです。
三年の一学期、バレーボールのクラスマッチに反抗してボイコットを決め込み、着替えもせず教室で机を
くっつけて寝そべっている私を訪ねてきたのがNと、この吉永だったのです。
教師の息子で、甘やかして育てられているせいか、気がきかず、だらしのない所などは私と共通していた
ような気がします。
試合のさなか、私たちはひっそりと教室におり、私は相変わらず机に寝そべり、Nと吉永は読書していました。
と、突然外の廊下をバタバタと数人の走り去る音が聞こえ、その後ろからは何か怒鳴りながら誰かがそれを
追いかけていったようでした。
数秒後、今度は突然教室の前のドアが開き、「タヌキ」と呼ばれていた私たちの受持ちの体育教師が顔を
現しました。


275 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/25(木) 14:06:32
イニシャルじゃなくなったのか?

276 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/25(木) 14:12:12
(その65)
やばい……などと思う余裕もなくタヌキはつかつかと私たちに歩み寄ると問答無用でゲンコツで私の頭を
二度殴り、続いてN、吉永の順に一発ずつ殴りました。
自分の殴られる音は分かりませんでしたが、彼らの頭からはパカーンという乾いた音が響きました。
「あれは痛かったなあ」と、今でも苦笑しながらNは言うのですが、私には痛みの記憶はありません。
この後私たち三人はグラウンドに引っ張り出され、体育教師たちの前で正座させられたのです。
私が首謀者ということで前に一人座らされ、二人は私の後ろに並んで頭を垂れていました。
そして私たちとは別に捕まったグループ……多分、廊下を逃げ回っていた連中……はグラウンドの外周を
走らされていました。
この事件以降には、特に吉永と関わったことはないのですが、忘れられない人間のなかの一人ではあったのです。
彼は英文学科に入っていました。
私はザワザワした部室を一旦吉永と出て、今まで混声にいた経緯を話し、まだどこに入部するかは決めていないと
言いました。
それは吉永も同じで、入部するかどうか半々だと言いました。




277 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/25(木) 16:50:07
おお!来てるよ
>>275
Yとカブるべ

278 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/29(月) 20:11:57
1さんと同じように、青春時代に対する後悔の念を抱え、人生に対する焦燥感を感じています
1さんと違うのは、私の場合「もはや自殺しかない」という結論に至っているという点でしょうか
他人との埋めようもない差を目の当たりにして、死だけが問題を解決してくれると信じています

279 :名無し物書き@推敲中?:2006/05/31(水) 18:16:51
偶然に見つけて一気に読んだ。かなり文才あるよ。
あと気になったんだけど>>273の最後の行はあれでいいの?


280 :名無し物書き@推敲中?:2006/06/01(木) 00:23:09
高校時代の女ふたりが、魅力的に感じる。これが文才の魔法か。

281 :注目度NO.1精力剤:2006/06/02(金) 00:19:23
2006版精力剤威哥王新製品威哥王・ウェイカワン
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ギンギンに反応してしまうので、気分の盛り上がりが
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282 :名無し物書き@推敲中?:2006/06/02(金) 13:31:59
>>278
生きてるか? 
今日は、もう金曜日だぞ。

そんなこと言わないで、明日と明後日を有効に使って、
あなたも小説を書きなさい。

283 :名無し物書き@推敲中?:2006/06/03(土) 10:56:36
(その66)
吉永と一旦別れた後、私は尚混声合唱団に後ろ髪引かれながらも再び文芸研究会の部室に戻り、最初の
気持ち通り、このサークルへの入部を決断したのでした。
ひとつには、感触として吉永も入部するだろうという思いもあったのです。
とすれば、混声の受付に戻り、彼女にこの報告をするのが常識だろうとは考えたのですが、その勇気が
なく、結局放置してしまいました。
入部した文芸サークルの部員は、いずれの人間にも混声に感じた暖かさや、親しみやすさはなく、新人
にはむしろ冷淡にすら思えたものでした。
非常な居心地の悪さがあり、なかなか慣れない雰囲気の中で、私は吉永の早い入部を期待したのですが、
彼は入部を拒否したのです。
「あそこのレベルは低いよ」と彼は言うのでした。
「年に一度研究会が選ぶF大賞ってものがあるんだけど、この間、あれ見て俺驚いたよ」
このサークルはF文学という文芸誌を定期的に発行していましたが、F大賞というのは部員に留まらず、
学内一般に小説の投稿を求め、最も優秀な作品を選出するというものでした。
そういう点では必ずしも狭量な活動ではなかったように思います。
このF大賞発表号は年に一度のことで、F文学もこの号だけはまともな装本にして発刊していました。
「龍っていう受賞作読んだんだけど、あれ、ウイリアム・ウイルソンのそっくり盗作だよ」
「え? 盗作って、まさか、ポーの、あれかい?」
私は信じられない思いで早速そのF大賞受賞作を読んだのです。
それは、まさしくポーの「ウイリアム・ウイルソン」の舞台を単に日本に移し変えただけの盗作でした。


284 :名無し物書き@推敲中?:2006/06/03(土) 13:24:53
(その67)
大衆割烹の座敷を一間借りきり、新人の歓迎コンパが催されました。
この席で、私たち新人は初めて全員が顔をそろえたのです。
私はテーブルの末席に座って成り行きを見ていました。
テーブルにはビールと酒が並んで、ほとんど大人の宴会と変わったものではありませんでした。
アルコールについて言えば、高校時代、親に黙って遊び気分でビールを炭酸飲料の代わりにチビチビ飲んでいた
ことがあります。
壜ビールの栓を抜き、少し飲んではまた栓をして冷蔵庫にしまっていたのですが、ある日、たまたま母親が
そんなこと知る由もなくお客にそれを出してしまい、父親に「気の抜けたビールを出すヤツがあるか!」と
怒鳴られる場面を見てしまい、それ以後に口にしたことはありませんでした。
さかんに母親が首をひねっているのが可笑しく、気の毒でもありましたが、私に疑いを持つことはとうとう
ありませんでした。
そういうわけで、多少のビールなら飲めたのですが、日本酒となるとまず匂いから駄目の上、酒に酔っ払った
田舎の連中がさんざん父親に絡んでいるところを何度も子供の頃に目撃していましたから、憎しみすら抱いて
いたものです。
そう遅くない時期に、まさかこの自分が大酒飲みになることなどおよそ想像もつかないことでした。
東北出身の小谷という同じ新人が私の隣にいて、私がビールをコップ半分飲んだきり口にしないのを見、
もっと飲めよとさかんに咎めるのですが、私はどうしても飲めないのでした。
彼はコップ酒を手にしていました。
またタバコを吸う女子部員、新人がおり、私にはそれがどうも気に入りませんでした。
喫煙者がどうだというのでなく、どうみてもただのカッコ付けにしか見えなかったのです。


285 :名無し物書き@推敲中?:2006/06/06(火) 17:00:22
応援あげ 

286 :名無し物書き@推敲中?:2006/06/06(火) 18:18:45
(その68)
部長からは、新人は各人一ヶ月をめどに一つの作品を「L」という新人文集に発表し、その後合評会を
行うよう課題が挙げられました。
内容は文芸一般で、枚数などの制限も特になく、新人同志で編集委員を選んで実行するというものでした。
見渡したところ、新人に魅力の感じられる人間といっては一人もおらず、正直私は失望していました。
考えてみれば、「小説家になること」を根底に置いた私と、純粋に趣味を同じくする者同志でサークル活動に
主体を置く他のメンバーとでは目指すものが最初から違っていたのです。
激しい人見知りも相変わらずで、部室にいてもほとんど口を開くことはなく、また内輪で固まっている先輩
部員たちにもただ幻滅するばかりでした。
「L」に向けては、自然と不本意なまま別れてしまったYへの心情を綴ることになりました。
この頃は、ワープロ使用の学生もいないわけではなかったのですが、まだ一般的ではなく、やはり手書きの
スタイルが主流でした。
いつのまにか決まっていた編集委員がそれを編集してコピーし、一冊にまとめるのです。
私はそんな「L」よりも、「F大賞」に早くから注目し、それに向けて小説を書こうと考えたのですが、
この時初めて私はあるテーマにぶつかってしまったのです。
それは「何も書くことがない」という驚くべき現実でした。
これまでは自分を包囲する世界の全てが小説を書かないではいられない対象であったのに、いつのまにか私の
周囲からそれらはなくなっていたのです。



287 :名無し物書き@推敲中?:2006/06/09(金) 15:26:17
(その69)
なぜ、あれも書ける、これも書ける……と思っていたものが、いざ机に向かうと安易で、味気ない内容に
しか感じられなくなったのか?
私は私なりの結論を出さざるを得ませんでした。
それは一種の解放感のせいなのだと。
高校時代の中退の危機感や、Yへの激しく苦しい恋の感情から急に解放されて、一時の空白に置かれた
からだと。
思えば危機感や苦しみから解放されたい一心で自然と私は詩や小説に向かい、書くことで生きていた
わけでした。
書くことが消えたということは、考えようによっては私も少し幸福になっていたのです。

ある夜のことでした。
一人きりで部室で「L」に載せる随想の最後の詰めの作業をやっていると、ふいにドアが開き、奇妙な
男が入ってきました。
男はやや小柄で、眼鏡をかけ、口ひげ、顎ひげを生やしており、ジーパンになぜか長靴を履いていました。
私は軽く頭を下げました。
初めて会ったのですが、彼は先輩部員なのでした。
例によって人見知りゆえの圧迫感と窮屈さを覚えながら、私は文章の整理を続けました。
「熱心だね」と言った後、彼は突然質問を投げかけました。
「君はなぜ書くの?」
「え?」
私の視線が彼の笑顔に当たると、彼はゆっくりと椅子に座りました。


288 :名無し物書き@推敲中?:2006/06/09(金) 16:16:48
(その70)
「君は、なぜ書くの?」
なぜ、書く?
そう急に訊かれても“書きたいから書く”ぐらいの返事しか思い浮かばず、だからといってそう答えても
彼が満足するような話でないことはすぐに理解できました。
時間があれば、私なりに適当な答えを出せる自信はあったのですが、この場ではまとめきれず黙っていると
「日記のように、全く自分のためにのみ書く行為もあれば、今君がやっているような、それ、Lのでしょ?
そんなふうに公に向けて書く行為もある。この公に向けて書くという行為について、君は何か考え持ってる?」
と彼はまた質問したのです。
「書くということは最初から公に向けているということなんで、特に何か考えたことはないです」
私にはそのぐらいのことしか言えませんでした。
彼は笑い「しかし公に向ける行為である以上、書き手には何か責任ちゅうのがあるんじゃない?」
当時の私には書き手の責任などという発想は微塵もなかったように思います。
彼はその後、大衆への啓蒙であるとか、迎合であるとかを簡単に述べると夕食に私を誘いました。
行ったのは近くの中華屋で、彼はビールを飲み、チャーハンを食べながらなおも話を続けたのです。
私はギョーザを食べていました。
彼は再び大衆への書き手の責任を語り、最終的には政治的な言論に発展していったのですが、私にはそこまでの
理解力はまだなく、自分の未熟さを思いしらされるばかりでした。
「随分まだ君は観念的だな」と、私に対して彼は言ったのですが、その観念的という意味すら私には不明だった
のです。






289 :名無し物書き@推敲中?:2006/06/12(月) 12:33:46
(その71)
「L」に載せられたものは予想通り、どれもほとんどひどいものでした。
背伸びしたものや、荒唐無稽な物語、陳腐な言葉の羅列、読み込んでもいない作家の「作家論」などなど、
私はこのサークルで活動する意欲を一遍になくしてしまったのでした。
合評会ではそのような本音を明かすことなく、また誰の批評もするでなく黙って皆のやりとりを聞いて
いるだけでした。
なかには相当進んだ政治論を展開する新人もいて、私などより彼の方がよほど社会意識の高い人間だった
のですが、政治と文学の関係性など私にはこの当時全く縁のないものだったのです。
私は運命的に吐き出されたものだけが文学、そして芸術だと信じていたのです。
合評会では結構いろいろ欠点を取り上げ合ったりで、それなりに盛り上がったのですが、私の随想だけは
誰の批判を受けることなく、「この文章は捨てがたい」などという賛辞に終始しました。

何の授業だったか忘れましたが、共通選択課目で私は小谷と一緒になったことがあります。
例の歓迎コンパでコップ酒を握り締め、赤い顔をして「俺だって飲めないのを必死に飲んでるんだから、
君も飲めよ」とさかんに私を咎めた、いかにも純朴そうな彼に私は好意を持っていました。
彼は「L」に載せた私の随想を読み、君を信頼しているからと一編の詩を差し出し、評価してほしいと
言うのでした。
彼は「L」に田舎の港町のうらぶれた時間と人間模様を描いた詩を載せ、平凡ながらも「永遠」という
テーマに近づこうという意志を覗かせていました。
ところがこの時私に手渡されたのは、あまりに少女趣味的な雨の抒情詩で、いくらか失望したのです。

290 :名無し物書き@推敲中?:2006/06/12(月) 13:33:52
(その72)
私の隣にいて、小谷はまるで神の審判でも待っているかのように深く目を閉じていました。
そんな彼に私は実にあっさりと「少女趣味的だね」と言ってしまったのです。
小谷は「うんうん、分かってるんだ」と何度も頷きながらひっそりと言い、私から離れていきました。
当時の私といえば一事が万事そんな調子で、柔軟に他人と接するというやり方が全くできなかったのです。
思ったこと、感じたことは何の装飾も施さずに口に出してしまって人を傷つけ、慌てさせる。
そしてまた人が傷つき、狼狽していることに思いを寄せることもなかったのです。
以後小谷が私に近づくことはありませんでした。
合評会以後、私は文芸研究会の活動には一切参加しなくなり、早くも挫折してしまいました。
ちょうどその頃に一度だけ混声合唱団のあの可愛い子とペアを組んでいた姉御肌の子と、擦れ違いに会った
ことがあります。
彼女は友人らしい女子と一緒で、私の顔を見るなり「サークル、どこ入ったの?」と声をかけてきました。
「文芸研究会です」と答えると、「そう。別にかまわないから、良かったらたまには遊びにきて」と言って
駅の方へ去っていきました。
今更行けるわけもないことは重々分かっていながら、あの可愛い子はどうしてるだろうなどと侘しく思い出す
のでした。
授業もつまらなく、友人と呼べる程度に付き合いがあるのは吉永一人でした。
吉永とは必修選択課目で共通に選択していた「日本文学」の授業の時だけ一緒になりました。
彼にもまだ友人はおらず、私が文芸研究会の活動をやめてからはちょくちょく行動を共にするようになって
いきました。



291 :名無し物書き@推敲中?:2006/06/21(水) 16:43:32
(その73)
私はそれまで自分は孤独に強い男だと信じていました。
子供の頃から独りでいるのが好きで、実際変わり者と呼ばれるほど独りぼっちの行動が多かったのです。
独りぼっちの行動には環境的な影響もあるにはあったのですが、周囲に人がいないからといって寂しいと
感じたことはほとんどなかったのです。
しかし、それは自分のただの思い込みに過ぎなかったのです。
結局家族とともにあればこその話で、全くの独り暮らしとなると途端に自己の弱さが出るようになって
しまいました。
日曜などに、ついつい昼寝が長引いてふと目覚めると夕暮れ時になっており、そんな時度々私は寝ぼけた
ように、あれ、ここはどこだ? 皆はどうした? などと家族の影を追ったりしたのでした。
そしてすぐにここが東京の自分だけのアパートだということに気付くと猛烈な寂しさが一気に私を襲い、
数十分から時には一時間もかけてようやく頭を抱えんばかりの孤独から解放されるという按配でした。
私はYを想い、KやNを想い、家族を想い、そうして最後には唯一の東京の知人である吉永を思い出すの
でした。
吉永とは週に一度大教室の「日本文学」の授業で顔を合わせたのですが、大抵そんな日は二人で新宿辺り
をぶらつきました。
吉永は酒を早く覚えたがっていて、ある日のこと、私たちはいきなり「ハシゴ」をしたのです。
吉永も一人で居酒屋に入る勇気などはなく、なんとしても私の存在を利用して居酒屋体験をしたかったのです。



292 :名無し物書き@推敲中?:2006/06/22(木) 01:54:32
面白い。つづき頼む。頑張れ

293 :名無し物書き@推敲中?:2006/06/27(火) 17:52:46
(その74)
その居酒屋はビルの3階か4回、あるいはもっと上階だったかもしれません。
生ビールの時間サービスとか何とか言う半被を羽織った若い客引きがいて、エレベーターで案内されました。
私たちは全く初めての体験でしたから、かなり警戒感を抱いていました。
U字形のカウンターに座らされたのですが、私は上京後夕食を外食にする時はいつも必ずテーブルに着いて
いましたので全然落ち着かず、キョロキョロ店内を見回し、できればテーブルがいいなと思いながらもそれ
すら声にする勇気はないのでした。
そして私たちは大変恥ずかしい失敗をやらかしてしまったのです。
それは「お通し」が出されたときです。
最初私たちは顔を見合わせ、「頼んでないよな」「うん、頼んでない!」と一人200円と勘定された伝票を見、
早くもまるで詐欺にでもあったかのように緊張、また興奮し、注文したものが出される度に伝票をチェック
するというありさまでした。
二人とも被害妄想に冒されていて、少しも美味しさなど感じる余裕もなく飲んでいました。
勘定の段階で酔った勢いもあったのでしょうが、吉永は伝票を振りかざし、「頼んでもいないのを勝手に出して
請求しないでください。僕らが素人だからと思ってやってるんでしょうけど!」と声高に抗議したのでした。
“素人だから”というセリフが今もはっきりと懐かしくも恥ずかしく印象に残っています。
抗議された若い男の従業員は途方にくれた顔でカウンター内の店長とおぼしき男の顔を見遣りました。
店長は黙って頷き、請求しないよう身振りで応えました。
「お通し」の意味を知ったのはそれからまだずっと後のことだったと思いますが、いつまでも忘れられない
初歩の失敗談です。
緊張していたせいもあったのでしょうが、生ビールのジョッキを2杯飲み干しても全然酔わない自分自身に
私は初めて自分は少しは飲めるのかもしれないと感じたのでした。






294 :名無し物書き@推敲中?:2006/06/28(水) 00:31:43
がんばりすぎw

295 :名無し物書き@推敲中?:2006/07/05(水) 16:33:01
結論(・∀・*)っ/凵⌒マダァ?

296 :名無し物書き@推敲中?:2006/07/07(金) 17:36:57
ここの>>1は文章うまいな。
歳いくつ?

297 :名無し物書き@推敲中?:2006/07/07(金) 17:53:09
ボルグJの本を読むべし

298 :名無し物書き@推敲中?:2006/07/09(日) 22:24:08
面白いけど長くてまてない

299 :名無し物書き@推敲中?:2006/07/15(土) 09:50:54
(その75)
吉永は田舎者の未成年が、東京は新宿の居酒屋の企みをギャフンといわせたぞという思い込みで気分が
高揚していたのでしょう、「ハシゴだハシゴだ」と私を誘いました。
私も、このまますぐに一人で帰るのは寂しいという思いがあり、彼に付き合うことにしたのです。
場所はなぜか新宿から離れた、ある駅付近の焼肉屋でした。
なぜその場所、その店、そして焼肉だったのか全く思い出せませんが、たぶん吉永自身に何かこだわりが
あったのでしょう。
ビールを飲み、サワーを飲み、日本酒を飲み、大声で語り合い、時間はあっというまに午前2時の閉店
時間となりました。
何を話したのかはまるで記憶にありません。
電車は既になく、吉永のアパートまで歩いていこうということになりました。
駅数7、8ぐらいはあったでしょう。
彼はしたたかに酔っており、真夜中の通りをはしゃぎ続けました。
私は次第に憂鬱になっていきました。
そして商店街の、ある店頭に立っていたマスコット人形に吉永が大きく蹴りを入れたとき、私は我慢が
できなくなり、つい冷たい一言を口に出したのです。
「君は下品だね」
吉永は一瞬覚めた目つきで私を凝視したあと、私を指差し、「そう、だからいつか俺は必ず君とは別れる」
と言い返したのでした。

300 :名無し物書き@推敲中?:2006/07/15(土) 11:01:44
(その76)
ショックを受けたのは逆に私の方でした。
吉永の言葉の裏に潜むひとつの真実のようなものを晒されたような気がしたのです。
それは私たちの交際などは、所詮東京に他に知人のない田舎者同士の妥協の産物以外ではないという
寂しい現実の有りようのことでした。

授業には興味もなく、面白くもなくただ義務で出席しているだけでした。
アパートに帰ると「F大賞」を目指して小説らしいものをだらだら書いたりするだけで、心に思うのは
いつもYのことでした。
私にはYと別れたという気持ちはほとんどありませんでした。
今は彼女が予備校に通う身であればこそ迷惑をかけたくないという一心で何の接触も出来ないでいるが、
必ず来春には逢いに行くのだという強い想いは常に宿っており、それこそが私の孤独な日々の唯一の支え
のようなものだったのです。
ある日、ただの癖のようなもので私はふらりと大学の生協の書店に入りました。
このとき、私の関心がふとある文庫の題名に流れたのです。
「人間失格」
この有名な小説を私はまだ一度も読んだことはなく、また作者の太宰治についてもほとんど興味を抱いた
ことはありませんでした。
というより、私は太宰治を誤解していたのです。
小学校だったか中学校であったか、「走れメロス」を教科書で読んだときから、私は太宰治という作家は
非常に清潔で、道徳的な人だと思っていたのです。
歯切れのいい文体で描かれた、あまりに嘘臭い信義や友情の話を私は好きになれないでいたのです。
次に読んだというより、またも太宰治にお目にかかったのが高校の教科書の「富嶽百景」でした。
「走れメロス」とは一変した文体と、奇妙なユーモアで私は「おや?」と感じ、さらに国語教師の下手な
説明で太宰は反俗作家、情死した作家なることを教えられたのでした。


301 :名無し物書き@推敲中?:2006/07/15(土) 13:15:22
おお!いよいよ太宰が!!

302 :名無し物書き@推敲中?:2006/07/16(日) 14:44:00
wktk

303 :名無し物書き@推敲中?:2006/07/18(火) 05:19:21
ついに太宰きたかwktk

304 :名無し物書き@推敲中?:2006/07/19(水) 12:47:25
(その77)
「人間失格」という題名も、私はあまりにその単刀直入的な響き、ひねりのない響きに魅力を感じずに
いたのでした。
まるで中学生あたりが大威張りで付けたような題名のようで、くすぐったさすら覚えていたのです。
それがこの時私の関心を惹いたのは、私の潜在意識に自分のような不器用な人間は社会的に失格する
のではないかという不安が生じていたからではないのかと思っています。
松本清張の小説の書き出しのような、はしがきの第一行の暗い趣き、そして「第一の手記」の一行を読んで、
私はすぐに購入を決め、あとはひたすらむさぼり読みでした。
当時、私は小説に限らず、共鳴、また感銘する文章に出会うとその行の横に線を引いて一層深く味わいを
噛みしめる癖があったのですが、「人間失格」にはそれまでのどの本よりも多くの線を引くことになりました。
殊に上京後の主人公の臆病、不器用な描写には腹を抱えて笑った記憶があります。
まさに私自身がそこに書かれている通りの人間で、何でもないただの日常に他人の何十倍も汗水流して奮闘
しなければならない細かい神経が分かり過ぎるほど分かるだけに可笑しかったのです。
最初読んだときは、主題である主人公の叫びよりは、そういった日常生活における苦労話が面白く、そして
そのような瑣末な理由ではないのかもしれないにせよ、自殺未遂を繰り返し、やがては情死に至る太宰の運命に
これ以上はないという興奮と興味を持ったのでした。
その興奮と興味の対象になる太宰の小説は、この先まだまだいくらでも読めるのです。
私にはそれらの小説群が突然贈与された財宝のようにも思えたのでした。

305 :名無し物書き@推敲中?:2006/07/22(土) 10:50:45
(その78)
さらに「人間失格」はまさに死ぬ直前に執筆された作品で、実際に発表された頃には既に太宰はこの世に
いなかったという事実を知って、ではこれは遺書の代わりのようなものなのかと私は思ったのでした。
最後に到達した作品が自殺の遺書代わりのようなものだとすれば、現実の人生では何にも、どこにも到達は
しなかったのだ、一体あの「走れメロス」の作者はどう生き、どう絶望したのか、私の好奇心はふつふつと
沸き、一気にこの存在にのめり込むとなりました。
私は上京してすぐから神田古書店街に度々足を運んでいて、色んな作家たちの全集の中に筑摩書房の太宰治
全集が置かれていたのをよく覚えていました。
欲しいと思うとすぐにも手に入れたくなり、一時の我慢も忍耐も出来ないのが昔も今も変わらぬ私の性分で、
あれもやがて売られてなくなるかもしれないと考えると矢も盾もたまらなくなり、大至急神田へ行って購入
しました。
古本とはいっても、全集は「え?」と思うような高い価格でしたからお金が底をつき、参考書を買うからと
母に連絡して送金を得ました。
太宰治の全集を買うからなどと正直に言えば、当然小遣いから一冊づつ買っていけばいいでしょうなどと
言われたことでしょう。
「人間失格」という最後の作品から読んだのなら、これから逆に若い方へと順に辿っていくか、それとも
若い時代の作品から最後の作品へ時系列に向かうかなどと、全集の一冊一冊を可愛がるように撫でながら
贅沢な喜びに浸ったのでした。


306 :名無し物書き@推敲中?:2006/07/22(土) 14:26:00
(その79)
ざっと太宰治の短い一生を確認して、結局すぐに読んだのは「富嶽百景」で、これは高校の教科書の省略
されていた部分を埋めて全編を知りたかったのです。
全編読んで、特にどうということはなかったのですが、次いで読んだ「東京八景」でついにガーンとやられた
気がしました。
なんと暗く、侘しい小説だろう、これが太宰治だなと感じました。
小説というより、退廃と敗北の青春の記録のようなものですが、この退廃と敗北の周囲にまた太宰の小説の
一群が存在しているのです。
ある夜「逆行」の四編中の「決闘」を読んだ時、凄まじく虚無的なユーモアに私は酔いしれ、ますます深入り
することとなってしまいました。
すっかり太宰文学の虜になった私は夜更かしするせいもあって、朝起きられず、度々授業を欠席するように
なりました。
ここが家族のある生活と一人暮らしの決定的な差で、仮に自宅から登校していたのであれば、親という重しの
おかげで乱れることもなかったのでしょうが、元来が意志薄弱の上に大学に通う目標もまた薄弱な情況でした
から、あっというまに生活は崩れてしまいました。
6月の中旬、あるいは後半だったかもしれません、それは英語の授業でした。
授業はただ出席を取ると、後は一人一人順番にテキストを読ませて訳させるといった実に退屈極まるやり方が
ほとんどでした。
私は内心苛々しながらテキストやノートに思いつきの文章を綴ったり、漫画を描いたりしながら早く帰って
太宰を読みたいと思っていました。
その方が本当の自分のためになる、ああ、こんなもんにいつまでも大事な時間を取られたくないと考えました。
ある課題なり、考え事を衝動的に、一瞬に煮詰め、後先考えずに大胆な決断をするのも私の大きな欠点で、
この時も私は自分のためだからと授業放棄を決めたのです。




307 :名無し物書き@推敲中?:2006/07/22(土) 19:36:38
俺も夜遅くまで小説読んでて寝過ごして大学行けない日多いよ
夜更かししすぎて半ば睡眠障害みたいになってる

308 :名無し物書き@推敲中?:2006/07/23(日) 04:42:12
いや、単位は大事だぞ。よーく考えろ。

309 :名無し物書き@推敲中?:2006/07/30(日) 09:18:34
1氏の才能に嫉妬

310 :名無し物書き@推敲中?:2006/07/30(日) 13:12:48
>>1さん
ぜひ、ここに載せている小説を文芸誌に投稿すればいいのでは。
芥川賞も夢ではないかもよ

311 :名無し物書き@推敲中?:2006/07/30(日) 14:01:27
続きマダー?
AA略

312 :名無し物書き@推敲中?:2006/07/31(月) 15:53:37
最近の芥川賞作品より、わかりやすいし面白いと思う。 続き楽しみにしてます。頑張ってください。

313 :名無し物書き@推敲中?:2006/07/31(月) 16:32:39

  ./  ̄/〃十十〃    /  ̄/       /
    ―/    |  _/   ./ ―― / /
    _/    /   /   _/    _/ /_/
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        _,, .. _,,-‐'": : : : : :゙ヽ
     r‐'´: : : : : : : : : : : : : : : : ` 、
    /: : : : : : : : : : :,、: : : : : : : : : :_:ヽ、
    |_: : : : : : : : : /  \: : : : : : : :ヽ、
    {: : : : : : : : l'      ヽ、: : : : : :{、
    l__: : : : : : :i、       `丶: : t‐`
   /, ヽ: : :/´          |: : : !' +
   { ru l': :/  ,/二丶、     }: :,,|
  _`iヽr‐!:丶   (●)iヽ-'' , '‐-、/:/
  : :丶t': : : ヽ        '(●):/
  : : : : : : : : : : i、  ,,ノ(、_, )ヽ }
  : : : : : ',: : : : ´   i!.:::::::|  _ノ +
  : : : : : ヽ :     i!-=ニ=- '_,r'/
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  : : : : : : : : :`-,; " ̄   /: : : : : :\
  : : : : : : : /       /: : : : : : : : : :',
  : : : : : : :{    ,. -‐ ": : : : : : : : : : : :



314 :名無し物書き@推敲中?:2006/07/31(月) 17:02:15
謝れ!太宰治に謝れ!

315 :名無し物書き@推敲中?:2006/07/31(月) 17:09:27
おさむちゃんでーす(古っ

316 :名無し物書き@推敲中?:2006/07/31(月) 17:29:45
キチガイ

317 :名無し物書き@推敲中?:2006/08/01(火) 00:37:44
太宰治が男前過ぎて心底惚れそうです

318 :名無し物書き@推敲中?:2006/08/03(木) 11:06:28
(その80)
英語の授業はまだ続いていましたが、私はテキストとノート、辞書をそそくさとバッグにしまい、
そっと後ろのドアから教室を出たのです。
周囲の数人が怪訝そうに私を見ていました。
決意して退席したものの、スッキリした気分ばかりではなく、思いのほか強い後ろめたさも張り付いて
いました。
考慮の末の結論ではなく、ほんの数分で決めたことですから、いざ実行に移せば想像もしなかった感情が
湧いてくるのは当然だったと思います。
しかも私は英語の授業だけでなく、全ての授業の放棄を考えていたのです。
自分の感情を推量するというのもおかしな話ですが、私にはYへの意識も働いていたと思うのです。
彼女が予備校生である以上、自分にもまだ一年の余裕があるという奇妙な意識です。
卒業が一緒であればいいのだ、一年ぐらいの自由はあってもいい、そしてこの一年太宰を読み込み、もっと
小説を書く意味に迫りたいという大義名分を取り繕ったのです。
退学を全く考えなかったことからしても、この時点ではまだその大義名分は本物に近かったと思います。
このように、入学してわずか二ヶ月半で私は早くも大学生活から脱落しかかったのでした。

この頃はほとんど毎日KとNあてに手紙を書いていました。
もっとも内容はほとんど太宰のことで、KとNはあれは手紙ではないと今でも言います。
夏休みには会う約束をしていましたが、二人ともアルバイトで忙しくしており、ゆっくり帰省もしていられ
ないということで、私が彼らのアパートを訪ねることになりました。
Kはウエイトリフティングのサークル、Nは哲学研究会に入部していました。

319 :名無し物書き@推敲中?:2006/08/03(木) 11:09:44
荒らしのHiは織田作で人生棒に振ったそうだ


320 :名無し物書き@推敲中?:2006/08/03(木) 12:36:52
(その81)
引きこもって太宰治に読みふける生活を自慢できるわけがなく、実家に帰れば真面目な学生生活の嘘の報告を
しなければなりません。
それが億劫で、私は帰省を後伸ばしにし、先にK、Nを訪ねたのでした。
元々筋肉質のKでしたが、ウエイトリフティングをやっているせいで、さらに逞しく、引き締まった肉体に
なっており、日焼けした顔といい、私はすっかり彼を見直したものです。
夜にはNがやってき、久しぶりに三人が顔を揃えたのですが、Nの場合は家が裕福とはいえないために連日
今は肉体労働しているということでした。
私は正直に太宰に読みふける生活を始めたと打ち明けたのですが、二人とも特に変わった表情は見せず、
「いかにも君らしいな、羨ましいよ」と言うのでした。
Kは先輩に面白い人間を数人見つけて色々指導を受けており、Nは「哲研」と呼んでいましたが、そのサークル
仲間とハイキングに行った写真を見せてくれました。
なんという自分との落差だろうと、私は入学直後の混声合唱団や文芸研究会のことを思い出し、結局その二つ
とも失敗し、吉永との寂しい交際しか送れてない現状に強烈な脱落感を覚えたのでした。
KとNのアパートで4、5日滞在して私は実家に帰りました。
実家には一週間ほどいましたが、その間一度だけSが訪ねてきました。
SもまたN同様あまり裕福ではなく、酪農を営む実家を手伝いながら来年の受験を目指しているのでした。
そしてSとはこの先に、大変深い交際を結ぶこととなったのです。

321 :名無し物書き@推敲中?:2006/08/03(木) 18:27:00
Sってだれだっけ?


322 :名無し物書き@推敲中?:2006/08/04(金) 04:41:44
なんか太宰治の真似ごとにしか見えなくなって来た

323 :名無し物書き@推敲中?:2006/08/06(日) 13:16:12
(その82)
帰省中、私は一人私の高校周辺を歩きながら、ここからバスで二駅も行けばYの家があり、今もYはそこにいて、
そこから予備校に通っているのだという想いに胸をときめかせたのでした。
毎朝彼女はこの正門前の通りをバスで往復しているのです。
妄想でしかないのですが、訪ねれば会えるのであり、話もできるのです。
「来年、きっと会いにいくからな。待ってろよ」
と、まるで恋人気取りで私はつぶやき、本当に心をたぎらせたのでした。
彼女の存在は肉親以上に、生き物のように私の内面に強く巣食っており、大袈裟でなく最早それなしには私自身
ではないと感じられるほどでした。
帰京し、また孤独なアパート暮らしに戻ると、しばらくはY恋しの気分がホームシックのように私を苦しめました。
そして私はYに向け『風の便り』を書き始めたのです。
『風の便り』とは、太宰の「猿面冠者」に出てくる話で、主人公のある節目節目にどこからともなく届く便りの
ことで、私にはそれが非常にロマンチックに、幻想的に印象に残っていたのでした。
小説では届けられるのですが、私は届けることで解放されようと思ったのです。
といっても本当に届けるのかどうかはその時の気分まかせという気持ちで、実際私には自分がいつ、どんな突飛な
行為をしでかすのか全く予期できないのでした。
一晩で書き上げると、随分落ち着いたのですが、まだ何か色々訴えたい感情はありました。
そこで今度はMTあての『風の便り』を思いつきました。
思えばちょうど一年前にも、私はMTあてに原稿を送ったのでした。
そして、ああ、あれこそ俺の本物の風の便りだったんだなあとしみじみ思い返すのでした。






324 :名無し物書き@推敲中?:2006/08/07(月) 17:24:13
(その83)
2通の『風の便り』には、大学生活の幻滅や太宰治を読んでいることを共通して書き、YにはYへの想い、
MTにはMTへの想いをそれとなく綴ったのですが、2通も書き上げるとさすがに感傷も癒え、結局投函
することはありませんでした。
こうした自分でも想像出来ない衝動的な欲求は、何かの拍子にしばしば爆発して現れ、そのために私自身が
途方にくれて悩んでしまうのでした。

二学期が始まると、私は私自身の確認のため、自分は現在大学生であるということを確認するためにのみ
ほんのときたま登校し、吉永と会っていました。
全く誰とも口をきかない日々というものには高校の頃から慣れているとはいえ、東京の一人暮らしは
さすがに気分が滅入りました。
孤独感というより、生きる実感のない焦慮のようなものが恐怖へと膨らんでいくのです。
自己の存在感の希薄さの実感には、まるで窒息させられていくような恐ろしさがありました。
そこで私は生活に困っているわけではなかったのですが、自分も人並みにアルバイトをしてみようと決意
したのです。
私が選んだのは、カツ煮定食店の店員で、午前11時から午後2時までの仕事でした。
くたびれるほどの時間でもなく、こじんまりした店で、仕事の終了後には昼食もついていました。
奥さんと娘さんの二人で営業していましたが、静かで上品な人たちでした。
私の仕事は、主には皿洗いでしたが、定食につけるお新香を小皿に盛ったり、卓を拭いたり、玄関前を
掃いたりの仕事も合間合間に入りました。
しかし、こんな簡単な仕事に私は失敗してしまったのです。


325 :名無し物書き@推敲中?:2006/08/18(金) 20:20:11
(その84)
人と打ち解ける能力に欠け、打ち解ける努力や苦労をするぐらいなら変人といわれようが無口で通した方が気が楽と
いう姿勢でしたから、アルバイト先でもすぐに浮いた感じになりました。
言われたことに「はい」と返事するだけで、ほかの話ができないのです。
相手次第では喋れないこともないのですが、あいにくここの奥さんと娘さんは軽口のたたけない性質で、自然と空気は
暗くよどんでいきました。
流しには洗剤の泡でいっぱいになった液体があり、混んでくると次々に用済みのドンブリやお椀が放り込まれます。
皿洗いなどほとんどしたことがない上に、几帳面過ぎて動作が鈍くなり、時々奥さんが「も少し早く」と肩越しに囁く
ように声をかけてきました。
同じ姿勢が続くので、運動不足の私の背中はキンキンと痺れるように痛みました。
無我夢中のうちに仕事は終わり、私にもカツ煮定食が出されました。
カウンターでただ黙々と食べていると、奥さんが「どうでした、初日は?」と訊いてきました。
私はこの時の自分の呆れ果てた返事を今でもよく覚えています。
「背中が痛くて猫背になりそうです」と、冗談でもなんでもなく真顔で答えたのでした。
二人は顔を見合わせ、言葉もなく沈鬱な表情をしていました。
店を出ると、私はお濠近くのベンチに腰掛け、しみじみと解放感を味わいました。
たった三時間程度の仕事でしたが、私には大変な緊張の時間だったのです。
結局三日行ってここは辞めました。
辞めたというより、挫折したというのが本当のところです。
会話のない気詰まりな空気がさらに増したからでした。
しかも「辞めます」が自分の口からどうしても言えず、吉永を通して連絡しようかとさんざん悩んだのですが、さすがに
そこまで弱い部分を晒したくはなく、電報を打ったのでした。


326 :名無し物書き@推敲中?:2006/08/18(金) 21:41:10
お待ちしておりました。(^^)

自ら保守上げお疲れです。

327 :名無し物書き@推敲中?:2006/08/20(日) 11:29:54
太宰治は嫌いですが
しかも、まだ全部はちゃんと読んでませんが
1さんはすごいですね。

頑張ってください

328 :名無し物書き@推敲中?:2006/08/20(日) 15:57:31
続きが読みたくなるような「文章」が書ける人って
やっぱり才能があると思うな。
どのジャンルの作家を目指す人であっても
これだけは大切だろう。
1は大丈夫!がんばれ!!


329 :名無し物書き@推敲中?:2006/08/20(日) 16:01:54
自演?

330 :名無し物書き@推敲中?:2006/08/20(日) 19:19:24
>>321
読み返せ
ヒント:足が速い

331 :名無し物書き@推敲中?:2006/08/22(火) 11:00:18
上手いなあ、文章
内容はともかくとして

332 :名無し物書き@推敲中?:2006/08/22(火) 18:27:05
>>1です。

読んでいただいている方にいつも感謝しております。
批判であれ、揶揄であれ、レスがつくと素直に嬉しく感じられます。
まして、お世辞でも上手などと言われると幸福を感じます。
ただ、そのようなレスに「自演?」などと勘繰られるのは嬉しいものでは
ありません。
私は書くことが好きで、書くことを目指して人生をしくじった人間です。
反省のつもりで書いています。
自演までして人の目を惹こうなどというあさましい発想は微塵もありませんので、
どうか分かっていただきたいのです。

特にこれという筋書きを練って書いてはいませんので、書いた後に、ああ、この
一件にはこういう前段階があったなあ、あんな一件があったなあと思い出すことも
多いのですが、それはもう省略して進めています。
私は太宰治を尊敬しているわけではなく、比較的同情、ないしは自分と重ね合わせた
諦念、また人間の性質としては批判的に現在は見ています。
太宰治は「世間」を理解できなかった作家……ではなく、あくまで「世間」に染まれ
なかった人間で、その根拠はあくまで彼の血筋の問題だったろう、それはそれでまた
宿命的な人間の弱さだったろうと思っています。
宿命的という見方はあまりに観念的で無責任な言い方ですが、少なくとも自殺しか道を
選べなかった太宰治という作家に対しては必ずしも不適切な表現ではなく、一体、では
私たちにならばどんな道の選択過程があるのかと迫っている意味では、また逆に非常に
実践的に人生のヒントを与えてくれている作家でもあると感じています。



333 :名無し物書き@推敲中?:2006/08/22(火) 19:28:19
(その85)
10月に入ってから、吉永からアルバイトをしないかという誘いがかかりました。
東京競馬場の指定座席券を4人分手に入れるという仕事で、依頼人は吉永の親戚の眼科医、直接には
眼科医夫人である彼の叔母でした。
指定座席券のなかには、徹夜して並ばないと手に入れられないこともあるらしく、要は競馬場の
入口前に朝まで並んでいれば1万円のバイト料がもらえるのでした。
競馬といえば、私は上京してすぐに不思議な気がしたのが競馬新聞でした。
夕刊に大きな文字で「東京確定」と印刷されており、一体何が東京確定なのだろうと思ったのです。
競馬のある週末に夕刊を買うと、かなりのページをさいて競馬の予想記事があふれており、読んでも
面白くもなんともなく、数字がびっしりと並んだ出馬表は眺めるだけでうんざりしたものです。
私は即座に了承しましたが、私も吉永も他に知人がいないため、残り二人を探さなければなりませんでした。
この時吉永は断然女の子がいいと張り切り、新宿に出て、私の目の前で百人以上の女の子に声をかけましたが、
ただの一人も相手にしてはくれませんでした。
結局大学の写真部の三年生が話しに乗ってき、そのうちの富山出身とかいう一人が実家から送ってきたんだと
いってマスの押し寿司をご馳走してくれました。
指定券が手に入ると、先輩の二人はすぐに引き上げたのですが、吉永と私は入場券を買って場内に入り、一度
馬券を買ってみようということになりました。
私が1000円買った馬券の組み合わせの一つが当たっていたらしく、吉永はそれを払い戻し窓口に持っていき、
戻ってくると4千円と少しの百円玉を私に手渡しました。
その翌週には、私だけ一人、再び東京競馬場内にいたのです。



334 :名無し物書き@推敲中?:2006/08/22(火) 19:39:15
競馬で人生棒に振りました?

335 :名無し物書き@推敲中?:2006/08/24(木) 23:28:56
上げておこう

336 :名無し物書き@推敲中?:2006/08/27(日) 21:21:02
つーづーきーまーだー?

337 :名無し物書き@推敲中?:2006/08/28(月) 15:15:57
作り話じゃん

338 :名無し物書き@推敲中?:2006/08/31(木) 11:11:50
(その86)
私は子供時分から国政選挙や、マラソン、高校野球、大相撲が特殊な意味で非常に好きでした。
それは大勢の政治家、選手、高校、力士のなかから誰が、どこが勝ち上がっていき、その過程でどんなハプニングや
ドラマが展開されるかの面白さで、なかでも選挙の当落情報は釘付けで見ていました。
もちろん子供ですから支持政党などがあるはずはなく、地元も他県も関係なくその投票結果の移り変わりを楽しんだ
のです。
実は私は競馬にそれと大変よく似た興奮と楽しさを覚えたのでした。
アルバイトしたついでに入場した東京競馬場のゴチャゴチャ、ザワザワした雰囲気も嫌いではなく、すぐにその
空気にもなじんだものです。
翌週に早速また足を運んだのは、単に儲けてやろうという気持ちではなく、十数頭もの馬のなかから勝つ一頭を
見届ける楽しさ、また自分の勘を試す楽しさを味わいたかったからです。
吉永にはそのような楽しさを感じる感覚はなかったのですから、ギャンブルの好き嫌いはやはり持って生まれた
各人の性質によるものなのでしょう。
すぐに熱くなる質ですから、この年の秋は競馬のルールや用語を覚えることに費やしたのでした。
全く大学には登校しなくなり、太宰を読むか、競馬週刊誌を読むかして日を送りました。
この時点では私もハッキリと一年の留年を決めていて、いつかは両親に報告しなければと考えていました。
甘いところのある、過保護の親でしたから、小説の研究に力を注ぎ過ぎた、でもその分大きな勉強が出来たので
満足している、来年からは充実した気持ちで授業にも出られるとでも言えば、しょうがないなあと嘆息しつつも
許してくれることは十分判断できました。
そもそも私には何よりYの存在こそが全てであり、一年の留年などYとの将来を思えば何でもなかったのです。


339 :名無し物書き@推敲中?:2006/08/31(木) 21:43:31
小説の研究に力を注ぎすぎた
後悔はしていない

340 :名無し物書き@推敲中?:2006/08/31(木) 22:16:44
大宰府で人妻某に不倫しました

341 :名無し物書き@推敲中?:2006/09/07(木) 10:53:08
(その87)
太宰に「美少女」という小説があります。
私はこれに書かれた、どうしても世間と気軽に馴染めない作者の性格、心理がまだ成人していないにも関わらず
大変共感でき、大いに笑ったものです。
温泉で他人と打ち解けられない。
そして散髪に行くのですら苦行のように感じる作者の心理が私には手に取るように分かったのです。
私は夕食で外食する際、美味しいと思っても続けて同じ店に行く勇気がなく、あちこちを徘徊しながら入りやす
そうな初めての店を探し回っていたものです。
入りやすい店を見つけると、例えまずかろうともそこを贔屓にしました。
接客の態度が良かれ悪しかれ「また来た」と思われるのがたまらなく嫌だったのです。
そしてまずくても入りやすい店とは、私に何の関心も示さない、表情のない店だったのです。
今でも私にはそういうところがあります。
今ではコンビニがあり過ぎるほど街中に展開してしのぎを削っていますが、当時はまだ一般的ではなく、勿論
各店が弁当を競うといった状況では全くなかったのです。
そういうわけで外食ひとつでもヘトヘトになるぐらいならと、私はいっそ自分で夕食を作ることにしたのです。
大変な「鰯の煮付け」を作ったことがあります。
たぶん、これが最初の献立だったと記憶します。
インスタントラーメンを作る時の水の量よりもっと多くの水を鍋に入れ、それに丸く切った大根と鰯を放り込み、
醤油と砂糖を足し、やがて出来上がりを待ったのです。
これで水が沸騰し、水分が減っていけば煮付けの出来上がりと思っていたのですから、全く無知以前のお話です。
グツグツとお湯が鳴り、魚と大根と醤油の入り混じった匂いが鼻に感じられると嬉しい気分でしたが、時間を待ち
ながら私は小説だか、競馬情報を読んでいたのです。
さあ、もういいかと立ち上がると、グラグラ沸騰を続けるまだまだ余りあるお湯の中には目玉が飛び出し、身が
崩れて、半分は骨ばかりという3匹の無惨な鰯がさかんに揺れていました。
鰯は沸騰の勢いで何度も何度も鍋にぶつけられ、ボロボロになっていたのです。


342 :名無し物書き@推敲中?:2006/09/07(木) 11:51:58
(その88)
この時期、私は今でいう「引きこもり」のような生活を送っていたのでした。
外に出るとストレスでクタクタに疲れる。
アルバイトひとつ満足に出来ない。
学業のことは頭になく、時々太宰の文章に刺激を受けては原稿に何か書き散らし、それで充足しないとKやNに
手紙を書いては創作衝動のようなものを発散していました。
冬に入り、帰省のシーズンが到来しました。
私は堕落した生活を両親に見破られるのを怖れたのと、いずれYに会うために春には帰郷するのですから、
あらかじめ親には春休みの帰省を伝えました。
私は心躍らせながらY宛てに年賀状を書きました。
それには、いかにもあれこれ努力しているような数行の文章を添えました。
果たしてYは返事の年賀をくれるだろうか……夢だか現実だかも把握できないような恐怖と期待の入り混じった
感情が年末いっぱい続きました。
「来るわけがない」とお得意の悲観主義に勝手に陥っては沈み込み、「きっと来る」と自分の信念を確信しては
また未来を描く。
一週間が勝負と思っていました。
年明けの何日目であったか詳しくは忘れましたが、割合早いうちだったと思います、映画を観てアパートに帰り、
郵便受けから数枚の年賀状を手にした時、確かに一瞬私はYの名を捉えたのです。
もう半年以上も覚えたことのない歓喜、身体全体が熱気で一遍に蒸発してしまったかのような幸福感情に満たされて
私は一気に階段を二階へと駆け上がりました。
紛れもなく、それはYからの年賀状でした。
これまでと違って、毛筆では書かれていませんでしたが、その代わりに「私も頑張っています」という数行の文章が
添えられていました。


343 :名無し物書き@推敲中?:2006/09/07(木) 20:27:52
ついに来たな。

344 :名無し物書き@推敲中?:2006/09/07(木) 22:32:47
盛り上がってまいりました

345 :名無し物書き@推敲中?:2006/09/14(木) 18:31:42
人間失格しか読んでないあたしでも太宰治語っちゃってもいいんですか?

346 :名無し物書き@推敲中?:2006/09/14(木) 19:25:29
すごい文豪のいるスレですね

347 :名無し物書き@推敲中?:2006/09/14(木) 20:57:14
どうやら作者Aみたいだな

348 :名無し物書き@推敲中?:2006/09/14(木) 23:32:09
>>345 NO,you can't

349 :名無し物書き@推敲中?:2006/09/15(金) 12:19:14
(その89)
以前、奇跡としかいいようのない超常現象のような、また超能力でも発揮したかのような私の「片手懸垂」の
話を紹介したことがあります。
非力で懸垂すら数回しか出来ない私が、片手で軽々と自分の身体を模範通りに鉄棒に横付けしたまま空にいて
先生や他の生徒を仰天させた話です。
ある機会や条件さえ整えられれば、人は誰でも本来秘めているとてつもない力を表に出すことが出来るのでは
ないでしょうか?
機会や条件は、各人の生まれた環境、性格によって様々な違い、バリエーションがあると思いますが、強烈な
目的意識……それは野望でもいいのです……、そしてそれを支える精神力が完璧な状態にあるときに成功する
ものと思います。
究極負けられないという意識が無意識のうちに高まり、極限に達したとき、人は勝ち方をどこからか、それは
背後霊とか守護霊とか呼ばれる言い方で感じ取ることが出来るのです。
それは、ほんの瞬間のことです。
スポーツでも、よく「勝ちたい思いの強い方が勝つ」という表現を耳にしますが、全てがそうでもないにしても
大変核心をついた表現だと思うのです。
「自信」もまた人を進歩させ、成功に導き、未来を明るくします。
日頃の優柔不断、不安や弱気、やる気のなさを打ち砕きます。
Yからの年賀状は、堕落して鬱々とした私の心を完璧に変えました。
不本意な別れのまま、本当はもう自分はYとは縁のない人間ではないのかという不安を常に宿していただけに、
いや、やはりそうではなかったのだという強烈な安堵感に浸りました。
彼女の年賀状をしっかり手にし、これが否定しようのない、素晴らしい現実であることを実感し、私は想像も
しなかった意欲ある生活を送り始めたのです。


350 :名無し物書き@推敲中?:2006/09/15(金) 12:58:37
(その90)
私はYの前で、自分を誇れる身でいたいと思いました。
私とYとは生涯運命的な人生を送るのだ思いました。
この喜びは即座に私の人生の自信のようなものに繋がり、もう人を恐れず、困難にも屈しないぞという勇気を
与えてくれました。
私はまず両親に詫び状を書き、二年に進級できない状況を伝えました。
しかし文面は非常に溌剌として、どこにもくさった気配のない内容でした。
真実私の心が活気に満ちていたからです。
偶然ながら両親に告白する形としては最も効果的なものとなったのでした。
そしてYと会う日までのつもりで、「春への想い」というタイトルの随想を綴り始めたのです。
それは高校時代の私の最大の危機を救済してくれた彼女を、ヘッセの「デミアン」に登場するベアトリーチェに
例え、また現実の女神のように例えて賞賛し、私の将来を夢見るような内容でした。
原稿に向かっていると、しみじみ私は本当の自分に戻った気がし、競馬に夢中になっていたことが実に浅はかで、
下等に感じられて仕方なかったものです。
私はどのようにして彼女に会うかをそろそろ考え、決定しなければなりませんでした。




351 :名無し物書き@推敲中?:2006/09/15(金) 20:01:17
ベアトリーチェというのは、そういう女神的人物を指す人名なのかなー
ヘッセは読んだことがないが、ダンテの作品にも
そういう人間としてよく出る


352 :名無し物書き@推敲中?:2006/09/17(日) 15:56:27
>>349の話前にも読んだ気がするんだが、デジャウ”か?

353 :名無し物書き@推敲中?:2006/09/18(月) 19:34:55
>>1
おまいは俺ににてるな


354 :名無し物書き@推敲中?:2006/09/18(月) 20:00:20
>>1
ゴメン そんな簡単なもんじゃないよな
わるかった。

355 :名無し物書き@推敲中?:2006/09/21(木) 18:45:14
(その91)
いくらYを信頼しているとはいえ、手紙で会いたい旨を伝えても断られたらそれで終わりです。
最初ラブレターを出した時と同じで前進は望めません。
私はもう二度とあの轍は踏まないつもりでした。
当初ぼんやりとながら私が考えていたのは、母校を訪ねてYの弟に会うことでした。
いかにも素直で正直そうなあの彼だったら、きっといい仲介役をはたしてくれるだろうと思ったのです。
ただ、彼が今二年の何組かも不明でしたし、行き当たりばったりに他の生徒たちをつかまえて彼を呼び出して
もらうわけですから一苦労する覚悟が必要でした。
一苦労するのは当然ですが、そういう行為が美しいかどうかの疑問はありました。
ほかにツテがない以上仕方ないとは思うものの、話ひとつしたことのない彼にいきなり恋の仲介依頼ですから、
仮に彼が私の名前を知っていたとしても、それはやはり非常識に映るのではないかと気になってくるのでした。
結局最終的な結論は、私にしてみれば相当大胆なものとなりました。
直接Yの家を訪ねることとしたのです。
母親がいようと構わない、あれこれ小心な小細工を考えず、正々堂々と心を伝えようと決断したのです。
まるで将来の結婚まで意識しているかと詮索されるような決意の仕方でした。
確かに運命的と自分が信じている以上は、そういうことを含んでいることにもなるのでしょうが、現実には
そこまで具体的な発想はなく、ひたすらYとの絆を保っていたいという一念だけでした。
一見大胆に見えはせよ、本当は幼い、いじらしいぐらいの愛情表現なのでした。
会いたい想いは喜びなのか苦しみなのか、迷いと悩みの先には本当に幸せが控えているのか、春はもうすぐ
そこに来ていました。



356 :名無し物書き@推敲中?:2006/09/29(金) 08:02:23
      ,.-;:;:;:;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;: ;: ;:;.、
    ,r'";:;;:;:;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;:;:;:;:;:;:l:;k;,、
   ,イ.:.:;;;;;;;;;;;;;;;;:;:;:;:;.:;:;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;i;:i;1.:.:;;:;、、
  〈,:;:;:;:;:;;;;:;;;;;;;;;;;;;:;:;:;r'^ヾ;:;:;;;;;;;;ノノノ;:;:;ノイイ;:、
   ヾ;:;:;:;:;;;;;;;;;;;:;:;:;:,r'   ``ヾ;:イイ;:;:;:,r,r;:;:;:;:
   1;:;:;;;;;;;;;;:;:;彡′       `''ヾ;:;彡;:;:;/
    ノ;:;:;;;;;;;:;:;ィイ′.           `,ミミミr'
  ./⌒7^i;:;彡'′.: .: .          1ミミ!
 〈 ( イ i;:;,' .: .:: -=ニ三ミ;、、     j!シ
  ,> ヽト、.:::.:. : .  ーrェテr'.:;;` ,、、、,,, /'′
.:.:::.:ヽ ノ .: .: `、    ``"    ノテrミ'r゙
.:.::::::::::i:::::::::::.:..::',  .  .   〈``" /
::::::::::ハ::.i:::::::: :.:.i    `,.  j!  /
;:;:;;;;;;i::.:`、!::::::.: .:′   `ヾ;;;:r'//
;;;;;:;:;:1:::.:.:\::::: :. :``''ー---/ /`7ヽ,,_
;;;;;;;:;;;|::::::.:.ヽ、  ー='''¨_,,ノ /;:;/::::::::::
;;;;;;;:;:;:l:::::.:.:, ィ'"´ ̄     ,/;:;/.::::::::〃
;;;;;;;;:;:;:i::.:〃/      , ィ´;:;;;/.:.:.:::::/;:;:

357 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/01(日) 14:56:39
hos

358 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/01(日) 22:41:01
久しぶりにこのスレ来てみたら
まだ書いてたのかー
続き楽しみにしてますね

359 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/12(木) 22:35:06
なんだかんだで続きが気になる

360 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/13(金) 00:10:51
その92希望

361 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/14(土) 20:23:05
太宰のAAなんてあるのか

362 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/14(土) 20:33:42
つまんね

363 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/16(月) 00:33:18
少し遅すぎじゃないか?

364 :sage:2006/10/18(水) 17:40:44
考えてみれば一年以上書いてくれてんだよなぁ。
人生棒に振ったのちの結末がそろそろ来たんじゃない?

365 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/18(水) 17:43:40
ごめん、あげちゃった・・・。

366 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/18(水) 20:10:30
プレイボーイだったし彼は勝ち組でしょう。

367 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/18(水) 22:43:42
神様みたいないい子でした。

368 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/18(水) 23:26:32
もしや、とうとうカルモチン!?

369 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/19(木) 11:57:39
間違えてヘノモチンかも。

370 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/19(木) 19:16:20
太宰治に出会う以前から人生棒に振ってる気がするのは私だけですか?

371 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/19(木) 23:01:43
卵が先か、鶏が先か。
人生棒に振っているから太宰に出会うのか、
太宰に出会ったから人生を棒に振るのか

372 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/20(金) 06:03:33
まだあったのかこの名スレ

373 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/20(金) 11:54:07
てか、>>1氏どこ???

374 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/20(金) 15:06:30
まだぁ〜?

375 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/21(土) 00:11:25
頼むから生きててくれよ

376 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/24(火) 20:38:29
一ヶ月もあけるのは初めてか?

死んだのか…それも仕方のないことなのかな

377 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/25(水) 00:36:49
あげとくか

378 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/25(水) 02:07:19
ジジイのキンタマで人生を棒に振ったのは
おまえが最初で最後だろうなぁ
バカペルガー残飯(←ATOK標準単語登録済み)
 
 
 

379 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/25(水) 22:18:37
まだー?

380 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/25(水) 23:28:51
これはもう駄目かもな

381 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/26(木) 02:21:15
もう忘れちゃってるのかな

382 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/26(木) 22:20:02
ついにYと駆け落ちしたんだな。

383 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/27(金) 12:01:03
>>1です。
こんなスレでも気にしていただいている方がおられて感謝しております。
前にも述べましたが、私は底辺層の職にいて、また人手不足のために常日頃から
仕事に追われる毎日ですが、今回はまた自分の研修、他人の研修、残業、泊り込みと
時間を取られ、家に帰ることすらなかなかままならない状況で、もうこのスレも
諦めていましたが、こうして消えもせずに存在していて非常に嬉しく感じています。
まだ一月以上こんな状態がつづく上、職場はパソコンを自由に扱える環境でもないので
なかなかこのスレも進められません。
この間にも書けるだろうと思われるかもしれませんが、寝不足の上に面倒な作業が山ほど
あって、今日もまたすぐ出勤です、そしてたぶんまた何日も帰れない状況です。
皆さん、本当に気にかけていただいて感謝しております。
ありがとうございます。



384 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/27(金) 21:39:31
終わりなのかよ!?
せめてYとどうなってどういう風に太宰で人生棒に振ったか位は教えてもらわないと

385 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/27(金) 21:50:26
終わりなんて書いてないだろ

386 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/28(土) 00:01:23
いや、なにはともあれ生きていてくれてよかったよ。
やっぱり死んだら終わりだしな

387 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/28(土) 00:17:53
>>383
俺はお前を待つぞ
いつの日か続きを頼む

388 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/28(土) 00:48:55
このスレは我々が守る!

389 :名無し物書き@推敲中?:2006/10/28(土) 10:38:19
お、1さん現れたね。
生きている事が証明されただけでも収穫だ。
1さんを待っている同胞達も確認できた。
自分も底辺層で生きてる。
世の中に順応できない想いで生きている。
そんな自分のささやかな楽しみが1さんの文章だ。
自分も首を長くしてまってるよ。
でも恋愛話だけで終わるのはかんべんな。


390 :名無し物書き@推敲中?:2006/11/04(土) 00:02:19
守ってみせる

391 :名無し物書き@推敲中?:2006/11/04(土) 03:54:54
今日このスレを知って明日仕事なのに(笑)寝ないで一気に読みました。
続き楽しみにしてます!
どきどきします

392 :名無し物書き@推敲中?:2006/11/04(土) 22:11:22
魔力のあるスレだ

393 :名無し物書き@推敲中?:2006/11/06(月) 16:52:56
保守ついでに太宰ネタでも貼るか。

http://news18.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1162561100/

394 :名無し物書き@推敲中?:2006/11/06(月) 21:09:42
大宰府天満宮

395 :名無し物書き@推敲中?:2006/11/07(火) 11:06:28
>>1さん
頑張ってください。

396 :名無し物書き@推敲中?:2006/11/07(火) 11:12:41
このスレ読んで感動しました。
>>1さんにも、書き込んでる皆さんにも、
太宰にも。

397 :名無し物書き@推敲中?:2006/11/14(火) 01:57:42
保守党

398 :名無し物書き@推敲中?:2006/11/16(木) 07:52:51
一気に読みました!
>>1さん頑張ってください!

399 :名無し物書き@推敲中?:2006/11/16(木) 08:39:55
太宰って女に甘えてるところとか、人生に甘えてるところとか、
本当にむかつくんだけど、あの狂気はなんか惹かれてしまう。
やっかいなやつだなぁ。

400 :名無し物書き@推敲中?:2006/11/16(木) 22:50:33
400!
>>1よ、俺はお前を待つぞ

401 :名無し物書き@推敲中?:2006/11/19(日) 10:34:33
>>1
待ってるよ

402 :名無し物書き@推敲中?:2006/11/19(日) 20:46:33
親友交歓とか、乞食学生とか、お伽草子なんかが好きな俺は太宰好きといってもいいんだろうか。

403 :名無し物書き@推敲中?:2006/11/20(月) 08:54:55
やっと追いつきました。
>>1さん待ってます!

404 :名無し物書き@推敲中?:2006/11/23(木) 00:30:23
保守

405 :名無し物書き@推敲中?:2006/11/23(木) 00:33:12
ジジイで人生棒に振ったのはおまえだけだろうなぁ
バカ残飯

406 :名無し物書き@推敲中?:2006/11/23(木) 02:00:25
と文才の無い馬鹿残飯が妬んでます

407 :名無し物書き@推敲中?:2006/11/23(木) 03:23:04
素晴らしい才能だ!俺はもう小説諦めて仕事しよう。1さんに託すよ。頑張って書いてください

408 :名無し物書き@推敲中?:2006/11/23(木) 03:31:12
踊れよ
カタワの醜い小男
アスペルガー残飯


409 :405:2006/11/23(木) 04:53:46
俺様の名前はダザ〜イ3世〜。

410 :名無し物書き@推敲中?:2006/11/26(日) 12:12:52
>>409
イ`

411 :名無し物書き@推敲中?:2006/11/28(火) 19:00:13


412 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/01(金) 00:07:13
このスレは落ちるには惜しい

413 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/01(金) 02:10:55
でもさぁ、太宰って、都会っ子が読むと、田舎者のたわごととしか読めないんだけどね、
ま、良いじゃない、田舎者同士で共鳴してりゃあ。

414 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/01(金) 05:43:24
>>413
太宰のすごさがわからない時点で終わってるね。
かく言うあんたも太宰の名を知ってるんだから太宰は大したものだろ
太宰?誰それ?とか恥ずかしくて言えないんだから太宰を馬鹿にするな

415 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/01(金) 08:39:14
来期から、プロ野球、パシフィック・リーグでは、今期までの、
「パシフィック・リーグ、プレーオフ・ゲーム
(パ・リーグ、プレーオフ)」
を、
「パシフィック・リーグ、クライマックス・シーズン」
と呼び変える事になったそうです。
でも、それでは長ったらしいように私は思うので、
「パックス
([パ]シフィック・リーグ、クライマ[ックス]・シーズン)」
と呼ぶと、響きも可愛いし、親しみやすいと思うのですが、いかがなものでしょうか。

416 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/01(金) 20:19:47
筒井康隆のスラップスティック(ドタバタ)読むと、すごく太宰的な感じがする
のは俺だけだろうか?

417 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/01(金) 21:23:12
稚拙だが、大衆娯楽作家としてのリアルな感性は持ち合わせている。牧歌的な物語と訣別した軽さが伺えるのは、本当は『人生を棒にふった』などとは考えていない作者のためであろう。悩みに真剣さは感じられぬ。しかし、そうした現代的な『割り切り』が、ある意味新しい。

418 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/02(土) 05:26:37
普通にセントラルシリーズ、パシフィックシリーズ、日本シリーズでいいと思った

419 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/04(月) 17:27:05
クン

420 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/05(火) 00:29:02


421 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/05(火) 12:57:07
>>1です。
書き込みが出来ませんでしたが、この間いろいろ支えていただいてお礼申し上げます。
今週から書き込みを再開します。
今後ともよろしくお願いします。
本当にありがたい気持ちでいっぱいです。
今日はこれからまた慌しく出勤です。


422 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/05(火) 13:23:52
>>1
書かなくてもいいからたまにはレスしろよ
心配させやがって

423 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/05(火) 23:28:20
>>1
たのんます。
あんまり日がたったんで、また初めの方から読みかえすわ。

424 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/07(木) 10:18:48
>>1
待ってます!

425 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/07(木) 22:33:19
黄金風景の解釈って大体が「許しの物語」に落ち着いてるのか?


426 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/07(木) 22:45:11
早速楽しみなわけですが
新人賞に応募しないなんて勿体ない、勿体ない

427 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/08(金) 11:50:05
(その92)
不運に泣き、幸運に笑うと人は言います。
予想外の悲劇との遭遇は不運であり、予想外の幸福に触れることは幸運です。
また、禍福は糾える縄のごとしという言葉があります。
好事魔多しという言葉もあります
人生は予想通りには運びません。
これからお話しする一件を、私はどう理解したらよいのか今でもよく分かりません。
この出来事は今でも恐ろしい夢のように私を苦しめるのです。

春ならではの暖かく、素晴らしく晴れた日でした。
この日、私はY宅を訪ねる前に一度彼女の家の場所を確認しておくべく家を出たのです。
受験生が大学の下見に行くのと同じようなもので、少し引き締まった神経と、まだ試験日ではないという
余裕とが入り混じっていました。
私の場合、まだ受験生でない分、ほんのり甘い気分が漂っていて、この日の晴れた空と暖かい空気に見事に
調和していました。
Yの家を確認する一番いい方法は、Yが下車するバス停の真ん前にある酒店で尋ねることでした。
そして、多分胸をときめかせながら彼女の家を目指して歩くのです。
どんな家なのか、気持ちは次第に高鳴っていきました。
バスで市内まで出ると、私は母校周辺をのんびり散歩し、そのまま城山公園に赴き、公園駅前のバス停から
乗り込むこととしたのです。
城山公園は正式な名称ではありませんが、私たちは普段そう呼んでいました。
歴史的になかなか由緒のある公園です。
Yの家は、このバス停からは一駅、その間大きな峠を一つ乗り越えることになります。
私は黄色いカラーシャツに、お気に入りの緑のセーターという服装でした。





428 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/08(金) 13:03:49
(その93)
「〇〇渓谷」行きのバスが、乗車客私一人を見つけて停車しました。
私は空いている車内の、中間よりやや後ろの右側座席に腰掛けました。
発車して1分もたたなかったと思います、左側最前列の一人座席にいた若い女性が急に立ち上がり、何ごとか
運転手に一言、二言話しかけたのです。
ポニーテールの髪型のその女性の横顔を見たとたん、私は驚きというより、大変激しいショックに似た感覚に
陥り、身体が動かなくなってしまいました。
Yだったのです。
私にとって、この春はまさしくYに会うためにのみに存在していたのですが、全く予測不能のこの状況に、
私はただ腰砕けになって彼女の後姿を見ているのでした。
彼女は俺の存在に今気付いている、何とかしなければいけない、ここをやり過ごしたら二度とチャンスはない。
そういうことは一瞬のうちに判断できました、要は何か行動を起こすこと、つまり声をかけることでした。
座席に凍りついたまま私は迷いに迷っていました。
そしてバスは停車し、彼女は後ろを振り向くことなく下車しました。
バスは再び動き出しました。
いけない!
これじゃいけない!
私は立ち上がって運転手席に走り、「降ります!」と告げたのです。
バスから降り、Yの姿を探すと、彼女は酒店前を左折し、脱いだカーディガンを片手に風になびかせながら、
猛スピードで走り去るところでした。



429 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/09(土) 00:02:16
応援あげ

430 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/09(土) 05:31:45
久々だなぁ

431 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/09(土) 10:36:30
>>1
待ってました!

432 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/09(土) 23:56:35
おお、面白くなってきたぞ。

433 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/11(月) 12:21:50
(その94)
それはほとんど絶望的な光景でした。
Yがゆるい坂道を下って走り去った後、私はなすことなくただ道路に突っ立っていました。
私はこの悪意に満ちた神の業を怨み、またYに対しては「チェッ、逃げて行くにも演技がいるのか」と
憎まれ口を叩いたのでした。
カーディガンを風になびかせて走るYの姿はそれほど絵になり過ぎていたのです。
どうすればいいのか、私は途方にくれながらトボトボと酒店前まで歩き、言い様のない脱力感と現実味の
希薄さにまみれ、また心の奥底から湧きかけようとしている失恋の恐怖を感覚し始めていました。
このまま帰ってしまえば全ては終わる、それはよく分かっていました。
しかし、私から逃げ去った以上、彼女の家を訪ねることも出来ない。
私は酒店前を彼女が走り去った方向と正反対に方向を取ってあてもなく歩き始めました。
少し冷静になると、ある疑問が浮かび上がってきました。
それは彼女が立ち上がって運転手に話しかけた行為のことでした。
あれはもしかして私に自分の存在を知らせるためにやったことではないのか?
最前列に座っていたのですから、いやでもたった一人公園前のバス停にいた私の姿は敏感な彼女の眼に
最初から捕らえられていたはずです。
彼女としては逃げるほど嫌っているのなら、むしろ自分の存在は隠そうとするのが本当なのではないか?
そうだ、あれは敢えて私に自分の存在を知らせるためにやったことなのだと私は思い始めました。
逃げたこととの整合性はないものの、私は今少しでも自分に有利な状況を見出さねばならなかったのです。
実際、彼女が立ち上がって運転手に話しかけたりしなかったら、私が彼女の存在に気付かなかった可能性は
大なのです。
あんまり愚図愚図とここで時間を経過させてはまずいと私は思いました。
私はYの家の電話番号を調べ、ともかく彼女に連絡を取ることにしたのです。

434 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/11(月) 14:58:38
おお!サガンの再来ですな。

435 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/11(月) 18:50:10
今、太宰賞に応募する原稿読んでたんだけど、
面白すぎる。

436 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/11(月) 22:06:10
お、>>1筆が乗ってきた♪

437 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/12(火) 00:59:13
大学生で太宰ってちょっとダサい。

438 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/12(火) 02:38:24
むしろダザい。

439 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/12(火) 06:30:16
フ〜、やっと追いついた!もう朝だ。続きを楽しみにしてるぞ

440 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/13(水) 23:14:04
執筆しやすいようにあげておいてあげましょう

441 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/14(木) 08:31:47
俺もファンだがあんま期待すると
>>1がプレッシャーで書きにくいんじゃないか?

442 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/16(土) 13:55:35
 太宰の小説など、今すぐ捨ててしまいなさい。

http://www.digbook.jp/?osCsid=2c81cbae394f0e333a431d5c65c306a1

443 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/16(土) 20:28:18
(その95)
一旦こうと決めると事の後先も考えず、性急に行動に移さないと気がすまない私の悪癖はこんな場面でも
表れました。
気が付いた時、私は農道にいたのですが、折り良く目の前に一軒の農家があったのです。
私は何の躊躇もなくその家の敷地に足を踏み入れ、開け広げになっている玄関をくぐったのでした。
中に入ると、中三か高一かと思えるぐらいの少女が炬燵に入って勉強していました。
土地柄でもあるのですが、少女は突然の侵入者にも何の警戒も示さず黙って勉強を続けていました。
「すみません」と断って、私はYの名をあげ、電話番号を教えてほしいことと、電話を貸してほしい旨を
伝えたのです。
するとすぐにその家の奥さんが隣部屋から顔を出し、電話なんかしなくてもYさんの家ならすぐ近くですよと、
丹念にYの家までの道順を教えてくれたのです。
Yの家に行く気持ちは全くなかったのですから、内心大いに失望したのでしたが、私はその親切に応えるべく
一所懸命聞く振りを通しました。
こうなるとあの酒店しかないなと私は思い、農家を出ると急ぎ足に来た道を引き返しました。
もう一時の猶予もないという感じでありながら、また一方ではやはり時々臆病風も吹いて、この難事のような
状況から逃げ出したくもなるのでした。
これ以上はないというほど胸の鼓動を高鳴らせ、私は緊張いっぱいに酒店に入りました。
店内には五十半ばぐらいの店の奥さんと、三十前後に見える息子さんが二人で仕事をしていました。
私はおずおずと奥さんの側に足を運んだのです。
「すみません、Y・Yさん宅の電話番号をご存知でしょうか?」
この時息子さんの視線が急にこっちを向いたため、私はますます緊張を強いられました。
「ご存知でしたら、教えていただいて、ちょっと電話を貸してほしいんですが」
「Yさん宅なら、ここから歩いてすぐですよ」
先程の農家の奥さんと同じ返事でした。
「いえ、電話で用件を告げたいので……」
奥さんは怪訝な顔で私を見つめるのですが、私はもうさっきのことを繰り返すわけにはいきませんでした。



444 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/18(月) 15:53:29
いよいよ再会?それとも…。
引っ張るけど、上手いなあ!

445 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/18(月) 19:31:26
1年3ヶ月も書き続けてるわけだけど完結まであとどのくらいなんだろうか

446 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/18(月) 19:37:29
今日中にカタがつくよ

447 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/18(月) 21:04:30
待ちますよ。
待ちますとも。

448 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/19(火) 01:34:37
えぇ、そうですとも。待ちますとも

449 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/19(火) 05:54:40
お、いつの間にか再開してるじゃないか。
読ませてもらってるよ。楽しみだ。

450 :あぉ:2006/12/19(火) 14:24:11
「太宰治で人生棒に振りました」という題名で投稿した方がいいと思う。
題名から惹きつけられるし読んでみようって気になる。
お仕事頑張ってくださいw

451 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/19(火) 22:19:54
やっと追い付いた。
Yとの関係が決着したら了なのかな?ともあれ>>1さん、待っております。

452 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/21(木) 10:15:36
(その96)
好奇の視線をまともに浴びながらYと電話で話すのには正直かなりの抵抗があったのですが、もはやそんなことを
気にかけている場合ではなく、私は奥さんから教えられた通りの番号でYの家の電話を鳴らしたのです。
呼び出し音がするとすぐに「はい」と返答がありました。
まるで電話機の前で待機していたかのような素早い反応で、私はこれはYだと直感しました。
「あ、あの、Yさん……」
「私です」
押し殺したような声でした。
「ああ、僕だけど、さっきバスの中にいたんだけど……気付かなかった?」
「あ、気付いたような気もしたけど……」
滑稽な答え方でしたが、それだけYにも多少動揺があったのでしょう。
「今、バス停前の酒店にいるんだけど、ちょっと出て来れない?」
Yはしばらく沈黙した後「少し待ってください」と言って電話機の前から離れたようでした。
母親に相談に行ったなと私は思いました。
どうか来てほしい、必ず来てくれ……待たされる間、私は必死に祈っていました。
「もしもし」
Yが戻って来ました。
「ちょっと用がありますので」
なんだよ!と私は叫びたくなりました。




453 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/21(木) 10:40:06
(その97)
「じゃ、帰る!」
私はすねたように言いました。
そして事実すねるしか能のない無力の自分を感じたのです。
Yは落ち着いた声で「〇〇さん、大学はどこに行かれたんでしたっけ?」と尋ねました。
私もまた少し落ち着き「〇〇大学の法学部」と答えました。
「頑張ってください」
私は再度呼びかけました。
「ねえ、出て来てくれない?」
Yはまたしばらく沈黙し、「用がありますので」と答えるだけでした。
私は一気に自分を支える力が抜けたのが分かりました。
「じゃ、さよなら」
私は弱々しく受話器を置き、フラフラと酒店を出ようとしました。
その時背後から奥さんの声がしたのです。
「すみません、電話代いただいていいですか?」
「あ」と私は自分を取り戻し、ここで惨めな様は見せられないぞと自分に言い聞かせました。
息子さんが「母さん、いいんだよ電話代なんか」と諌めるような口調で言ったのですが、私は今の一切を知られた
恥ずかしさを感じました。
しかし私は気を強くして「いえいえ、すみません。お代は払います」とあえて笑顔を作りながら電話代を奥さんに
渡したのです。

454 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/21(木) 11:20:39
太宰って中二病の象徴だよな。

455 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/21(木) 11:53:49
(つд・)
Yってこんな子だったっけ?・・・読み返してくる

456 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/21(木) 12:05:11
結婚を迷っている若き独身男性諸君、結婚ほど馬鹿馬鹿しいものはない。
今の20代、30代の女は「どうやって男にたかるか」を必死に考えている。だまされるんじゃないぞ。

「結婚は1億円の無駄遣い」

実際は1億どころじゃ済まないけどな。子供ひとりで4000万の出費だ。宝くじでも当たったら、考えてくれよ。

結婚した瞬間に、30年間の強制労働が約束される。
どんなにがんばって稼いでも、自分で使える金額は1日数百円程度になるぞ。
どうしても買い物がしたければ、妻に頭を下げて「お願い」するんだ。
そして「無い袖は振れません」と、あっさり却下される。
残りはすべて、ガキと女が「当たり前のように、何の感謝もなく」吸い尽くす。

家事は極めて軽労働になった。
さらに、コンビニやインターネット、AVや風俗関係も、ますます「嫁いらず」に拍車をかける
昔は男にとって結婚も妻も「必要」だった。今は「人生の不良債権」にすぎない。
社会的に男女は対等で平等です。男性が女を養う必要はありません。
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457 :おなにー:2006/12/21(木) 14:16:22
あーしこりてー


458 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/26(火) 10:29:21
1年ぶりとはいえ同級生に敬語使ってるあたりが笑える

459 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/27(水) 01:09:34
続き期待上げ

460 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/27(水) 05:26:27
>>1
かわいそう・・・色んな意味で

461 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/29(金) 11:05:40
(その98)
酒店を出ると、光がいやに眩しく、痛く感じられました。
家を出るときは素晴らしく私の心に調和していた青空も暖かな陽気も、今は一遍に不似合いで皮肉な様を
演出しているだけでした。
帰るよりほかはなく、私はバス停までトボトボと歩いたのです。
バス停は目と鼻の先でしたが、そこに着くか着かないうちに急に物凄い寒さが私を襲ってきました。
私はブルブル震える身体を必死にさすりながら、それでも今しがたYが走り去った坂道の方向に時々視線を
向け、ひょっとすると彼女の姿が再び現れはしないかと淡い期待を寄せたものでした。
辛い、お迎えのようなバスが到着して乗り込むと、私はもう既に立っているだけの気力すら使い果たしていた
ようで、後方の空いている座席を見つけると崩れるように仰向けに倒れ込みました。
一向にやまぬ寒気に身体を縮込ませ、頭上の窓から外を覗くとどこまでも青空が続くばかりでした。
と、今度は奇妙な可笑しさが急襲し、私は身体全体をブルブル震わせながら、またヘラヘラと笑ってもいたの
のです。
あの青空は、今思い出しても凍り付くような寒い色でした。

家に戻ると、私はただちにY宛てに手紙を書き始めました。
何か意図あってのことではなく、純粋にそうする以外私の呼吸する方法がなかったのです。
便箋を用意した途端、ほとんど自分の意志とは関係なく爆発的にペンが走り始め、一字の訂正もなく一気に
7、8枚の手紙が書きあがったのです。


462 :名無し物書き@推敲中?:2006/12/29(金) 16:32:34
>>1
おっまた始まった
ガンガって!

463 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 11:30:35
(その99)
Yは地元国立大学の教育学部に合格していました。
もちろんそれが私の念頭にあったものらしく、手紙の内容はほとんど全部教育に関する話になりました。
一体、いつのまに私自身がこれほど教育の知識や情報を得、教育論とも言えるような考え方を身につけていた
のか、全く自分でも信じられないような思いでした。
最後には彼女が必ず立派な教師となって子供を社会に送り出してくれるだろうことを信頼しながらペンを
置いたのです。
何の未練も執着もない、大仰に言えば潔いほどの手紙だったと思います。
しかしこの手紙を投函することはありませんでした。
書き終えた時には、非常に感情も落ち着きを取り戻しており、なんだか心も澄み切って一種の覚悟が芽生えて
いたのです。
地元では国立大学を卒業した人間はそれで一定の評価を得ることが出来るのでした。
私のようなMARCH程度の人間が相手では、Yも物足りなく感じても仕方ないだろうという腐った気分も
ないではなかったのですが、しかしそんなこと以前に私は自分の現況を思えば、そもそも彼女のような優れた
女性と交際出来る資格も力量もないのだとすぐに覚ることが出来たのです。
しかし、神はもう一度とんでもない企みを私たちに施したのでした。



464 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 23:04:38
こんなんじゃ佐原に勝てないぞ。

465 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/03(水) 23:03:02
>>1って勉強してないみたいに書いてたけどちゃっかり
MARCHとか行っちゃってんのな。

466 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/04(木) 01:53:33
そういう事に触れると…学歴論争になるから、やめとけ

467 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/04(木) 09:20:15
ずっと思ってたんだけどMARCHってどこ?

468 :MARCHでぐぐるといいよ:2007/01/04(木) 13:03:20
日産。

469 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/04(木) 19:58:49
ツンデレな回答ありがとう

470 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/05(金) 00:25:39
このスレは三年越しなの?長いな

471 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/05(金) 00:32:10
>>468
明治青学立教中央法政
良くも悪くも学歴論争の火種になりやすい中学歴


472 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/06(土) 23:44:43
この小説凄い
私は没入すると頭の中に曲が流れだすんだけど久々にきた
コインロッカー・ベイビーズ以来だ

473 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/09(火) 12:52:37
(その100)
私はすぐにも帰京することにしました。
Yがはっきり自分とは無関係な人間になった以上、いつまでも実家にいるのは辛かったのです。
ただ、Yをほとんど自分の運命の女とさえ思っていただけに、私にはこんな別れ方はあまりに唐突過ぎて、頭では
受け入れているものの、なかなか急にこれを身体全体で現実とは捉え切れない感覚も当然のように残っていました。
Yと別れて三日目、帰京の前日、私は弟と二人で市内に衣服の買物へ出かけました。
鶴屋という評判の衣服店で、春物のシャツ類をまとめて購入する予定でした。
弟は二階へ上がり、私は一階を歩き回りました。
店内で、私はふと見覚えのある女性を一瞬目にし、おや、あれは誰だったかなあと思いながらすぐに視線を逸らして
またシャツを探して歩きました。
私は外でさして親しくもない人たちと会うのが大変苦手で、一言の挨拶ですらかなりの勇気を要するため、極力顔を
合わせないようにしたものです。
数分後、私はまた私の正面に先程の女性を一瞬捕らえて目を逸らし、ああ、あれは理髪店の奥さんだと思ったのです。
高校時代は必ずその奥さんのいる理髪店に通っていたのでした。
やがて弟が一足先に買物を済ませてやってき、「外で待ってるよ」と言って店を出ました。
私も程なくシャツ類を籠に入れてレジに並びました。
と、またしても私は真正面、10数メートル先に理髪店の奥さんの姿を捕らえたのです。
奥さんは若干顔を横に向けていて、何だか今にも泣きそうな顔をしていました。
よく会うなあと苦笑しながら、それでもまともに顔を合わせて挨拶するのは嫌なのですぐに私は顔を逸らしました。
勘定を済ませて出口に向かった時でした。
こちら側に背を向けてしゃがみ込み、何か衣服を探している様子のコート姿の女性が突然立ち上がり、私の方を振り
向いたのです。

474 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/09(火) 13:39:18
wktk

475 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/11(木) 10:59:41
続き待ってます!

476 :(o^-^o) ◆m0yPyqc5MQ :2007/01/11(木) 15:07:10
すごいねえ

長くて

Yに執着してるね

477 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/12(金) 10:57:46
(その101)
この時の衝撃を表現するには大変難しいものがあります。
そして、この体験は今も私を懊悩させ、後悔、不運の極地として悪夢のようにいつでも蘇るのです。
女性は長い黒髪を肩まで垂らし、薄緑のトレンチコートを上手に着こなしていました。
彼女はまさに私を待ち構えていたかのように私の真ん前に立ち、何ごとか囁きながら頭を下げて挨拶
したのです。
しかし、その眼は深く閉じられていました。
その瞬間、私はほとんど腰が砕けるかのようでした。
Yだ!
Yだ!
それがYだと気付いた時には、私は既に彼女の前を通り過ぎており、また驚愕のあまり彼女の方を振り返る
余裕がありませんでした。
そして一時に店内の出来事が奇麗に理解できたのです。
再三私の視線の先に姿を現したのは、理髪店の奥さんなどではなく、Y自身だったのです!
「何てことだよ!」
混乱しながら店を出ると、弟がすぐに近寄ってきました。
「Yだ!」
私は興奮しながら声を発しました。
「え?」
「Yがいたんだ!」





478 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/12(金) 11:43:48
(その102)
「Yがいたの?」
弟にも多少Yのことは話したことがあったので、彼も名前ぐらいは知っていたのですが、もちろんこの時の私の
動揺の意味など判るわけはなく、場違いな微笑を浮かべていました。
私は当然戻るべきでした。
この神の計らいを受容すべきでした。
「どうしようか」
私は呟きながら立っていました。
まだYは店内にいる、今戻れば先日の別れなど何でもなくなる。
さあ、行け! 戻れ! 会いに行くんだ!
私はさかんにそう自分を叱咤するのでしたが、私の両足は踵を返すことをしなかったのです。

あの時、なぜ戻らなかったのか、長い年月、私は何度も何度も繰り返し考えました。
弟がいなかったら戻っていたのではないかと思うこともあります。
弟というごくごく身近な存在があったために気持ちを集中させることが出来なかったのだと。
また、どこかYに対し先日のお返しをしたかったのだという復讐心も湧いたのではないか?
いや、単純に勇気がなかったためなのかもしれません。
トレンチコートのYは非常に大人びていて、圧倒する美しさで私の真正面に立ったのでした。
ポニーテールのYの残像ばかりが頭にあって、ロングヘアーにコートスタイルのYなど想像もできなかったこと
で、この変化にすっかり打ちのめされ、向き合う勇気が削がれたのだと。
あるいは、先日の一件で、彼女の本心を覚ったという強烈な諦めが既に根付いていたためなのかもしれません。
本当の理由は私にもよく判りません。
ただ、いまだに信じられないようなこの不可思議な現象を思う時、私は人は定められた自分の運命や宿命からは
どうあがいても決して死ぬまで逃れることは出来ないのではないかと感じるのです。




479 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/12(金) 12:23:07
(その103)
ある不気味さをもって、私はあの摩訶不思議な現象を思うのです。
一体、なぜ鶴屋でハッキリと三度もYの姿を視線に捕らえながら、それが彼女自身だと分からなかったのか?
レジに並んでいた時に見た泣きそうな顔のY、何か必死そうな顔のYがなぜ理髪店の奥さんにしか見えなかったのか?
最初からYだと認識していたら、これはもう何の困難もなく私たちはこの神の計らいに感謝しながら一緒になって
街中へ出たことでしょう。
それとなく私の付近に来て、私にその存在を気付かせる、それこそは高校時代から変わらぬYの典型的な行動スタイル
でした。
私はただ声をかければ良かったのです。
その最高のチャンス、どこにもない、この奇跡のような恋愛の実は何とも奇怪な現象ゆえに無惨に捥ぎ取られたのでした。
バス中で会った日には逃げて行ったY、けれども私の呼び掛けに拒絶の支持を出したのは明らかに彼女の母親でした。
実はY自身は私と会ってもいいと思っていたのでしょう。
それが鶴屋店内での彼女の必死の行動だったのです。
それでもなお私たちはとうとう一度たりとも寄り添うことはできなかったのでした。
これはもう彼女の守護神が全身全霊を込めて私という悪魔から彼女を救済したのだとでも考えざるを得ません。
激烈な愛情表現をするYでしたから、一度でも寄り添えば彼女は私のようなダメ人間とでもとことん転落するまで一緒
という可能性は充分あったと思います。
彼女の幸福を思えば、それは私などと付き合うなどとんでもないことで、彼女の守護神は立派過ぎるほどに彼女を守った
のです。




480 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/12(金) 23:46:58
>>1
なんとか2ch閉鎖までに完結させれないものだろうか?
こんなに素晴らしい作品を途中で終わらせるなんてもったいない。

481 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/16(火) 07:02:42
けど、無理に完結させるような事はして欲しくないなぁ

482 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/16(火) 23:38:37
ほす

483 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/17(水) 21:47:38
あれ、閉鎖ってガチなの?

484 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/23(火) 10:50:59
(その104)

 第三章

大学をやり直そうという気概はふわふわと煙のように消えていき、ただ小説を書こうという曖昧で安易なだけの
意志、というよりそんな気分を抱いたまま私はその日暮らしを続けていました。
ある日神田古書店街で、私は山岸外史の「人間太宰治」という本を見つけました。
檀一雄などと一緒に太宰と深い親交のあった人で、これをパラパラめくったところ、読みやすさもさることながら、
太宰治の気性、生の生活を非常に自然に観察した内容になっていて、私は一遍にこの本の虜になって購入したのです。
小説とはまた違う抜群の面白さがあり、読み進めていくうちに一気に読了するのがもったいないぐらいの感じになり、
私は太宰の小説と合わせて楽しんでいくことにしたのでした。
私は高揚した、けれども実際的には堕落した、親に甘えているだけの生活の中に埋没したのです。
この頃、久しぶりに吉永と会って飲み、なぜか話の最後に私は「大学は中退するよ」と宣言したのでした。
もやもや停滞するばかりの打ち沈んだ日常、腐敗した精神の行き着き先のこの結論はここでやっと決定されたという
ような、そんな感じでした。
吉永は特に驚きもせず、逆にちょっとした皮肉の笑顔を見せ、ひとこと、
「仮面もまた真実」
と偉そうな口調で言ったのでした。
「なんだよ、仮面って?」
私は吉永の言葉の裏にある意地悪な感覚に少し動揺しながら、こいつとはもうこれが最後だなと思ったのでした。
この年の秋、吉永から「学園祭に行こう」という誘いの電話が入り、私は断ったのですが、実際吉永との交際は
これで終わったのです。





485 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/25(木) 19:57:25
(その105)
太宰の小説の良さは「弱さ」であると、批評ではなく感覚で知って私はこの弱さや脆さを現実の中で共有
していました。
私は自分の経験として、心や神経の傷の癒しは「自虐的な喜劇」で発憤できると分かっていましたから、
太宰の小説にちょこちょこと、やや大仰に出てくる失敗談が痛快で、またとても慰めにもなるのでした。
高校時代に、教科書で「富嶽百景」が出てき、この時国語教師でもあった担任は太宰治は「反俗の人」と
紹介しました。
間違ってはいないと思いますが、私は弱さ、もろさゆえに反俗になるしかなかったのだろう、反俗に徹して
鬱憤を晴らすしかなかったのだろうと考えるようになりました。
何も太宰を真似るのではなく、無論真似たくもなかったのですが、大学の不登校を続けながら仕送りだけは
当然のように受けるという私の生活は太宰の話によく似ていました。
しかし、太宰にはもしかするとまだどこかに普通の学生に戻ろうという意志があったか、あるいは既に
そのような意志もなく、まさに堕ちていくだけの人生に身を捨ててしまおうという無意志の状況だったかの
ように思えます。
非合法の共産党活動に身を置いた瞬間から、彼はもう自分の人生を捨て鉢にしていたのかもしれませんが。
共産主義という「道」を知った以上、自分を欺けずに非合法活動を支持するこのような性格を私はまた大変
好きでした。
私の場合はハッキリと中退を決意したところが太宰治の事情とは違いました。
あくまでもまだ「小説家となるか、さもなくば何にもなりたくない」という人生への決意が続いていたのです。


486 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/25(木) 20:20:15
どっかにまとめてよ。

487 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/25(木) 20:28:58
(その106)
秋の入り口、早稲田の法学部を出て当時の大蔵省に勤めていた親戚が私を訪ねてきました。
父方の親戚で、私が小学校の頃何度か私の家に遊びにきたことがあります。
清潔を絵に書いたような性格の人でした。
また、この親戚の弟は国立大学の助教授になった人で、父方には非常に真面目で教育分野に就いた人間が多く、
父の故郷からは親戚の校長やら教師が入れ替わりよく来ていました。
ついでですが、母方は全く逆に芸術系の血筋でした。
国立大学の農学部を出ながら著名な画伯の弟子になったあと、一人息子であったために渋々実家の養鶏場を
継いだものの、結局は破産させた人間とか、絵描きを目指し、短歌、俳句を作りながら夫婦で漂流した末に
神主になってしまったのやら、演劇を目指して挫折したのやら、世間でいうところの“ろくでもない”連中が
多いのです。
私も強烈に母方の血を受け継いで“ろくでもない”人間になってしましましたが。
さて、大蔵省のこの親戚は父に依頼されて私の大学中退の意志を撤回させるべく説得に来たのでした。
一所懸命、社会組織のあり方と大学の専門教科の必要性、教養性を説くのですが、私は頑固に未熟な情熱を
ぶつけるのみでした。
彼は新婚で、翌年の冬のまだ寒い頃、非常に優しい奥さんを連れてもう一度私を説得に来ましたが、私の意志は
既に固まっていました。
涙が出るほどに懐かしい思い出です。
彼は後に故郷に帰り、有力銀行に勤務してある経済予測を発表します。
これは現実になってこの地方では相当話題になったのですが、この時彼は既に病死していました。
国立大学の助教授の弟も事故死していますが、父方の血筋は短命血統でもあるのです。

488 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/29(月) 00:39:31
ほしゅあげ
次まってるお

489 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/30(火) 10:51:11
(その107)
山岸外史の「人間太宰治」は、彼独特の山岸流観察眼で書かれており、彼自身のその神経の細かさもまた太宰の
神経の細かさに通じていて、非常に面白いものでした。
多分、普通の人間であれば常識というものを考えて抑制したであろうと思われる些細な日常の、決して秀でている
とはいえない凡俗だったり、あるいは卑小な太宰の精神構造を紹介していて、それが私の交友事情に似通っても
いて、まるで私自身がその本の中で交流しているかのような安心感が生まれ、すっかり孤独も癒されるのでした。
そして太宰の小説のあちらこちらには、心底私が共鳴出来たり、同じ苦しい失敗談、恥辱、怒りが散りばめられ、
かと思えば理想の生活にも思えるような文章があり、私はこれらの文章の脇に夢中で赤い線を引いたものでした。
滑稽というか、無茶な話なのかもしれませんが、私は当面の生活を太宰治の幾つかの小説のメッセージから組立てる
ことにしました。
実態は転落の初歩であるにも関わらず、私は悲惨なほど暢気に人生に臨んでいたのです。
私は親の仕送りを断り、アルバイトを見つけて誰からも干渉されない生活を目指しました。
以前“かつ煮定食屋”のアルバイトでは失敗していましたから、窮屈さを感じない仕事を探しました。
同時にアパートも賃料の安い場所に移り、ここで小説をひとつ書き上げるのだと発奮したのです。
仕事はシフト上、一人勤務もある某乳飲料の駅店舗の店員でした。
朝早い勤務でしたが、その分午後二時頃には帰宅でき、ゆっくり小説も書ければ、好きな勉強も出来るのでした。
私はこれによって理想の生活を送るべく“七つの幸福”なる生活信条を作り上げ、大きく胸を膨らませたのです。
客観的に自分を監視する力は全くなく、この頃はあくまで自分の道を突き進むことが己の運命だ、そしてこの後には
必ず成功がある、いやこの生活を得ない限り成功はないとさえ思っていたのでした。




490 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/31(水) 23:02:42
七つの幸福・・・

491 :名無し物書き@推敲中?:2007/02/06(火) 01:57:19
保守野ジャパン

492 :名無し物書き@推敲中?:2007/02/06(火) 22:33:06
続編を待つ

493 :名無し物書き@推敲中?:2007/02/12(月) 07:49:44


494 :名無し物書き@推敲中?:2007/02/12(月) 17:07:30
(その108)
無頼派として知られる太宰治ですが、彼はその作品の数多くに彼の文学に対する非常に真摯、実直な態度を
示しています。
すぐにも崩れそうな意志の弱い生活、しかしそんな現実の自身とは正反対の前向きで、健康的な心意気もまた
彼の特徴です。
私は太宰の小説の幾つかに影響されて、自分の生活も文学という目的のためにはいつも真摯的でなければなら
ないと考え、強欲とか怠惰やあらゆる破滅への誘惑に打ち勝とうと質素な“七つの幸福”という生活信条を
作ったのです。
  
  一曲のモーツァルト (という幸福)
  一篇の小説 (という幸福)
  一杯のコーヒー (という幸福)
  一つの夢 (という幸福)
  一つの思い出 (という幸福)
  ……
  ……

七つの幸福というからには当然あと二つの幸福があるわけですが、今はもう思い出すことが出来ません。
またこの生活信条も、やがて酒と煙草を覚えてからは次第に消え去っていったのです。
ただ、駅売店のアルバイト生活を継続してる間は非常に機能していました。

495 :名無し物書き@推敲中?:2007/02/12(月) 18:00:15
(その109)
乳飲料の駅売店はJR構内にあり、私は二つの駅、三店で勤務しました。
朝早くまず本店に出社し、仕事着に着替えてから駅に向かうのですが最初はこのユニフォームが恥ずかしくて
ひたすら俯きながら歩いたものでした。
仕事は牛乳を始めとした飲料やパンなどの販売がほとんどでした。
仕事そのものは楽でしたが、従業員は私ともう一人専門学校に通うバイト以外は全部女性で、相当神経が疲れる
こともありました。
単調な日々でしたが、アパートに帰るとコーヒーで寛ぎながらモーツァルトを聞き、また太宰などの小説をめくり、
作家になる夢を描き、Yを想う……、そして原稿を広げる。
原稿にはなかなか手がつかず、疲れて眠ることが多かったように思います。
売店ではすぐに手痛い体験が待っていました。
一人勤務の売店では自由に、好きなように振舞えたのですが、シフトは女性従業員と二人、または三人で組むことの
方が多かったのです。
私は相変わらず無口で、無愛想、気もきかない方でしたから、五十前後ぐらいの一人の女性には大変苛められました。
「神経病みが来た」と平気で言い、挨拶しても返事はしない、仕事を教えない、無視する等々で私を苦しめたのです。
私と交代で専門学校生が来ると、わざとらしく彼と私を比較して私を貶めたりもしました。
私は怒りよりも、何しろこのような人間と会ったことが生まれて初めてでしたから当惑したり、呆然とするばかりでした。
ただ、この女性はよく唱歌などを口ずさんでいて、ある時私のとても好きな歌をハミングしていました。
私は思い切って「〇〇さん、今歌ってるその歌、とてもいいですね。なんていう曲ですか?」と訊いたのです。
彼女は意外な私の声かけに少し驚きながらも「埴生の宿よ」と答えたのでした。
人間というものは本当に不思議なもので、たった一つのこの会話だけで私たちの間の冷え切った関係は終わったのです。


496 :名無し物書き@推敲中?:2007/02/12(月) 18:33:43
(その110)
さて、売店には「マガちゃん」と呼ばれている二十三、四ぐらいの太った娘がいました。
色白で目が大きく、可愛いというのか派手というのか、かなり色気を持った子でした。
ただ行動は豪快で、背筋も伸ばして男勝りというのか、大胆なところがありました。
名前が馬上でマガちゃんと呼ばれていたのです。
彼女はとても親切に私に接してくれ、いろいろと世話もやいてくれるので、私も彼女と組む時はとても楽しい
仕事の日になっていきました。
彼女は結構飲むのが好きで、昨日はどこへ行って誰と遊んだかれと遊んだなどと話すのでした。
「昨日は弁護士さんと飲んだのよ」などと言って、まだ酒が抜け切れていないこともありました。
そのマガちゃんが、ある日私を誘うような様子を見せたのです。
帰りが一緒になり、本店に着くとマガちゃんは二階に着替えに上がる途中、そっと私の名を呼び手招きしました。
愚鈍な私は「えっ?」と大きな声を出してマガちゃんの顔を見てしまったため、中年の女性事務員が訝しい目で
階段の途中にいたマガちゃんを見ました。
マガちゃんはあわてて「ううん、なんでもない、なんでもない、いいの」と言い残してバタバタと音を立てて
着替室に消えて行きました。
これは、何かあるぞと、私は少し期待感を持ったのでした。
私は彼女の色白の肌を恥ずかしくもなく妄想したのですが、やがてこれは妄想から現実のものになったのです。




497 :名無し物書き@推敲中?:2007/02/13(火) 23:36:38
面白くなってまいりました
ここにきて1のルックスが気になる

498 :名無し物書き@推敲中?:2007/02/16(金) 01:39:22
おれ太宰嫌いだったけど
年を経るにつれ人生が太宰化してきてる


499 :名無し物書き@推敲中?:2007/02/16(金) 13:36:39
(その111)
マガちゃんは私を「あんた」と呼んだり「〇〇さん」と呼んだりしました。
バイトの面接では学生証を示して採用されましたから、私は大学生扱いでした。
もっとも、これらの時点では正確な退学届けを出していたわけでもありませんでしたから、学生は学生だったのですが。
何日かたってマガちゃんは、翌日が私の休日という日に、一遍飲みにいかない?と私を誘ってきました。
それは本当にたまたま私が休日を控えていただけのことで、あまりに普通の誘いでしたからこの時はまさか彼女とホテルに
行くことになろうなどとは考えもしませんでした。
当時はまだカラオケボックスはなく、カラオケクラブとか、カラオケスナックと呼ばれる店が流行していました。
マガちゃんが誘ったのは行き付けのカラオケスナックで、繁華街の路地にありました。
こういう店は初めてでしたから緊張はありましたが、マガちゃんが磊落な人でしたから私も随分救われたのです。
穏やかな笑みを絶やさないマスターの好印象が今も胸に残っています。
マガちゃんはボトルキープしているウイスキーの水割りを飲みながら、マスターと世間話をするのでしたが、私には本当に
どうでもいいつまらない内容で、またついてもいけず小さくなってビールをちびちびと飲んでいたのです。
そもそも人と話の出来ない私には全く不似合いな場所で、マスターが気をつかって時々そんな私に声をかけてくれる
のですが、せいぜい下手な相槌をするのが関の山なのでした。
ただ、マガちゃんは「真面目な子よ」とか「すごく頭いいの」とかマスターに紹介するので、私がマガちゃんからどう
見られているかだけは判断出来たのです。
ここの話から、マガちゃんもどこかのスナックでバイトしていた経験があるようでしたが、詳しいことは訊きませんでした。
マガちゃんはカラオケで演歌を披露し、他のお客から拍手をもらっていました。
ふっくらとしたマガちゃんの白い顔は、アルコールと華やいだ感情で桃色から少し赤味の強い色調に変化していました。




500 :名無し物書き@推敲中?:2007/02/17(土) 21:40:49
>>498
カワイソス

501 :名無し物書き@推敲中?:2007/02/21(水) 01:27:46
陰日向に咲くより面白いんじゃないの?

502 :名無し物書き@推敲中?:2007/02/23(金) 11:34:32
(その112)
ウイスキーの水割りはこの日が初体験でした。
テレビドラマや歌謡曲でさんざん取り上げられる飲み物ですから、随分興味を持って口に運んだのですが、
少しも美味しいとは感じず、むしろ不味いと思うばかりでした。
といってビールばかり飲むのは不経済だったのでしょう、私はさかんに水割りを勧められて断る方法も知らず、
ひたすらチビチビと飲み続けたのです。
「あんた、お酒強いのねえ!」
マガちゃんには、私が酒が飲めることが相当意外だったようです。
しかも全然酔わないのを見て驚いたのでしょう。
私はただ飲むよりほかにこの場の空気を埋める手立てを知らなかっただけなのです。
ただ次第に頭の芯が痺れかけたような感覚もさすがに感じてはいたのです。
スナックを出るとマガちゃんはスイスイとあちこち歩きながら一軒の寿司屋に入りました。
途中、目まぐるしく移り変わるネオンサインや赤提灯を見ながら私はマガちゃんとまるで恋人同志のように
一緒でした。
この正確な時間は思い出せませんが、まだ帰りの電車を気にしたわけではなかったので10時前後だったのだ
ろうと思います。
非常に照明が明るく、また握り職人や従業員の数の多い店でした。
ほとんど満員で活気に溢れており、お客の笑い声が絶え間なく続いていました。
お客は中年以上ばかりが目につき、私たちのような若いお客がいたような記憶はあまりないのです。







503 :名無し物書き@推敲中?:2007/02/23(金) 11:41:09
美しい国日本

先進国中
自殺率一位
出生率最下位
貧困率二位
国債残高は536兆円と先進国で最悪
男女不平等" 格差、先進国で一位
いじめ七年間0件(笑

504 :名無し物書き@推敲中?:2007/02/23(金) 12:20:31
(その113)
私たちはカウンターに通されました。
「なんか飲む?」
マガちゃんの顔は人目で飲んだなと分かる赤い顔でした。
さすがに豪放な彼女も、年齢のいった客層ばかりの雰囲気に少し押され気味のようで、最初は落ち着かなく
周囲を見回していました。
もっとも誰か知人の顔を探っていたのかもしれませんが。
スナックでは大したものをお腹に入れてないせいで、寿司は大変にありがたいご馳走でした。
寿司屋といえば、私は上京後一年ばかりはよく一人で夕食に入り、隅っこのテーブルで黙々と食べたものです。
大抵店が開いたばかりで、客がまだ来ない時間を見て入っていました。
性格的に、外食するのには大変苦労した話を前に書きましたが、もちろん寿司屋に入るのもそれは同じことで、
「えい!」と目を閉じて入るぐらいの勇気を要したものです。
寿司屋に限りお客のいない時間を狙ったのは、寿司屋ではお客がいればいるほど一人浮いてしまう体験を思い
しっているからでした。
私はカウンターというのがどうも苦手で、寿司屋に限らず食事する時は大抵テーブルを独り占めしていました。
逆に酒を飲み始めてからはカウンターが一番落ち着き、カウンターが満席の時は入らなくなってしまいました。
私たちはビールをカウンターに置いて、あれこれと食欲の赴くままに食べたいものを注文し、打ち解けた会話を
交わしました。
何を話していたのか既に記憶はありませんが、私にとっては一種鬼門のようであった「女性」という存在が
これほど身近にいることが不思議でなりませんでした。

505 :名無し物書き@推敲中?:2007/02/28(水) 13:09:39
(その114)
マガちゃんとの会話を楽しみながらも、そろそろ私には帰りの電車の時刻が気になりだしていました。
しかし、それを言い出すのにはかなり躊躇があったのです。
つい先日のマガちゃんの、何か曰くありげな私への呼び掛けに私が妄想したようなことがこれから待っている
のではないかと考え始めていたのです。
マガちゃん自身が、なかなか私たちの帰り時間に触れないのも、彼女にもそのことが頭にあるからではないのかと
思うと、こちらからも言い出しにくく、かといって黙っているのは変にマガちゃんに厭らしく取られそうで、
どうしたものか、本当に苦しい気持ちでした。
私はまだ女性の肉体を知っているわけでも、知っているどころか、裸身すら見たことがないのでした。
せいぜい子供の頃に母親や親戚の小母さんの裸を見た記憶があるという程度で、妄想は出来ても、現実に大人の
女性を相手にする自信はなかったのです。
ただ、そこは男の本能で征服出来るのだというおぼろげな気持ちだけが頼りでした。
電車の帰り時刻を口にするのが、これほど苦痛にも似た気分になるとは全く思いもかけないことでした。
これはもう気付いたら電車はなかったという、あまりにも露骨で分かりやすい作戦に委ねるしかない、それで軽蔑
されたら軽蔑されるだけのこと、自分の当面の人生にさほど影響を与えるものでもないと、ついに私は酔いの力で
そう決断したのです。
それからどのぐらいの時間が経過したのだったか、「あんた、どうする?」と、マガちゃんの大きな目が私を覗き
込みました。
ふわっとしたマガちゃんの頬はすっかり紅潮しており、目もいくぶんたるんでいるように見えました。
「もう、電車ないかもしれないよ」


506 :名無し物書き@推敲中?:2007/02/28(水) 13:19:06
フケ専尺八残飯でチンポ振りました


507 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/06(火) 19:37:38
(その115)
果たしてマガちゃんに最初からホテルに行こうという思惑があったのかどうか、今思えばかなり疑問はあります。
あの時は大層頼もしい年上の女性と感じてはいたものの、彼女とて実際はまだまだ若々しい年齢で、そうそう
簡単に男と寝ようなどと謀ったりしたものかどうか。
冷静に振り返ると、彼女はカラオケスナックでマスターにただ見栄を張りたかったのではないかとも考えたり
するのです。
私という学生の恋人らしき男を紹介するだけで満足だったのではないかと。
むしろ、その先の先にしか思いのなかった私こそが汚れていたのではないか。
マガちゃんは、そういう私の欲望に逆に逆らえなくなっていたような気もするのです。
私の顔を見つめるマガちゃんの眼差しには少しもギラギラしたものはなく、といって困ったといった表情でもなく、
ただひたすらに「どうする?」と問う以上のものではありませんでした。
私ももうさすがに「え? そんな時間!」などという猿芝居をする気分ではなくなっていて、私はマガちゃんの顔を
探りながら「……どうしようかな」と呟き、マガちゃんに全てを任せたのです。
私はある程度の期待を持って、一旦家に戻った後でお金は充分用意していましたから、勘定その他の心配はなかった
のです。
寿司屋を出るとマガちゃんは妙に嬉しそうに身体を寄せてきました。
「泊まっちゃおうか?」
「いいんですか?」
酔いも手伝っていたのでしょう、マガちゃんは益々嬉しそうに身体を寄せてくるのです。
大通りに出ると、冷たい風が吹きつけ、同時にこの現実を改めて捕らえ始めるなり私の酔いも段々と遠のき、
例によってまた大きな不安が感じられてきたのです。


508 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/06(火) 20:17:36
(その116)
私はマガちゃんの裸を想像するよりも、自分に本当に女が抱けるものだろうかという事の方が心配でした。
大通りからは繁華街の端に群れるラブホテルのネオンがいかにも刺激的に輝いていました。
私は臆病になり、心臓の高鳴りに多少の吐き気すら覚えました。
帰りたいという気持ちが半分、行ってみたい気持ちが半分というこの状態は次第に身体に影響を与え出し、
私は強烈な便意を感じ始めていました。
出来ればホテルに行く前に用を足したくなり、トイレを探したりしたのですが、マガちゃんはそんな私の
容態など露知らず「もうすぐだから」などと言うのです。
緊張と便意でいてもたってもいられない状況のなか、私たちはホテル群に足を踏み入れたのですが、結構
満室が多く、断られ続けてようやく一軒のホテルに入ったのです。
すぐにもトイレに飛び込みたいところを私は必死に我慢して何気ない様子を取りつくろいました。
薄暗い照明の中に大きなベッドがありました。
「飲みすぎちゃったね」
室内を見回しながらマガちゃんはそう言い、浴室へ足を運び、また出て来るとトイレに向かいました。
「先にシャワー浴びるね」
マガちゃんが再び浴室へ行ったのを確認すると、私は脱兎のごとくトイレに急行し用を足したのです。
便座に座りながらようやく私は一息ついたものの、胸の高鳴りだけはどうしても消せないのでした。
もう逃げることはできません。
私はかつて私の手を力強く握り締めたYの愛情表現に、臆病心から応えることが出来なかった痛恨の
失敗を度々悔いていましたから、こんな時ぐらいは見事に応えてやるぞといつも意気込んでいたものですが、
やはり現実は空想通りにはいかないのでした。


509 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/06(火) 21:07:45
(その117)
今この同じ部屋、このすぐ先に一人の若い女が全裸でシャワーを浴びている。
その女はこれから俺に抱かれることを承諾し、俺を待っている。
それはとてつもなく幸福な事実で、またとてつもなく信じられない事実のようでもありました。
私は便座に座ったまま深呼吸し、ともすれば震え出す足をさすりながら「よし!」と小声で叫んだものです。
トイレから出てソファに座り、少しも落ち着かずにあれこれ考えていると、またも私は便意を催したのです。
「なんなんだよ、畜生!」
しかしどうせなら彼女のいない間に全部すました方がいいのはいいのです、いらつきながらまた私はトイレに
駆け込みました。
「こんなことで大丈夫なのか?」
独りつぶやきながら用を足して出ると、突然浴室入り口にマガちゃんの裸の後姿が見えました。
ため息の出るような丸い丸い、ともかくふっくらとして、赤く熱を帯びたようなお尻でした。
「なあに?」
マガちゃんは微笑しながらバスタオルで全身を巻いてソファの私の側に来て声をかけました。
「なに考えてんの?」
特段私は何も考えてはおらず、ただ緊張しきっていただけなのですが、どうも私はよく人からそう言われる
ことがあるのです。
「あんたもシャワー浴びてきたら?」
「ええ」
私は浴室へ向かったのですが、信じられないことに、またしても腹が下りそうになったのです。
ああ、なんて人間なんだ俺というヤツは……私はつくづく自分に嫌気がさしたものです。








510 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/06(火) 21:50:01
(その118)
幸いマガちゃんは私が既に二度もトイレに駆け込んでいることは知らないのです。
「ちょっとトイレへ」
私が照れ隠しに腹を押さえたものですから、マガちゃんは「大丈夫、〇〇さん?」と心配そうな顔をしました。
浴室も照明の薄暗いせいか、あまり奇麗には見えませんでした。
私は全身をこれ以上はないというほど磨き上げました。
ガラス扉の外ではマガちゃんが歯を磨いていました。
シャワーを終えると私も洗面台でマガちゃんに倣ってバスタオルを巻き、歯を磨きました。
室内は暖房が効いていて暖かく、ベッドではマガちゃんが布団を全身に被せていました。
私はそっとベッドに寄り、マガちゃんの表情を覗いながら手をその布団の端に持っていったのです。
マガちゃんのバスタオルはソファの上にきちんとたたんで置かれていたので、今彼女は何も身につけてはいないのです。
ここまで来ると、本当に男の本能のなせる業であったのか、愚図愚図迷うこともなく布団をゆっくりと捲り、マガちゃんの
全身に集中したのでした。
マガちゃんは目を閉じ、大きな胸の上に両手を組んでいました。
私は自分のバスタオルをソファに放り投げ、そして一気にふとんを剥ぎ取ったのです。
彼女の股間の真っ黒な茂みが痛いほどの強烈な刺激で私の両目を襲いました。
太ったというよりは、どの部分もまさに豊満と表現すべき肉体でした。
ただ、暗い照明はマガちゃんの本当の色白の肌を真正直に表してはくれず、そこだけが不満でもあったのですが、私は大人の
女の肉体を真ん前に興奮の身震いを覚えたのでした。

511 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/07(水) 04:03:41
ゴ、ゴクリ

512 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/10(土) 12:26:43
期待

513 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/10(土) 17:41:02
1ってひょっとしてイケメンモテモテ??

514 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/10(土) 17:44:54
当然だろ

515 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/10(土) 18:09:46
気になるな

516 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/12(月) 22:28:54
マジですか?付き合ってください






なんちゃって(p∀・q)

517 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/15(木) 18:39:18
続きマダ?

518 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/15(木) 22:16:46
人生棒で太宰を振りました

519 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/17(土) 19:31:56
太宰治は人生を棒に振りました

520 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/19(月) 11:36:16
オサム・ダザイは人生です。

521 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/20(火) 15:23:56
(その119)
この時、私の生来の欠点がまた目覚めたのです。
それは今なすべきことに集中できず、なぜか私自身、または相手自身を緻密に観察するもう一人の
私が覚醒してしまうのです。
理性とも違う、第三の眼みたいなもので、これが私自身や相手の行動を監視、観察するため、どうしても
私の身体は円滑に動けず、あるいは相手に本音を語れず、また相手の表情や動きばかりが気になってくるのです。
重要な体験を詳細に記憶しておこうとか、対象の本性を確実に把握しようという気持ちが現実自体を越えてしまい、
肝心の現実が置き去りにされてしまうのです。
このためしばしば相手は私に尋常でない、危なっかしい神経を感じ取って敬遠することがあるのです。
私にはとても大事な人であったり、重要な事柄であればあるほどそうなってしまうため、失敗することが多いのです。
この場合も、私はむしろ野性にこそ目覚めてマガちゃんの裸体にむしゃぶりつけば良かったのです。
彼女の大きな乳房を遠慮なくわしづかみ、揉みしだき、顔を埋め尽くせば良かったのだし、そうしたかったはずなのです。
が、現実は私の第三の眼が冷徹に覚醒して、そういう行為に臨もうとする自分を冷淡に眺め、眺められた自分は既に野性を
失って自然の行為そのもから遠く離れていってしまったのです。
多分私は非常にぎこちなく胸の上で組まれているマガちゃんの両手に私の両手を持っていき、そっとそれを外したのです。
私は息をのんで彼女の大きな乳房が圧力を解かれて拡がるのを見ました。
ふくよかな、鏡餅を思わせる二つの乳房には、つい想像できなかった小さな、それでも真丸く可愛く主張する乳首が露出したのです。
しかし、私は触れもせず、吸うこともせず、マガちゃんの表情を眺め見、私のぶざまな格好を思い浮かべ、なおもわざとらしい
眼差しでベッドの卓上にある四角い袋を見やったのです。



522 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/20(火) 15:59:10
(その120)
それはコンドームなのだろうと私は察しました。
コンドームには、私は大変複雑で、汚らわしい印象を抱いていました。
私は中学は母親のエゴイズムで越境入学をさせられたわけですが、私は中学に入学してもまだ子供が生まれる仕組みも
知ってはおらず、また性知識への興味も皆無という少年でした。
小学校六年時、身体検査で私の友人たちがワイワイ騒ぎながら女子の検査室を覗きに行ったことがあります。
私は女子がキャーキャーと叫ぶのが面白くてやっているのだろうとしか思っていなかったのですが、実際は女子の胸の
膨らみを本気で覗き見るのが目的だったわけです。
私には女子の胸の膨らみなど全く興味がなく、どうでもいいものでしたが「厭らしい!」と言われて初めて女子には
何か特別に、見られては嫌なことがあるのだとぼんやり察したぐらいなのでした。
中学一年の梅雨、休憩時間でした。
一人の男子が木の枝の先っちょに、薄汚れて破けたゴム状の細い袋をぶら下げて持ってきました。
裏の田圃から拾ってきたというのでしたが、それがコンドームでした。
それを見た連中は大笑いしながら「あんまりデカ過ぎて破けている」と騒いでいたのでした。
卑猥そのものの汚らしい印象はいつまでも不快に記憶されています。
また城山公園の外れには、金毘羅様があり、金毘羅様のお賽銭泥棒の常習だった少年に私も連れていかれたことが
あったのですが、この周辺にはコンドームがよく棄てられているという噂があったのです。
実際、私は万引きでも有名だったこのお賽銭泥棒の少年がコンドームを拾ってきたのを見せられたことがあるのです。
それは破けてはいませんでしたが、ひょろひょろと無様に伸びきったゴムはこの上なく醜く、反吐がでそうなほどに
不愉快なものでした。


523 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/20(火) 17:02:52
(その121)
私はコンドームなど触ったことがなく、何とかなるだろうとは思うものの、正直使用法には迷いがありました。
この卑猥なものを、どういう顔して、どういうタイミングで、どう装着するのか、気になったのです。
といって、不安顔を覚られたくはなく、どんな調子で、彼女に笑われずに自然に手を伸ばすかを一瞬考えたのです。
マガちゃんは動きの止まった私を訝しげに見上げました。
私はそれを待っていたように、私の視線の先にある四角い袋を顎で示しながら、「あのう、あれは……」と言葉を
濁しながら彼女の反応を確認しようとしました。
マガちゃんはすぐに気付き、「ああ、私、今日はいい日なの。いいの」と事務的に答えました。
いい日……大概、安全日ということだろうと私は思い至りました。
私がマガちゃんの上半身に身を乗せると、彼女は「ウッ」と呻き、痛いとか重いとかこぼしました。
私は自分の身体を腕で支えるということを知らず、飛び乗ったような形になり、一気に重量を彼女に浴びせ、また
マガちゃんの腕の皮膚を強く引っ張ったようでした。
「ごめん」と、か弱く、自信なく私は言い、次第に自分の欲情が希薄になりつつあり、マガちゃんと険悪になるのが
心配になるにつれ、ああ、やはり失敗するんじゃないのかという不安も感じ始めました。
私は彼女の乳房に手を触れる勇気がなくなり、股間の彼女の茂みに眼をやりました。
私は遠慮なく、というより、問題解決の一手段のごとくその股間に手を伸ばし、茂みをまさぐりながら挿入の時を
思い、挿入の時に怯えたのです。



524 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/20(火) 17:13:08

   
    私、ジジイのキンタマ探りで作家志望、棒に振りました@残飯
 
 

525 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/21(水) 15:12:52
彼女に中田氏→妊娠→中絶→人生棒に振りました

ってパターンは無いだろうな

526 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/24(土) 16:11:45
これ実話?

527 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/24(土) 17:12:40
   
    私、ジジイのキンタマ探りで作家志望、棒に振りました@残飯
 
 


528 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/27(火) 11:49:54
(その122)
マガちゃんの茂みを撫でながらも、私はこの現実にどうしても集中することができないのでした。
マガちゃんの女の裸体を愛するという感覚から遠くかけ離れて、病的なほど神経が冷め切り、冷め切っているだけに
ますます私は私自身の体面が気になり、本音は「マガちゃん、俺を助けてくれ!」だったのです。
一人前の男だ、何とかなるという気概はもろくも崩れ、結局は今まで通り、いざ本番となるとなぜか失敗に向けて
後退してゆく性格の弱さが再現されただけの話でした。
私は肝心のマガちゃんの股間には触れもせず、彼女の下半身に自分の身体を移動させ、挿入の準備というより、その
真似事を始めたのです。
それはセックスなどというものではなく、苦難でした。
ここでも私はマガちゃんの言葉を必死に待ったのですが、彼女はじっと眼を閉じたままの状態でした。
まさに私の性格の最大の欠点が表れていたのです。
私は自分で自分を勝手に追い詰め、脂汗垂らしながら泣きたい気分で彼女の挿入口を探し始めました。
この時、マガちゃんは私の内面を感じた取ったのか両脚を少し開き、無言で誘導してくれたのです。
私は暗い中にも彼女の股間の亀裂を垣間見、心臓を高鳴らせながら一気に挿入を開始しました。
ここでようやく遅い興奮が私を急襲し、私は無我夢中で彼女の股間を両手で拡げてペニスを突き立てるのですが、
場所は複雑に潜んでいるようで、ペニスはただあちこちさまようだけの按配でした。
「ちょっと、待ってぇ」と、マガちゃんは腰を大きく動かし、二言、三言私に助言をくれました。
助言の甲斐あって、やっと私はマガちゃんの目的の場所を探り当て、挿入しました。
私は女体のこの感覚を捉えようと思いながら挿入したのです。
スルスルと、暖かさを感じながら彼女の中にペニスは入っていきました。




529 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/27(火) 22:34:41
入った!!

530 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/29(木) 04:16:42
1は40代?

531 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/30(金) 13:40:24
(その123)
ところが、このスムーズにスルスルと進入していく感激の一瞬は、また同時に私の放出の瞬間でもあったのです。
これは本当に私に予測のつかなかった現象で、コントロールは全く不能でした。
快感すらなく、ただ放出しただけなのでした。
「あんた……」
マガちゃんもまたこれには大変驚いたようで、すぐに目を大きく見開いて私を見ました。
「いっちゃったの?」
私は「はい」と答え、「僕、実は今日が初めてなんです」と正直に打ち明けたのです。
「初めてって……」
と、マガちゃんは一言呟き、あとは放心したようにしばらく天井に目をやっていました。
この時のマガちゃんの心情をどう推し量ればよいのか、実はいまだに私には解らないのです。
私はいろいろと思い悩み、強く不安に囚われる性格の割りには、いざそれら不安の物事が良し悪しの結果に関わらず
過ぎてしまうと、それまでの苦労を一瞬にして忘れてしまうことがほとんどです。
それで、周囲の人間たちの方が却って呆れ果てるということが多いのですが、この時も私は早漏の恥を感じながらも
終わったと思った時点で今までの苦難をケロリと忘れたのでした。
ゴソゴソと後始末を終えると、私は急激な眠気に襲われて眠りについたのです。

この体験以後、私にはマガちゃんの存在感が増し、何かといえばマガちゃんを想い、マガちゃんの肉体をとことん
経験しようと、彼女との同棲すら考えることがありました。
そしてKとNには「自分は女の肉体を体験したぞ」と、実際の失敗には一言も触れず、幼さ丸出しに大威張りの
セックス体験を知らせたのです。




532 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/30(金) 14:41:08
(その124)
しかし、事態は思わぬ方向に向かっていったのです。
第一にはマガちゃんの様子でした。
元々シフト上私がマガちゃんと組むことは少なかったのですが、なかなか会えない日が続き、私の不満は募るばかりでした。
そして彼女もまた同じ思いをしているだろうなどと考えていたのですが、やっと会えた日の彼女はなぜか元気がなく、私に
笑顔は見せるものの、一向に話しかけてこず、むしろ避けているようにすら見えたのでした。
何か遠慮深く、いつもの快活なマガちゃんではないのです。
それなら私から話しかければいいのですが、様子の変わった彼女はどこか近寄りがたく、ただ遠くから見ているよりほか
ありませんでした。
……どうしたマガちゃん、どうしたんだよ?
私は何度もそう心の中で問いかけていたのでした。
その後も数回彼女と一緒になりましたが、もう一人の女性従業員の存在もあって二人きりで話し合うことは出来ないままでした。
本当は君とまた飲みに行きたい、またあのスナックに行きたいのだと思いながら、相変わらずそこらへんは内気なままでした。
そんなある日、売店の私に声を掛けた者がありました。
顔を向けると、それは大学の文芸研究会で一緒だった駒田という男でした。
「バイトか?」
駒田は懐かしさと、やや私を思いやるかのような優しい眼差しで見つめました。
私は内心相当狼狽しながら「うん」と答え、ホームにいる彼の二人の連れにも目をやりました。
二人も興味深げにこっちを見ていました。
三人は颯爽としてコートを着ており、私はといえばもう慣れたとはいっても売店のユニフォーム姿で、さすがに恥ずかしさで
顔が熱くなっていきました。


533 :名無し物書き@推敲中?:2007/03/31(土) 01:23:54
まさかの出来ちゃってるのか?

534 :名無し物書き@推敲中?:2007/04/02(月) 02:28:33
wktk

535 :名無し物書き@推敲中?:2007/04/06(金) 01:42:03
はじめの方から思ってたけどYも
マガちゃんといっしょで勘違いなんだろうね

536 :名無し物書き@推敲中?:2007/04/08(日) 12:09:21
ちびちび読んでたけど、ついに追いついてしまった。。。
続きをくれえええぇぇぇぇぇぇ

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