5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

++詩的レトリック入門++

1 :名前はいらない:02/12/29 21:53 ID:yVYvhYah
北川透の「詩的レトリック入門」の読書会スレッドです。
何でもアリの2chルールで行きましょう。

2 :ボルカ:02/12/29 21:56 ID:yVYvhYah
この本は、2年前に図書館で借りて読んだんだけど、もう良くは
覚えていません。でも、面白かったような気がします。

とりあえず、この本を既に読まれた方、いますか?
いたらレビューしたり、感想述べたりしてください。

3 :ボルカ:02/12/29 21:59 ID:yVYvhYah
以前、「普通の文章を改行すると詩になるか」という実験的な
スレッドがありました。

北川さんは、そういう、「どこから詩になるのか」というところで
話をしていたと思います。
改行さえすれば、電話帳だろうが、死亡診断書だろうが、マニュアル
だろうが、詩になってしまうというのは本当か?
詩が発生するために何故改行が必要だったのか?

そんな感じ。

4 :ボルカ:02/12/29 22:01 ID:yVYvhYah
一般的に考えるレトリック入門とは、違いますが、面白い本だった
と思います。

僕はついさっき、購入申し込みを済ませんました。
再読し終わるのは1月も終わりになるでしょう。

一緒に読む方いません?

5 :せむし男登場 ◆pjn41Chaos :02/12/29 22:03 ID:QDsSdGqT
読んではないですが>>3
その意識的に?行われた「改行」によって
単なる言葉の羅列が
「意味」を持ち始めますねぇ。

6 :せむし男登場 ◆pjn41Chaos :02/12/29 22:07 ID:QDsSdGqT
1: =sympathy=【運命の轍】 (115) 2: ++詩的レトリック入門+
+ (5) 3:
上から読んでも下から読んでも
(3) 4: Open your eyes 5 (218) 5: □■下から読んでも
□ 休憩【運命の 雑談
6: ENJOY 雑談

専用 その15□■□ (368) 6: ENJOY RHYMING PROJECT 02-5 in 【運命

板 (267) 7: 中学生が トリック入門  を かくとこ。
詩 を かくとこ。
(598) 8: 今を歩き出せ! (18
7) 9: 【詩】
誰かに伝えたい詩を書く
【詩】其2 (333) 10: この其2 (333) 10: この この この 【詩】【運命の



7 :ボルカ:02/12/29 22:22 ID:yVYvhYah
そう。
改行さえ適切なら、テーマが「うんこ」だろうが、
タンパク質の3次元構造だろうが、詩になるはずだ、
と僕は感じる。
げんに、せむし男さんはこの界隈で近年稀に見るポエ
ジーを湛えた登場振りだね(笑。

それは不思議なことなんじゃないか、と問うところから
北川は出発するし、藤井貞和(自由詩学)はそれは当然
だと考えるところから出発するんじゃないか、という気が
しています。

読んでいない人はもちろん、「読まないと決めている人」も
歓迎します。
好きに遊んでください。

そのかわり厳密な議論とかは期待しないでね。


8 :せむし男登場 ◆pjn41Chaos :02/12/29 22:36 ID:QDsSdGqT
>>7
「詩になるはずだ」というのはまだボクは分からないですが
組替えてみたり、引っこ抜いてみたり、加えてみたり、言葉の解体、
言ってみれば今まで言葉が持っていた秩序の解体、再編、統合、
色々と遊んでみるにはこれ面白いですね。<`ー´ >

現実の世界でも革命が起きたり、企業が倒れたり統合したりするわけですから
世界観が移行するに同じく、
ましてやその心で世界の動きを読み感じとる詩人であればそれよりも早く
そういった既成の概念や秩序を崩してみたり、お手玉してみたり、持ち上げてみたり
バラバラにしてくつつけてみたりの動きはごく自然なものでありましょうね。


9 :激辛正当派 ◆PmUYNHN29Q :02/12/30 00:07 ID:rcDaQ4QD
読んだ気もするが、あまり覚えてない。
いい機会なんで、僕も再読してみます。
じゃ、読み終える1月末まで、
おのおのの浅はかな詩的レトリックについて、
だらだらやりましょうか。

改行のない散文詩もあるけど、実は見えない改行があると感じる。
散文と散文詩の違いはそこだと思うんだけど、
誰かそのへん言葉にできる人いませんか?

10 :名前はいらない:02/12/30 00:19 ID:ki5vUGf3
ねじめ正一とか、ダァーッ!と行くよね。
改行感じさせないんちゃう? アレは。
ダァーッ!と、繋がってる。

11 :激辛正当派 ◆PmUYNHN29Q :02/12/30 00:23 ID:rcDaQ4QD
>>10
あ、ほんとだ。。。
そうか、じゃ僕の中ではねじめは詩じゃないってことにしとくか。。
いや、そんなことはないか。。。
ちゃんと詩として面白く読んでるからな。。。

んじゃ、詩と改行は関係ないってことか。。。
いや、もうちょっとよく考えてみよう。。。
ねじめの詩には改行があるかないか。。。

12 :激辛正当派 ◆PmUYNHN29Q :02/12/30 00:40 ID:rcDaQ4QD
あらためてねじめ正一読んでみた。
リズムよく読んでいると、
単語ひとつひとつの意味の手触りというか、
言葉のリアリティがなくなっていって、なんか変な感じ。

洋楽きいてて、変な日本語をきいてしまう空耳アワー的な?
わかるようなわからないような禅問答的な?

改行あんまり関係ないね。。。
けっきょく「言葉ってすげえ」があれば、なんでも詩なんじゃないか。
結論でもなんでもないな。。。

13 :都立家政 ◆L7EROpoemk :02/12/30 00:42 ID:h88ZAw8N
>>12
意外とそんな「言葉ってすげえ」あたりに同感ス<`ー´ >

14 :名前はいらない:02/12/30 05:56 ID:H3OHFmOd
ちょっと質問、
私はネットをやり始めてから詩を書くようになったので、PC以外で詩を書いたことはありません。
PCに触る以前からノートに書いている人も、やっぱり改行しながら書くのですか?

15 :4th ◆HdqTLODCXU :02/12/30 06:05 ID:7wXmkpu4
紙切れ 名刺の余白に書いてあげる なんていうときにはその紙の大きさで強制改行なので崖ップチを感じながら なんか気分よくはつらつら書けない 閉じ込められをされてるような 横15pは欲しい

16 : ◆f2xSA4XoXM :02/12/30 13:53 ID:FYSuiTzY
2週間ちょっと前、出張の折りに某書店で買い求めたのがこの本でした。
まだ、最初の章くらいしか読んでいませんが、読み終わったら参加させていただきます。

17 :激辛正当派 ◆PmUYNHN29Q :02/12/30 23:22 ID:7XR6Dz+H
>>12
「言葉ってすげえ」は実感だけど、
それを結論にしちゃうと身も蓋もないので、あまり言いたくない。
そんな感じしない?

>>14
改行してると紙が足りなくなったりするので、

冬の天気雨みたいな/古い時代は過ぎ/はやく死ぬことばかり考えていたあの日の少女は/東京の 扉だらけの街で快活な女性になった//

のように、つめて書いてます。使ってる紙は「方眼紙」です。

18 :ボルカ:02/12/30 23:43 ID:y2WP5OwP
おおっ。多数の書き込みありがとうございます。
僕もなんせ手元に無いんで、当分、てきとーに雑談的観点から参加しますね。
読み終わった方、居られたら、部分的にでもレビューして下さい。

>>激辛さん。
改行しない詩ってのは何なのか?というのはたぶん難問のひとつですよね。
確かこの本でも論じてたと思いますが、思い出せません。

詩の定義として、「ページの中に余白があるもの」とするということを、
誰か言ってたと思いますが、余白が無い詩は内容によってしか定義でき
ないですよね。
僕も実はそういうのを書くんですが、小説を描く時とは違う書き方を
しているように思います。
自分の場合ですが、物語を書こうとする(小説)のと、物語を構成要
素として使おうとする(詩)ときの差かもしれないです。

北川のこの本は、どこから詩になるのか、というところを問うて、
詩が発生する瞬間に使われた技術を広く「レトリック」と言っていたと
思います。
ですから、小説が詩になってしまう瞬間についても触れていたのでは、
と思うのですが、もし触れていなかったとしても、それはここでの議論
の主柱になりえますね。



19 :ボルカ:02/12/30 23:49 ID:y2WP5OwP
>>14
僕は詩は電車の中で書くことが多いです。
大抵、雑誌の余白とか、メモ帳とかに書いてるかな。
改行はスペースがあればするし、なければ記号を入れます。

でも、視覚的な観点から修正することがあるのは、コンピュータ
画面で見た時ですね。
余白を書く、という意識は製作段階では低いです。

20 :14:02/12/31 07:54 ID:XIPNOCxm
ノートに書いてる人って結構いるんですね。ちょっとビックリ。
私の場合、昔は「起承転結が欲しくて改行してるのかも」と思っていたけど
今は暗唱しやすい様に改行している気がする。

私なりの小説と詩の定義は
粗筋を言えなければ、それは小説ではない。
暗唱できなければ、それは詩ではないと思ってます。コレは変わらないと思う。

21 :名前はいらない:02/12/31 12:31 ID:XPIyh3s3
>>20
粗筋のない(あるいは、粗筋を抜き出しようのない)小説なんて、
いくらでもあるように思います。
◎高橋源一郎「優雅で感傷的な日本野球」他多数
◎ジェイムス・ジョイス「フィネガンズ・ウェイク」
◎筒井康隆「読者罵倒」他
◎阿部公房「箱男」他

また、暗唱できたら天才、というような詩も数えきれません。
◎ねじめ正一「ねじめ正一」他多数
◎寺山修司「ロング・グッドバイ」
◎入沢康夫「わが出雲」(形として不可能)
◎吉増剛造「囀り 〜 ガズイ 〜」他多数(これも形が特殊)

それに、小説だって暗唱しようと思えばできるのですよ。
原稿用紙にして2枚程度の超短編小説なんて、よくありますよね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
詩と小説を無理に分ける必要はないんじゃないのかなぁ。
僕としては、小説は詩を含むもので、詩は小説より大きいものだと
思っています。逆説的ですが。

22 :ボルカ:02/12/31 20:15 ID:RcUEM9On
21の反論が納得できるにもかかわらず、>>20は重要な問題を
含むと思います。(まだ本も手元に無いことだし、記憶だけで
書きますので、明らかな間違いにお気づきでしたらご指摘くだ
さい。)

改行は、暗記しやすさのためである、と考えるのは、例えば藤井貞和の
現代詩の考え方に近いような気がします。
彼は定型があきられて、あらたな定型に至るまでの「実験」が現代詩だった
のではないか、と論じています。自由詩はそれを超えて自由だと考えるよう
ですが。
藤井の考え方を敷衍するなら、改行は、定型の模索である、すなわち、五七調
のような、リズムの獲得のための実験だ、と考えることができるのではないで
しょうか。それは、極論すれば「暗記しやすさの模索」と言って良いように思
います。

しかし、一方で、「改行は『異化』である。」と言う考え方もあるのではないか
と思います。これは、つまりフツーの文章でないものにしてしまう、というこ
とですが、極論すれば、「読みにくくすること」だと思います。

北川は、さらに進んで、改行は文字部分を書いているのではなく、余白を記述
しているのだ、というような主旨のことを言っていたと思います。

こうしたことを論じたからと言って、別に詩がうまくなったりするわけではあ
りませんが、僕はなんだか面白そうだなあ、と思います。

23 :ボルカ:02/12/31 20:31 ID:RcUEM9On
>>21
僕は実は「箱男」のあらすじを要約しようとしたことがありますし、
ほんというと自サイトでその結果を公開してますが、要約してしま
うと「箱男」でなくなってしまうんですよね。

僕は、神林暁などの渋めの私小説が結構好きなのです。が、ああゆうのとか、
太宰の「ヴィヨンの妻」なんかも、あらすじにしちゃうと、ほとんど
何も残らない感じがしますよね。ポエジーだけでできてるような、、、
日本の小説は、本当は小説ではなく、詩なのではないか、と思うこ
ともあります。良質なものほどそうだと思います。

ただ、それでも書く側には、書いてる瞬間、詩を書いてる意識とか、
小説を書いてる意識とかがあるのではないでしょうか。ってか僕はあ
ります。「詩とはなんなんだろう」と言う疑問は、詩を書いている
者としては自然なものじゃないかなあ、と思います。

最後のところは良くわからなかったのですが、
『良質な小説はポエジーを含み、形式としての小説は詩の一形態である』
と言う意味でしょうか。

後半部分について、このスレッドではゆっくり論じていきたいと思っています。


24 :ボルカ:02/12/31 20:38 ID:RcUEM9On
>>20
レスが2つに別れてしまいましたが、

>粗筋を言えなければ、それは小説ではない。

とは、
小説は、十分に完成された小説なら、読解できるものである。しかし、
詩は必ずしもそうではない、と言ったことでしょうか。
僕は、小説についてはそう(読解できるはずだと)思っています。

一方で、たしかに詩のあらすじを言うのは困難な場合が少なくないかもしれ
ませんね。

25 :21:03/01/01 00:02 ID:qOQXFNth
>>23
>最後のところは良くわからなかったのですが、
 そうですね。僕自身「なんとなく」そう感じているだけで、
良くわかっていないですから(w

>『良質な小説はポエジーを含み、形式としての小説は詩の一形態である』
>という意味でしょうか。
 それもありますが。
たとえば小説の中に詩が挿入されることは多い。でも詩の中に小説が
挿入されることって、あまりなさそうですよね。だから小説は詩を
含む(詩は小説に含まれる)。
けれども、ボルカさんが>>18で仰っておられるように、詩が物語(小説)を
構成要素として使うものとすれば、詩は小説よりも大きなものである
(小説は詩に包摂される)。

 うーん。後者はかなり強引な感じもするなぁ。
小説が人間だとすれば、詩は分子、というか。人間は分子を含むものだけれど、
分子は人間の外にも広がっていますよね。で、言葉は原子。そんな感じ。
って、どうにもわかりにくいですね。すみません。。。

26 :21:03/01/01 00:11 ID:qOQXFNth
あ! あけましておめでとうございます(w

とりあえず僕としては、「改行するのが詩」みたいな考え方には
違和感があります。現代詩が新たな定型への過渡期の詩であると
しても、それならば大昔の叙事詩はどうなんだろう?みたいな。
叙事詩に詳しくないので、もしかしたらダンテ「神曲」やホメロスの
一連の叙事詩などにも定型があるのかもわかりませんが。

僕としては詩って、やっぱり分子のように形を変えやすいもので、
一方では「まとまろうとする力(=定型)」、またもう一方では
「ほぐれようとする力(=自由詩)」みたいに、一括りにはできない
ものだと考えています。

まあ、とりあえずはこの本を読んでみないとな。。。(w
見つけたら、買って読んでみますね。それでは失礼しました。

27 :名前はいらない:03/01/01 03:39 ID:FiOLGRet
単に独白、一人言を連ねているだけで、作品になると思い込む妄想。

28 :マリー ◆FQQgUBbgLg :03/01/01 09:33 ID:oZMLF611
お邪魔してもよろしくって?

お初にお目にかかります、ボルカ様。そして皆様。
 わたくし、お城のマリーと申します。いえ、女王とかそんなではなく、
ただの給支女なのですけれどね☆
 皆様が楽しそうなお話をされていらっしゃるので、ついつい
お城から出てきてしまいましたわ。

ところでボルカ様。途中からなのでよくわかっていないのですけれど、

詩を形式という側面からのみ扱ったお話をされてらっしゃるのかしら?

それとも詩とは形式のことであるということ?

ここだけ質問。よろしいかしら。

29 :マリー・ドナラキア ◆FQQgUBbgLg :03/01/01 11:50 ID:Y3gPlJUN
続きの書き込みをしたのですけれど、なぜか梁山泊スレに
書き込まれてしまいました...。

欝です。欝ですわ!
わたくし、どっと疲れてしまいましたので、午睡のひとときと
いたしたいと思います。それでは皆様、ポエポエ〜☆

30 :名前はいらない:03/01/01 14:34 ID:sfm64Sql
詩の形式とはなんでしょう?       詩の形式とは何か、と考える瞬間にだけ、人間の思考に現われる幻想だ。普段はそんなものは存在しない

31 :14:03/01/01 14:35 ID:3GsoqDYK
>>21
私の言い方が不味かったね。
>>20は、定義と言うより、書く時に心に留めていることです。
>詩と小説を無理に分ける必要はないんじゃないのかなぁ。
確かにそうですね、
「暗唱できなければ〜」と言ったのは、私が単純に短い詩が好きな所為も有るんだろうけど。
>>26の>「改行するのが詩」みたいな考え方には違和感があります。
には同意するけど
>>22
藤井貞和の「余白を記述しているのだ」という言葉にはそそられるものがある。むーん。


あと、明けましておめでとうございます。本年も(略

32 :名前はいらない:03/01/01 15:52 ID:6VfndkEy
25歳。
去年まで金無し君だったけど、オンラインカジノとパチンコで
二年で350万貯めた。一度やってみなよ。
初回のみだけど、1ドル以上のチップを買えば30ドル(4000円くらい)貰える。
もらうだけもらってプレイせずに換金することもできるし、ルーレットで赤か黒に
思い切って賭けてしまえば50パーセントで二倍になる。
金なきゃオフラインでゲームすればいいだけ。暇つぶしになる。
ビデオポーカーとかスロとか色々あるのでマジでお勧め。
http://www.imperialcasino.com/~1kl5/japanese/


33 :14:03/01/02 05:35 ID:DsgU9inW
>>31藤井貞和じゃなくて北川透でしたね。スイマセン。

34 :21:03/01/02 10:44 ID:tO0VOf9+
僕の場合、ノート等に書く時でも、必ず改行はしているように思います。
全体の「ルックス」も気にするほうなんで(w
どんなに紙がもったいなくても1ページに1作。たとえ3行の詩でも。
そうしてみると、僕も余白を"作品の一部"と思っているのかもしれませんね。

ところで素朴な疑問なんですけど、改行をしない詩って、よくありますよね。
↓こんな感じのヤツ。

 おちゃらけ

わたしがおちゃらけるのは お茶が飲みたいから ではない そ
れはお茶とは関係なく そもそも"おちゃらけ"と"お茶"との間に
関係があるのかさえ わたしはしらない しらない女がわたしを
みても わたしと女のあいだにはまだ関係がないように ああ
太陽がちゃっちゃと燃えている さあ おちゃらけをはじめよう

即興なので内容は無視してください(w
で、↑こういう形の詩って、たとえば1行目は「そ」で改行していると考えるべきなのか、
それとも便宜上改行しているだけであって、もし紙面が許すなら、
スペースが入るところまで改行はない、つまり一本の長紐みたいな形だと考えるべきなのか。
皆さんはどう思われますか? 本当、素朴な疑問ですけど(w

35 :ボルカ:03/01/02 21:29 ID:IuC0xXd0
>>26、>21さん

>とりあえず僕としては、「改行するのが詩」みたいな考え方には
>違和感があります。

そうですね。これは直観的にどっか変な話だとは僕も思います。
問題として保留しておいて、あとで、北川の論述にからめて議論し
てみます。

自分としては、詩とは、ポエジーを生成する装置だと思っているの
ですよ。
これはかなり狭量な詩観で、実際にはポエジーな雰囲気(って言い方が
正しいかどうか別として)みたいなものに流されないことを意図した作品
が少なくないですよね。
だから自分の詩観では、「詩手帖」掲載の詩の半分以上が、実は理解でき
ません。

>僕としては詩って、やっぱり分子のように形を変えやすいもので、
>一方では「まとまろうとする力(=定型)」、またもう一方では
>「ほぐれようとする力(=自由詩)」みたいに、一括りにはできない
>ものだと考えています。

このへんの話は読書会が始まったら、また出てきそうな気がします。
ここは学問系の板じゃありませんので、読んでない人の突っ込みも
歓迎で行きたいと思っていますので、当該書籍が入手できでも、でき
なくても、ご参加いただけると幸甚です。



36 :ボルカ:03/01/02 21:48 ID:IuC0xXd0
>>28こんにちは、お城の人気者のマリーさん。
僕のことも構ってくれて嬉しいですよ(笑。

ここは読書会スレッドなのですが、いきなり始めるのもなんだし、
僕もまだ当該書籍を入手してないので、いま、かるく雑談してる
ところです。

>詩を形式という側面からのみ扱ったお話をされてらっしゃるのかしら?
>それとも詩とは形式のことであるということ?

当該書籍の書名は「詩的レトリック入門」ですが、レトリックとはなんなのか
ということについて、北川は、ずいぶん自分勝手な定義をしていたと思い
ます。あとで要約を引用しますが、要するに詩であるための技術全般を
彼は「詩的レトリック」と呼びます。

たぶん、(薄ぼんやりした記憶によれば)それは形式だけにとどまりません。
内容をどう選択するか、というのも詩作上の技術だからです。
「境涯の詩」みたいな話や、実学としての文学みたいな話もそのままでは
なくとも、類似概念としては、出てきたかも。←どうだったかな?
少なくとも、そういう方向の話もできるようではあったという印象は持って
います。

ただ、レトリックについてこうして雑談していると、どうしても形式的な
技巧の話が多くはなっていくとは思います。
それは詩と言うものの本質が技巧だからではなく、今、ここで、技巧について
話すのが楽しいからにすぎないのではないかと思います。

37 :ボルカ:03/01/02 22:10 ID:IuC0xXd0
>>31
北川の余白論については、後日(1月も終わりぐらいかな)
レポートしますので、ときどき覗いてみてください。
当該書籍を、お読みいただければなお幸甚です。

>>34
たぶん何字で改行するかを作者が指定するかどうかが、詩の本質
を考える上で関わってきそうな気がします。

小説に於いては、基本的には(あくまで基本に過ぎないけど)段落
が骨格として存在し、段落のキーワードと段落の主旨がありますよね。
蒸し返すようですが、それは基本的には(教科書的にはというのかな)
要約できるはずのものです。
何字で折れ曲がっていようと、改行の字数が段落の主旨に反映するこ
とはないのが普通で、各段落の主旨をまとめれば章の主旨に、各章の主旨の
まとめは(作品のページ数や改行文字数とは全然関係なく)作品のまとめに
なると考えることができるはずです。

しかし、詩においては何字で折れ曲がるかを指定するケースが少なく
ないような気もします。指定した場合、それを教科書的な意味で小説
とみなせるかどうかは、、、、、
どうなんでしょう?僕は実は文学を勉強したことが無いんで。。
段落で構成されてなくても、小説なのかな?

ちなみに僕自身は、改行文字数を指定することもあれば、雑誌投稿などで
文字数を指定しない(最大文字数に指定する)こともあります。


38 :激辛正当派 ◆PmUYNHN29Q :03/01/06 01:06 ID:7I/NETUZ
現在テーマの詩と散文について、
『詩的レトリック入門』では第3章「詩と散文のあいだで」が、
ちょうど沿っているのかな、と思い読み返しましたが、
この章では結論に到らず、端緒にすぎないようですね。
結局、全部読まないとお話にならないらしい。。。

形式で詩と小説を区別するのは、無理があるような。
ボルカ氏も書いてましたが、
結局は書く時の意識の持ち方、感性の傾き方なのだろうと思います。
おそらくこの辺の話題は、
当該書の第8章「詩的境界について」が手がかりになると思われます。
遅読なので、まだ読んでませんが。。。

39 :ボルカ:03/01/07 21:34 ID:8/jI/7Ld
おおっつ。なんとなく読書会なレスありがとうございます。

以前、この本の長文の評論をとばし読みした記憶があるの
ですが、ご指摘のような理由もあってでしょうか、章毎に
論じていませんでした。

なお、僕も、確かに形式だけで境界を論じきるのは困難な気が
してきました。カフカの文庫本2ページの小説なんか、どうし
ようもないですもんね。

僕はまだ注文した当該書籍が入手できていません。
正月の混乱で遅れているようなのですが、週末には入手できる
でしょう。
さらにちょっと考える時間を置いて、来週末あたりから、始め
たいと思います。

40 :名前はいらない:03/01/08 20:25 ID:8DlWUAqf
つまり、詩というのは、あらゆる文芸の中で、ただひとつ、
読む側にでなく、書いた側の人間に
その価値を決する権利が委ねられている

by takashi odajima

41 :激辛正当派 ◆PmUYNHN29Q :03/01/10 21:41 ID:fOiMOelV
「詩的レトリック入門」、通読しました。

「わたし自身が<詩的レトリック>に<入門>しようとして、
この試みははじめられた」とあとがきにあるように、
ずいぶん迷いながら書かれた感じです。
「思いつき」という言葉がたくさん出て来ますし。
だから初心者がレトリックの総合的な解説を期待して読むには、
あまり適してないかな、と。
でも現代詩の評論にしては、かなり平明だと思います。

詩的レトリックを主題にした、こうした入門書がほとんどないというのは、
やはり「思いつき」でしか語れない類のものだからでしょうか。
僕はこの本をあらためて読んで、
ずいぶん参考になったというか、自分が詩というものをどう見ているのか、
よく確認することができたように思います。

具体的な疑問や気づきについては、また来週末くらいに。
本を読んでない人も参加できるような、分かりやすい話ができたらいいなあ。


42 :激辛正当派 ◆PmUYNHN29Q :03/01/10 21:50 ID:fOiMOelV
>>40
どういう文脈で言われた言葉なんでしょう。

「価値」というものが、具体的にどういう「価値」をいうのか、
それが分からないと、どうも。
経済的な価値とか、文学史的な価値とか、そういうことかな。
一貫した価値の尺度があるって考えるのが、
そもそもどうなんだ、という気もする。

というわけで、できたらくわしい解説を。

43 :名前はいらない:03/01/10 22:16 ID:KLyJ2luc
>>42 ↓ここを参照してください
http://www.wanet.ne.jp/~odajima/poetry/top.html

44 :激辛正当派 ◆PmUYNHN29Q :03/01/10 23:18 ID:fOiMOelV
>>43
なんだ、単なる逃げ口上か。。。

45 :名前はいらない:03/01/11 01:16 ID:1mVtn0s1
あれぐらいのことすら理解できんとは。あんたの詩ってどうせ糞だしな(w

46 :激辛正当派 ◆PmUYNHN29Q :03/01/11 01:26 ID:Ht2yGslk
お、なんだなんだ。
>>40のことについて言ってるんなら、
もちろん「理解」は出来てる。
その上で「文脈」を問うているんだが。

47 :都立 ◆MD76fFko5o :03/01/11 02:44 ID:+WJIhpHE
朝まで生TVってさ
いつの朝までやってんだよって
>>44 >>46の怒り 支持

48 :名前はいらない:03/01/11 06:13 ID:pI20HOyK
>>40
何とはなしに理解できた。気がする(ヲイ
>>42
「文学的」というか、読む価値を指していると思う。
しかし私は読み手から文句を言われても、それも1つの感想と捉えるようになった。
短に性格が丸くなっただけなんかなと自問自答。

>>47
私は>>44だけはちょっと支持できない。

49 :名前はいらない:03/01/11 10:01 ID:dMZoQOUy
傷つけられたくないひと、自分の価値観を絶対視するひとは
妄信的に>>40を支持しそう。
こういう時だけ他人の言葉を鵜呑みにするんだよね。
しかもそれが有名人の言葉だったらなおさら。
自分の頭で考えようよ。

>>40を支持するひとがいたっておかしいとは思わない。
おかしいわけじゃない。
ただ、ちゃんと議論の形で「なぜ支持するのか」をいってくれないと、
自分の作品が評価されなかった時に
「どーせ読み手にこの作品の価値はわからない」
って逃げ口上にしか聞こえなくても仕方ないんじゃない?

50 :名前はいらない:03/01/11 10:17 ID:dMZoQOUy
自分を励ますように「どーせバカな他人に俺の作品はわからない」
というのは、きっと誰もがやっている。
もちろん私もやっている。
でも、他人に向かって本気でそれをいうのは
やっぱり伝えることを放棄した逃げ口上なんじゃないかなぁ?


51 :48:03/01/12 04:29 ID:bjnkE/0F
>>40の考え方に付け足そうとすると
webに流れてる日記も同じかもしれない。
>>44を支持できないと書いたのは、
辛口正統派さんの喧嘩腰な言い方が嫌だったからだよ。
>>44のようにレスを返されたら、(>>43>>45は別人かもしれないが)そりゃキレるよ。

>>49
>「どーせバカな他人に俺の作品はわからない」
共感できない人が少なからず居るのは、心に留めていた方が良いとは思う。
俺の>>48の文章が煽りっぽく見えたのなら、素直に謝るよ。

52 :名前はいらない:03/01/12 08:41 ID:My8Od+oC
>>44は小田嶋氏の文章についてのレスなのに
なぜ>>45>>51がキレるのかがわからない

53 :48:03/01/12 09:49 ID:2tBR13QX
>>52
アー、なんだ、俺勘違いしてた。
>>45へのレスだと思っていたよ。逝ってくる。

54 :kanon ◆/.0ztbXCV6 :03/01/12 15:02 ID:+bSv2vGR
昔はよく尖がってたもんさ。
でも今は、量だけはこなしているからか
素直に己の力のなさが見えてきて、
どんなこと言われても返事を書くのは削る前の鉛筆の先っぽでだ。
もし本当にもう一回削ろうと思った時は
もう削り器のから取り出そうとは思わない。
すぐ向こうに、限界がある暗いトンネルの中で。
それはそれでいいかも知らんけど、俺みたいに力のない自慰野郎は
トンネルの中にいるってことも忘れちゃうと思うんだ。
やっぱりそれって怖いじゃん、つまんないじゃん。
人間なんだから。
そんなふうに思ってても
明日ポッキリ折れちゃうかもしれないけど
70年後もまだ使えてるかもしれない。
そんなもんさ。
気楽にいきまひょ。
横槍、月並みでスマン。

55 :激辛正当派 ◆PmUYNHN29Q :03/01/13 00:20 ID:LJXzY8P3
誤解はとけたようで何より。
>>40の文章、正確に引用すると、
ーーーーーーー
ようこそいらっしゃいました。
左のフレームのタイトルをクリックすると詩があらわれます。

こんなものは詩ではない!
とおっしゃる向きもあろうかと思いますが、
ロクでもないものであっても、シではあるわけでして、
つまり、詩というのは、あらゆる文芸の中で、ただひとつ、
読む側にでなく、書いた側の人間に
その価値を決する権利が委ねられている
貴重なジャンルなわけです。

それでは、ごゆっくり
ーーーーーーー
結局、「ロクでもない」と言われることを見越して、
初めから逃げをうっているように取れます。
詩ってものを軽く見過ぎではないか。自分で書いたものなのに。
でもこの人の詩、おもしろいね。特に「Apple talk」が好きだ。

まったくスレ違いでしたね。この話題はこれでやめます。

56 :ボルカ:03/01/16 20:35 ID:ER+w5Uvo
一週間ほど来れませんでした。下のほう見てて、流しちゃったんじゃないかと、、、。
皆様ご討議ありがとう。

激辛正当派さん、通読ありがとう。
それでは開始しましょう。

まず、ルールをひとつだけ決めたいと思います。

*1週間に1章ずつ、章毎に進むこと。

章に重複だのなんだのも実はあるんですが、章ごとでいきたいんですが
どうでしょうか。

よろしければ、今後毎週金曜日に、一章ブンの「あらすじ」をアップしていきます。

57 :ボルカ:03/01/16 20:55 ID:ER+w5Uvo
おっと、そうでした。
読み込む前の印象を僕もひとつ。

僕は今、「武者小路実篤の詩がもし「詩手帖」にのっていたらどうなるか?」
という問題について考えています。たとえば、

「僕から見ると」

僕から見ると
自分は可愛い。

(以上全文)

こういう詩です。
その衝撃ははかりしれないでしょうが、実際には掲載されないでしょう。
それはなぜなのか?
この詩が、実際、現代詩として認知し得ないものであるとして、なぜなのか?

北川の、この書物は、この問いに答えてしまうと僕は思いました。
しかし、その答えは間違っているとも。

僕は武者小路は実際に優れた現代詩人だったのだと思うのです。
このことについてはまた後日。

58 :ボルカ:03/01/17 21:45 ID:bQi1HIdW
第一章「レトリックの誘惑」
−概略−
ここでは、谷川俊太郎の作品を例に、詩が内容でなく形式によって
成立してしまう現場に読者は(思いがけず)つれてゆかれます。
その地点で北川は、「詩的な言葉のあり方」を谷川の同じ詩によって
観察し、詩が成立してしまうために使用された秘儀を(不意打ちで)
抽出してみせます。
さらに彼はそれを「詩的仮構」として、すなわち一技術として修辞学とは
別のところに位置づけておいて、「詩的レトリック」の定義とします。


59 :ボルカ:03/01/17 21:46 ID:bQi1HIdW
第一節:<思い付き>からはじめて
朔太郎、西脇および吉本を例に、普遍妥当する詩論というものは、
現在ではもう、(いや実は当時から?)形骸にすぎないのだ、と主
張される。自分はもっと「ちゃらんぽらんな」すなわち生命のある
理論を展開するとの宣言が、−こっそり−なされる。

第二節:詩的レトリックは修辞では無い
詩とはなんなのか、という問いが、発せられる。
その問い方の激しさに呆然とするまもなく、僕ら読者は「詩的レト
リック」の実在を突きつけられる。

第三節:違反の関係が価値に関わる
レトリックは認識ではなく、表現である、と規定されます。


60 :ボルカ:03/01/17 21:48 ID:bQi1HIdW
−感想−
第一節に付いて

面白く、読みやすいイントロです。内容は一貫して論争的であり、誉めてる
ように見える場合でも実は誉めていない。数々の面白い観点が示されていき
ます。

一方で、まず指摘しなければならないのは、西脇の評価はこれで良いのか?
ということだろうと思いました。普遍という方法自体を批判するなら、まず吉本を
トッタれや、みたいな印象は否めないと思いますが、どうでしょうか?
むしろ方法と戯れる、という方法のほうが彼自身の言明する方法に近くはないで
しょうか?
求意見。


61 :ボルカ:03/01/17 21:49 ID:bQi1HIdW
つぎに「思い付き」について僕は考える事がありました。
人は多くの事、いや殆どの事を「思い付き」で決めるとおもう。僕の知ってる
人はそういう人が多いです。みんな、思い付きで結婚したり、思い付きで修道士
になったり、僕なんか、思い付きで実験研究者になったりしています。
問われれば、「思い付き」としか答えられないわけだけど、でも、そういう
「啓示と化すような」思い付きが生じるためには、まず前もってその人の運命
が生きられなければならなかったはずではないでしょうか。
北川は「思い付き」の重要性を、恣意性というような文脈で強調するけど、
一方で、冗談のように「一瞬の啓示からはじまる」とも言う。
僕は、言語に先立って思考、それも極めて真剣で粘り強い思考があったとき、
そういう場合だけ初めて人は、啓示のような輝く「思い付き」に出会う事が
出来るのだ、ということを、この段階から強調しておきたいと思いました。


62 :ボルカ:03/01/17 21:51 ID:bQi1HIdW
第二節と三節についての批判を交えた感想はのちほど。でも、谷川使ってレト
リックの実在を示す説得力はさすがだよね−。そのあたりで実はすでに余白論
の片鱗が煌いたりもしていますよね。

まず、このあたりんとこで、皆さんの御感想やコメントをお願いします。


63 :名前はいらない:03/01/17 22:39 ID:z9neS0NS
>>62
やっぱり実際に読んでみないとわからないな、参加できないな、と思いました(汗

64 :ボルカ:03/01/17 22:55 ID:bQi1HIdW
ごめん、ごめん。
明日、第一章第二節についての僕の感想をアプしますが、
そのときには、読んでない人にもわかるように、努力します。
気に入ったフレーズ丸写しとかして。

なれないんで不備もあるでしょうが、ときどき覗いてみてください。

65 :名前はいらない:03/01/17 23:20 ID:Uw3nLT+t
     ∧_∧∩ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    ( ´∀`)/<先生!こんなのがありました!
 _ / /   /   \___________
\⊂ノ ̄ ̄ ̄ ̄\
 ||\        \
 ||\|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
 ||  || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
http://muryou.gasuki.com/saitama/

66 :激辛正当派 ◆PmUYNHN29Q :03/01/18 03:14 ID:8FuTj067
ボルカ氏、要約ごくろうさまです。
読んでない人でも参加できるようにするには、難しそう。
そのためには、やや不当かもしれませんが、なるべく単純化して話をしたい。

>>60
詩についての普遍の原理を拒否する、ということでは、
西脇も吉本も同列に(バッサリと)批判していると僕は読みました。
(しかし果たして、その批判は妥当か?)
西脇が「詩論はみんなドグマである」と前置きしつつ、
西欧の詩的規範を形式化し、それと戯れるかたちで語ったことと、
北川が「思いつき」から普遍性をつかもうとすること。
普遍性から逃れようとしても、普遍を語らざるをえないとの認識において、
それらは似ていると思います。
んで、吉本にその認識がないかというと、もちろんあるわけで、
じゃあ全部一緒じゃん、と思った僕は何か考え違いをしているのか?

67 :ボルカ:03/01/18 10:57 ID:xLQTuM1b
そうなんですよ。
僕らポストモダンのスキゾキッズ残党から見れば、吉本こそ、急先鋒だった
と言うべきなのです。もちろん、彼は固有時の思想で時代に錨を深くお
ろす事をしたのでしょうけどね。
かかれている内容だけを読むと、この文脈で西脇だけいじめんのは片手落ち
で、吉本からは逃げてるように感じますよね。


68 :ボルカ:03/01/18 11:01 ID:xLQTuM1b
さて、わかりやすくをモットーに、第一章をさらに紹介していきます。
激辛さん、どんどん、発言していってね。
―引用―
この世には容易に答えられない疑問がある。あなたはなぜ詩を書くのか、という問い
などもその類であろう。たぶん、詩を読んだ経験が無ければ詩を書くこともないだろ
から、だれだれの詩を読んで感動したからですなどと、つい<思いつき>で答えてし
まう。しかし、いくら読んで感動したとしても、自分がそれに調子を合わせて書かな
くてもいいはずだ。
それに感動と言うのも、よく考えてみるとあやしいので、本当は何が書いてあるの
か良くわからなかった。ただ、なにかに誘い込まれるような挑発されるような、あ
る感じがあっただけだ。それにもかかわらず、いつのまにか詩を書いてしまった。
―引用終わり−

これは、第一章第二節の冒頭引き写しですが、ここですでに北川は、ヤバイコトを述
べまくっています。プロのクセに、そこまで言っちゃっていいのか、おい、見たい
な感じです。



69 :ボルカ:03/01/18 11:02 ID:xLQTuM1b
この「何かに誘い込まれる感じ」が、「レトリックの挑発」であろうとおもいます。
僕ごときが理解できないのと、北川が「本当は良くわからなかった」というのは違う
のかもしれませんが、僕も近年の藤井の作品や長谷川龍生の作品には、わからない
けど挑発されるものが極めて多いような気がしています。
ある意味でそういう作品では確かに、レトリックが勝負しているのでしょう。藤井
貞和のいろは五十音ポエムなんかは、レトリックしかない作品のようにも思えます。
誰の詩集でしたっけ?カラスを扱った「客と規約」っておもしろい詩集もありました
よね。カエルポエムも、春と修羅も実を言えば「本当はよくわからない」面白さです。
しかし、ここで、問題は本当にレトリックに解体し尽くされるのか?という疑問を
留保しておきたいと思います。


70 :ボルカ:03/01/18 11:03 ID:xLQTuM1b
つぎに北川は詩は「おいしいことば」である、というネットでも良く見かける断言を
導入します。この「おいしい言葉」ってゆう噛み砕き方は、誰がオリジナルですかね?
もしかして谷川俊太郎だろうか。意味内容が今ひとつ曖昧だと思う。「異化された言葉」
のほうが僕にはわかりやすいです。

つづけて、谷川の引用があります。


宿題

目をつぶっていると
神様が見えた

うす目をあいたら
神様は見えなくなった

はっきり目をあいて
神様は見えるか見えないか
それが宿題


「二十億光年の孤独」所収


71 :ボルカ:03/01/18 11:07 ID:xLQTuM1b
同じことを平叙文で書き下すとしたらこうだ、と北川は言います。
―引用―
目をつぶっている間、神様が見えていたが、うすめをあけたら、それは消えてしまった。はっきり目を開けてみたら、神様が見えるか見えないか、それが宿題です。
―引用終わり―
よく読んでみてください。
うす目を開けただけで消えたんですよね?はっきりあけたら見えないです。それが宿
題の答え。そんながっかりした小学生が目に浮かびますよね(笑。
しかし、詩の方はそうはなりません。見えるか見えないか人類の歴史で答えよ、とか、
見えるまで進化しろとか、神様って実は比喩か?とか、宿題って、宿命かな、とかいっ
たことになってくるからですよね。それは語の意味内容でなく、谷川が駆使したレト
リックの差なわけで、この場合、使われているのは「詩的レトリック」なわけです。
この辺は僕は北川にとりあえず半分ぐらい白旗を上げて従います。
彼の記述を引用します。


72 :ボルカ:03/01/18 11:08 ID:xLQTuM1b
−引用−
すると、これが詩である明らかな特徴は、句読点の代わりに行分けがあること、しかも、
三連に分けられていて、その間に一行ごとの余白がある。さらに目をつぶるあける、
神様が見える見えない以外の一切の記述の省略。その省略の結果、三度くりかえされる
神様が神様でありながら何かの比喩のように思われてくること。あるいは目をつぶる
あける、みえるみえないという行為の背後に知覚と想像の差異がナゾとして暗示された
り、<いると><いたら><あいて>という語尾変化への細かい神経の配りよう、<神
様は><神様が>の<は>と<が>の区別などの全てが、ここでは平叙文と区別される
ことばの詩的なありかたをしている。そういう言葉のあり方から離なれて、作者の思想
感情や感覚の内容が詩的なのではない。
―引用終わり―
ここでしかし、やはり半分は留保したい。詩的なのは、本当にレトリックか?むしろ、
レトリックを必要とする想念ではないのか?と言うのが僕の疑いです。結論は急がない
でおきましょう。

73 :ボルカ:03/01/18 11:29 ID:hsPFa9xL
これで、第一章の山場までを紹介しました。論争に詳しい方おられたら、
>>66激辛氏の疑問にレスして欲しいな。

言い忘れましたが、この書物は9章構成で、最後まで飛ばしまくっていき
ます。北川さんてイカス暴走やろうだよね(笑。
まんなかではフロイトとか、ソシュールなんかも出てきますよん。

74 :山崎渉:03/01/19 13:28 ID:0KpP5AQU
(^^)

75 :ボルカ:03/01/20 21:02 ID:MbBOMMyk
金曜日に、第二章(余白論)をレポートします。
その前に、時間があれば、第一章第3節について、僕が感じている
疑問をアップしようと思います。

ところで、すでにいくつか、問題点を挙げましたが、これに関わること、関わらないこと
なんでも、ご感想お願いします。

>>66に関する疑問は、僕も感じるところです。彼がなぜ、どういう文脈で
この3人を批判的に言及しようとしたのか、今ひとつわかりません。
ま、読書会だから、わからないまま、先へ進んでももちろんいいわけだけど、
どーしてかなーみたいに思います。

 それにしても、谷川からレトリックの実在を引き出す北川の手際>>72は、
見事だと思いました。
 谷川は一般には、むしろレトリカルでない平易な詩人と思われていますよね。
北川に言われてみれば、たしかに、谷川こそはレトリックの詩人のような気も
します。
 また、僕は実はまだ詩集「minimal」は読んでないんですが、この「宿題」に
谷川がどう答えたのか、ということも興味深く思いました。


76 : ◆HU7XfvOYA2 :03/01/20 21:34 ID:WNQfM7fs
とりあえず買った。
高かった。
つまんなかったら暴れます。

77 :まーじ ◆W7.CkkM01U :03/01/20 21:38 ID:B95j/yBo
俺も買う。興味出てきた。スレの力ってすごぉぉい!
(^o^)

78 :ボルカ:03/01/20 21:42 ID:MbBOMMyk
ありがとう!!!!!!

って別に僕の収入にはならないけどね(笑。

79 :葉悟Φはさと ◆Q9OkNLTZnI :03/01/21 02:37 ID:E8XA33gc
うん、ちょっと高いですね。
ま、「コーポレートファイナンス第6版」よかマシですか。。。あれには泣いたし。
生協1割引で買おうっと。
とっとと卒論終わらして、読んでみますね。

80 : ◆HU7XfvOYA2 :03/01/21 14:40 ID:Qh78y1En
とりあえずさらっと流し読みした。
ワタクシの所持している書籍に何度も言及されるので、
(言語にとって美とは何か、レトリック感覚等)
ワタクシにとってはとても読みやすいんだけど、
それらを読んでない人にはどうなのかな。
入門と言うわりにはかなり読者層を限定しているような気がする。
(ある意味詩論なんてほぼ全てがそうなんだけれど)

81 :名前はいらない:03/01/21 18:00 ID:NAdCmvWx
>>80
僕はこの本を読んで「言語にとって美とは何か」も
「レトリック感覚」も購入しました。二年前のことです。
タイトルの通り入門的な使い方も出来ると思いますよ。



82 :激辛正当派 ◆PmUYNHN29Q :03/01/22 00:33 ID:7tcUEXCb
ボルカ氏の要約を手がかりに、僕なりにいくつか。

普遍的な詩論はあり得ない。として、朔太郎・西脇・吉本など批判しているが、
普遍性に対する懐疑は、西脇も吉本も北川も同様に認識しているはず。
そうではあっても、詩的レトリックを語るには普遍を語らざるをえず、
さもなければ個性に帰するほかない性格のものである。
手法としては、北川も他の論者も似通っていると思うが、
この考えは正しいだろうか。

「思いつき」ということに関して。
>「啓示と化すような」思い付きが生じるためには、まず前もってその人の運命
> が生きられなければならなかったはずではないでしょうか。
このボルカ氏の言葉を、僕なりに書き換えるなら、
たとえば詩の一行目は「思いつき」から始まるが、それは偶然の産物ではない。
詩を真剣に書いている人ならば、きっとそう思うはずだ。
はたして、この考えは正しいだろうか。

「本当は良くわからなかった」にも関わらず「なにかに誘い込まれるような」感じ。
現代詩に特徴的なこの「感じ」を北川は「詩的レトリック」によって説明を試みる。
が、ボルカ氏は「問題は本当にレトリックに解体し尽くされるのか?」と問う。
しかし北川の「詩的レトリック」の範疇は極めて広いようです。
あんがい解体し尽くされるかもしれない?(という期待)

83 :激辛正当派 ◆PmUYNHN29Q :03/01/22 00:35 ID:7tcUEXCb
>ここでしかし、やはり半分は留保したい。詩的なのは、本当にレトリックか?むしろ、
> レトリックを必要とする想念ではないのか?と言うのが僕の疑いです。
これについては北川が後にこう述べています。

わたしはレトリックは、認識ではなく表現だと考える。まず、認識が
あって、レトリックが成立するのではなく、認識とレトリックは表現と
して同時的に成立するのである。(P26

つまり、レトリックと想念(=認識?)はどちらかが先立つものではなく、
それは同時に表現されてはじめて詩となりうるのではないか。
私もそう思います。想念が独立で、詩となるわけではない。
そこにレトリック(詩的な言葉のありかた)が付加されなければならない。
(もちろんこれは、想念のあとにレトリックがあるのでなく、あくまで同時的に現れる)

夕陽がきれいで涙をながしたとしても、そこに詩はない。
(これを「詩的な風景」と呼ぶのは、「詩的」という語の誤用である)
詩的レトリックによって表現されてはじめて、それは詩となる。

84 :ボルカ:03/01/22 19:58 ID:6DhmbrE+
僕も、>>81さんと近い意見。
この本は、高校生とかに、案外お勧めではないかと思う。
北川さんに本気で弟子入りしようと思ったら、その「入門資格」は
チョー厳しいものになるのではないかと思うけど、この本に関しては、
とりあえず買ってくれたお客さんには、前提問わずに、サービスしよ
うという姿勢があるんじゃないかな。注とかに、それが現れていると思う。

>>83
そうですね。僕の読みがここでは不正確です。
北川における、レトリックと想念の位置関係に関しては、「同時発生」と
読み解くべきですよね。


85 :ボルカ:03/01/22 20:02 ID:6DhmbrE+
激辛正当派さんのフォローとダブるけど、以下、第1章第3節についてもう少し
紹介します。

第1章第3節 −違反の関係が価値にかかわる−

佐藤信夫の「レトリック感覚」および「レトリック認識」が
言及され、北川の佐藤への共感が表明される。

−引用−
彼はいわば修辞の技術学として形成されてきた、レトリックの不幸を
述べ、それに第三の役割<発見的認識の造形>を与えようという観点で、
この本を書いている。
(ボルカ補注:1は、説得する表現の技術、2は、芸術表現の技術、
この本は、レトリック感覚)
−引用終わり−

共感を示した上で、さらに北川は、このレトリック概念の認識は不十分
だとする。
そのうえで、>>83で激辛さんが引用した部分が展開されます。

ここまで僕は北川に同意します。
谷川の「宿題」が陳腐でないのは、彼が詩人だったからに、いわば、過ぎ
ない。哲学者や宗教家が、レトリックを使い切れずに同じ意味内容を語る
としたら、笑い種になるようものになったはずだと思います。
哲学者ならどうしても、もっと煩雑な、違う「意味」を付加しなければ
谷川の到達した認識を語れない。

86 :ボルカ:03/01/22 20:04 ID:6DhmbrE+
僕が今夜、問題と考えるのは、この先の「意味」〜「価値」への言葉のずらしかた
です。ここでは吉本リュメイがかかわりますが、引用ではなく、北川自身の
思想ー言語として表明されています。

−引用−
言語の規範性が、慣習化された制度として物象化し、固定化するとき、
それをぶち破り、新しい流動を作り出す。(中略)違反の関係そのもの
の規則性、それが仮構の概念であり、詩的レトリックだと、とりあえず
言っておこう。
−引用終わり−

この周辺で、詩は「おいしいことば」である、という断言が示されます。
おいしい、ということは、飢餓を防ぐための、ありあわせのものではな
い、ということを、北川にとって意味します。
すなわち、それは、彼にとって「価値」のある言葉です。同時に、レト
リックの問題は、価値の問題である、ということが言明されます。

87 :ボルカ:03/01/22 20:10 ID:6DhmbrE+
ここでちょっとテキストの読解をはなれて、僕の個人的な意見(感想)を
述べようと思います。

ここ(前後のバラの比ゆなど)で想定されている、歴史観、言語観は、あまり
にも非科学的なものなのではないか、というのが、僕のこの部分への批判です。

言葉は詩人が作り出し、それがだんだん陳腐化しながら一般化し、普通の
言い回しになって、さらには死語になっていく。
こういう言語観は、ネットでもよく見かけます。しかし、こんなことは実際
には起こっていません。起こったはずがないと思います。

僕は「万葉集」を当時の人口の何%が読んだのか、知りません。しかし、
それが「言語」という意識体の歴史的な生育に影響した「量」がどの
程度のものだったのかは、大いに疑問です。
言葉はむしろ、「万葉集」を読んでいない多くに人々のあいだで進化した
のではなかったか?そして、現在でも、「詩手帖」を読んでいない人々の
あいだで進化しているのではないか?

簡単に考えても、われわれの言語が、文字を持ったのは、人類の歴史の
一部でしかありません。文字といっても、ネイティブアメリカンの人々の縄文字
や砂絵のような、概念を表音とは独立に示すものが主だった時代もあった
かもしれません。
そして、そういう時代の中にも、詩はあったろうし、言語は進化し続けたろう。
と思うのです。

北川はテキストと呼ぶことができる言語表現、とくに制度化された文脈で
保存された、いわば「認知された詩」が、言語表現のごく些細な一部に過
ぎないことを看過している、と僕は思います。


88 :ボルカ:03/01/22 20:19 ID:6DhmbrE+
おそらく、そんな風に思ってしまうのは、僕か北川か、どっちかに
問題があるからであり、本質的には議論でシロクロつけられること
なのですが、ここは、まあ、シロートの読書会ってことで、あんま
りキビシイことは求めないでくださいね(ヨワっ→俺。

もち、突っ込みは全部、歓迎ですけど。

こんな風に、入り口のところから、「ほんとに入門できんのかよ」みたい
な僕ですが、それでも、この本には強烈な刺激を感じ続けています。
週末には第二章をフォローしていきます。

ところで、誰かレポーターをやってくださる方がいらっしゃたら大歓迎し
ます。好きな章を好きなスタイルでやってくれる方がいると、僕が全部
やるより、ずっと深みが出ると思う。
いかがでしょうか?




89 :ボルカ:03/01/24 22:26 ID:JWr1T5UH
第二章 余白論の試み

−引用−
詩の出現とは、必ず(と言っていいほど)余白の
出現である。だれもがそれを、自明にして書き、
読んでいながら、忘れている。−中略−ことば論
はあっても、余白論は成り立たないのか。しかし、
それが詩との相関で現れてくる以上、しらぬふり
というわけにはいかない。
−引用終わり−

と、北川さんは話しはじめます。真面目な話、僕は
この章は、「北川さん、カッコイイ!」とか思い
ながら読みました。

批評が、批評以前と読者を変化させる事なんて、
実はめったに無いと思う。でも、彼の「余白論」
は、少なくとも僕の思考を、不可逆的に変化させ
ました。北川透以前には戻れないと、僕は感じます。

といっても、もちろん全面的に受け入れるわけでは
ありません。
僕自身の思考と言う事になれば、僕はここでも、
「ありていに言って、余白は文字とみなしうる
のか?余白でレトリックするということは、非言
語的思考をテキストの世界に持ち込む、という事
なのではないのか。」
といった疑問を持ちつづけます。
北川さんといえども、僕の非言語的ポエジーへのこ
だわりを破壊する事は出来ない(笑。章をおうごとに
この対立的な感覚は強くなっていくと思います。

90 :ボルカ:03/01/24 22:30 ID:JWr1T5UH
しかし、そういう難癖の前に、まず北川さんの思考によっ
て、「余白」というものが表記言語の一種として初めてと
らえられ、レトリック論の対象になったということを高く
評価し、可能なら、来週金曜日までのあいだ、若干詳しく
検討したいと思います。

この章での北川さんの余白言語観は、優れた一貫性をもち、
先行議論を知らない読者にも、楽しめると思いますが、い
かがでしょうか。

僕は今日のところは、もう時間が無いので、今回、中途半端な
レポートですが、興味のある方は、どんどん発言して下さい。

91 :ボルカ:03/01/24 22:42 ID:JWr1T5UH
>>83
>夕陽がきれいで涙をながしたとしても、そこに詩はない。
>(これを「詩的な風景」と呼ぶのは、「詩的」という語の誤用である)
>詩的レトリックによって表現されてはじめて、それは詩となる。

以前、「詩ってなんですか」スレッドの1は、類似の問題を反対から提起して
いたと思います。
「美しい風景」は、もし、それを詩で表現できないのであれば、「詩としては
美しくはない」のだ、と、そこまで言い切ったひとはいなかったかもしれないけ
ど、僕なんかは、あのスレッドでそう感じてはいました。

激辛正当派さんからの、上記の引用部分は、理解できるし、ほとんど納得もできる
し、実は僕自身そういう発言も時々しているんだけど、正面から眺めると、一晩寝
かせてみても、100%同意できるのかどうかは、わからなかったです。
僕には、今夜のところは保留しておくしかなさそうです。



92 :放浪の名無し ◆YffIGX9Bno :03/01/24 22:44 ID:CaIfsmm9
議論より、詩人コロセウムに参加しる!!

93 :ボルカ:03/01/25 23:12 ID:rqnlttuo
そうっすね。議論やるタイミングと創作やるタイミングは、一致しない
もんかもしれないね。
チョット言及しただけ。別に無理やりひきこもうって魂胆じゃないっす。
といいながら、参加してくれるれば嬉しいけどね(笑。

詩人コロセウムは、意外なほどの繁盛ぶりですね。
2ch外でも、あなたのキャラが信頼されているってことだと思う。
おめでとう。

今月、僕のポエマー活動優先順位は

1.詩誌(落選してるのでムキになってる)
2.オナニースレッド(歴史的傑作を書くぜいっ)
3.◎月間賞
4.アグネス詩賞
5.オープンマイクのリーディング

と、5位までは決まっているのですが、もしかしたら乱入するよ。

◎でレスしたんだけど、詩VS散文のバトル、今後の課題として
検討してみてね。

94 :ボルカ:03/01/27 23:18 ID:zzahiZpu
さて、北川透の余白論を検討する前に、小説における視点と言う概念を説明して
おこうと思います。僕の個人的な感想ですが、北川の余白論の内包する意味内容が、
「小説における改行のルール」の類概念であるのか、ないのか、は一つの論点にな
りうると思うのです。

 小説を書く場合、「一つの章を一人の視点で書く」という暗黙のルールがありま
す。暗黙じゃないのかもしれないけど、学校ではなぜか教えてくれません(笑。
僕も別に教わったことはありませんが、どうもそんな感じがしています。
 以下、僕の本棚からテキトーに引用します。

―引用―
(前略)なんとなく人をばかにしたような、キチガイジミた感じのする大部の原稿
である。
「…これは何ですか先生…このドグラマグラというのは…」
 若林博士は今までになく気軽そうに、私の背後からうなずいた。
「ハイ。それは、やはり精神病者の心理状態の不可思議さを表現した珍奇な、面
白い製作の一つです。(後略)」

 − 夢野久作「ドグラマグラ」より

95 :ボルカ:03/01/27 23:21 ID:zzahiZpu
 小説のルールとして、ここで若林博士は、「気軽そうに」うなずかなければなり
ません。「気軽に」うなずいてしまったら、どうして彼が気軽であることが「私」
に判ったのか、という疑問が読者に生じてしまうからです。
 こういうふうに、小説では、一つの章は、一人の視点で書かれるのが普通です。
とはいえ、絶対そうしなければならないか、というとそうとも限りません。

−引用−
 すぐ全員が開いたままのドアの方へ走った。犀川(さいかわ)と萌絵(もえ)も
そちらに駆け寄る。
 今度は廊下の照明が明滅を繰り返している。まっすぐな通路の奥は闇に吸い込ま
れていた。花嫁の後姿が、ドアから数メートルのところに見え、トンネルのような
廊下の中央をまっすぐに奥に進んでいる。このまま闇に消えるのでは、と思えたが、
彼女の移動に伴って、照明の明滅も奥へ向かっている。

 −森博嗣「すべてがFになる」より

96 :ボルカ:03/01/27 23:25 ID:zzahiZpu
 このまま闇に消えるのでは、と思ったのは誰でしょうか?
 ここでは、犀川と萌絵の2人なのです。
 さらに、ポルノ小説の「濡れ場」の場合は、男の視点と、女の視点が、共存する
ことは、普通ですらあります。

―引用―
 すると銀子はニヤリと口をゆがめて、
「そうだわ。圭子や美津子にも、そろそろこうゆうことを教えなきゃならないわね。
じゃ静子夫人、明日は貴女に圭子の稽古台になってもらおうじゃないの。」
 それを聞いた静子夫人は、はっとしたように伏せていた顔を上げ、おびえた美し
い瞳を銀子に向けるのだった。

 −団鬼六「花と蛇」より 

 ちょうど、映画に必ず主演女優と主演男優がいるような感じです。
読者は銀子の気分も楽しみたいし、静子夫人の気分も味わいたい。そういう要求に
作家は答えているのです。そこで、静子夫人には、「おびえたような」目ではなく、
「おびえた目」を向けてしまうことが要求されるのです。


97 :名前はいらない:03/01/27 23:28 ID:osjpKd/1
男と女?(w

98 :ボルカ:03/01/27 23:31 ID:zzahiZpu
 ですが、この2つ例の場合でも、「一つの段落は同一の視点で書く」というルー
ルは守られています。一つの段落の中で視点が変わってしまうのは、わざとルール
に挑戦する場合でないかぎり、ミスと言えると思います。もし、視点を変えたいな
ら、小説では段落を変える(改行する)必要があります。
 先に言ったとおり、この種のことを僕らは高校で習いませんから、ホントのとこ
ろは、国文出身でない僕にはわからないのですが、僕は現在、そういうふうに理解
しています。

 北川透の余白論は、文字通り「余白」についての考察ですが、その一部に改行と
視点の移動の関係を含んでいると思います。北川の叙述から、詩においても、視点
の変更が改行を要求する場合がある、という情報を読み取るとしたら、その部分は、
小説のルールを現代詩の理解に適用した例として考えることができると思うのです。

 時間の関係で、今日は小説作法における視点のルールを紹介するだけにせざるを得ません。
 明日から木曜あたりまで僕はこられません。
 
 ご意見、ご感想のあるかたは、どんどん話を進めてください。
 僕はもしかするとこれ以上、第二章をレポートする時間はないかもしれませんが、
金曜日からは、第三章も範囲に入れていきたいと思います。


99 :ボルカ:03/01/27 23:33 ID:zzahiZpu
>>97
丁寧な突っ込みありがとう(w。


100 :かねこ ◆f2xSA4XoXM :03/01/28 00:13 ID:VtMu+Mi5
今週、ずっと携わってきた大きな厄介事が一つ片づくんです。
肩の荷が下りるってやつでしょうか。
「詩的レトリック入門」持ってるのに今まで読んでなかったんですが、
気が楽になったところで読み始めようと思います。ボルカ氏のような高度な
論は到底展開できませんが、感想程度は書けるかな。そして氏にはいろいろ
教えていただきたいなと思ってます。よろしくお願いします。で、100げと。
>>95 「すべてがFになる」の一節を眼にするとは・・・ここにも森博嗣に汚染された人が!
   うれしいねぇ。

382 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.02 2018/11/22 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)